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Copyright belongs to Mizumizu. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。 「ジャンプ1つ抜けて歴代最高点?」と、呆れたファンが多いと思うが、それが今のフランケンシュタインルールの怪物たるゆえん。昨シーズンの世界選手権では、「パンドラの箱」まであけて、主観による演技・構成点でどんどん点を上積みできるようにした。今季はGOEの要件が増えているから、加点がつきやすい。そうなるとエレメンツが成功してしまえば、さらに点が上積みされていく。持っている技のレベルを表す基礎点での差は、これでないがしろになっていく。キム選手は後半のサルコウで失敗しやすい。それでサルコウを後半の頭のほうに移して、跳べるようにした。だが、こうなると次にもってきたルッツがあやうくなる。実際、フランス大会での彼女のフリーの後半のルッツは少し足りないまま降りてきていた。ジャンプ1つ跳ばなくてもああなる。全部のジャンプを跳んだらどうなるか? それがアメリカ大会以降の試合だ。ジャンプの基礎点を上げて点を出そうとすると、返って点を落とす。これはほとんどの選手がそうだ。「決めれば点が出る」はずが、なかなか出ない。改悪に改悪を重ね、とうとう新採点システムの柱だった「客観性」までないがしろにした、バンクーバー特製フランケンシュタインルール。その結果、奇妙な「フランケンシュタイン歴代最高点」が出てくる。バンクーバー後にルールが大幅改正されるのは、ほぼ決まっている。まあ、改良されるとは限らないが・・・ このルールはバンクーバーに向けて、開催地がらみの選手を勝たせるために「立法府」にいる人々が、時間をかけて作り上げてきたルールだ。スポーツの精神に反するという声を無視して大技への挑戦をむなしいものにし、「最強日本女子」選手たちの小さな欠点を狙い撃ちにして大きく減点してくる。「司法の現場」で働くジャッジは、裁判官と同じく、立法府が作り上げた法律を厳密に履行する。だから、回転不足にせよ、エッジ違反にせよ、日本選手に有利な判定がされることはない。そう考えて準備するべきだろう。最近モーグルのルール基準が日本人の金メダル候補である上村選手に不利になるよう改正されたという記事が出た。カナダの有力選手がこれで有利になったという。モーグルはフィギュア以上にマイナーな競技だ。それでもこうしたことをやってくる。冬の五輪で最も商業的価値があるのが女子フィギュアの金メダル。2度連続して日本なんかに獲られたくないと考える勢力がいるのは自然なことだ。ところで・・・全日本は女子に比べて男子のジャンプ認定が甘かったような気がするのだが。特に高橋選手。後半のジャンプは、足りていないように見えたものもあったが、本当に大丈夫なのか。高橋陣営は別のスペシャリストに相談して意見を聞くなど、チェックをしてほしい。参考:上村選手に対する記事はこちら。欧米による"愛子包囲網"だ。フリースタイルスキー・モーグルの全日本が26日、スイス合宿から帰国した。高野弥寸志ヘッドコーチ(47)は、五輪の採点基準が緩和され、上村愛子(29)=北野建設=に不利に働く可能性を指摘。「うがった見方をしたら、上村対策かもしれない」と訴えた。 同コーチによると10月上旬にカナダで行われた審判員講習会で「多少スキーがずれても、点数を落とさない方針」が確認されたという。技術の高い上村には無意味で「(他選手が)去年よりマックスで0・5点上がる」と説明した。 昨季の世界選手権(猪苗代)で、上村は2位のトリノ五輪覇者、ジェニファー・ハイル(カナダ)に1・83点の大差で圧勝。だが、平易な五輪コースでは得点差が縮む傾向にあり、さらに0・5点の得点緩和は大きな足かせになる。 単独で合宿を延長している上村の現状を「質の高い練習をしていた。五輪から逆算して仕上げの内容をやっている」と絶賛した高野コーチ。「4年間かけてやってきている。これまで通り突き詰めていきたい」と正攻法で"包囲網"を突破する。
2009.12.31
Copyright belongs to Mizumizu. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。中野選手のフランス大会とNHK杯でのフリーの最初のジャンプは2A+2Aのシーケンスだった。3Aを前提にずっとプログラムを組んでいた中野選手にとって、「入り方」が同じなアクセルを2つ並べるのは難しくなかった。基礎点5.6に対して、加点をもらっている。ところが勝負の全日本で、基礎点が6点の3ルッツに換え、後半の3Tにシーケンスの2Aをつけた(これは成功させている)。ジャンプの入り方が変わると身体が馴染みにくい。簡単にジャンプの組み換えができる選手もいるが、中野選手はそうはいかなかったようだ。結果は最初のルッツ失敗で五輪の切符を逃した。中野選手にとって、最初のルッツがいかに大切か、自分でわかっていたはずだ。なのに、というか、それで、というか、失敗する。それが人間というものだ。どうしてわざわざ成功させていた2A+2Aのシーケンスをはずして3ルッツに換えたのか? もちろん基礎点の高いルッツ(と後半のシーケンスからの2A)で点を上積みするためだ。本人もコーチ陣も「できる」と思って換えたはず。最初に単独のルッツを跳ぶのは、中野選手にとって、それほど高いハードルではないはずだ。むしろその後のルッツの連続ジャンプのほうが不安だったかもしれない。ところが実際には失敗。ここ一番でジャンプを組み換えるのがいかに危険か。しかも長く「最初は3A、もしくは2A」で前向き踏み切りへの入りに身体の馴染んだ中野選手にとって。これは、タラソワが繰り返し、いろいろな選手に警告している。昨シーズンの世界選手権でジュベール選手が急きょ後半のジャンプを簡単な2Aにして大失敗した。ウィアー選手も昨シーズン、追い詰められた全米で、何とか調子の落ちた3Aを決めようとフリーの冒頭にもってきて、完全にパンクしてしまった。ジャンプ構成をここ一番で急に換えて、成功した選手のほうが少ないのだ。世紀のジャンパー、伊藤みどりでさえ、オリンピックで急きょショートの連続ジャンプを3Aから、普段ならなんなく跳べる3ルッツに換えて、「『なぜ私ころんでるの?』と思った」という失敗をした。そもそも佐藤陣営は、ここ一番で突然ジャンプ構成を換えるからうまくいかない。昨シーズンの小塚選手の世界選手権もそうだ。順位を取るために、と4回転をはずし、なんとか3A2度を降りたのはりっぱだが、やはりミスは多かった。今回の全日本で小塚選手は結果を出した。だが、4回転がなくても体力がもたないという欠点も露呈したと思う。小塚選手がやるべきは、「4回転決めて、3Aもルッツも決めて、難しい音楽を表現する」などという、ありえないほど壮大な理想的目標に向かって「バンザイ」自爆をするのではなく、「失敗しないこと、失敗しないこと、失敗しないこと」これだけだ。ジャンプの安定をショートでもフリーでも見せ付けられれば、ジャッジは点を下げにくい。階段を一足飛びにあがろうとすると転落する。課題は1つ1つ、階段は1段1段上がらなければ、今のルールでは点は出てこない。よくモロゾフはダウングレード対策がうまくて、タラソワは対応が遅れていると安易に批判する人がいるが、非常に短絡的な見方だ。シーズン途中のジャンプの組み換えで奏功したのは安藤選手だが、それが彼女が天才ジャンパーだから。苦手なジャンプがなく、ジャンプのバランスでは浅田選手やキム選手を凌ぐ安藤選手。それにモロゾフの回避策は事実上の「ライバルのミス待ち」戦略で、相手が失敗しなければどうにもならない。安藤選手ほどバランスよくジャンプを跳べない浅田選手のダウングレード対策は、勢い限られる。浅田選手自身、ダウングレードされる部分はわかっているし、対策も立てている。セカンドに3Tを入れて欲しいとMizumizuは昨シーズンさかんに書いた。タラソワはとっくに練習を指示しているし、タラソワはそもそも3Aをフリーで2度入れるのには消極的だった。インタビューでタラソワは、「おそらく3回転+3回転に換える」と言っている。それに対し、「3A2度は譲れない」と言ったのは浅田選手のほうだ。それを単に「頑固者」と決め付けるのも早計だろうと思う。どのジャンプが降りやすいかは、選手自身が一番わかっている。常識的には3A+2Tより3F+3Tのほうが簡単だし、体力の消耗も少ないし、ファーストジャンプで失敗する可能性も低い。浅田選手が3Fに3Tをつけられるのはわかっている。だが3Tを回りきれるのか? それは浅田選手自身が一番よく知っていると思う。こちらとしては、試合で見ていないので何とも言いようがない。また、浅田選手もジャンプ構成を変えると失敗しやすいタイプだ。昨シーズン最初の大自爆になったフランス大会で、2つ目の3Aのかわりに入れた単独の3ループが2ループになってよろけてる浅田選手を見たときは、ガクゼンとなった。これがキム選手なら、驚きもしないが、あのときまでは浅田選手の単独3ループは鉄壁にMizumizuには見えていた。どんなに助走間隔が短くても、なんなく跳んでしまう。あの姿は、トリノでスルツカヤがループでコケてるのを見た以来の衝撃。ループでコケてるスルツカヤなど見た記憶がない。昨季初めの失敗体験が、浅田選手を「やっぱり3A2度でいかなきゃだめだ」という気持ちにさせたのかもしれない。タラソワだってビックリしただろう。安全策のつもりで得意の3Lo単独にしたら、見事に失敗とは。ループに対するダウングレード判定は、「なぜか」どんどん厳しくなってきた。ちょっとでも低いとダウングレードされる。今回の全日本では浅田選手はちゃんと降りてきたが、あれもかなり冷や冷やものだった(ように思う)。3Aをその前に2度入れれば、さらにジャンプが低くなる可能性がある。多くの人は、全日本の浅田選手のフリーを見て、「これで3Aが2度入れば」と思うかもしれないが、Mizumizuは逆。体力の消耗が半端ではない3A2度によって他のジャンプの高さがなくなるリスクが怖いと思う。そして3フリップからループへの連続をどこかで必ずダウングレードを取られている現実。ロシア大会では、前半の3F+2Loの3Fもダウングレードされてしまった。連戦の疲労があったのかもしれないが、とにかく、3F単独は評価が高く加点がつくのに、わざわざフリーで2つとも連続にして、どこかでダウングレードされているという今の状態が、ひどく不毛に見えるのだ。これがセカンドが2Tだったら常識的には問題ないハズだ。セカンドにトゥループをつけるのはループをつけるより、「ふつうは」簡単なのだ。だが、あそこまで頑なにフリップにループをつけるということは、トゥループが浅田選手にとって必ずしも「安全策」にはならないのだと思う。実際、今回は2A+2Tの2Tがダウングレードされた。だが、あえて3A+2Tのかわりに3F+3Tを入れるとすると、たとえば以下のような組み換えが可能だと思う。(現在)3A (基礎点8.2点)3A+2T 9.5点3F+2Lo 7点ここまでの合計基礎点 24.7点(組み換え)3A 8.2点2A+2A(シーケンス) 5.6点 (最初の3Aがパンクして失敗したら、ここでリカバリーしてもいい)3F+3T 9.5点ここまでの合計基礎点 23.3点基礎点は下がってしまうが、上の3A2度よりはダウングレードのリスクが少なくなるし、2つ目のジャンプを2A+2T(4.8点)まで下げるよりはいい。何より体力の消耗が3A2度よりずっと少ない。となれば、全体の表現もグッとよくなるだろう。ジャンプで体力を消耗してしまうと、表現がおろそかになる。それに、この構成なら転倒の可能性も少ないと思う。問題は、3Tを回りきれるかどうか。たとえ回りきれなくても、3Aを2度入れてパンクしたり転倒になってしまうよりはいいはずだ。本当は3F+3Tをもっと前に出したいが、前向きに踏み切るアクセルの入りを2度ずっと続けている浅田選手にとって、順番の入れ替えはよくない。「入り」が違うと失敗しやすいからだ。そして、この場合は、先にMizumizuが書いた後半の3Tに2Aをつけるシーケンスはルール違反でできないし、そもそもここまで前半をいじったら、後半まで換えるのは危険すぎる。後半は3F単独で3連続ジャンプを捨てるか、あるいはどうしてもというなら、3F+2Loにする。3A2度が入らなければ、体力ももつので、ダウングレード攻撃をかわせるかもしれない。3F+2Lo+2Loは、ダウングレードを呼び込むので不毛だと思う。認定されるセカンド3Tが跳べるかどうか、試合でまったく試していないし、このジャンプ構成の変更は基礎点が下がる。ショートとフリーで3A+2Tを入れる選択をしたということは、おそらく浅田選手の頭の中では、同じジャンプのほうが調子がよければそれを持続しやすいから、という考えがあるのかもしれない。3A+2Tの3Aの回転不足ももうほんのちょっとだ。もうちょっと遠くに跳べれば恐らく問題はない。だが、その「ちょっと」はかなり難しい。ただ、確率から言えば、セカンドに3ループを跳んで認定されるよりは可能性があると思う。そして、浅田選手個人としては、3F+3Tに換えるより、3A2度のほうが正面突破しやすく思えるのかもしれない。これはもう選手本人の判断だと思う。3A+2Tを3F+3Tに換えるのは、浅田選手にとっては、必ずしも安全策ではないのだ。どちらにしろリスクはある。そのリスクを考慮したうえで、あとは浅田選手自身が決めるだろう。4大陸でジャンプ構成をどうするかは浅田選手自身だが、彼女の判断で、3A+2Tのほうが認定される可能性が高い、つまりこれまでのどおりの正面突破と決めたからには、ファンの方は批判せずに応援してあげてほしいと思う。今さらエッジ問題のあるルッツを入れるのも自殺行為、認定が難しい3ループをセカンドに入れるのも自殺行為。(ほとんど)最後の別選択肢であるセカンドの3Tも不安がある。どういう選択をしてもリスクが高い。五輪はどちらにしろ一発勝負。何が起こるかわからない。最終的には、運にまかせるしかないのだ。今回の全日本女子はダウングレード判定が厳しかった。これは「五輪でもこうされるかもしれないから、準備しろ」ということではないかと思う。ここで判定を甘くしたら、浅田選手は「このぐらいの3Aなら大丈夫」と安心してしまい、五輪で厳しいダウングレード判定に泣くことになるかもしれない。それでは村主選手の二の舞だ。スペシャリストが浅田選手を「下げ」たかったわけはない。浅田真央が五輪代表に決まらなかったら日本中が大パニックだ。それに演技審判は、加点と演技・構成点を気前よく出してきた。キム・ヨナ選手のフリーは、フランス大会が一番得点が高かった。あのとき、フリップを跳ばなかった。ジャンプがまるまる1つない。つまり、非常に低いジャンプ構成だったわけだ。ところが、ジャンプ1つ跳ばなかったおかげで体力を消耗することなく、演技を終えることができたのだ。う・・・また文字制限、続きは明日
2009.12.30
Copyright belongs to Mizumizu. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。ダウングレード判定は、世界トップの男子選手にとってはさほど深刻な問題ではない。3回転ジャンプがそもそもギリギリになりがちな女子と違って、身体能力に勝る男子、それも世界トップに来る選手なら基本的にトリプルアクセルまでなら完全に降りることは難しくない。4回転だけは別。高橋選手は今回の全日本で回転が足りずに降りてきてしまったが、ウィアー選手などは、何年もずっとあの状態のまま降りきることがなかなかできず、ついに今季はプログラムから外してきた。だが、それ以外で、同じジャンプを何度も続けて取られるということはまずない。ライザチェック選手は男子トップ選手の中で一番「トリプルアクセルが足りなくなりやすい」選手だが、彼とて連続して何度も取られるということはない。すぐに対応して克服している。一方の女子トップにとっては、ダウングレードは大敵。多くの場合命取りになる。上にも触れたが、ダウングレードされるジャンプは2つに大別できる。1)ジャンプの難度が(選手にとって)高く、回りきって降りきれない。つまり、ジャンプそのものに問題がある。2)普段なら問題なく回りきって降りてこれるが、試合の流れ、つまり跳ぶタイミングやスタミナ切れで高さがでなくなりダウングレードされる。浅田選手のトリプルアクセルは(1)に入る。安藤選手・浅田選手のセカンドにつける3ループもこれだ。3ループは単独なら回りきれるが、セカンドにつけるとピタッとは降りてこれない。実はキム・ヨナ選手の(ルッツとダブルアクセルにつける)セカンドのトリプルトゥループも(1)の段階から抜けきれていないようにMizumizuには見える。ルッツにつけたトゥループは着氷してすぐあさってのほうへ曲がって行ってしまうことが多い(エッジが一瞬ピタッと止まっている感じがない)。2Aのあとの3Tは遠目でよくわからないが、氷の削りカスがかなり飛ぶことが多い。どちらも回転が不足気味のときに起こる現象だ。安藤選手は、今回後半に3ルッツと2Aでダウングレードを取られてしまったが、これに関しては完全に(2)だ。2Aで取られるというのは珍しい。安藤選手はファイナルでも後半の3サルコウで取られた。昨シーズンの世界選手権では3Lo。スタミナが切れると、あるいは、ちょっと油断すると、ジャンプに高さが出なくなりダウングレードされる。これは安藤選手に案外よく見られるパターンだ。これで3回転+3回転や、4サルコウなど入れてしまったらもっと深刻なことになる。昨シーズンのファイナルで、4サルコウを立ったがダウングレードされ、そのあとの(ふつうに見れば降りてる)ジャンプも次々に4つもダウングレードされた「悲劇」の二の舞になる。試合が続くと男子選手でも疲労がたまり、ジャンプが足りなくなくなったり、パンクになったりする。安藤選手も全日本まで連戦が続いた。彼女にとってスタミナのキープがいかに難しいかということだ。安藤選手がダウングレードされるジャンプは試合によって違う。しかもジャンプ自体は何も問題のないものが、ちょっとしたことで取られてしまうことが多い。男子のトップ選手がダウングレードされるのも、4回転以外は、基本的に(2)なのだ。だから、それは突発的であって、リピートはしない。さて、Mizumizuにとって一番気になっている、浅田選手の後半に(無駄に)ダウングレードされる3Fから2Loへの3連続コンビネーション。前半の3F+3Loは問題ないわけだし、これは、基本的には(2)だと思うのだ。後半でスタミナが切れたところで、3連続にするから、高さが少しだけ足りなくなりダウングレードされる。昨シーズン初め、タラソワが描いた浅田真央絶対勝利のジャンプ構成は、3A、3A+2T、3F+3Loだった。この後半の3F+3Loが基礎点が一番高い。しかも真央陣営としては、その前のシーズンで決めてきていることから、後半のこのジャンプに関しては楽観的で、最初の3A2つが課題だと思っていたはずだ。だが昨シーズン、フタをあけてみると思わぬことが起こった。まず最初に起こったのは、後半に浅田選手がセカンドの3Loを「つけられない」という現象だ。同時に、先に試合をやっていた安藤選手のセカンドの3Loが、見た目は問題なく降りているのに認定されないということが起こっていた。それで浅田選手は緊張したのかもしれない。だが最大の原因は、3A2つが恐ろしいほど浅田選手の体力を奪っていたということだ。伊藤みどりが、「3Aを2つ入れるのがいかに大変か」「私にはできない」と言ったのは本質をついている。ともかく、最初は3Loを付けられずに、Mizumizuも「3Loの認定具合を見るためになんとしてもつけてほしい」と書いていた。昨シーズン、試合での後半の3Fからの連続ジャンプの結果とGOE後の獲得得点を見てみよう。<はダウングレード。フランス 3F+1Lo 6.2点NHK 3F 6.65点ファイナル 3F(<)回転不足のまま転倒 0.87点全日本 3F+3Lo(<) 6.5点ここで12月が終わる。流れで見ると、浅田選手がいかに苦心して3F+3Loまで持っていったかわかる。最初のフランス大会で1Loになってしまったのは、3Fの軸が傾いてしまったからだ。そこでNHK杯では、ファーストジャンプを確実に決めようとした。すると力がなくなりセカンドまで持っていけずに単独になった。ところが、結局のところこの単独ジャンプが一番点が出たのだ。 ファイナルでは、浅田選手はNHK杯の失敗を繰り返すまいとする。つまり3Fの力をセーブしてセカンドを高く跳ぼうと思ったのだと思う。ところが3Aを2度決めた浅田選手の体力はやはり思った以上に消耗していた。3Fの高さが足りずに回転不足のまま転倒。ふだんならありえない失敗だ。それを全日本でついに入れた。会場から「おう~」とため息が出るような素晴らしいジャンプだったが、案の定3Loはダウングレードだった。このときにMizumizuは確信した。セカンドの3Lo認定はほとんど無理。もう「奪われた」と思うべきだと。そして年が明けて4大陸。浅田選手も後半のセカンドを2Loに変えた。4大陸 3F+2Lo 8.1点世界選手権 3F+2Lo(<) 5.4点国別 3F(<)+2Lo 3.22点4大陸と世界選手権では、3A2つを降りることができなかった。だが、国別ではとりあえず降りた。そうすると3Fが足りなく(テレビで見てる限りは、どこが足りなかったのか、よくわからなかったのだが)なった。そして、今季(ルールはGOEで加点・減点する演技審判にダウングレード判定が知らされないように変更)フランス 3F+2Lo<+2Lo< 7.55点(GOEは減点が1人、加点が4人)ロシア 2F 1.87点(3Fそのものにできず失敗)全日本 3F+2Lo<+2Lo< 6.95点 (GOEは減点が2人、加点がゼロ)。フランス杯でセカンドとサードの2Loをダウングレードされた浅田選手は、ロシアではファーストからセカンドとサードのジャンプをかなり意識したのだろうと思う。そうしたら、3Fそのものを失敗してしまった。そして、長い「練習時間」を取って臨んだ全日本でもフランス大会と同じようにダウングレード。しかも、最初のフランス大会では、「浅田真央の3F+2Lo+2Loは足りない」と気づかなかった演技審判が、マイナスを付けてこなかった。全日本では逆にプラスがいなくなった。もう「この連続ジャンプはどこか足りない」とわかってしまったのだ。演技審判のGOEが、ダウングレード判定を知らされないといかにいい加減かは、他の選手のプロトコルを見てもわかる。ファイナルではキム選手の3ルッツ+3Tの3Tはダウングレードだったのに、「そうとは気づかない」演技審判が、こぞって判を押したように加点を大盤振る舞いでつけてきた。もちろん、GOE要件が増えているのだから、加点した理由はいくらでもあとから(こじ)つけられる。「多少ランディングの軌道は曲がったが、そのマイナスを補う質をもったジャンプだった」とかなんとか。セカンド以降のダウングレードを気にすると最初の3Fで失敗してしまう。気にせずに思いっきり跳ぶと、少し足りなくなる。この「少し」はハタから見ていると、かなり簡単に修正可能に見える。もうちょっと力を出してセカンド以降のジャンプを跳べばいいだけだ。どうも力をセーブしているように見える。本人も修正は簡単にできると思っていたのかもしれない。だが、公開された練習風景での3連続もいつもこんな感じだ。ぽんぽんとリズムよく跳ぶが、少し足りない(ように見える)。もっと身体の軽いジュニア時代なら問題なく回りきれたのかもしれないが、身体が成長した今は、「あのころ」のようにはいかない。今回はフリーで3Aを1度しか入れなかったから、3Fは大丈夫だったが、これでもし3Aを2度入れ、かつ後半を「ぜひとも3Fからの連続に」と思うと、3Fがまたダウングレードジャンプあるいはパンクになってしまうのではないか。これがMizumizuの考えだ。だから、後半は3Fを単独と決めてしまう。そうすれば負担はずっと少なくなるし、GOE要件が増して加点がつきやすくなった今季は、鈴木選手の単独3Fのように、浅田選手の3連続より点が出るように思う。そのかわり、3T単独の次にシーケンスで2Aをつける。最後にもう1回2Aが来るが、2Aは3度入れることができるのでルール上は問題ない。ただ、音楽との調和がどうかという問題はある。最後に3回回る部分は音楽と調和して迫力がある。3T単独と2A単独の間のつなぎはかなり余裕があるので、ジャンプをもう1つ追加するのは可能のように見えるが、音楽とうまく調和するかどうか、やってみないとわからない。さらに、ジャンプ構成を変えることに対する浅田選手の精神的負担もある。この程度ならシーケンスだし、負担は少ないとは思うが、それでもシーズン途中で構成を変えると失敗しやすい。浅田選手には依然として、3連続を正面突破するほうが簡単に見えているかもしれない。それはそれで仕方がないが、今回のようなリズミカルにポンポンと跳ぶ3連続ではダメだということを肝に銘じなければ、何度練習で成功しても無意味だと思う。Mizumizuには、今からではこの3連続ジャンプのクセの克服のほうが難しいように思える。少なくとも2連続に納めれば、成功すれば単独よりは点が出る(実績から言うと8.1点)が、それならば、2Loをはずして3Fは単独として、加点を狙う。そのかわり3Tにシーケンスで2Aを追加したほうが、基礎点もほんの少しだが高くなるし、「3Fを3連続にしなきゃ」の精神的負担も減る。3F&2Lo(後半基礎点7.7点)+3T(後半基礎点4.4点)=12.1点3F(後半基礎点6.05点)+3T&2A(後半基礎点6.6点)=12.65点あとは、どちらが確実に降りれるか。むろん3連続のほうが基礎点は高いが、今のままでは捕らぬ狸の皮算用で点を失うだけのように見える。3F&2Lo&2Lo(後半基礎点9.35)+3T(後半基礎点4.4点)=13.75点浅田選手が実際に獲得した点6.95+5.4=12.35点ただ一方で、ジャンプ構成を換えることの危険性は中野選手のフリーを見るとわかる。
2009.12.30
Copyright belongs to Mizumizu. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。全日本フィギュアスケート選手権のエキシビションである「メダリストオンアイス」を見た。不況のせいか、ひところよりは演出が地味になったかもしれないが、このエキシビション、とっくにエキシビションのレベルを超えてもはや世界一流のアイスショーになっている。男子ももちろん素晴らしいが、何と言っても「黄金時代」の女子の演技には目を奪われる。まさに百花繚乱。こんな素晴らしいショーを見るのは、もしかしたら今年が最後かもしれない。中野選手の「ハーレム」は、これまでの彼女のエキシビションナンバーの中でも出色の出来。これをバンクーバーで舞って欲しかったし、本人の落胆はいかばかりかと思うが、そういうマイナスの感情をまったく見せないのが、人としても尊敬できる選手だ。最初のルッツを失敗していなければ、恐らく五輪のチケットは中野選手のものだった。トリプルアクセルに次ぐ難度であるトリプルルッツがフリーで1つしか入らない鈴木選手に対して、2つ入れてきた中野選手。基礎点の高いジャンプ構成を組んでも、1つの失敗で大きく点を失う。中野選手と鈴木選手のフリーの演技・構成点は63.28で同点。もし、どちらかを意図的に救おうとすれば、演技・構成点で差をつけてしまえばいいことなのだが、今回は、主観点では差をつけず、2人にとって納得がいくであろう、技術点の出来に結果を委ねた形になった。4年前のトリノに出て欲しかった気持ち、出るべきは中野選手だったという確信は、きっといつまでもMizumizuの中から消えることはないが、今回の選定は、あのときと違って公平感があったのが救いだ。もちろん、鈴木選手のダンサブルなステップも一瞬たりとも目が離せない。あのはじけるような明るさ、滑る歓びを体全部で表現できるパフォーマンス力は、生真面目さが本番の演技に出て硬くなってしまう中野選手にはない武器だ。そして浅田選手。可憐な初舞踏会から、人格まで変わったような気迫溢れる鐘へ、そして軽やかで奔放で「気まぐれ(カプリース)」な淑女へ。圧巻の表現力だった。あのフリーは真央ちゃんに合わないという一部のファンからの悪評や懸念を、彼女は自分自身のパフォーマンスでねじ伏せた。結局のところ、多くの人は、作品を「評判」で見る。自分の目で見ているつもりだが、実際には「評判」で判断している。評判が高まれば感動する人が増える。浅田選手のファンがやるべきことは、自分の趣味や希望を押し付けるのではなく、彼女が表現する世界に寄り添い、理解し、賞賛し、背中を押してあげることなのだ。結果どうこうを最初に考えてはいけない。あれほど素晴らしいフリーで観客を総立ちにさせた浅田真央。もういいかげんにネガティブキャンペーンを日本人自らがやるのは、やめて欲しい。夕刊フジにまた事実誤認だらけの不愉快な記事が出た。しかも内部の人間が情報をリークしているのは明らか。リークした人間が話を歪めてるのか、書いてる人間が歪めてるのかは知らないが。今の日本のフィギュアフィーバーの立役者はなんと言っても浅田真央。浅田選手が五輪が決まったことでの経済効果は100億だという記事も出た。さらに、全日本フィギュアスケート選手権2009女子フリーのテレビの瞬間最高視聴率が37.2%とも。本当に凄い。かくいうMizumizuのこんな個人ブログにもアクセスが1日2万7000件・・・(驚)。男子では高橋選手の人気が沸騰しているが、そうは言っても高橋選手のことだけを書いていたのでは、恐らくこんなにたくさんの人は読みに来ない。これほどまでに国民から愛されている浅田真央。ところが悲しいことに、最初のうち「鐘」を積極的に評価する声は日本人の識者からはほとんど聞こえてこなかった。フィギュアをよく知っているコーチが何人か、プログラムの素晴らしさを認め、五輪の舞台に相応しい、浅田選手はよく音楽を表現してくれている、と言ってくれた程度。あとはヨーロッパ。フランスのベテラン記者が、「プログラムの高度な振付に感動した」と言ってくれた。こういう記者やライターがなぜ日本にいないのか。そんなに皆、目がないのか。孤立無援ともいえる状況の中で、「私は鐘を表現できると思っている。だからやる。プログラムを変えるなんてありえない」と主張した浅田選手はたいした根性だ。一流のパフォーマーとは常にそうしたものだ。100人が100人、「あなたにはできない」と言っても、自分ができると信じたら演じる。短絡的な結果を欲しがるエセは、こういう態度は取れない。そして実際に、ここまで解釈を深めてきた。「鐘」の最後のステップでは総毛立つような、ほとんど宗教的な感動を覚えた。言葉もなく見つめる以外何もできない。世界に浅田真央と、彼女を見つめる自分しかいなくなったような感覚。これぞ表現芸術の極致。わかりやすくインパクトがあるが、見るたびごとにつまらなくなる上っ面作品とは別次元の世界。今のフィギュア界で、タチアナ・タラソワ以外、誰がこんな世界を作ってくれるだろう? 誰がそれを演じ切れるだろう? もしかしたら、浅田真央で最後かもしれない。だが、今回の「メダリストオンアイス」に限っていえば、私的ベストオブベストは、安藤選手の「レクイエム」。ショートとエキシビションで同じ音楽の別の表現を見る楽しみは、喩えようもない。このショート、このエキシビションナンバーが、安藤選手のベストオブベストだと思う。衣装も素晴らしい。安藤選手の衣装デザイナーはどなたで?(笑)今回の衣装。胸元から腕にかけてのレースと、胸から腰にかけて大胆に斜めに入った十字架部分のレースは、微妙に模様が違っている。この洗練されたデザインのレース使いにまず目を奪われた。そして、長めで、イレギュラーなカッティングのスカートの軽さと上品さ。スピンに入ると黒の色調の中に、紫が混ざってくる。布が長い分、より紫の主張が強くなる。そして、透けた布越しにうっすら見える、安藤選手の美しくセクシーなヒップライン。出るところは出て、引っ込んだところは引っ込んだ、女性として理想に近い安藤選手の女性美を黒い衣装がエレガントに引き立てている。最初に心臓の鼓動そのもののような動作から始まるEX「レクイエム」。安藤選手が天を仰ぐと、こちらも一緒になって天から降りてくる光を見る。動作も風格があって美しいが、氷上に横たわった安藤選手の肢体は、ドキドキするほど魅力的だ。背中が大胆にくれて、素肌がスポットライトに照らされて輝く。役者が役者になるのに人生の経験が必要なように、「かわいい女の子」が「魅力的な女性」になるのだって経験が必要なのだ。安藤選手は装う必要はない。これほど女性の激しさ、深さ、やさしさ、傷つきやすさを、生(き)のまま表現できるスケーターはいない。稀代の振付師ニコライ・モロゾフと作り上げた世界で、「ぼくたちのゴール」と彼が彼女に告げたバンクーバーに向かって、迷わずに進んでいって欲しい。さて、ここからはプロトコルから見た技術的な話を。浅田選手と鈴木選手のフリーの技術点は、浅田選手67.90、鈴木選手65.78。フムフム、浅田選手のほうがやっぱり高い。大技トリプルアクセルを入れてるせいかな・・・細かく分析しなければそう思うかもしれない。だが、実際には浅田選手の技術点が鈴木選手を上回ったのは、ジャンプ以外の要素の取りこぼしが少なかったからだ。スパイラルは残念ながらレベル3に留まったが、スピンでずらりとレベル4を並べ、ステップはレベル3に加点3のオンパレード。1人をのぞいてすべての演技審判が加点「3」を出している。一方の鈴木選手も元来エレメンツの取りこぼしが少ない選手なのだが、今回はスピンでレベル4が1つにレベル3が2つ。そして一番目立つ取りこぼしは、スパイラルがレベル1になってしまったこと。スパイラルでの鈴木選手の得点が2.7点。浅田選手が4.5点。これだけで1.8点の差がついた。また、鈴木選手はステップがレベル2(盛り上がりは凄かったが)。浅田選手のステップが卓越しているのは、ステップのレベルを3にキープしつつ(高橋選手でさえ何度もレベルを2に落としたのに)、かつその難度の高いステップより自分が高い位置にいて、踊りながらステップを踏み、観客をその世界に引き込んでいくことができるということだ。アピールを気にするとしばしばレベルが取れないのが今のルール。レベルを取ろうとすると、「確実にターンしておりますです」という感じになり、感動が薄れる。浅田選手は、レベル取りと高い次元での感動を両立させた。だが、ジャンプに関しては、浅田選手と鈴木選手のフリーの得点を見ると、3Aを入れている浅田選手より、3Aどころかルッツも1つしか入っていない鈴木選手のほうが高いのだ。特にジャンプに定評があるわけでもない、五輪代表としても日本で3番手、4番手だった鈴木選手が、3Aを跳ぶ天才より点を出す。これが狂気の沙汰ともいえるような「厳密な」ダウングレード減点の「成果」なのだ。浅田選手のフリーのジャンプだけの得点3A 8.20(基礎点) 9.60(GOE後の実際の得点)2A+2T< 3.90 4.703F+2Lo 7.00 7.40ここから後半x印は基礎点が1割り増しになるということ3Lo 5.50 X 6.703F+2Lo
2009.12.29
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This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。今や世界一層の厚い全日本女子。この中でたった3人を選ぶというのは非常に残酷なことだ。特に中野選手。今回の五輪には個人的に行って欲しい気持ちが強かったのが、今季フタを明けてみたら、鈴木選手のほうが調子も成績もいい。全日本では僅差だったが、最終的には鈴木選手に軍配が上がった。ただ、中野選手も世界選手権に選ばれたということなので、こちらでメダルを目指して頑張って欲しい。女子の印象を一言で言えば、やはり「減点されない選手が強い」。もっと言えば、「ダウングレードとエッジ違反を取られない選手が強い」ということだ。今回結果の出なかった中野選手、村主選手に共通しているのは、シーズン前に3回転+3回転などの高難度のジャンプに意欲を見せていたことだ。対して鈴木選手は、徹底したダウングレード対策。昨シーズンの国際大会でダウングレードされたジャンプを組み替えたり、1つ1つをきっちり跳ぶ意識を高めたりして、極力ダウングレードを取られないジャンプ構成で来た。エッジ対策もすばやい。今季ルッツにwrong edge判定が下るや、ショートから外してループを入れてきた。基礎点は下がってしまうが、「加点・減点のマジック」を考えると、基礎点の高いジャンプを入れるより、減点されずにきちんと降りてこられるジャンプを入れるほうが強いのだ。ルッツにもフリップにも連続ジャンプをつけることができ、かつバランスよくジャンプを跳べる選手の強みだ。単独ループは最初に入れたときはダウングレードされたが、次からはきちんと回ってきている。フリーのルッツも2回を1回に変更した。こういうことが臨機応変にできるところが凄い。驚いたのは2A+3Tの連続ジャンプをやめて、3Tからのシーケンスで2Aをつないで、3Tのダウングレードを防いだことだ。シーケンスは基礎点では連続ジャンプには劣り(後半の2A+3T連続ジャンプは基礎点8.25点、後半3Tから2Aのシーケンスでは6.6点)、加点は付きにくいが、1つ1つをきちんと降りてしまえば連続ジャンプよりダウングレードの危険性は少ない。これには、本当に驚かされた。ショートにもフリーにもダウングレードが1つもないというのは、素晴らしいの一言(実は、ちょっと怪しいと思ったジャンプはあったのだが・・・)。・・・浅田選手もこの手を使えばよいのに・・・実は昨季の終わりぐらいから個人的には妄想していたのだ。浅田選手は連続にするとどこかでダウングレードを取られやすい。昨季からそれが目立ってきているし、今季はあからさまに取られている。今回2A+2Tの2Tさえダウングレードされた。今さら遅いかもしれないが。跳躍力のある浅田選手なら3Tにシーケンスで2Aをつけることも、2A+2Aのシーケンスにすることもできるだろうに・・・鈴木選手もシーズン途中で変えることができるのだから、ジャンプの組み換えが苦手な浅田選手とはいえ、シーケンスに変えることは難しくないようにも思うのだ。鈴木選手の表現力も、国際大会ではまだまだ点が出てこないが、際立ったものがあると思う。フリーの最後のステップのなんと生き生きとしていること。あれだけビビットに踊れる選手は世界広しといえど、そうはいない。オリンピックでは、プレッシャーもないことだし、思いっきり伸び伸びと演技してほしい。中野選手は、昨季からルッツとフリップが安定していなかった。ルッツとフリップに対するエッジ違反と回転不足。この課題が、全日本でも克服されていない。今回のフリーでは3つのジャンプに「!」マークで減点。こういう細かいところで違反を取られるとGOEで減点され(あるいは加点が抑えられ)、技術点が伸びなくなってしまう。ただ、後半にもってくるとファーストジャンプが回転不足になりやすい3F+2Tは前半に決めて、昨季までしばしば取られたダウングレードを防いだのはりっぱだと思う。とにかく、中野選手のやるべきことは、トリプルアクセルでも3回転+3回転でもなく、ルッツとフリップの安定。これだけだったのだ。村主選手の課題も3回転+3回転ではなく、ルッツの矯正、ルッツの矯正、ルッツの矯正。これだけだったのだ。昨シーズンの全日本でMizumizuを激怒させた、村主選手のwrong edgeに対する甘い採点。あのようなことをしても決して選手のためにはならない。今回ショートのルッツで村主選手は転倒したが、これは以前から指摘しているwrong edgeをかかえる選手の典型。つまり、エッジを気にして、踏み込みの間に不正エッジに入ってしまう前に離氷しようとするから、回転が足りなくなる。この現象はウィアー選手のフリップでしばしば見られた。男子のトップ選手でも、そうやって跳び急ぐと回転が足りなくなる。村主選手も回りきれずに降りてきて、最悪のダウングレード転倒になってしまった。オリンピックシーズンに短期間でコーチを替えるのもよくない。新しいコーチは、どうしても選手のかかえる根深い問題に気づくのが遅れがちだからだ。ルッツの矯正は年齢的に難しかったかもしれないが、これまでできていない高難度の連続ジャンプに挑戦するよりは、ずっとうまく行く可能性が高かったはずだし、実際エッジ自体はかなり直ってきている。村主選手はケガがあったようだが、ケガも無理な挑戦が引き金になることが多い。ただ、今回はジャンプ構成をきちんと国際大会基準にして、3サルコウも入れて、しかも成功させた(今季はなかなか成功させられなかったジャンプだ)。今季崩れてしまったジャンプを立て直せなかったのは、いかにも残念だが、これも人生。無念というなら、1度も五輪に出ることが出来なかった中野選手のほうが無念だろう。村主選手の実績を世間が無視して、荒川静香ばかりを持ち上げても、Mizumizuは忘れるつもりはない。日本女子冬の時代に、1人でフィギュア界を牽引していたのは荒川選手ではない。村主選手だったのだ。ことにベートーベンの「月光」は、今でも心に残っている。蒼白い月の光が一瞬氷の上に差してくるような表現力。「ハートで滑る」といい続けた村主選手にしか作れない世界だった。安藤選手は、今回もずいぶん体調が悪そうに見えた。単なる疲労であればいいのだが。ファイナルのときは右ひざを痛めていたというし、コンディションが心配だ。それにしても、安藤選手の衣装は毎回凄い・・・。資金が潤沢なんでしょうか?(苦笑)浅田選手は、自爆や転倒がなかったのが最大の収穫。だが、問題は連続ジャンプにしたときのダウングレードだ。今回は、ショート 3A<+2Tフリー2A+2T<3F+2Lo<+2Lo<とダウングレードを取られた。判定は厳しいと思うが、オリンピックではもっと厳しくされるかもしれない。ダウングレードされるところは決まっているのに、毎回同じことをして、ほとんどお約束のように取られている。これは「乗り越える」より「構成を変える」という方向で考えたほうがいいのだが、浅田選手という人は、ジャンプの組み換えが苦手な選手で、何がなんでも正面突破しようとする。ここまで何度も試みてなかなかうまく行かない。後半の3Fからの3連続ジャンプなど、むしろ単独のほうが加点がついて点が出るように思う。あるいは連続も2回なら回りきれるのかもしれない。ショートの単独フリップは、どこからどう見ても文句をつようがなく、実際に加点がかなりついた。自分では降りているつもりでも思わぬところでダウングレードされる。それが今の採点だ。ダウングレードされがちなジャンプは、可能なら避けるほうがいい。「基礎点重視」ではなく、「減点回避重視」のほうが、今のルールでは強い。フリーでは2つともフリップを連続にするのではなく、1つを単独にして、そのかわり3Tから2Aへのシーケンス、あるいは2A+2Aのシーケンスへの連続ジャンプの組み換えというのは、考えられないのだろうか(←くどい?)。セカンドに3トゥループや3ループをつけるのは、ダウングレード判定が厳しくなっている状況では、あまりに危険なので、シーケンス作戦が今からでも間に合う最も現実的な戦略だと思うのだが。今回はフリーでトリプルアクセルを1回にした。あれを2度入れて体力を使うと、後半の3フリップも低くなってダウングレードされてしまう可能性が高いように思う。3A+2Tの3Aのダウングレードは、もしかすると3A+3Tを練習しているうちにファーストジャンプをきっちり降りるという意識が弱くなったのかもしれない。フリーの単独のトリプルアクセルは認定されているのだから、単独なら降りられると見ていい。あとは、回りきってセカンドにつなげるという意識がもてるかどうか。去年成功させているので、不可能ではないと思う。とにかく、3A+3Tはもう練習でも避けるべきだ。3Aを回りきって2Tにつなげる。ショートの課題はそこ。高いレベルの連続ジャンプに挑戦してはいけない。そうすると、また足元の小さな欠点克服ができなくなってしまう。ダウングレード判定は、甘く見てはいけない。キム・ヨナ選手にしても、本当のところ、セカンドの3トゥループが回りきれているのか、Mizumizuはかなり懐疑的だ。またフリーではルッツやサルコウが不足気味になることがしばしばある。女子の3回転ジャンプというのは、だいたいがギリギリなのだ。キム選手だけが絶対的な例外だというのは、ただの思い込みに過ぎない。ダウングレード判定は、スペシャリストによっても違ってくる。キム選手に対して、昨シーズン初めてフリップのエッジにE判定をしたのも、今季のファイナルでセカンドの3トゥループをついに(?)ダウングレードしたのも、スイスの同じ審判だ。ファイナルのショートでキム選手がフリップのエッジに神経質になり(と荒川静香が言っていた)、失敗したのも、「あのジャッジ」という警戒感があったのかもしれない。選手にとって判定に不公平感が生じるのはどうしようもない。キム選手のように選手本人があからさまにジャッジングを批判するのはスポーツマンシップに反すると思うが、あの陣営に今さらそんなことを言っても仕方がない。とにかく、日本選手としてできることは、「自分がダウングレードを取られないようにすること」だ。だがしかし、全日本女子の演技は、みな素晴らしかった。ことに、ショートでの浅田選手の可憐さと上品さは、命の洗濯をさせてもらうかのよう。まさに、氷上に咲いた一輪のピンクのバラ。衣装は目を惹く胸元のディテール――花形の髪飾りとお揃い――に加え、スパンコールを散りばめた繊細なレース使い。あれはほっそりとしたウエストをもった女性にしか似合わない。初舞踏会の初々しさと可愛らしさ、胸はずませる躍動感が、どこまでもエレガントに表現できていた。細い選手は往々にして体力がないが、浅田選手のスタミナは群を抜いている。動作が限りなく華麗で、どの瞬間をどう切り取っても美しい。しかも、これまでなかなか取れなかったスパイラルでのレベル4、ロシア杯に続いてレイバックスピンでのレベル4を取った。もちろんフリーの荘厳な世界も感動的だ。「アウェイ」で戦うバンクーバー。ショートもフリーもオーケストラでジャンジャン音を鳴らすことで、タラソワは浅田選手を守ろうとしている。フリーは繊細なピアノ曲にしてもよかったはずなのに、北米で観客からさんざん冷遇されたロシア選手を見ているタラソワは、音楽の壁を作ることで、浅田選手が自分の表現する世界に集中しやすいようにしたのだ。「下から湧き上がってくるような感動」を、今回はファンの皆さんも味わえたのではないか。
2009.12.28
今回ファイナルも日本だったので、客席の様子にも注目したのだが、案外年齢層の高い女性が多いのには驚いた。最近の日本の景気は中高年の女性が引っ張っていると思うのだが、フィギュア人気もどうやらそうなのかも。あるいは、チケット代が高いので若いファンには敷居が高いのか。しかも、高橋選手に対する応援は熱狂的。ショートのステップで高橋選手が客席に接近すると、最前列に陣取った女性が昂奮している。ショーのときはたまたまかと思ったのだが、ファイナルでも全日本でもいつもそうだ。バンクーバーの男子ショートでもあのあたりの席が確保できませんかね? もしできたら、大輔命のファンの方は、旗振って歓声あげて、大いに盛り上げてくださいな。こんなに人気のある日本人男性スケーターというのは、ちょっと記憶にない。再起が危ぶまれるケガから復帰し、世界トップに返り咲いた。その奇跡的な物語がなおいっそうファンの琴線に触れたのかもしれない。対して、織田選手に対する応援は、明らかにお義理の拍手・・・に見えるのは、気のせいでしょうかね?(苦笑) あの最後の楽しげなステップでは、もっと客席が盛りあげてあげてもいいと思うのだが。表現力の差を明確な数値の差として出すことには、何度も書いたように基本的に反対のMizumizu。だが実際、今季の高橋選手の表現力はケガ前を遥かに凌いでいると思う。もともと音楽やドラマの世界に入り込む能力は日本人離れしていたが、今の高橋選手にはそれを当然のこととして、さらに観客と心を通わせる「コミュニケーション能力」が備わった。モロゾフ振付の世界を演じていた高橋選手は、どちらかというと自分の世界をひたすら構築していた感があるが――というより、振付師モロゾフの作り上げた世界にひたすら献身していたというべきか――今の彼はあのころより自由に、さらに伸び伸びと、観客やジャッジとコミュニケーションを取ろうとしている。昨今の採点で「ジャッジへのアピール」が必要だと感じたのか、高橋選手はさかんに、そのことを口にする。それを意識して、しかも実際に出来てしまうのが凄いところだ。Mizumizuは、ことに「お手玉」をマイムで表現する部分が大好き。高橋選手の手から空中に飛んで、落ちてくる球体が目に見えるよう。思わず視線で追ってしまう。役者ならともかく、ここまで表現できるフィギュアスケーターが、他にいるだろうか?こうした次元に行くには、才能も必要だが、経験も必要だ。子役時代に優れた才能を発揮しても、大人になると俳優として大成しない人が多いのは、当たり前の人間としての「経験」が子役として仕事をしてしまうと欠けてしまうことが多いから。演技力を熟成させるのには、経験が必要。その意味では、高橋選手を襲ったケガは、間違いなく彼を高みに引き上げるのに役立った。また、それを表現するのは肉体なので、過酷なリハビリで下半身を柔らかくしたことも無縁ではないだろう。だが、物事には光と陰がある。得たものも大きいが、失ったものもあることは否定はできない。何といっても、フリーの後半のジャンプを決める体力がまだ戻っていない。ケガ前は跳べた4回転も確率が悪いという。才能はGift、つまり与えられたものだ。本人の努力がどうのと言うが、そもそも才能のない人間は、努力できない。せいぜい短期間努力したとしても、継続することができない。天才とは努力のできる人と同義であって、本人がそれを隠しているか、さほど気にしていないだけだ。才能のある人に「あなたはなぜそんなことができるのか」と聞いても、本人は答えられないことが多い。だからこそ、何か特別なものを与えられたら、代わりに何かを神様に返さなければいけないこともある。体力と4回転を取り戻せるのかどうかは周囲にはわからない。だが、やはり、最終的には金メダルどうこうという「結果」より、プログラムをミスなく滑りきるにはどうしたらよいかという「いちパフォーマーとしての選択」をしてくれればいいと、Mizumizuとしては思う。そのうえでの1つ、あるいは2つぐらいのミスなら仕方がないだろう。「道」は今季、あまりにミスが多い。ジャンプ構成に対して体力がどうしてもついていかない。ある一面で、ランビエールの「ポエタ」を思い出す。だが結論は、あくまで高橋選手次第だ。高橋選手に関しては、短絡的に4回転を外すべきか入れるべきかの二元論では語れない。五輪は選手のためのものであって、本人に悔いが残るのが一番いけない。伊藤みどりと荒川静香の解説を注意深く聞くと、伊藤みどりは、回避策について、「やはり確実に、ということできましたね」と、否定はしないが、積極的に賞賛する言葉は口にしない。逆に高難度ジャンプに挑戦して失敗しても、「でも、挑戦してきましたからね」と必ず暖かいエールを送る。一方で、荒川静香は回避策に関しても、「これはいい判断だったと思います」と評価してあげている。この温度差は、2人の五輪での「結果」にあると思う。回避策で荒川選手が金を獲ったのは周知の通り。一方のアルベールビルでの伊藤選手は、ショートで調子の下がった3Aを外す決意をして換わりに入れたルッツで失敗した。この選択は、山田コーチによれば伊藤選手自身が下したものだったという。だが、本人のためではない。「自分のことだけだったら3Aを跳びたい。でも、日本を代表して来ているからには順位を取らなくては」と伊藤選手がコーチに言ったという。あのときに自分のアイデンティティでもあるトリプルアクセルに挑戦しなかったことは、口には出さないにしても、伊藤みどりの心に長く、苦く、残ったことは想像に難くない。Mizumizuは「ジャンパー包囲網」とも言える現行ルールのもとでもなお、日本のメディアが煽っている大技信仰には賛成できないが、といって、信仰を持つ人を否定はできない。高橋選手は、4回転を試合で一度も決めていない(しかも、恐らく次の五輪も狙える)小塚選手とは状況が違う。以前はできたことなので、それを取り戻したいと思う気持ちについて今はもう批判めいたことを言う気にはなれないし、実際に、スピンに関しては、あれだけボロボロだったファイナルから短期間で見事に立て直してきた。ステップもレベルを揃えた。織田選手に関しては、4回転が武器になるか足を引っ張るか、まだ微妙な線にいると思う。今回の結果を見ると、やらないほうが点が出るように思うが、オリンピック本番の日の調子やショートの順位にもよるかもしれない。織田選手は去年ほど4回転に固執していない。入れずに今季結果が出てるからだと思う。「コーチと相談して決める」と言っている人なので、2人の選択に任せるべきだろう。ジャンプというのは「できる」はずのものでも、失敗することがある。伊藤みどりが、「跳んでみないとわからない」と言ったが、天才ジャンパーが言うのだから間違いはないだろう。小塚選手に関しては、4回転など問題外だ。今回4回転を入れなくても後半で体力が持たなかった。ジャッジングに関しては、今季はエレメンツのレベル取りも厳しく、エッジ違反も厳しくなっている。男子でもジャンプが低いとダウングレードされる。今季の小塚選手は、振付が昨シーズンより難しい。そうした状況にもかかわらず、4回転を入れ続けたことが、今季の成績不振につながった。今回は国内大会なので、演技・構成点も出てきたが、国際大会での低い評価は、正直不当ではないかと思うぐらいだ。昨シーズン最後の世界選手権では、織田選手と小塚選手の評価にそれほど差はなかったのだ。今季に入ったら、伸び盛りのはずの若い小塚選手は1戦目から演技・構成点が低く、2戦目では自爆してしまい、織田選手は確実な演技を見せ付けて点を伸ばし、ファイナルでは2位に入った。対照的な結果になっている。小塚選手本人が自爆を繰り返していては、下げてくれと言っているようなものだ。ミスをしても演技・構成点を高くもらえる選手もいるが、小塚選手はその域には達していない。彼はコーチの指示をよく聞く選手なので、コーチ陣が冷静な判断をして、五輪に向けて調整してほしい。「これが決まれば点どうこう」より、いい演技をしなくては。ギターの音を表現することに徹底的にこだわった今季の作品は、派手でもなく、残念ながら思ったほどジャッジの評価も高くない(これは、評価のトレンドと合わなかった面もある)が、素晴らしいチャレンジだと思う。全日本ではショートは見ごたえがあったし、フリーも前半は傑出していた。上半身の動きもよくなった。フリーの後半バテて、「なんとかジャンプ跳ばなきゃ」になってしまうのが、Mizumizuとしては、何とも残念なのだ。
2009.12.27
全日本男子フィギュアが終わった。一言で印象を言えば、高橋大輔選手という人は、本当に、真から「華」のあるスケーターだということ。彼が滑ると他の選手はすっかりかすみ、ほとんど「前座」になってしまう。今季のショート「Eye」とフリーの「道」は、高橋選手のこれまでのプログラムの中でも傑出している。「フリーをまとめることさえできれば」という前提つきだが、フィギュアスケート史に残るエポックメイキングな傑作になるだろうに。一方で強く感じたのは、今季はやはり、競技者として本当に強いのは高橋選手ではなく織田選手だということ。今回の試合で、Mizumizuが注目していたのは・・・高橋選手のフリーのまとめ具合「まともに滑れなかった」とモロゾフに酷評されたファイナルの次の試合、今季5回目の試合で、どれだけの演技が出来るか。もっと具体的に言えば、次のような優先順位になる。1)体力がもつかどうか(実際には、スピンもステップもジャンプも、これにかかっていると言える、極言すれば、問題はそれだけなのだ)。2)スピンとステップでのレベル取りができるか。ステップはレベル3を揃え、スピンもできればレベル3以上を揃えたい。世界トップ選手と比肩するだけのレベル取りに彼はこれまでしばしば失敗している。3)スピンでのGOE(質の評価)での減点を防げるか。難しいポジションで回るあまり、軸が広がってしまったり、流れたりでGOEで減点されることがあった。これは非常にまずい。4)ステップやスケーティング部分で、足がついていくか。ときどき変なところで躓いたり、エッジを引っ掛けたりする小さなミスが目立つ。5)4回転を入れることは公言している高橋選手だが、練習での成功率を聞くかぎり、本番で決めるのはまず9割がた無理。となると、4回転を入れたあとの失敗パターン「次に難しいトリプルアクセルで失敗する」「後半のいつも跳べるジャンプで失敗する」をどれだけ防げるか。特に高橋選手の場合、後半の連続ジャンプのセカンドと単独のループが危ない。織田選手織田選手に関しては、高橋選手に比べると課題はかなり少なかったのだが・・・1)4回転は成功するか否か。練習での成功率も高橋選手より高いし、昨シーズンの世界選手権で成功させている。もし、今回の全日本で4回転を成功させる選手がいるとしたら、それは織田選手だと思っていた。2)4回転を入れたあとの失敗のパターンを防げるか。特に今季なかなか2つ揃って決められないトリプルアクセルをきちんと降りられるか。このぐらいだったのだが、あとは強いて言えば3)スピンをレベル3以上でまとめたい。高橋選手に比べると、課題は非常に少ない――ファイナルで銀メダルの実績が示すとおり、完成度がもともと高いのだ。小塚選手小塚選手は、「理想追求型」の最も悪いパターンに、ファイナルのかかったNHK杯ではまってしまった。次々とジャンプを失敗した悪夢を払拭し、今回ジャンプを立て直せるかどうかに着目した。具体的には・・・1)小塚選手にとっては、もうどう考えても「バンザイ突撃」でしかない4回転を外す勇気があるか。あるいはまだ固執するのか。2)2度のトリプルアクセル。これも去年なかなか2つ揃えて成功できなかった。そして、後半のジャンプはちゃんと降りられるか。3)ステップのレベルを2から3に引き上げられるか。ファイナルフリーのプロトコルはこちらhttp://www.isuresults.com/results/gpf0910/gpf0910_Men_FS_Scores.pdf全日本フリーのプロトコルはこちらhttp://www.skatingjapan.jp/なので、見ていただければわかることだが、高橋選手に関して言えば、ファイナルよりは段違いによかったと思う。だが、厳しい言い方をすれば、それは「まともに滑れなかったファイナルに比べれば、だいぶまともに滑れるようになった」というだけで、あのジャンプのミスの多さで五輪でのメダルを期待するのは、かなり難しい。今回フリーでも高橋選手が織田選手の点を上回ったのは、演技・構成点を「爆上げ」したからだ。フリー 高橋 技術点79.98+演技・構成点88.3=168.28織田 技術点85+演技・構成点80.7=164.7こういう演技・構成点の付け方をみると暗澹となる。演技・構成点は基本的に主観点なのだ。1位と2位で8点もの差。これでは、エレメンツの質をあげようとコツコツ努力をしても報われない。去年の全日本の男子フリーで1位の織田選手と2位の小塚選手の演技・構成点の差は2.4点だった。繰り返すが、点や点差が妥当か妥当でないかという論争は、まったく不毛なのだ。ファンであれ、ジャッジであれ、自分が評価する選手の点ならいくら高くても「妥当」あるいは「やや高め」程度に思える。自分が評価しない選手の点が高ければ、「高すぎる」「非常識」と感じる。点差についても、「質や出来に差がある」のはわかるにせよ、その差を数字化して「2点差」なら妥当か「5点差」なら妥当か、「8点差」でも妥当かという話になれば、まったくの水掛け論だ。ということは、オリンピックで、「素晴らしい振付で、素晴らしい演技をした」とジャッジが判断すれば、日本選手を低く、チャン選手や、あるいはライザチェック選手を「非常に高く」付けられても、文句は言えないということにもなる。「道」に関して言えば、もちろん類のないほど素晴らしいプログラムだし、高橋選手ほどの演技性・パフォーマンス力を発揮できる選手は、ほとんど見たことがない。だから、88点という演技・構成点も妥当だと言えば妥当と言えてしまうが、それはあくまで「ホーム」での話。パトリック・チャンの本拠地であるカナダでは観客のノリも違ってくるし、同じような評価をしてもらえるかどうかわからないのだ。素晴らしいパフォーマンスをしても、点が「変に低く抑えられている」選手はいくらでもいる。今回の全日本では、「高橋選手を勝たせたい」という力学が働いたのは明らかだろう。そもそもシンボルアスリートがオリンピックに出ないのでは、話にならない。ショートで見てるファンが「はあぁ~?」とひっくり返るような点差で2位以下を引き離し、フリーでは演技・構成点を高くして、ミスが出ても逃げ切るというのは、キム・ヨナ選手やロシェット選手のパターンにそっくりではないか。採点はこんなもの。なので、実際のところの選手の課題克服具合はどうだったか見てみよう。まず高橋選手1)体力――ファイナルより段違いによかったが、結論としては、やはり体力不足が後半のジャンプの乱れに出た。だが、その他は大きなミスもなく、情感もこもった素晴らしいパフォーマンスだったのではないか。正直に言うと、Mizumizuの予想を遥かに超えた出来だった。2)スピンとステップのレベル取り。これも文句なし。国内大会で、ある種の「力学」が働いたことを考えると、このレベル認定をそのまま信じていいものか、若干不安はあるし、ショートのステップのレベル4は、「お手盛り」感があるが、あれだけアラの目立ったスピンを、ミスなくまとめてきた。素晴らしい。驚異的だ。3)スピンでのGOEマイナス。ショートとフリーでまったくゼロではないが、これだったら問題はないと思う。Mizumizuが個人的にいつも非常に気になっていた、フリーのFCCoSpの最後の軸の流れも、今回はなかった。4)変なところでの躓きやエッジの引っ掛けも今回は気にならなかった。よく気持ちをコントロールしていたと思う。5)4回転を回りきれないのはわかっていたが、転倒しなかったのにはホッとした。続く2つのトリプルアクセルも素晴らしい出来。だが、やはり後半になるとジャンプの着氷が乱れる。心配していたループはやはり減点着氷。ルッツもダメ。連続ジャンプは3F+3Tをなんとか降りたのみ。気になるのは、ルッツを1つ連続にできなかったことよりも、片方のルッツについてしまった「!」。アテンションとはいえ、エッジ違反を取られたのは初めてではないだろうか。これは要注意だ。何度も言うが、今のルールは、「減点されない選手が強い」。高橋選手はトリプルアクセルを前半に跳んでしまうかわりに、ルッツを2つ後半に持ってくる。トリプルアクセルは体力のある前半なので跳べるが、次に難しいルッツは後半跳べなかったと見るべきだろう。つまり、「4回転を入れるとはまる失敗のパターン」から今回も抜け出せなかったということだ。織田選手1)4回転は回転不足のまま転倒。非常に悪い結果だった。2)だが、それ以外のジャンプは全部降りた。課題のトリプルアクセルも2つ決めた。強いて言えば、4回転の直後のトリプルアクセルが低くなっていたように思う。だが、「お休み」をうまく入れた後半では、逆にジャンプの高さを取り戻し、結果、すべてのジャンプに加点がつく、超・超素晴らしい出来。4回転を入れるとはまる失敗のパターンに、まったくはまらなかったのだ。高橋選手とはここが違うし、この差は、ハッキリ言ってとてつもなく大きい。プルシェンコを除く、現世界のトップ選手が、ほとんど全員このパターンから抜け切らずにいるのが現実なのだから。3)スピンもステップも文句なしのレベルを揃えた。小塚選手1)4回転はさすがに外してきた。遅きに失した感はあるが、「基礎点の高いジャンプで点を稼ぐ」という理想が、幻想だと気づいたのは収穫だろう。4回転というのはただの1つのエレメンツに過ぎない。武器になるか足を引っ張るか、きちんと見極めなければ、プログラムはキズだらけになってしまう。今回は目に見えてプログラムの完成度が上がった。2)2度のトリプルアクセルを見事に決めたのは最大の成果。だが、後半のジャンプはダブルになったりシングルになったり、おまけにフリップにアテンションが付いた。小塚選手は、今季は確か2度目?。エッジ違反判定は今年、どうも厳しくなっている気がする。これも気をつけないといけない。3)ステップのレベルはSlStがショート、フリーともレベル1。これはいけない。ショートはちょっとしたアクシデントのせいかもしれないが、フリーが大問題。これも体力不足が原因かもしれない。どちらにしろ、まだステップのレベルが揃えられないというのには、頭を抱えてしまう。要するに、競技内容としての完成度が高いのは、どう考えても織田選手なのだ。フリーの「チャップリン・メドレー」は、織田選手の欠点を補い、長所を目立たせるようよく練られた作品だと言える。だが・・・まあ、これは主観もあるかもしれないが、高橋選手の「道」が始まると、すっかり色褪せる感がある。「道」は振付もシングル選手のフリーとしては革新的だが、やはりパフォーマーが天才なのだろう。モロゾフはファイナル後に、安藤選手の「クレオパトラ」を自画自賛した。計算高いモロゾフらしい上手いプロパガンダだ。つまり、プログラムというのは「評判」で印象が変わってくる。ファイナルで安藤選手のフリーの演技・構成点は、キム選手にかなり接近した。そのタイミングを見計らって、「評判」をさらに高めようとしているのだ。モロゾフは、「高橋選手がフリーを滑りきれないことはわかっていた」とも言っていた。そうだろうと思う。実際、ファイナルのフリーは体力がまったく持たずに傷だらけ。だが、「道」に対して、自作の「チャップリン・メドレー」が優れているとは、間違っても口にしない。というより、できないのだ。短所を補い、長所を際立たせるという振付の熟練度では文句のつけようもないにもかかわらず、結局のところ、織田信成の演じる喜劇王の物語は、高橋大輔の道化師の物語には及ばない。私見では、大人と子供ぐらいの表現の力量の差がある(織田選手のファンの方、ごめんなさい)。う・・・文字制限・・・続きは明日
2009.12.26

むかしむかし・・・誕生日プレゼントにイギリス製のデミタス・カップ&ソーサーを父に買ってもらった。イギリスでではない。山口のデパート。今はもうなくなってしまったが、「ちまきや」という、市内で唯一のデパートだった。ミントン社の製品で、カップの裏を見たら、Grasmere(グラスミア)とあった。詩人ワーズワースが住んだというイングランド北西部の小さな村だ。ゆかしい名前を持つデミタスカップ。確かちまきやで父と一緒に選んだのだと記憶している。そのときにお揃いで使えるデザートプレートがないか聞いたのだが、そもそもそのデミタスカップ自体が一点しかなく、お皿はないという話だった。模様は華麗だが色味は落ち着いている。グレーブルーのパターン模様はハンドペインティングではない。基本的には量産品だと思われた。メーカーのミントンもよく知られている。なので、ちまきやにはなくても、都会のデパートに行けばあるような気がしたし、そのうちイギリスに行ったらついでに探してもいい・・・そんな気持ちだったように思う。ところがところが。東京のデパートの洋食器売り場に行っても、ミントンのグラスミアシリーズというのは、全然見当たらない。その後イギリスに行く機会もあったが、行ったら行ったで観光が中心になるので、落ち着いてミントンの食器など探す時間は取れなかった。デパートの食器売り場をちょっと覗いてみたりしたが、「ありふれたもの」という予想を裏切って、さっぱり見当たらない。Mizumizuは自分でカップを買うときは、だいたいデザートプレートとセットで買う。スイーツとコーヒーあるいは紅茶を出すときに、カップと皿がちぐはぐだと――我ながら少しばかり神経症的だとは思うのだが――気分が悪いからだ。少女時代に父から買ってもらったデミタスカップは相棒のデザートプレートがなく、なんとなくあまり使わないまま棚にポツンと置かれているのが、少し可哀想なのだった。気にはなっていたのだが、「そのうちに・・・」とほったらかしている間に、長い時間が経ってしまった。なので、とうとう決心して、ネットで同じグラスミアシリーズのデザートプレートを探してみることにした。ところがところが。いくらでもヒットしてくるだろうと思いきや、これが全然ないのだ。どうやら日本のショップで新品が売られているということはないらしい。海外のサイトで見たところ、ミントン社のグラスミアシリーズは1974年から1998年まで生産され、現在は廃盤になっているということがわかった。Mizumizuがデミタスカップの相棒に欲しいと思っているデザートプレートはだいたい20センチぐらいが相場。その海外のサイトではサラダプレート扱いになっているのが目指す品のようで、値段は33.99ドル。ともかく海外ではかなり大量に出回っているということだ。なら日本のネット個人オークションはどうかとしばらく見張ってみたが、ヤフーにも楽天にも出品されてこない。最後の手段で古物商を当たった。すると一軒だけ、鎌倉の古物商が扱っているのを見つけた。そのサイトの説明では当該プレートは日本未発売で英国で購入したものだと言う。日本未発売?しかし、Mizumizuが同じグラスミアシリーズのデミタスカップを買ったのは、日本なのに・・・ しかも、海外のサイトもその日本の古物商も、脚付きのカップは売っているが、Mizumizuが買った円筒形の小さなデミタスカップはまったく扱っていないのだ。どういう経緯で、あのデミタスカップが日本に輸入され、しかも山口のデパートの陳列棚に並んだのか?逆にそれが不思議に思えてきた。「量産品」と侮っていたが、案外レアなものだったのだろうか。とにもかくにも、相棒プレートを見つけたからには買わなくては。ありがたいことに鎌倉の古物商がつけたプライスは2100円(送料は700円・割れ物保証付き)と、かなり安い。申し込むと、あっけないぐらいすぐに送られてきた。ずいぶん長いこと心の隅に引っかかり、デパートの食器売り場を歩くたびに、「あ、そういえば、グラスミアはないかな?」と気にしていたのは何だったのだろうというぐらい、あっけなく。繊細で貴族的な柄なのに、色調はどこか陰鬱。華やかなのに暗い――この二律背反が、いかにもイギリス。こうしてめでたく、むかしむかしに買ってもらったデミタスカップは、相棒プレートと一緒になったのだった。鎌倉の古物商は、「アンティーク」と言って売っているが、それはちょっとオーバーだと思う。だが、周囲の金彩が、この値段の量産品にしては、かなりしっかり厚く塗ってあり、劣化したりハゲたりしていないのは、たいしたものだと思った。そういえば、Mizumizuが買ったデミタスカップの金彩も、時間が経っているわりには剥落がない。いい仕事をしているということだろう。地の色はクリーム色で、プレートもカップも厚味がある。イギリスの磁器はフランスの磁器に比べると地の色が柔らかい。アヴィランド(リモージュ)の青ざめたような白地にもフェティッシュな魅力を感じるのだが、イギリスのウエッジウッドの乳白色、そしてこの「やや古い」ミントンのクリーム色の地色も暖かみがあって気に入っている。
2009.12.25

パークハイアット東京のペストリー・ブティックは、いつ行っても客足が途絶えることがない。どれを買ってもハズレた印象はないが、秋冬のお楽しみは、やはりモンブラン。ここのモンブランは、まさしく栗が主役。茨城県の岩間産と、栗の産地まで表示されている。たっぷりかかったマロンクリームは、和栗の濃厚な甘さを十二分に味わわせてくれる。一見、「台」がないように見えるが、メレンゲの生地がマロンクリームの底に隠れていて(量はかなり少ない)、歯ごたえのアクセントを加えている。ただ・・・メレンゲの底生地を型に接着させるために、チョコレートが使われているのが、個人的にはいただけない。少量だが、甘く濃厚なチョコレートなので、返って栗の風味を損ねている。こちらはクレームダンジュ。マスカルポーネチーズに生クリームを合わせた純白のルックスが魅力のスイーツ。中にラズベリーソースとスポンジ生地が仕込んである。ぐちゃっとした柔らかいスイーツで、マスカルポーネの濃厚さとラスベリーの甘酸っぱさは、一緒に食すとなんともお似合い。Mizumizuの場合、大好きなチーズを、脈略なく思いつくままに挙げてみると・・・フランス・・・シェーブル、ブリー、フローマジュブランイタリア・・・マスカルポーネ、ブッラータと、かなりクリーミー系(という分類はないと思うが)に偏っている。フロマージュブランは果物のソース、マスカルポーネは蜂蜜や黒蜜、あるいはエスプレッソ風味の甘いソースなどと一緒に食べる。ブッラータだけは、日本で食べたことがない。一度買ったら、明らかに腐っていた(その顛末についてはこちらをどうぞ)。これだけは、やはりイタリアのプーリアで食べなければ、と思う。日本でも最近美味しいチーズが食べられるようになった――以前の日本は、チーズといえば、プロセスチーズという国だった――が、そうはいっても、値段は高いし、味はもうひとつ。輸入品は保存が悪いのか、味が別モノになってしまっているものも多い。フレッシュチーズを食べに、またイタリアに行きましょか(←かけ声ばかりで、全然実現できない)。
2009.12.24

東京という街はおもしろい。クール&モダンなビル群が林立している脇で、江戸の風情の残る古びた路地も残っている。最先端のデザイン性を追求した空間を歩くのも楽しいし、ゆかしい坂にいざなわれて、時代を忘れるちょっとした迷宮に遊んでみるのも捨てがたい。だが、どうにも陰鬱で虚無な空間もある。その多くは、あのむなしいバブルの時代の遺産だが。東京で「好きになれない」場所というのもいくつかあるが、そのうちの1つが案外行く機会の多い西新宿のビルの1階。1泊7万も取る高級ホテル、パークハイアット東京のグロッサリーストアと、デザイン性の高い(ついでに値段もバカ高い)小物を売っているコンランショップの間、ここに広がっている空間は、実に近代的で、実に無機的だ。いつもここに来ると、地下の駐車場に入るだけで、巨大な霊廟に飲み込まれていくような気分になる。駐車場からエレベーターで1階に上がってくると、目の前に広がっているのが、このバカバカしいほどデカいロビー。案内嬢がきちんと座ってるのさえ、一種の虚構に見えてくる。こういう空間でも、生きた人間が頻繁に行き交えば、もう少し体感温度が上がるのかもしれない。だが、いつ行っても人が全然いない。内装に使われている素材も、どこまでも冷たく、無機的で、ヤケに明るい蛍光灯の白っぽい光に照らされて、何もかもが白々しく、無価値に見える。こういう空間は、ちょっと歩くだけでひどく疲れる。ところがところが。ここから、ホテル棟に移って、ほの暗いグロッサリーストアに入ると様子は一変するのだ。美味しい惣菜やパン、チーズといった軽食を置いている店内は、いつも人で賑わっている。要するにこのビル、人がいる場所とまったくいない場所に極端に二分化されているということ。賑わうグロッサリーストアを抜けて、コンクリートで固めた中庭からコンランショップのある商業棟の1階に移ると、またもパッタリと人がいなくなる。天井から吊るされた装飾は、巨大なエチゼンクラゲのようで、オシャレなつもりでデコレートしたのだろうが、人気のない冷たい空気の中では、いっそ不気味だ。エスカレーターを上って2階に上る。そこから見るコンクリート漬けの中庭。デザインだけ見れば洗練された都会的な中庭だといえるかもしれない。だが、この広場で、どうやって人が人間的な気持ちになれるというのか。寒々しいのは真冬だからというばかりではない。あくまで人工的で、どこまでも殺風景。人が立ち止まって安らぐことを拒否するような「モダン」なデザインの中庭は、ただ足早に通り抜けるしかない。東京の街角で人々をひきつけているイルミネーション装飾もない。コンクリートの平面と凹凸面が、都会のもつ虚無性を強調するばかり。あまり居心地のよい中庭――あるいは人が付け入るスキのある空間というべきか――にしてしまうとホームレスが集まってきて迷惑だとか、そうした懸念があるのかもしれない。ここにクルリと背を向けて、コンランショップの中に入れば、不思議と人がいるのだ。売れているかどうかは定かではないが、奇抜なデザインの小物類の並んだコンランショップは、見て歩くのは楽しい。ショップ内は、音楽をかけて、外界とはまったく異質の世界を演出している。パークハイアット東京の上階も同じように、自己完結したそれなりにオシャレな空間を持っている。41階(!)にあるラウンジやバーは、摩天楼都市東京の景観を存分に楽しませてくれる。ここもやはり、人がいないということはない。だが、その足元がこんなにも虚無的だということに、(主に白人の)ホテル宿泊客は気づいているのだろうか。繁華街新宿に至近で目の前が公園だと言えばひどく聞こえがいいが、その公園は実は悪名高いハッテン場。このビルは都庁にも近く、新宿駅まで遠くはないのだが、と言ってぶらぶら歩いて楽しい道だとは到底言えない。いつも車で行くのだが、ビルの谷間に作られた広い車道の脇の、これまただだっ広い歩道は、ほとんど人が歩いていない。こんなにも人が歩かないのに、なぜあんなにも広い歩道を作ったのか。まったくもってちぐはぐだとしか言えない。ここは田舎ではない、東京でも屈指の繁華街・新宿のすぐそばなのだ。新宿駅に向かう途中、周囲の寂しさをむしろ強調するような寒々しいイルミネーションや、邪魔なだけの無意味なオブジェが道の脇に現れるのだが、それを見ると、ますます歩きたいという気持ちが失せてくる。いくらホテルやショップが高級でも、こうも周辺の環境が人工的で無機的では、魅力は半減してしまう。こうした人間味のない開発は、時代が悪かったのか・・・いやむしろ、この西新宿の土地そのものが呪詛的な性格を秘めていて、ヒューマニスティックな暖かみがとことん拒まれてしまったのではないか。新宿中央公園が、「そんな場所」になってしまったのも、この土地に何らかの因縁というのか、ある種の磁場があるからではないのか。昔ここらあたりに何があったのか、古地図で調べてみたくなる。
2009.12.23

よく飲むハーブティーは、自分でブレンドする。比率は5:4:1・・・5はペパーミント4はレモングラス1はレモンバームレモンバームは少し量を多めにすることも。ペーパーミントの清涼感とレモングラスの爽快感、ほのかに交じるレモンバームの芳香。味はどこまでもさわやかで、キレがある。Mizumizu連れ合いはこのハーブティーが大のお気に入り。仕事中に飲むと頭がすっきりするのだとか。頭が冴えるといっても、覚醒するのとは違う。筋肉・・・あるいは血管がほぐれる感じで、鬱々とした気分にも効く。12月は超多忙なMizumizu&Mizumizu連れ合い。1日数件ある締め切りに、毎日追われている。ハーブティーの力も借りて、なんとか乗り切りましょう。仕事が一段落したら、ゼッタイに南の島で静養する!やってられるか~、仕事ばっかり!落合ハーブ農園 オリジナルブレンド ハーブティ 10g レモングラス、レモンバーム、スペアミント、レモンバーベナー、ペパーミントのブレンドティーです。【日用品屋】落合ハーブ農園 オリジナルブレンド ハーブティ 10g【※キャンセル・変更不可】【日用品屋】と記載のある商品のみ同梱可能です。
2009.12.21

エキストラバージンオリーブオイルは阿佐ヶ谷のブオーノイタリアで量り売りで買っている。ここのオリーブオイルはイタリア中部のウンブリア産。ピリッとした辛さが特徴のかなり個性的なオイルで、気に入っている。が、実は、基本的にはエキストラバージンオリーブオイルはもっと南のもののほうが好き(苦笑)。イタリア旅行をして、オリーブの老大木の堂々たる姿に驚くのは、やはりプーリア州やシチリア島なのだ。南のオリーブオイルは、ざっくり言ってしまうと、もっとフルーティだというイメージがある。油というよりジュースに近くなってくる。高級スーパーには瓶詰めのものが売られているが、できれば量り売りでフレッシュなオイルを売ってくれる店で買いたい・・・と思っていたら、さすがにそこは、何でもある東京。世田谷区砧に、シチリア産のエキストラバージンオリーブオイルを量り売りしてくれる店を見つけた。その名も「ダ・ノンナ」。オリーブは11月が収穫の時期。なので、今の時期は絞りたてのオリーブオイルを買うのにはちょうどいい。そう思って行ってみたら案の定、「12月5日に届いたばかり」というフレッシュなエキストラバージンが売られていた。住宅街の一角にある、小さいけれどセンスのいい店。芸能人が大好きな世田谷の高級住宅街には、こういう店が珍しくない。エキストラバージンオリーブオイルは、鮮度が命。重宝がって台所の隅に置きっぱなしにしておくと、味がガタ落ちになる。日本の高級スーパーで売られている高級エキストラバージンオリーブオイルがどうももうひとつなのは、鮮度に問題があるのだと思う。こちらが、11月にシチリアのカルタニセッタで絞ったばかりだという、正真正銘フレッシュなエキストラバージン。これで1743円ってのは・・・ハッキリ言ってかなり高い。値段から考えれば阿佐ヶ谷の店ほうがお得感がある。何でもそうなのだが、杉並より世田谷のほうがモノの値段が一段高い。芸能人が好んで住むあたりになると、郊外――という言い方が適当かどうかわからないが、とりあえず、都心ではない――なのに港区並みの物価になる。肝心のお味は・・・うん、うん。想像したように、ウンブリア産(阿佐ヶ谷)のものよりフルーティ。最高級とは言わないが、かなり次元の高い農家から仕入れていることは間違いない。エキストラバージンオリーブオイルというのはワインと似ていて、値段が高いもののほうが基本的に美味しい。だが、日本で売っているモノは現地とは値段が逆転したり、反対に差が極端に開いたりすることがある。長持ちするものでもないし、農家によって生産量も違ってくる――つまりインポーターからすれば、仕入れの量が制限されるということ――し、このあたりは致し方ないといったところか。透明な入れ物だと、光が入って酸化しやすい。なので・・・スペインのトレドで買った、素朴な陶器の入れ物に移しかえた。普通はVマーク=バルサミコ、A=オリーブオイルだと思うのだが、我が家では両方ともエキストラオリーブオイルで、ウンブリア産とシチリア産それぞれ直輸入のフレッシュな味が楽しめることになった。贅沢な時代だ。お店情報:ダ・ノンナ世田谷区砧3-2-22 電話:03-5494-7437営業時間 平日:午前11時から午後8時、土日祝:午後1時から午後8時
2009.12.19

日本人のマネッコの上手さにはいつも驚くが、ピッツァに関してもそれが言える。昔はイタリアに行くと、石釜で焼いた本場のピッツァを食べるのが楽しみだった。それがいつの間にか、石釜ピッツァは日本でも珍しいものでなくなり、味も本場にひけを取らないものがどんどん登場してきた。「モッツァレッラ・ブファッラ(水牛のモッツァレッラ)」なんてものも、幻の素材だと思っていたら、あらあら、Mizumizuにとって日本の田舎を代表してる(←失礼!)山口県山口市のレストランでも空輸のモッツァレッラ・ブファッラが食べられるではないか。ただし、さすがにいかな空輸とはいえ、味はかなり抜けてしまったシロモノだが。まだ石釜ピッツァが珍しいころは、ビールを併せて注文し、フォークとナイフでピッツァを食べてるだけで、「あ、イタリア帰りですか?」と言われたものだ。そう、イタリアのピッツェリアでは、普通ピッツァを手でつまんで食べることはない。ナイフで切ってフォークで口に運ぶ。そして、ワインではなくビールと楽しむ。・・・と言い切りたいところだが、実はちょっと自信がない。ピッツァ=ビールというのは、イタリアにいる間になんとなく「そういうもの」だと刷り込まれただけで、ピッツェリアのイタリア人客誰も彼もを注意して観察したわけではないからだ。よくイタリアで日本人が食事のあとにカプチーノを飲んでる姿も、相当変な気がする(普通はエスプレッソで締める)のだが、日本で日本人がピッツァにワインを合わせてるのも、なんだかちょっと変に見える。どうして、と聞かれると、「うッ・・・」と詰まるのだが、やっぱりピッツァには水っぽいビールだと思うのだ。荻窪には、石釜ピッツァの店が複数ある。クリスピーな生地で有名なのは、「ラ・ヴォーリア・マッタ」だが、ナポリ風のふわふわ生地で美味しいピッツァを出すのが、Pizzeria da Giovanni (ピッツェリア・ダ・ジョヴァンニ)。マルゲリータ、クワトロフロマッジなど、シンプルなピッツァを好むMizumizuは、マルゲリータ・フレスカを注文。「フレスカ」とはフレッシュのことで、普通のピッツァ・マルゲリータがトマトソースを使うところを、生のトマトの薄切りを使っている。フレスカのほうが多少値段が張る。普通のトマトソースのものも食べたがどちらも十分に美味しかった。少し焦げているのが、いかにも石釜直火ピッツァらしい。イタリアだともっと全面焦げ焦げのものを平気で出してくる店もある。もちろん、抗議すれば焼き直してくれるが、黙っていればそれでOKだということになる。合わせたビールはやはりイタリアの「ナストロ・アズッロ」。イタリアでは多分、一番飲まれている、クセのない軽いビールだ。隣りの客も向こうの客も、やっぱりピッツァと一緒にワインを飲んでいる。地元客相手にやっているイタリアの夜のピッツェリアは、日本のピッツェリアよりずっと開放的な雰囲気で、たいてい若い男の子がビール片手に大騒ぎしているのが、日本のピッツェリアは大人しいカップルや家族連れ。味はイタリアのピッツァそのものだが、そこに広がっている風景がなんとなく違う。
2009.12.16

名店パスティッチェリア アベのあとを引き継ぐようにして開店した、パティスリー ヴォワザン(Voisin 〒167-0043 東京都杉並区上荻2-17-10. Tel 03-6279-9513)。黄色い背景色に白抜きのエッフェル塔のシルエットが目印。店内にもエッフェル塔グッズがたくさん。オーナーはフランソワ・トリュフォーか?(笑)Mizumizuの家からもっとも近いケーキ屋さんで、ときどきお世話になっている。まだ若い職人さんが奥に2人、売り子の女性が1人。12月の繁忙期にはアシスタントさんを何人も従えて、せっせとケーキを作っていたアベ時代の賑わいに比べると、まだ少し寂しいが、上質の材料を使った丁寧なスイーツを出す店だと言っていいと思う。Mizumizuのお気に入りは、フロマージュ。ふわりとした軽い口当たりではなく、濃厚かつクリーミーな味を追求した逸品。かなり酸味が強いのは、中にはさまれたパッションフルーツの量が多いから。これが効きすぎてクリームチーズの風味が少し犠牲になっているかもしれないが、Mizumizuはクリーム層と分けて口に運んで、風味の違いを楽しんでいる。底に敷かれた、粗く砕いたクッキーもしっかりした歯ごたえ。繊細というより、むしろ昔ながらの素朴な味のレアチーズケーキの系統。モンブランは、なんと注文をしてから作る。底のメレンゲのふんわり感がクリームで湿ってしまわないようにとの配慮からだと思う。メレンゲの量がかなり多く、糸状に巻かれたマロンクリームの中は、上質な生クリームがたっぷり。いくらローソンが頑張っても、やはりホンモノのケーキ屋の選ぶ上質な生クリームにはかなわない(笑)。上に飾ったマロンの砂糖漬けには、手をかけているそうな。なのだが・・・このモンブラン、肝心のマロン風味が少し弱い気がする。モンブランなのに、生クリームとメレンゲの印象が強いのは・・・生クリームが美味しいから、それでよいと言えばよいのかもしれないが、隠しマロンを生クリームの中に入れたらもっとインパクトの強いモンブランになるのでは・・・と思わないでもない。ただ、そうすると、材料費が上がっちゃって難しいのかな。アベも生クリームは、非常によいものを使っていた。ヴォアザンの生クリームも同じ味がするのは、仕入先が同じせいだろうか? 生クリームが美味しいから、当然フレジュも美味しい。ただ・・・上にトッピングされた苺、見た目は文句ないのだが、ちょっと味が抜けていた。生地のしっとり感は、完璧。マカロンもあり。モナコ公国から運ばれてくるラデュレのマカロンもいいが、近所に本格的なマカロンを作ってくれる店があるというのも贅沢なこと。フィナンシェ・オ・ヴェルジョワーズ。ヴェルジョワーズとは、ビートから作る褐色の砂糖。日本人が作るフィナンシェらしく、繊細で優しい味だが、噛むと独特の風味が口いっぱいに広がる。何気なく、クセになりそう。シナモン風味の生クリームを戴いたタルトタタンは秋の味。しかし、日本のタルトタタンって、タルトタタンに見えない。フランスの地方の小さな町が発祥のこのリンゴのスイーツ、本当はパイにひっくり返ったリンゴがのってる、もっとぐちゃっとした、素朴な見ためだと思うのだが・・・ こういう深いボルドーカラーで、きれいにまとまったタルトタタンを始めたのは、誰なんだろう? 日本人?こちらはカシス味のメレンゲ菓子。カシスの酸っぱさと苦味が個人的にはかなり気に入っている。どれも上質なのだが、お客の入りが・・・まだ新しい店で、住宅街の不便な場所にあるせいかもしれないが、それを言ったら、アテスウェイだって便利な場所とはいえないが、物凄く流行っている。流行る店とそうでもない店――その違いは、ほんのわずかな「何か」なのだろう。ヴォアザンもここで、材料を落としたりせず、頑張って固定客を1人、また1人と増やして息の長い人気店になってほしいもの。
2009.12.15
Mizumizuが使っている楽天ブログは、無料で使える写真容量が50MB。これは他社の無料ブログ・サービスに比べると少ない気がする。先日写真容量がいっぱいになったと通知された。容量を増やすと有料になり、月々100円で20GBまで使えるようになる。20GBならあれば、たぶん一生(一生書くとも思えないが)大丈夫ではないかと思う。だが、この有料サービスから抜けたとたんに50MBに戻ってしまう・・・つまり、いったん増やして載せた写真も、月々100円を払わなくなったとたん消えてしまうということだ。う~ん・・・月々100円、1年で1200円、10年で1万2000円・・・ただの趣味ブログなのに、わざわざ払うには高い気がする(←せこッ!)。なので、ブログを引っ越そうかな~と思い、いろいろと見てみた。世の中にはテーマによってブログを変えて、複数持っている熱心な書き手もいるそうな。Mizumizuはとてもそんな根性はないので、自分に興味のあるテーマをカテゴリー分けして1つのブログでごっちゃに書いている。しかも、カテゴリー分けもかなりテキトーで、あとから思い付いて追加したり、そもそも自分で分けるときに間違えたりして、相当めちゃくちゃだと思う。思うのだが、自分にとってのブログの目的はあくまで気晴らしなので、あとからまとめて読む人にははなはだ不親切だとしても、まぁ、ブログというのは元来、「一挙に読むには不便」という欠点を内包していると思うし、どうでもいいんじゃないか、と直す気もない。無料でブログを提供しているところは多々あるのだが、やっぱり、「引っ越すのが面倒」という気持ちが打ち消せない。仕事も忙しいし、たかがブログにあまり時間を取られたくない。管理方法――といっても、ブログの管理なんて、たいしたことではないのだが――をまた覚えるのも億劫だし、慣れた楽天ブログのほうが、やっぱりラクだろう。それともう1つ、長く楽天ブログをやっているせいか、アフィリエイト報酬というのが入るようになっている。アフィリエイト関連商品の紹介(広告)には全然熱心ではなく、たまに本当に気に入った商品についてレビューを書くぐらいで、ほとんどタッチしていないMizumizuだが、月々の100円だったら、この楽天からの報酬で十分補えそうだ。・・・ということで、結局有料サービスを申し込んだ。なんだか、だんだんと楽天の世界にはまりこんでいくようだ。楽天JTBカードを作ったら、案外これが便利で、従来もっていたVISAやダイナースは使わなくなってしまった。買い物のたびに付くポイントが、楽天市場での通販に使えるし、それにヨーロッパとアメリカで使ってみたら、VISAやダイナースより、ユーロおよびドルのレートがよかった(ただし海外旅行保険は付いていない)。「ポイントが付くから・・・」と言って、決まった家電量販店で買い物をするように、通販も楽天市場を利用することが多くなった。必ずしも安くはない場合もあるのだが、そこはそれ、「ポイント付くし、貯まったポイント使えるから・・・」ということになる。徐々に、徐々に取り込まれ、いつの間にか楽天の思うツボ・・・ただし、オークションは充実していない。オークションはもっぱらyahooを利用しているMizumizu。オークションもはまると、たった100円、200円でみょ~にアツクなる。インターネットが浸透しはじめたとき、同じようなモール・サービスを展開しようとした人はかなりいたと思うのだが、楽天は間違いなくそのトップランナー。楽天のサービスには、特に大きな不満はないが、何か質問があってもメールだけのやり取りなので、案外わかりにくい。一度、アフィリエイト報酬の詳細について問い合わせたのだが、結局隔靴掻痒の答えしか来なくて、突き詰めるのを諦めた。あとは、勝手にサービスを変えることがあるのが、やや納得できない。最近だと、1ヶ月のアフィリエイト報酬が3000ポイント(3000円分)を超えた場合は、超過分だけキャッシュでイーバンク(ネット銀行)に振り込むようにするから、イーバンク(ネット銀行)の口座を作れ・・・みたいに強引なことを言ってきたことがあった。作らないと3000ポイント以上の報酬はパーになるそうな(呆)。ネット銀行はすでにソニー銀行を開設しているMizumizuには、ただ面倒なだけ。それでなくても、銀行との付き合いは多くて、通帳の管理が面倒なのだ。イーバンクにはおまけに、自分の口座から現金を引き出すときにいちいち手数料を取るという信じられない落とし穴(?)がある。この話、余程苦情が来たのが、あるいはシステム運用に支障が出たのか、いったんペンディングになったよう。多少の不満はあれど、まぁまぁ便利に使っているのだから、思うツボになったといっても、損をしたわけではない。ないのだが、ブログを開設したときには、ここまで楽天ライフに取り込まれるとは想像もしてなかったのも事実。いろいろな会社が無料でブログスペースを提供するのは、こうやって徐々に自社サービスに取り込むためなんだな、と実感した。
2009.12.14

初めてヨーロッパのドイツ語圏に行ったときは、食が合わずに困った。好きだと言える料理はほとんどなかったのだが、唯一気に入ったのが、オーストリアで食べたヴィーナー・シュニッツェル。ウィーンはドイツ語ではヴィーンと発音する。ヴィーナーとはウィーン風という意味。ただ、濁音を嫌ったのか、日本ではヴィーンをウィーンと書き、ヴィーナー・シュニッツェルもウィンナー・シュニッツェルという書くほうが多いようだ。一般に、訳は「ウィーン風子牛のカツレツ」とされ、正式には子牛を使うが、安価な豚で代用することもある。豚肉を使ったウィンナー・シュニッツェルは、「日本のトンカツ(ロース)を薄くしたもの」になってしまい、ブルドックのとんかつソースとご飯が欲しくなる(苦笑)。ちゃんと子牛を使ったものは、トンカツとは違った味わい。塩・胡椒のシンプルな味、たっぷりレモンを絞るのがいい。オーストリアではこればかり食べていた記憶がある。シンプルゆえに、当たり外れも多く、ハズレ――たいてい、肉はバサバサしていて、ボケたような味になっている――を引くと、「ああ、せめてここに、ブルドックのとんかつソース(←しつこい!)があったなら・・・」と日本を思って目をウルウルさせることになる。日本ではあまり人気がなく、出してるレストランも少ない。美味しいヴィーナー・シュニッツェルはなおさら少ない。そんななか、本場の一流店に混じっても遜色ないであろう、上等なヴィーナー・シュニッツェルを出してくれる店を見つけた。意外なことに、それはカフェ。昭和のまま時間が止まったようなレトロなショーケース。場所は日本橋の三越の2F、その名も「カフェウィーン」。名前からして、相当にレトロ。日本橋界隈は、まだ江戸の情緒がわずかに残る都内でも稀有な場所。ここの三越は、銀座よりもずっと老舗感がある。建物の風格が違う。客も少ないので、最近はおのぼりさんでごった返す銀座のデパートを避けて、日本橋の三越や高島屋に行っている。「カフェウィーン」の内装は、これまた「レトロ」。昭和の香りと言うのか、流行遅れもここまで極めればりっぱな様式美だと言うべきか・・・そもそもオーストリア全体が流行遅れみたいな国なのだが(失礼!)、カフェウィーンは、そのちょいくたびれたオーストリアの雰囲気をよく出している。新聞が置いてあり、老紳士が読んでる姿もかの地とまったく同じ。今どき「ウィーン」に胸をときめかせる日本人も少ないと思うが、かつて、ある年代の日本人にとってハプスブルク帝国の都ウィーンは、絶大な吸引力を持っていたに違いない。客層もシニア世代が多い。隣りに座った老婦人は、マリア・テレジア・カラーのニットを着て、マリア・テレジア・カラーのバラ模様の入ったハンカチーフを膝にひろげ、ゴールドのイヤリングとリングを煌かせながら、1人上品に肉料理を口に運んでいた。Mizumizuと違って、フランス料理やイタリア料理よりもドイツ料理が好きだというMizumizu連れ合いは、この店の本格的なソーセージが気に入っている。パンやバターも何気なく上等なものを添えてくる。このあたりが老舗らしい。こちらが、Mizumizuお気に入りのヴィーナー・シュニッツェル。塩・胡椒の効かせ方が素晴らしい。レモンが多いというのもMizumizuの嗜好に合っている。浸すぐらいレモン汁をかけて食べたいのがMizumizu。脇にちらと写っているポテトサラダも、一見まったくフツーのポテトサラダだが、酸味があって非常に美味しかった。案外ダメなのが、意外にも、ここに来れば皆が注文するであろうザッハートルテとメランジュ。ザッハートルテはもっとコクがあり、甘みが強いものだと思うのだが、ここのトルテはシニア向けなのか、ずいぶんと味が薄い。いつだったか、オーストリアから帰ってすぐ、吉祥寺のケーキ屋でザッハートルテを食べてみて、味があまりに同じだったのに驚いたことがある。それに比べるとカフェウィーンのザッハートルテは甘さが控えめすぎる。生地も水分が抜けてしまったよう(作ってから時間が経ってしまったケーキの典型)。メランジュとは、コーヒーに泡立てたミルクを添えたもの――つまりは、ウィーン風カプチーノだが、どうもこれも水っぽい。こちらがイタリアの濃い味に慣れてしまったせいもあるかもしれない。だが、苦みが薄いこういう味のほうが、やはり日本のシニア世代には受け入れやすいかもしれない。こちらは、アインシュペーナー。日本人が「ウィンナーコーヒー」と呼ぶコーヒーの原型。別に今となってはどうということもない飲み物なのだが、惜しげもなく飾られた生クリームに、かつての貴族文化の面影を見る気がする。そして、ドイツ語圏でのリンゴのスイーツといえばコレでしょう。アプフェル・シュトゥーデル。薄い生地にリンゴを巻き込んで焼いた素朴なお菓子。レーズンの酸っぱさとシナモンの香りがアクセントになっている。左はブラウナー。要は泡だった普通のコーヒー。カフェウィーンでは、温め直したあと、甘くない生クリームを添えて供された。これは、コクのないここのザッハートルテよりはるかにイケる。銀のお盆、アールヌーボー風の装飾のついた銀のカトラリー、ゆったりとした椅子に小さめのテーブル・・・。パリでもローマでもロンドンでも東京でもない、まさしく、ウィーン風のカフェ。ウエイターの年齢層も高く、客の年齢層も高く、味は本場に負けない。こういう場所に気軽に行けるのも、東京で住んでいる人間の特権だろう。
2009.12.13

吉祥寺の3大喫茶店カレーといえば、「まめ蔵・くぐつ亭・武蔵野文庫」ではないかと思う。いずれもメディアに頻繁に取り上げられる人気ぶり。Mizumizuは、くぐつ亭・武蔵野文庫のカレーは一度しか食べたことがないのだが、まめ蔵は頻繁にリピートしている。一番よく行くカレー屋かもしれない。常連歴はかなり長いMizumizu。レンガのポータルでお化粧直しされる前から通っている。以前はドアは現在の向かって右手ではなく、左手にあった。内装も少し変わった。以前は黒っぽい木組みに漆喰の壁という山小屋風の造りだったのが、ところどころテラコッタを足して、少し明るい雰囲気にした。いかにも上から汚れたところを目隠しした、という感じで、個人的には以前の、暗めだが統一感のある内装のほうが好きだったのだが・・・雑誌に取り上げられて有名になる前は、もうちょっとご飯の量が多かった(苦笑)。値段もちょっと上がったかもしれない。だが、味はそのまま。いわゆる「欧風カレー」と日本で呼ばれる、日本人好みのコクのあるカレー。マイルドなスパイスの風味と、じっくり炒めた玉葱の甘さが、「家庭でもできそうで、できない味」。傾向としては、西荻の「Y's カフェ」も同じ系統。どちらが美味しいかは好き好きで、近所なら食べ比べてみるのをお奨めするが、個人的にはまめ蔵に軍配をあげたい。まめ蔵人気は、本当に息が長い。週末は店の前に行列(椅子があるので座って待てる)ができている。並んでまで食べるほどのものか・・・? と思わないでもないMizumizuは、すいている平日に行くようにしている。
2009.12.11
Copyright belongs to Mizumizu. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。今のルールは、基礎点で上をいくジャンプ構成を組むより、加点をもらえるジャンプを跳んだ選手が強い。逆に言えば、「減点」されない選手が強い。大技の基礎点の高さに着目して、「このジャンプが決まれば、これだけ高い点がもらえる」と、大技を優先的に決めようと考えると、うまくいかない。それも、つまりは、大技を入れたときに待ち構えている「減点」のパターンにはまるからだ。さて、グランプリ・ファイナルの女子フリー。2位のキム・ヨナ選手は不調で、彼女の最大の武器である、セカンドの3トゥループが2つとも決まらなかった。そして、最後に安藤選手。事前にメディアが盛り上げていた、3ルッツ+3ループは、3ルッツ+2ループに回避。2A+3Tも、やると思っていたら、2A+2Tに回避。出てきた結果は、総合得点キム・ヨナ188.86。安藤185.94。2.92点の差。3ループのダウングレード判定は、単独でも異様に厳しい。鈴木選手のショートで点が出なかったのは、3ループがダウングレートされたのが大きな原因。Mizumizuは「奪われたセカンド3ループ」と、何度もエントリーに書いたが、単独でさえあれほど厳しいのだから、セカンドの3ループは、ほぼ認定されないと考えていい。ならば、2A+3Tはどうか。2A+2Tの基礎点が4.8(安藤選手は加点を得て、得点は5.6点になった)。2A+3Tの基礎点は、7.5点。単純な基礎点の計算だと、7.5点-5.6点は、1.9点。2人についた差が2.92点だから、加点のもらえる2A+3Tを跳んでいれば勝ったことになる。だが、安藤選手の点が伸びなかったのには、もう1つジャンプのミスがからんでいる。それは後半の3サルコウ。軸が傾いてしまい、着氷が大幅に乱れた。当然減点される。だが、単なる減点だけではく、この3サルコウがダウングレードされてしまったのだ。不足気味だったかもしれないが、まさかダウングレードされているとは、Mizumizuは思わなかった。同じような乱れでも、ロシェット選手だったら、認定してくれたかもしれない。判定の不公平感は常につきまとうが、ともかく、これがダウングレードされ、GoEでも、マイナス1、マイナス2と気前よく減点され、結局得た点数が、1.07点!NHK杯で安藤選手は後半の3Sを無難に跳び、4.95点に加点をもらって、5.75点を稼いでいる。現行ルールで、基礎点での目論み戦略がうまくいかない理由はここだ。1つのジャンプで減点されるか、加点されるか。ちょっと足りなくてダウングレードされてしまえば、いきなり、同選手の後半の3サルコウ1つで、4.68点も違うのだ。3サルコウが失敗しなければ、基礎点は4.95。4.95-1.07=3.88!もう一度見よう。2人の最終的な点差は、2.92点。3サルコウを降りていれば、加点を考えなくても、少なくとも点数が3.88点かさ上げされるから、安藤選手が勝っていた。ここでリスキーな2A+3Tをやって、ダウングレードされたり、着氷乱れになっていたりしたら、元も子もない。2A+3Tを2A+2Tに変えたことについて、解説の荒川静香が、「モロゾフの指示かも」と言っていた。安藤選手が自発的に回避したのか、モロゾフの指示かは、わからないが、とにかく、安藤選手のスコアがキム選手を上回らなかったのは、3+3と2A+3Tを回避したせいではなく、直接的には、得意な3サルコウで失敗したからなのだ。もう1つ。安藤選手は、試合後、「かなり疲れていた」と言っていたが、調子自体は必ずしもよくなかったと思う。最後のステップでは、見た目にも辛そうだった。それでもキム・ヨナ選手よりはまとまりが良かったと思うが、あの状態で、体力を消耗する2A+3Tをやっていたら、後半さらに乱れたかもしれない。難しいジャンプを跳ぶより、ルーティーンのジャンプを絶対に失敗しないようにまとめること。これが現行ルールでいかに大切かわかると思う。一見わかりやすく派手な高難度ジャンプだが、減点・加点のマジックを考えると、必ずしも得点源にならないのだ。今季、織田選手が強いのは、ジャンプをピタリと決めてきているからだ。ファイナルでは苦手のトリプルアクセルにミスが出た。織田選手のアキレス腱はトリプルアクセルなのだ。これを2つきっちり決めることが、なかなかできないでいる。だから、4回転は入れない。この順番は正しいと思う。モロゾフの言葉をもう1度引用しよう。「4回転は、2つの3Aを含めて他のジャンプを決めてこそ大きな武器になる」。モロゾフはこの順番を揺るがせにしない。そして、細かいところで取りこぼしがないように、安藤・織田選手を時間をかけて仕上げてきている。だから、2人は強いのだ。織田選手は、3Aはやや苦手だが、他のジャンプではほとんど失敗しない。しかも着氷がこの上なく美しい。完全に回り切って降りてきて、氷をいたわるように柔らかくピタリと降り、ランディングの軌道がすうっと流れる。理想的だ。ヘタをすると2回転が高くなっただけのように見える。これは力任せに回転しているのではなく、回転が自然だということで、質の高いジャンプの特徴なのだ。織田選手は、演技・構成点では、必ずしも世界トップの評価はもらえていない。ミスしても、レベルを取り損なっても、驚くほど高い演技・構成点をもらっている高橋選手とは対照的だ。だが、織田選手は、「表現の幅が狭い」という短所を、プログラムの工夫で補い、最大の長所であるジャンプの着氷で加点をもらうことで、今季4回転をもつ選手以上のスコアを出した。ステップもちゃんとレベルを取る。織田選手のステップは、先輩である高橋選手の影響がかなりあると思う。指導者が同じだからかもしれないが、「高橋選手をお手本にして」頑張っているのは確かだろう。悪い言い方をすれば、高橋ステップの劣化バージョン・・・というのは、言い過ぎだが、ともかく、ステップで観客を熱狂の渦に巻き込むような色気はない。だが、今季、ステップで獲得した織田選手の点は、高橋選手にひけをとらない。レベル取りだけに関していれば、レベル2と3を行ったり来たりしている高橋選手より確実だ。一方、質を評価するGOEは高橋選手は圧倒的。「加点3」などという高評価がゴロゴロ並ぶ(ジャッジの皆さん、おありがとーごぜーます。チャン選手と競うバンクーバーでも、同じ態度でお願いしますね!)。だが、まずはレベル取りを確実にして基礎点をあげなければ、いくら加点をもらっても、確実にレベルを取ってくる選手には点で負けてしまう。見た目の印象と出てくる点数の乖離については、何度も指摘している。良いか悪いかと聞かれれば、「実に奇妙で、スペシャリストの判断次第というのが、不透明」と答えるが、何度も言うが今からではルールは動かせないのだ。表現力云々という話は、結局嗜好が絡む主観論になってしまうので、今さらどうにもならない。Mizumizuは安藤選手には、キム・ヨナ選手や浅田選手に引けを取らない表現力があると思う。あざとさのない自然な風格、成熟した女性のもつ落ち着きと情熱・・・ フリーの最後のステップもMizumizuは大好き。カクッとクビを横に折る動作も、たまらなくチャーミング。素晴らしい。本人もそう信じて演じるべきだ。それしかできないではないか?確実にレベルを取り、かつ、減点されないようにする。大技に挑むのはそれからなのだ。安藤選手が今回負けたのは、大技に挑まなかったからではなく、いつもならできる得意な3サルコウでミスったため。ちょうど、受験勉強に似ている。まずは、小さな基礎的な部分をかためてから、難しい応用問題に行くのが正しい順番というもの。基礎問題は1つ1つの配点が小さく、応用問題は一般に配点のウエイトが高い。基礎問題10個解くのが、応用問題1つと同じ配点だという場合もあるだろう。だが、どちらを優先させるべきかと聞かれれば、間違いなく基礎問題なのだ。そもそも基礎問題が解けない学生は、応用問題も解けない。基礎問題をすばやく正確に解いていけるなら、応用問題にじっくり取り組む時間もできる。何をやるにも、基礎力がしっかりしているかどうかがカギになるのだ。配点の高い難しい応用問題を解けば、多少細かな基礎問題を落としても、合格できると考えている受験生は、結果を出せない。これは自明の理ではないだろうか。
2009.12.06
Copyright belongs to Mizumizu. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。<長くなったので、きのうの日付に前半を移しました>ライザチェックは、「演技・構成点がカギ。トリノのときとは、違うルールになってしまったようだ」と言っている。何を捨てて、何を追求するか。その見極めをした選手のほうが、今のルールでは強い。そもそもキム・ヨナ選手が、オーサー・コーチについたのは、トリプルアクセルを習得するためだ。ルールに助けられたとはいえ、キム選手が3Aに固執していたら、今の強さはない。今回のオリンピックでは、4回転を跳ぶプルシェンコやランビエールが出てくる。だから、4回転がないと男子の金メダルはない――恐らく日本人の多くは、そう考えている。そうかもしれない。だが、そうでないかもしれない。プルシェンコもルッツを失敗するようになっているし、フリーのジャンプ構成は、前半に重点を置いたものになっている。しかも3回入れてよい連続ジャンプをロシアでは2度しか入れなかった。彼はつまり、「失敗している姿」を見せないように、彼としては確実なジャンプ構成で試合に臨んだのだ。そのレベルが高いのは、彼の身体能力が抜群に優れているからだ。だが、技と技のつなぎはかなりの手抜きだ。やたらと走っているだけに見える。事実、地元での試合だったにもかかわらず、演技・構成点は思ったほど出なかった(もちろん、次のオリンピックがバンクーバーではなく、ソチだったら、もっと点は出たかもしれないが)。ランビエールは痛みを常時かかえている状態で、4回転は跳べるが、苦手のトリプルアクセルがほとんど決まっていない。一番大切なのは、誰かに勝とうとして、今の自分の実力以上のジャンプ構成を組むのではなく、失敗しないジャンプ構成を見極めて、ミスのない「解答」をジャッジに出すことなのだ。理想(あるいは希望)と現実をごっちゃにして、自分の力を過大に評価してはいけない。ミスが少なければ演技・構成点も上がってくる。少なくとも、下げにくくなる。難度の高いジャンプ、ジャンプで頭がいっぱいになり、音楽の表現がおそろかになると、とたんに点を下げられる。その見極めがモロゾフの弟子以外の日本選手には不足している。鈴木選手は例外で、減点されたジャンプは次から外すなど、臨機応変に対応している。バランスよくジャンプが跳べる選手の強みでもある。結果の出ない選手たちは、ただ「次につながる、次につながる」と言って、ミスの多い演技を繰り返す。「次」とはいつなのか? オリンピックに向けての調整だとは言っても、その前の試合で結果が出ないと、ジャッジの印象は悪くなってしまう。オリンピックでは、難しいことのできる選手が勝つのではない。失敗しない選手が勝つのだ。練習ではできていても失敗するのがジャンプ。練習でも確率の悪いジャンプが、最高に緊張するオリンピックで突然すべて成功するとでも? もちろん、その可能性だってある。100分の1か、1000分の1か知らないが。だが、そんな火事場のバカ力頼みでは、戦略とはいえない。難しいことを失敗なくできれば、それはそれで素晴らしい。だが、あのプルシェンコでさえ、最初のオリンピックでは大技に失敗している。安藤選手、織田選手は、大技に挑戦しないで、ここまでの結果を出してきた。もちろん大技の練習もしている。「大技は持つ必要がある。だが試合で使うかどうかは別。ジャンプはあくまでエレメンツの1つ。総合力が試合を決める」とは、モロゾフの弁。現行の日本選手に不利なルールと判定を、一般紙のインタビューで真っ向から批判したのはモロゾフだったが、その実、モロゾフが一番、現行のルールに選手を適合させている。批判すべきことは批判する、だがその一方で、やるべきことをやる。Mizumizuが一貫してモロゾフを評価するのは、彼が多くの日本人のように長いものに巻かれるタイプではなく、批判すべきことを批判するために敵が多いにもかかわらず、こうやってやるべきことをやり、結果を出すからだ。安藤・織田選手に共通しているのは、ジャンプ以外のエレメンツの取りこぼしが少ないことだ。そしてジャンプは丁寧に、加点がつくように跳ぶ。「理想追求型」で、ある程度の結果を出している数少ない選手がアボット選手だ。彼は昨シーズン、4回転を跳ばない試合では強かった。年が明けてから、さらに上のレベルを目指して、4回転を入れ始めた。最初は一番悪いパターン。4回転も失敗し、他のジャンプも失敗する。今季は、少しずつよくなっている。4回転が入り、かつ他のジャンプの失敗も少ない。あるいは4回転を失敗しても、他のジャンプの失敗が少ない。それでも、まだまだだ。昨シーズンのようにファイナルを制することはできなかった。こういう状態だと、返って悩むかもしれない。ウィアー選手のように、4回転がダメなら、いっそさっぱり諦められるところだろう。アボット選手はウィアー選手やライザチェック選手のように顕在的・潜在的なエッジ違反もなく、ライザチェック選手が苦手とする3Aも得意な選手(そのかわりルッツで失敗が出やすい)。佐藤有香コーチはどちらの決断をするのか。オリンピックでは、彼女とアボットの戦略に、Mizumizuは非常に注目している。アボット選手は、もともと4回転なら跳べる選手なのだ。2季がかりで試合に入れようとして、それでもうまくいかない。「大技を入れて、他のジャンプやエレメンツをまとめる」というのが、どれほど「とてつもなく」高いハードルかわかると思う。自分の今のレベルを冷静に見極め、ミスを防ぐ。確率が低いことはやらない。そのうえで、自分のもっている「他の選手にはない」長所をどれだけアピールするか。それを見極めるインテリジェンスと決断する勇気が、日本選手には欠けている。ライザチェックは、4回転を捨て、その代わり、自分の長い長い手足を十二分に使った演技でアピールしている。4回転で体力を消耗しないから、最後のハードなステップもやりこなす力がある。「あなたのもっている強みを活かしなさい」とライザチェックに言ったのは、そもそもタラソワだったというが、実に的を射ている。モロゾフはスケート連盟を批判するとか、高橋選手から織田選手に乗り換えたとか、日本人は悪口を言うが、気がついてみれば結果を出しているのは、彼ばかりではないか?特に今季の織田選手のプログラムは、実によくできている。ショートはスピードにのって、「怒り」を表現する。フリーではうってかわって、楽しさと哀愁を込めたチャップリン・メドレー。織田選手の表現力について、モロゾフは必ずしも褒めていない。表現できる幅が広くないから、このフリーのプログラムを選んだと言っている。織田選手の個性にはまっているから、「無理して作っている」印象がない。また、フリーはプログラムにかなり余裕がある。そのスカスカ振り(苦笑)は、キム・ヨナ選手のフリーからアイディアを拝借したのではないかと思うくらい。曲の転調をうまく使い、観客を飽きさせない。「お休み」しているところも多いのだが、そこはマイム的な動作で雰囲気を出す。それと「ポーズの美しさ」の多用。織田選手はもともと日本人としてはプロポーションがよく、身体のラインはきれいなほうだ。そこで、バランスのとれたポーズを随所に入れる。手をどこに置き、足をどう上げるか――ポーズの美しさは、バランスのよさだし、「感性」や「センス」はさほど必要ない(踊るとなると、話は別だ)。それは教えられれば、ある程度誰にでもできる。キム・ヨナ選手に似ていると思うのは、たとえばステップのループ(ジャンプのループではない)の部分。軸足は深いエッジにのり、スピードをうまくコントロールして、緩急をつけてクルッと回る。非常にきれいで、見ごたえがある。織田選手はよく教えられたとおりに、こなしていると思う。だが、それは褒め言葉でもあるが、けなし言葉でもある。ファイナルで2位という素晴らしい成績を挙げた織田選手には申し訳ないし、これはあくまで主観的な印象論だが、高橋選手のように、すっと音楽の世界に入ってしまう天与の才能というのは、織田選手にはあまり感じられない。だが、今のルールは、優等生が天才に勝てるルールなのだ。ジャンプ以外のエレメンツでもレベルをきちんと取る。小さなミスを防ぐことが、大きな点差につながってくる。Mizumizuはもちろん、採点が公平などとは思っていない。「思惑」だらけの判定・点数だと思っている。パンドラの箱の開いたあとの世界は、思った以上に酷い。だが、今からではもうルールは動かせないし、組織の裏で何があったか、なかったかなどは、外部の人間にはわからない。言っても無駄なことに文句をつけるのは、時間の無駄だ。今から出来ることが何なのか、考えるほうが先だし、そもそもそれしかできないのだ。今季の点の出方を見ると、1つや2つの試合で一喜一憂するのが、いかにバカバカしいかわかったと思う。フィギュアがいつからホームアウェイ形式になったのか知らないが、今季は特別その色彩が濃い。カナダでオリンピックが開催されるということは、カナダを拠点にしている選手には有利になる。これもMizumizuが予想したとおりだ。メダルに向けて明らかにお膳立てされている選手はいる。だが、そのこと自体は他の選手やコーチにはどうしようもない。オリンピックは商業的なイベントだし、フィギュア(特に女子)は、金メダルが莫大なカネになるウインタースポーツでは数少ない競技の1つなのだ。点を出さないジャッジに、出せと強要することはできないが、選手がいい演技をすることはできるはずだ。ジャンプやエレメンツのミスを出さず、自分の良さを迷いなくアピールする。そのために邪魔になる、不確実な大技は捨てることだ。もちろん、「できる」自信があるなら入れていい。その結果の失敗なら、仕方がないではないか。問題は「見極めること」なのだ。それにもう1つ、「結果」や「メダル」を気にしていては、それはできなくなるということ。モロゾフは、昨シーズンの終わりに何と言っただろう? 「このままでは、(オリンピックで)日本選手はメダルなしだ」。もし、モロゾフがいなかったら、いや、モロゾフがいても、この「予言」が本当になるかもしれない・・・グランプリシリーズの結果を見て、思わなかっただろうか?どの選手にも弱さと強さがある。キム・ヨナ選手の3ルッツ+3トゥループは、予想よりはよいが、今回はショートではセカンド3Tがダウングレード、フリーではダブルで2回とも決まらなかった。2A+3Tの3Tも、だいたいいつもギリギリなのだが、今回は文句なくダウングレード。ロシェット選手は最初の連続ジャンプがアキレス腱。あれが決まらないと、ガタガタっと崩れてしまう。一方、安藤選手はあえて「深化」と呼びたいぐらい、表現力を磨いてきている。今回の『レクイエム』は、今季の女子の中で、Mizumizuが最も好きなプログラムだ。女性らしい美しさと上品さに、溢れる泉のような豊かな情感。最後のステップは、足遣いより、むしろ一瞬一瞬のポーズに見惚れてしまう。しかも、試合ごと、見るたびごとに、深みが増してくる。まさに安藤選手でなければ演じられない世界。選手の夢の舞台であるオリンピックまでもう2ヶ月。日本選手は、「メダル、メダル」という欲にとらわれずに、自分の魅力を十二分にアピールする演技をバンクーバーの舞台でしてほしい。
2009.12.05
Copyright belongs to Mizumizu. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.本ブログの著作権はMizumizuにあります。無断転載・転用を禁止します。許可なく外国語に翻訳して流布することも法律により禁止されております。また文意を誤解させる恐れのある部分引用も厳にお断りいたします。もはや、名コーチというより、「したたかな男」と呼びたい。織田・安藤両選手のコーチ、ニコライ・モロゾフのことだ。オリンピック・シーズンに入り、気づいたらシリーズ2勝した日本選手はこの2選手だけ。ファイナルで台にのったのも、同じくモロゾフの教え子。モロゾフのもとを離れた村主選手は結果が出ず、浅田選手、中野選手、小塚選手も残れなかった。高橋選手はギリギリ通過で、今回は台落ち。この差はどこから来るのか?非常に単純な話だ。今回結果が出なかった選手は、ほぼ全員「理想追求型」。つまり「大技」を入れて、あくまで自力で文句なく勝とうとしている。「大技」といっても、それぞれの選手によって違うが、浅田選手は3A3度、中野選手は3Aと3回転+3回転(試合では使っていないが、シーズン初めには意欲を見せていた)、村主選手も3回転+3回転(ジャンプを強化したくて、ミーシンコーチについたという)、高橋・小塚選手は4回転。全員がそれぞれの「大技」に固執している。村主選手について昨シーズン、モロゾフは、「周囲が3+3などを跳び、(村主選手は)自分にはできないと焦っていた。それで情感をこめて滑る彼女の良さが失われていた」と指摘して、ジャンプの難度を下げた。だが、それでは、オリンピックのメダルはない。村主選手はそう考えたはずだ。「3+3を持つ選手と持たない選手では、点の出方の幅が違うから」という彼女のコメントは、村主選手にとっての目標が、オリンピックに出るだけではなく、そこでメダルを獲ることにあることを示している。すでにオリンピックで4位の実績のある選手なのだから、当然といえば当然だろう。だが、今シーズンは怪我もあって、3+3どころか、昨シーズンMizumizuが指摘した「問題のあるジャンプ」がことごとく、さらに悪くなってしまった。浅田選手の、「(トリプルアクセルを)ダブルアクセルに変えてしまったら、次に負担が来る」という発言、高橋選手のコーチを務める本田武史氏の、「(4回転を)試合で跳んでいかなければ、ものにはならない」という発言は、彼らの考えが理想追求型だということを示している。あるいは、「基礎点重視型」と言ったほうがいいかもしれない。もらえるかもらえないかわからない加点に期待をするのではなく、まずは基礎点の高いジャンプを能力ギリギリで構成し、オリンピックという最終目標に向かって繰り返す。1つの試合で課題が見つかったら、それを修正しつつ次へ臨む。これはこれで、理論的には悪くない考えのはずなのだ。だが、昨シーズンからMizumizuが、何度も指摘しているように、この理想追求型は、今のルールではうまく機能しないのだ。なぜうまく行かないかのか? それはよくわからない。人間の能力というのは、それほど一足飛びには伸びないのだろうとしか言いようがない。なぜうまく行かないのか、明確な答えは出せないが、どういうふうにうまくいかないのかは、見事なくらいパターン化する。「大技」を入れる。たとえば、それが4回転だとしたら、それがうまくいっても(あるいはいかなくても)、次に難しい技トリプルアクセルで失敗する。難しいジャンプをクリアしても、後半の「いつも跳べているジャンプ」で失敗する。全体的な傾向としては、大技で体力を消耗し、他のジャンプが低くなり(つまり加点のもらえるジャンプが跳べなくなり)、エレメンツの取りこぼしも起こる。全部の悪い面が出てしまったのが、今回の高橋選手のフリーだろう。そもそも今季の高橋選手は、4回転を入れなくても、ステップやスピンでのレベルの取りこぼしが多い。Mizumizuが今季ショーで高橋選手を見たときに、スピンに感じたネガティブな印象、それとステップのときの足元の不安定さ、それが試合で弱さになって出ている。表現力が素晴らしいのは、何度強調してもしすぎることはないが、今回のファイナルはむしろ、ステップやスピンの取りこぼしの克服だけに集中して欲しかった。振付師を含めたコーチ陣が、モロゾフ陣営に比べると、ずいぶんと「青く」感じる。フリーでは、後半ずいぶん足にきていたようだが、大丈夫だろうか? アクシデントがなければいいのだが・・・あれだけ後半足が動かなかったにもかかわらず、演技・構成点で80点以上の点が出るのは驚異的だ。地元開催という利があったとはいえ、期待以上、想像以上に、高橋選手の表現力に対する評価は高い。その意味では、高橋陣営の戦略はズバリ以上に当たったといえる。フリーの「道」での表現力も想像以上の素晴らしさ。カート・ブラウニングは高橋選手を「ダンサーでもあり、アクターでもある」と評したが、まさにそのとおり。ショートでは無上のダンサー、フリーでは無比のアクター。両方の才能を発揮できるスケーターは、フィギュアスケーターの歴史をひもといても、ほとんどいないのではないか。だが、それは高橋大輔という稀有な才能に頼んだ戦略であって、弱い部分を補うようにお膳立てするのが周囲のインテリジェンスのはず。昨シーズン、最初のダウングレード攻撃の犠牲者になってしまったライザチェックは、見事に舵を切りなおし、彼にとって(やや回転不足気味だったのだが)の大きな武器だった、4回転+3回転を捨ててから強くなった。世界選手権、ファイナルと大きな大会を連続して2度制した彼のフリーには、どちらも4回転はない。
2009.12.04

中世ヨーロッパでもひときわ異彩を放つ神聖ローマ帝国皇帝フェデリコ2世。彼についてはすでに1月30日のエントリーと4月22日のエントリーで紹介したので、詳しくはそちらを読んでいただくことにして、今日ご紹介するのは、フェデリコ2世が南イタリアのプーリアに建設した「カステル・デル・モンテ」。カステルとは城、モンテとは山を意味する。その名のとおり、小高い丘の上に建つこの城は、世界遺産にも登録され、イタリアの1ユーロ硬貨の裏面の絵柄にもなっている。だがこの山城は、いろいろな意味で謎に満ちている。まず、まったくもって城らしくない。こちらは、ネットから拾った空中写真だが、ご覧の通り、8角形の外壁、8角形の塔が8角形の中庭を囲んでいる。装飾の花や葉も8枚ずつになっているらしい(ただ、実際に行っても、この目で確認はできなかった)。13世紀の城といえば、通常要塞の役割を兼ねるのが普通だが、この城は軍事的には、完全に無防備。堀も厩も銃眼も何もない。客をもてなすための城としても、明らかに役不足だ。大きな厨房もなく、広間もない。中庭を囲む塔とそれをつなぐ空間は、どこも均一で、主従の居室の区別がつかない。オリーブ畑の続くプーリアの平原。小高い丘のうえに建つカステル・デル・モンテは、かなり遠くからも見える。まるで山のいただいた王冠のよう。クルマで行ったのだが、城が視界に入ってきてからも、なかなかたどり着かなかった。それくらい、今でさえも辺鄙な場所だ。フェデリコ2世の好んだ鷹狩の拠点にしたという説もある。なるほど、実用的な意味では、そのくらいになら使えたかもしれない。実際に城として使うには、あまりに不便な造りなのだが、この実、この城は、ストーンヘンジやマヤの遺跡、あるいはエジプトのピラミッドにも通じる、綿密な天文学的計算に裏打ちされた設計になっているのだ。こちらは中庭の壁を撮った写真。太陽の影が見えるが、この影は、春分と秋分の日の正午に、中庭の一辺とぴったり重なる(ということはつまり、秋分の日と春分の日の間は中庭の床には日が差さないということ?)。ユリウス暦で8番目の月に当たる月の8番目の日、現在でいうと10月8日に、南西の高窓と中庭側の低窓を太陽光が一直線に結ぶ。また、夏至の夜には、中庭の中央のちょうど真上にヴェガが来るのだという。設計自体にフェデリコ2世自身が深く関わったことは文献等から知られている。皇帝は8という数字に、非常に強いこだわりをもっていた。キリスト教では、8はキリスト復活までの日数であり、イスラム教では天国を表す数字だという。その知的精神で「最初の近代人」とも称されるフェデリコ2世が、迷信ともいえるような「8」への執着を、大掛かりな城建設で見せたことは、非常に興味深い。論理的で合理的な思考の持ち主が、ある面で呪術的ともいえる神秘主義に傾倒するという傾向は古今東西を通じて、しばしば見られるからだ。フェデリコ2世は言語の天才で、さまざまな言葉を話すことができた。アラビア人とも通訳なしで話している。言葉にはそれぞれの論理があり、多くの言語を操るということは、それだけ多くの世界を心の中にもつことになる。ある意味でそれは、精神が相対する論理で分裂する危険性をはらむ。そして、フェデリコ2世の治世後期には、領土内でのキリスト教徒とイスラム教徒の対立が激しくなり、ノルマン・シチリア王国の繁栄も陰りを見せ始めていた。フェデリコ2世がこの世を去ったのは、1250年の12月。1+2+5で8になるという偶然が、最後までつきまとった。「城」としての機能をほとんどもたない、「8」という数字と大いなる宇宙の神秘に捧げられたとしか思えない、美しい孤高の城。小高い丘に建つこの城の上階から眺めると、オリーブ畑と小麦畑が海のように広がり、神の視線を手に入れたような錯覚にもとらわれる。その眺めはヴァイエルンの狂王ルードヴィッヒ2世の建造した白鳥城のもつ眺望に、ある程度似ている。ネオゴシックだの擬似ビザンチンだの、過去のさまざまな様式をゴッチャにしたルードヴィッヒ2世の城のインテリアを見ると、王のネジの取れっぷりに圧倒されるが、この世にはない世界とつながろうとしたという意味では、フェデリコ2世のカステル・デル・モンテも同じではないか。政治的な力をほとんど持たなかったルードヴィッヒ2世と、神聖ローマ帝国皇帝にしてノルマン・シチリア王であり、中世ヨーロッパで絶対的権威をもっていた教皇との対立も辞さなかったフェデリコ2世の人生に類似点はほとんどないのだが、内面に何かしら現実には成し遂げられない壮大な夢を秘め、それを大掛かりな土木工事という形で、うつせみの世に残そうとした情熱には共通点がある。そして、それは有史以来、「力」を手にした人間がほとんど必ずとらわれる妄執でもある。
2009.12.03
以前このエントリーでも取り上げた、ローマのタクシーの雲助ぶり。想像以上に悪評が高まっているらしく(苦笑)、こんな記事が出た。イタリアの首都ローマの最大手タクシー会社「Radiotaxi3570」が、観光客の間で悪名高い同市のタクシーを改善しようと、新たな試みを始めている。ローマでは、空港から市の中心部まで本来の料金の2倍が請求されることもあり、不慣れな観光客を乗せるため、ドライバー同士が言い争う姿がよく見られる。 同社は、観光客が自宅を出発する前にインターネットで料金を支払えるサービスを開始し、国内のほかの都市にも拡大する計画。インターネットでの予約時に、英語やフランス語、スペイン語、ドイツ語を話すドライバーを選ぶこともできるという。市当局は、観光客へのサービス向上や詐欺撲滅などを目指すキャンペーンを展開しており、カラフルな広告を使って、観光業従事者らに「正直になり透明性を保つことが、あなたやあなたの市を救う」と呼びかけている。インターネットで前払い? タクシー代を?なんだか、ますますドツボで信頼できなくなりそうだ。ネットで前払いしたものの、「知らな~い」「ドイツ語を話せるやつ? いないね、ここはイタリアさ!」「それはウチの会社じゃな~い。あっち(←と、全然違う方向を教えられる)」「荷物代は別」「夜だから割り増し料金」「そのホテルの道は今工事中。遠回りしなければいけないから割り増し料金」などなど、結局ワケわからないことまくし立てられて、同じハメに陥りそうな悪寒予感がする。そもそも、モシモシさんのブログにあるように、「空港から市内まで40ユーロ」という規定を決めたのなら、それを周知徹底すればいいだけの話だ。夜間だったらX%増しになると決めてもいい。それだけのことなのに、やれ荷物が大きい場合は1ユーロとか、コツコツ上乗せしようとするからぐちゃぐちゃになる(イタリアのタクシードライバーは、別に荷物の積み下ろしを助けるわけでもないのに、荷物代を割り増しで要求してくるヤツが多い。馬で運ぶならともかく、ガソリン車で、なんで荷物代が別にかかるのか理解できない)。固定料金表は、タクシー乗り場やタクシー内に掲げてもいいし、バンコクやNYのように、何人か別の人を配置して、クレームレターを渡すようにしてもいい。それほど大変なことではないはずだ。ところが他国では簡単にできることが、イタリアではなかなかできない。というより、やろうとしない。こういうところを見て日本人は、「イタリア人ってバカだな」と決めつける。イタリア人はバカではない。ただ、自分の目先の利益にヨワイだけだ。そもそもタクシーのドライバーに、「正直になり透明性を保つことが、あなたやあなたの市を救う」なんてきれいごと言ったって、信じてもらえるとは思えない。人間は、「ひきあわないこと」はやらないのだ。日本のタクシードライバーがぼったくりをしないのは、それが「ひきあわないこと」だと知っているからだ。誠実さを見せて信頼してもらうことが、長い目で見れば自分の利になる・・・元来ムラ社会の日本人には、その思考が染み付いている。イタリア、特にローマは事情が違う。タクシードライバーの客はほとんどが外国人観光客。短期間イタリアに来て、去っていく一見さんだ。イタリア語もできないし、土地にも不慣れ。そんな相手に正直に振舞うより、何だかんだ理屈をつけて1ユーロでも余計に稼いだほうが、よっぽど自分の利益になる。彼らはそう考えている。評判を落として客がパッタリ来なくなるなら考えるだろうが、ローマはあいにく、世界中からおのぼりさんがやってくる街だ。タクシードライバーは、実入りのいい商売ではない。自分の食いブチ稼ぐだけで精一杯の余裕のない労働者が、ローマ市全体のことを考えるだろうか? 「考えたところで何になる。市がオレらを助けてくれるのかい?」という彼らのホンネが聞こえてきそうだ。ローマの雲助タクシーの伝統は長い。どのくらい遡れるだろう? 20年? 30年? Mizumizuは少なくとも、思い出せる限り昔からローマのタクシーの悪評を聞いていた気がする。昔はイタリアの通貨・リラが弱かったから、多少ぼったくっても、リッチな旅行者には、さほどでもなかったのかもしれない。旅行自体が贅沢なことで、限られた富裕層しかできなかった。今は様相が違う。このまま汚名返上が出来なければ、観光で食べてるローマにとって、取り返しのつかないことになる・・・ と考えているのだろう。当局のお上は。だが、個々のタクシードライバーが、そんな俯瞰的な思考をもつとは、どうしても思えないのだ。人的資源をちょっと活用してシンプルに是正する方法があるのに、上の人間が、やれ認定ステッカーだ、インターネット予約だ、とシステムで何とかしようとするから、下は笛吹けど踊らずで、さっぱり透明で効率的な事業運営ができない。それがイタリア。このまま汚名返上ができるのか、それこそ「汚名挽回」になってしまうのではないか。ま、どちらにせよ、ローマではテルミニまでの直通電車のある時間に着いて、タクシーは利用しない、テルミニからは徒歩圏のホテルを予約する、それが一番だとMizumizuは思うのだ。そして今のMizumizuはといえば、ローマどころか、石垣島どころか、東京から一歩も出られない多忙な日々。12月のスケジュールはすでにいっぱいに埋まってしまい、新たな仕事が来ないようにと祈っている。
2009.12.02

マルティナ・フランカのことは、よく憶えていない。ただ、その街もバロックで、白い建物に挟まれた迷路のような路地があり・・・そして、半円形の回廊をもつ広場がこのうえなく優美だったこと。回廊のアーチ天井から吊るされた街灯の装飾が、あまりにリズミカルで可憐だったこと。回廊の中にあるタバッキの店主のおじさんと、絵葉書を買うついでに何か会話したこと。回廊の石畳を歩く人の足音が、やけに響いたこと。マルティナ・フランカのことは、よく憶えていない。だがどうしても、襟元をレースで飾った、この小さな広場だけは忘れられない。プーリア州の中では富裕層が住む街として知られているというマルティナ・フランカ。なるほど。ローマや、もっと北のミラノの邸宅ほどではないにせよ、オストゥーニで感じた、街全体に漂う貧しさは、確かになかった。貴族的なバロック風の装飾を施したバルコニーが、白い路地に華を添えていた。街から出ると、そこにはプーリアの田園風景がどこまでも広がっている。貯蔵庫として使っているのだろうか、トゥルッリもちらほら見えた。
2009.12.01
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