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石川県能登島ガラス美術館から下を見ると、道の駅のとじまが見えました。こちらは七尾北湾が見えます。遠くに見える陸地は能登半島です。ズームしてみると、穏やかな内海が広がっていました。釣り船でしょうか。穏やかで豊かな能登の海を感じました。この海を見るだけでも、東京からここまでやって来た価値はありますね。【つづく】人気ブログランキングへ能登路(その12) 能登の海を感じる
Oct 31, 2020
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石川県能登島ガラス美術館をちょっとのぞいてみました。美術館の周りには、ガラスを使ったオブジェが展示されています。MoMo太郎の芸術的センスでは、これらの素晴らしさが理解できないのですが、これは、一瞬、ペットボトルの再利用かと思いましたが、ガラスを使ったオブジェです。そして、これが美術館の建物です。なかなか独創的な建物に思いました。北海道釧路市出身の建築家毛綱毅曠(もづな きこう)(→→→こちら)氏の設計だそうです。別の角度から見てみると、宇宙基地のような意匠ですね。こちらが石川県能登島ガラス美術館(→→→こちら)の入口となります。しかし、考えてみたら、能登島ってこういうガラスの工芸品で有名なんでしょうか。若いガラス工芸の作家が集まっているとか、昔から伝統的にガラス製品が盛んだったとか。そういう背景もないのにこういう美術館を作っても、なんか地元に根付いていないような、それともこれからガラス工芸を盛んにしていくような政策でもあるんでしょうかね。【つづく】人気ブログランキングへ能登路(その11) 石川県能登島ガラス美術館
Oct 30, 2020
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能登島には水族館などの観光施設が色々あるようです(→→→こちら)。とりあえず手頃というか、色々揃っていると言えば、道の駅かなと思い、「道の駅のとじま」に立ち寄りました。まあ、どこにでもあるような道の駅ですが、やっぱり海産物やそれを使った食事が楽しめる施設もあって、いいところかも。おまけに、コロナウィルス対策にも力を入れいて、入り口のところにはちょっと怖そうなおじさんが立っていて、アルコール消毒しないで建物の中に入ろうものなら、「消毒してから入れ!」とキツイ口調で注意されます。このおじさん一日中ここに立って見張っているんでしょうか?また、道の駅の近くには、下の写真の能登島ガラス工房というガラス製作体験ができる施設やら、下の写真の小高い丘の上にある石川県能登島ガラス美術館とか、ガラス関連の施設があって、ガラス好きにはたまらない島かも。「ここ能登島が発祥!能登ミルクソフトクリーム」というのをいただきました。能登島ではじめて「ミルクソフトクリーム」を作ったということでしょうか。それまで能登半島ではソフトクリームってなかったんでしょうか???それとも、能登半島では能登島でしか牛を飼っていなくて、能登半島で飲まれる牛乳はみんな能登島産ということなのかもと思いながら能登ミルクソフトクリームをいただきました。【つづく】人気ブログランキングへ能登路(その10) 道の駅のとじまで能登ミルクソフトクリームを食べました。
Oct 29, 2020
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能登島に渡って、七尾湾を眺めてみました。能登島というのは、石川県七尾市の七尾湾を塞ぐ形で浮かぶ島で、面積46.78km2(東京ドーム千個分の広さ)。周囲長71.9kmになります。地図でみると、能登半島という手の中にボールのように握られた島ですね。島によって隔てられた島の三方の海を、それぞれ七尾北湾、七尾西湾、七尾南湾と呼ぶそうですが、こちらは七尾東湾になります。能登の海って、水がきれいですね。ところで、沖合にあるこの小島。人は住んでいるのでしょうかね。漁船はこの小島をスルーしていきました。能登島とりあえずザーッと見て回ります。【つづく】人気ブログランキングへ能登路(その9) 能登島の海
Oct 28, 2020
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さて、七尾市和倉温泉と能登島を結ぶ全長1,050mの「能登島大橋(→→→こちら)」を渡って、能登島に行ってみましょう。この能登島大橋、完成したのは1982年(昭和57年)4月だそうです。ということは、もう40年近くは経っているということですね。これが能登島大橋、開通当初は一般有料道路でしたが、1998年(平成10年)7月1日、建設費の償還が終わったことから無料開放されたそうです。ということで能登島へはますます行きやすくなりましたね。能登島大橋、中心部が高くなっていますが、これは橋の下を航行する船のためへの気配りですね。橋を渡る手前に「能登島大橋ロードパーク」という施設がありました。ここへ入ってみました。トイレもあるしちょっと休憩にいいかも。中の公園には句碑がありました。「能登島の 橋を ゆさぶり 鰤起こし 俊彦」という句で、裏にある由来を読むと、七尾市出身の元判事で俳人の小林俊彦さんの句だそうです。能登大橋ロードパークから眺める能登島大橋、波の静かな七尾湾にかかる優美な橋ですね。【つづく】人気ブログランキングへ能登路(その8) 能登島大橋
Oct 27, 2020
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街の中にあった温泉旅館です。ザ・日本旅館という雰囲気がして、お金と時間があれば泊まってみたいなと思いました。外湯というのでしょうか、温泉旅館に宿泊しなくても気軽に温泉に楽しめる施設もありました。「総湯」という名前です。料金は、これぐらい。東京都の銭湯並みの料金なのがいいですね。足湯だけでも楽しめます。和倉温泉のキャラクター「わくたまくん」も待っています。この「わくたまくん」は、和倉温泉を発見したとされるシラサギが産んだ「たまご」だそうです。バッグには、3つ子の温泉たまごが入っているといますので、温泉たまごづくりは好きなのかも。ちなみに、誕生日は10月10日ということだそうです。【つづく】人気ブログランキングへ能登路(その7) 総湯とわくたまくん
Oct 26, 2020
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東京は久しぶりのいい天気。今夜の月は半月でした。人気ブログランキング今夜は半月でした。
Oct 25, 2020
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温泉街の中心部あたりにあるのが、この「湯元の広場」です。大きな噴水でしょうかね。街灯が魅力的なレトロなデザインで夜にも訪れてみたいですね。正面には、真ん中に鳥のブロンズ像がおかれていて、ごづごつ岩で出来た築山もあって、なかなか凝った施設でした。築山の後ろにあるのは、湯をくみ上げる施設のようでした。和倉温泉の由来が紹介された石碑です。左手には、恵比寿さまの像があって、裏側も覗けそうです。さて、この古びた石碑には、「湧浦の炎」と記されていました。下の解説には、熱と水と天然ガスで成り立つ温泉の恵みによって発展した和倉温泉。炎をテーマに、燃え上がる炎と噴水で「熱と水」を、重厚な音楽で「ガスの力」を表現した。この「湧浦の炎」は、湧浦の湯壺と併せ、和倉温泉の情熱・躍動・発展を象徴しています。平成四年十月吉日和倉温泉旅館協同組合創立100周年記念とありました。ところでこういう記念碑に使われる「〇年〇月吉日」と、日付を曖昧にしているのっていつも気になります。こちらが「湧浦の湯壺」。和倉温泉の開湯伝説にちなんだシラサギのブロンズ像が置かれ源泉が湧き出ています。この湯壺の中に卵をいれて温泉卵が作れるそうです。【つづく】人気ブログランキングへ能登路(その6) 湯元の広場
Oct 24, 2020
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和倉温泉は元々海中から温泉が湧き出していたのを、寛永18年(1641年)、加賀藩三代藩主・前田利常が、和倉温泉の湯口の整備を命じ、後に、明治になって埋め立て工事を行つたそうです。つまり、ここは埋立地にある公園ということになるそうです。 こちらは源泉の井戸だそうです。 こちらは源泉の施設。 ここで温泉をくみ上げて、それぞれの温泉宿に排水しているのですね。 温泉がどうしてここで湧き出るかなどの説明もありました。 この源泉施設の前には亀石と呼ばれる大きな岩ありました。この岩が海の中にあったそうで、それを残しているのだとか。 施設の前には、また立派な板碑が建立されていました。 やはり、この温泉の由緒を記したものなんでしょうね。 【つづく】 人気ブログランキングへ 能登路(その5) 和倉温泉の源泉施設
Oct 23, 2020
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さてさて、折角来たので、和倉温泉の街を見物してみます。歩いていくと正面に大きなビルの温泉旅館がありました。 展望エレベーターまで備えて、なんかすごいですね。 こういうホテルとか旅館に興味がなかったので調べたのですが、「加賀屋」と地上20階、約1,450人の収容人員を持つ全国最大級の旅館だそうです。ウィキペディアによると、なんでも、1977年(昭和52年)1月より、旅行新聞新社が主催する「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」(全国の旅館業者の中から選定)の総合部門1位として認定・表彰されている。この年以降「36年連続」で加賀屋が総合「1位」を受賞している。なんか凄そうな旅館ですね。 まあ、MoMo太郎は、こじんまりとした旅館とかビジネスホテルがいいので、宿泊することはないでしょうけど、話のタネにはなりそうです。 そして、温泉街に欠かせないと思っているのが、こういうボッタくられそうな、ナイトクラブみたいな店。あとは、場末感漂うストリップ劇場なんかあると、ザ・昭和の日本の温泉街イメージですが。 加賀屋さんの近くに、ちょっとした公園を発見。 「弁天崎源泉公園」(→→→こちら)というそうです。 公園の中にやたら林立する石碑、やっぱり歴史ある温泉でその由来などを記しておきたいのでしょうね。 海面からお湯が湧き出ていたので「湧浦」と呼ばれていたのが、延宝2年(1674年)、加賀藩からの命により、地名の涌浦を「和倉」と改めたのだとか。 「湧浦開発七士賛美の碑」という立派な石碑がありました。 七士として七名の名前が刻まれていますが、よくわかりません。この辺りに昔住んでいて温泉宿をしていた人でしょうか。 こちらは足湯ならぬ手湯、手をお湯につけて温まることができまので、ストッキングを履いてきたきた女性の方も気軽に温泉を楽しめそうですね。 こちらは飲める温泉。 飲める和倉温泉とは書いてありましたが、味はちょっとしょっぱかったです。 弁天崎という名前だけあって、鳥居があって、 弁天様が奉られていました。 【つづく】 人気ブログランキングへ 能登路(その4) 弁天崎源泉公園
Oct 22, 2020
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和倉温泉は海沿いにあります。 その海を見に行ってみました。目の前に広がる海は七尾西湾。そして、対岸は能登島です。 沖合に突き出した桟橋にある「願いの鐘」の看板。 桟橋の先にあるのが「願いの鐘」でしょうね。見に行ってみます。 桟橋の先端に、小さな鐘が。 ハートの飾りがあるってことは、やっぱりこの鐘はラブラブカップルで鳴らすのが本来の使い方でしょうかね。と思いつつおっさん一人で健康長寿を願って鳴らしました。 能登島、ちょっと行ってみたいですね。 もう一本あった桟橋の突端まで行ってみると、 能登島へ渡る橋が架かっていました。 なかなか立派な橋です。 さらに北側にも橋が架かっているようで、能登島へ渡る人って結構多いのかも。 ということで、和倉温泉を探索した後は、能登島へ渡ってみることにしました。 七尾西湾と能登島のオーシャンビューが堪能できるように、海沿いには立派な旅館がありました。 こちらも旅館でしょうか。 景色が楽しめそうな、こういう旅館もいいですね。 【つづく】 人気ブログランキングへ 能登路(その3) 和倉温泉から能登島を臨む
Oct 21, 2020
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和倉温泉の中を歩いてみました。 和倉温泉街の地図です。いろいろな施設や温泉がありそうですね。 こちらは和倉温泉のある七尾市の観光地図。色々なみどころがありそうで、全部回って味わうのには一週間くらいは和倉温泉に泊まって、見物しないといけないかも。 緑地の真ん中にいるのが、和倉温泉のゆるキャラ「わくたまくん」。緑地ひろば、またはわくたまパークと呼ばれている場所です。温泉に入る前にこのあたりを散策するのもいいですね。 こちらはその隣にあった、湯っ足パーク。足湯はみつけられませんでしたが、ところどころに句碑が建立されていました。 こちらは有名な歌人、与謝野晶子の句碑でした。和倉温泉って俳句や短歌が盛んな町なんでしょうか。 源泉と書かれた井戸がありました。第九号とあるので、源泉が多いのですね。 今度は海の方へ行ってみます。 【つづく】 人気ブログランキングへ 能登路(その2) 和倉温泉は俳句の街?
Oct 20, 2020
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新型コロナウイルス感染拡大に寄与するためか、東京都民にもGoToトラベルが認められたようですが、そんな皆様の参考になるように、この夏、石川県能登半島までちょっと行ってきたのでご紹介します。 最初に訪れたのが、和倉温泉。ここが和倉温泉駅。JR西日本と第三セクターののと鉄道との列車が乗り入れている駅ですが、路線としてはのと鉄道の途中駅です。しかし、JR西日本の特急列車がこの駅まで乗り入れており、JR西日本の直営駅だそうです。 ちなみに北陸新幹線の開業で、金沢から途中の津幡駅まではIRいしかわ鉄道の路線となっていて、津幡から七尾駅まではJR西日本、そして七尾駅からはのと鉄道の路線となんだかよくわかりません。 駅前に展示されている山車の車輪です。 駅から和倉温泉の中心までは、車で5分・徒歩で25分と離れています。 その途中にあったこの中学校に立ち寄ってみました。 名前は「能登香島中学校」。 この中学校の裏手に横綱輪島大士関(1948-2018)の記念碑が建立されていました。 学生相撲出身者で唯一、大相撲の頂点、横綱に登りつめた輪島氏(本名が輪島博(ひろし)で、しこ名は輪島大士(ひろし))、この中学校の卒業生だったんですね。 ところで、輪島氏が亡くなったのは 2018年(平成30年)10月8日ですから、石碑の古さからみて亡くなる以前にこの石碑は建立されたようです。 故人の功績を顕彰するのが石碑の目的かと思っていましたが、生きているうちに石碑が建立されるとは、輪島氏はなかなかの人物だったのですね。 しかし、この石碑を建立した「全国認定環境衛生同業組合連合会」って何者? クリーニング、理容美容、料理店などの組合の上位団体なんでしょうか。 さらに、同じ中学校の敷地の近くには、関脇栃乃洋の石碑も、これは平成20年建立とありますから、まだ現役力士の時に建立されたということですね。やっぱり栃乃洋もこの「能登香島中学校」の出身者なんでしょうね。 「能登香島中学校」、力士養成の隠れた名門中学だったのかも。 【つづく】 人気ブログランキングへ 能登路(その1) 横綱輪島の石碑
Oct 19, 2020
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江東区深川、仙台堀川にかかる海辺橋のたもとにある「採荼庵跡(さいとあんあと)」です。立派な石柱も建っています。元禄2年(1689)に松尾芭蕉は、ここから『おくのほそ道』の旅へ出発したそうです。採茶庵は芭蕉の門人である杉山杉風の別荘だそうですが、正確な位置はわかっていないようで、おそらくこの辺りだろうということで、こういう施設があるようです。濡縁に腰掛けた芭蕉像は、これから旅に出るらしく旅装束でした。人気ブログランキングへ採荼庵跡の松尾芭蕉
Oct 18, 2020
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松屋の「牛ステーキ丼洋風ガーリックソース生野菜セット」(850円税込み)をいただきました。牛肉が丼からはみ出すくらいにドドーン。食欲の秋にふさわしい丼。小さなお子様やご高齢者にはお薦めできませんが、硬めの牛肉は、噛む回数が増えて食べ応えがさらにアップ。強烈なガーリックの臭いで、なんだかスタミナも付きそう。松屋の牛めしに比べると高いですが、まあ、なんか肉を食べた感はありました。ところで、この記事のタイトルに拝借している「孤独のグルメ」はテレビ東京の番組。2012年よりドラマがスタートし、すでにシーズン8に突入しているという、いわゆる当たりの企画です。一時的に人気を博する「当たり」の企画やドラマは多いですが、グルメをネタに長く続いている番組、日テレの「ゴチになります」、もう終わってしまったフジテレビの「とんねるずのみなさんのおかげでした」でやっていた「食わず嫌い王決定戦」、そしてNHKの「きょうの料理」にも並ぶのでは。主演の松重豊さんは、「孤独のグルメ」の松重豊、面白いって言われるのは心外とボロクソ!とのことですが、MoMo太郎は、旨いのか旨くないのか、よくわからない食事を、淡々と旨そうに食べるあの演技と心の声のセリフが妙にマッチしているところが、妙に肩の力が抜けた感じで気に入っています。人気ブログランキング孤独のグルメ 牛ステーキ丼洋風ガーリックソース生野菜セット
Oct 17, 2020
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古くは日本の本州を指して秋津島(あきつしま)と呼んでいたそうですが、秋津(アキツ、アキヅ)とは、古い日本語の「トンボ」の呼び名だったそうです。日本神話においては、神武天皇が国土を一望してトンボのようだと言ったことが、その由来だそうです。ところで、トンボの飛び方って器用だと思いませんか、長い2対の翅をそれぞれ交互にはばたかせて飛ぶのですが、まっすぐ飛んでいるかと思えば突然、上下左右に向きを変えたり、そのまましばらく空中に静止したり、さらには、バックしたり、宙返りをしたりすることもできるそうです。こういう乗り物を発明すると自由に空が飛べていいですね。トンボの飛び方→→→こちら人気ブログランキングトンボ
Oct 16, 2020
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北陸自動車道にある名立谷浜SA(下り)に立ち寄りました。ここで気がついたのですが。北陸自動車って、新潟から富山・金沢・福井・米原方面へ向かうのが上りで、米原・福井・金沢・富山から新潟方面へ向かうのが下りだったんですね。東京へ向かうのが上りだと思っていたので、米原から新潟、そして上信越道や関越道を通って東京へ向かうので、米原から新潟は上りだとばっかり思っていたので、意外でした。ということは、新潟より米原の方が標高が高いのかな???巻貝をイメージするモニュメントが、このあたりでは、こういう巻貝の化石が出土したのでしょうか。サービスエリアからは日本海の眺望が広がります。沖合を進む船も見えました。花壇が整備されていました。この花壇、新潟県立高田農業高等学校(→→→こちら)がお世話しているようです。このサービスエリア、サービスエリアなのにレストランがなく、軽食用のフードコートしかありませんでした。そこでメギスの天ぷら蕎麦(580円税込み)をいただきました。新型コロナウイルス感染防止のため、テーブルの真ん中にアクリル板の衝立が設置されています。メギスの天ぷらはなかなか美味しかったですよ。【了】人気ブログランキングへ夏の思い出(その5) 名立谷浜SAから見えた日本海
Oct 15, 2020
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夏のドライブ旅行の思い出を綴っています。 松代PAにやってきました。 真田十万石の城下町松代だそうです。 米の1石は下位単位では10斗にあたり、同じく100升、1,000合に相当となります。日本では、1食に米1合、1日3合が概ね成人一人の消費量になると考えると、1石は成人1人が1年間に消費する量にほぼ等しいとなるので、松代藩では10万人の人が生活していけるということでしょうか。 佐久間象山(→→→こちら)は、江戸時代後期の兵学者・朱子学者・思想家だそうで、ここ松代が出身地だそうです。 歌碑もありましたが、誰が詠んだ歌かはわかりません。「築くは銀河」とは、ひょっとして、 千曲川のことですか。 ここにあったのは、この石が置かれた公園。 石の上にはタイルがあって、 タイルには武将の絵が。 武田信玄の絵だそうです。 こちらは上杉謙信。 武田信玄と上杉謙信といえば、川中島合戦(→→→こちら)ですね。 川中島合戦の布陣を石で再現している「川中島合戦の広場」がこの松代パーキングエリアにありました。 こちらは、武田方の城だった海津城をイメージした構築物なんでしょうか。 こういう華々しい合戦もありましたが、最終的に武田家は織田信長に滅ぼされ、上杉家は織田信長との戦いをなんとか耐えて、関ヶ原での失策もありましたが、徳川政権下でも大名として生き残りました。 川中島では決着はつかなかった両家ですが、大局的には、上杉家が勝ったということでしょうか。 【つづく】 人気ブログランキングへ 夏の思い出(その3) 松代PAで川中島の合戦を学ぶ
Oct 14, 2020
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夏のドライブ旅行の思い出です。夏の雲ですね。ここは上信越自動車道の千曲さかきPA(下り)にある展望台です。銘板にここから見える山々の名前が記されていました。眼下に流れるのは「千曲川」。そして、この三角形の山はピラミッド?ではなく、岩井堂山(793m)です。【つづく】人気ブログランキングへ夏の思い出(その2) 千曲さかきPAからピラミッドが見える!?
Oct 13, 2020
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今年の夏は、コロナウイルスのせいで、東京から県外に出るにも職場の許可を得ないといけないような次第でじっとしておこうかなと思っていたのですが、たまたま休みが取れたので、許可を得てドライブ旅行に行ってきました。ここは上信越自動車道の横川サービスエリア(下り)ここにある公園です。軽井沢・信州へのプロローグと看板に記されていますが、確かにこの横川SAの所在地は群馬県安中市なので、信州とは言えないですね。こういうところで一休みはいいですね。夏休みは軽井沢の別荘で避暑に行けるような大人になるのが、MoMo太郎少年の夢でしたが、現実はなかなかかなわないものですね。下りがあれば上りもあるのが、サービスエリア。横川SAの上りには、キハ58のモックアップが展示されていました。横川SAで荻野屋の峠の釜めしを買って、この列車の中で食べると、往時の旅の感傷に浸れますね。そういえば、MoMo太郎の子供の頃、長野に行くには、「信州」とか「志賀」という急行列車がありましたが、記憶に残っているのはオレンジと緑の165系の電車でしたが、こういう気動車が走っていた時代もあったんですね。【つづく】人気ブログランキングへ夏の思い出(その1) 横川SAは軽井沢へのプロローグ
Oct 12, 2020
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ちょっと値段が高い(近所のイトーヨーカドーだと1000mlの紙パックで250円くらいしました。けど飲んでみると大満足できた。「東京牛乳」(→→→こちら)です。 東京都地域特産品認証食品だそうです。多分、東京都内でしか売られていないし、販売店も、よく見かけるのはコンビニの「ナチュラルローソン」。スーパーだと「イトーヨーカドー」、「マルエツ」なんかでも売っていました。百貨店でも取り扱っているかも。 紙パックの側面には、東京牛乳の特徴が表示されています。 グラフでもわかるとおり、夏季でも乳脂肪分3.6%以上、無脂乳固形分8.4%以上を確保している品質の良さ。ちなみに明治おいしい牛乳だと乳脂肪分3.5%、無脂乳固形分8.3%ということで、スペックこだわるわけではありませんが、他の牛乳から頭ひとつ抜けているようです。 また、「東京都酪農業協同組合と多摩地区の酪農家及び協同乳業(株)東京工場で共同開発した産地指定牛乳です。 」とか「多摩地区の酪農家より、毎日新鮮な生乳を集め協同乳業(株)東京工場で殺菌パックしています。」という東京アピールで、東京モンの郷土愛をくすぐりますね。 それに、昨日紹介したように、錦糸町の駅前で牧場をやっていたくらいの酪農の歴史ある東京てすから、美味しい牛乳を生産する技術は高いのかもしれませんね。 で、飲んでみると、 普通の牛乳より少しだけ濃厚な味わい。かすかに甘みがありました。 まあ、味の好みは人、それぞれですし、値段もちょっとお高いのですが、一度くらいは、飲んでも損はしないのでは。 人気ブログランキングへ 孤独のグルメ 東京牛乳
Oct 11, 2020
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あまり気がつかないかもしれませんが、錦糸町駅の南口、地下鉄半蔵門線A1の出口の横にある石碑。よき日には 庭にゆさぶり 雨の日は 家とよもして 児等が遊ぶも 左千夫という碑文が刻まれています。その隣にある説明板には。明治時代の歌人で小説家としても活躍した伊藤左千夫(→→→こちら)の牧舎と住居がここにあったとありました。明治22年(1889)、左千夫は上京後しばらくして、ここに居を構え牧場を設け搾乳業を、晩年に亀戸へ移るまでの26年間ここで営んでいたそうです。文学だけでは生活できなかったのですね。或いは、酪農の経験が創作の原動力だったのでしょうか。人気ブログランキングへ錦糸町駅前はむかし牧場でした
Oct 10, 2020
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ようやく池袋駅に到着です。西武鉄道の池袋駅もここですね。こちらは東口側で西武百貨店になっています。このモニュメント、面白いですね。こちらはJRの池袋駅の入口になっています。わかりにくいですが、東武鉄道の池袋もここですよね。こちらは「いけぶくろう」。池袋駅で待ち合わせというとこの石像の前ってよくありましたね。MoMo太郎も20年くらい前、東武東上線沿線に住んでいた友達のお葬式に行くときに、広島から出てくる友達とここで待ち合わせました。そして目的地の丸ノ内線池袋駅です。丸ノ内線池袋駅の改札口です。丸ノ内線、全線の駅間歩きを終え、家に帰ります。丸ノ内線本線の池袋駅 - 荻窪駅間 24.2 kmそして、分岐線(方南町支線)の中野坂上駅 - 方南町駅間 3.2 km。丸ノ内線駅間歩きの記事を書き始めたのが、おおよそ一年前の9月12日(→→→こちら)から。改めて東京の街を発見することができました。また、気が向けば駅間歩きをやりたいと思っています。【了】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その11) 池袋駅
Oct 9, 2020
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池袋の町、賑やかですね。目的地まではもう少し。池袋東口にあるグリーン大通りに出ました。宮城ふるさとプラザ。宮城県のアンテナショップですね。新型コロナウイルスの感染拡大で、ふるさとの宮城県に帰れなかったり、遊びに行けなかったりする人には、宮城県の名産品が手に入れられるっていいですね。このマーク、伊達政宗の兜の前立ての三日月ですね(→→→こちら)。この出入口から池袋駅に行けます。池袋、西武鉄道や東武鉄道、さらにはJR埼京線で、埼玉県人が集まってくるターミナルなんですね。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その10) 宮城ふるさとプラザ
Oct 8, 2020
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池袋の繁華街です。この道の下を丸ノ内線が通っています。「サンシャイン60通り」(→→→こちら)、池袋にはあまり行ったことがないMoMo太郎もここは何度か歩いたことがあります。桜色の郵便ポスト、サンシャイン60通りの近くにはピンク色関係のお店が多いというサイン? いえ、桜のソメイヨシノが、池袋のある豊島区が発祥の地ということで、こういうポストにしているそうです。マツモトキヨシがありました。マツモトキヨシ、MoMo太郎は「マツモトキヨシ」と呼んでいますが、「マツキヨ」と呼ぶのが正しい略称なのですね。このカラオケ店、関東各地にお店がありますが、昔、住んでいた久留米でも見かけました。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その9) サンシャイン60通り
Oct 7, 2020
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新型コロナウイルスに感染したというトランプ大統領。ひょっとして詐病では?と疑っているMoMo太郎です。コロナウィルスに罹ったふりをして復活すれば、強いアメリカを具現化した強い大統領として人気急上昇間違いなしですからね。さて、いよいよ池袋の繁華街へ。交差点の角にあるポケットパーク。色々な樹木が植栽されていました。このポケットパークの地下に丸ノ内線が通ってます。このポケットパークから、この道の下に丸ノ内線が走っています。地下鉄の通風口がありるので、多分間違いないでしょう。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その8) ポケットパーク
Oct 6, 2020
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ようやく池袋です。東池袋中央公園(→→→こちら)です。巣鴨刑務所跡地の再開発事業により、1979年に開園した公園です。周囲をサンシャイン60とプリンスホテルの高層ビルに囲まれた緑濃い公園ですが。元は巣鴨刑務所、そして、「巣鴨プリズン」(→→→こちら)として知られていた施設です。巣鴨プリズンは、第二次世界大戦後に設置された戦争犯罪人(戦犯)の収容施設であったことから、公園の片隅にこのような石碑が建立されています。この場所には、戦犯の処刑台があったそうです。「永久平和を願って」と記された慰霊碑です。今でも献花されているのですね。日本国民を戦争の悲劇に引きずり込んだと戦勝国に判定された戦争犯罪人という人たちの石碑に献花するというのはどうなんでしょうかね。まあ、亡くなった人の霊を慰めるのは必要な事だとは思いますが。石碑の背面に刻まれた碑文は第二次世界大戦後、東京市ヶ谷において極東軍事裁判が課した刑および他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑が、この地で執行された。戦争による悲劇を繰り返さないため、この地に前述の遺跡とし、この碑を建立する。昭和55年6月とありました。なにか、立派な石碑のようにも思いますが、この石碑の発起人は有田正憲(→→→こちら)という右翼のメンバーだったようで、まあ、真意はどうだったんですかね。という気もしないではないですね。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その7) 東池袋中央公園
Oct 5, 2020
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池袋にやって来たという感じですね。首都高のランプがありました。サンシャインシティプリンスホテル(→→こちら)です。サンシャインシティプリンスホテル、ビルも高いですが、宿泊料金もそれなりなんでしょうね。ホテルの前には空港へ行くバスの停留所がありました。こちらのバス停は、軽井沢や河口湖というリゾート地へ行くバス停だったんですね。こちらは2019年11月27日から運行しているIKE BUS(→→→こちら)の停留所です。IKE BUSというのは、池袋駅周辺をクルクル周回している電気バス路線のことらしいです。プリンスホテルの向かい側には自動車教習所がありました。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その6) サンシャインシティプリンスホテル
Oct 4, 2020
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このニュースを見て、将来の学術会議の会員入りを目指すMoMo太郎としては、ガースーにはゴマを擂っておこうと決意した次第です。日本学術会議推薦の6人、任命されず 菅首相に任命権ヒガンバナとなって先祖のお墓に咲いているMoMo太郎のおばあちゃんが、田中角栄元首相逮捕のニュースを見て言ってました。「学問のない人間が権力を握るとロクなことないよ」といっても、杉田水脈議員は「女性はいくらでもうそをつける」と言ってましたが、男は「ずっと、うそをついている」のでガースー首相にうそをつくのは大したことないです。さて、そろそろ池袋ですね。この建物は、豊島郵便局(→→→こちら)です。郵便局の前に災害時帰宅経路案内図がありました。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その5) 豊島郵便局
Oct 3, 2020
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孤独を愛するMoMo太郎です。孤独に新大塚駅から池袋駅に向かっています。ガソリンスタンドです。都心にしては敷地が広いような。東池袋二丁目の交差点です。このあたりから、丸ノ内線は春日通りから離れて、JR池袋駅の方に向かっています。公開空地があると、公開空地を持った建築物について、容積率や各種の高さ制限を特定行政庁が緩和するという制度であるそうです(→→→こちら)。消防署がありました。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その4) 公開空地
Oct 2, 2020
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池袋に向かって順調に歩いています。春日通りを歩いて行くと、突然現れる{踏切注意」。都電荒川線の踏切と、向原停留所です。2017年からは「東京さくらトラム(都電荒川線)」と呼ばれているそうです。いわゆる路面電車ですが、ほとんどの区間は、道路との併用軌道(→→→こちら)ではなく、このような専用軌道(→→→こちら)になっています。そのため、交通渋滞の原因と目の敵にされることもなく、また沿線の住民の足として重要であったことから、廃止されることもなく現在も利用されています。車両も新型のものが導入されているようですね。【つづく】人気ブログランキング駅間歩き丸ノ内線(新大塚~池袋) (その3) 都電
Oct 1, 2020
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