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私の住んでるあたりには、私立中学と言えばふたつしかありません。あ。ちょっと遠いけど三つか。当然と言えば当然かもしれませんが、高校・大学と系列があり、多分進学中学なんだろうなあ……興味がまったくなかったので、知らないんです(-_-;)うちの子どもたちは、小学生の時は「お家で勉強」なんてまったくしない子どもでしたから(笑)近所の中学に当たり前のように進学、でした。このあたりまでは、見事に父親の血をひいてましたね。このオヤジも受験勉強すらしない、ってくらい勉強はしなかったもん。自分の事を棚に上げて、こどもに勉強しろなんて言えません(汗)えーと、職場のパートさんのお子さんのお話です。先日、お子さんが私立中学を受験されたそうです。そのパートさん曰く、「受けたい、って言うから受けさせてあげるけど…どうせならここで落っこちて挫折ってものを覚えてもらった方がいいかな、って気がするのよねー」「おいおい(汗)」「ぶっちゃけ、金もかかるし(笑)」で、先日、試験があったそうです。その試験前日の話を聞きました。そのパートさん、娘の試験日を忘れてたそうです(笑)「おかあさん、明日は会場まで来るの?」「なんの会場?」「明日、○○中学の入学試験だから」娘も、なんの違和感もなく淡々と言ったそうな。そのパートさん、「よかったー、偶然とはいえ、ちゃんと休みになってたから」…いや。偶然じゃなくて、休みは希望してたんだと思うよ。…単に忘れてただけだろ。娘さん、ちゃんと合格したらしいですよ(笑)
2008.02.28
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いつ見るか?死ぬまでずーっと。同時に、現実を見ることも、死ぬまでずーっと。「俺は夢を追いかけて生きていくんだ」止めはしないけどね。生活と、追いかける夢と、両立させられるだけの人になる、っていうプランも考えてみようよ。現代の日本に生きている以上、一人で生きていく事は不可能だ。いや、それは厳密な意味での「ひとり」食べてるものは、自分では作っていない。着ているものは、自分では作っていない。電車を動かすには、電車と線路と電気と電柱と…自分は切符を買う事ができる。それらを用意する人がいて、それに対価を支払うことで、社会生活が維持されていく。その「用意する人」に連なること。社会人になること。
2008.02.27
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おかえりーちっ。…だからあ…ベタだってば。今日も早めに帰ってきたので、半荘1回。
2008.02.25
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休みで家にいた金曜日。学校から帰ってきた3号。玄関を開けるなり、「ただいまーじゃん!」…いや、やる気だったけどさ(笑)…おまえにしちゃあベタな…受験や人生に対して取り組む姿勢について語り合いながら(笑)当り牌には容赦なくロンを(爆)1号が言いました。「来年センター試験を受験しようか、って言ってる高校生を持つ親の中で、多分日本一ヌルい(笑)」「たかだか受験に専念しようなんざ、甘すぎるんだよ。落ちたら自分の実力のなさを嘆け。ま、確かに、これだけ高校生の息子といっしょに遊んでるオヤジは少ないかもしれん」そういや、こいつら全員、高校の入学試験の前日は、フツーにゲームして遊んでたな。「これ、負けたやつが皿洗いだな」ぼそっと2号。ま、まだ負ける事はないっすね(笑)
2008.02.24
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優劣をつける、というものではありませんが…最高レベルの危機管理能力を持つべき組織は軍隊だと思います。だって。組織的に武器を持つことを、公に許可されてるのは、ありとあらゆる危険が、いきなり襲いかかってくるかもしれないという前提で、国を、そして国民を守るため、だからでしょ。武器を持つ理由は、それ以外にはありえない。どれだけ体を鍛えても、どれだけ毎日の健康に気を配っても、どれだけ安全に気を配っても。武力の前では意味がないのです。だからこそ、「向かってくる武力があり得る」事を前提に軍隊はあり、その武力の前に立ちはだかるために平時の訓練がある。んなもん、向かってくる武力がありえないなら、警察組織だけで事はたります。戦後、そのつもりでスタートしてるんですもんね。そんなに甘くはなかったんでしょうが。ということは。平時の海上で民間船にぶつかった、あの軍艦は「何してたの?」です。ものっすごく根本の部分で、この事故の問題は深い。行方不明のお二人の捜索が、一刻も早くなされる事をお祈り申し上げます。理由も言い訳もへったくれもありません。あの事故は、民間船同士でない以上、責任は軍艦側にある。これは海上における法律云々の話ではなく、軍艦と言う船の持つ性格からの話です。軍艦は、相手の民間船の過失割合を問えるものではありません。戦闘をする目的で作られた船で、海上戦闘を目的とする訓練を受けて洋上にあるわけです。ぜーったいにバカンスでクルージング~ってわけがありません。ましてやその行動のための資金は税金で賄われているわけです。動かしている以上は、訓練も含めて作戦行動であったはずです。てえことは、動いてる軍艦ってのはいざという時にはブザーが鳴って、全員が出動できるもんでしょ?テレビの見すぎ?でも、戦闘用の船が動いてる時に、全員が戦闘に参加できないわけではないでしょう?ちゅうことは。いざという時にサインを出す、ブザーを押す人員は、必ず配置されていなければならない。敵や危険というものは、アポイントメントをとってから訪れてくれるわけではない。でもって、軍というのはその「敵」や「危険」に立ち向かうという目的のために組織された生産性のない特殊な武力組織なわけです。その軍艦ともあろうものが、前にいるレーダーに映るサイズの漁船を見落とした、などとあってはならない。敵に襲われるかもしれない、という前提で動いているべき船が、前を行く船にぎりぎりまで気づかずにぶつかったなんて。テロ攻撃だったらどうなったんでしょう?気づかずに一隻の軍艦が沈んだ、ってことですかね?軍艦は、その性格上、何が何でも自分の周囲に気を配り続けていなければならない船ではないでしょうか。だからこそ、民間船と衝突した時点で、軍艦側に言い訳のしようがないと思うのです。法律的なことはよくわかりませんが、「ぶつかったという事実を恥ずかしい」と思います。
2008.02.22
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答えは"NO"だねえ。努力だけじゃね。なんだか、この手の話がネットのニュースに流れてました。しかし。努力をせずにつかめる夢はない、と思う。本人が、努力をしたつもりはない場合もあるが。長嶋茂雄氏が「苦しい練習」について聞かれて「練習が苦しい?我々は、大好きな大好きな野球をやってるんです。大好きな事をしてるのに、苦しいわけがないでしょう」って答えた、ってのを聞いた事があります。確かに、ギターがうまいやつは、飯食うよりギター弾いてる方が好きだな(笑)そばで見てると「練習」だけど、本人はただ「ギターを弾いてる」だけだったりする。私の従兄に、東京大学大学院を卒業して、博士号をとるために研究してるっていうのがいるんですが…彼が東大に在学中に聞いた事があります。「東大生ってどんな連中?」「ミュージシャンは音楽が好きで、野球選手は野球が好きで、東大生は勉強が好き(笑)ほんとだよ。考えるのが大好きな連中ばっかりだよ。俺たちは趣味の方向が、たまたま学校の勉強だったのさ」勉強するのが趣味、って連中は「やめろ」って言っても隠れて勉強します(笑)周囲は「努力」って見るけれど、当の本人は「楽しくってしょうがない」わけで。絶対にかなうなら、それは「夢」とは呼ばない。「予定」って言うんです。努力すれば夢はつかめるか?そばで見てて「努力」に見える事もせずに、夢はつかめないでしょう。すればつかめるというわけではないだろうけど。それから、幻想を「夢」と呼んでいないか?「私の夢は、戦国武将の織田信長と戦う事です」…こりゃ、努力したって無理でしょ。その夢がとことん「大好き」で、その夢へ向かってる時が、楽しくてしょうがない。こういう人の中から、夢をかなえる人がでてくるんだろうなあ。
2008.02.18
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カレーでいいから作っておけよ。来年受験生。麻雀やって夕飯作って。人生は学生を済ませてからの方が長いんだ。ひょっとすると私のような仕事は、普通の人に比べてかなりたくさんの人と接する仕事です。それもね、仕事としての付き合いのように見えて、かなり私的な部分も含めて。それこそ高校生から定年間近の方まで、世代・性別・立場がいろいろ。それぞれの世代、それぞれの家庭、それぞれの個人によって事情が違います。意外とね、自分の周囲にいる人たちの中で常識って作られているんだな、って思いますよ。そして、その常識に縛られやすい。たとえば、スーパーマーケットとかの裏側って、きっと…みたいなイメージを持って入ってこられる方も結構います。実際の厳格さを感じて見方を改める方も多いのです。中学生、高校生のお子さんを持つ方は、その事が常識の中心になります。受験生の子を持つ方は、その事でめいっぱい。「どの塾がいいのか」とか「勉強ってどういうふうにしたらするようになるのか」とかの話が中心です。お孫さんの話で盛り上がる場合もありますね。離婚の相談とかを受ける場合も。高校生や大学生は、恋の話とか、趣味の話とか。甘えた考えを根本からひっくり返されてるアルバイトの連中もいます。でね。私も含めて、自分のいる社会の中で盛り上がってるって場合が多いのです。いま、高校生の私のこどもたちは、高校生として経験しておくこと、勉強しておくこと、っていうのは確かにあります。それと同時に、それだけをやっていればいいわけではない。勉強はしなくちゃいけないけれど、それを社会人の時に生かすには、高い学力だけでは意味がない。たとえばね、部下の力を引き出せない上司に当たった場合、上司の力を引き出せる部下、であってもいいわけです。高校生で身につける力。それを生かす力。テストや受験、学校の成績表に生かせるだけじゃ、何の意味もない。学校の勉強には、かなりの意味があります。「なんの役に立つ?」って思ってるかもしれないけれど、ほんとに意味がある。一般の会社で、必要な事を学んでいるのです。でも、活かし方をしらなければ、何の意味もない。コミュニケーションをとる、と言う事は、相手の良さを見抜く、ということ。思いやりなんて、甘い事はいいません。相手の良さを見抜く、そして相手を尊重する、って事は。ものすごくぶっちゃけて言いましょう。ものすごく嫌な言い方ですけど。自分にとって、どれだけプラスにできるか、って事を見抜けて利用できるって事なのです。「あの人、大したことないわねえ」って済ませてるようじゃ、その人はそこが限界。だって、ある意味それは「私の方が上」って感じられれば満足って事だから。「あの人はこれができる」って見抜ければ。そして、その人の信頼を得られれば。自分だけの力ではなくなります。どうしてもみつからなければ(笑)ま、見つけられない自分がまだまだ未熟って事で。
2008.02.16
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朝から、3号が待ち構えてました。「オヤジ!休みだろ、やろうぜっ」…朝から麻雀すんのかよ(笑)よっしゃ。負けたやつが台所の洗い物だぞ。1号、撃沈(笑)
2008.02.16
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以前にも書いたことがありますけど。国家が「軍隊」を使って争えば「戦争」となる。軍隊があるから戦争が起こるんじゃない。武器を持つから争うんじゃない。武器がなければ凶器を持つんです。凶器がなければ、殴るんです、蹴るんです。それができなければ、言葉の暴力を使うんです。「こうしてみる、ってのはどうでしょう?」っていうのと「やっぱりこいつはたいしたことない。こんなこと考えてる」っていうのとでは、言葉の目的は同じでも、受け止め方は違う。その事によって受ける利益は、経済であり支配権力であり、でもつまるところは「相手をたたきつぶして勝ちたい」という自己満足のためであり。自分の考えを相手に「正しい」と思わせたいために。自分の考えに相手を従わせるために。自分が、相手よりも上であることを、自分で納得したいために。自分よりも相手の方が下であることを、自己満足的に確認したいために。で、これを逆にたどると、争いは大きくなります。武器同士で、集団で戦えば「乱」となり、集団同士であれば「抗争」であり、その集団を「国家」として認めれば「戦争」となる。だれもが相手をねじふせようとしなければ、自分が正しいと思いこまなければ、「こいつ嫌いだ」「こいつ大したことないな」「こいつの言う事を聞くなんてやだ」「こいつに言うこときかせよう」なんて思わなければ。とりあえず、周囲の争いはなくなる。集団は一人一人の集まりでしかないから。一人一人が争わなければ、集団の争いにはならない。一番、最初の部分で何も始まらなければ、事は何も大きくならない。糾弾するもの、されるもの。それをみるもの、よろこぶもの、同調するもの、煽るもの。勝つ・負ける。恨みが残る、憎しみが残る。私だけ、私が先、得したい、損したくない、払いたくない、私悪くない、あっちが悪い、もっときちんとやれ、もっときちんとやれるはず、私は弱者の味方。そんなもんできるか、じぶんでやってみろ、かんたんにいうなよ。私も、家に帰れば庶民。どこかで誰かが発した一言が、争いの種を作って、大きくなっているのかもしれません。「汝の隣人を愛しなさい」聖書の、イエスの言葉ですけど、隣人の隣人を愛し、世界中つながっていけば、争いはどこにも起こるはずがない。しかし、明らかにキリスト教も戦争の原因の一つです。それも古くから。「愛し方」に問題があったのでしょうねえ。今日も、新聞記事には争いの種がまかれて育てられています。言葉による糾弾は、言葉による暴力。そして、その暴力を世の中は必要としています。暴力には、それを抑える暴力がなければとまらなくなります。軍隊は必要です。どうしようもなく必要です。武器がなければ争わない、なんてわけがありません。世界中で、いろんな理由のもとに(場合によっては自由と平和と独立のために)武器を使います。なければ、殴り、蹴り、石を投げ、鉄パイプを振り回す。それだけの話です。平和のために言葉で戦う…戦う心は、武器を持ちたい心、ですよ。だから私は思う。軍隊は必要である。誰かを、何かを「許せない」と思う心が人間にある限り。統制がとれてこそ「軍隊」と呼ぶに値するのだとは思いますけどね。
2008.02.13
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「運命よ、そこをどけ!今から俺が通る!」 「あ、それロン♪」なんかのセリフだと思うんだけどね。言って、捨てるまではかっこよかったぞ、3号(笑)子どもと勝負。家族麻雀、半荘1回。
2008.02.11
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もっと言えば占いや「マーフィーの法則」も含めて。自分以外の力を自分のものにして、より良くしたい、と思うのですよね。私もそうですけど。ある意味、学ぶ事に通じるのではないでしょうか。少なくとも、その文化の中での理想世界へ導かれるように言葉は発せられます。生活環境と言ってもいいかもしれません。基に置かれたものは同じものであっても、土地や時代によって理想的とされるものは変わる。解釈によっても変わる。政治であったり、金であったり。集団の安定であったり。不安の払拭であったり。勧誘のためであったり(笑)人々の心がひとつに向かうと、それはそれは、すごい力を発揮します。「士気」ってのは大切で、こいつを上手に鼓舞できなければ、誰も戦ってはくれません。でね。「士気を鼓舞する」ってのは、指揮官にとってはとっても重要なことなんです。それは「戦うぞ!おーっ!」てなだけではありません。「ねぎらいの言葉をかける」「その仕事の意味を理解させる」「君の重要性を思い出させる」「君がさらに素敵になれるってことを思い出してもらう」世界の人、それぞれがオンリーワン。ちゅうことはオンリーワンであることは、何もしなくてもオンリーワン。そのままでいるのも構わないけれど、それじゃ「L」がついちゃうよ。ってね。で、思い出させてくれるもの。自分自身を見つめる事ができる気がするもの。あなたを確かによろこばせてくれるもの。人々が前向きに生きようと思えるもの。人生への士気があがるもの。「どうしよう?」って時に「ああしなさい」「こうしなさい」あるいは、「ああしよう」「こうしよう」と思わせてくれるもの。ぜんぶまとめて「カウンセリンング」でも、いいかもしれませんね。人それぞれに効果が違うように、誰に言ってもらいたいか、ってのもカウンセリングの技術のひとつでしょう。たとえば、この言葉。「あなたの目は、まっすぐ前を見なくっちゃね」この言葉を聞きたいとき、誰に言ってもらいたいですか?家族?彼氏?先生?神様?仏様?カウンセラー?霊能者?ま、誰でもいいんですけど、「この人の言葉なら素直に聞ける」人に言ってもらいたいものだと思います。自分に説得力がなければ「○○が言ってたけど」っていう手もあり。「愛してる」は彼氏以外から言われてもなあ…てのとおなじで。…男の場合、彼女以外から言われたら「らっきぃ」てな事をかんがえるやつもいるので(笑)余談ですが、この言葉は聖書の中のイエスの言葉です。聖書の中では「迷わず信仰しろ」って意味だったような。ただ、まがいものも確かにある。基本的なまがい物の見分け方、ってのはありまして。「人間以外は金を必要としない」これ、基本でしょ(笑)「生業にしてます」って宣言してる場合は話は別ですよ。「神様じゃなくて、私が料金をとってます」って場合はね。「開運の壺」が確かにあったとしても「開運」自体は金をほしがらない。人は、心の持ちようで随分と変わります。ほしいものがたくさんあれば不足感に悩まされる。わかりやすく言えば、タバコ吸いはタバコ、お酒飲みはお酒がなければ、満足できない。ま、欲をなくせば、ってのは坊さんと仙人にまかせておけばよくて、欲がなくっちゃ生きていても楽しくない。私はかつてエホバの証人の集会に参加していて、結構会衆のみなさんと仲が良くて、なごやかに激論となった事があります(笑)「パチンコもマージャンも、おねえちゃんとのエッチもなくなるようなら神の王国なんざいきたくねえっ」「そんなものはほしくなくなるんですっ」「んじゃ、欲望もなく、毎日のんべんだらりんと生存し続けるだけか?」「人間程度では神の王国の大きな考えは理解できませんっ!」「そりゃそこへ行ったら、話が続かないでしょ(笑)」「ま、そうなんですけど(笑)」私は、神様仏様スピリチュアルを否定はしません。神様は存在する、って思ってます。が、私の心の師匠は塩野七生さんです。マキアベリズムも手放せません。試合に勝ちたければ、気合も練習も必要です。祈るだけじゃなくて、やるべきことがある場合もあるんですよね。
2008.02.11
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帰ってきました。「寒かったー!」ほー、それでどうだったんだ?「駐車場で雪合戦してきたぜ。写真もあるよ」…ぜーったいやってると思った。このあたりでは珍しい積雪。そこではしゃぐ余裕もないような高校生じゃ、この先たかが知れてます。忘れずにジャンプも買ってきたな。よし、えらい。おーい、俺に先に読ませろよ。…却下された(笑)
2008.02.09
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どんなに頭が良くても、どんなに仕事ができても、それはその「分野」でのお話です。勉強ができる、っていうのは学校の中でのお話だし、経営ができるってのは社長や取締役のお仕事です。3歳児が大人に合わせる事はできません。居酒屋で、大人の愚痴につきあう保育園児は、いるかもしれないけど(笑)たぶんとっても少ないでしょう。でも、大人が3歳児と遊んであげる事は出来る。社会人だって同じです。レベルの高い人は、降りてこれます。「俺は正しい事をいっている」そんなの、あたりまえ。ウソを言っていいわけではありません。だからと言って、太ってる人に向って「デブ」って言っていいのか?「私は正しい事を言っている」…言い方があるだろ、ってなもんです。「俺は正しい事を言っているが、わかってもらえない」私に言わせれば、正しい事を正しく伝えられないだけじゃないか。しょうがねえなあ、ってな事になるんです。よくある出来事なんですけどね。小さな子がいる女性が、子どもの事情で急に休んだり、遅れたりする場合があります。「子どもが熱をだしてしまって、見てもらえる人がいないので休ませてください」これは、仕方がない事情です。「仕事に穴をあけるなんて、残された方は大変で困る」これも間違いではない。この言葉が、思いやりのかけらもなくぶつかり合ったらどうなるか。どっちも正しい。間違いではない。ぶつかりあったら解決はしませんね。ここにね、もうちょっと別のパターンを組みましょう。話せない事情で、急に仕事を休みました。上司にだけは事情を話し、口止めをしました。次に出勤した時に、他の従業員から「どうして急に休んだの?困るじゃないの」って責められました。これが「私は正しい。正しいから言ってもいい」って思ってるパターンの代表です。これは、ぶつかり合ったら収拾がつかない。また、これを言う人ってのは、正義の味方のふりをして相手を屈服させたいって思ってる人が多いんですけどね。やった事のある覚えのある人はいませんか?(笑)で、事情がわかると「話してくれないのが悪い」って言うんです。話せないから困った事になってるってのに。自分の非は認めない。で、その場からすぐ立ち去ろうとする(爆)…私はこの場合の仲裁に入った時は、逃がしませんけどね。でもって。周囲を助けてあげよう、笑顔にしてあげようって人はやはり少ないんです。そりゃそうだ。「俺様」でいる方が楽だもん。文句言わない人の方が少ないんです。笑顔で引き受けてくれる人の方が少ないんです。ほんとにこういう人である必要はないけれど(笑)こういう人だと思われておくメリットは大いにある。マキアベリですけど。人を助けられる心、ってのは人を蹴落とす心よりはるかに豊かになれるんです。「人を助ける」のを甘い、っていう考え方もありますけどね。私に言わせれば、「人を助けて見返りを期待する」のは甘い、って思います。「あの人がいれば助けてくれる。安心できる」ってイメージを作り上げてごらんなさい。たとえこれから先関係ないだろう人であっても。見ず知らずの人であっても。繰り返していくうちに「そういう人」である、っていうオーラを纏うことができます。助けを呼ばなくても、ほんっとに頼りになるやつが手伝いに来てくれるようになるよ(笑)一人ではできないことが、できるようになるからさ。
2008.02.09
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というみなさん。最後の最後を楽しんでおきましょうね。なんせ、とりあえずは「一番下っ端」になるのがわかってるんです。「自分より下っ端」ができる、って思って待ってる人たちもいるでしょう(笑)「なんでこいつの言う事を俺がきかなくちゃいけないんだ」「私がどうしてこんなことしなくちゃいけないの」って思う事も多々起こるでしょう。大丈夫。普通に社会人をやってたら、何年か後には、自分がそう思われる立場になってますから。その何年か後。自分の磨き具合によっては、自分が教えた新人たちが、自分の上司になっていることもありえます。学校と違って「学年」はありません。個人でやる仕事以外、ほとんどの場合は複数の人間で働くことが多いと思います。これは、仕事に限らず、ですけどね。なぜなら、ひとりの力には限界があるからです。人間の身体に3本の腕が用意される事はないし、同じ時間に2か所に現れる事はできない。でも、複数のメンバーがいれば、それらの事も可能になります。これはね。結局、人とのかかわり合いと言うのが、ものすごく大事だってことなんです。自分をわかってもらおう、っていうなら、相手の事もわかろうとしなくちゃいけない。(私に言わせれば、相手をわかって自分を知られないのが、一番やりやすいけど)人づきあいが苦手、っていうのは、だからと言って避けて通れるわけではない。「数学が苦手なんで、避けて通ってます」ほんとは避けては通れないでしょ。試験はあるし、授業はあったはず。まったく授業も試験も受けてない、っていう事はないでしょう。私は事業所のボスが仕事です。要は店長、っていう仕事です。仕事しないやつってのは確かに不要です。でも、それよりも、争いごとを起こすやつってのはもっといりません。だいたい「自分が正しい」と思って行動した人がいて、それがもめ事になる場合、ほぼ100%の確率で言葉の使い方が原因です。で、かなりの確率で誰も悪くはありません。でもって、かなりの確率で興奮して理路整然と言う考え方ができなくなって、自分にとって気に入らないところだけをみて、本質は見えなくなります。だいたいね、正しいか正しくないかってのは、言われてる方にしてみればわかってるんです。だけど「あんな言い方はないでしょう」ってことになる。これも、ほぼ100%の確率で聞くことができる言葉です。言葉というのは、伝え方です。「言った事をわかれ」って言うのは、発言者の甘え。「あんな言い方はないよ」って言うのは、言われた方の甘え。両方が甘えてたら、会話は成立しません。じゃあ、どちらが甘えを捨てるか。大人が甘えを捨てるんです。
2008.02.09
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今日は、臨時の休日になりました。たまたま、シフトの関係で「休める!」って事になったんで、休みにしちまいました。朝起きたら、3人いるはずの子どもが一人しかいません。3号はクラブだろうけど、1号は遊びに行ったかな?1号にメール。「今どこにいる?」返事。「模試」あー、それでか。昨夜、休みの日の前日だってえのに、ずいぶん早く寝たなあって思ったんだよ。今日、おまえが模試をやってるって、家族のだれも知らなかったぞ。…知っててもどうってことはないんだが(笑)…ま、ちょうどいいや。外にでてるんだったら。「帰りにジャンプ買ってきてくれ」送信。
2008.02.09
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今入った連絡では、すでに並んでる人がいるそうな…気持はすっげーわかる。偽装もへったくれも、とりあえず「赤福」というまんじゅうの素晴らしさを落とすものではない。「赤福」っていう会社の信頼はどうかしらないけれど。今年の伊勢神宮の初詣はね、赤福がなかったんです。このブログ見ている人は、それほど多くはないと思うけれど。もし、赤福を買いに行く方がいたら。販売員をしているお嬢さん方には、あったかい言葉をかけてあげましょうよ。うまいものは、笑顔で食べればもっとうまい。間違っても「もう偽装してないだろうな」なんて、他に楽しみをなくしたような声のかけ方はやめときましょう。偽装を許せない、なら、買うのを控えるって方法もあるし。まだ寒いのです。並んでる皆さん、無理はしないでおきましょう。みなさんや、ならんではいなくても赤福が再開するのを待ってた皆さん。そのひとりひとりの気持ちが、伊勢名物をゆるぎないものにしてきたのだと思うのですよ。だって、買う人がいなければ、その商品は続かないもん。
2008.02.05
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麻雀教えてます(笑)コーラスグループは作れなかったけどさあ。ふふふ、小遣いがほしけりゃ勝ってみろ、ってなもんだな。3号は、イカサマの練習を始めました(爆)…こいつはまったく(-_-;)
2008.02.03
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中華丼。別に「素」も使わずに適当に作ったらしいが。俺は作れないぞ、それ。3号は…あいつは夕飯よりもネタ作るか(笑)
2008.02.02
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