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明日から来年。ま、今日も明日も仕事(笑)おやすみのみなさん、よい年末年始を。お仕事のみなさん、ひとふんばりしましょうぜ。
2008.12.31
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「いまねー、『俺だけの女になれ』って言われてて、それはやだ」って言ってる最中なんですよ( ^^) ノノ」…また、妙なところへ足つっこんでるな。…おまえに限っては止めないけどな、俺は。「ツァオさんならそういうと思いましたよ(笑)どんな人だと思います?」…おまえに対して「俺だけの女になれ」って言うわけだろ。「他の男友達や、彼未満の男の子たちと手を切れっていうんですよ」…おまえを相手に、そう言うわけね。「そうそう」…相手の人は強がってるけど、不安なんだろ。おまえがいついなくなるか、ってさ。でもって、会う時って、ほとんどエッチしてるんじゃないか?「エッチする時しか会わないですもん(笑)」…そりゃ、おまえとするエッチが気持ちいいんだよ。それに、彼女になって、じゃなくて「女になれ」だろ。おまえを彼女にはできない、って立場じゃないか(笑)「強気なんですけどね」…ほんとに強気のやつは、他の男と別れろ、なんて言わないよ(笑)他の男の存在がたとえわずかでも気になるから、排除しようとするんだから。「ツァオさん、そこまで見ちゃいますか?」…外れてないだろ。別に勘で言ってるわけじゃないよ。「もう、これ以上ヒント出すのやめます(笑)話さない事まで知られそう」…はいはい(笑)「ツァオさん、今年のクリスマスイブは?」…仕事、思いっきりだよ。「相変わらずですねえ。来年は、ご飯食べに行きましょうね」…男が女と飯を食う時は、その後に期待してるんだぞ。「笑」
2008.12.27
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イエス様、にごめんなさい。って、毎年思うんだよねー。クリスマスってなんだ?赤い色は何の色だ?私にとってのクリスマスは、ただの営業用のイベントでしかありません。キリスト教徒ではありませんし。ま、除夜の鐘と初詣とならぶ、年末年始のイベントです。ただ、除夜の鐘と初詣は、ちゃんと拝むでしょ。お参りにいくでしょ。サンタクロースとクリスマスツリー、プレゼントとイルミネーションがクリスマスです。イエスキリストはどこへ行っちゃったんだ?もっとも、クリスマスも「どこかから持ってきた」イベントらしいですけど。えーと。余談です。キリスト教の神様は。「みんながしあわせだったら、神様は許してくれる」などという甘い神様ではありません。一神教ですからね。他の神様は、神様じゃなくて悪魔ですから。なんせ、キリスト教徒以外は邪教を信じさせられている不幸な人々だから、痛めつけて悪魔を追い出さなきゃならない、って本気で思ってた集団ですから。(イエズス会って超戦闘的だったらしいし)ボスのイエス様にいたっては、神殿の前で商売をしていた人の屋台を「誰の許しを得てやっとんじゃわれー」ってなもんで、蹴倒してまわったという逸話の持ち主。(聖書の記述では、言葉使いはめっちゃ丁寧ですけど)世が世なら、日本のクリスマスは異端審問にかけられてえらいこっちゃ、ですよ(笑)とりあえず。「汝の隣人を愛しなさい」ここから始めようよ。実は一番むずかしいんだから。嫌いなやつってのは、近くにいるんだから。遠くにいる奴を嫌いにはならないんだから。そんな必要ないから(笑)個人に対して好き嫌いがあると、その個人の属する集団に対して、同じ感情を持つのです。「あの人が気に入らないからあのグループは嫌いだ」ってやつね。その感情が、最大に大きくぶつかり合うのが、国家間の武力衝突でしょう。戦争はなくなりそうにありません。何かを守るために戦う、ってのが美徳とされている限り。個人の感情が集まって、集団の流れとなり、国家の流れとなる。「あいつが気に入らない」が「あいつら気に入らねえ」になるのに、長い時間はかからない。神様、この星の人間たちは、自分たちの力でエデンの園を作るのは無理だと思うよ。わかってて放り出したんだろうけど(笑)
2008.12.23
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なんでも、英語の授業を英語でするとかしないとか。そりゃあ、英語がわかるにこしたことはありません。そう思います。別に英語に限らず、他国の言葉があやつれる、っていうのはいいことだと思います。ただね。なんども書きましたけど、1ヶ国語(普通は母国語でしょう)がきっちりあやつれる、ってのが条件です。言葉ってのは、道具です。道具も昇華すれば文化です。たとえば、人を殺す道具である日本刀も、つきつめて飾れば文化です。言葉も、伝達の道具です。しかし、言葉をあやつればそれは文化になります。俳句も落語も言葉を飾る日本語の文化です。ラテン語には「ガリア戦記」があり、英語には「シェークスピア」がある。中国語には白楽天とか…。他にもあるけどさ。翻訳では伝えきれない文化が、その国の言語で紡がれたものには宿ります。でね。英語が話せるにこしたことはない。それは力説します。世界は広がるだろうし、未来も広がる。問題は、何を話すか、だね(笑)小学生が英検とったなら「すごい」って思うけど、英語が理解できるってだけでしょう。何を話すか、ってのはこれから何を学ぶか、って事にあります。人と人との関わり合いの中で、いかに自分を主張し他人を尊重できるか。一人の能力でできることなど、たかだか知れています。他人を振り払うのは簡単だけど、他人を心酔させるのはそう簡単なことじゃない。どこかの国の首相も英語話せるよ(笑)でも、彼に求められているのは英語で話せる事ではない。(話せるほうがいいけどさ)Marsworldさんが仕事してる時は、英語で考えてると思うんだよなあ。たぶん。…昼に何を食うか、考える時も英語じゃないだろうか(笑)楽天で書いてる時は、日本語で考えてると思うし。私が思うのはね。言語を学ぶというのは「考える力」を身につけることだと思うのですよ。コミュニケーションは、言語に頼るのです。伝えるという事は、相手に理解できるように話せるかどうか。自分が「伝えた」って思ってるだけじゃ伝わりません。考える力。それは英語でも日本語でもいい。中国語でもフランス語でもいい。でも、考える時に深く使える言語を身につけておくのが大切だと思うのです。
2008.12.23
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うそだろ?俺がそんな事になるなんて。我が目を疑った。思わず手のひらを開いて、生命線を見つめた。焦点が合わない。ぼやけて見えない。長いだろ。俺の生命線は長いって言ってくれよ。気を遣っていたとは言えない。今更ながら、自分を過信していたと言われたらそれまでだ。一年ずつ年をとることも、髪の毛が薄くなることも、それは自分の人生の証でもあり、なんの違和感もなく受け入れてきた。昔に戻りたいなんて思う事なんてなかった。…25歳以前より、年食って髪の毛薄くなってからの方が告白された回数が多いという現在に文句をつけてもしょうがないじゃないか。…物好きがそろってたんだろうな。自分の人生は自分が積み重ねてきた結果と、少々の運ってことだろうと思う。だからこそ、そいつを嘆いてもなんの解決にも改善にもならない。だから、起こっていることはきちんと受け入れられるつもりだった。しかし、これだけは予定外だったのだ。こんな事になる、ってことは自分の中で想像だにしていなかった。受け入れるまで、時間がかかったのだ。これだけは治らないだろう。自分に前を向かせなくてはならない。嘆いても、悔やんでも、日々は明日の方向へしか転がらない。真夜中、まだここに書く事はできると思う。しかし、事実は受け止めなければならない。老眼だよー(汗)マジで。老眼だ、って気がついたのは多分1年くらい前ですけどね(笑)事実をそのまま受け入れる、って言うのは自分自身で練習した事もあって、驚きはしても割と狼狽せずにできるんですけどね。受け入れて、対策と心構えを短時間で立てられます。「あきらめる」のも対策のうちですが(爆)老眼は想定外でしたねー(笑)「そうではないという事実」を必死で探してる自分がいる。「疲れ目だろう」「昨日よく寝てなかったしな」「明かりが暗すぎるのかも」そりゃあもう、自分に都合のいい事実を探そうとする。でもって、じぶんの「そんなまさか」という気持ちを納得させる説明をつけさせようとする。まさしく「人は自分が見たいと思うものしか見ようとしない」って事です。とりあえず、百円ショップで「老眼鏡」を買ってきました。無意識に意地張ってさー。一番低い度数のやつを買ってきたんですよ。「老眼とはいっても、まだ軽い」(笑)まだまだ修行が足りませんねえ(-。-)y-゜゜゜
2008.12.21
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私は経営者ではないけれど。一般家庭ならば、収入が減ったら、支出を減らすのは当然のこと。会社でも、収入が見込めないならば、支出をカットするしかないのはわかる。支出したって、出すカネがないのなら、支払ってもらうつもりだった相手の方はたまったものではない。買ってくれる人がいない製品をなんぼ作っても、売れる前にふるくなるだけだもんね。誤解を恐れずにいうならば、企業は家族ではない。仕事と報酬で成り立つのだ。給料を支払ってくれないなら、その会社にいる理由は何もないのである。と、書いてしまえば、これはこれで間違いはないような気がする…が。仕事というものを、技術、あるいは結果に対しての報酬という側面から見ればその通りだと思う。「私はこれだけの事ができる」あるいは「これだけの業務をこなしてくれ」に対して、対価を得る。仕事とはそういうものだろう。対価を求めない業務を仕事とは呼ばない。対価を求めないように見える仕事があるとすれば、それはその仕事に対する対価をもとめるのではなく、投資のように後日回収する事を目的とした仕事である。でなければ、それは自分自身の仕事に対して失礼ではないだろうか。だがしかし。報酬はなければならないが、企業や会社には「帰属意識」というものがついてまわる。どういうわけか「仲間のために戦う」というのは、世界中に通じる、心を熱くする事のひとつなのだ。それが悪い方にでると、いわゆる自分の帰属する集団の利益を最優先にしてしまうという事になるのだが。いつ解雇されるかわからないならば、その集団に帰属するためには「契約」がすべてになる。契約しているから、その約束は果たさねばならない。逆に契約が切れたら、関係はないのだ。ライバル集団に移ることも、問題でもなんでもない。解雇がまかり通るなら、帰属意識を育てる事は意識的に捨てなければならない。でなければ、契約満了、破棄、があった場合に恨みが残ってしまう可能性がある。あー、めんどうになってきた。眠いし。つまりですね。私の大好きなマキアヴェッリがこんな事を書いています。「自前の軍隊を持たない国は、自国を守ることなどできない」傭兵だけで国を守ろうとしたって、傭兵は死ぬ気で戦わねえよ、って事を言っています。自国民の兵ならば、自分の国を守るために必死で最後まで戦おうとするでしょう。傭兵ならば「こりゃやべえ、負けそうだ。負けちまったら金は手に入らないぞ。金が入りそうにないのに、最後まで戦う義理はねえ」次に金を払ってくれそうな雇い主のところへ行った方が早いってもんです。支出のカットは必要でしょう。百歩譲って、雇用のカットも企業としては必要かもしれない。しかし、それが「会社を存続させる」ためのものであるならば。支出カットの先にある、回復へのビジョンを見せてほしいもんだ。だってさ、きびしくても将来再浮上させるために、今を耐えるわけでしょ。経費削減の施策は、乗り切るための施策でしょ。乗り切った先に何を求めてるのか。とりあえず乗り切ったら、その先は細々と小さくしたまま続けていくのか。守備兵をカットしてその城を手放したとするならば…もう一度、その城を手中にするための戦略を考えるでしょう。国が小さくなって、ま、それはそれでいいかって思うはずがない。特に企業の経営者ならば。BIG3は。工場止めてる間に、何を考えるんでしょう?業績をもとに戻すための何かを思いつかないなら、工場止めて売れない商品を作るのを控えてる、っていうだけですよね。
2008.12.18
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気がつくと、視線が追ってる。あの人がどこにいるか確かめようとしてる。気がつくまでに、どれくらい時間がかかったのだろう。そこにいる事があまりにも当たり前で、あまりにも変わらない日常が、そして何より、自分自身に対する思い込みが私の、私を見る目を曇らせた。私は今、恋などしない。そんな暇はない。それより何より、私が恋をする相手なんて、ここにはいない。はずだった。しかし、私はわかっていなかったのだ。恋をするのは私だけれど、恋を始めるのは私じゃない。相手を選ぶのは私じゃない。そうでなければ、どうして恋をした相手があの人なのか、自分で説明ができない。どこに惹かれたのか?どこが好きなのか?どうしたいのか?…このへんでやめとこう(笑)どこかで見たような文体での書き出しですが、小説を書こうってわけではありません。この主人公、男ですか?女ですか?年齢は?結婚してる?してない?どうとでもとれるように書きました。こういう始まりはあるのではないかと思います。自分にびっくりするような瞬間が。この物語に続きを作ったらどんな話になるのか。いろんなドラマができそうですけれど…さて、どうしてこんな書き出しにしたのか。恋は、どうして始まるのでしょうか?でもって一番、恋が始まるところはどこだと思いますか?ひとつめの質問は簡単です。出会いがあるからですね。当たり前ですけど、相手がいなければ恋は始まらない。私が思うにふたつめの質問の答えは、たぶん学校でしょう。。あ、共学が条件にしとこう(笑)水素と酸素で水ができるようなものだと思います。水にならない水素と酸素もいるだろうし。理性で抑えられる、と本気で思う人はマキアヴェッリを読んだ方がいいと思います。自分ができる事が他人にできるとは限らない。自分ができない事が、他人にもできないとは限らない。人は時々、後世や分別ある人々から見れば、愚かとも思える選択をすすんでしてしまうものだということ。いわゆる、不倫の恋でも恋は恋。そんなもん、言われなくてもわかってる事はありますよね。もっと言えば、正論はいてるあなたにはわからない事があるだろうと。何を好き好んでこの道を選択するものか、と。こりゃあもう、価値観の問題ってだけの話です。余談。かつて私に向かって「不倫ってもえるよねー( ^^)ノノ☆」って言い放った娘もいましたが。聞きもしないのに「人によって味違うのよね」とまで(汗)この娘、今は子ども何人かいるよき母、よき妻です。何人目かのこどもの出産の時、その不倫相手が病院にいたらしい(爆)「ちょっとはまけてよねっ」って言ったら「ヤダ」って言われた~って明るく話してました。その話、すごすぎ。「でしょー。笑えるでしょ」って言い放った彼女は相変わらずパワフルでしたが(笑)それに、この話は面白すぎるけど、こういうところでしか書けないじゃないか(笑)戻りましょ。恋は始まってしまうもの。それは、恋をする当人にとっては、とまどいや驚きを連れてくることもあります。その恋の相手にしたところで「まさか」とか「どうして私?」ってなこともあります。私のブログを読んでくださる皆様が、私の文章に「説得力」を感じるとしたならば、多くの人の話を聞いてきたんだな、って思っていただければいいと思います。それはもう、書けない事の方が多いけれど。書かない事も多いけれど。女性は、いくつになっても恋をするものなのだ、という事については私は経験値高いみたいなのです。「あなたが『ごはん食べにいきましょう』って誘ったなら、ついていく人は多いわよ」って言われた事があります。「そういうおまえは誘っても来ないじゃないか」って言いましたが(笑)「何がいいんだろう??」って思いますけど、とりあえず現実はそうみたい。自分が恋したかどうかは隠しておきますけどね。↑この男、ほんとに何もしてないんでしょうか?↑ないしょ。にしときます。↑ひきょうものでおくびょうものなんでね。
2008.12.17
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あちゃー…どうやら風邪をひいてしまいました。仕事はいくんだけどさ。インフルエンザでなければ、39度くらいまでは稼働するワーカホリックなんだけどさ。とりあえず、コメントは後日ってことでごめんなさい(汗)
2008.12.15
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要求するのは、社会人として必要な「TPOを守る」これだけです。これ、前に書いたかなあ…まあいいや。A「ていねいでわかるまで説明してくれる」B「しつこく細かく、話が長い」これ、私が話をする時の評判です(笑)…まあ、このブログも文章長いよな(爆)どう違うかというと、Aは質問された時に懇切丁寧に答えてます。Bは、理解できないやつに理解させようとする時。注意したり説明したりするのは、めんどくさいし時間とるし、労力使うからほんとは一言で済ませたいんです。たとえばね。「あいさつはきちんとしましょう」これ、一言で終わりますよね。できないから、なぜあいさつをしなくちゃいけないか、っていう説明から入るんですよ。それでもできなくちゃ注意する。それでもできなきゃきつく注意する。それでもできなきゃ「規則」にして固める。面倒でしょ。規則になったら、もっと面倒でしょ。こまかくてやな上司だよね。それでも、形から入らせるのが、一番わかりやすいんだよ。最初にできてりゃ、それ以上の面倒は起こらない。これだけの事をするほうはもっと面倒なんだから。節度とマナーとエチケット。これが欠ければルールができる。いちいちひとりずつつかまえて言ってられるかよ。学校じゃないんだから。マニュアルとルールでしばっておけば、こっちの仕事の邪魔をされることもない。きつい言い方かもしれませんが、仕事場は学校じゃないんだからさあ。私は先生じゃないんだから。つまり、私が出すのは「指導」ではありません。「指示」であり「命令」である場合があるのです。反論は論理的に行ってくれれば聞きますし説明します。つまり、その「指示・命令」を出す以上、そのことについての責任は私にある、ってことなのです。もうひとつたとえ話を出しましょう。たとえば職場で「髪の毛は清潔なイメージにしましょう」と指示を出された時、何をもって清潔というのかが決まっていなければ、なーんもできません。しかし、「清潔なイメージにしましょう」と言われるシチュエーションを、言われる側が共通認識として持ち、マナーとエチケットを守ることができれば、「清潔なイメージににしましょう」という呼びかけだけで済みます。ところが、そのシチュエーションを基準とせず、自分の中の基準を優先した場合、本人はうまくしたつもりでも、その職場の要求されるものには合わないかもしれない。本人は「せっかくやってきたのに」と思っても、100%を要求されるところに、80%で登場されたのでは意味がない。結果というのは、100%に届かなくても評価される場合と、100%でなければ評価すらされない場合がある。遅刻ばっかりしていた人が、遅刻しなくなってほめられたとしたら、それはおかしいんです。当たり前なんだから。本人は努力かもしれないけど、そんなのは努力のうちに入りません。で、80%の結果に対して、評価を求められるならば、評価する側としては、指示の出し方を誤っていたな、と思うわけです。つまり、こちらの意図する基準を拡大解釈されてしまうわけだな、と。簡単にいえば、抜け穴を探そうとする人が出る場合。ルールを明文化して、マニュアルにするわけですよ。「はい、この髪型にそろえてください」ってな事になるわけですね。ある程度、残っていた自由裁量の部分を無しにするルールは、こうやってできあがります。茶髪禁止令が出るときってのは、その前に金髪に近いやつが多分出てる(笑)一度手に入れた権利、っていうのは、人は手放そうとしません。また、その権利や権力っていうのは、それを土台にしてさらに大きな物を手に入れようとします。「私は許された」という思いは、さらに大きな物を手に入れようとするのです。ほら、権力を手に入れると、さらに大きな権力を手にしようとするでしょ。お金とかもそうですよね。あれと同じ。だから「これくらいはいいか」という判断は、基本的にボスの立場ではしてはいけない。前例がない、って事を盾にするのは馬鹿げてるけれど(最初にやる時に前例があるわけがない)前例を作ることは思慮深くやらなくてはならない。「あの人がよくて、私たちがダメなのはなぜ?」と言わせてはいけないのです。それなら「どうしてこの程度の事がダメなの?」と全員でブーイングしてくれてる方がいい。全員に対して、同じ説明でいいし、最悪「俺が決めた」でいいんですから。要求されるのは、社会人として必要な「TPOを守る」これだけです。結婚式には礼服、葬式には喪服。逆を着ていったら、それは常識を疑われますし、その場所に対しての礼儀も敬意もあったものではありません。これは、そんなオフィシャルな場所だけの話ではない。私語を慎まなければならないところでは慎む。赤信号は止まる。職場では職場のルールに従う。それは自分を曲げる事ではなくて、社会人として、その状況に応じての行動が期待されるのは当然のこと。自分が注意された時、注意された事に対して不満を持つのはかまわない。「その言い方が気に入らない」とかね。しかし。なにを注意されたのか、だけは検証しましょう。言われた事を、簡単に聞き入れちゃうのも問題ですよ。それはポイント違ってる場合もありますから。言われたら、それだけで気に入らない、って方は。もしかすると、自分の人生において重要なポイントを「うざい」とか「気に入らない」という理由だけで、顔をそむけて逃げているのかもしれません。「裸の王様」になってるのかもしれないのですよ。まあ、自分の人生の責任は自分でとるんだけどさ(笑)こっちの人生の邪魔はしてほしくないからさ(爆)
2008.12.14
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きのうのしほさんへのコメントへの返事…になりますね。でも、みなさん。もしコメントがあればぜひつけてあげてください。迷ってもなんでも、ひとつの意見だけをみていくのではなく、多くの人に多くの考えがあるってことを知るのも大切なことだと思うのですよ。彼氏と彼女の間には、体の関係はなくてはならないのか。私の考え方、を書きますね。これが答、というわけではありません。身体の関係、ま、一言でいえばセックスですけど。とっても大事な、男と女をつなぐ事のひとつです。秘め事であり、恥ずかしい事、になってますが、だからこそ否定するものではありません。お互いが求め合う気持ちを、しっかりと満足させられる事のひとつであるのです。まあ、確かに上手下手ってのはありそうだけど(汗)簡単にすることではないかもしれないけど、頑なに拒否するものでもない。が。我慢してする、ってものでもありません。「抱く」「抱かれる」という表現がありますが、個人的にはこの表現は好きではありません。これだと、女性が受け身でしょ。そういう形の方が、確かにスムーズかもしれないけど、お互いが求め合うセックスは、どちらかを受け身にした表現では表したくない、ってのが本音です。ま、確かに最初は、どちらかの気持ちの方が盛り上がるでしょう。エッチしたいのは、必ず男性から、などというのは偏見です。念のため。中にはセックスを、男の欲望のために存在する行為、と思ってるんじゃないか?という意見を聞くこともあるので、そのあたりはきちんと主張しておきたいと思います。セックスは、男にとっても女にとっても、大切な行為であり、お互いが気持よくなれることでもある。お互いを思いあい、お互いの気持ちでするもんだと思いますよ。だから、どっちが「したい」っていう欲望の一方通行の状態もあるかもしれませんが、セックスってのはお互いの気持でもってすることでしょう。だいたい、彼氏と彼女だったら、お互いを尊重し合い、なおかつお互いに制約を加え(つまり、彼氏と彼女だったら、他の女の人と付き合ってはいけないとか)二人の愛を育てていくもんでしょう。二人の間の問題なんだからさあ。手をつなぐだけでも「しあわせ」っていう場合もあるでしょう。セックスをしてこそ満足、って場合もあるでしょう。でも、恋をして、愛を育むのであれば、まず「気持ち」が大切なのではないでしょうか。キスもセックスも、その育んだ愛、お互いを恋する気持の上にあるものであって、必要かどうかは、ルールで決めるものじゃないと思うなあ。ふたりで進んでいくもんだと思います。そりゃ、彼氏彼女とえっちはしないけど、他の人とはえっちしてる、なんてのは問題外だろうけど(笑)して後悔するか、やらずに後悔するか。してよかったと思うか、しなくてよかったと思うか。そんなもんは、将来の自分に聞くしかありませんよ(笑)で、ちょっとなんなんですが、昨日のコメントを引用させていただきます。彼のことが大好きで…。でも…いっせんをこえることができません。でも 私にとって彼なんです。でも、結ばれなければ彼とは言わないと言われ、ツァオさんの考えが知りたくて。。。「結ばれなければ彼とは言わない」と言われ…えーと。私はここにすごく違和感を感じました。しほさんは彼の事が好き、ってのはすごくよくわかりました。彼氏の方のこの言葉。翻訳すると「セックスしない関係だったら、しほさんの彼氏でいる理由はない」って事ですよ。セックスはしたいけど、しほさんが拒否するんだったら、しょうがない。セックスも含めて、恋はふたりでするものですから。ほんとに好きだったら、まず「彼氏と彼女の関係」であることを大事にするんじゃないだろうか?ってえのが私の感じた違和感です。セックスって、その向こうにあることでしょ?うがった見方をするなら「若い娘とエッチできると思ったけど、なかなかうまくいかない。これ以上付き合っててもラチがあかないから、次の娘をさがそう」っていう言い方にも見える。私個人が思うだけかもしれませんが…このセリフに愛情は感じませんね。ただ、恋をするのは当事者です。その当事者がどう受け止めるか、ってのはまた別の話なので、これ以上はいいません。だって。「あの人が好き」って言う時はその人のいいところ悪いところ、全部まとめて好きになれるか?って事なんですから。最終的には、自分はどうしたいの?って事なんですよ。余談。「あ、よかった。まだ体の関係はないんだったら、手遅れにならなくてよかった。そんな男と付き合うのは、さっさとやめてしまいなさい」っていう意見も、必ずありますからね(笑)余談2私は、大人のすることに口出しはいたしません。でも、しほさんは、言っちゃあなんですが、ちょっとまだ幼いところがございますね。ここから先は、私がイメージするしほさんです。まだ、未経験なのではありませんか?(言いすぎたならごめんなさい)いわゆる、父親以外の大人の男性で、はじめて出会った「頼りになる」仕事をしている男の人、なのではないでしょうか?高校は共学でしたか?大学では周囲に男子学生はいましたか?就職して社会に出て2年目、あるいは3年目、くらいの感じに見えるんですが。今までの文面から、勝手にイメージをふくらませ、手紙のつもりで、今回のお話は書きました。もし、あなたの父親の立場で書くんだったら、こんな内容にはならないよ(笑)
2008.12.12
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前回の続き。プラス彼氏と彼女という関係に、体の関係は必要なのか。という事を書きたい、と思いますね。じゃあねえ、恋人と友達、友達と知り合い、この違いはなんだと思いますか?実はこれは、定義の問題でもあるわけです。基準を決めなければ、議論の対象にはならない。ただの雑談です。電話で長時間話し、時にはふたりでいっしょの時間を過ごす。これ、友人の場合も、彼氏彼女の場合もありですよね。「好き」とか「愛してる」という言葉が混じるかどうか。お互いが、その言葉、あるいは気持ちを確認しあえるかどうか、ってのが大きな違いかな、と思います。そりゃ、友達関係から恋愛関係に発展していくことはあるんでね。そこに「絶対」なんてことはあり得ない。ま、瞬間を切りとれば、って事になるんでしょうけれど。さて、「男女の間に友情関係は成り立つ派」は、多分…多分ですよ。いちいち「男女間の友情」について、なんぞ普段は考えてないのではないかと(笑)逆に言うと、彼氏と彼女の関係というのは、明らかに「その二人の中では特別」な関係の事です。他人がどうとか関係なく、その二人の間では特別である、ということ。それ以外は、知り合いとか友人という関係でくくられることになります。どちらか一方が恋心を持ったとしても、彼氏と彼女、という特別な関係を二人で選択しない限り、そのふたりは知り合いか友人でしかない。上司と部下は、仕事が終わってからもその関係が続くなら、上司と部下でしかないし。んなもん、男と女がふたりでいたら、必ず「男女の関係」になるっていうのなら、大変な事になります。私なんざ、いわゆる「女性に不自由」することなんてないだろう、って言いきっちゃいますね(笑)ただね、男と女は明らかに違います。一般的に恋をする時、女は男に、男は女に、恋をします。つまり、男と女がいれば恋が芽生える可能性をもつということです。だからつい、異性の前では同性の前とは違う行動をとってしまう可能性は高くなる。男は「あわよくば」という、いわゆる下心をなかなか振り払えない。女は自分が「気に入られたい」という、無意識の中にあるものを振り払えない。私はそんなことない、って言う方も多いとは思います。が、言ってるだけで、そうではない方、っていうのも実際には多い。「私は気に入られるとかそんなのは関係ないの」っていうオーラを出してる方も、結局そういう事にしばられているから、オーラを出す必要を感じてしまうわけですね。たとえば。「私、流行とか意識しないから、流行の服は選ばない」とか言う場合。それ、意識してなかったら、流行かどうかに関わらず服は選んでる、っていうのが正しいですよね(笑)意識する対象を否定するのは、思いっきり意識してるからです。意識してないと、そんなことはほんっとにどうでもいい(笑)賛否両論はあるでしょうけど、友人関係で体の関係がある、ってのも否定はしません。ありだと思います。ただ、そこまでの意識を持つようになるまでは、紆余曲折はあるでしょうが。(いわゆるセックス友達の事を言っているのではありません)私も実際に言葉としては言ってます。女性の友人に対して、「エッチしよう」って平気で言ったりします。いまのとこ「やだよ~」って答えが返ってきます。当たり前って思われるかもしれませんが、この会話が普通に成り立ってしまう。意識しなさすぎ、の結果かもしれません。意識してたら、まず「エッチしよう」のセリフは出てこない。セクハラもいいところですよ、これ。いきなり言われたら、女性の方は大変不快な思いをされることと思います。男と女の友情ってね、成り立つと思います。逆に言うと、彼氏と彼女っていう関係の方が、明らかに特別であって、そうえはない男と女の場合、「知り合い」か「友人」って言うんですよ。下心持っててもいいじゃないですか。男はそういうもんです。女性には女性の下心があってもいいでしょう。なにも、全部の心を、あけっぴろげにするのが友人というわけではありません。それよりも、お互いの大切な物を尊重し合う心。恋とは違って、お互いの関係に制約を加えないこと。別にあってなくっても連絡なくてもどうってことはないこと。こういういろんなことをひっくるめて、恋ではない関係を友人って言うのだと思います。では。彼氏と彼女という関係に、体の関係は必要なのか。長いなー(汗)続く。
2008.12.12
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ふと思いついたんですよ。世の中、不景気です。かなりとんでもない事になってきています。こんなもん、自民党がどうとかいう問題ではありません。戦後のツケとかだったら、日本だけの問題ですがそうではない。ま、義務を伴わない自由と権利を教えて、競争で負ける事をかわいそうだ、などという、自分で責任をとろうとしない教育を行ってきたツケはあると思いますが。政権政治家に責任はある。が、それで政権政治家を攻撃して、正義の味方の自己満足はできても、その先の未来が描けない。まあいいや(笑)ぜんっぜん関係のない前フリですもんね(笑)こんな世の中だからこそ、まるで高校生のようなテーマで書いてやろう。結論から言うと、男と女の間に友情は成立します。言い切ります。ちゅうかさあ、友達から恋に発展する事もあるわけだし、やたらに仲の良い男と女だけど、いわゆる友達ってのもある。ま、周囲がそうは見ないかもしれませんけどね(笑)「あのふたりはあやしい!」って。言い出すのに限って、男と女には何かなければ、って思ってる(笑)私は、ものっすごくそういう話題を提供してます。彼女が何人いるかわからない。らしい。いちいち男だとか女だとか意識してたのは、10年以上前ですね(遠い目)女性がいると胸が高鳴ったころあるんですけどね。いや、ほんとだってば(爆)
2008.12.09
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その1、では社会的な信頼関係について書きました。礼節とGIVE&TAKEで成り立つ。ってことですね。金を払う事で商品やサービスが受けられる、ってのも信頼関係ですもん。では、そうではない信頼関係について。つまり、利害が伴わないことについてです。厳密には利害が伴うんですよ。GIVE&TAKEからも離れられないんですよ。「ここまでしてあげてるのに」っていう考えが頭にうかんだら、それはもう、GIVE&TAKEを求めてるという事なのですから。では利害が伴わない信頼関係とはなんぞや?これ、恋人、友達、家族、他、名前のつけられない関係。で、基本的に1対1で成り立つものである、と定義します。2対1の時しか成り立たない信頼関係って、ないような気がするし。一番基本的なところっていうのは、家族間にあるものでしょうね。いっしょの時間を過ごす、というのは家族的なものを考えてしまいます。つまり、そこにいる事に対して対価を要求されないこと。要求しないこと。お互いの行為について、どこまでがよくて、どこからがダメなのか線引ができていること。などという定義づけを、実はまったく必要としないこと(笑)ルールを作る必要はなく、了解だけで済んでるってえのが前提でしょう。ルールや掟の上に成り立つ信頼関係ってのは、個人の間にある信頼関係ではありません。ルールや掟そのものに信頼をおいているのです。わかりやすいところでは「結婚」っていうルール。個人の愛情や信頼関係があれば、まったく問題のないルールです。でも、結婚っていうルールそのものに信頼を置かなければならない場合もある。そんな昔の事ではありません。たかだか4,50年前は、結婚相手は恋愛の末に選ぶ事の方が少なかったと思います。家同士で決めたわけですよね。つまり、信頼がおかれたのは二人の愛情ではなく、結婚というルールです。ただ、子どもが生れ、家族が出来ていくことによって、家族という信頼関係もできていった事でしょう。「家族」というルールができていっただけかもしれませんが。ただ、家族というルールが、厳然と存在していたことは確かです。正月は、友達ではなく家族で過ごすものだったような気がするなあ。さて、この家族の間の信頼関係を、他人との間に培う。これが、他人とのプライベートな信頼関係だと思います。ほら、義兄弟、とかさ。母性本能とかさ。結局、家族間の愛情とか信頼を他人との間で疑似的に行うわけですよ。ただ、疑似的なものを、本当の信頼関係に変えるのは、実は大変なことなんです。だからこそ、大切なものになっていくわけですが。「拳で殴り合う事でしかわかりあえない」などというバイオレンスな信頼関係をマンガの中で描いてたりもするけれど(笑)そういうのはパス。あー。書くの忘れてた。その1は多分、一般的に通用するけど、今回のは私の主観です。一般的には反論もあると思います。人と人との関係というのは、その関係の数だけ事情があるでしょうから、一般論の形にはならないだろうな、って思うのです。でも、書いちゃうけど(笑)さて、戻って。で、この疑似家族的な関係は、対等でなくても信頼関係が成り立っていきます。親子、だと対等じゃないでしょ。一方的に愛情をそそぐ場合もあります。自分の話をすると、私はアルバイトの学生達から「安心して相談できるおじさん」でした。その娘たちの信頼をがっかりさせたことは多分ない、と思いますが、その娘たちを頼った事はありません。あたりまえですが(笑)パートさんからも信頼されていたと思います。ただ、パートさんの場合は仕事上の信頼関係が基本です。疑似家族みたいなものではない。疑似親戚みたいな場合はありますが。この違いは、年齢差による部分が多いと思います。お父さんをみるような眼で見ている場合、甘えた視点で私をみている。だから、夜にふたりきりになっても安心してる。何度も言った事ありますよ。「男とふたりになるという事は、それだけの危険の中に身を置くってことなんだぞ」って。年齢が近いと、そうはいきませんからね。年齢問わずに、疑似親子的信頼関係はできるんですけど、親子じゃなくて疑似夫婦的になっちまったら大変です(笑)また、その方がおもしろいから、周囲もそういう眼で見たがるし。「言わなくてもわかる」ことと「なんでも言いあえる」ことは似ています。言葉の持つ力をわかった上で、言葉に頼らない関係であること。が、これはありえないのかもしれない、って思っています。どちらか一方が、言葉を飲み込んでいるんじゃないか、と。どちらか一方が、相手の事を熟知しているんじゃないか、と。で、それがわかっていないほうが「言わなくてもわかる」「なんでも言いあえる」と思いこんでいるんじゃないか?もしかして、って思った時、不安になりませんか?不安にならないのは「そのとおり」って思った方だと思います。これを乗り越えるとね、「今、なにか言おうとしてだまったでしょ。言いなさい」になるんですけどね。…気がつくなよバカヤロー。ってなもんで。なぜ、疑似家族的になるのか。家族って、やっぱり壊れないイメージがあるんです。太古の昔からの風習でもあり、集団の基礎であり、民法で守られてる。いっしょに暮らしている事が、当たり前である。壊れにくいものなんですね。信頼関係の確かめ方は、ない、と思います。以前にも書きましたが、自分の中の「信じる気持ち」を信じるしかありません。その「信じる気持ち」を確かなものにしていくのは、積み重ねた記憶なのですが…たった一言でくずれたりします。それは言い「あえる」関係ではなく、自分が一方的に言いたい事を言ってきただけだったってことですが(笑)それは、一言で崩れさせるだけのものしか積み重ねてないのに、確かなものだと思い込んでいただけだったってことかもしれません。きつい言い方ですけどね。逆にいえば、その一言をものともしないだけの信頼関係があれば、その一言を問える。もし、本当になんでも言いあえる関係なのであれば、そこでどんな言葉が出ても許せる。中には、相手に対してわがままを突き付けて、悪口雑言をはいて、それでも壊れない関係を求める人もいます。自分は悪くない、って言ってくれる人が信頼できる人、ってなやつもいますし。それってどうよ、って思いますが(笑)余談。男と女の場合はねえ…恋してる間とか、下心がある間は、相手に合わせるんだよね(爆)それは当り前のことなんですけど。うーん。長い割にまとまりがないなあ。質問、あれば受け付けます(笑)
2008.12.07
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信頼関係、ってのはいきなりできるものではありません。初対面、名前すら知らない状態はもとより「信用しても大丈夫」って思えるまでには、人それぞれ通過ポイントってのがございます。「おれおれ、おれだよ」で、とりあえずその間だけ信じてしまう事もあります。相手の人が属している組織や集団が信用力を握ることもあります。会社名とか学校名だけではありません。年代とかも集団に入ります。ファッションの傾向も「○○系の若者」でくくられたりします。本人の望むと望まざるとにかかわらず、それは集団に属する形になります。ヒップホップ系のファッションで金髪にしてて「チヮーーッス」ってあいさつされたら、それだけで不信感全開になる人、多いです(笑)それは多分、40年前にビートルズのファッションを「不良化する原因」と指弾した社会と、本質的に何ら変わるわけはないからですが。「大人はわかってくれない」ってのは永遠のテーマでね。今だから言えるんですけど、大人がわかるわけがない。(長くなるから、この解説はしない・笑)ちゅうか、こどもは責任とらなくていいから好きなことできたんだな、って(笑)好きな事をしておく必要、ってのはあるんですけどね。ただ、学んでおかなければならないこともある。あー。長そうだな(笑)ま、いいや。適当に端折ろう。今日のお話、学生の立場での信頼関係とかは除きます。学生の方は読んでないと思うけど。(Marさんは…学生か・笑)ま、学生といわゆる大人との信頼関係の場合。自らの業務に対する信頼を得る必要のない学生の場合、信頼関係は相手によって構築されると思います。学生側が「自分が信頼できる人」って思えるかどうかというよりは、「信頼できる」って思わせてしまう力を持つ人を信頼する。だってまだ、自分を信頼させるだけの事をできないわけですもん。よくあるでしょ。「先生が俺たちを信頼してくれない」とかっていうお話。(もっとも「おとながわかってくれない」のは紀元前からの永遠のテーマです)私の頃にもありましたもん。つまり、信頼できる先生って言うのは、学生にとって「わがままをきいてくれる」先生です。本人たちはわがままを言ってるつもりはないんだろうけど、社会人になって、完全に学生気分が抜けるまで、つまり自分の業務に対する信頼を得る必要が出てくるまで、その事には気づきません。これがわかんないと、職場の上司を先生と勘違いしてたりします。「あいつ細かいことうるさいよなあ」ってな話になるわけですね。ですから、私はよくいいます。「俺は先生ではない。会社の規則は校則ではない。つまりグレーゾーンは基本的に認めない」です。言わなくちゃわからない、っていう現実もあるわけです。さて、社会人の世界では、信頼関係というのはGIVE&TAKEです。一方的なものではありません。少なくとも、他者に信用してもらいたければ、まずはTPOを守ることからスタートです。結婚式に喪服を着ていったら、それだけで信用できないでしょ。これは極端な例ですけど、実はこれが実生活でわかってない場合がある。仕事の格好なのにおしゃれしようとして、ルールを逸脱してる場合とかね。本人は個性的なつもりかもしれないけど、ただTPOを外しているだけです。TPOというのは、ファッションという外見だけではありません。その時に必要な事がきちんとできるか、という事です。仕事の時には仕事をする。どれだけ簡単な仕事でもきちんとこなす。頼まれて引き受けた事は、片づける。実は、これの積み重ねなんです。一番簡単な仕事を、早く丁寧にできる人に、仕事上の信頼はいきます。特に、私は仕事を指示する立場の人間ですから、はっきり書きますけど。簡単な話でね。「こいつの仕事の責任を取らされたらたまらんな」「まかせた側の責任」というのは厳然としてあるのです。って思ったら、ランクの高い仕事はまかせません。最終的に言い訳して逃げるだろうな、とか普段、一番簡単な仕事をバカにしたようにきちんとしてないな、って見えたらまかせません。仕事ってのは、それぞれの人がするのです。きちんとできる人はできる。ま、得意不得意ってのはありますが。社会人の信頼関係ってのは「この人にまかせれば安心」という事です。そりゃできること、できないことはありますよ。でも、引き受けたことはきちんと片づける。仕事だけではなく、ね。こいつが信頼関係を作ります。口がうまいことによる信頼関係は、とりあえずいつくずれるかわからない。そして、それはお互い様でなければならない。一方的に、信頼されてる場合、信頼関係というよりは「頼りにされる人」って事ですよね。逆にいえば、信頼されてるけど、こっちは相手を信頼はしていない、って場合もある。私もあるんです。「ボス、これがよくわからないんでお願いします」「あ、いいよ。そこおいといて( ^^)ノ」…教えても無理だろうな。時間の無駄だな。ってね。ひどい場合は、あなたはそれはしないで、ってな場合もあります。これより簡単な事がきちんとできないんだから、無理、ってね。で、頼まれた事をきちんとするほかに、こちらから物事を頼んで信頼関係を築く、って事もあります。礼節をもって依頼をし、完了を知らせてもらったら、礼節をもってお礼をする。長々書きましたけど。実は短い言葉で済むんです。親しき仲にも礼儀あり。エチケットとマナー。言葉使い。これを無視できる人はいません。立場が上とか下とか関係なく。意識せずにできることを、身についてるっていうんです。身につけるのは大変ですけどね。あ、無視できる人いる。保育所にいったらたくさん。さて。今回は「その1」なんです。「その2」でプライベートな部分での信頼関係を書こうかなー。と。
2008.12.07
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今日のお話は、あまりほめられた話ではありません。おススメできた話ではありませんが、ま、こういう手もある、というお話です。私は、掃除とか片付けを、基本的にしません。…すごく語弊があるな。しないわけじゃないんだけど、するまではほったらかし、っていうのが合ってるかな(汗)前任の職場では、配属後1週間経たないうちに、パートさんから言われました。「ボスが最後まで残ってる日は、どうしてこう事務所が汚いんですか?」(;一_一)まあ、そのー。「片付けしないからだな」 開き直ってました。現在の職場でも、事務所業務の中心にいる女の子に「私、ボスの机の上は片付けたくない」って思いっきり言われています。片付けていいかどうかわからない、などというのではなく、「汚いからさわりたくない」という言い方でしたね(笑)(;一_一)書類しかおいてないじゃないかー10年ちょっと前にいた部署では、業務で使う消耗品は、私だけは「名前」を書いて渡されてました。片付けず、そのへんにおきっぱなしにするので「使いきったら、その残骸をもってきて。そしたら次のを渡しますから」と通告されていました。みんなが使う「共用品」を使う事まかりならん、ってことです。やりっぱなし、おきっぱなし。ついたあだ名が「パナシくん」(爆)管理職になった今も、その悪癖だけは抜けません。その、今の職場の事務の女の子が「ぼすー!!事務所汚い!!」って叫ぶと「俺がボスの間はあきらめな」って、開き直ってます。彼女は、私の机のまわり以外を片付けます(笑)で、その昔から私は「あいつは片付けねえやつだ」というキャラが定着してしまいました。実は、自分のところ以外はきっちり片付けるんですよ。でも、ネガティブなキャラも、確立してしまうと、こっちが言い訳する前に相手が納得してくれる。「おまえじゃあなあ…片付けないだろうな」「そうですよー。私は片付けしませんぜ」ね。今日の話はほめられた話じゃないでしょ。自分のことは棚に上げて、押しきっちゃうという。当然、自分の部屋は「立って半畳寝て一畳」のスペースしかあいておりません(汗)
2008.12.04
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普通さー。一人に好かれたいんだよね。100人に「好きです、付き合ってください」って言われるしあわせより、大好きな1人に去られる不幸の方がかなり大きいんじゃないかと。ま、男の場合は、不特定多数にモテたいってのが結構あると思いますけど(笑)さて。今、あなたが接している人は、その大事な一人とどこかでつながっているかもしれません。同性とか異性とか、関係ありません。「あの人って男の人の前とと女の人の前で、態度が違うのよね」という話とかは、結構筒抜けになるのです。でもって、そうなると、そのことに気がつかないような人しか近付いてこない。これ、仕事中の状況とかでもいっしょですよ。あの人がいる時は一生懸命やるけど、いないとちゃらんぽらん、とか。この手の話は、かなりの速度で伝わります。いい話はゆっくりとしか伝わらないけどね。その意味をきちんと理解できる人は、あなたをさめた目で見るでしょう、って事なんですよ。そして、そういう話が耳に入った時に、冷静に対処できる人のところへは、必ず入るようになっている。なぜか。中傷とかひがみとか、即判断せずに自分で確認にいくからです。思い込みで動く人のところへは、大声で訴える人の話しか入っていかない。正しいか正しくないかを自分で判断する人のところへは、確度の高い情報が入る。ウソいったら、確かめられてしまうもんね(笑)かつての部下が、自分の上司になってしまうこともあるんです。目の前の人に媚を売る必要はありませんが、気分しだいの態度をとるのはやめましょうね。気分しだいの態度をとってもいいのは、それだけの信頼関係を持っている相手の前だけにした方がよさそうです。信頼関係があると思い込んでるだけだったらやばいっすけどね(笑)
2008.12.03
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「ありえない事なんてありえない」 「鋼の錬金術師」よりこのセリフ、人の心を考える時に忘れてはいけないセリフなのだ、と思います。「そんなことありえない」という言葉は、自分の判断力を曇らせるのです。それは「あってはいけない」という願いのあらわれであったり、「もしそうならうれしいけれど、そんなわけはないだろう」という、自分を守るための準備であったりします。ま、どうしたって自分の事については、なかなか冷静な判断は下せないものですが、第三者的立場の時は、なるべく冷静に判断したいもの。女性はある程度の年齢がいったら、恋などしないものである。いくつだよ、それ(笑)絶対にそんなことはありません。いや、言いきっちゃうのはまずいか(汗)「私はもう男になんて興味無いわ」って言われる方もたくさんいますけど、私に言わせれば、経験も人生も多くを知っているあなたを夢中にさせるだけの人が現れないだけなのです。夫婦の間でずっと恋をしてる場合もあるでしょうし。燃えるような、ではなくても「この人がいるととっても楽しくてうれしい」って場合もありますからね。「男は若い娘が好き」とは限らない。いや、基本的に「嫌い」ってのはないと思いますよ(笑)若い娘にふらふらってする男は多いと思いますし。でもね、「男は若い娘が好き」っていうのは、女性側からのセリフなんです。そりゃ一般的にはそうでしょう。でも、すべての男がそうとは限らない。このセリフは、シビアな見方をしたら、「若い娘の魅力は若さだけ。他にはなにもない」って言って、自分をなぐさめている図になってしまうのです。で、恋してる時は、年齢とか関係ないんだよなあ。女性は「女の子」なんです。いつまでも。そんなふうに思わせてくれること多いですねえ。
2008.12.02
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