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職場ってのは、一番身近な組織ですからタイトルにはそう書きましたが…「自分が帰属する集団への愛着」と言い換えてもいいかもしれません。あのですね。入社したら愛社精神が芽生えるわけじゃないんです。入ってしまったものの「しまった!いつやめてやろう?」っていきなり考えてる人もいるわけだし。…私、新卒で入った時の会社で、そう考えてましたからね(笑)愛着もへったくれもありませんでした。今の会社に誘われた時に、考えるフリだけして答えはすぐにでてましたもん。集団のトップに立てば、愛着はわいてくるでしょう。それはそうです。自分が引っ張るわけですから、自分の力を注ぎ込んだら愛着はでる。しかし。その温度が、みんないっしょだと思ったら大間違いです。非正規雇用が増えるというのは、ここに最大の問題がある。年功序列も終身雇用も、それはそれで困った部分があります。生活は安定するかもしれないけれど、安定させるためだったらなにを始めるかわからない。というより、何もしない。「現在」が続けば、安定が続くわけですから、その「現在」を崩すような事はしようとしないんですから。でも、正社員ならば帰属する会社のために働きます。それが生活の安定につながるからですね。「非正規雇用」の場合、条件よければ仕事場を動くんです。下手すりゃ気分で動きます。集団への「帰属意識」というのは、明らかに低くなります。ましてや派遣社員ならば、次にいく仕事場は、今働いている会社のライバル企業かもしれないわけですから。自分の会社の常識が、世の中の常識からずれている場合、それに気が付いておくことは必要です。特にコンプライアンスの点においては、グレーゾーンは「真っ黒」くらいに思っておいたほうがいいのではないでしょうか。組織内のヒエラルキーにおいて、非正規雇用者は最下層に属します。その組織の上下関係をカサに来た言動で上司が部下に接し続けている場合、そのうちに自分に返ってくる可能性があります。「はい、わかりました」と答えながら「できるかよ、そんなもん」と反発している場合は、珍しい事ではありません。「自分でやってみてから言ってみろ」くらいのことは、誰でも上司に対して思っているのです。また、職場を動くという事は「昨日の部下が今日のクライアント」という可能性もあります。昨日まで自分が言っていた事を、相手に言われる可能性があるのです。以前にも書きましたが、前にいた部署で、非常に横柄な態度をとる客がいて困っていました。現在の部署に変わってみたら取引先のひとりでした。まさか、立場が逆転するとは思ってもなかったんだろうね(笑)今度はこっちが客側です。じゃあ、愛着の出る職場ってどんな職場?簡単。「私の職場ってこんな職場」って自慢できる職場。法律ギリギリを良しとしてることを自慢できますか?残業代を払おうとしない会社を自慢できますか?不正行為をしてる会社を自慢できますか?自慢できない会社を大事にしようとは思わない。ダメとなったら、逃げたほうが早いんです。いままでの鬱憤をぜんぶはらしておいて。もっと人を仕事を大事にしておけばよかった、と言ってももう遅い。
2007.01.30
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なんだそりゃ?と言うほどまったく知らないわけではないけれど。自分の心の中を覗き込めば「証明されるもの以外は信じない」というタイプではない。「証明できないものはあるかもしれない」とは考えるけれど。ですからね、神の存在も霊の存在も認めます。認めるからと言って、霊を見たことはないぞ。神を信じるからと言って、神の教えの通りに生きるわけではないぞ。親がいるけど、親の言うとおりに生きるとは限らない、ってのといっしょで。自分の前世を考えるってのは楽しいかな?かなり前にも書いたかなあ。仏教系の僧侶だったような気がする…修行僧ってやつ。古いお寺とかに行くと、なつかしい感じがするんですよ。そこに座ってても飽きないし。神社では得られない感覚ですね。何かを覚えてる、とかってわけではない。現世ではその反動が(笑)聖書をはじめとして、宗教というものは「人々の生活を律する」部分を持って社会に浸透してきました。つまりですね。律するものがなければ、人というのは崩れてしまう生き物なわけです。個人であれ集団であれ、ルールが必要という事です。「汝殺すなかれ」でスタートするわけですよ、戒律ってやつは。一番最初に戒律にしなくちゃいけない事、なんですね、これ。集団生活を戒律に頼るというのは、現在でも同じです。法律ってやつがそうですね。神という精神的柱ではなく、警察や軍事力という力に頼って、戒律(法)が施行されています。でもって、宗教や宗派ごとに戒律が違うように、今でも国ごとに法律が違います。国によって、許される事と許されない事が違う。国家を「絶対的なもの」と認めるのは、実は幻想でしかありません。多くの国が勃興し滅亡し、この星は歴史を重ねてきています。しかし、神が存在するのを自分の目で見たことはなくても疑わないように、国家が連綿と続く事を疑わない事で、物事は進行していきます。人類が誕生してどれくらいになるのか知りませんが、未だに戒律の中に「殺すな」を入れなければなりません。これがなくならない限り、人間はここから動けないと思うんですけどね。
2007.01.29
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ちょっと、またしてもハードスケジュールをコントロールしきれませんでした。寝ます。今日はパス(汗)
2007.01.27
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ブランドと製造する権利、買ってもらった方がいいと思います。私が言ったってしょうがないですけど、製造現場の状況とかがこれだけ出てくれば無理でしょう。現状の不二家を全部買い取るのは、リスクがでかすぎる。同じ工場では作っていません、という事実が必要になります。分割して売るしかないのかもね。眠い…思考回路が閉じました(汗)中途半端ですけど、続きは…どうしよっかな?
2007.01.26
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もうね、ピリピリしてます。賞味期限問題。賞味期限の来た商品は、ただのゴミです。もったいないけど、ゴミ。原料も、期限が来てしまったらその日のうちにゴミ。いや、元々うちの会社は、商品の期限とかには相当やかましくてチェックもきびしいんですけど、やっぱり作業量によっては明日に回す仕事になったりするじゃないですか。それもダメ。その日のうちにゴミ。どうしても、世間の目がそっち方向を向いていますからね。「それってわざわざ新聞発表をしなくちゃいけないほどのものか?」ってなモノまで、全部新聞発表をしてるのをご存知でしょうか?ありゃもう、危機管理対策以外の何者でもありません。先に発表してしまえば、隠蔽だの内部告発だの、怖れる必要はありません。多くの社員の生活を支えているのが企業です。雪印の例を出すまでもなく、こけたらその会社だけでなく、それに付随する多くの企業が、そこに勤めている人が路頭に迷うのです。だからこそ、一発で会社の存続に関わるような事態はさけなければならない。後手にまわったら、次に先手に入るのは大変なのです。ま、それはさておき。先日の会議で、そのあたりの話をしていたんですが。休憩時間に、ある部署の部長がとなりにいた社員の女の子に「賞味期限、そろそろやばいんと違うか?」「部長は自主回収した方がいいんじゃないですか?」セクハラだよなあ、これ(笑)
2007.01.25
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恋する女の子にとって、とっても大切な日です。なあ、タネ。恋をしてない女の子にとっても、とっても大切な日です。…今気が付いたけど、日本語って難しいな。「、」の位置があるから「とっても」を重ねても意味が通じる…「女の子に」の後ろに「、」を打つと、若干ニュアンスが変わるよなあ。ま、いいや。また横道にそれた。先日、アルバイトの娘との会話。「いいかっ。バレンタインデーはとっても大切な日なんだぞ」「別に、あげる人なんかいませんよ~」「ふん、本命チョコとか義理チョコなんてのは、勝手にやってればいいんだ」「?」「バレンタインデーは、先行投資なんだから」「ホワイトデーに回収ですか?(笑)」「わかってんじゃねえかよ(笑)」「これは!っていう銘柄を見つけてバレンタインに投資をするわけだ。笑顔と表情が利率を決める(ーー)b」「ほー、なるほどなるほど(笑)ツァオさんあたりだと、利回りはどれくらいですか~?」「俺は生チョコがすきだからな。特にホワイトの生チョコの甘ったるいやつが」「だから、利回りはどれくらいなんですか?(笑)」俺の利回り~?ま、「元本割れ」だな。下手すりゃ不良債権だ(爆)
2007.01.24
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今学期の期末テストが行われたようです、双子の受験生。「どうだった?」と聞いたら、数学と英語がおもったほどの点数じゃなかった、という申告でした。で、私から2号と3号へのアドバイス。もう、今さら思いっきり勉強しても、そんな一年分を勉強できるわけではありません。一旦馬力で勉強しても、身につくわけではない。となると、数学と英語って言うのは、受験の時の柱となる科目です。いや、学校側からではなくて、受験生側から見た時に。というのはですね。社会の地理とか歴史のテストの出題範囲って、問題開くまでわかりませんよね?ローマ帝国から第二次世界大戦くらいまでとしても、だいたい2000年くらいあるわけです(笑)そんなもん、今から全部は、やってられません。地理も同じ。世界中に何カ国あるんだ?という事は、よく知ってる時代や国が問題として出題されたら「らっきぃ~」てなもんで、点数を稼がせてもらえますが、外れたら目も当てられません。それに比べれば数学と英語は、割と習い覚えて身につけたことってのは、ちっとやそっとでは逃げていかない。数学という科目は、知っているか知っていないか、という問題ではなくて「解けるか解けないか」です。基本を押さえておけば応用がききます。江戸時代を勉強してて、平安時代が問題に出てきたら江戸時代は何の役にもたちません。しかし、数学は基本ができていれば、応用は効くのです。英語も、中学校レベルだったら普段ある程度やっておけば、それほどくずれる科目ではない。だから、もしこの2科目で点数を落とした場合、他の科目でカバーするには、結構「運まかせ」になってしまいそうです(汗)それよりは、数学と英語は今まで身につけたものを、ある程度おさらいしておけば、大崩れしない、外れのない科目だといえるのはないでしょうか。「もう、ここまで着たら長期戦を考えてるわけにはいかないだろ」「うん。そうだよね」「じゃあ、短期戦略で数学と英語をしっかりとカバーしておいたほうがいいな」さあ、どうするかな~勉強、ほんとにしてるのか?こいつら(笑)
2007.01.23
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今朝、出勤時間が早朝だったので、昨夜はパスさせていただきました。ま、簡単に言うと「寝ちゃった」んですけどね(笑)えーっと。とりあえず、子どもの話をいたしましょう。高1の長男と中三の次男三男。3人とも、成長するにしたがって私のDNAを感じる事が多くなりました(笑)総じて「くだらない事をしてる」時ですけど。中でも、私とキャラが一番似通っているのは1号かもしれません。同じ長男という立場もあるのでしょう。妙なところが似ています。特に、部屋の真ん中でだらけて横になってる時なんて、実にまったくそっくりなかっこうで寝ています。ま、私が高校生だった頃よりも、よっぽどしっかりしてますけど。本人に向かってそんなことは、口が裂けても言わないけどな。さて先日の事、小腹がすいたので冷蔵庫の中に残ってた餅を、レンジであっためて食おうとしたところ。うっすらと青カビ。ペニシリンの材料が浮かんでました。すぐそこにいた1号にとりあえず聞いてみました。「おい、1号。青カビは少々食っても平気だったよな、確か?」黒かびや赤カビは絶対にダメですけど、青カビはペニシリンの原料だし、大丈夫なんじゃないかな?と思ったんです。現役の高校生は学校の理科で習ってるんじゃないかと。「あ、オヤジ、そのカビは食わないほうがいいよ。めちゃくちゃマズイから」「…おまえ、気にせず食ったな?」「腹は壊さなかったけどな」少なくとも、賞味期限は気にするやつらではないけれど。一応「消費」期限となま物だけは気をつけろ、って言ってはあるけど(笑)賞味期限なんざ、少々切れてたってどうってことないし。でも、普通はカビつけたまま食わないだろ。そのまえに、カビのついたものは知識として食えるとは知ってたとしても手は出さないと思うんだが(汗)
2007.01.22
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納豆ダイエット、データ捏造。だそうです。毎日、2個ずつ食べればいいって言ってたんですか?そりゃ売り場から消えるわ。しかし。私は声を大にして言いたい。納豆は身体にいい食品です。極端な事を言えば、アレを食ってりゃ一日に必要な栄養成分はかなり入ってるんじゃないでしょうか。日本の発酵食品ってのは、納豆をはじめとしてすばらしい力を持ってるはずです。大豆由来の食品は特にね。毎日納豆を2個ずつ食ってたら、体調は良くなったんじゃないかと思うんですけど…どうですかねえ?さて、後はもう、倫理の問題ですね。視聴者の飛びつく番組を思いつかないなら、でっちあげてしまおう、というのは言い訳できません。少し前にもありましたよね。必ず発掘する考古学者が、実は捏造だった。耐震能力を下げてでも、見積もりを下げなくてはならない。要求に応える為に、倫理やルールを無視しなければならないのなら。犯罪を犯してもかまわない、という考え方につながります。みんなやってるから。仕方ないから。そこで断る勇気を持つのも、責任者の仕事のひとつだと思うんだけどなあ。
2007.01.20
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もういっちょ(笑)今度は仕事場の軽いネタを。その前にちょっと前フリ。学生時代は、本気でミュージシャンになる気でいた私です。プロ予備軍の事務所に通い、デモテープ作ったりいろいろしてました。しかし楽器(ギター)と歌がプロフェッショナルとしてのレベルまで上達せず、大学2年生の頃に最後通告を出されました。「ツァオくん、君の歌とギターじゃプロとして舞台に立つのは無理だ」ま、どこかで予想もしてましたから、これはそれほどショックじゃなかった。「でも、君の書く曲は結構いいモノがあるから、これからはそっちに専念してめざしてみよう」という事で、歌詞を書いて曲を書いて、学生時代は過ごしました。確かにマージャンパチンコアルバイトだったけどさあ(笑)朝の5時にバイトから帰ってきて、それから曲を作ってたっていう日々でした。ま、だからと言ってそんな甘い世界ではありません。趣味でやってるうちは芸術ですけど、プロになるなら自分に関わる人の生活費までたたき出さなければなりません。そこの事務所で言われていた事は「シングルで売れる曲を作る事を考えろ」でした。ま、当時はまだシングルCDはなかったし(笑)ネットなんて概念すらない時代でしたから。音楽が好き、ってだけなら「アマチュアでやってればいいじゃん」というはっきりしたポリシーがある事務所だったのです。音楽業界で働く人たちは、それで日々の糧を得る。音楽家のわがままに付き合うためではないんだから。と。もっとも、音楽が好きだから苦しくても楽しかったりするんですけど。…相変わらず長い前フリだ(汗)さて、という事で「詩」を書いてたという事は、「歯の浮くセリフ」をまったく照れずに言い放つという特技になりました。常備してるセリフ(笑)としては…身だしなみ関連商品(化粧品とか)の試供品の残りを、通りすがりのパートさんにあげたりする時、「俺のためにきれいになってくれ」って言いながら渡します。上級バージョンで「俺のため『だけに』」ってのもあります。こいつは以前書きましたね。余分な仕事を手伝ってほしい時に「しばらくでいいから、そばにいてくれないかな?」逆パターンで言われた事があるのは「明日、9時にここで会ってほしいの(はーと)」「レジが足りないからレジに入れってか?」「当り(^_^.)v」早朝に出勤して、普段はその時間に会う事のない人に「どうしたんですか?」と聞かれたら「どうしても会いたくなって来ちゃったんだよ」「ツァオさんのセリフってさあ、スラスラ出てくるからありがたみがないのよねー(笑)」そりゃあそうだろう。「ありがたみがない」ように言わなきゃまずいよ(笑)さて、タイトルの「音域」の事を忘れてた。歌も歌ってたんで、ボーカルトレーニングも受けてました。今、かなり衰えましたが(上のB♭がきつい)それでも2オクターブちょっとの音域はあります。普段の声は甲高い声なんですよ。声でかいし。でも、電話の時とかは低い声になるんですよね。この「低い声」のファンがひとり(笑)「私としゃべる時は、そっちの低い方の声でしゃべって~」「別にご希望なら、そうしてあげるけど(笑)」「あ、しゃべる前に『目をつぶって』って言ってよね。声『だけ』がいいんだから(笑)」「あのなー」仕事が終わって買い物をしてる彼女に、後ろから声をかけました。もちろん低いほうの声で。「お疲れ様」「あん、もう、ちゃんと目をつぶるように言ってから言ってよ」「しょうがねえなあ、じゃあ目をつぶって」ぎゅっ、と目をつぶる彼女。…そこまでつぶらなくても(笑)「帰したくないな」「きゃ~~帰りたくない~~」「…仕事終わったんならさっさと帰れっ」楽しそうな職場でしょ(笑)
2007.01.20
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今日はお休みです。行こうかどうしようか迷ったけど、まあいいや、ちゃんと休んでおこうと。さて、ここんとこ、軽いネタがなかったので久々に。土曜日って事は1号2号3号、3人とも学校が休みなんでいるんですよね。夜帰ってきた時は、1号が勉強してた。朝起きたら3号が勉強してた。昼間はずっと遊んでるけど(笑)2号は…パソの「お気に入り」に「入試過去問」のフォルダが(笑)いや「勉強しろよ」というネタではありません。「落ちてもしらねえよ~」と平気で言い放つ父親は、そんな事は気にしません。「おまえらっ!全員集合ッッ!!」「なんだよオヤジ~」「今からジャンケンの時間だ」「しょうがねえなあ…」「よっしゃ勝負か」「1号、3号。俺はチョキを出すけど、おまえらは何を出す?」2号の強引な牽制は誰も聞いてない(笑)「最初はグー!!ジャンケン」ポン!3号1抜け。「よっしゃああああああ!!!」「くそっ。次は俺はグーを出すけど、1号は何を出す?」「最初はグー!」2号の牽制を無視して続ける1号(笑)二人ともグー。あいこだ。ここで介入するオヤジ。「おまえらさっき、何で負けた?ふーん、じゃあ、グーを続けてるわけだな。ここで意地としてグーを出し続けるっていうのも男らしくていいと思うし、その裏を読んでいきなりチョキにいくのもありだよな。お互いの性格にもよるからなあ。ちょっと予想してみろよ」「じゃんけん」って相手の手をお互いに予想すると、実はこんがらがってきます。緊張する勝負だと、何を出すか先に決めておかないと、関節が広がりにくくなってグーになりやすいし。とかなんとかもっともらしく言っても、オヤジとしては息子二人の頭の中を混乱させたいだけだったりして(笑)「最初はグー!!」グーあいこを繰り返し、最終的には1号がパーで負けました。「ほい、敗者には作戦遂行の指示を出す。台所の食器洗いの殲滅作戦を発動する」「へい、了解」「そうだ、米もたかなきゃな」「あ、それは2号が炊いてたよ」子どもが揃ってると便利だ(笑)
2007.01.20
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「これ、○○までに片付けて」「これ、○○までに完了させてください」「これ、○○までに完了させられるかな?」「これ、完了しろって言われたらどれくらいかかる?じゃあ○○までに頼めるかな」「今、何してる?その手を止めて悪いけど、こっちを優先にすませてほしい」「今日は何時まで勤務?後やらなきゃいけない業務は何が残ってる?すまないけど、緊急なんだ。こっちを○○までに片付けたい」「ねえねえ、○○までにさあ、こいつをやんなくちゃいけないんだよー、手伝ってよぉ」どっちにしろ、その仕事をやってもらうわけなんですけど(笑)どうやって言えば一番伝わるでしょう?ひとそれぞれ。きちんと「命令」として事務的に言われた方が仕事として納得ができる、って方もいらっしゃいます。逆に、上から命令として言うと「とりあえず」反発する人もいます。その仕事をしなくちゃいけない理由が必要な人。時間制限をかけなくちゃいけない人。出来栄え条件が必要な人。まず、こちら側が肝に銘じておかなければならない事は、自分が持っている「常識」は、自分の思い込みに過ぎないという事。たとえば。「その辺は適当に(あなたの裁量にまかせます)」という指示を出す場合。こっちの感覚と、指示される側の感覚…その仕事に対する価値観…が同じである事を確かめておかなくちゃいけません。「適当に行う」対象を、「完了までの時間を短縮する為に」適当に行ってしまうのか「不具合が出てもカバーできる」ように適当に対処するのか。これね、どちらを優先にするかは、仕事の内容によっても違うんです。「試用済」のハンコをひたすら押すような場合、時間短縮の為に適当に押すってのはある意味あたりまえです。これを丁寧にやられちゃ、時間のロスです。言葉の引き出しは、たくさんあった方がいい。相手を思いやって話すため?いやいや。面倒を回避するためです(笑)うーん。今日もダメだ。眠い…どうもここんとこ中途半端だ…
2007.01.19
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自分以外の誰かとのコミュニケーションが、言葉によって行われるのならば。他人との関わり合いの中で人は生きていかなければならないとしたら。言葉の使い方は、もっとも重要なテクニックです。車の運転と同じです。華麗なテクニックを見せる必要はないけれど、安全運転ができるだけの運転技術は必要です。「自由に走りたい~」とばかりに好き勝手に走ったら、周囲も困ります。言いたい事をいうなら、それなりのリスクを背負っていかなければいきませんが。
2007.01.18
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昨日書きました。自分の保身、つまり自分の生活を守る事は、会社の命運よりも大事。こりゃあね、政治の世界でも言えますよね。議員をやめる覚悟で政治家ができるか?と言ったら、多分ほとんどの議員が「YES」と答えると思います。そりゃあ、そこでそう言わなきゃ、格好がつきません。政治生命を賭けて政治家をやる、っていう覚悟は口先だけでも示さなくちゃいけない。あ、これ、非難してるんじゃないですからね。政治家が黙ってちゃ、話にならない。発言できなきゃ話にならない。で、私はもうちょっと先を考えたい。やめる覚悟で、政治家をやっちゃいけないと思うんです。政治家は、議員であるからこそ意味がある。議員でなければ、何の代表者でもありません。ただの候補者です。夢を語れるっていうだけです。国を動かすには、よい国を作るためには権力が必要です。あたりまえですね。「よい国を作りたい」という気持ちを「現実」に変えるには、力が必要なんです。その力は「選挙で得る得票」によるわけです。基本的には。自民党は強い政党です。「数は力」である事を熟知しています。人間が、自分の生活を守るためなら、会社の命運どころか、社会の命運なんてどうでもいい、と思ってることを良く知っています。人の気持ちをよくわかってるんですね。よくも悪くも。小泉劇場と言われた小泉政権を振り返ってみれば、よくわかるじゃないですか。「政策論議」なんて言っても、一票には通じない事を良く知っている。多くの人が期待するのが、この国の将来ではない事を良く知っている。「自分の将来」に期待するんです。社民党や共産党がなぜ、野党第一党になれないか。「日本の将来」をきれいに描こうとはしてみせるけれど、個人の将来を描ききれない。おまけに、いわゆる「共産主義」「社会主義」を標榜する国家のイメージがあります。やたらに宣伝だけは威勢がいいけど「革命」起こして、個人の生活があまりにも哀しいイメージがあります。じゃあそれは何なのか。ここから先は(ここまでもそうだけど)私の個人的なイメージと見解です。「弱者のための政治」「庶民のための政治」という言葉があります。「今の自民党は弱いものを困らせる政治だ」という言い方があります。あのさあ。自分を「弱者」だと本気で思ってる人の方が少ないと思うよ。あきらめてない人は「自分がいつまでも弱者のままでいる」とは、思ってないと思うよ。お金がないから弱者である、とは思ってない人の方が多いと思うよ。今は、庶民の範疇に入るけど、いつかセレブになってやる、って思ってる人は多いと思うんだがなあ。その「いつかセレブになってやる」と思ってる(夢をみている)人たちの「将来」を描ききれない限り、野党第一党にはなれないんじゃないでしょうか。「もし俺たちが成功して金持ちになった時に、共産党や社民党で安心して暮らせるかな?」とかね。人は、基本的に争いごとは嫌いです。でも、やられたらやり返さなければ気が済まない。やられてもやり返さない国家に、誇りは感じない。憲法9条を「素晴らしい」と思う心と、領海侵犯の船に対して「発砲しちまえ!」という気持ちは、同じ人の中にあるのです。暴力には反対する人は多いけれど、「北斗の拳」は人気のあるマンガなんだってば。悪いやつはやっちまえってのは人類の永遠のテーマ。どこかで未来を見せる。どんな未来を見せられるか。自民党の企業優遇策、あるいは金持ち優遇策というのは、ある意味「お金を稼げるようになったら、こうなるんだ~」という、ひとつの具体案ですよね。「庶民であり続ける自分」よりも「お金もちの自分」を夢見るほうが普通ですもん。
2007.01.17
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さて、あなたは前線基地の、ある部隊の指揮官です。これから、前方の敵に対して攻撃を開始します。そして陣地を構築して防衛ラインを作り、そこを死守するように命令されました。初回攻撃時は後方部隊からの援護砲撃や、精鋭部隊の増員派遣がされ、前線は進み陣地も広く構築されました。そして初回攻撃の終了とともに通常部隊の構成となりました。実戦指揮は初めての下士官、短い訓練期間で前線に投入された初年兵、長時間作戦の訓練を受けていない予備役の兵士。一応、担当兵器の扱いの訓練は受けていますが、訓練というよりはレクチャーを受けただけです。マニュアルどおりの操作と作戦の遂行は、なんとかできますが、突発事態に対応できるだけの経験も能力も未知数です。と、まあこんな感じで作戦を指揮するように言われたら「やってられるか」ってな気分になりますよね。兵器の取り扱いが抜群にうまければ、戦闘指揮ができるのか?と言われたら、それは違うでしょう。知らずにはできないとは思うけど。機関銃で攻撃が出来る状態になるには、どれくらいの時間がかかるかわかってなかったら、作戦を立てる時に危なくってしょうがない。また、自分の能力と技術だけを基準にして作戦を立てたら、レベルの低い兵士がそこにいたら、それだけで作戦はくずれます。30分で済ませる予定が1時間以上かかった、ってのは戦場なら命に関わりますね。その兵士が云々ではなく、その兵士の技術力を見誤った指揮官の作戦ミスです。「なぜそれくらいの事ができないんだ?」ではなくて「それくらいの事ができない」という前提で作戦は立てなければならない。「がんばったらできる」というのはできるうちには入らない。サーカスの綱渡りは、演じてる方は「がんばったらできる!」なんて考えてないはずです。さて、何が言いたいか。非正規社員を中心とした職場、というのはこういう事です。熟練した指揮官や古参兵がいなくなる、ということです。机の上で、人員を配置しても実際のフィールドでどう動けるのか。士官学校を出たばかりの下士官が初年兵を連れて前線に出るのです。あるいは「戦闘経験」はあるけれど、基礎的な作戦行動しかした事のない兵士を使って、あらゆる作戦行動を行わなければならない。今、「できる」という前提で作戦を立てるのは無謀な職場ってのは多いはずです。しかし、昨日も書きましたが、人は保身のためなら会社の命運などどうだっていいのです。「やれ!」って言えば、自分の立場が安泰なら会社の事はどうだっていいんです。できないのは、自分の立てた作戦ではなくて、遂行できない部下が悪い事にしてしまえばいい。部下としては、それでこっちの立場が悪くなるなら、それこそ会社の命運などは知った事ではありません。私は前の会社にいた時、あまりの待遇のひどさと社内システムのお粗末さにあきれ、特に何もしない事に決めました。家電販売店でしたけどね。「売らなければトラブルは起こらない」という事です。指揮官と兵士が「やってられねえ」と思ったら、その前線は穴だらけになります。「やってられねえ」とは思っても、やめる事はなく「やってるふり」をするようになります。いわゆるモチベーション。これを維持するのは大変な事なのです。経営のモチベーションと、現場のモチベーションは違います。「国際競争力」?そんなもの、個人の「毎日の生活力」の前では、何の意味ももちません。国際競争力をつけるよりも、毎日の生活力をつけない限り、国際競争に勝とうなんて意識はできるわけがないのです。兵隊を育てないツケは、前線を破られた時に気が付くしかないのでしょう。「自前の軍隊を持たない国家は、自分の国を守れない」私の大好きなマキアベリの言葉のひとつです。愛国心は、傭兵には求めるべくもない。派遣社員の方にそんなものを要求したら、そっちの方が間抜けだよね(笑)
2007.01.16
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これ、笑っちゃいけないけど。会社組織というよりも「組織」というものを考えたら、これからも起こり得る事件です。パートで働くみなさんも含めて、組織の中で働くみなさん。あなたの職場で不正行為を見た場合、あなたはどうしますか?誰か、訴える事のできる場所はありますか?多くの死者が出た電車の事故もそうですけど、不正行為や危険な行為を行ってしまう原因がどこかにあるんです。チェック項目を増やしても、現実的にはムダです。ただでさえ、人員は削減されていてルーティンワークで目いっぱいなんです。チェック業務を増やしたところで、仕事が増えるだけです。精度が落ちます。これを「仕事に対する意識の欠如」などと、外野から言うのは簡単です。けどね、私の大好きなマキアベリは、「人というのはそういうものなのである」という事を前提に物事は考えるように書き残しています。そうです。人はチェックをするフリをするんです。その場をやり過ごすためなら、いろんな事をするんです。その度合いが違うだけで。目の前で上司や、取締役が怒鳴れば、その場を逃れるために何かをするというのは、ありえる話なのです。降格や左遷は、会社の命運より自分にとって大切な事になる。サラリーマンはどこかで知っています。いざとなったら、会社は自分の事は助けてくれない。だから、会社の命運よりも自分の生活の方が大事なんです。社長や上層部は、何を指示していたのか?きっと、売上や利益について強く言っていたのでしょうね。それさえ出てれば機嫌がよかったんでしょうね。「裸の王様」になる、簡単な方法です。これ、普段怒鳴るのが「隠した事」や「不正行為」を見逃した事についてだったらどうでしょう?不正行為を許さない体質を作れていたんじゃないでしょうか?これが会社の体質の作り方です。でもって、組織の長というのは、大きくても小さくても、この「体質」ってやつを作る事に気を配る必要があるのです。ひそひそ話をしない雰囲気を作ってしまう。失敗を隠さない方がいい、という雰囲気を作ってしまう。この会社(組織)で一番許されない事は「これ」というイメージを作ってしまう。実は、この類の不正行為や、危険な行為を起こさせない一番確実な方法があります。ルールやマニュアルではありません。必要ではありますが。そいつが「理念」ってやつです。「この組織はそれを許さない」という意識を一人ひとりの中に持ってもらう事。その理念に従う時は、上司も部下もない。ルールを覚えるのではなくて、理念を身につけてもらうのが一番早い。言ってる事とやってる事が違うじゃないか、って言われたらその理念は絵に描いた餅ですけど。「俺に反論は許さない」という雰囲気を作ってしまったら。問題が、自分の前に現れるときは「大きくなってから」だと思った方がいい。自分の代わりに反論を受け付けてくれるナンバー2がいればいいですけど。地位というのは、だんだん上がっていく事が多いので、本人は気が付いてないことが結構多いのです。自分の持つ肩書きが、周囲の人を遠慮させている。「遠慮なんかしなくていい」なんて言ってもムダです。人の組織を作るのですから、人の気持ちに気を配らなければなりません。怒って言う事をきかせてるうちは、自分の能力に幅がないって宣言してるようなもんだよ。
2007.01.15
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納豆、夕方までに店頭から消えます。どこのテレビ局だかしらないけど、ダイエット効果を言っちゃったというのを聞きました。テレビで、ある食材の効果について放送されると、ほんとに一時的に爆発的に売れるんです。私の勤務してる店舗は長時間営業ですから、放送終了から1時間足らずでその商品の売り場がカラになるときも珍しくありません。ま、それでも「傾向」ってものはあります。「健康によい」って言うのは、必ず爆発的に売れるというわけではありません。とりあえず食べてみようか、という感じになるのでしょうか。放送終了後は一時的に売れ行きが伸びますけど、収束もはやい。中には完全に定着するものもありますけどね。健康関係の場合は、効果が「どこに向けられるか」によっても変わると思います。毎日そればっか食ってられるか、って言うのもあると思うし。ところが。効果が「ダイエット」になると、かならず爆発的に売れちまいます。一度、白花豆だかなんだかで、おなかがひっこむっていうのがありましたよね。あの、ちょっと問題になってあっというまに沈静化したやつ。あれの放送後はマジですごかったのです。売り場がカラになるのに放送終了後1時間かかりませんでしたね。だいたい、もともとそんなに売れる商品ではありません。そん時の従業員の意見は「そんなマイナーなもんをいきなりやるんじゃねえよっ」てなもんでした。で、今回は納豆。いや、あのさあ。今回の一件で私なりに気がついたことがあります。なぜ、ダイエットが成功しないのか。ちゅうか、ダイエットの方法というのは、どれだけの種類があっても効果を期待してはいけないのではないか?ブームが起きるってことは、みんなが飛びついてるって事ですよね。で、飛びついてるみなさんは「ダイエットが必要だと思ってる」だからダイエット方法が紹介されると、必ず盛り上がる。どんなダイエット方法があるにしても「続けられない」って事ですよね。「今度こそ」って思いながら、次の方法を手にするわけです。一番確実なダイエット方法って、きちんとした食事と適度な運動…を、毎日続ける事。と思ったんだが(汗)ま、なんでもそうですけど「目的」がある場合、「続ける」という意志が何にも増して大事だったりするわけです。ピアノの練習とかでもそうだし。スポーツだってそう。一番効果のある方法は、「続ける意志」なのかもしれません。それに、ダイエットなど、しなくてもいい人の方が多いと思うしさ。単純に「やせる」ためだったら、食わずに働いてたら、ほっといてもやせるよ。健康には程遠いが(笑)
2007.01.14
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双子の片割れの3号。兄貴の1号の前で、ひじょーにおちゃらけた事をやっていました。…いや、言葉で説明するのがアホらしいくらい。ひとしきり続けて、1号もかなりあきれた頃。3号は動きを止めて言いました。「俺はこれで、1号が今、何を考えている事がわかるようになるんだ」「?俺が今、何を考えてるかがわかる?」「おまえは今、『こいつ馬鹿じゃねえか?』って思ってるだろう」「…オチはそこかいっ」たまには息抜きになるような、バカ息子ネタはいかがでしょうか(笑)もうすぐ受験ですが、今日ものびのび。落ちたってしらねえからな~…このネタ「会社で使えるv」とひそかにメモした父(汗)ここに参加していない2号のネタを書いておきましょう。証言者は1号。みなさんは「ジョジョの奇妙な冒険」というマンガをご存知でしょうか?かなり長期間連載されており、独特(特にセリフ回しが)なマンガなので、見たことがある人は多いかもしれません。「今からッ!はじめるぞッ!」「きたぁぁぁぁぁぁッッーーーーーッ!!」ま、こんな感じのセリフが多い(笑)2号の歴史の勉強をしていたノートに書かれていたそうな。「浦賀にッッ!黒船がきたあぁぁぁぁーーーーッ!!」「大政奉還ッ!!明治維新がくるぅぅぅぅーーーッ!!!」「西郷ッ!!西南戦争はおまえの負けだッ!!」…いや、まあこんな感じで。内容はしっかりと受験勉強だったらしいけど、書いてある文章がこのカタチだったそうな。結構、覚えるかもしれないな、この方法(笑)
2007.01.13
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ちょいとばかり、重いめのお話です。大切な人を失った人を、元気づける言葉はありません。「元気だしなよ」なんて、言われて出せる元気なら言われなくても出してるでしょう。作り笑顔も笑顔のうち、カラ元気も元気のうちなのです。我慢するな。泣け。なぐさめもしないし「きっと大丈夫」なんて根拠のない勇気づけもしないぞ。ただ、気がすむまでここで待っててあげよう。泣いても元には戻らない。我慢しても、元には戻らない。それなら、今は自分を我慢させるな。気がすむまで泣け。必要なら、肩でも背中でも胸でも貸してあげよう。…その代わり、鼻水とよだれだけはつけるなよ。ほら、笑顔もそのうち取り戻せる。お通夜と告別式が、怒涛のごとく忙しいのは、いいことなのかもしれませんね。何かに追われていると、失くしてしまうものもあるかもしれません。忙しすぎる日常というのはそうですよね。でも、こういう時は「追われる」事で、悲しみに沈む時間を失くしてしまえるかもしれません。悲しみがなくなるわけではないけれど。悲しみはこれからも抱えていく事になるけれど。でも、これからも日々は続いていく。毎日の出来事が、自分の中の記憶を増やしていく。やがて増えていく記憶が、悲しみの記憶よりも大きくなっていきます。なくなるわけではないけれど。それよりも成長し続ける、増え続ける毎日の出来事の記憶。悲しみの記憶は、それ以上大きくはならない。でも、毎日の記憶は大きくなり続ける。だから、君が前を向く事さえできれば、時間が必ず癒してくれる。周囲の私たちは、君の悲しみをなくす事はできないが、これからの君に「楽しい記憶」を増やしていく手伝いはできると思うからさ。
2007.01.12
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タネちゃんちにトラバ~。表題。あなたを助けるのはあなた自身。何かの助けを借りてもいいから、自分を変えるのは自分しかできないって事ですよね。そりゃそうだ。この手も、この足も、この心も。自分の意思で動かせるようにできている。確かに、助けを借りる事はあります。たとえば。デートに出かけるときの準備は、気分がはやります。「恋」の力を借りて、自分の身体や心が動くわけです。でも、恋してるのは自分自身。でもまあ、こんな「恋」みたいな助けがあると、自分を劇的に変えられたりするんですけど、なかなかそうはいかない。何かの力に頼って、自分が変わって行く事もあるんですけど、変わった自分を支えるものがそれだったりすると、それがなくなった時に「実は変わった気がしただけだった」てなことになりかねません。恋をして素敵になったな~と思ってたら、その恋をなくしたとたんに「あれ?」ってなことになってしまうのは、自分にその素敵さが定着してなかった、ってことかもしれません。さて、恋なんてのは「するもの」じゃなくて「しちゃうもの」です。自分の意思なんだろうけど、自分のコントロールでは効かないところで起こることでもある。じゃあ、今の自分を変えたい、と思ったときにどうすればいいか。方法はひとつではありません。学生から社会人になる時とかもそうですよね。立場が人を作る、ってのは確かにあります。自分がその立場を意識して、全うしようとすれば、そういう自分を作り上げようとするものです。「立場を振りかざす」自分になりたいか、「立場にふさわしい」自分になりたいかで、できあがるものは違うかもしれないけど(笑)立場にふさわしい自分になった場合、その立場がなくなっても揺るがないものができあがると思います。本を読む、とかってのも方法です。自分にとって受け入れやすいものを取り入れて、自分の行きたい方向を確かめる。学ぶ事によって自分を磨く事です。誰かにゆだねるのではなくて、自分を磨く。でないと「誰かに認められる」ことを目的にしてしまいかねません。「誰かに認められること」を目的にしてしまうと、自分を変えるのではなくて、その「誰か」に合わせる事になってしまいます。個人的にお気に入りの方法はあります。何かを選ぶ時に、必ず「Yes」で選ぶ事。「こちらがいいからこちらを選ぶ」と自分で意識する事。消去法でものを考えたら、落ち込んでいきます。「仕方ない…」って意識がどこかにできちゃう。だから「他のはだめだから」とか「これしか残らない」ではなくて、「こっちがいい!」で選ぶ事。そこには自らの意思があります。結果的にではあっても、選んだのは自分。です。選ばされたわけではないということ。で、この事を普段の生活の中で意識して行うんです。練習、です。身についたら、意識しなくてもできるようになります。そうすると、考え方が前向きになるわけですね。そりゃそうだ。自分から進んでいくわけだし。迷いと悩みの違い。悩みってのは、答えがないのに答えを探してる。迷いってのは、答えがあるんだけど、どれにしようか迷ってる。悩むよりは、迷いの方がいいと思うんだけどなあ。しか~し。「前向き」と「根拠もなく楽天的」ってのは、また話が違うぞ、絶対。人は自分がみたいと思うものしか見ようとしない。というのは、古代ローマのユリウス・カエサル(シーザー)が書き残した言葉です。「あの人が悪い」「自分はそんなこと言ってない」というパターンが多い時、自分に都合のいいことばかりを見ているのかもしれません。でも、自分が見たいものしか見えない人の方が多いのも確かです。だから自分がみたくないものでもきちんとみる事が出来る人の視界は広く見えるんです。もっといやあ、多くのデータをきちんと使えれば、分析も予想も説得力も、精度はあがるわな(笑)たとえば「誰かのせい」にしてる時、自分を磨くチャンスを自分でつぶしてるのかもしれません。「誰かのせい」にしないですむ方法を考えておくほうが、言い訳考えてるより、自分を磨けるよ。
2007.01.11
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自分が、周囲の人の行動パターンや思考パターンを読んで行動してる事、ってのは結構あります。なかでも、「私は間違ってない」っていうタイプの人は、一番扱いやすい気がします。ぜーったいに自分からは謝ろうとしない人、ってのも。なぜかというと、自分で自分に制約を加えているからです。自在な行動ができない。プライド、と訳していいのかどうかわかりませんが、自分が引く事が自分の自尊心を傷つけてしまうわけですね。引かないの、わかってると他の行動や思考は考えなくていいわけです。でもね。自分が読まれると、焦るんだよなあ(笑)読まれたくない、という相手に読まれているのではないので、イヤだって事はないんですけど。どっちかというと、普段することの無い経験なので、結構楽しい(^_^.)でも「それは考えすぎだろー」ってな部分もあって、そういう時ってのは否定しにくいですよね。深く考えてないところへ、追求が入ると説明できなくて困るよな(笑)
2007.01.11
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明日(今日?)休み~休みたいので、仕事をかたっぱしから片付けてたら、この時間でございます。コメントその他、起きてからお邪魔いたします~
2007.01.10
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確かに「ロッテ」も関係あるけど(笑)ボビーじゃござんせん。…千葉ロッテマリーンズの監督の名前です。ボビー・バレンタイン。一応念のため。バレンタイン・デイ、商戦の始まりです。マジで。松の内が明けた瞬間に、お正月関連が売り場から消えます。まったく消えたわけじゃないけど、雰囲気は消えます。ま、徐々に消して行ってるんですけど。1月2日くらいから、従業員の中でも売り場管理者クラスは、もう目の前の売り場の事なんて考えてません。補充してればいいんだから。最盛期は売り場を基本的にはいじらない。ちゅうか、それくらいの計算はしてなくちゃいけません。目論見をミスったら、それ相応の理由(たとえば大雪で交通がマヒしたとか)がなければ「あほかおまえは」と言われるか「おまえじゃムリか」と言われるかのどちらかです。とは言うものの。いきなりここからバレンタインデイをやんのかよ(笑)というのが、毎年の正直な気持ちです。10月からやってるクリスマスよりは、よっぽどマシかもしれないが。1月 初詣 神社・お寺2月 節分 これ、なんだろ?ただの行事? バレンタインデイ 一応キリスト教の聖人の名前 最近は、祈ってくれる神社もある。3月 ホワイトデイ …言い出したのは誰だ?これ、宗教関係あるの? 春のお彼岸 …仏教だな、こりゃ。7月 七夕 これは特に宗教色はなしか?8月 お盆 仏教の大イベント9月 ここもお彼岸12月 まずクリスマス キリスト教 ついで大晦日で除夜の鐘…この国で、宗教に対するこだわりはまったく存在しない…
2007.01.09
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厄年だよ。いや、数えでいくから関係ないのか?ま、いいや。正月もへったくれもない生活をしてるわけだし。気が付けば松の内もあけてる。元旦から1週間がたったなんて、さすが今年の干支はイノシシ。一直線に突っ走る。えーと、よくタネちゃんが「記念日」とかクリスマスとかの「イベント日」にこだわっては、ブーイングを発しておりますが。はっきり言って、男は「日付」をまったく重視しておりません。「日付を大切にしてる自分の愛する人」のことは、とっても大事にしてても…その人のこだわる「日付」までは大事にしていないものです。男ってのはそういうもんなんだよ。「おめでとう」ってメールが1件だけきました。…自分の誕生日、忘れていたゼ(汗)
2007.01.08
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20年前のお話です。大学を卒業する22歳の頃。世はバブルへ向けてまっしぐら、という頃でした。大学在学中に3年間アルバイトしていたコンビニのオーナーが「2号店を出す予定なんだが、君がやってくれないか?」と打診され、完全にその気になっていた私は、就職活動をまったくしませんでした。会社訪問?何それ?採用情報?何それ?これはこれですごいかもしれない(笑)ただ、なんせそこは実家のあるところから、約650キロ離れたところです。そうそう簡単に「もう家には帰らない」と言える根性も当時は持ち合わせておりませんでした。大好きな娘もおりましたけど、付き合ってはいなかったし。付き合ってたら、パワーが違ったかもしれない(笑)一応、親の手前もあり、地元の企業の就職試験も受ける事にしました。就職活動なんて、する必要なかったのです。なんせ、人手不足で就職活動は売り手市場。「入社試験を受けてみませんか?」という電話が、企業側から入ってくる時代でした。私も二社ほどかかってきましたよ、実家に。で、一応「タテマエ」で受ける(失礼な話だけど、失礼だなんて思わなかった。電話がかかってこなければ、書類選考で落ちた事にできたのに、って思ってたし)んで、一社だけ受けにいきました。行かなかった方は、大手の住宅販売の会社でしたが。どちらに行くか考えたときに「冗談でも、受かって逃げられなくなった時に、住宅の販売はしたくない」と思ったのは確かです。さて、試験当日。一応、スーツとネクタイはしました。それくらいの常識は身につけています。常識は身につけていたけど、今から試験を受ける会社のデータは身についていません。な~んもしらない(笑)しかし、受かるつもりもまるっきりないわけです。緊張感も何もあったものではありません。今でこそ薄くなってしまいましたが、当時はまだ20代前半。スーツは着たけれど、切るのを忘れた髪は、完全にアフロヘア。(強力な天然パーマなので、下へ伸びずに普通に伸ばせばアフロになったんです)他の受験者と比べても、やや雰囲気がイレギュラーでした(笑)さて、いきなり面接です。…筆記試験もあったっけかな??覚えてない。いきなり、人事部長が開口一番。「君はマジメにこの会社に入ろうという気があるのかね?その髪の毛はなんだ?」受かろう、という気が無い受験者ですが、あまり失礼な事をするものではないという常識もあり、そつなく答えます。「はい、天然パーマです。この会社に入ろう、という気はあります」…敬語になっていません(汗)「君は大学で何を勉強していたのか、言ってみてくれるかな?」「いやー、マージャンパチンコアルバイトでほとんど学校は行ってないんです(^_^)」マジでこうやって言いました。ネタでもなんでもありません。面接のあいだ中、ずーっと笑顔で受け答えをしていました。そりゃそうです。緊張してないんだから。何もうろたえることなんかありません。知らない事には「知りません」って答えるだけ(爆)終わって帰るときに「ありがとうございました。失礼いたします」と声をかけて部屋を出ました。もう、ここへ2度と来る事はないだろうな、と思いつつ。翌日。「内定」の電話がかかってきました(汗)いや、昨日の面接で合格出すんだから、こりゃこの会社の先は見えてるぞ、って思いましたよ。いやーな予感がしましたもん。紆余曲折あって、結局この会社に入ったのですが、研修終わって店舗に配属されて、1ヶ月たたずに自分の中で会社に見切りはつけました。いや、ほんとにすごかったんだってば(笑)「うそだろ?」って思うくらい。今、その会社はありません…。
2007.01.07
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何時まで寝ているんだ、高校生(笑)相変わらず、下の双子は早起きです。2号は最近遅くまで起きているようになりましたが。1号は、学校がないと私が帰ってくるまで起きています。やっと高校生らしくなりました(笑)3号は…10時には寝てやがる。7時には起きてる。…冬休みなんだが。中学三年生の生活パターンではないっすね。早起きしてる二人に、食器洗い機と洗濯物をさせて。休みの日にこどもがいると、とっても便利だ。最近、こどもをしかった事がありません。当然、殴った事もありません。そりゃ、叱ろうと思えばいっぱいあるけどさ。部屋が汚い。部屋が汚い。部屋が汚い。…自分の事を棚に上げるわけにもいかないんで(爆)小学校の低学年くらいまでは、よくビンタ飛ばしてましたね。幼稚園の頃かな?おうちに遊びに来たお友達が「1号君ちのおとうさんてこわいね」って言うくらい。答えた1号は「うん、ぼくんちのおとうさんは乱暴なんさ」と、こどもも認識していました。これはこれでずっこけたけど。言い聞かせてわからないうちは、身体で覚えるしかない。ストーブの近くに近寄ったら「怒られる」という感覚が、子供の身を守るのです。子どもは王様でもなんでもない。今から成長して大人になっていく準備をしているのだから。確かにかわいいけどさあ。自分が17歳のときに、親の言う事を聞いてたかどうか、考えてみればわかる。その17歳にほっとけば成長していくんです。中学生や高校生になってからでは、手遅れとは言いませんが、大変なんです。自分が高校生の頃の事を考えればいい。自分の子どもがいつまでも自分の言う事を聞くだろう、なんて考えてる親はいないですよね?だから私は、幼児の頃こそ意識してビンタしてました。怒るときには、ものすごく怖く怒ってました。もう小学校の頃には殴る必要などありませんでしたね。目だけでオッケ。中学生の頃に、1号と話した事があります。「おまえなあ、ぐれてもいいけど、そんときゃこのオヤジと勝負するってことだからな」「いや、俺は普通の中学生をやる」昨日の会話。会社へ行くついでに、1号を駅まで乗せていきました。「今日は友達とカラオケいってくるわ」こいつのカラオケは「飛び道具」です。3人揃って、私の子どもとは思えないほど歌が下手。(笑)「ほお、ウケねらいか」「当然っ!!」「帰りの予定は?」「さあ?」「あんまり遅くなるな。遅くなるなら連絡いれとけよ」「オヤジ、帰りは何時だよ?」「今日も12時まわるかな」「あ、それまでにはいくらなんでも帰ってるよ」「てめえっ。その時間に帰ってきてなかったら、帰ってきた時に顔の形が変わるまでぶん殴ってやるからな」「…わかったよ(笑)」うまく育ったな、って思いますよ。兄弟ケンカしない。3人それぞれ行動は違うけど、何かする時は3人でやってる。なんせ、オヤジの言う事を聞くんだから。オヤジといっしょにでかけるんだから(笑)もう、怖がってはいませんね。周囲の同世代くらいの子どもを持つ人たちの話を聞くと、かなり「ありえない」話らしい。もうひとつとどめ。うちの子、頼むとマッサージしてくれます(笑)やり方は私が教えたんですけどね。うまいんだ、これが。
2007.01.06
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こりゃあ、やった方がいいでしょう。もう手遅れかもしれないけど、何もやらないよりはよっぽどいい。特に教育基本法は、さっさとやって日本の将来を確かなものにしないと、この国が滅んでしまいます。アメリカ合衆国日本州にはなれないんだから。これくらい書いとけば、目は引くでしょう(爆)久々の「出だしで目を引く」姑息な手段。ここから書くのはフィクションです。仮説です。すっげーもっともらしく聞こえるかもしれませんけど、根拠はありません。私の頭の中でできあがりました。アメリカ文化の影響を色濃く受けて、この国は第二次世界大戦後の成長を続けました。アメリカ映画を見てて、違和感は感じないもんね。大国アメリカに夢を見る人、反発する人。どちらにしろアメリカに影響を受けているわけです。Marさんには悪いけどさあ(笑)カナダに夢を見る人やカナダに反発する人、まわりにいないもん。で、今の憲法は「平和憲法」として素敵だけれど、やはりアメリカの影響を受けているのでしょう。ソ連が進駐軍だったら、絶対に違う憲法作ってるよね(笑)中国だったら、それはそれでもっと違うだろうし。でね。やっぱり日本人には「個人の権利」を優先する思想と法律はムリだったんだと思うわけ。だって「義務」はできるだけ無視しようとするんだから。権利をふりかざす事はできても、義務をまっとうしようという思想がないんだから。何年か前、プロ野球選手の脱税事件がありました。その時、アメリカの凄腕のいわゆる「代理人」が「税金の支払いについてのアドバイスを選手にするのか?」とインタビューされた時の答え。「税金をきちんと支払うのは国民の義務だ。それは当然の事だが?」権利には義務が伴う。という事が身についてるわけですよね、これ。理由なんか関係ありません。税金の使い道がどうとかは関係ない。法律は守るべきものである、という事です。一時叫ばれた「自己責任」という言葉も同じ。個人の自由を尊重すると言う事は、その自由に対して責任が伴う、という事です。その責任が自分の責任かどうか、確認したければ訴訟を起こして勝負すればいい。その代わり、自分の責任はきちんととらなくちゃいけない、と言う事ですよね。日本人は、自由だけ主張して責任を人任せにする…わけではない。日本人は、自分の自由を主張しない代わりに、責任もみんなでとったんです。農耕民族だし。集団で農業をしてきたわけだし。自分ひとりで決めない代わりに、誰が決めたのかわからなくて責任の所在が個人にはいかない代わりに、集団で動いたわけですよね。集団で責任を取れない場合、いわゆる「村八分」というのがあったわけです。ちなみに、この言葉の意味。「付き合いを全部なくしてしまう」という意味ではありません。「葬式」と「火事」だったかな?ちょっとうろ覚えですけど、その「二分」だけは付き合いを残してるんです。やはり、集団生活なんです。個人にすべてを負わせることはしていない。という「自分ひとりで責任はとれない」「自分ひとりでは決められない」国民性のところへ、アメリカは「自由」と「権利」を教えてくれたわけですね。「義務」と「責任」も教えたはずだけどさあ(笑)高校生の男の子の目の前に「肉と野菜」をおいて「ちゃんと食べなさい」って言ったようなもんで。うまい肉ばっかり食べちゃったんだよなあ、日本人は。野菜もちょこっとは食ってるけど、肉ほどには自分の身になってない。野菜の味も必要性も知ってるから、それを「食べなさい」とは言うけれど、自分がきちんと食ってるかどうかは、また別の話になってる。そりゃまあ、戦国時代の武士のように「天下を獲ってやる~!!」ってな人たちもいたけれど、あの人たちは「殺されてもそれは自分の責任」って事をわかってた人たちですから。つまり、日本人にも「権利と義務」「自由と責任」をきちんと叩き込む思想もちゃんとあるんですよ。ま、武士道ですよね。でもほら。武士と農民の比率はほら。ということで、アメリカ主導の文化や法律は、日本ではきちんと育たなかったわけですね。今、三十歳より下の世代の親は、戦後生まれの人が多いと思います。と言う事は、戦後教育を受けた人の2世代目ですよね。その子どもたちも生まれています。今「こどもよりも親の相手が大変」と言われる教育現場です。つまり、そういう親を育ててしまった文化であり教育なわけです。権利を持ってる自分は偉い。相手も同じ権利を持っている事を、考えられない。自分という個人を大事にすると言う事は、他人という個人を大事にする事である、という事が想像できない。身障者用駐車スペースに止まってる車を見れば、この国の、いやその土地の権利・義務・自由・責任の意識が表れます。それが三世代そろってごらん(笑)この国は滅ぶぞ(爆)で、一番最初の結論につながるわけです。憲法変更・教育基本法変更。やった方がいいよな、って。あ。最後に言っておきますが…あくまで根拠はありませんからね。それからどんなふうに変えればいいか、についても書きません。私は、自分のこどもをまっすぐ育てるので手一杯でした。「国を愛する心」でこの国を変えていくしかないんだけどさあ。戦うとか、そういうのではなくて「この国が好き」という気持ちがなければ、この国をよくしようって気にはならないでしょう。でもって、この日本という国を作るのは国民ひとりひとりなんだから。政治家も国民。企業も勤めるひとりひとりが国民。政治や経済のせいにするのなら、文句つけてるだけになってしまう。ほとんど政権が交代する事ないんだもん(笑)結局、そこへ投票する人が多いって事だよね。…しまった。長すぎた(汗)
2007.01.05
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楽天のヘッドラインニュースから。「滋賀県警巡査長、聴取の少年を平手打ちし軽傷負わす (読売新聞)」 滋賀県警甲賀署刑事課の巡査長(35)が昨年末、同県甲賀市内のスーパーで、ナイフを持ち出した通信制高校の少年(16)を事情聴取した際、平手打ちし、軽傷を負わせていたことがわかった。 同署などによると、少年は昨年12月31日昼、解雇されたアルバイト先のスーパーを訪れ、店員と口論。ナイフを持ち出したため、同席した父親が取り上げようとし、軽いけがを負った。 駆けつけた巡査長が「警察をなめているのか」と言ったところ、少年は「なめている」などと挑発。巡査長がほおを5回、平手打ちし、少年は鼻血を出したという。[ 2007年1月4日14時37分 ] オヤジさん。いっしょにいたんなら、あんたが先に殴りなさい。 育てたのはあんただろう。 理由はどうあれ、刃物を持ち出して暴れていい気になるようなガキを、他人である警官に殴ってもらってどうするんだ。殴られなきゃわかんないようなやつを、一番愛情を込めて殴れるのは父親だろう。 はっきり言いますけど、ナイフを持ち出すようなやつと「話せば分かるはず」などという長い付き合いをする気はない。これで警官に処分が下されるなら、私は笑っちゃうね。父親の意見が楽しみだ。「警官が息子を殴るなんて許せない」とか言い出したら…(笑)
2007.01.04
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お勉強に対する興味のきっかけを得るには、どうすればいいでしょうか?答えがあるなら苦労はしないっす(笑)でも、それじゃ終わってしまうので…高校生くらいまでの学校の勉強というのは、「学問」という事で言えば基礎的部分を網羅するためのものです。ピアノで言えばバイエルやツェルニーを練習してるようなものではないでしょうか。すいません。私、バイエルをちょこっとかじったくらいなんですけど…あれを弾いてるのが「楽しい」と思った事はあんまりない。練習にはなるかもしれないけど、指を動かしてるだけだもん。「ピアノを弾くのが楽しい!」っていう人には、バイエルでも楽しいかもしれませんが「ピアノでこの曲を弾くのが楽しい」って人にとっては、バイエルはおもしろくもなんともないかもしれません。基礎練習として必要なんでしょうけど。もうちょっとわかりやすくしましょうね。野球の練習、サッカーの練習…ま、いろんなスポーツの練習で、必ずあるのは「ランニング」だと思います。ま、他にも基礎的な練習はいろいろあるでしょうけど。基礎を身につければ、格段に上達します。でもさあ。野球好きが「ただのランニング」が好きか、って言われたら「大好き!」って答えるやつの方が少ないと思うよ。サッカー好きも「ボールを蹴りながら走る」のは好きでも「ただのランニング」が好きっていうやつは少ないような気がする。てえ事はですね。高校生くらいまでの勉強を、学問的には基礎的な部分だとするなら。基礎練習を行うってえのは、とってもつまらない(爆)って論法が成り立つ。でも、上達のためにはこれをきちんとやるのが一番確実な方法なわけですわな。じゃあ、基礎練習が地道で退屈だけど、これが上達につながるんだ、って思えればいいわけです。あるいは、基礎練習が楽しくなればいい。とはいうものの、すべての教科を興味を持ってできるか、というとそういうものでもなさそうです。どうしたって学校は「行かなければいかないところ」「行かされる所」なわけです。日本の場合。だから「学びたい!」という気持ちは持ちにくい。学校へ「学びに行く」のではなくて学校へ「行く」だけになるからですね。私は個人的に断言したい。確かに例外はあるかもしれませんが。興味のきっかけは、教科書には無い。これだけ情報や道具に囲まれて生活をしてるんです。基礎的な、無機的にみえる教科書に興味を抱くのは難しい話です。それでね。学校の先生が、興味を抱かせてくれればってのはあるかもしれません。もし、そんな先生だったらとっても素敵です。30人から40人の生徒全員が同じ趣味だったら可能かもしれませんが。ひとりひとり、興味の対象や興味のきっかけは違う。野球好きとサッカー好きは、好きなスポーツが明らかに違うように、興味を持つ対象は、同じように話しても、聞いてる人がみんな同じように興味を持ってくれるとは限らない。興味のきっかけは、自分で気が付くしかないんですよね。その興味をつぶしてしまわなければ、どこかへ向かっていくはずです。英語が得意というよりも「好き」っていうやつは、英語そのものよりも英語を使って行う何かが好きなのではないでしょうか。私の知人で、絵を描くのがとにかく好きで、フランスへ留学したいという願いでフランス語をマスターした人がいます。フランス語をマスターする前に、英語もマスターしてました。ヨーロッパを旅する時に必要だから、という理由で。興味のきっかけは絵。ですよね、この場合。ブラックジャックを子どものころに読んで、医者になろうとした人。鉄腕アトムを作りたくて、ロボット工学に進んだ人。(日本のロボットが進んでいるのは鉄腕アトムのおかげだそうです。アトムを作りたいと思った人がたくさんいるわけですね)子どもの頃に聞いた「トロイの木馬」を信じて探し当てた人。子どもが夢中になるものは否定しない。逃避的に夢中になるのはどうかと思うけれど。でも否定しない。何がどこから始まるのかは、誰にも予想できないものです。何かに専念させられてしまう事は、広がる事を止めてしまう事になるのではないでしょうか。
2007.01.04
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学校の勉強が、社会で直接的に役に立つ事はどれくらいあるのでしょうか。これはよく言われることです。じゃあその、社会では役に立たない勉強を、なぜしなければいけないか。私の仕事の場合、元素記号や歴史の年号など、まあ使う事はありません。百分率(%)計算は、よく使いますね。暗算で計算できないと困るときもありますから。でもまあ、そんなもの。やっぱりね、学力を上げるためには勉強しなくちゃいけません。何もしなくても学校の勉強ができた、ってのは「練習しなくてもかけっこが一番だった」ってのと同じです。単純に「向いてたんじゃないか?」ってなもんです。しかし、その才を伸ばすためには磨く事が必要です。勉強しなくてもちゃんとできるから磨かない、ってのは実は非常にまずい。そりゃ、学校の成績がよければ、周囲的には安心します。子どもの評価って、結構学校の成績で下されますから。中高生諸君、反発したってだめよ。今の君たちが判断される基準は、かなりの部分それが占めているんだから。だから、勉強してる姿っていうのは親も含めて周囲を安心させるわけです。テストの順位に一喜一憂するわけです。でもそれって「学力がすべて」みたいで、変だと思わないか?自分の魅力や能力はペーパーテストで判断されるもんじゃないだろう。全員、東京大学に入ったら、学力差はなくなるわけだし。と、私は思ってたんですよね、高校生の頃(笑)じゃあ、今はどう思うか。仕事をしてて、二十歳前後の連中に仕事を教えつつ、時には違う事も教えつつ(笑)勉強もせずに「自分の魅力や能力はペーパーテストで判断されるもんじゃないだろう」と言ってた私は、自分に甘えていただけであった、と(爆)現在の日本の教育制度では、いわゆる学校の授業が、社会に出るまでの間の子どもたちを鍛えるものになっています。これが軍事国家だったら軍事教練になるのだろうし、社会主義国家の場合は思想教育になってくるのでしょうけど。なんにしろ、大人になるまでの間に、国家の礎となる「人」を組織的に鍛えていくのが教育の目的です。だから国による義務教育なわけです。日本と言う国に適した国民を育てていくためにはどうすればいいのか、って事ですね。だから教育制度と教育内容は、国主導になるはずなんです。戦後、教育についてはかな~~り失敗してますね。ショッピングセンターの身障者用駐車場や、入り口に近い駐車禁止スペースを見ればよくわかる。あれが日本の戦後教育の結果です。国民すべてが学者になるほどの学力を身につけるわけではない。そんな国は50年たたずに滅びます(笑)じゃあ、なぜ勉強しなくてはいけないか。中高生のみなさん。こうやって覚えておきましょう。勉強すれば「学力」が上がるのは結果です。学力をあげるために勉強するのではありません。「力」というのはそれが目的ではなくて、それを使いたいから手に入れたいわけです。権力とか財力とか。で、学校で学ぶ事が、社会に出た時に直接的に役にはたたないのに…なぜ勉強するのか疑問に思ったら。君たちが勉強しているのは、学力を手にするためというよりも「学習能力」を自分のものにするためのもの。これを鍛えておくカリキュラムだと思えば、なぜ勉強するのかわかるでしょ。高い学習能力を手にする事は、生涯の財産のひとつを増やしたようなものなのだ。さて、この手の事は、1号2号3号、何度か私から聞いています。正月早々、教育小論文。おもしろくもなんともないけど、うちの下の双子も高校受験ですしね。たまにはいいでしょう。ま、今日も勉強よりも先に洗濯と洗い物からさせてやったが(笑) 自分が勉強しなけりゃ、高校落ちるだけの話しだし。してようがしてまいが、たいしたことではありません。
2007.01.03
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新聞も読んでなけりゃ、テレビも見ていない。やっぱり夜が明けただけでしたね(笑)
2007.01.02
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あけましておめでとうございます。仕事は、年中無休の24時間営業。正月はもう、特別なものでもなんでもない。日本の家族を崩壊させているのは、この正月などの伝統的な「家族で過ごす」日々を経済活動で壊しているからだってのもあると思うなあ。正月働いてるのって、当たり前ですもんね。これでもって、正月は「休業」できるのに営業している会社に関わる人はどれくらいいるのでしょう。その人たちは「家族の揃わない正月」を迎えることになるのです。美しい国 日本。だっけ?でも、伝統よりも家族よりも経済が優先するのは確かなんです。マジメだからなあ。仕事が一番大事になっちゃうんだよ。ま、「家族」というものを、国家が大事にさせようとするなら、年中無休の営業を禁止にするってのも面白いかもしれない。そうすれば家族がいっしょに過ごせる時間てのは増えると思うよ。連休増やしたって、その分仕事が増える人ってのは多いんだから。配送も動いてるし、供給するための工場も動いてるし。子どもの頃、正月やお盆は家族ですごすものだった。大晦日も、夜には家族が揃うものだった。そんなもの、今や珍しい風景になっています。私は、家から通ってるのに、もう家族と1週間近く会ってないもんなあ(笑)
2007.01.01
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