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めったに更新しないこのブログ(笑)更新する時はももクロ率が高くなってまいりました(爆)さて、私、管理職の端くれでございます。部下数十名を率いる、一応はボスでございます。最近、その職場でも、自分がももクロファンであることを公言いたしております。もうね、一般の方からすれば、全員の名前が言える時点ですでにおかしい(笑)という判断が働きます。ドン引きされます(笑)そりゃまあ確かに、「アイドルに夢中です」って自分の同世代から言われたら、自分がドン引きしてましたからね。その気持ちはよくわかります。しかし、それを振り払って「俺はももクロが大好き」って言ってしまう自分(笑)「ゆうべ夜中にテレビつけたら、ちょうどももクロCHanやってましたよ」そういう彼は、私より年上の副ボスです(笑)
2013.12.16
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読んでないから知らないんですよね。というか、日本の法律で隅々まで読んだ法律って実はありません。あります?刑法民法とかもそうです。聖徳太子の十七条憲法のほうが見ているかもしれません。この法律さあ。なかったら困る、という視点での議論はニュースに乗らないですよね。私、この法律の報道についてはあまり信用していません。報道がこれだけ反論だけしてる、っていうことは、報道にとって面倒だ、っていう法律だと言うことはわかります。だって、自分たちに都合が悪くなければ、ここまで熱くはならない、ってのはいつものことです。テレビ見てたら、反対派しかいないように見えるでしょ。ちがうでしょ。賛成派もいるはずなんです。賛成派がきちんと見えない、という時点で報道としては偏っている、と見るべきなんですよ。国家とは何か。国民の集まりです。国民とは何か。ひとりひとりです。ここまで、強行に進行させるのはなぜなのか。進行させなければならない理由、ってのがあるのかもしれません。でもって、強行採決できるほどの支持を、国民は自民党に投票しました。今、選挙無効の判決も出ています。今、やりなおしたら、実際に投票される政党はどこだろう?って思ったら…やり直さないほうがいいかもしれませんね。
2013.12.07
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今日は短文。プロ野球と高校野球、どちらも観客が見ています。どちらも野球。でも見ている人々が楽しめることが前提となっていることと、見ている人がいることはわかっていても、見ている人が楽しめるかどうかを楽しんでプレーしているわけではない、という差があります。でも、見ている人はどちらも楽しめる。というか、見て楽しんでいる人たちがいるから観客が入っています。プロ野球は、観客が0になってしまったら、実は開催する意味がなくなります。チケットの売れなかったライブは中止になる場合があるのと同じです。観客0でライブをやったとしたら、それはゲネプロでしかありません。観客0のプロ野球の試合なんて、練習試合ですらない。高校野球は観客0でも、試合をする意味があります。そこで当事者であるプレーヤーがプレーすることに意義があるのですから、試合を実行することこそが大切なことになるわけです。さて、プロ野球にくらべて未熟なプレーである高校野球を、見ていて楽しいと思わせるものは、ひたむきさであったり、全力であったり、負けたら終りという中で見せられる勝負への感情、だったりします。ま、プロ野球でもないわけではありませんが、ペナントレースの公式戦で毎回こういう場面があれば、そりゃ鼻白みます(笑)なぜか、というと「演技」に見えるからですね。でもって、舞台の上では「演技」は評価の対象ですが、それ以外のところでは「ウソ」扱いです。でね。ももクロは、高校野球ぽいんですよ。未熟さをカバーする全力感。ただ、全力プレーというのは、プロ野球でもひとつのセールスポイントにはなります。ちゅうか、お客様にはいいもの見せなくちゃ。次にも来てもらいたいんだから。しかし、未熟なプレー、エラーやミスは通常、セールスポイントにはならない。ただ、プロは続いていきます。その試合、その1プレーで終わるわけではない。ミスやエラーを観客に特別なものである、と認識してもらうことで、そのプレーはセールスポイントに変わります。続いていく日々の中で、何気ないひとつの出来事が、ミスがエラーが、ずっと先の大きなドラマの始まりに変わるかもしれない。変えていくことで、長いペナントレースの中での楽しみ方が増えていきます。エラーやミスまでもセールスポイントにして、彼女たちは今の立場を築いたと思います。ま、本人たちが意図してドラマを作ったわけじゃないと思いますが(笑)「逆境こそがチャンスだぜ 雨も嵐もさあこいさあこい 体はりまくり」(ピンキージョーンズ)
2013.12.04
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エンターテイメントの定義を、仮に「見る側が楽しんでみることができるように、という意図の下に用意して提供されるもの」としたいと思います。ほんとは「お金を出してもらって」ってところまで入れたいんですけど、フリーライブとかもありますもんね。無料であっても、観客が満足することを一番の目的としているのは、やっぱりエンターテイメントだと思うのです。これ、私が勝手に思ってるだけですから、そこについては好き勝手。つまり、どれだけ素晴らしくても、自分がやりたいからやってるだけ、という観客視点のないものはエンターテイメントとは別のもの、と思うのですね。「私が表現することを見てください」と「私が表現することを見て、よろこんでもらえますように」というのは意味が違う。「私がすることを見てください」はエンターテイメントではなくて「芸術」という範疇に入るのだと思います。見ている人が楽しめるかどうか、という結果では同じかもしれないけれど、出発点が違う。見ている側か言えば、どっちでもいいんだけどね(笑)でもほら、解説好きはいろいろ理由をつけたがるので、続けます。どちらが上かとかいう話ではなくて「違う」ということだと思うのです。ではさて。タイトルのももいろクローバーZはなんじゃらほい。私が大好きなんだよっ、ってことで(笑)要は語れる、ってこともエンターテイメントだと思うのです。魅力を語れる。もっと言えばアンチとしても語れる。誰も知らなければ、興味を持たなければ、エンターテイメントではない。そしてもうひとつ。何万人が彼女たちを見ようとして、お金を出して集まるんです。そして、彼女たちのパフォーマンスを見て満足できる。これを否定するのは、何万人の満足を否定するということです。エンターテイメントって、見る側がどう思うか、です。極論すれば「おまえコーヒーと紅茶、どっちが好き?」「そのどちらよりも底が見えないくらいの渋いお茶が好き」みたいなね。全部飲み物。どれが好きかなんて、人それぞれ。「おまえ、ロックとポップスどっちが好き?」「そのどちらよりもヨーデルが好き」ってなもんです。全部音楽であることに代わりはないけど、違いがあることはわかります。「ロックとももクロどっちが好き?」まったくの別物、って思われるかもしれません。くらべるもんじゃない。でもね、まったく興味が無い人からすれば、ライブ会場で感じるのはどちらもただの「大きな音」ってだけかもしれないのです。さて、エンターテイメントとは、を考える時にももクロって書きやすい素材だと思います。一番大きな理由は「まだまだ技術的にも伸びる余地が大きい」ということ。ぶっちゃけ、まだまだ「未熟」ということです。テレビに出て歌う時とか、見てるこっちがハラハラするもん(笑)「かなこ(リーダー・赤色が担当カラー)落ち着け、歌いだしを丁寧にいくんだぞ」安定していない。もっとうまい人は他にたくさんいる。ひょっとしたら一般の素人の方の中に、彼女たちよりレベルの高い歌を歌ったり、踊ったりする人はいるでしょう。確かに、以前に比べれば格段にレベルは上がっています。…という表現でおわかりのとおり「ずいぶんマシになった」という言い方が合いそうな(爆)なのに彼女たちは万という単位で集客ができる。エンターテイメントとはなんぞや、という時に、高いレベルの技術や才能があるにこした事はないけれど、観客が集まり、満足して帰るということで見た場合、それは決してすべてにはならない。奇抜だから売れてる?今までになかったから売れてる?いやー。もっと奇抜なグループもあります。観客の満足とは何なのか。また見たい、と思わせるものはなんなのか。ももクロというグループは、そのひとつの形だと思うのですね。とりあえず今日はここまで。また書きたくなるだろうけど(笑)
2013.12.02
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