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2026.09.22
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 澤木興道


【偶作】
寂光明土娑婆界 (寂光明土娑婆界)
色裏膠青水上波 (色裏の膠青水上の波)
浩浩村歌兼社舞 (浩浩たる村歌と社舞と)
負恩者少報恩多 (恩に負く者は少なく恩を報いるは多し)


 わたしは坐禅の会を、丸の内の有楽町駅の傍らの蚕糸会館の七階でやった。あすこは恐らく、まあ日本一やかましいところであろう。とにかく、省線はシューッと通る。急行列車はゴウーと通る。その下のぐるり界隈をチューチュー、パッパ通る。電車はチンチンガタンガタン通る。夕刊売りはチリンチリン鈴を振っておる、それはまあ、とにかく世界中の騒音をひと所へ集めたような、実にやかましいところじゃ。
そればかりならいいけれども、隣りの部屋では碁の会を行なっておるやつがある。こっちの部屋では謡をやっておる。こっちは坐禅の会をやっておる。かなわん。
そうすると、その謡のやつのところに能の会があって、その稽古をやっておる。「おーおー」「そこで右の足をトンとー」とか言うてー。それが襖一つ向こうじゃ。襖のこっちは坐禅をやっておる。まったくかなわん。吹き出すわけにいかん。黙って坐っておる間は、向こうは誰もおらんと思うて、それこそ傍若無人にやっておった。
ところが、坐禅がすむと、今度はこっちが「大智禅師発願文―」と大きな声でやったから、向こうびっくりして迷惑したことであろう。わたしは味噌の腐るような声でやっておるのと違う。このドラ声でやりたくる。提唱をする。とにかく、あすこは非常に足がかりは便利じゃけれども、坐禅をするにはいいところではない。いいところ悪いところというても、何をするのにいいところかというのが問題である。
昼寝をするのにいいところもある。徹夜で勉強するのにいいところもあるし、坐禅するのにいいところもある。だから、一つの世界がいろいろに見える。それだから十界互具。十界というのは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏。この十界に、互いにどこでも十界がある。地獄にもある。餓鬼にもある。人間にも地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏―。でたらめにきめたものではない。ここからここが地獄、ここからここが餓鬼、ここからここが修羅、もっと端的にいえば、人間の生活態度、または考え方によって、そこに十界というものが出来る。
だから、この十界のうち、どこの世界にいても、自分のおるところを浄土にしよう。自分の踏みしめておるところを極楽にしようというのが、われわれの修行である。よう浄土宗の仏さんを見ると、両方の足に蓮花の花を受けておるのがある。あれは、おもしろいと思う。それは、自分の足の踏みしめるところに、蓮花の花があるという、こういう意味を、表現したものであろうと思う。(大智禅師偈頌講話p.203-205)





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最終更新日  2026.09.22 02:00:04


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