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2026.09.25
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 澤木興道


【偶作】
寂光明土娑婆界 (寂光明土娑婆界)
色裏膠青水上波 (色裏の膠青水上の波)
浩浩村歌兼社舞 (浩浩たる村歌と社舞と)
負恩者少報恩多 (恩に負く者は少なく恩を報いるは多し)


 だから、娑婆即寂光浄土というよりも、寂光明土娑婆界という方がおもしろい。寂光明土の真っただ中で娑婆のことをやっておる。仏さんが「その身即心即仏」といわれる。だが、その即心即仏が仏さんになるようにやっておるかというと、嫁さんのことよりなんにもない。金貯めるよりなんにもない。そういうふうになんで金を貯めるか。月給が十円でも多うなるように、南無月給大明神。なんで働く。月給を貰うから、月給という鞭でどやされておる。
 寂光明土の真っただ中において、月給という一つの鎖で括られておる。「そんならもう月給貰わん」といって、すぐに辞表を出して、「どこぞいいとこー」けれども、そんなとこ、どこにもありやせん。今おるところが娑婆世界か、寂光浄土か、どちらかという、そこがわれわれの工夫なんである。
 そうすると、主観的事実はどちらか、自分はいったいどこにおるのか。境界はどこら辺にあるのか。これを考えるのが、われわれの毎日毎日の仕事なのである。これは人間なればこそ、こういう工夫がある。猫や犬の出来ることではない。娑婆を極楽にする。それをだいたいは、極楽を娑婆にしておる。
「色裏の膠青(こうしょう)水上の波」ここに、一枚の絵がある。ここに膠青というのは、まあ極彩色の絵である。種々な色で美しく書かれてある。青いという字だけであるけれども、これは青だけに限らぬ、あらゆる色のことをいう。それで色裏の膠青で、そこに種々の色が現れているが、その色は膠を離れていない。色は現象、膠は実在である。あるいは水上の波。水即波であり、水の外に波はなく、波の外に水はない。波は現象、水は実在、現象即実在である。これを『華厳経』の中には、「よく諸の五蘊をえがく、心仏及衆生、是三無差別、三界唯一心、心外無別法」とある。こういうことが色裏の膠青水上の波―。現象実在、心と仏と衆生、この三無差別なんである。その理屈は分っておる。だがそこが本当に分るのは、これはわれわれの日常生活の工夫による。それゆえわれわれは、いかにすればいいかを考えねばならぬ。それは娑婆を浄土にすることである。浄土を娑婆にすることじゃない。(大智禅師偈頌講話p.208-209)





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最終更新日  2026.09.25 02:00:04


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