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今日は昭和天皇のお誕生日、というより「天長節」である。小学生のころ、紅白のお饅頭をもらったことを思い出す。学校はお休みだが、講堂へ集められ、ご真影(天皇陛下のお写真らしいというのは、直に見ると罰が当たるといわれていた)を白手袋をした校長先生が恭しく持って出て来て、講堂の正面に飾る。「一同、最敬礼!」との掛け声で深々と頭を下げる。それから、校長先生が「教育勅語」を読むと、また最敬礼をしながら聞く。「御名御璽」(ぎょめいぎょじ)と言うと、頭を上げるが、そのとき、決まって鼻をずるずるすする。昔は「洟垂れ」が多かったように思う。「今日のよき日は大君の生まれ給いし予期費なり‥」と、天長節の歌を唄う。そんな昭和10年代の「味」って、何だったのか? 魚はあったが肉類はあまり食べた覚えがない。果物といえば、みかん、りんごはあったが、バナナやメロンなどは、滅多にお目にかからなかった。パイナップルは、缶詰が普通で真ん中に穴が開いて甘い汁につけてあるものしか見たことはなかった。戦後、昭和40年ごろ、初めてハワイに行ったとき、バナナ畑に連れて行かれ、「こんな風に成っていたのか?」と、驚いたことを覚えている。戦時中は「すいとん」をよく食べた。小麦粉の団子をいれたお汁である。ときには、野菜などが入り、味噌汁仕立てだったが、戦争が激しくなると、すまし汁と小麦粉の団子だけだった。でも、けっこう美味しかった。昭和の味といってもいいだろう。サツマイモの蔓(つる)や、イナゴの佃煮風のものや、食用蛙なども食べた。戦後の闇市では、闇鍋のような、中身が判然としないものが屋台で売られていた。殻のベルトを切ったような難い肉のようなものが入っていたことを覚えている。そのころ、「銀シャリ」と呼ばれていた白米を食べるのはエリートだけだった。いわゆる雑穀米が普通だった。しかも配給米だったから、量も少なかった。進駐軍が入ってきたとき、チューインガムを貰って食べたとき、「こんなおいしいものを食っている国と戦っていたのだから、負けるのは当然だ」と思ったものである。まるで鳩に餌をやるように、ジープの後ろについていく子どもに、ガムやチョコレートなどを「与えてくれ」のを先を争って拾うのである。国辱的な光景だったが、飢えた日本の子どもには「なりふり」構わぬところがった。
2009年04月29日
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ブラジル発の「豚インフルエンザ」が世界中を広がっている。WHO(世界保健機構)も警戒レベルのフェーズを3から4へ上げた。新ワクチンは間に合うのか? 金融恐慌・経済不況も世界規模で襲っているが、「豚インフル」も容赦はない。人から人へと伝染していくと、もう防ぎようがない。ゴールデンウィークも、一番長いところは18日間という。人々は行楽地、観光地などに、われもわれもと寄り集まる。大丈夫なのか? こんなときは、給付金を懐に入れて、家でごろごろしていることが安全だと思うが、飛行機も、新幹線も、高速道路もみな、満員である。これではゴールデンではなく、悪夢の休日になるかも‥。豚インフルが世界規模で広がったら、「パンデミックス」というそうな。鳥も豚も、人間に反乱を起こしているのではないだろうか? もし、パンデミックスが起きたら、核爆発と変わらない被害があるだろう。
2009年04月28日
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清水由貴子さんの自殺をニュースで聞き、なんとも言えない悲しさにつつまれた。父親の墓石の前で、傍らには車椅子に母親を座らせたまま、自らのいのちを絶った‥。清水由貴子といえば、歌手であり女優でもあった‥しかも、周囲に明るさを与えていた人である。自殺とは考えられない人であった。清水さんは、母親の介護のために、仕事もやめて献身的な介護を続けていたそうである。父親を早く失った彼女は、母親のために結婚もせずに、しかも辛そうな顔をせず、「要介護5」の面倒を見ていたのである。それが、なぜ自らの命を絶つということになったのであろうか?どう考えても分からない。幸い、私たち夫婦は、いまのところ、だれのお世話にもならずに生きている。しかし、いつ、どこで、どんなことになるやら分からない。老老介護になるかも知れない。最近も長門裕之&南田洋子の映像を見て、他人事と思えなかった。あの二人の映像を出すのは酷である。見たくない。清水さんの自殺も、介護疲れという厳しい現実がある。だれも避けて通れないことである。なんで、自らのいのちを‥。いくら考えても、悲し過ぎる。
2009年04月23日
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もう11年も前のことになる。カレー毒物混入事件は、静かな和歌山の田舎町で起きた、夏祭りのカレーの鍋にヒ素が混入され、4人の人が亡くなり、60数人の住民たちが急性ヒ素中毒になったという、平和な町を一瞬にして恐怖の町に変えてしまった事件である。最高裁は、殺人罪などに問われた林被告の上告を棄却し、死刑が確定された。しかし、動機は解明されずに、有罪とした。しかも、裁判員制度が、まさに一ヵ月後に始まるという、この時期に刑事裁判の重要な問題を提起する形であったと思う。もし、自分が、このような事件の裁判員だとすれば、「死刑か、無罪か」の判定が、すんなりできるだろうか? 新聞などの報道によれば、裁判員に選ばれた人の7割以上の人が、裁判員になりたくないと答えているらしい。テレビドラマの犯罪なら、「おもしろ、おかしく」筋立てが分かるが、今回のように、被告がが否認し、物的証拠もなく、「イエスか、ノーか」を、素人の裁判員に聞かれて、果たして、素直に答えられるだろうか?
2009年04月22日
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つい先日、ブログに「日本語は大丈夫か」と書いたとたんに、今日のサンケイ・ニュースの記事を見て驚いた。サンケイのニュースは、こう報じている。4月20日9時40分配信 産経新聞 【上海=河崎真澄】中国で「繁体字」と呼ばれる旧字体の復活をめぐる議論が起きている。政府の諮問機関、全国政治協商会議の潘慶林委員が、現在公式に使われている「簡体字」は中国の伝統文化の継承を妨げる、として繁体字に段階的に戻すよう提案を行ったためだ。ただ、簡体字は1960年代に識字率の向上のため導入された経緯があり、大半の中国人は画数の多い繁体字になじみがない。中国教育省は「簡体字継続は現行法で保護されている」と反論した。 日本でも戦後、簡略化された当用漢字が公式に使われたが、例えば「廣」が日本で「広」と略されたのに対し、中国は「广」となるなど、極端な簡略化が進んだ。また、例えば幹部の「幹」も乾燥の「乾」も、中国の簡体字では「干」にひとくくりにされており、漢字本来の意味が分かりにくくなった場合もいる。 共産党政権が推進した簡体字政策に対し、台湾や香港では「正体字」と呼ぶ旧字体を使い続けてきた。台湾では正体字を世界文化遺産に申請する動きも出ており、実現すれば“本家”中国は台湾にお株を奪われることになる。潘委員は「繁体字復活は両岸(中台)統一にも有利」と政治的な理由も挙げた。繁体字復活とは別に、行きすぎた簡略化を修正する見直し論もある。 これを読んで、私は「さすが、文字の国の元祖」中国だと思った。この台湾の問題提起をまともに受けなければ、世界一の人口を誇る中国はとんだ目にあわされることになりかねない。これはなにも中国のことではない。わが国の「国語審議委員会」も、ヘボ学者の愚見に惑わされることなく、ちゃんとした国語の将来を見据えて、ここ一番、考え直していくべきではないか。
2009年04月20日
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「日本漢字能力検定協会」の問題は、「騙していた方」が悪いのか、「騙されていた方」がアホだったのか? あの理事長父子の「悪行」は、確かに赦されないが、昨今の「漢字ブーム」を作った功績は、麻生さんの「みぞうゆう」事件?が引き金になっているが、あの父子の「漢検」の所為であると思う。新しい理事長に選ばれたのは、元日本弁護士連合会会長の鬼追(きおい)明夫弁護士(74)である。名前がいい。悪鬼を追い出し、協会を正しい方向に運営してくれるにちがいないと思う。「読めそうで読めない漢字」とか、「知っておきたい漢字」とか、いろいろな漢字関連の図書が本屋の店先を飾っている。また、テレビでも安直なクイズ番組に「漢字」が多く取り上げられ、摩訶不思議なブームを生み出している。漢字は、文字通り「漢」(中国)のことばであるが、現在、中国で使われている「漢字」は、日本のそれとはずいぶん違っている。私は韓国、中国ともに旅した経験があるが、韓国のハングルはまったく理解できなかったが、中国では筆談をした体験もあり、中国語は知らないが、なんとか通じた体験がある。通りを歩いても、看板を見て、どういうお店かを推測することができたのは、やはり「漢字」のおかげである。ところが、あの文化大革命後、漢字にも革命的なことがあり、大胆な「略字」が定着した。私は、かつて、中国の友人に「これからの人たちは、中国の古典が読めなくなるのでは?」と言うと、その友人も同意見であった。日本語も「生きている」から、時々刻々に変化している。漢字もことばも変化している。なかには「日本語が滅びていく」と嘆いている人もある。それは「取り越し苦労」だとは思うが‥。
2009年04月16日
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開花宣言が出たのに、花冷えというか、東京は強風と低温が続いた。それが、今日は一度の春が来たという実感がして、わが庭の桜も満開になった。小鳥が鳴きながら桜の花をつつくので、木の下に花がたくさん落ちている。ほんとうは花びらがちらちらと散っていくのが美しいのに、ポタッと花が落ちる。小鳥も浮かれているのか、いたずらをしているように見える。「春は、猫は鼠を取ることを忘れ、人は借金のあるのを忘れる」と文豪が言うとおりである。長閑ということばがぴったりする季節でもある。そこで、「昔の歌」を一つ。さくら さくら弥生(やよい)の空は 見渡すかぎり霞(かすみ)か雲か 匂(にお)いぞ出(い)ずるいざや いざや 見にゆかんさくら さくら野山も里も 見わたす限りかすみか雲か 朝日ににおうさくら さくら 花ざかり上の歌詞は『筝曲集』(明治21年10月)のものですが、昭和16年に文部省の『うたのほん(下)』には、下のような歌詞に改められて、転載されました。なんとなく上の歌詞のほうが春らしいと思うのは、昔人間なのでしょうか?
2009年04月03日
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速報! 国土交通省は、本日限定で、全国どこの高速道路でも、料金を50円にすると発表。おまけに希望者には、ETCを無料で配布するという。経済活性化のためとは申せ、この不況下に大したことをするものだと感心する。もう、お分かりのことと思いますが、今日は「四月馬鹿」、すなわち、エイプリル・フールです。ごめんなさい、こんなくだらんことを書いた私をお許しください。
2009年04月01日
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