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日本はほぼ単一の民族が住むが、アメリカは多数の移民によって成り立っている国である。 よって無理やり一つに統一するのではなく、「アメリカ系」「中国系」のようにお店一つにしてみても色々なジャンルに統一され、運営されている。アメリカ系のレストランといえば「バッフェ」が多いそうだが、今回の旅行では「中国系」レストランに足を運ぶことが多かった。「そういえばグアムに行った時も結局中国料理食べていたような気が……」 無論日本料理のお店もあり、結構人気だ。 モールを歩けばカリフォルニアロールや牛丼、ラーメンのお店など。種類も豊富、値段も安い。一旅行者としては味見・検証をしてみたい所であるが如何せん私の胃は小さく、そうした欲求を満たすことはできない。 中国人は一度食卓を囲めば「友人」だという。留学していた当時は「宴会の数が親しさの度合いを示す」というジンクスからか、宴会の時だけは大学からお偉いさんがやってきて、豪勢に宴を囲み「やれ北京ダックが何匹出た」「ふかひれが何枚出た」と数を競い合っていた。「ま、おいしい物が食べられれば私はそれで良いのだけれど」 中国の宴会の場合、勿論最初はメニューが渡され「どれが良いか」と聞かれることもあるが、大概は一番偉い人が料理を決め注文する。机は大体円卓で上の部分料理を載せるところがグルグルと動き料理が取りやすいようになっている。並べられた料理はそれぞれ「とりばし」がついており、そのはしで料理を取り、他人の皿、自分の皿に料理をよそることとなる。「あ、姉さんは北京スタイルだね!」 これは正式名称ではなく、私が勝手に命名したものである。中国では「器ではなく具材にお金をかける」と言い、食器類にはお金をかけないという。実際留学した先ではかけている食器類が多かった。食器は欠けていても口さえつけなければ問題無いのだが、留学先の食器は「欠けている」だけでなく「埃だらけ、汚れだらけ」の物が多かった。 かくして私は食事をする前にごくごく当たり前のように、目の前に置かれたナプキンで「食器を磨く」ようになった。白いナプキンが灰色に染まり、皿が元の色を取り戻した後は箸を磨く。こうした行為を「北京スタイル」といっているのだが、まるで中国に居た時の私のように、妹の旦那さんのお姉さんは神経質に皿を磨いていた。「アメリカでこの行為を見るとは思わなかった……」 姉さんは大連出身。北京とはかなり近い。 ちなみに、数年前訪れた上海ではそう欠けた皿を見ることは無く、皿を磨く人も居なかった。 中国レストランを見渡すと、中国系スーパー同様生きた海鮮類がパタパタと泳いでいた。ただ品質はスーパーより良いらしくプカプカ浮いているような魚は居ない。魚を観察していると時折白いシェフ帽をかぶった人間が網を振り回しているのが見えるから、おそらくはこれを調理して出しているのよね…… 「ま、その方が新鮮でおいしいしね」 私は生きた海老を自分の手でバキバキと容赦無くさばける人間であり、生きた魚を目の前で調理されても平気で食べることができる人間である。そうであっても何ら問題は無い。 中国風作法に則って、姉さんそして両親が口をつけた後料理に手を伸ばす。 私が箸を動かす前に、皿の前にはてんこもりの料理がよそられている。これは「自分が食べる前に誰かによそる」というのが一つの歓迎の証? になっているからである。私も自分で食べたい物があったら、それをとる前に姉さん、両親の皿に料理を運ぶ。皆とても良く食べる……小食の私としてはすぐ料理を食べきれなくなってしまった。 とはいえ皿によそられた物を残すのは、日本の母として勿体無くてできない。 困った……これ以上皿によそられるのを阻止しなければ……と中国語で応戦するが、両親は聞き入れてくれない。困った……と目線で姉さんの方を向く。数日を過ごして分かった。この家族で一番偉い、強いのはこの姉さんである。私の意思を一瞬で察する姉さん。そして強い口調でこう言ってくれた。「彼女はもう辛そうだから、これ以上よそらないで」 あ、ありがとう!!! 姉さんの一言に逆らう人間は居らず、私はその後ゆっくりとお茶を飲みながら最期のデザートを楽しむことができた。味としてはアメリカで中国料理……と思ったが非常においしく、具材に関しては中国本土よりもどれも大ぶりでボリュームがあるように感じた。輸入元はどこなのだろうか? 残った料理は全部テイクアウト用容器に移して貰い持ち帰ることができる。これは中国系レストランだけのサービスではなく、アメリカではどこもそうだという。「もって帰ったらベビーシッターさんが食べるし、明日の夕食にもなるでしょ」 髪が入っていたからと海老のマヨネーズあえは作り直して貰ったから、ある意味一品は丸々持ち帰りである。なんてひどい事をする……と思ったが、髪の毛が入っていたから安くしろと騒ぐ人もいるそうだから、まだ作り直しにするのであれば、良心的なのだという。 ビニール三袋に「これでもか」とつめられたおかず類。これなら明日は夕食作らなくていいんだろうな……だから全品取り箸だったのね……と一人で納得する。 個人的には皆さんにお礼方々レストランの支払いは私がしたい、若しくは別の日に私が皆さんをレストランに連れて行きたいと妹に頼んだが、若輩の人間がそれをやるのはどうも難しいらしい。お世話になってばかりで何か恩返しをしたい……気持ちはあっても中々思い通りにはいかない。やはり日本からもう少し良い物を持ってくればと思う今日この頃であった。「けちるんじゃなかった……」ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 30, 2006

子育てをした母親、いや赤ちゃんに母乳をあげたことのある女性なら理解できると思う。 想像して欲しい。目の前に大きく口をあけて泣き叫ぶ赤ちゃんがいたとしよう。赤ちゃんはおっぱいを激しく叩き「あるもの」を要求している。確かに最初の一齧り、二齧りは出ないかもしれない。でもお互い頑張って努力すればきっと「あるもの」は出てくるに違いない……いや。私は確実に出す自信がある。 「あげたい。あげたい。あげたい」 身体全身がうずき、赤ちゃんと目が合う。そうだよ。お互いの意思が統一されているだからやってしまおうよ……あたしはきっと良い仕事をするよ……赤ちゃんの鳴き声が微妙に変わって行く。妹が作っているミルクよりも先にこちらをいただこうという気持ちになってきたのだろうか。「母乳あげないでよ。何やってるの!」 まだ乳は出してない。そこまでの分別は持っている。 怪しい空気に赤ちゃんを奪われ、私は誘惑を断ち切った。以前ニュースで母親と離れた小猿に自分の乳房を吸わせ、母乳を飲ませたという女性の話を聞いたが、一度乳腺開通した女性は再度咥えさせれば母乳が出るのだという。「あげたい」「だーめ。私が出ないからって勝手にあげないでよ」 そのぐらいの常識は持っている。かもしれない。 が、身体は素直に反応し赤ちゃんと見詰め合って二時間後、母性ホルモンが大量に分泌されたのか、急に生理となってしまった。何やってるんでしょこの人は……という目で妹は私を見つめるが、この気持ちを理解するにはやはり母乳を赤ちゃんにあげなければわからない。私の身体はいつでも準備ができているけれど、世間の目はそれを許してはくれない。 アメリカに行くと決めたその日から、私は大好きなスターバックスのタンブラーを買う数を減らし、フラフラと出歩くランチタイムを我慢し貯金に励んできた。折角行くのだから一つの野望を達成させたい。それは「コーチのバッグをゲットする」ことであった。「あのキラキラなミレニアム・タンブラーが欲しい……ハロウイン・タンブラーコンプリートしたいよお……でも我慢せねば……」 現在私が所有するコーチのバッグは二つ。両方とも妹からのプレゼントである。 コーチのバッグの大きな特徴はなんといっても「強い」ことではないだろうか。アメリカに妹が行く際「もういらないから」と貰った茶色のコーチのバッグは重いパソコンを入れようが洋服を詰め込もうが壊れない。型崩れしない。これは素晴らしい。「えいえいおー。コーチバッグ・ゲットだぜー」 という私の勢いに押されてか、旦那は今回のアメリカ旅行の際お小遣いをくれた。これは是が非でも買っていかなくてはならない……この話を聞いた妹の旦那は私を自宅から二時間半離れた砂漠にある「アウトレットモール」へ連れて行ってくれた。本当は妹と一緒に行きたかったが、産後の身体なので自宅で大人しくしていてもらうことにし、一緒に行ったのは中国人の両親である。「折角アメリカに来ているんですから、一緒に行きましょうよ」 最初「そんな所行きたくない」といっていた両親も、私の積極的な説得に最期は首を縦に振った。これで妹も今日一日はお邪魔虫が無く静かに過ごせることだろう。 ハイウエイを抜け、「カープール」と書かれた場所を車はひた走る。これはどういう意味だと聞くと「二人以上車に人が乗っている場合走ることができる場所」だという。カープールは車線の一番左側に存在するのだが、ここを走るとめちゃくちゃに速く目的地につくのだという。「もし一人でここに乗ったら警察に掴まって罰金は二百ドル! 二回目に掴まると更に倍! なんだよ。恐ろしい」 アメリカでもし警察に掴まった場合は逃げようとせず、大人しく車を停止させたらハンドルに手を起きじっと座って警察官がパトカーから降りてくるのを待つ必要がある。自分で車から降りたり荷物をいじったり、ダッシュボードに手をかけたりすることは絶対してはならない。「動くとどうなるの?」「バキューンの可能性が高いね ポリスはガンを持っているから」 それは怖い。 しかしアメリカに行ったのは良いが、ピストルを撃っている所は勿論のこと、「持っている人」すら一度も見ることは無かった。他にもカープールに乗ることができるのはエコロジーカー・トヨタのプリウスなのだという。より良い環境を維持するために、アメリカは何も考えていないようで実は色々と考えているようだ。 アウトレットモールに行く途中、今までの道路とは一線を画する立体交差に指し当たった。これは「ロサンゼルス」から「ラスベガス」に向かう道路なのだという。「今日は木曜日だから空いているけど、金曜日の夜はここは大渋滞だよ。皆ラスベガスに週末遊びに行くからね」「ラスベガスは観光地だけじゃなくて、ロサンゼルス市民の遊びの場なんですね」 アメリカ人の夢は一生に一度はハワイに海水浴に行き、そしてラスベガスのカジノに行く事だと言う。アメリカ自体が広いせいだろうか、アメリカ人のパスポート所持率は十五パーセント程度なのだという。アメリカ人の夢の地へ続く道と思うと感慨深いが、この場所以外ハイウエイ立体交差を見かけることは無かった。 程なくして砂漠に到着し、突如として現れた建物の中、三時間放浪した。アウトレットモールは平日とあってどこも空いていた。ここは一人で歩いても問題無いという。もし、問題や困ったことがあった時は日本人スタッフがヘルプデスクに常駐し、助けてくれる。私は携帯電話への電話のかけ方が分からず、困り助けを求めたが、嫌がる顔一つせず、替わって電話をかけてくれた。「携帯電話へは最初に1 を押してからかけるんですよ」「知りませんでした……」 肝心のコーチのバッグはアウトレットモールで三百五十ドルもした……高い……と結局購入は断念し、私は家族と友達の分のプレゼントとしてリーバイスのバッグを六個買った。コーチは買えなかったけど、これで私は十分ラッキー。と妹の旦那に説明していると、妹から携帯に電話がかかってきた。「バッグ六個買っちゃったー」「それって私のは入ってるの?」 そういえば忘れていた。「あたしのも買ってこないとお家に入れないからねー」 慌ててリーバイスのお店に立ち戻りバッグを買う。何でプレゼントする側の人間が怒られなきゃいけないんだろう……と思いつつ、コーチのバッグはアメリカ人にも高級品。それが分かっただけでも私は成長したんだよと一人そう思った。「でもやっぱり欲しかったなあ……」 相当がっかりした顔をして車に乗り込んだ私の顔を、妹の旦那はしげしげといつまでも眺めていた。よほどおばかな日本人と思ったのだろうか? 「バッグなんて箱一杯持っているのに、何でいまさら欲しいかねえ」「バッグの数は幸せの数なの。いくら持っていてもいいことに法律で決まっているんです!」 実は悪口ばかりではなく、後日帰国の前日、妹の旦那は私にコーチのバッグをプレゼントしてくれた。え、本当に? と聞くとにっこり笑顔。漁夫の利、自分では買わなかったけど結局私は目的を果たしたのである。「やっぱりバッグは男性からのプレゼントが一番だよね。うんうん。やたー。やはり正義は勝つのよ!」ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 29, 2006

赤ちゃんは寝るのが仕事である。 よって遊びたければ「夜泣き」の時間を狙うしかない。アメリカに向かう前私は旦那に「アメリカに行っている間は赤ちゃんの夜泣き私が代わってあげようと思うの」 と太鼓判を押していた。夜泣きは楽しい。一人目を産んだ時は夜泣きが辛くて悲しかったが、二人目になって来ると身体が勝手に夜中に起き出し「さ、おっぱいあげなきゃ」という気持ちになって来る。日中は残念ながらでかけていたので赤ちゃんと触れ合えなかった。夜こそは楽しく遊ぶぞ……やる気満々の私の期待を裏切らず、赤ちゃんはしっかり夜泣きしてくれた。「やた」 と飛び起きる私を横目に妹は赤ちゃんを抱き上げ、部屋を出て行ってしまった。あららら? 私が面倒を見てあげるのに???「疲れているだろうから、寝ていて」「いやいいよ。赤ちゃん抱かせて」「いいから! 寝ていて!」 頑張る子育てが一番ノイローゼになりやすいのに。 妹はかたくなに赤ちゃんを私に渡さない。それで泣き止むのなら良いのだが、赤ちゃんはミルクを飲めどオムツを変えれど泣き止まない。手持ちぶたさとなり「ぼーっ」と座っていたのだが、最後赤ちゃんの鳴き声が煩くてどのみち眠れない事に気がつき、妹から赤ちゃんを奪った。「え!」 私が抱いた途端、散々泣いていた赤ちゃんが一瞬で泣き止んだ。 妹は慌てて寄って来て赤ちゃんの顔を見る。どんな魔法を使った? という顔つきである。「ほら赤ちゃんはずっとお腹にいたから、寝かせたければ心臓の音を聞かせてあげればいいの。全身をお母さんの体温で温めてあげて、心臓の上に耳を持ってくれば一発撃沈、夜泣きなんて全然怖くないよ」「へー」「日本ではミッキーの形をした人形とか羊の格好をした人形にこの体内音を録音して再生できる機械が売ってるよ。ま、生後二ヶ月~三ヶ月ぐらいまでしか騙せないけどね」 身体を微妙に揺らせつつ、ベビーベッドに移動させる。 この身体移動も一つのテクニックが必要となる。いかにして赤ちゃんを騙し穏便に移動をさせるかに全精神を集中させ、はっと気が付いた時にはベッドに寝ているように仕向けるのだ。巻き込まれていた両手も私は抱いた瞬間ぱっぱと取り出してしまった。この方が絶対気持ちが良いし、寝やすいと思うのだ。「はい。これで大丈夫。さ、寝ましょ」「うん。慣れてるねえ……」「赤ちゃんには七つのつぼがあってね。それを上手く使うと寝かせるのなんて簡単、簡単……」 翌朝、午前中のあたたかい時間に赤ちゃんをお風呂に入れるだろう……と腕まくりしてベビーバスの前で待っていても誰も来ない。やむなく妹に「お風呂に入れないのか」と聞くと、アメリカでは「へその緒」が取れるまで、赤ちゃんをお風呂に入れることは無いのだという。「え、赤ちゃんは新陳代謝が激しいからお風呂入れないときたないよ。それに普通日本ではへその緒の部分を消毒して、パウダーを振っておくものだけれど」「こっちでは駄目だって。ウンチをした時は水道でお尻を洗うんだけど、後はベビーオイルで汚れた部分を拭き取るだけ。パウダーは肺に入って悪影響を及ぼす可能性があるので使っちゃいけないんだって」 所変われば品変わる。これは中国式ではなくアメリカ式の子育て方法であるらしい。何故ならアメリカ滞在中、赤ちゃんをおフロに入れないということを聞きつけたお姉さんがベビーパウダーを片手に抗議にやってきたからである。英語で強烈に抗議するお姉さん。語気が強く怖い。「このベビーパウダーはとても安全で、私の子供達にも使っていたものだから大丈夫。これを使いなさい」「大丈夫。先生にいわれてやっていることだから、何の問題もありません」 すごすごと立ち去るお姉さん。子育てには色々な方法があるが、どうするか決めるのは母親次第である。「ま、私もおフロに入れる方が正解だと思うけれどね」 日本で産後、死ぬような思いで赤ちゃんをお風呂に入れていたことが何だか馬鹿みたいである。実家の母は「この子のお風呂だけは一ヶ月間責任を持って私が入れるわ」と必死になって娘と息子の世話をしてくれた。アメリカでは入れないんだったらあの時の私達の苦労は一体何だったのだろう? 分からない。無理やり赤ちゃんをお風呂に入れる訳にもいかず、私は右の肩に首をかしげ、赤ちゃんを見つめていた。「お風呂入ると気持ち良いのにねえ……あたしゃ一日抜くのでも嫌だよ」 大人とてシャワーが普通のアメリカ生活。ちなみに妹の家は光熱費が家賃に含まれているそうな。それを聞いた私は気兼ねなく。湯船にたっぷりとお湯を張り毎日おフロを楽しんだ。ただしアメリカのおフロは深さが少ないので足をぐーっと伸ばしても全身が湯に漬かることは無い。 アメリカに来たら体臭が強くなったというコラムを読んだことがあるけれど、おフロに漬かるとその時点で毛穴に詰まった身体の汚れの七割が落ちるという話を聞いたことがある。つまりはシャワーで軽く全身をこする程度では染み付いた汚れは落ちきらないのである。「ふう」っと大きくため息をついて全身にお湯をかける。アメリカは明らかに日本より乾燥している。日本でびりびり鼻炎であった人間がアメリカに来た途端治ってしまったという話も聞いたことがある。その分日本人の敏感な肌にはダメージを受けやすくメンテナンスが必要だということであるのかもしれない。 余計なことを色々と考えつつ。アメリカの夜はゆっくりと過ぎて行った。ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 28, 2006

時差ぼけという言葉を海外向けのサイトでは良く聞くことがあるが、実際に体験したのは今回が初めてだった。簡単にいえば頭痛。細かく説明すれば後頭部から前頭部にかけてモワモワとした違和感を継続的に感じ、通常の頭痛とは違う弱い混乱に近い状態が三日前後、特に昼から夕方にかけて強烈に感じるというものである。「大人しく飛行機で寝ていれば良かった……」 後悔先にたたず。 午前中は何とかなるのだが体力が落ちてきた頃が辛い。これは誰に教えてもらった訳ではないけれど、間違いなくこの症状は「時差ボケ」症状であろう。辛くて寝ているのは簡単だが、ここで寝込んでしまっては何のためにアメリカに来たのか分からない……時差ボケで死んだ人がいるとは聞いたことが無いから、はってでもアメリカ生活を満喫せねばならない。「アメリカのどこにでもあるよ……いまさら行く意味なんて無いと思うけど」 というスターバックスにもとりあえず顔を出す。 アメリカのタンブラーはどんな物があるのだろう……完売が普通の日本と違いアメリカでは「シーズンはずれ」のタンブラーは半額で売られていた。七ドル! ステンレス製のタンブラーがこれは安い! とレジに運ぶと、日本同様好きな飲み物を入れてくれるという。「これお土産で持って帰りたいんだけど、別の容器に入れてくれる?」「OK!」 私の言っている内容理解してもらうのには妹の手伝いが必要であったが、かくしてタンブラーは三ドルに値下げされ、四ドルの「キャラメルマキアート」が目の前に並んだ。味は日本と同じか少し甘い感じ。しかし上に乗っかっているクリームの量が半端じゃない。どう考えても日本の二倍はのっかっている。「このクリームをどうやって飲めというのか」 動揺するばかりで、分からなかったのだがその後アウトレットモールでキャラメルマキアートを飲んだ際、ようやくストローの先が開いていることに気がついた。なるほど。ストローを使って上のクリームを食べろということであったのか 丁度行った日はハロウインの翌日で、あちこちで「ハローインセール」が行われていた。 ハロウイン用品が五十パーセントオフ、七十パーセントオフで売られているのだ。私は息子用にピーターパンの衣装と娘のスライムポイントを少しでも消化するために「二十個入り二ドル」のスライムを買った。アメリカ製のスライムなら一個二スライムポイントは貰えるんじゃないだろうか……本当は二十個といわずもっと欲しかったのだが、残念ながら品切れでそれ以上買えなかったのだ。 アメリカのパソコンショップ、CDショップも回った。どこも大型店で値段は日本と変わらない。CDなどは特売していたら絶対に買おうと思っていたのだが、その気配は無かった。手芸店などは品数豊富でパッチワークの布などが大量に売られており、買いもしないのに時間を忘れて魅入ってしまった。「アメリカ人も手芸なんてやるのねえ。知らなかった」 ロサンゼルスは治安の良い素敵な所。 勝手にそう結論づけたくなるような平穏な都市である。それはもっともそのような場所にしか行かないからであるけれど、危険な場所に行く気は全く無いので問題無いだろう。ある本で読んだ「アメリカの中でも日本人が多く住む都市である」という言葉も何だか信じられるような気がした。ここなら妹も安心、子供を育てて生きていけるだろう。違うかな?ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 27, 2006

「私中国語話せるの~」「英語もよ~」 と人にいうのは格好良いことだと思うけれど、いってしまった以上逃げられないという問題もある。アメリカ滞在中は「やっと疑問に答えてくれる人が現れた!」「あんたを待ってたよ!」とばかり質問の嵐、中国語のオンパレードであった。「うーん。今回は英語を使うと思ってたからなあ……中国語はちと」 と暢気なことを言っている場合ではない。母乳の出はどうだったのか、兄弟は誰がいて、何人子供がいるのか等々、彼らにしてみれば「聞きたいこと」というのは山ほど存在し、運良く答えが得られたことを良いことに? 毎日小さなメモ帳に質問を用意し、聞き忘れた内容を私に尋ねていた。「あんたはこんな事も伝えてなかったんかいな……」 ひーひーいいながら内容を咀嚼し答える。 一回、二回であるならば「異文化コミュニケーションですわねえ」と笑っていられるのだろうけれど、回数が嵩むと集中力が必要であるが故かなり辛い。私の疲れが分かる頃になると会話は終わりになるのだけれど、「よかった……」と電子手帳を片付けながら顔を上げるとそこに流れていたのは中国語のテレビ番組、台所でも中国語の会話が行き交っていた。 私の語学的能力値はそう高くない。一対一、集中した状態でないと意味はまず分からない。頭上を飛び交う「中国語らしき言葉」の山に、根性なし、外顔だけは常に良くする様努力している私の仮面があっという間に崩れて行った。「もう夕食はいらない。部屋に帰って寝ます。時差ぼけが辛くて」「何言ってるのよ! 今逃げようったってそうはいかない!」 既に別室に逃げていた妹に電話するが、許されない。 本当に時差ボケで辛いのだが……結局その場で大人しく中国語のテレビを見ているフリをして難を逃れた。妹は毎日この世界で頑張っているんだ……と思うと「皆がもろ手を上げて手伝ってくれる」お姫様のような子育てが急に辛そうに思えた。言葉の壁。それは悠然と立ちはだかり、異邦人である私にはどうあっても太刀打ちできない、恐ろしく大きな怪物であるように思えた。「これは精神的に辛いわ。悪口いわれてるか誉められているのか全然分からないよ」 実際良い人ばかりなのも一つの問題。 だって悪い人ばっかりだったら怒鳴り散らして逃げてしまえば良いから。現実世界はそう自分の思い通りにはいかないなと思う今日この頃でありました。ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 24, 2006

私には二人の子供が居る。 一人目を二十代、二人目を三十代で産んでいるが、一人目に比べ二人目の子育ては格段に楽だった。それは「若さ」よりも「一人目を産んで慣れているから」という要素が突出していたからであるが、妹の場合は異国の地で尚且つ一人目、三十代というハンデを持つ。しかし私とは違い「子育ての手伝いをするため」にワザワザ中国から両親がやって来ており、両親の家から離れ核家族化している我が家と違い手の多さでは羨ましいばかりであるが、実際はどうであろう。 ミルクを飲み終わった後は赤ちゃんを肩に乗せトントントンと叩きゲップをさせ、ミルクと一緒に飲み込んでしまった「余分な空気」を外に出してあげる。ここまでは日本と一緒であるが、この後が少しづつ違ってきた。日本の場合は大概この後「オムツ替え」をして寝かせるのであるが、妹はオムツをかえずそのままバスタオルの上に赤ちゃんを置いたのだ。「あれ? オムツは? 赤ちゃんはミルクを飲んだ後おしっこをするものだから替えた方が良いよ」「ん? それは飲ませる前に替えたから大丈夫なの」 これがアメリカ式なのだろうか? と思ったが出産して一日しか病院に居なかったというからどうやら妹式? であるらしい。しかしこれは小さな「違い」であり、その後に続く妹の行動はどう考えても「変」であった。 バスタオルをぐるぐると巻き、赤ちゃんの左腕を何とそのまま中に折り込んだのだ。え、これじゃ「バンザイ寝ができない……」と思いきや返すタオルで更に右手をバスタオルの中に折込でしまったのだ。日本の赤ちゃんはまず間違いなく全員「バンザイ寝」をする。これは顔を上に向けたまま手を上に上げ軽く握っているポーズのことであるが、ぐるぐる巻きにされた妹の赤ちゃんはそのままベビーベッドに入れられ、更に動けないように? 微妙にあいたこぶし二つほどの空間をスポンジで埋められていた。オイオイ……「これがアメリカ式ですか?」「ん? 違うの?」 これじゃ寝返り打てないじゃん。と思うがそれでOKなのだという。 落っこちたら危ないじゃんといわれても、日本のベビーベッドの場合大きな柵がついているのでそのような心配は無い。アメリカの小さなベビーベッドと違い、たとえ立ち上がって暴れたとしても日本のベビーベッドはびくともしないのだ。「ま、私も初めて抱いた赤ん坊が自分の子供だったからね、全然知らないで子育てしたんだけどさ……赤ちゃんはミノムシじゃないんだから……」 どうやらこの方法は中国のお母さんが教えてくれたらしい。 全然間違っているわけではないというのは自分でも良く分かっていた。これはヨーロッパ式というか「寒い地方」の子育て方法である。万が一親が居ない時に布団から出てしまい風邪を引いてしまうのを防ぐための対策である。日本の場合は万が一出てしまっても赤ん坊がいる部屋自体を温めておくのが普通なので、自由に動けるよう上には軽い布団をのせるだけである。 ふと気がつき、生活環境を見てみても、中国人の両親は常に窓を開け、冷たい空気を部屋に入れて生活をしていた。生まれ故郷中国の大連というのは寒い地域である。おそらくは日本とほぼ変わらないカリフォルニアの環境が身体に合っておらず、窓をあけて調節していたのだと思う。そうした結果赤ちゃんは簀巻きにされ、温かい環境に慣れ、産後抵抗力の落ちた妹は風邪を引いてしまったのでは無いだろうか。風邪を引いたら薬を飲む。飲むと母乳をあげられない……の悪循環で、現在搾乳機でしぼってはいるものの、実際赤ちゃんに咥えさせたことは殆ど無いのだという。「ふむ。確かにこれはあきませんなあ」 そして妹は最期に頭に帽子をかぶせ手を止めた。どうやらこれで完成であるらしい。 帰国後この方法を近所の奥さんに話したところ「赤ちゃんが可愛そう……」と泣かれてしまい、実家の母は慌てて「赤ちゃんを自由にさせてあげなさい」と怒り狂ったメールを出していた。赤ちゃんの育て方を変えると中国人のお母さんが怒るかもしれない……と思いつつも、試しに妹は簀巻き状態を一日やめてみたところ、とたんに一日四回あった夜泣きが一回に減り、赤ちゃんはバタバタ暴れて楽しそうに過ごすようになったのだという。「自由に動きたかったんだね。あれから夜泣き全然しなくなったよ」「日本人の血が入っているからでしょ。とにかく良かった良かった。これで世界の平和が守られます」ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 22, 2006

英語のみならず、私は中国語を話せる。ということも看板にしている。 では、実際どのぐらい勉強をしたのかというと、大学の第二外国語で四年。中国で二ヶ月勉強した経験のみである。留学していた現役当時は別として、その後十年を経過した今となってはレベルとしては大学二年~三年、NHKの中国語講座が聞き取れる程度だろうか。英語は普段からMTVなどで聞き耳が慣れているが、こと中国語はそうはいかない。 が、私は「話せる」。大した理由では無いがそれはなぜかは後述しよう。 赤ちゃんへの挨拶を済ませた後は、妹の旦那さんの両親へ挨拶をする。妹とその旦那は英語が縁で結婚することになったが、実はグリーンカードを持ってはいるが、れっきとした中国人である。今回は妹の出産に合わせ、日本からは私のみならず中国からは旦那側の両親が手伝いにやって来ていた。彼らは日本語は勿論英語も理解できず、会話は全て中国語となる。妹は両親に「私のお姉ちゃんは中国語ペラペラだから楽しみにして」とあちこちに言い回っていたらしい。私もそれを聞いていたので準備はしてきている。問題ない。「中国語を話せない」を看板にしている妹と私は一枚も二枚も違うのだ。 中国式の自己紹介は名前を言った後は簡単にその名前の漢字を説明する。「花束の花の漢字」「四川の川の漢字」といった漢字。といった具合である。私はバッグから徐にメモ帳とボールペン。そして海外旅行の大の友達「電子辞書」を取り出した。「お会いできて光栄です」「よく来たね。朝ご飯は食べたのかい。用意してあげるよ」 この位の会話は簡単である。 その後出てきた料理を見て一つづつ、疑問があった場合は質問し発音に疑問があった場合は電子辞書で調べてメモ帳に書き出し、発音と意味を確認する。どうやら出てきた料理は鳥のスープで作った麺に、付け合せはお砂糖で甘く煮た中国語でいう「ハイツ」日本語でいう「なまこ」が出てきた。「なまこ???」 妹は産後の回復に良いのだろうと信じて疑わず、出されたとげとげがついた十センチほどの物体を丸呑みしていた。私が聞くまで何が出ていたのか知らなかったのだと言う。恐ろしい……「私は食べたくない」という前に私の前にはナマコのお砂糖煮が並んだ。やばい。これは食べないとこの後の交流が悪くなるかもしれない。 ハシでナマコの中央部分の筋をぴっと開いてみると中は内臓が抜かれているらしく、まるでウレタンで出来たおもちゃのようにぴろっと一瞬空白の中身が見えた後は元の形に戻った。ミネラルウオーターを貰い一気に飲み込む。トゲトゲが喉にひっかかることは無いが、これはもう二度と食べたくない触感であった。「そうですねえ。私の父親も日本ではナマコを食べますよ。ただ生でですが」「ナマコは中国では一番おいしい料理なのよおかわりする?」「いえ。結構です……」 その後は内容を間違われぬよう、メモ帳に内容を記載し「二度と私にはナマコ料理を出さぬよう」確認してもらった。文句顔のお母さん。しかし意味は通じたらしく「分かった。おいしいのに勿体ないわねえ」といってくれた。「あんたももう食べたくないのなら今言っておいてあげるよ」「ん。大丈夫我慢すれば食べられるレベルだから」 妹は中国語が話せない。 普段は全く旦那の両親と意思の疎通が無いのだと言う。唯一の橋は英語と中国語を話す妹の旦那であるが、殆ど家に居ないため、お互いの意思が通じ合うことはまず無いのだという。妹とて結婚して中国人の両親がやって来ようことなど想像もつかなかったであろう。「その電子辞書いいなあ。置いてってよ」「これ高いのよ。ごめんなさいね。ま、これさえあればまず間違いなく意思は疎通できるよ」 電子辞書所有の本当の理由。三歳の息子に中国語の辞書を破壊されたため、旦那にたかって買ってもらった物だからとはいいにくい。学生時代に使っていた中国語の電子辞書は配列が単純に五列六列に並んでいるだけのものであったため、高速の入力は難しかったが、現在の電子辞書はパソコンのキーボード配列と同じなので、パソコン入力に慣れている私の場合、会話とほぼ同速度で入力することができる。電子辞書は電子書籍の分野で唯一成功した分野だという人が居たが、全く持ってその通り。長旅に厚い辞書は全く持って似合わない。電子辞書が一番である。 大人の食事が終った後は赤ちゃんのミルクタイムである。妹は出産後風邪を引いてしまい赤ちゃんはミルクを常食にしていた。私は慌てて旅行バッグから「電子レンジで煮沸できる機械」を取り出した。これは哺乳瓶をセットし水を五十CC入れ、電子レンジで五分加熱すれば煮沸ができるという機械である。日本での値段は二千円前後であろうか。アメリカにはこのような機械は売られていないのだというので今回急遽持ってきたのだ。「私はずっとこれ使ってた。母乳でも何だかんだ言って、白湯飲ませたりして使うのよね」「便利だねー。これで大分楽になる!」 今までは鍋を使ってグツグツ煮沸していたのだろうか? それとも漬け置きで菌が死んでくれる「ミルトン」を使っていたのだろうか? さて、煮沸が終ったから粉ミルクを溶いて……と思うとミルクは既に「完成した状態」でボトルに入り置かれていた。「ミルクの作りおきは良くないんだよ……」と思ったが何とアメリカのドラッグストアーではこの「完成品ミルク」がこのままの状態で売られているのだという。「え、日本では違うの?」「日本は粉ミルク。水で溶いて作るのが普通だよ。こんなのはない……」 その上を行く商品は煮沸の手間さえも除き、なんと「哺乳瓶の乳首をつけるだけ」の状態で売られていた。日本でも「ジュース」類はその形で売られていることがあるが、ミルクバージョンを見たのは初めてであった。 大体一本を一日で使いきり、値段は五ドル程度であるようだ。 計算するとミルク代は月一万五千円……現在はノーアイロン。生後ゼロヶ月の赤ちゃんは鉄分を追加していないミルクを飲んでいるが、今後はアイロン入りのミルクを飲むよういわれているという。アイロンとはつまり「鉄分」。日本では粉ミルクにそのような分類は無い。「アイロン入りとか無いの?」「ないない。母乳にできるだけ近いとかそういうのが大体のセールスポイントだねえ」 完成したクイクイとミルクを飲み干す赤ちゃん。 無駄だと思いつつも、やはり日本から子育ての手伝いにきてよかったと思った瞬間であった。アメリカ的子育て中国風味。それは言葉の壁よりも大きく私の前に立ちはだかっていた。ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 21, 2006

ビンボ旅行の基本は軽装、そして基本言語・英語をマスターしておくことである。 私の場合は別段特に大学で学習した訳ではない。ただ、中国に留学していた際好きになった男の子が香港人だったので彼と話すには英語をマスターせねばならんとニュージーランド人相手に必至に学習した経緯があるばかりである。人間やる気になればどうにでもなる。私は「英語を話せる」ということを看板にしており、分からなければ「すいません。意味が分かりませんもう一度教えて下さい」と聞く平均以下の英語能力しか持たないが、今まで旅行に出て言葉で困ったことは無い「ま、人間場数を踏むことが大事だよね。必要なのは勇気・気合・根性。後は必要なし。身体が覚えて来るからね」 実際これは本当だ。慣れてくると、使われる単語数も文章も大体決まっているのに気がつく。度胸さえあれば、会話の相手も大概意思を通じ合う為に努力をしてくれるのでまずは話す勇気を持つことが大切である。 ちなみに私は韓国に行った時も英語一本で通した。ビンボ旅行道を誤解する日本人が多く、身なりから泊まる所まで「とりあえず安いところ」を選ぶ人が多いが、これは大きな間違え。いくら安くても治安の悪い場所には絶対に泊まるべきではないし、ユースホテルではなく多少お金はかかっても大通りに面したホテルに泊まった方が失敗が無く楽しい人生が待っている。 ロサンゼルスに関してはダウンタウン近辺の危険地域は勿論厳禁であるし、基本的には「ドアーツウドアー」で歩いて移動することはまずしない。以前マジシャンの引田天功さんがテレビにて「デートもドアーツウドアーなので見られることはありません」「デートはそれぞれの家でします」という話をして聞き手の芸能人が驚いていたが、これはアメリカでは常識。道を歩いている人は皆無で、うっかり歩いていようなら「危険!」と警察に注意されることになるという。 アメリカは日本とは違い右車線である。空港から妹の自宅へ通じる道筋でも歩いている人は誰もいない。家の高さは低く、東南アジア系の家と違い窓に鉄格子が入っていることは無かった。そのようなものをつけなくても治安が良いということだろうか? 妹によくよく話を聞くと警察の権力が強く、車なども余計な所にちょっと止めているだけで即「チケット」となってしまうのだという。「チケット?」「日本でいう違反切符みたいなものだよ」 ハイウエイの車線は四車線から五車線あり、するすると車は止まらずに常に動き渋滞はあまり無さそうであった。妹の家は中級クラスのものになるのだろうか? 一階にはガレージがあり、車に搭載したボタンをぽんと押すとガガガガと駐車場の扉が開き、まるで映画の一画面を見ているようであった。「え、すごい! 実際にこういうの見たの初めて!」「アメリカでは普通かなあ。別に大した機械がついている訳じゃないんだよ」 ガレージには車が二台ほど止められる広さに加えプラス三メール程の物品を置くエリアが設けられていた。値段を聞くと二ベッドルームにこのガレージつきで千二百ドル程度だという。高い……とも思ったが、大概一室はシェアルームとして貸し出すというから、月の家賃負担が六万少しだと思うと安いのではと思った。 車を止めた後はオートロックにて守られた階段を抜け二階の家へ向かう。何と三階建ての建物にも関わらず「エレベーター」がついていた。そしてこれがまたサイズが大きい! これもまたアメリカンスタイルなのだろうか? エレベーターで一階上に上がるとそこには各家の前にバーベキューグリルの並ぶパティオ(中庭)が広がっていた。 「確かにこれなら自宅でデートできるわ!」 家の中に入ってみるとそこには二十畳近いリビングにどどんとベッドにもなりそうなソファーが並べられており、奥の部屋には今回の旅の目的である妹の赤ちゃんが眠っていた。ベビーベッドのサイズは日本のものの半分程であろうか? 日本では「クーファン」という籐の籠で作られたベッドを移動用に使用するがそれが鉄製の台に乗っかったイメージである。 赤ちゃんは寝るのが仕事。 ということでわざわざ日本からやって来たとはいえ私なんぞの相手をしている暇は無いのであった。太っている太っていると聞いていたが、そこに居たのは平均的な体型の可愛い赤ちゃんであった。なぜそういわれているか理由を色々と聞くと、こちらは未熟児で生まれる赤ちゃんが多いので、この体型でも大きい部類に入ってしまうのだという。「大きくない。普通だよ。私は四キロの赤ちゃん産んでるんだから。こんなの軽い軽い。可愛い顔してる。お父さん似かな。この子は。後で写真撮らせてね」ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 20, 2006

私の時計で確認するに、日本からロサンゼルスまでは飛行機で十二時間。私の最長飛行記録がマレーシアであるからして、大幅にその記録を塗り替えたこととなる。「やっぱり私の放浪エリアは東南アジアまでだね。飛行機の椅子にもう二度とこんなに座っていたくない」 アメリカ到着の二時間前には電気がつき、朝食が配られた。オムレツにウインナー、パン、日本製のヨーグルト、メロン・オレンジ・パイナップルの入ったフルーツコンポート。新鮮・シンプルでおいしい。これなら帰りの便も楽しみである。 さて、と気合を入れ入国書類に記入をし、席を立つ。 まずは入国審査であるが、ここでもテロ事件の影響がありアメリカに入国する人間は全員赤外線で人差し指の指紋が取られるようになっていた。ぴかっと指紋をとられた後はデジカメでの顔写真の撮影。とりあえずお決まりのように笑顔でピースサインをしてみるが、お役所主義の日本と違い、「笑わないで」と怒られることはなかった。「可愛く撮れました?」 といっても取れた写真は見せてくれない。その後は入国の理由場所を聞かれたが、私は世間一般的な日本人を装うために「サイトシーイング」といい、「友達の家に遊びに行くのだ」と伝えた。すると係官は耳をがりがりっと掻き、「彼氏の家?」 と聞いてきた。私は笑顔で「大はずれですー」 と答えた。勿論問題なしでハンコウを押してもらい、入国書類の一部をホチキスでパスポートに止めてもらった。あと二点前回の海外旅行と違う点は日本から出国の際「北朝鮮への旅行を推奨しない」といった文面を見たことと「ヨーロッパから帰国の際ビーフジャーキーを含む牛肉類の持ち込みは禁止されています」と書かれているのを見たことだろうか。日本でノンキに暮らしていると「テロリスト」というものについて直に感じることは少ないが、テロの対象となり得る空港、そして飛行機は現在の日本の外交事情を大いに反映し、厳重に取り締まられていた。「海外旅行も色々と面倒な時代になったのねえ」 さて、後は荷物を受け取るだけだ…… さほど待たずに出てきた激重の荷物はターンテーブルから出てきてからも私を苦しめ、本当に「振り回し」荷物を持ったまま私はずるずると引きずられてしまった。これは危険だ……やはり自力で持ち上げられない荷物なんて持ってくるんじゃなかった……と必死で足を突っ張るが、意味が無い。これは困った……とりあえず一度手を離して様子を見るか……と思ったら私の四倍はありそうな黒人の男性がぽんと荷物を取りあげ助けてくれた。「ありがとうございますーー」「問題ないよ~」 にこっと笑顔を見せるが、私と目を合わせようとはしなかった。 人の情けに感謝しつつ、ヨタヨタと出国ゲートに向かう。中国に行った時は出国ゲートを抜けたとたん砂の混じった乾いた空気を感じ、台湾では独特の香辛料の匂い、そして韓国ではキムチの匂いを感じた。「今度は何の匂いがするんだろう……」特に意識してかいだわけではないけれど、ロサンゼルス空港のゲートでは甘い「ドーナッツ」の匂いが漂っていた。もしかしたら空港内でドーナッツが売っているのだろうか? あたりを見回してもその気配は無く、そこには照り返し輝く太陽の光が差し込んでいた。「あ、こっちはもう朝なのね~」 ゲートを抜けた待ち合わせ室では笑顔で妹が待っていてくれた。お腹はもう膨れていない。その隣で手を振る一人の男性、これが旦那さんか??? ようやく到着したことにほっと一息をつき、そのまま荷物を持ってもらう。「本当に来たんだね! ありがとう! 待ってたよ!」「いやーアメリカは遠いね。迎え来てくれてありがとう」ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 17, 2006

飛行機が日本を飛び立ったのは十四時五十分であるが、一時間も経つともう空が暗み始めて来た。十七時間もの時差に身体を効率よく慣らすにはとにかく飛行機内で寝ておく事だというが、乗ってすぐで読みたい本も多数あるし、機内食もまだなのでまずは起きていることにした。 今回私が利用したのは日本読みでは「大韓航空」アメリカ読みでは「コリアエアライン」という会社である。これは特に意識をして選んだわけではない。「会社未指定・格安チケット」とインターネットで注文した所自動的にこの航空会社が選ばれただけである。格安チケットは海外、国内含めて私の友達である。「安ければ良い」とポリシー無く、また「どうせ溜まらないから」とマイルを貯めようと思わず、今までも様々な飛行機に乗った。はてさて、今回はどんな感じであろうか。 搭乗後一時間でウエルカムドリンクが出てくるのはどの航空会社も同じであるらしいが、さすがは韓国の航空会社! である。機内食にはビビンバが出てきた。外人に紹介するには「コリアンスタイル」といっているが、これはどう見てもビビンバである。偶々隣に座った人が韓国人であったので、めちゃくちゃにする前に正式な食べ方を聞くと一.ご飯をを野菜、肉の上にのせる(肉と野菜は陶器の器に種類ごとによそられている)二.焼きコチュジャン(歯磨き粉のチューブのような物に入っている)とセサミオイル(つまりはごま油)を上にかける三.全てをぐるぐるに混ぜる四.付け合せのキムチと共に食する だそうだ。コチュジャンが辛すぎて食べられないと大騒ぎする程ではないが、万人に受ける味を目指す機内食らしからぬスパイシーな味わいである。デザートは木苺ソースのかかったショートケーキ。これは予想外。他の格安チケットで乗った米国系航空会社のどのケーキよりもメリハリが利いていて甘くなくておいしい。やはり同じ東洋系民族同士、味覚が近いのかもしれない。「食べ物がおいしいと、旅は楽しいね」 その後は徐々に暗くなり、どうやら睡眠タイムになったらしい。本来なら機内の指示に従い、大人しく目を閉じるべきなのであろうが、前の椅子はズズズと机のあたりまで落ち、貧乏ゆすりでガタガタ揺れ、隣の韓国人は「グビー」っと高いびき。とどめとばかり後ろに座っていたドイツ人夫婦は暗くなっても全く会話をやめず、全く寝られない。「あんた達のせいで眠れないのよ! だったらこうしてやる!」 腹が立った私は自分の電灯をつけ、読書の続きを始めた。突然の光源の出現に隣の韓国人は目を覚まし、前の人物は貧乏ゆすりを止めた。してやったり。復讐してやったわ! と私は一人喜んだが、その後アメリカ到着後に時差ぼけに苦しむこと、となり「やはり無理をしても寝ておけばよかった」と後悔したのであった。「ファーストクラスだとこんなことは無いのかなあ……まあビンボ旅行道を極めんとする私には無縁の話であるけれど……」ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 16, 2006

実年齢はともかくとして、私は結構若く見られるのが普通である。 先日伺った熊本の社長は私を二十代後半だと信じて疑わなかったらしい。ありがたい。しかしそうした夢を粉々に打ち砕くのは結構楽しく、一部は私の趣味と化している。「実は! 私社長よりも年配なのです!!!」「えーーー」 チャットでの会話なので、本当にそう言ったかどうかは不明であるが、相当ショックを受けたらしい。「日本人の女性は年を取らない」というのが私の一つのポリシーである。学生時代から体型は崩していないどころかよりシェイプアップし、三キロ以上痩せた体型を維持している。定期的に炭酸泉に通い汗を流し疲れたなと思ったらパックを欠かさない。日々現在の状態を維持できるよう切磋琢磨、努力を続けている。 メールでやり取りを繰り返したことが多いほど、私の内面と外面の違いに驚く人が多い。見た目は押せば細身で壊れそう。服装もピンクを中心とした明るい色目しか着ず、子供さえ連れて歩いていなければ、「私に悪意はありませーん」とばかり誰が見てもへらへらっとした姉ちゃんなのだ。「ま、普通の人間は一人でアメリカなんて行こうとしないだろうし、格安チケットで日本語が通じない航空会社を使ったりはせんだろうけどね」 しかし、今回は私の「見た目で空港チェックを早々に抜け出そう作戦」は全く通じず、リムジンバスに乗ってのパスポートチェックから始まり合計三回。全ての荷物のチェックを受けた。手荷物以外、大型旅行バックの検査まで受けたのは生まれて初めてである。「開けてください」「え、開けたら閉められなくなりますよ?」「大丈夫です。責任もって閉めますので」 その顔に笑いは無い。 淡々と一つ一つの荷物の中身をチェックし、蓋を閉める検査官。これは全員に対して行っている措置であるらしく、原因はイギリステロの影響であるらしい。「開封済み液体物の持込不可」とのことでコンタクトの保存液さえも持ち込めない。手荷物検査の前にミネラルウオーターのビンは強制的にごみ箱に捨てさせられてしまう。「うわー勿体無い……全部飲んでおけば良かった……」 逆にゲートをくぐった後の免税店では「免税店購入の品は飛行機の入り口まで運びますので持込が可能です」と但し書きが書かれ、手に看板を持ったお兄ちゃんがさかんに営業アピールをしていた。「何だか愛知万博みたいだなあ……」空港内は突然の検査に驚き慌てて大型のバゲッジを開き中身をチェックする若いカップルで溢れていた。 マイケルムーアの「アホで間抜けなアメリカ白人」にアメリカのタバコ協会の陰謀で飛行機内のライター持込は可となっていたが、こと現在日本でそのような事は無く「ライターを持っているか」と何度も聞かれた。もしアメリカで彼に会う事があったら「そうした陰謀は勤勉な日本では通用しない」と伝えてあげたいと思う。 荷物を預けた後は成田空港五Fにできたカフェで遅めの昼食を取る。空港内のカフェはインフレが進んでおりなんとどの店も「コーヒー一杯三百五十円」であった。恐ろしい。コーヒーとスープ、それに小さなサンドイッチ一つで千円もかかってしまうのである。「やむをえん」 とばかり考えに考えた上購入したクロワッサンサンドもパンが冷えていておいしくない。しかしまあここで高級品を求めても……と気を取り直し階下にあるスターバックスへと向かう。私は季節ごとに発売されるスターバックスの携帯用タンブラーをこよなく愛し収集しており、ここには空港オリジナルタンブラーが売られているという噂があったのだ。是非一つゲットして帰りブログに飾ろうと思ったのだ。が、「え、沖縄タンブラー? 京都タンブラー?」 何とそこには「空港オリジナルタンブラー」は無く。日本御当地タンブラーが置かれていた。やっぱりこういうものは現地に行って買わないと有り難味が少ないような気がする。荷物が増える事を恐れ食欲を満たした後は何も買うことなく出国ゲートをくぐった。 搭乗時間まで三十分。三時間前に来ても結構時間がかかるものだ。 やることなく、ゲートの前の本屋で大量の本を買う。今回の旅行を舐めてるなと思うのは飛行機に乗る直前になって「地球の歩き方・ロサンゼルス版」を買う所であろうか。「へー時差って十七時間もあるんだ。知らんかった。日本人も結構住んでるんだねえ」 基本知識ももたず能天気な私を乗せて飛行機はガタガタ機体を揺らしながら日本を飛び立って行った。時刻は十五時少し前。これから十二時間以上狭い飛行機の中で過ごすこととなる。時差対策は何一つ考えず、自然体といえば聞こえが良いが殆ど「近所のアメリカに行ってきます」といった風体の私の周りは全て外国人。先行き不安はあるものの、どうにかなるさと思うのはやはり場数を踏んでいるからだと思う。「ま、寝てれば着くんだから。まずは読書から始めましょう……さて、今週の文春はどこに置いたかな……」ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 15, 2006

はてさて、海外旅行といえど私はあまり特別な物を持ち歩くのは好きではない。せいぜい機内に持ち込める小さなキャリーバッグ一つに荷物を詰め込むのがせいぜいで、国内旅行とそう違った出で立ちをすることはまずない。「好きな物も別に無いしねー。荷物が重いのもバゲッジで大きな口をあけて待つのも面倒臭いし」 今回もいつものこのスタイルを貫こうと思ったのだが、私の行動半径を知っている妹が早々にチェックを入れた。つまりは「持ち帰ってもらうお土産が多いので自分のことだけを考えて行動して貰っても困る」というのだが、正直そんなもの運搬人に相談もなく買った人間が悪いのであって、一々そのためにポリシーを曲げるつもりは早々無い。「あ、そうか。帰るときはバッグを二個持って行くようにすればいいよ」「そんなの嫌です。ただでさえ狭い家に旅行バッグが二個もあったら死んでしまいます」 これは嘘ではない。本当だ。 かくして私はやむなく鋼鉄のポリシーを曲げ、大嫌いな旦那用日本人ご用達「超デカキャリーバッグ」に荷物を詰めることと相成った。自分なりに妥協した結果であるがこれが更なる悪夢を生むこととなった。「え、でっかいバックで来る事にしたの」「あ、うん。そう……」 口が滑った。「ならば」とばかり「あれ買って来て」「これ買って来て」「あれ持ってきて」「これ持ってって?」 アメリカまでの郵送代は安くなったとはいえ一箱送れば五千円以上取られてしまう。かくして私のバッグは私の荷物を入れる前に満タンとなってしまっていた。「いや。これは満タンじゃない。満タン以上。オーバーフローしている」 バッグを立ててみると人間のおなかのようにふっくら膨らみを持った部分がなぜか生まれていた。頭によぎる嫌な予感。まさかこれは閉まらないのでは……「まさかじゃない。これ二十センチはまだあいてるよ!」 海外旅行は十回以上行ったけれど、こんな事態は初めてのことである。これはまずい、とばかり、自慢のデカ尻をドンドン、ドンドン叩きつけ勢いで閉めようととしたが、全然駄目。では、と娘と乗る、息子と乗る、近所の子供たちを集めて乗る……「せーの」と掛け声をかけて全員で押すが駄目だ閉まらない。他に人手は……「ていやーーー」 何度気合を込めても結局焼くには立たず、やむなく旦那に蓋を閉めてもらった。やはり何と言っても男の人は力持ちである。「他に入れる物は無いのか」 といわれても、多分開けたらもう閉められない。開けることは勿論既に自分ではバッグを持ち上げる事さえも、出来なくなっていた。これは困った……カートがついているので平面何とか転がすことはできても、これは電車の階段の乗り降りができない……「お、おとうちゃん。すいませんが内々にお願いがあるのですが……」 恥ずかしさに身を軽く震わせ、頭を軽く下げながら、空港まで続くリムジンバスまで荷物を運んでもらうようお願いをする。快く了承し? 会社を休み荷物を運んでくれる約束をしてくれた。ありがたい。しかしまあ多すぎるよ……と思うが預かった物も多数ある以上無下に置いて行く訳にもいかなかった。「やっぱり「バッグは小さいから」と全部断れば良かった……」 百円ショップの洗濯バサミに五十パック百九十八円の麦茶、これからの季節に使うセーターやジャケット。そして「生まれてくる赤ちゃんへ」と丁寧に箱入りに入れられた赤ちゃん服……その他アメリカでも買えそうな荷物の山。誰も私の事を考えていないんだろうなあ……ミレディ最新作★中国茶トリビアの泉★現在楽天BOOKSで絶賛発売中
November 13, 2006

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November 13, 2006
思い出してみると、二年前妹が帰国したのもハロウインだった。「この時期に私の人生が変わる」私はあまりそれを感じないけれど、幼稚園のお友達にお菓子を配りながら久しぶりに私は理由も無く英語を話していた。「へー英語話せたんだ」 と言ったのはフィリピン人のお母さんを持つ小学一年生だった。彼はお母さんとは英語で話をするのだという。「明日からしばらくアメリカに行って来るから。ハヤトをどうかよろしくね」「え、そうなんだー」 もしかしたら彼はまだ「アメリカ」という国があることを知らないかもしれない。 暮れ行く夕日をぼーっと眺めながら、ディズニーの英語教材で日々勉強に励む、エセバイリンガルの息子に話し掛けても返事は無かった。「ま、君は真実が分からない方が幸せだよ」 そう良い母親でない私がたとえ居なくなっても彼の人生はそう変わらないだろう。 ちなみに私がアメリカに行っている間幼稚園は「入園試験」にてお休みである。「お金取っているんだからもっと真面目にやって欲しいな」 と言ったのは留守宅を預かるだんなである。日中は子供が居ないので「花の独身生活」を楽しむ予定であった旦那には晴天の霹靂といった所であろうか。が、基本的に私と関係の無い問題なので今回は幼稚園のぐうたら具合を放置しておくことにした。 実質三日居ないだけなので、特に大した準備は必要ないと思うけれど、家族の食卓の幸せを祈り図付きで夕食メニュー案及び冷蔵庫の在庫リストを作成した。右上には娘に0.1スライムを支払い私の似顔絵を書いてもらう「全然似てないね」「じゃ、ただでいいよ」 スライムが何円に相当するのかは現在不明だが、これはピアノを一曲合格するごとに付与され、一スライムでスライム一個を作る権利が与えられる。娘が言うには幼稚園のバザーにてスライムが一個五十円で売られていたから、一スライムは五十円相当、と主張するが、現在その主張は公認されていない。 ちょっと寂しそうな顔の娘。でも最後の日の夜は大量の荷物に埋もれてしまい、娘と会話する時間は殆ど取ることができなかった。「あんた達が泣いてアメリカに万が一でも行かれない事になったら、ちいちゃんがどれだけ怒る事か」 多少の威嚇を繰り返しつつ、旅立つ日はあっという間にやってくる事となった。
November 9, 2006
妹がアメリカで出産をする。 子育てのプロフェッショナルとして これは是が非でも会いに行かなければ……■ディスカウントチケット 近年インターネットの発達により、一々旅行会社に出向かなくても航空チケットが手に入るようになった。のみならず、格安チケットも海外向、国内向、自由自在である。がしかし縛りもある。即日ではまず買えず、海外だったら三ヶ月前、国内だったら最低でも二週間は出発日からずらす必要があるということである。 出発日から遠ければ遠いほど安くなる。 ということでアメリカ行きのチケットは三ヶ月前に予約を入れた。チケットの値段は三万九千八百円なのに「出国税」「燃油サーチャージ」「現地税」等々が積み重なり結局七万近い旅費となってしまった。「航空チケットも総額表示をするべきだよね。気のせいかもしれないけど詐欺に合ったような気がする」 妹も家族全員で見に来て貰った方が嬉しいだろうけれど、この金額ではそう簡単に行き来をするわけにはいかない。出発二ヶ月前には八万円。一ヶ月前には何万円になるのだろうか。安く海外に行こうと思ったらまず早く行動をするに限る。 予約したチケットの代金はクレジットカードで支払い、実際のチケットは空港で受け取る。チケット本体が手元に無いと多少の不安はあるが、妹も使ったことがある航空会社なのでまず問題は起こらないだろう。と無理やり自分を納得させる。私がアメリカに行っている間、家族はディズニーランドに行くそうだ。 それはようござんした。 アメリカ行きチケット一人分と家族三人分のディズニーランド代はほぼイコールになるのだろうか。つっこみをしたい部分もあるが、かなり家族で既に盛り上がっている関係上、余計なことはいわない方が良さそうではある。
November 8, 2006
私の24 妹がアメリカで出産をする。 子育てのプロフェッショナルとして これは是が非でも会いに行かなければ……■熊本日帰り出張は可能? 近年、出張といっても大阪、広島辺りでは新幹線で行き来できるので「日帰り」が当たり前になってしまった。残念。あちこちと出歩くのは大好きだがきついのは辛い。 先日、ついに熊本への日帰り出張を強行した。一泊した方が楽かもしれないが、家族の事を考え日帰りとした。朝四時に起き、車で羽田空港へ。「飛行機の始発で行き最終便で帰る」プランはかなり過酷であった。まず最初に羽田空港に行く時点で間違えてしまった。「あれれれ? カーナビの設定を間違えてしまった!」「首都高の出口は一つ前の物を出るんだった!!」「あ、まずいあと十五分しかない!!!」 右往左往あり空港に到着して、目に付いたお菓子をまず買って。さて朝ご飯用に何か買おうかな……と思いきや館内放送で聞きなれた名前が連呼されていた。「ミレディさん~急いでゲートへ向かってくださいー」 え、まだ十分はあるよ……何と大げさな! と思ったけれど慌てて指定された方向へ走った。なるほど。飛行機に直接乗るのではなく、バスを使って空港内走って移動するので時間がかかるのね。いつも通り約束時間の五分前に到着すればOKでは無かったのをすっかり忘れていた??「ミレディさんーーーここですよーーー」「はーい」 暢気に返事をする。ちなみに私が持っていたチケットはディスカウントチケットなのでこれに乗り遅れるとその日の熊本出張は無くなってしまったのだ。むしろ怒鳴ってくれた航空会社の人には感謝こそすれ、他人事のように対応してはならなかったのだ。 無事飛行機に乗り込み一段落。 その日の出張は無事終ったのだけれど何気に頭の中にはアメリカのテレビ番組「24」のテーマソングが流れていた。あたしもやればできるのよ。一応謙虚に次の出張の時は早く空港に着くようにしようかなと思いつつ。その日は夜中の十二時に全てが終り爆睡した。こんな出張可能でもやるべきじゃない……頭の中ではそう思っても、そう簡単に現実は自分の思い通り進んではくれない。
November 7, 2006
おはようございますミレディですアメリカ出張から戻ってきました。中国茶のサンプル本は出国直前に届きました。20冊。一冊アメリカの妹に届けられラッキーでしたこれからお世話になった方々に本を送って行く予定です「こんな品質の悪い物評判が悪くなる!」という隠居の一言はアメリカ往復の飛行機の中グルグルと私の頭を回り苦しめましたが↑結構小心者オンデマンド本はこんな感じです現在サンプル本の一冊が代々木公園事務所に置いてあります勿論紙質等々はもっと選べますので次のサンプルはもう少し頑張ってみようかなと思います↑これも、中国茶本も三回紙を交換して刷りなおしたインターネット書店に並ぶにはまだ時間がかかるようです明日移行はこのブログも少し更新して販売促進? 進めようかと思いますが内容は今回のアメリカ道中、旅行記にしようと思っています飛行機の中で書き留めたことなど少しづつ 公開して行きたいと思います日本との時差は実に17時間。飛行機で12時間。私は英語が話せるので特に問題無いと思ったのですが何と今回使用した言語の九割は「中国語」でありましためったに使わないから大変でした……はてさて、さてどんなことが起こったのか。一応このブログは「中国茶」がテーマなのでそれに沿った形にしようとは思っていますがどうぞお楽しみいただければ楽しみですではまた
November 6, 2006
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