おやじのブログ

おやじのブログ

PR

×

Profile

iwana07

iwana07

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

iwana07 @ Re[1]:正徳神明社(正徳1)・熱田新田二十番割観音堂(09/11) kopanda06さんへ さすがですね 少し歩きや…
kopanda06 @ Re:正徳神明社(正徳1)・熱田新田二十番割観音堂(09/11) 観音堂のうちで浅野祥雲作品のある場所は …
kopanda06 @ Re:甲斐國一宮・三峯神社・奥宮参拝 Day2 「三峯神社」(07/07) 白い三輪鳥居に、狼達。 その他どれをとっ…
iwana07 @ Re[1]:三十一番割観音堂 (港区明正1)(05/28) kopanda06さんへ コメントありがとうござ…
kopanda06 @ Re:三十一番割観音堂 (港区明正1)(05/28) セメント像、頭部は作り直したのかもと思…

Free Space



アウトドア&フィッシング ナチュラム



楽天市場




楽天トラベル

イオンショップ

HP Directplus -HP公式オンラインストア-

ロフトネットストア

楽天市場
2023.08.04
XML
カテゴリ: 神社仏閣・御朱印
愛西市の八幡社から今回の目的地楠神社までは県道168号線を南下、愛知県県境を越え三重県に。
堤防右側の「西川➡」と「輪中の郷」の看板から堤防を下りて西川地内の楠神社までは移動時間約5分程。

鎮座地は集落から少し離れた北に位置し、周囲はこうした稲田が広がり、東西どちらを眺めても堤防が視界に入り、送電塔が延々と連なっていく光景が広がっています。

社地東側の全景。
杜は楠木を主とし、境内を覆う様に伸び伸びと枝を伸ばし聳え立つ。
社地の南側には三つの石碑が建てられ、ひと際高く聳える楠の右に社標と石の神明鳥居を構えています。

参拝者駐車場はなく、周囲の道幅は狭く対面通行なので、大きな車で踏み込みむと駐車余地捜しに苦労すると思います。
場所を確認したら、近くの木曽三川公園カルチャービレッジに駐車、水を持って5分程歩いて訪れる事を勧めます。因みに往復約2000歩は歩けます。

三つの碑は日支事変、大東亜戦争、日露戦役記念碑、国を護るため当地から出征された方々の慰霊碑。


東を向いて立つ鳥居と左手の「村社 楠神社」の社号標、寄進年は大正13年(1924)とある。

神社南側の田んぼ脇に咲くひまわり。

南側にも鳥居があり、参道は楠木の杜に包まれた拝殿に伸びています。
社頭には僅かばかりの駐車スペースはありますが、参拝駐車可なのかは定かではない。
ここちらが正参道になるようですので拝殿に向かう。

境内右の手水舎。

龍は休み。

冒頭の東向きの脇参道。

境内の楠神社由緒、内容は以下。
「神社の地はもともと西川八幡社の地であり、この西川八幡社が長島北部地区で最古の神社です。
天正16年(1588年・豊臣秀吉の時代)平方村(長島町平方)の農夫・西村孫左衛門が篠橋川(現在の木曽川)で漁をしていたところ、魚は取れずに青紅石がかかり邪魔になるので川に投げ捨てて網を入れると青紅石が又掛かった。
もう一度同じことが起きたので、不審に思ってその石を堤に置いて、改めて網を入れたところ大漁であった。

その夜夢のお告に『青紅石を西川村(長島町西川)の産土神として祀り、八幡宮と崇め申すべし』とあったので、西川村の長の彦左衛門に相談した。
西川村の長も同じ夢を見たとゆう。
それで西川の地蔵屋敷に社祠を造営して、その石を西川村の産土神(生まれた土地の神)とし八幡宮としたという伝説がある。
社の東八町路はクスノキの枝が四方数町にわたって覆っていた。
その森の中に八幡社が鎮座していた。

そのクスノキの大樹を文禄慶長(1592年)の豊臣秀吉の朝鮮征伐にこれを伐り、軍艦阿宝丸を建造したといわれている。
現在も切株が成長し、拝殿の奥、本殿の東側に切株から生えたひこばが大樹となって残っている。
後の『村』の基となっている。
1592年頃に切られた、クスノキがその当時すでに相当の巨木であったこと、また当地が『地蔵屋敷』と称されていたことを考えると、青紅石が祀られる以前から、この地に何らかの寺社のようなものがあったかもしれないが、記録が存在しないため不明である。

明治11年(1878年) 編成法により、西川村・新所村・松之木村・杉江村・上坂手村・下阪手村・千倉村が『楠村』となり、かっての村は大字となった。
明治40年(1907年)8月三重県令の一村一社に合祀の通達により、明治42年5月15日に神社7社と境内社17社を、西川八幡社の社地に合祀し、楠神社とした。

合祀した神社は、西川八幡社(1588年造営)・下坂手神明社(1615年造営)・上坂手社(1707年造営)・千倉神明社(1650年造営)・新所春日社(1651年造営) ・松之木内母山社(1718年造営)・杉江稲荷社(1838年造営)の社と境内社十七社で楠神社となった。
大正14年(1925年)御遷宮を行い現在の本殿となり、昭和53年(1978年)拝殿と社務所が建替えられた。」 

祭神が記されていると有難いが、主祭神は誉田別尊だと思われますが詳細は分からない。
楠神社の歴史はこの由緒だけで十分語られ、初めて訪れた者にも分かりやすい。
それにしても、昔から網には魚意外にも色々なものが掛かってくる、ここは青紅石が事の起こりのようです。

そりゃあ石にしてみれば何度も掛かってやりたくなるもの。
社名や境内の楠木から、楠木に纏わる不思議な事象があったのかと思っていたが、楠神社の御神体は豊漁をもたらした不思議な青紅石という事です。

参道から拝殿の眺め。

拝殿は切妻瓦葺の平入で向拝が付き、手前に一対の狛犬が守護する。

狛犬は子付き、玉持ちのものでよく耳にする岡崎型。



拝殿額の揮毫は熱田神宮宮司によるもの。

拝殿内部。
フォーカスが甘く載せていませんが、右手に奉納額や太鼓が置かれています。

拝殿左の参道は奥の本殿域に通じている。
石垣を高く積み、本殿の周囲を玉垣が囲みます、本殿域左側に境内社が一社祀られています。

神明造で内削ぎ千木と5本の鰹木が付く、社名札はなく詳細は分かりません。

本殿域全景。

本殿は神明造で内削ぎ千木と6本の鰹木が付く。

本殿右の大楠。
ほゞ平坦な輪中には樹々が生い茂る山はなく、大きな影を落とす樹々が聳える場所は古くからある神社の杜だけかもしれない。
秀吉の軍船にも用いられたとされる楠木は、今も代を変えて空に向かって大きく枝葉を広げています。

秀吉の時代は今より広い楠の森が存在していたのでしょう。
今回訪れた神社の中にあって、大きな杜を持っている楠神社、長島北部では最古とされるのも頷ける。

参道から社頭の眺め。
輪中を歩くと陽射しを遮るものが少ない、こうした木陰はオアシスのような存在です。
さて次の目的地に向け、カルチャービレッジに停めた車に戻ろう、今頃車内は灼熱の地獄だろう。
それにしても帽子では役不足、大きな日傘が欲しい。

楠神社
創建 / 天正16年(1588)
祭神 / 誉田別尊(応神天皇)他
境内社 / 不明社1社
所在地 / 三重県桑名市長島町西川2196
参拝日 / 2023/07/21
八幡神社から車移動 / ​ 県道168号線を南下5分 ​。
関連記事 / ​ 八幡神社(森川花はす田と船頭平河川公園近況)








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023.08.04 00:00:21
コメント(0) | コメントを書く
[神社仏閣・御朱印] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: