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なぜか海を越えて飛んで行く羽目になった。。。というわけで、アメリカ編。【シェイ・スタジアム】MLBニューヨーク・メッツの本拠地。生・新庄見たさに飛んで行った。5泊7日で4.5試合観戦(着いた日は宿に荷物を置いてから行ったので途中から観戦)。新庄が外野のフィールドに立っているのが目に入ったときは思わず目が潤んだ(笑)。外野にある巨大な林檎が特徴というか有名。スコアボードの裏側には「Baseball is for Kids」という文字と子供たちの絵が描かれている。結構古い感じで、特に凝った造りではないが、雰囲気は悪くない。もちろん屋根なし天然芝でGOOD!ナイターもいいけど特に晴れた日のデーゲームは最高。席種(チケット代)は位置ではなく高さ(フィールドからの距離)で分けられ、シートの色も異なる(要するにネット裏でも最上段ならいちばん安い値段)。しかし、基本的に外野席はなく、それが非常に残念(ピクニック・エリアという招待席?のようなスペースがレフトの一角にあるのみで、そこは購入不可能)。チケット売場のお姉さんが「わたしもシンジョー好きよ」と言って結構いい席を選んでくれた。日によっていろいろな場所で見てみたがそれなりにどこでも楽しめる。通路を歩いていると案内係のおじいちゃん達がわたしの顔を見ては「シンジョー、シンジョー」とにこにこしながら言うのでちょっと閉口した(笑)。グッズの売店は割にしょぼい感じ。結構楽しみにしていたのだが、少なくともわたしが食べたホット・ドッグはあまり美味しくなかった。5月下旬のメモリアル・デー(?)の頃だったが、天候不順で結構肌寒い日が多かった。ある日新庄がスタメン落ちしていたときの出来事。隣に座っていた東南アジア系の少年が新庄のファンだったようで、代打を送る場面になるたびに「なんで新庄じゃないんだ(怒)」とぶつぶつ言っていたのがなんか嬉しかった。非常にラッキーだったのは、新庄が故意に死球を当てられて、それにチームメイト達が発奮して最終的にはティモ・ペレス(元カープ)のサヨナラ・ヒットで勝った試合を見られたこと。その勝利の瞬間、周囲の人たち(もちろん皆知らない人)とハイタッチして喜んだのを覚えている。【パシフィック・ベル・パーク】MLBサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地。現在は名称が変わっている模様。これまでの人生で見た中で最高の球場。もちろん屋根なし天然芝で、とにかくビューティフル!煉瓦造りの壁など外観からして美しいし凝った造りになってはいるが、決して装飾華美ではなく、クラシカルで上品な佇まいを具えている。芝も綺麗に生え揃っていて、本当に思わず溜息が漏れる程の美しさだ。シートは濃いめのグリーンで統一されている。グッズの売店もシェイとは大違いで、綺麗で広々としていて(2階建て!)種類も豊富。特徴はなんと言っても、外野にそびえ立つ巨大なグラブとコーラの瓶、それに子供用のミニ・ボールパークがある。ライトへの場外HRが海に飛び込むのをボートに乗って待ち構える人たちがいるのは有名だが、実際に1回だけ、そのいわゆる“スプラッシュ・ヒット(?という呼び名だったと思う)”を見た。時々その海でマスコット(名前忘れた。。。)が可愛くボートを漕ぎ漕ぎしていたりもする。ここは右中間が狭い変形球場なのだが、ちゃんと外野席もあり、最終日にいちばんセンター寄りの特等席をキープしておいた。(この球場はバリー・ボンズがいるためにチケットがすぐ売り切れてしまうので、シェイの時と違って事前にインターネットで購入しておいたのだ。)それなのにその日、新庄は欠場(涙)。全部で4試合、いろいろな席で観戦した。ここはシェイと違って位置やグラウンド・レベルによって席種が細かく分けられていて値段も様々。見たのはすべてダイアモンドバックス戦で、カート・シリングの完封劇を見たが、ランディ・ジョンソンはローテの関係で見られなかった。新庄は欠場する前日、シリングから死球を受けていた。なぜかアメリカに新庄を見に行くとよくデッド・ボールを見るなー(笑)。打てなくてもたくさんの声援を浴びながら華麗な守備を見せている新庄が誇らしかった。。。ナイターも風情があるのだが、やはり青空の下でのデーゲームが最高。シェイとほぼ同時期に行ったのだが、日差しは強くても風が冷たい。ナイターの時は、席によっては強い海風が寒い程に冷たく、マフラーをしている人はあたりまえで、手袋をしている人もいた。なにしろ一年中クラムチャウダーを売っているらしい(たぶん)。これはなかなか美味しかった。何度も言うようだが、この球場はほんとに夢のように素晴らしい。今でも日本の球場が嫌になると、“どこでもドア”でパックベルへ逃げたくなる。【ハーバーパーク】ニューヨーク・メッツ傘下3Aノーフォーク・タイズの本拠地。ヴァージニア州という遠い所にあって、飛行機を乗り継がなければならない。日本人が少なく、特に日本からの観光客は皆無と言ってもいいので、球場でぼーっと見ていると「シンジョーの親戚かい?」などと声をかけられる(苦笑)。球場そのものは以前にも書いたが、シェイ・スタジアムを模して造られており、実際よく似ている。広さも申し分ない。ただし、もちろんビッグ・アップルはないし、スタンドは狭く15000人程度しか収容できない。それでも日本の大方のファームの球場に比べればなかなか立派なものだ。しかし、天然芝の手入れははっきり言ってひどい。ところどころ芝生が剥げているのが、なんとも言えない感じ。。。あぁマイナー・リーグなんだなぁ、という、うら淋しい雰囲気をそこはかとなく醸し出している。でも、さすが地域密着というか、野球の生まれた国というか、観客は結構盛り上がって試合を楽しんでいるし、客席もいい感じに埋まっている。スタッフのサービスもメジャーと同様に大変良く行き届いている。フードの売店もまずまず揃っているし(チーズ・バーガーは美味しかった)、グッズも選手個々の物はほとんどないが、キャップやシャツ類は案外充実している。しかし小物関係が少ないので、人にあげるための品選びには困る。この球場は港のすぐ近くにあって、船が見えたり、鴎が飛んでいたりする。5泊7日で5.3試合くらい観戦(初日はWヘッダー第1試合の終盤から)。たぶんもう二度と行くことはないだろうと思う。次回ファームその他編へ続く。。。かも?(笑)←年明けの気分次第(^^;)■明日から帰省します。日記もお休みです。皆様、よいお年を!■
2004/12/23
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なぜか名古屋はいつも素通りしてしまっている。というわけで、関西その他編へ。【藤井寺球場】大学の頃「西武ライオンズ応援会(?)」というサークルに所属していたのだが、ホーム・グラウンドが近場にあるにもかかわらず、夏休みになぜか遠征。たぶん合宿代わりだったのだろう(謎)。初めての関西。若気の至りでミーハーにも選手と同じホテル(←会長が調べた)に宿泊。苫篠(もちろん兄)にロビーでサインを貰った。優しかった。東尾には緊張して「が、頑張ってください!」と言うのがやっと(笑)。球場はぼろかった気がする。一応サークル活動なので、ノート持参で何か記録しながら見ていたのだが、そのノートは今や行方不明。苫篠のサインも行方不明(汗)。近くに座っていた子供とちょこっと話した時に「ありがとぉ」と関西訛りで言われて、「あぁ、大阪に来たんだなぁ」となんかしみじみした記憶がある。勝ったような気がするが細かいことはほとんど覚えていない。【甲子園球場】ご存知、虎の聖地。いつのまにか年に1、2回は行くのがあたりまえになっているが、今年は行けなかった。帰京した日にそのまま遅番に入るなど、昔は結構無茶もやった。チケット販売が一斉前売り式になった今は行くのがなかなか難しい。わたし的には国内で最高の球場。広く美しい天然芝は一度体験すると病みつきになる。生・トラッキー&ラッキーも必見の可愛さ。ここで新庄がバックホームで東出@カープを刺したのが強烈に印象に残っている。また、物好きにも消化試合をわざわざ見に行ったお蔭で(ガラガラで小雨混じりで寒かったが)、新庄の文字通りの「サヨナラ」HR(阪神での最後のHR)を見ることができた。関東と違って応援の統率が良く取れているのが印象的。優勝した昨年は平日にもかかわらず異様な熱気だった。甲子園での自身の勝率は悪くない。負け越したことはたぶんないはず。2戦中2勝、もしくは1勝1敗。1戦のみ観戦の場合は必ず勝ち、と記憶している。外野でしか見たことがないので一度内野席で見てみたい。【ヤフーBBスタジアム】来季からは名称が変わってしまう。旧・グリーンスタジアム神戸。ここの天然芝も美しい。スケール的には甲子園に及ばないが、イニング間のさまざまなファン・サービスのアトラクションや売店のイメージなども含めて、全体的にアメリカンなスタイルが印象的で、ボールパークの雰囲気を存分に味わえる。ホワイトソースのピッツァが美味しかった。ファウルグラウンドに面していてフェンスのないフィールドシートが売り物でMLBのスタジアムを思わせるが、残念ながら未体験。パ・リーグで天然芝の球場はここだけなので、今季無理をして遠征するも台風の影響で2試合観戦予定が1試合に。負けを喫して、遠征で1つも勝てないという初の苦い体験を味わう。近鉄を事実上吸収したオリックスが来季からこの球場の使用回数を減らすことを表明しており、非常に残念。【福岡ドーム】特に目指して行ったわけではないのだが、福岡在住の友人のところへ遊びに行ったついでに行ってきた。屋根が開閉するところを見たかったのだが、もちろん見られず、閉まったままの状態で観戦。たしか連休明けの平日で、対戦相手がイチローがブレイクする前のオリックスだったためか、超閑古鳥状態。マジで客の人数を数えられそうな気がした。そのせいもあってか、広い球場がより一層だだっ広く感じられたように思う。もう一度行きたいとは特に思わないが、スポーツ・バー(?)みたいな所には行ってみればよかったかなーという気はする。次回アメリカ編へ続く。。。
2004/12/22
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先日、某チャットにて、“行ったことのある球場自慢”(?)みたいなのをやっていた。結構各地を回っているマニアな人がたくさんいた。確かにわたしでさえ、ファームとかキャンプとかも入れると結構な数になることが判明。以下、思い出などと共に。。。まずは関東編から。【神宮球場】いちばん最初に野球を見た球場。いちばん近所で、仕事帰りでもふらっと行けるのが便利。虎にハマっていた時代は最も足繁く通った。六大学も見に行く。早稲田の和田毅(現・ダイエー)のピッチングが好きで一時期はかなり熱心に通った。プロ入りする際、初めて顔を見て(悪い意味での)衝撃を受ける(笑)。思い出は多過ぎて、これ!と言えない感じ。結構好きな球場だが、人工芝なのと狭いのとバック・スクリーンが邪魔で外野席からセンターの守備が見づらいのが欠点。でも屋根なしなので、頬に風が心地良い日などは至福(禁煙になってからは特に)。今年は阪神戦を1回のみ、という自分でも唖然とする少なさ。来季は交流試合、六大学も含めてもっと通いたい。【西武球場】子供~学生時代、最も足を運んだ球場。空の青と木々の緑、春には桜が美しい、それはそれは素晴らしい球場だった。西武の選手にHRが出ると打ち上がる花火が綺麗だった(ドームになってからのは花火と呼びたくない)。欠点は人工芝とフェンスの硬さのみ。あとは文句なし。シートの色(グリーン)も好き。大好きな吉竹春樹選手(現・阪神コーチ)が守備の際にフェンスに激突して大怪我をした。春先&秋の寒さと山の気候の急激な変化、種々雑多な虫たちにはしばしば困惑するが、天気さえ良ければ至福。急に土砂降りになって試合が中止になり、スロープを水が滝のように流れる中、父と急ぎ足で帰った思い出がある。学生時代は駅前の売店でグッズ売りをしていた。試合中、暇だとたまに「見てきていいよ」と言われて、こそっと試合を見に行くのが楽しみだった。【西武ドーム】↑に変てこりんな屋根(?!)を付けた最低の球場。サイドがオープンなため、寒さも暑さもそのまま体感でき、虫にも遭遇できる“意味なし男ちゃん”なドーム(?)。青空の下で野球を見ても、なんか曇りのように感じる。雨は一応しのげるが、降りが横殴りになってきた場合、通路に近い席の人たちにはやはり“意味なし男ちゃん”。昔からやってるけど、新鮮な野菜とかが抽選で当たる企画は悪くない(昔、横田久則がプロ入り初完封した日に、友達は立派なキャベツが当たった)。日米野球で新庄の最後の阪神ユニ姿を見た。今年はプレーオフも含めると17回通った。すべて日ハム戦。【後楽園球場】公式戦では、父が会社の人から貰った巨人戦のチケットで弟と二人、江川を見たような記憶が微かに残っている。いちばん鮮烈な記憶は、西武との日本シリーズで、ちゃんと3塁側で西武を応援していたにもかかわらず、試合終了後西武が勝ってバンザイしていたら、通りすがりのヤツにメガホンで頭叩かれたこと(怒)。どんな構造だったかとか、あんまり覚えていないが、屋根がない分、東京ドームよりは良かった気がする。【東京ドーム】↑が広くなったのはいいが、屋根が付いてもちろん人工芝で、息苦しくなる球場。やはり空が見えないのがキツい。外野席は比較的見やすいと思う。内野はずっと上の方へ行くと選手が豆粒のようにしか見えない。巨人戦はチケット取るのが滅茶苦茶大変。虎マニア時代は早朝から抽選のために並んだが、ここ数年は軟弱になってイープラスに頼っているので、なかなかチケが取れない。東京時代の日ハム戦はゆったり見られて極楽だったが、移転元年の今年はいい席をGETしようと思うと結構大変だった。あんまり好きな球場ではないが、比較的近いし、日米野球やマスターズ・リーグも見られる。トーリィ君はここで見た。今年は阪神戦を1回、日ハム戦を14回見た。【横浜スタジアム】ここ数年ご無沙汰だったが、今年は1回だけ英智目当てで中日戦を見に行った。虎マニア時代は、平日カードの場合ちゃんと休みをそこに合わせてかなりマメに通っていたが、いかんせん遠い。仕事帰りじゃ絶対間に合わないので、休みを取りにくい週末カードが多い年は必然的に通う回数も少なかった。割とちゃんと通っていた頃は行くと負けることが多かったので、帰り道がより一層長く感じられた。。。悲しい記憶(溜息)。来季は交流戦で行けるかも。球場的にはやはり神宮と同じく、人工芝なのと狭いのが欠点。あと、個人的にはオレンジ色のシートが嫌い。縞縞になった芝は好きでも嫌いでもない。外野席は見やすい。【川崎球場】とにかく狭くて汚くてガラガラだった。西武マニア時代、ある一軍半の選手にハマっていて、一軍登録された嬉しさの勢い余って駆けつけた記憶がある(苦笑)。遠かった。しかも駅からも遠い。基本的には滅多に行かなかった。「さよなら川崎球場」のイベントは極寒の日で、モコモコに着膨れして行った。フィールドにも下りられた。紅白戦みたいなのをやって、水上が親子で出ていたのを覚えている。全然関係ないが、帰りにみんなで、今はもう閉鎖されたバッティング・センターに行った。さっぱり打てなくて凹んだ。【千葉マリンスタジアム】初めて行ったのは対阪神のオープン戦。ここは屋根なしで、芝も天然に近い人工芝なので、割と好き。だが風はやはり海に近いだけあって、かなり強い。夏でも、日がもろに当たる所以外は結構涼しい。その分春先と秋はもちろん重装備の防寒対策が必須。上段の席の上はひさしになっているので、雨や紫外線対策には○。鴎ファンの宗教儀式的な応援風景が時折苦痛。ここも結構遠いので、日ハムが東京にいた頃は正直ほとんど行く気になれなかった。今年はやむなく(笑)13回通った。以前にも書いたが、球場へ行く途中の道でコケて負傷し、医務室の世話になったことがある(苦笑)。次回関西その他編へ続く。。。
2004/12/21
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久々に雑踏の中へ足を踏み入れた。なぜか、クビになった前職場の忘年会に招待されて、のこのこと出かけて来たのだ。まあクビになったとはいえ、現場の人たちはあいかわらず皆いい人ばっかりだし、先月オープンした新館をちょっと覗いてみたい気もあった。しかし、師走の繁華街は予想以上にキツかった(=_=)。最近はほぼ引きこもり状態なので、外出する時にはいつも用事が溜まっていて、この日もまず銀行→買物(化粧品)→別の銀行→新館見学→買物(来年の手帳)→タダ(会社の金)で飲み食いするので手土産を買う→忘年会会場と、ぐるぐるしているうちに既に疲れた。。。懐かしい顔ぶれに久しぶりに再会してとても嬉しかった。みんな変わらず優しく温かかった。でもなんとなく一人だけ取り残されたような、置いてけぼりを食らったような、切ないような、変な気持ちになった。そこはかつてわたしもいた場所。今はもう戻れない場所。顔を出せばみんな喜んでくれるけど、でももうわたしの入るスペースはない。。。それが現実。ベテランの技師さんから(辞めた時に)渡せなかったから、と無理にお餞別を渡されてしまった。。。とても有難いし、お気持ちは嬉しかったが、なんとなく切なかった。なんでかな。。。このところずっと一人で淋しかったから、みんなに会えて本当に心から嬉しかったのに。でも、それとは別に、「居場所がない」という気持ちが心の中にいっぱいになって苦しかった。いつになったら新たな一歩を踏み出せるのだろう。新しい自分の居場所を早く見つけたいのに。。。
2004/12/20
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きのうファン歴について書いたら、今朝タイムリーに『波瀾万丈スペシャル』という番組に新庄が出演していた。テレビは普段ほとんど見ない方だし、とりわけこの番組はゲストが他の人だったら絶対に見たくない番組の一つなのだが、やはり昔の懐かしい映像などもあるだろうし、と思って見てみることにした。が、不覚にもいつものごとく二度寝してしまったので、頭15分くらい見逃してしまった(悔)。結論から言うと録画すればよかったなーと思ったが、番組自体の作りはあまり良くなかったと思う。だって、どこが“波瀾万丈”なの(・_・?という作りになっていたからだ。たしかにそれなりに苦労話なども語られてはいたが、「センスないから辞めます」発言は見事にすっ飛ばしていたし、マイナー落ちのつらさなどもたった一言のナレーションで片付けられていた。(そうそう、この番組が嫌いな理由の一つにあのナレーションの声が嫌い、というのがある)要するに、この番組は新庄剛志の半生を語り尽くしていないと思うのである。もしかしたらそれは本人の希望なのかもしれない。哀れみを受けるのが嫌いなタイプだから。でも“波瀾万丈”という番組の目的というか意図からは完全に外れているなぁという印象を受けた。で、なにゆえ、録画すればよかったと思ったかというと、若い頃の補殺シーンの映像が思ったよりたくさん使われていて、しかも本人も言っていたが、たしかに今は肩が衰えた、というか、現在よりもっと圧倒的にすごかった頃の映像が満載だったからである。これは予想外だった。番組のタイトルとイメージから考えて、もっと人生に降りかかった出来事を中心に大袈裟なドラマ仕立で構成されるとばかり思っていたのだ。あんなにプレーの映像、しかも守備シーンが使われるとは思っていなかった。見られたのは嬉しかったが、甘く見て録画しなかったのは不覚だった。ともあれ、彼はもういつ引退してもおかしくないんだよなぁという印象はますます強くなった。複雑。。。
2004/12/19
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某KさんのHPのBBSで、すこし前に「(新庄)ファン歴何年か」というテーマでいろいろな書きこみがされていた。それではたと自分を振り返ってみて、何年だっけかなー?と思ったが、すぐには出てこなかった。実を言うとわたしには“隠れ”ファン時代があったので、そこら辺の関係で記憶がやや曖昧になっていたのである。ここのところ体調が悪くて起き上がれないことが多かったので、わたしは横になったまま、それについてしばらく考えを巡らしてみた。。。正確にはやはり12年だろう。カミング・アウトしたのはもうすこし後なので、周囲の人間からしたら「えっ?!」という感じかもしれないが(笑)。なぜに“隠れ”ていたか?それはわたしがかなりのあまのじゃくで、それ迄、みんなが「カッコイイ!」「好きだ!」という人のファンになったことがなかったからである。要するに照れていたので隠れていたわけだ(苦笑)。子供の頃からわたしは常に“いぶし銀”と呼ばれるような選手をチェックし、周囲から「誰それ?」と言われるような選手を応援することに密かな喜びを見出していたのである(←可愛くないガキだ)。大勢の人がキャーキャー騒ぐ選手には見向きもしなかった。今更“亀新ブーム”真っ只中の新庄が好き、とはどうしても言えなかったのである。実際、私服の第一印象は最悪で(当時はホストみたいなファッションだった)、最初のうちは「なんじゃ、この派手派手野郎は?!(怒)」と思っていたのだが、たぶん(どうしても具体的には“コレ”と思い出せなくて残念なのだが)ガツンと衝撃を受けるようなプレーを目にして、ノックアウトされたのだ。あの外見にして中身(技術)は超一流。むぅ。。。わたしは唸り、そして彼のファンになったことを内心認めた。しかし、その後もしばらくは「選手としての新庄が好きなだけで、決して“タイプ”ではない!」とムキになって訴えていた(笑)。堂々と開き直って周囲に公言しつつ応援するようになるまでには結構時間が必要だった気がする。やれやれ。あまのじゃくもここまでくるともう筋金入りだな(苦笑)。まあ子供の頃から「野手は足と肩と守り」というのはわたしにとっては必須条件だったし、彼ほどの身体能力の持ち主というのはそうそういない、ということはプレーを一目見ればわかった。だからバットでの衝撃デビューというのは、わたし的にはただ彼の存在を知るきっかけに過ぎなかった。昔からバッティングにはあんまり関心なかったし(笑)。その後彼が見せてくれた華麗な守備がわたしを虜にしたのである。わたしは当初、時々の生観戦と地上波の巨人戦とスポーツ・ニュースだけで満足する、比較的まともな一阪神ファンであったが、次第にそれだけでは飽き足りなくなっていった。新庄剛志の貴重な名守備シーンを一つも見逃したくないと思ったわたしは、大家さんに頼み込んでケーブルテレビを引いてもらい、仕事でリアルタイムで観戦できない時は(要するに休日以外は毎日)必ず録画をし、毎日欠かさず阪神戦をチェックするようになった。仕事が忙しくて録画した試合を全部見られない時も、新庄の打席以外の攻撃場面を飛ばして、守りの場面だけは必ず全部見た。新庄“投手”を見るためだけに、おそらく一生に一度のキャンプ見学で安芸まで行ったこともある。年に1、2回の甲子園遠征は至極当然の行事になっていた。もう完全にマニアである。でも新庄のプレーには実際そのくらいの価値はあると思う。だから彼が渡米することになった時は迷わず今度はスカパーを導入した。安月給だったが少しも躊躇しなかった。そして“遠征”先が遠くなっても、ひるむことはなかった。周囲は驚き呆れたが、少ないボーナスをはたき、年に3日のみの有給休暇はすべて、その遠征のために充てた。公休日と合わせて一週間、無理にとった休暇で5泊7日のニューヨーク、サンフランシスコ、そしてノーフォークへの遠征を強行。3年目は本当はもっと早い時期にニューヨークへ行く計画を立てていたのだが、仕事の関係で2回も休暇が先延ばしになり、その結果行き先が変わってしまった。。。日本語のガイドブックがない場所に行くのはさすがに不安だったが、わたしは新庄剛志の生のプレーを見たくて死にそうだった。だから行った。飛行機を乗り継いで、入国審査で怪しまれながら(詳細は当時の日記を参照)も、挫けることなく、その田舎町に辿り着いた。。。新庄が帰国して北海道に根を下ろした今年は、関東の試合は皆勤、神戸への遠征も果たした。引っ越した関係でスカパーが見られなくなってしまったので、全試合は見ることができなかったが、視聴可能な試合はすべてチェックした。あと何年彼のプレーを見られるのだろう。わたしの新庄ファン歴は何年で幕を閉じるのだろう。。。とにかくその日が来るまでは出来る限り彼のプレーを追い続けたいと思っている。
2004/12/18
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例によって体調不良のため、おとなしく読書の一日。途中、おやつに栗蒸羊羹を食べる。両親経由で弟から貰った物。ふんだんに栗が入っていてとても満足。「開封後はできるだけ早めに食べるべし」という弟の言葉に従って、厚めに切ったのを2切れも食べた。うーん、小確幸。『蜂蜜パイ』誰かがどこかに書いていたような気がするが、ラスト・シーンのイメージが確かに『アフターダーク』と重なる。というか繋がっているように感じられる。「たとえ空が落ちてきても、大地が音を立てて裂けても。」という最後の一文の言葉に込められた力強さがいい。幼児が登場する作品は珍しいと思う。この作品だけが書下ろしのためか、他作品とやや印象が異なる。ストーリーとしてはありがちなのだけれど、不思議と心に沁みる。カンちゃんはわたしに、高校時代の部活のある先輩を思い起こさせる。実際彼が新聞記者になったらしいということを最近偶然知り、ますますカンちゃん=I先輩というイメージが強くなった。でもI先輩はたぶんカンちゃんよりは幸せになっていると思う。というか、そう思いたい。。。懐かしい。やんちゃで優しくてお兄ちゃんみたいな先輩だった。体調が悪い時いつもいちばん最初に気がついてくれた。。。『UFOが釧路に降りる』『アイロンのある風景』『神の子どもたちはみな踊る』『タイランド』ということで、短編集『神の子どもたちはみな踊る』読了。
2004/12/17
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3日だろうか、サボったのは。原因は燃料(体力&ネタ)切れ。。。起き上がってPCを開く元気もなかった。比較的調子の良い時は、横になったまま本を読んでいた。『ダンス・ダンス・ダンス』『かえるくん、東京を救う』でもそれ以外は大抵ぼんやりしていた。体調が低迷期に差し掛かっているのかもしれない。めまいがひどい。ひどく野球が見たい。。。『ダンス・ダンス・ダンス』は『羊をめぐる冒険』から直に読まなくて逆によかったかもしれない。『羊~』に比べると『ダンス~』はどこかかったるい感じ。主人公が考えながらステップを踏んでいるので仕方ないと思うが、なんかこうもどかしい。『羊~』のあの疾走感というか、切迫した状況の中で高まって行く緊張感、のようなものはない。その代わりにじわじわと身に纏わりついてくるような、不気味な闇の気配が終始作品に漂っている。それに押されてなんとか読了。一応ハッピー・エンドの割になんか後味が悪いのはなぜだろう。白骨の謎と羊男の行方が判明しないまま終わるからだろうか。どうでもいいことだが、五反田君はどことなくヨン様を想起させる。読んでいる間じゅうヨン様の微笑が常にちらついて困った(笑)。映画化するなら間違いなく五反田君はヨン様で決まりだと思う。それからユキは13歳の頃の観月ありさ。彼女はあの頃の雰囲気を今はもう完全に失ってしまった気がする。。。少女というものはきっとそういうものなのだろう。もちろん、中には永遠に少女らしさを失わない女性もいるが。。。とりあえず個人的には『羊~』の方が好き。たぶん鼠が好きだからだと思う。。。■しばらくあまり書けないような気がします。。。すみません■
2004/12/16
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今日はあまり調子が良くなかった。正確にはいつも「あまり調子は良くない」のだが(病人なんだからあたりまえだ)、ここのところ比較的感じていた「悪くない」という感じが今日はどうしても持てなかった。なにもやる気が起きないし、無理に何かをしようとしてみても、どれも上手くいかずに結局は投げ出してしまった。そんな訳でただ何もせず、いっそ横になろうかなーと考えつつ、クッションにもたれかかってぼーっとしていたら、夕方母から電話がかかってきた。わたしは電話が嫌いなので、いつも留守電状態にして音も切ってある。だから、ただカチリという音がしてテープが回り始め、そして終わるのを聞き届けてから、再生して録音されている内容を聞いた。ひどくせかせかとした口調で「今TBSでトライアウトの特集みたいなのをやっているから。。。」と母の声が告げていた。急いでテレビのスイッチを入れる。番組は既に始まってから大分経っていたようだが、どうやら戦力外通告を受けてトライアウトに臨む選手たちの中から4人にスポットを当てているようだった。(ナレーションは俳優の萩原聖人だった。彼の声はとても好きだ)途中から見たので、いまひとつ細かい状況はつかみかねたが、彼ら4人の野球を続けたいという真摯な情熱を番組は追いかけ、そしてその結果、明暗が分かれた運命を示して終わった。実際はトライアウトの受験者数はもっともっと多く、“ドラマ”の数もまた、その分だけあったのだろう。。。彼らの中の一人が、プロテクト入りを拒否する元・近鉄の選手たちに対して「わがまま」という言葉を使っていた。それは岩隈とのトレードが噂された際に巨人の高橋尚成も放った言葉だが、その言葉の持つ響きや重みは、同じ言葉とは思えない程まったく違って聞こえた。高橋尚が岩隈に対して「わがまま」だと言った時、わたしは「あんたなんかに岩隈の気持ちがわかるか。黙っとけ」と思った。しかし、今日の番組で聞いた「わがまま」という言葉に対しては何も言う気になれなかった。彼らの立場からしてみたらそう言わずにはいられなかったのだろう、としか言い様がない。無論、「実力が、結果がすべて」の世界だ。彼らに「わがまま」を言える権利がなかったのは、実力を評価されなかったからだ。「プロで野球ができるだけで幸せ」と思えるのは、その幸せを失いかけていた(もしくは失った)からだ。その、華やかな反面苛酷な世界に必死にしがみつこうとする4人の姿を見ていると、本当になんとも言えない気持ちになった。トライアウト受験目前に声がかかった者(元G・入野)、トライアウトで結果を出して契約にこぎつけた者(元G・野村)、トライアウトでは結果を出せなかったにもかかわらず台湾球界から誘いを受けた者(元G・川本)、そして結局どこからも声がかからずプロの世界から身を引く者(元BW・川口)。。。それぞれが皆、これから新たな険しい道を切り開いて行かねばならないのだ。彼らを含む、戦力外通告を受けたすべての人たちが、それぞれに違ったかたちでの幸せを、自らの手でつかみ獲ってほしいと願う。ドラマは人の数だけ存在し、幸せのかたちは一つではないのだから。。。
2004/12/12
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きのうに続いてまたしても“お金”の話になってしまって恐縮だが、今日はすっきりさわやかバージョン(^^)。ガッツ&新庄が共にさくっと契約更改を済ませた。新庄の方は実は10月末に既に終了していたそうで、複数年契約のため、現状維持8000万円+出来高満額5000万円でサイン。本当は補殺や盗塁の目標数値を高く設定し過ぎていたため、一部出来高をクリアできていない項目があったが、“北海道を盛り上げた”ということが評価された模様。各紙によって微妙に書き方が違うのだが、まあ大体こんな感じみたいだ。非常に妥当なんじゃないかと思う。先日書き立てられていた特別ボーナスはなくなったみたい(?)だし、補殺や盗塁の数が目標に達しなかったとはいえ、さまざまなパフォーマンスで北海道だけでなく球界を大いに盛り上げたという分で、そのマイナス分は補って余りあると言えるだろう。一方ガッツは現状維持の4億に僅か数分でサイン。ガッツに関しては、契約内容の詳細を知らないのだが、微増でもよかったのではないかなーと個人的には思う。新庄のように派手ではないので目立たないが、地元密着への貢献度という意味合いでは新庄に決して勝るとも劣らない。シーズン前からファイターズを札幌に根付かせるために数々のCM出演をこなしたり、慣れない場所へも顔を出したりと、大変な奔走ぶりだった。アテネ五輪にも日米野球にも参加し、球界再編問題では選手会長として激務をこなした。まさに“ファイターズの顔”として働きづめの一年だったと思う。4億という数字が既に十分大きな金額であるという見方もできるが、今年のガッツは、たとえ昨年より成績が僅かながら下回ったとはいえ、全体的にはそれを遥かに上回る働きをしたと言えるのではないか。球団がその辺をきっちり評価しているのかが若干気になるところだが、ガッツ本人がさっぱりと数分で出て来たということは、気持ちよく判を押せたということなのだろう、と思いたい。お金の問題は、まあいろいろとそれぞれに難しい問題があると思うが、ファイターズの顔とも言えるこの二人が、とにかくすっきりさっぱりとサインできたのはよかったなー(^^)と思う。
2004/12/11
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はたと気づいてみれば、もう師走も半ばに差し掛かろうとしている。仕事を辞めて(とゆーかクビになって)、部屋に引きこもるようになってから、すっかり世間の動きには疎くなってしまった。去年は迫り来る病魔の影を感じながらも、それを認めたくなくて、むしろ逆らうかのように体をせっせと動かし続けていたなぁと思う。去年の今頃はまだ仕事をしていて忙しかったので、休みになるたびに少しずつ、昼間は大掃除の作業を黙々と押し進めていた。以前にも書いたが、夜は夜でひたすら編物をしていた。今思えば、あの頃心身をゆっくり休めておけば、こんなに病が長引くこともなかったのかもしれない。今年は大掃除はとてもできそうもない。普段の掃除さえ、老いた親を頼っているくらいなのだから、どう考えたって無理だ。深く考え出すと限りなく落ち込んで行くので、あまり考えないようにしているが、やっぱり内心の不安や苛立ちは意識せざるを得ない。。。いつものごとくWEBで球界のニュースをチェックしていたら、佐々木大魔神の年俸が6億5000万円というのを知って唖然とした。いったい横浜のフロントは何を考えているんだろう。複数年契約にしてしまったのでどうしようもないのだろうが、今季の成績だったら通常はダウンは必至だ。そもそも彼は表向きに「家族のために」日本球界へ復帰したが、実際は自分がもうメジャーで通用しないということを悟っての決断だったと思う。それで日本ならまだまだ通用すると考えていたとしたら、本人も横浜のフロントも大甘だ。でもこの契約の結び方からして、きっとそうなのだろう。なんだか怒りを通り越して馬鹿馬鹿しくなってきた。しかも「家族のために」と言って帰国しながら、実際は芸能人と不倫、というスキャンダルまでおまけに付いているというのに、性的倫理には厳しいはず(?)の日本プロ野球界は、あいもかわらず“元メジャー・リーガー”“ハマの大魔神”として彼を崇め奉っている。なんだかさっぱり訳がわからない。堂々としていられる本人の厚顔無恥ぶりにも呆れるが、周囲のその奇妙な崇拝ぶりが彼を勘違いさせていると思う。少なくとも横浜のフロントは、もっと冷静に彼の“現在の”実力を判断して契約を結ぶべきだったのだ。たぶん「大魔神が帰って来る!」ということだけで舞い上がってしまったのだろう。そうとしか思えない程、馬鹿げた金額である。これで他の選手の年俸や球団経営にしわ寄せが来るとしたら、なんとも不条理な悲劇であるとしか言い様がない。『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』読了。かなりの傑作とは言わないまでも、悩んでいる時とかに読むといいかもしれない、なんとなく(謎)。『アフターダーク』が発端となって、何気なく再び三部作を読み返したら、やっぱりすごく良かったんだけれども、『羊をめぐる冒険』を読んで、やっぱりまた、あの言葉にできないつらさ、切なさがたまらなくって、そういう感情って中年になったら楽になるっていうか、もっと緩和されるものだと思っていたから結構途方に暮れてしまった。そういう時に『東京するめクラブ』を読んだんだけど、なんだか不思議に楽になれた。でも切ないパワー全開のまま『ダンス・ダンス・ダンス』へと一気に突入した方が正しかったような気もする(笑)。
2004/12/10
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まず始めに交流戦の日程が、続いて、セ・リーグ、パ・リーグの順に来季の試合日程が発表された。実際にはまだまだ先のこととはいえ、次第にわくわく感が募ってくるのは否めない。ただ、わたしの場合、開幕時の自分自身の状態が具体的に想像できない状態にあるため、同時に複雑な想いもあるのは確かだ。今季は病気で就労不能になったため、結果的に関東皆勤を達成できたわけで、痛し痒し、というシーズンだった。生の試合をたくさん見られるのはもちろん嬉しかったが、その反面、体の不調や仕事に就けないもどかしさや不安、経済的な苦しさも味わうことになったからだ。はたして来季はどんなシーズンになるのだろう。ひょっとしてひょっとしたら新庄のラスト・シーズンになるのだろうか。。。それはなんとか阻止したい。と言っても本人が決めることだから、どうしようもないけど。。。(・_・;)個人的には病気の治癒→就職とスムーズに行くことを望んでいる。その結果、海(千葉マリンスタジアム)や山(西武ドーム)になかなか足を運べなくなったとしても、その方が生活全体が安定するからだ。幸い交流試合のお蔭で神宮など近場も増えたのは嬉しい。ただ、交流試合の期間中は見たいカードがいくつも重なって結構しんどいことになりそうだなーとも思う。嬉しい悲鳴っていうやつだ。早くもさまざまな想像&妄想が膨らみ、心の中を満たしていく。新庄の肩VS.赤星の足、ガッツVS.亮太の豪速球、ザカスケVS.Gの強力打線etc...長い冬はこれで乗り切るしかないな。そういえば、まだ来年の手帳を買っていない。今年と同じ物が欲しいので探しているのだが、なかなか見つからないのだ。早く買って来季の試合日程を書き込みたい。今ちびちびと『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』という本を読んでいるのだが、サハリン編の所でやや行き詰まっている。これは著者の一人である村上春樹氏曰く「ちょっと変なところに行って、ちょっと変なものを見てまわろうじゃないか」という旅行記なのだが、なかなか面白い。ただ、最初の名古屋編があまりに抱腹絶倒だったので、その他の場所のインパクトがいまいち弱い感じ。本屋で見つけられなくて店員に尋ねるとき、本のタイトルがちょっと恥ずかしかった(苦笑)。しかし今日は寒いなぁ。キーを打つ手がかじかんでいる。そろそろ暖房を入れるべきかな。風邪気味だし。。。
2004/12/09
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と言っても自分の話ではない。きのうも取り上げたファイターズのマスコット、B・Bこと、ブリスキー・ザ・ベアーがお見合いをするかも、なんだそうだ。なんでも「B・Bにお嫁さんや子供を作ってほしい」というファンの声が少なからず上がっているらしく、B・B本人も「ダンスの上手い子がいいな♪」などとなかなか乗り気な様子だ。しかし、わたしはこれを聞いて大きなショックを受け、かなり動揺している。。。ファイティーはどうなるの?!ファイティーがいるじゃない?ファイティーを東京ドームだけじゃなく札幌でも登場させてあげればいいじゃないか。熊じゃないからだめなのか?自転車乗り回すくらいしか芸がないからだめなのか?もしも新しい雌熊マスコットが登場したら、きっとファイティーは消えてしまうような気がする。。。(泣)それはひど過ぎる。二軍の本拠地も鎌ヶ谷から札幌へ、という話もあるらしいが、それと同じくらい関東在住のファイターズ・ファンにはショッキングだ。このままだんだん、何もかもが奪われて行ってしまうのだろうか。それが地元密着ということなのだろうか。きっとそうなのだろう。でも頭では理解していても心が納得できない。長いこと東京にいた頃のファイターズの影は次第に薄れていく。。。ファイティーは前カノになり、ついには元カノとして忘れ去られていくのだろう。ファイターズはもうまっすぐに札幌だけを見つめて、東京のことは振り返りもしなくなる。。。それはいつかそう遠くない日にやってくる。悲しいがそれがきっと現実なのだ。いっそ最初から何も持っていなかったなら、こんな、置き去りにされるようなつらい想いをしなくて済んだのだろうか。。。すぐ隣にいたものが今は背を向けてどんどん遠くへ行ってしまう。たかがマスコットのお見合い、と笑って片付けられない複雑な想いが頭の中を今ぐるぐるしている。
2004/12/08
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通院日。今日は無事に遅刻せず到着。でも後ろから2番目だと思っていたのに、思ったより早く呼ばれてビックリ。未だに新しい予約のシステムを理解していないらしい(汗)。まあとにかく待ち時間が短いのは喜ばしいことだ。帰りはいつものように西友→ドラッグ・ストアと回り、買い出しをする。クリスマス・ケーキのパンフに新庄の写真が載っているという噂を聞いたので、ケーキを買う気など毛頭ないのにコージーコーナーで一応パンフだけ、ささっと貰ってきちゃった(^^;)。まあ時々シュークリームとか買ってるし、今日は勘弁してください(笑)。でも、真っ白なスーツ姿に真っ白な歯、背景には白いクリスマス・ツリー、というのも悪くはないけど、やっぱりわたしは野球が見たい。。。!お腹が空いたのでグラタンコロッケ・バーガー@マックORチョコ・ファッション@ミスドで暫し悩むが後者に決定。ミスドに入ったのはかなり久しぶりだ。引っ越す前は地元の駅前にあったのでしょっちゅう寄っていたが、このところはすっかり足が遠のいていた。メニューも結構変わってしまっていて、全体の種類も少ない上、好きだった物がなくなっており、ちょっと落胆。また当分行かないだろうと思う。帰省している間にすっかり浦島状態になっていたので、要所だけでも押さえようとあちこちで情報収集に努める。北海道日刊のファイターズ情報を、不在の間分すべて読むだけでもうクタクタ(=_=)。契約更改は結構難航してるようだが、まあ所詮他人のお金の事だから関係ない。個人的には、あんまりごちゃごちゃ言わない人が好きだが、理不尽な場合は無論ちゃんと言うべき、とは思う。思った程重大なニュースはなかったみたいだ。気になったのは冬眠できないB・Bのことくらいかな。結構多忙なスケジュールをこなしてるんだなぁ@@と驚いた。新庄と同じくらい(もしかしたらそれ以上?)忙しいオフを送っているようだ。B・Bと言えば、ファン・フェスタでのキーボード演奏!テレビのスポーツ・ニュースでは『冬ソナ』の所しか映っていなかったが、なんとヒルマン監督の歌の伴奏までこなしたらしい@@B・Bすごいぞ。マスコットの鑑だ。抜群の運動能力に、溢れんばかりのファン・サービスの精神。おまけに芸術的な才能まで発揮してしまうとは、この熊、只者ではない。はっきり言って今でもファイティーちゃんの方が好きだし、可愛いと思うが、B・Bのことは今ではすっかり尊敬している。ファン・フェスタでは数々の授賞式があったようだが、B・Bにも是非なにか賞をあげてほしい。ファン感謝デーなんて、今まで行きたいと思ったことはほとんどなかったが、今年は実を言うとかなり行ってみたかった。しかし、なにしろ遠方だし、貧乏だし、病人なので断念せざるを得ず、非常に無念だった。なんとなくファイターズのファン感はあったかいイメージがある。監督も選手もマスコットもみんなファン・サービスにとことん一所懸命だ。ほんと札幌の方々が羨ましい。新庄がひとりだけビジ・ユニだったのを見て、うちの父は「絶対狙ってやっているに決まってる」と言い切っていたが、実際は荷物輸送の際のトラブル(紛失?)だったようだ。でも父みたいに思う人の方が絶対多いんだろうな。。。(・_・;)。他の選手だったらそうは思われないのに。でもピーコ風ファッション・チェックby新庄は是非とも見てみたかった。今日のWEBのニュースで見たが、新庄に特別ボーナス5000万円が出るらしい。しかし、たぶん本人はあんまり喜ばないと思う。「その分他の人に回してあげて」と思うんじゃないだろうか。再来年以降の引き留め工作の一環でもあるらしいが、はっきり言って効果はゼロだと思う。あの人程お金で動かせない人もそうはいないんじゃなかろうか。阪神ならともかく、ハムはその辺のことはとっくに了解済みと思っていたので、ちょっと意外だったし、いささか失望した。たとえば、同じ5000万円出すにしても、新庄と相談して、ファン・サービスのための何かに使うとか、そういう方向に話を持って行けば、彼の心はぐっと引き寄せられるはず。「お金は大事だよ~♪」ということで、よ~く検討して有効に使ってね。>ハム・フロント
2004/12/07
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帰省中、起きている間はほぼずっと、リビングのテレビ画面の前にいた。わたしのにわか寝室である納戸にいた方が静かなのだが、寒いし、お茶などをいちいち階下まで飲みに行くのが面倒臭いのだ。普段ほとんどテレビを見ないので、耳障りな反面、妙に新鮮で、いつもだったら絶対に見ないような番組でもなぜか見てしまう。面白い番組がない時はスイッチを切る、という考え方はどうやら両親の頭の中には微塵もないらしい。常になにかしら大して面白くもない番組が映っている。帰省している間にわたしが熱心に見た番組は、『プロ野球珍プレー好プレー』と、BSでやっていたフュギュア・スケートの男女シングルくらいだろうか。気のせいかもしれないが、『プロ野球珍プレー好プレー』は年々つまらなくなっているような気がする。なぜだろう?珍プレーや好プレーの数がだんだん減っているのだろうか。それとも単に目新しさがなくなってきているだけのことなのか。今年は司会に上原@Gを起用してみたり、それなりに工夫しようとはしたみたいだが、特にどうということもなかった。普通にアナウンサーとタレントの司会でやって、選手はゲストで出ればいいと思った。ちなみに選手のゲストは渦中のいわくまん&清水直@Mだった。ふたりの新庄に対するコメントがなかなか面白かった。いわくまん曰く「何をやってくるかわからないので投げづらかった」。清水曰く「本能でやってる感じなので、こっちも本能で投げた」。実は本能だけじゃないんだけど、やっぱりそういう感じに見えるんだろうなぁ(笑)。もうちょっとゲストの選手の数を増やした方がいいのに、という気がした。スタジオがなんとなく淋しい感じだった。はっきり言って今年の『珍プレー好プレー』は、新庄がいなかったら成り立たなかったのではないかというくらい、お粗末な出来だったと思う。わたしはファンなのでそこそこ嬉しいが、そうでない人にとっては特定の選手にばかり焦点を当てる構成は面白くないのではないだろうか、と他人事ながら心配になった。それから全体における割合として、圧倒的に珍プレーが多くて、好プレーが最後の方にちょこっとだけ出てくるのも、なんだかおざなりな感じでどうかと思う。好プレー集は守備フェチにとっては垂涎ものであり、最大の楽しみと言っても過言ではないので、もっとどっさり見せてほしかった。絶対探せばもっと大量にあるはずだと思う。今季はファイターズ戦を中心に見ていたので、なかなか見る機会のなかったセ・リーグの好プレーをもっとたくさん見たかった。なんだかんだ言いながらもきっちり最後まで見てしまったが、なんとなく消化不良で物足りなかった。個人的には、珍プレーと好プレーの割合を同じくらいにした方が番組が引き締まるのではないかなーと思った。バラエティーということで、どうしても珍プレーの割合が大きくなってしまうのだとは思うが。。。フィギュア・スケートは、父から「NHKはフィギュア好きだねぇ」と厭味(?)を言われながらもしっかと見た。でも実際は日本人選手中心の中継で、かなりの部分がカットされてるみたいだけどね。男子のジョニー・ウィアーも美しいけど、お目当てはグランプリファイナルに出られないことが決まっている村主章枝のフランスでの演技。もちろん録画だし、転倒やミスが相次ぐ演技だということも予めわかっていたが、彼女のファンなのでどうしても見ておきたかった。実際ショート・プログラムでもフリーでも“らしくない”演技が続いて結構痛々しかった。あくまで個人的な見解だが、選曲やプログラムの構成がいまひとつ彼女に合っていなかったのではないか、という疑問がどうしても残った。彼女独特の優雅な、ゆったりと流れるような演技がすっかり影を潜めてしまっていて、思わず溜息ばかり。今年の夏からアメリカに拠点を移した、とのことで、コーチが外国人に変わったことも少なからず影響しているのだろうか。彼女自身はもしかしたら新境地を開きたいと思っているのかもしれないが、わたし的には早く彼女らしい優美な演技が戻るのを期待している。
2004/12/06
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実家から戻って来たばかりで、まだ頭も体も“ひとりモード”に慣れていない。淋しい、というのとも微妙に違う。きっとテレビがついていないから静か過ぎるのだろう。でも見たい番組もないのにテレビをつける気はしない。実家では誰かが起きている間じゅう常にテレビのスイッチはONになっている。これがなかなか落ち着かないのだ。でも帰省中は家事をしなくて済むので、たしかに体はすごく楽。おまけに車の騒音もないので、寝つきが良い。これがいちばんのメリットかも。引っ越し問題が一向に進展しなくて、かなり煮詰まっていたので、両親との他愛もない会話と、(テレビの音が気になって)あまり進まない読書のみの生活は、多少騒がしいがシンプルで、なかなか心地良かった。ネットに繋がない生活は普段は考えられないが、父にPCを借りたいと思う程ではなく、たまには溢れる情報から遮断されるのもいいな、と思った。その反面、普段わたしが欲している情報は、やはりテレビではなかなか得難いものだということも、帰って来てネット・サーフィンしているうちによくわかった。テレビのスポーツ・ニュースや一般紙のスポーツ欄の記事だけでは、本当に知りたい情報はほとんど得られなかった。毎日テレビ漬けだったのに、藍ちゃんや愛ちゃんの活躍ばかりで、プロ野球の情報は本当に少なかった。レオ・キチの母は、毎日夕方になると夕飯の支度をしながら、ラジオでライオンズの情報をしっかりとキャッチしている。そんな母から「松坂ばかり上がって他の選手が可哀想!」という契約更改に関する愚痴を聞かされ、ぼんやりと「ハムの選手はどんなかなぁ」とは思っていたが、元々この手のニュースにはあまり関心がないのでほとんど気にならなかった。やっぱりシーズン中だといろいろなことが気になって、きっと居ても立ってもいられないのだろうが、そこはもう完全なシーズンオフということで、毎日が平和だった。普段とは180度違う生活もたまには気分転換になっていいのかもしれない。
2004/12/05
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