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(東京新聞)特報 2004.05.31君が代徹底 ついに警察力ビラ配布に『卒業式妨害』 元教員宅捜索 都立板橋高校の卒業式で、開式前に父母らに週刊誌記事コピーを配った元教員の自宅に今月、警視庁板橋署が強制捜索に入った。都教委と同高が式を「妨害」されたと被害届を出したためだ。折しも都教委は卒業式の君が代斉唱で、起立しない生徒がいた同高を含む、計八校の教員らの指導責任を問う初の処分を発表した。日の丸・君が代の強制をめぐる教育現場の揺れは大きくなるばかりだ。 (松井 学)■『ドア壊すぞ』突然署員5人 今月二十一日朝、板橋高の元教員Fさん(63)宅の玄関で戸を激しくたたく音がした。「どなたですか」と聞くと、「警視庁」と名乗った。着替えていると「開けないとドアを壊すぞ」という声もする。ドアを開けると、板橋署員五人が現れ、家宅捜索の令状を示した。 署員たちは、ホームページのアドレスをメモした紙片や、出版社からのはがき、教員組合の昔の大会方針ビラなどを押収していった。当日の状況をFさんは苦笑いを浮かべて話す。「初めてのことだから、突然で何やらわけが分からない。令状の文面も写し損ねた。ドアを開ける前に『身柄は』と聞くと、それは後でというようなことだった」 板橋署警備課は同日付でFさんに対し、卒業式での「威力業務妨害」の疑いで任意での事情聴取の呼び出し状も出した。もし容疑どおりならば、三年以下の懲役または五十万円以下の罰金に問われかねない。 ことの始まりは三月十一日、Fさんは二年前まで社会科を教えた板橋高の卒業式に来賓として出席した。卒業生たちがまだ一年生だった当時、生活指導担当として接していたからだ。 「生徒たちが騒ぐと大きな声でどなる役回りだった。でも、会えば生徒はかわいいわなあ。卒業式では全盲で三年間がんばった生徒が合唱のピアノ伴奏をするっていうし、楽しみにしていた」。大声で振り返る率直な物言いは退職した今でも変わらない。■遅れ数分『出る幕じゃない』 都教委が進める日の丸・君が代の強制に疑問を持っていたFさんは、式当日、卒業生が入場するまでの時間に週刊誌「サンデー毎日」の記事コピー約二百枚を配った。記事は「東京都教委が強いる『寒々とした光景』」の見出しで、都教委「通達」で日の丸・君が代の徹底を求める都立校の卒業式の混乱ぶりを都教委に批判的に報じていた。 出席した父母らによると、Fさんは「今日は国歌斉唱の時に立たないと教職員は処分される。(起立しない教職員を支持するために)できたら皆さんは着席をお願いします」と呼びかけた。慌てた教頭が「やめろ」と声を上げた。 その後、席に向かうFさんに北爪幸夫校長が「退去しなさい」と発言、Fさんは「なんで来賓を追い出すんだ」などと反論したが、そのまま退出した。開式は、都教委によれば約五分遅れたとされる。一方で、参加した父母らからは遅れはもっと短時間で、当日はテレビ取材があったためとの見方も出ている。 Fさんの行動に、都教委は異例の措置をとった。三月十六日、横山洋吉都教育長は都議会予算特別委員会でこう言い切った。「校長などの制止にかかわらず元教員が週刊誌のコピーを保護者に配布して、この卒業式は異常であるなどと大声で叫んだことは、卒業式に対する重大な業務妨害でございまして、法的措置をとります」。土屋敬之都議(民主)の質問への答弁だ。 都教委と板橋高は同二十六日、Fさんが卒業式を妨害したとして威力業務妨害などで板橋署に被害届を出した。その日の朝から同署は学校内を実況見分していたうえ教員らにも事情聴取を重ねた。 板橋高は「取材が殺到し、今はすべて(対応を)断っている」と言うのみ。Fさんは裁判への影響を考慮して多くを語らない。教育長が答弁した「校長などの制止にかかわらず」コピー配布した経緯と、参列者らの話とは食い違ったままだ。■9割不起立 『指導不足』と処分も 同高の卒業式はそれだけで終わらなかった。二百七十人の卒業生が入場し、開式の宣言に合わせて全員が起立。続いて司会の教員が「国歌斉唱」と言った途端、生徒たちが一斉に着席した。北爪校長、教頭、来賓の土屋都議らが「起立しなさい」「歌いなさい」などと叫んだが、卒業生の約九割が着席したままだったという。 ある卒業生は「隣の子が座ったので、私も座った。校長は前日まで起立するかは信条により自由と言っていた。それが立ちなさいと言うから少しムカついた」と説明する。 この事態に都教委は今月二十五日、卒業式や入学式で君が代斉唱の際、生徒が起立しなかったのは教員の指導不足が原因として、都立高八校の教員四十三人を指導、校長や教頭十四人を厳重注意などにすることを決めた。板橋高でも管理職を含め処分者が出たようだ。■『法的拘束力持たぬ指導』 教育長は三月に都議会で「(国歌指導で)学習指導要領に基づく教育がなされていなければ、(その教員は)処分の対象となる」と発言、処分を言明しており、教員自身の不起立などによる処分と合わせ、教員側は追いつめられている。 教育現場に警察が乗り出す事態にジャーナリストの大谷昭宏氏は「なりふり構わず警察が元教員宅へガサ入れまでしたが、業務妨害の疑いというのは卒業式が著しく遅れたとか開けなかった場合に初めて認められる。今回のように開式が数分遅れたといった理由は警察が乗り出す幕ではない」と批判する。■『信頼関係逆手 卑劣なやり方』 生徒の不起立で教員処分をちらつかせることに、成嶋隆・新潟大教授(憲法)は「教師と子どもとの間の信頼関係を逆手にとった最も卑劣なやり方だ。処分は明らかに憲法の思想及び良心の自由に反する。日の丸・君が代の強制は学習指導要領を根拠にするが、これは指導助言文書にすぎず法的拘束力を持たない」と切って捨てる。 大谷氏も「元教員や教員らへの処分が生徒の処分につながっていくのは間違いない。イラク邦人人質事件の家族への批判でわかるように、異議申し立てする人が嫌われ、お上が決めたことには従えという怖い状況になっている。しかもお上というのは役人だ」と昨今の風潮を懸念する。■『堂々歌える国づくりを』 警察まで巻き込んだ問答無用の都教委のやり方に成嶋教授はこう話す。「教育行政は不当な支配に服してはいけないという原点に戻ってほしい。一番大事にすべきなのは子どもたちの成長、発達のために何が必要かということ。ただ強制するのはいわば動物の調教にすぎないが、動物の調教でも愛情はある」 結局、卒業式に参加できなかったFさんは「穏やかな校風の学校だが、昨秋の都教委通達で卒業式は様変わりした。人の心を強制によって動かすのは難しい。国歌は歌わせるのではなく、堂々と歌えるような良い国をつくるのが先決なのに」と訴える。
May 31, 2004
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この映画は、アメリカのマイケル・ムーア監督が制作したドキュメンタリー映画で、5月22日、フランスで開かれたカンヌ映画祭で最高賞を受賞しました。しかし、同時多発テロ事件やイラク戦争に関するブッシュ大統領の対応などを痛烈に批判しているため、この映画の権利を持つ「ウォルト・ディズニー」が配給を認めず議論を呼んでいました。これについて、「ウォルト・ディズニー」は、28日声明を発表し、この映画の権利を傘下の映画会社の創業者、ワインスタイン兄弟に売却したことを明らかにしました。ワインスタイン兄弟は、映画を広く配給する方針で、「華氏911」は近く全米で公開される見通しとなりました。ワインスタイン兄弟は、すでにいくつかの配給会社と話を進めているということで、こうした配給会社は、「アメリカ大統領選挙の行われる今年11月までには、アメリカなど世界各国で公開されることになるだろう」と話しています。
May 30, 2004
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「私は覚悟していたつもりだし、本人も覚悟していたと思う」-。イラクで銃撃されたジャーナリスト橋田信介氏の妻は報道陣にこう語った。国際ジャーナリスト連盟(本部ブリュッセル)によると、イラクでは昨年三月の開戦後、四十人以上の報道関係者が犠牲となり「世界最悪の取材現場」となっているという。死んでいった記者たちの軌跡を追った。■アリ・アル・ハティーブ氏(32) イラク人でアラブ首長国連邦の衛星テレビ「アルアラビーヤ」記者。小柄で物静かな人柄だった。今年三月十八日夜、バグダッド中心部のホテルが砲撃を受けたとの知らせで現場に急行した際、ホテルそばの駐留米軍の検問所近くで米兵の発砲を受け、翌日息を引き取った。取材用車に同乗していたカメラマンのアリ・アブデルアジズ氏(35)は即死した。 米軍は当初、二人の砲撃への関与を否定。「イラク人の人命を軽くみている」と怒ったアラブ人ジャーナリストらは同十九日、イラク入りしたパウエル米国務長官の記者会見をボイコットする異例の行動に出た。 ハティーブ氏らは撮影許可を求めて米兵に歩いて近づいたが、認められず車に戻った。年輩の男性が運転する別の車が検問所に迫り、軍用車のそばの柵に接触、米兵が発砲した。二人が乗った取材車も銃弾を受け、後ろから頭を撃たれた。アブデルアジズ氏の家族は「彼は現場を立ち去ろうとしていたのに」と述べた。 米軍は三月末になって自らの発砲によると認めたものの、交戦下でのアクシデントだと言い張る。アルアラビーヤは、国連安保理と国際ジャーナリスト連盟に事件を報告し、米国の責任を追及している。(米非営利団体のジャーナリスト保護委員会ホームページなど)■ポール・モーラン氏(39) オーストラリアのフリーカメラマン。昨年三月二十二日、同国のテレビ局と契約し北部イラクの山岳地帯にあるイランとの国境検問所にいたところ、自爆テロに遭い即死。今戦争開戦後、メディア側で初の犠牲者となった。 同行し自分も負傷した同局のエリック・キャンベル特派員は「彼は基地周辺の撮影のため私の五十メートルほど先を歩いていた。突然、彼の横にあったタクシーが爆発し、背中を吹き飛ばした」と当時の様子を語る。 当時、妻と生まれたばかりの娘がいたが、悲劇はこれで終わらなかった。モーラン氏が米国のコンサルタント会社で働いていた経歴から、昨年秋、地元紙が「モーラン氏はCIAとつながりがあるスパイで、米国のプロパガンダを担っていた」と掲載。一家はまったく異なる取材攻勢に巻き込まれた。 母親も「息子がスパイだったなんて信じられない。活動家のはずがない」と絶句。妻も「何の証拠もなくばかげている」とショックを受け二重の苦しみにさらされている。(ラジオ・オーストラリアなど)■ホセ・コウソ氏(37) スペインのテレビ局「テレシンコ」カメラマン。昨年四月八日、バグダッドで各国報道陣が拠点にするパレスチナホテルの十四階で取材中、米軍戦車の砲撃を受け死亡した。 米軍が「バルコニーで狙撃兵とみられる人影を発見。攻撃も確認した」としたが、各国報道陣から「従軍しない記者を狙い撃ちした」と批判が起こった。 スペインでは、前日に同国紙特派員で、反戦派のスペイン共産党幹部の子息もイラク軍のミサイル攻撃で死亡したこともあり「二十四時間もたたないうちに記者二人を失うなんて…」と激しい反戦運動が巻き起こった。 コウソ氏の妻も、マドリードの米国大使館に抗議。街頭では、コウソ氏を砲撃したと思われる米兵の写真が、プラカードに「殺し屋」として掲げられた。 その後、今年三月には、百九十人が犠牲になった同国テロ史上最悪のマドリード列車同時爆破テロが発生。「イラクからのスペイン軍撤退」を公約に掲げた左派系の社会労働党が八年ぶりに政権を奪還する流れにつながった。(テレシンコのホームページなど) ■ワルデマル・ミレビッチ氏(48) ポーランドのテレビ局TVP記者。今月七日、バグダッド南方約三十キロ、今回の襲撃現場に近いラティフィアで待ち伏せしていた武装勢力の銃撃を受け、同行していたアルジェリア人の映像編集者(36)とともに死亡した。 世界各地の戦争、紛争取材にあたってきた。一九九五年にはチェチェン紛争取材でジョン・ホプキンズ大学のジャーナリズム賞を受賞、二〇〇一年にはポーランドの年間最優秀記者に選ばれた。米国で学ぶ二十三歳の娘がいる。 クワシニエフスキ大統領は「彼の家族と私たち皆にとって大きな悲劇だ」と死をいたんだ。ベルカ首相も「彼はジャーナリズムの象徴」としたうえで「本当に大きな衝撃だ」と話した。 TVPは十五分間の追悼番組を放映した。女性キャスターは「彼は報道すべき紛争現場なら、どこでも行った。彼は命をかけて、今の世界の現実を伝えてくれた」と声をかすれさせた。同局はかつて収録したインタビューも再放送した。この中でミレビッチ氏は、危険をどう払いのけるかについて、こう答えた。「ワルシャワの真ん中にいたって、殺されるときは殺される」 (AP通信など) ■カベー・ゴレスタン氏(52) 英BBC放送テヘラン支局で仕事をしていたフリーランスのカメラマン。昨年四月、イラク北部のスレイマニア近郊で、車から降りたときに地雷を踏み、死亡した。妻と十九歳の息子が残された。 イラン革命やイラク北部のクルド人地区への化学兵器攻撃などの取材でピュリツァー賞を受けた。同局編集者、ジョン・シンプソン氏は「イランでBBCの仕事をするのは、イラン人にとってたやすいことではない。イラク政府は常に疑いの目で見ている」と精神の強靱(きょうじん)さをたたえた。事故の直前「こういう状況にいると、自分が自分だという感じがする」と話し、この仕事に興奮していたという。 ゴレスタン氏の墓には「真実を記録している最中に殺された」と刻まれた。イランの検閲をテーマにした彼のドキュメンタリー「真実を記録する」からとった。(BBCのホームページ) ■フリーランス記者の評価を 元共同通信論説副委員長で、ベトナム戦争当時のサイゴン特派員経験もある藤田博司上智大学教授の話 一般にはジャーナリストは危険を承知で取材に行き、本人がリスクを負っているのだから、その行為は第三者が良い、悪いと言うべきことではない。戦争の実相を自分の目で確かめ、伝えたいという使命感があるからだ。名誉欲やお金のためという側面も入り交じってはいるだろう。ただ、特に日本では、大手メディアの記者が危険な現場から立ち去る中、フリーランスの記者が報道で果たしてきた役割はきちんと評価すべきだ。
May 29, 2004
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バグダッドの日本大使館に日本時間28日未明入った情報によると、バグダッド近郊で日本人2人が乗った車が走行中、武装グループに銃撃され、炎上した。外務省によると、イラクで取材しているフリージャーナリストの橋田信介さん(61)=バンコク在住=、小川功太郎さん(33)=鳥取市在住=とみられ、2人の安否は不明という。車には橋田さんら2人とイラク人の運転手と通訳の4人が乗っていた。負傷して病院に運ばれた運転手によると、日本人1人が死亡し、1人が負傷したとの情報もあり、外務省は事実関係の確認を急いでいる。 現場はバグダッド南方約30キロのマフムディヤと見られる。関係者によると、橋田さんは小川さんの叔父にあたるという。 バグダッドの日本大使館に一報があったのは、日本時間28日午前1時半(現地時間27日午後8時半)。被弾で負傷してバグダッド近郊の病院に収容されているイラク人運転手の叔父が大使館を訪れ、事件を報告した。 日本大使館がイラク人の警備関係者を病院に派遣して聴き取り調査をしたところ、銃撃があったのは現地時間27日夕方。後ろから追いついてきた車1台から銃撃を受け、運転手は車から逃げた。その後、車は爆発・炎上した。運転手は同乗していた日本人2人は橋田さんと小川さんだったと説明しており、2人の写真を持っていた。運転手は2人の安否は分からないが、1人が死亡し、1人が負傷したようだと語ったという。 外務省によると、2人はサマワからバグダッドに移動中で、取材からの帰途だったという。 マフムディヤ周辺は反米武装勢力の活動が活発で、先月には米兵が攻撃を受けて8人が死亡、4人が負傷したと、米軍報道官が発表している。 橋田さんは、戦場取材経験が豊富なベテランのフリージャーナリスト。「イラクの中心で、バカとさけぶ」などの著書がある。小川さんも、日本の週刊誌などでイラク情勢などを報告している。 日本時間午前2時過ぎにバグダッドの大使館から外務省に一報が入り、外務省は3時15分、緊急対策本部を立ち上げた。堂道秀明中東アフリカ局長ら幹部が情報収集にあたっている。首相官邸では午前3時55分、官邸対策室を発足。野田健内閣危機管理監、安全保障・危機管理担当の柳沢協二官房副長官補らが情報収集にあたっている。 イラクで邦人が襲われたのは、昨年11月のティクリートでの外交官2人殺害事件、今年4月にファルージャ近郊で相次いで2件起きた人質事件に続く。イラクの深刻な治安情勢が改めて浮き彫りになった。 外務省によると、人質事件の時点ではイラクには自衛官を除き、報道関係者を中心にNGO(非政府組織)関係者など約70人の邦人が滞在していた。人質事件後、一部の報道機関がイラクでの取材を控えているため、報道関係者の人数は減少しているとみられるが、外務省は現在イラクに滞在中の邦人の数については「安全のため非公開にしている」としている。 外務省はイラク戦争が近づいていた昨年2月、イラク全土に渡航情報で最高レベルの退避勧告を出した。その後も米軍への襲撃や外国人の誘拐が相次いでいることから、今年に入って計20回の臨時のスポット情報を出し、繰り返し退避を呼びかけてきた。27日にも、前日にバグダッドで起きたロシア人技術者の殺害事件を受け、改めて渡航延期と退避を呼びかけるスポット情報を出したばかり。5月に入ってから4回目の情報だった。 朝日新聞(05/28 09:41)
May 28, 2004
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「朝日新聞」社説 この春の卒業式や入学式で、生徒が君が代斉唱のときに起立しなかった学校がある。それは教員の指導が足りなかったからだと、東京都教育委員会は都立高校の担任教員や校長ら8校の57人を「厳重注意」などにした。 立たない生徒が目立った高校が対象になった。教員の指導の仕方と生徒が起立しなかったことの因果関係は、都教委もつかんでいない。それでも教員らは責任を問われた。 都教委は、これは処分ではなく指導だと説明している。しかし、名前が書かれた文書が残る。注意された教員らが人事の評価や異動で不利益を受ける恐れもある。官庁でも企業でも、厳重注意や注意は処分と見るのがふつうである。それを指導と言うのはごまかしだ。 昨年秋、都教委は国旗掲揚と国歌斉唱を実施するよう校長に通達し、校長の命令に従わない教員には「服務上の責任」を問うと伝えた。通達を守っているか、教師たちの座席表まで作らせ、監視役の職員を学校に派遣した。 その結果、処分者は約250人にのぼった。その一人で武道が専門の体育教員は「通達を見て、いずれは生徒も強制されると思い、抗議の姿勢を示さないわけにいかなかった」と語っていた。 「先生が処分されるから大きな声で君が代を歌ってほしい」と生徒に頼んだ校長もいた。 今回の処分で生徒への強制はいっそう強まるのではないか。先生が処分されるなら、起立しなければならないと感じる生徒は少なくないだろう。 国旗・国歌法が成立する際、当時の文部省は「児童や生徒の内心にまで立ち入っての強制はしない」との政府見解を繰り返した。憲法が保障する「思想及び良心の自由」に照らせば当然のことだ。この政府見解を、都教委はほごにしようとしている。 私たちは、日の丸を掲げるな、君が代を歌うなと主張しているのではない。処分という脅しで強制するのは行き過ぎだと批判してきたのだ。 学校で何より大切なのは、子どもたちが自ら学び、自ら考える力をつけることである。だからこそ、中央教育審議会も自主的、自律的な学校づくりを求めてきた。生徒の自主性や個性を認めないやり方は好ましくないと私たちは考える。 都の教育委員は教育方針を決めることができる。委員には早稲田大元総長の清水司氏、元文部次官の国分正明氏、永世棋聖の米長邦雄氏、丸紅元会長の鳥海巌氏、脚本家の内館牧子氏と、すぐれた実績を持ち、個性的な生き方をしている人たちがそろっている。委員たちは今回のことを黙って受け入れたのだろうか。 彼らは「自ら学び考え行動する、個性と想像力豊かな人間」を教育の目標のひとつに掲げてきた。 先生への処分を振りかざして生徒になにかを強制することが、この目標にかなっているとは思えない。
May 27, 2004
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★ブルキッチ加奈子さんからのメッセージです。 転載の許可を得ることができましたので、以下にご紹介いたします。個人に対する警察による弾圧についてです。長文になります。転送するときはご一報ください。こんにちは。ブルキッチ加奈子と申します。私は平日の昼間にアメリカ大使館前で抗議をしてきました。グループに所属せず、イデオロギーや宗教もなく、ただ個人としてアメリカの外交政策について抗議を続けてきました。私の夫であるスーレイマンや、同じようにグループにしばられたくないと思う日本人や外国人の仲間4人を中心に平日の昼間に行動をしてきました。私たちは、英語や日本語のメッセージの入った写真のパネルを用意し、大使館を利用する人たちにハンドマイクを使って英語や日本語で、イラx察からJTビル前で抗議するように言われています)今、日本では反戦活動に対するあからさまな嫌がらせが続いています。例えば、反戦ビラを自衛隊官舎に配った人たちが逮捕起訴されたり、党の新聞を配った人が逮捕起訴、他にも反戦メッセージを書いた人が有罪判決を受けました。そして私たちアメリカ大使館前の抗議者たちにも嫌がらせが及ぶようになりました。長文になりますが、説明を付けるので読んでみてください。最初に嫌がらせを受けたのは私の夫であるスーレイマンでした。2003年4月16日から18日にかけて自宅から普段使っている駅までの道に顔写真入りのA4ポスターが30枚近く張り出されました。「指名手配」、「発見した人は110番を!!」などと書かれたものです。近くの警察署の名前を騙っており、本当の指名手配書のような作りのものです。スーレイマンさんは14年日本に住んでいて1度もこのようなことが起きたことはありません。8年間同じ家に住んでいますが近所のトラブルも全くありませんでした。犯人はまだ捕まっていません。次に同じ年の5月11日には自宅のfaxに差出人不明のメッセージが送られてきました。「ブルキッチ加奈子様」と始まっていて内容はアメリカ大使館での抗議を制限するように求めるものでした。これらのことはアメリカ大使館前で連日抗議行動をしだしてから起こった事件です。そして、去年(2003年)12月8日、私の仕事場に赤坂警察の私服捜査員が突然2人現れました。任意で事情聴取がある、と言われました。私は毎日大使館前に抗議に行っているし、逃亡の恐れも何もないのにわざわざ職場に来たのです。捜査員は「9月に米大使館から出てきた人に対して顔のすぐ前でハンドマイクを使って怒鳴りつけたことが暴行容疑にあたり、捜査をしている」と言いました。私は人の顔の前でハンドマイクで怒鳴るようなことはしません。アメリカ大使館前は常に10人くらいの警察官と公安数人が警備をし、警察官たちが待機しているバスが2,3台は必ずあります。その中で暴行容疑にあたるようなことをしたら現行犯逮捕になるのではないでしょうか。そもそも事件性がないようなものであり、もし日本人同士なら警察も告訴を受けないような内容です。警察はこの機会を利用し、職場の人たちに私が何か警察のやっかいになっているんだな、という印象を与えようとしたのだと思います。12月12日、私は任意の事情聴取に応じました。なぜなら、あまりにも事件性がないし、このことで強硬になった結果アメリカ大使館前で抗議を続けられなくなるとしたら、それは私にとって最も辛いことだったからです。私は覚えている限りの状況を警察に説明しました。最後にこれからは職場に来ないように、弁護士を通じて話をするように要請しました。そしてその後もアメリカ大使館前での抗議は続けました。今年に入って2月13日、いつも通り大使館前に抗議に行きました。すると警察から、「今までの抗議場は工事でつぶして車道にする、工事の終了後もこれからはずっとJTビルの前から抗議をしなさい、工事は2月16日からだ」と言われました。そして2月16日夕方に抗議場に行こうとするとかなり前の道で止められました。工事が終わってからも大使館近くの道を使うときは赤坂警察に「確認」を取ってからでないと通すことはできない、と言われました。これは私だけではなく同じく昼間に抗議をしていた人たちも道を通ることさえできませんでした。そしてこの日の夜、赤坂警察の男性捜査員が4人、自宅に来ました。スーレイマンさんがまだ仕事をしている時間帯だったので私が一人で家にいました。彼らは「家宅捜索」の令状を見せ、大声で何度も怒鳴ったあげく、みながあちこちに散らばって写真を取っていました。捜査員の一人が私の洋服の引き出しに手をかけたので「そこは下着しか入っていない」と言うと「こっちは令状があるからどこでも見ることができるんだ」「よし、開けろ」などと言っていました。寝室の押入、お風呂場の天井、トイレ、いろいろ触り、写真を取っていきました。翌2月17日、仕事に行き、昼休みに友人たちと待ち合わせをして昼食を外でとり、仕事場に戻りました。すると私と入れ違いで赤坂警察が捜索に来たとのことでした。警察が何人も何人もわざわざ来るほどの事件を起こすような人間なのだという印象を与えようとしたのでしょう。私はアメリカ大使館前での抗議を2年近く続けてきました。誰かを殴るなどの暴力など絶対使わず、パネルを持ち、アメリカの外交政策に反対する意志を毎日毎日訴え続けてきただけです。アメリカも日本もテロとの戦いや市民の安全という目的遂行のために頑張っているんだ、と言っていますが、今度のことには、権力を批判する者は痛め付けるぞ、というメッセージが隠されています。2月20日にスーレイマンが大使館に行こうとしたときには、警察と公安、合わせて10人近くが出てきて、外国人登録証明書を出すように言ったそうです。外国人登録証明書を見て公安が一生懸命メモを取っていたそうです。これは、外国人が外国人登録証明書を常に携帯していなくてはいけない、という法律を警察が悪用しているということでしょう。アメリカ大使館に向かって抗議をしたい外国人は自分の情報をその場であかすことも覚悟で、ということでしょうか。スーレイマンが大使館近くを歩きながら駅に戻ろうとしたときには、警官1人と公安4人が彼の周りにつき、この道は使ってはいけない、などと歩く道まで制限したそうです。3月の初旬にはスーレイマンがインターネット上で実名を出され、テロリストだと中傷されました。そして4月20日に赤坂警察の捜査員が2人、また職場に来ました。再度任意での事情聴取がある、とのことでした。最初の事情聴取の時に職場には来ないように要請したにもかかわらず無視してまた来たのです。5月6日に2回目の任意の事情聴取に応じました。私たちに対して警察は「迷惑だ。」と言いました。しかし私たちは法に触れるような抗議方法を取ったわけではありません。ただ、毎日毎日昼休みに通っただけです。その結果、抗議ができなくなり、いやがらせを受け、公道なのに許可無しで歩けなくなり、警察や公安につきまとわれるようになりました。この国で保証されている自由が一体どこにあるのかと考えさせられてしまいます。アメリカ大使館前で抗議をすることは犯罪ではありません。パネルを見せること、戦争反対とみんなで声を大にして言うこと、大使館前でラテンアメリカの子供を思い、泣くこと、早く戦争が終わるよう祈ること、大使館に毎日毎日抗議に行くこと、すべて犯罪ではありません。警察から咎められ、嫌がらせや規制を受けることではありません。嫌がらせや規制はどんどん進んでいます。この国にいる人全員がこの状態に気がついたときにはもうあと戻りできない状態になっているでしょう。自分の意志を表す権利は絶対に守らなければいけません。
May 26, 2004
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★イタリアから最新情報が届きました。 殺された人質のその後に関するメールと、その関連記事の翻訳です。 日本のマスメディアが伝えてくれない、イタリア事情が綴られています。●こちらの日曜のニュースでは、イラク駐在のイタリア赤十字病院近くで発見された男性の遺体はやはり四月に殺害されたファブリツィオ・クアットロオッキだということが、イタリアに送られた遺体の細部のDNA鑑定の結果判明したそうです。彼の遺体は、月曜の朝イタリアに到着予定、その後検査を受け、彼の出身地ジェノヴァへ帰り、葬儀が行われるとのことです。この葬儀について、彼の家族はプライベートなものを希望していますが、政府がまた国葬を主張しています。彼のことを、殺害されたときから英雄だ、英雄だと政府は誇張しています。こころからそう思って言っているというより、ただ政府の都合のいいようにまつりあげているように見えます。尊厳あるべき人間の生死を、イタリア政府が扱うようにしていいのかと、疑問に思います。二十二日の新聞記事の訳ができました。よろしかったらお読み下さい。●〔‘il manifesto’、五月二十二日付け、サラ・メナフラ氏の記事〕『クゥアットロオッキの最期の旅』おそらくファブリツィオ・クゥアットロオッキのものであった残骸は、バグダッドのイタリア赤十字の手中にある。ローマには一方、昨夜チャンピーノ空港に着陸した飛行機で、遺体から採取したただいくつかの標本が、遺体を収容したマウリツィオ・シェッリ赤十字特別代表委員と在イラクイタリア大使館代表者とに付き添われ、到着した。DNA鑑定が終わるまで、実際、クアットロオッキの死について捜査しているローマの検察長官代理フランコ・イオンタは、赤十字代表に収容された遺体をバグダッドから移動しないことにした。いずれにしても迅速である。今日中に、イラクから送られた標本と、RISが見つけた、クアットロオッキのオートバイ用ヘルメットについていた頭髪の検査結果が分かるはずだ。クアットロオッキの遺体返還の知らせは、あと三人のガードマンをはやく解放するという希望を直ちに再燃させた。だが実は、クアットロオッキの遺体到着が、先日伝わった情報を確証するというわけではない。ちょうど一週間前、先週の金曜、報道機関は赤十字が準備した病人らを乗せた航空機がバグダッドから来るところで、同機でイタリアにUlema評議会書記のモハメド・アル・クバイシ師とその兄弟アブドウル・サラム師を連れて来るはずであった。その便は、モハメド・アル・クバイシ師が四月三十日に確かに依頼したもので、この日付けはマホメットの緑団が出した最後通告の期限が切れる日で、イタリア政府側からの緊張緩和のためのシグナルであった。代表である二人の宗教家は、病人の治療のためだけでなく、特にいくつかの秘密会談をもつために搭乗するはずだった。だが間際になり、この計画は流れてしまった。なぜならまさにウンベルト・クペルテイーノ、マウリツィオ・アリアーナ、サルバトーレ・ステフィオの解放のための交渉上に、滞っていた何かのブレーキがついに外れたように見えたからだった。そしてそれ以上何も起こらずじまいだ。ローマの検察官らがアル・ジャジーラにクアットロオッキ殺害ビデオを要求し、マルゲリータ・ボニヴェール次官がそのビデオを引き取りにドーハに急行したという知らせがあり、広範に動揺を引き起こしたということだけがあった。しかし一週間の間隔をおいて、とうとうシグナルは来た。政府が当初から頼みにしていた「スンニ派」の連絡路が機能するという確認を、イタリア秘密情報機関から知らせてきた。だが、彼らは付け加える。この二十四時間以内に起きたことが、すでに人質三人の解放の時が来たという証明には全くならない。ほぼ確実に、三人のボデイガード達はマホメットの緑団の手から他のグループに渡され、おそらく前の犯人らよりもスンニ派の宗教的権威につながりがない。実際、Ulemaの仲介は多くの誘拐事件解決に貢献したが、イタリア人誘拐事件には効力がない。クペルテイーノ、ステフィオ、アリアーナの誘拐犯らはほとんど疑いなく、この事件を政治的に利用することに狙いをつけ、たぶん六月四日までの日数を使って――ブッシュ氏が来伊する日付け――政治的な賭けをより高くしようとしているにちがいない。このために、多くのものがこの数時間、犯人側からのあらたなコンタクトを、おそらくまたしてもビデオメッセージを、待っている。バグダッドへ向けて再出発する前、赤十字代表委員マウリツィオ・シェッリ氏は、ローマの検察官に出来事の経緯を説明するために呼ばれるであろう。「私は希望的に見ている。だが私の希望的観測は、沈黙の度合いに比例している。沈黙は値し、そして値し続ける。」昨日、バグダッドから出発するところをテレビカメラが撮影する前で、代表委員――また弁護士でもある――はこう言った。痛烈な皮肉だ。先日、Emergency創立者ジノ・ストラーダ氏が開始した仲介の試みに対し、少しも歯に衣着せぬものの言い様だ。無論、ファブリツィオ・クゥアットロオッキの遺体が本当にシェッリ氏の手に渡されたと確認されたなら、国際連盟から追放される危機にずっとある組織にとり、確実に好印象となるであろう。ジュネーヴでは、実際、少なくともここ十年来、赤十字イタリア支部が代表委員であること、つまり直接政府の支配下にあることを、一度も評価しなかった。また、「人道的援助」とバグダッドのMedical Hospitalとを守るために一年前派遣されたイタリア軍部隊の最初の干渉を政治的に正当化することに組織が助力した事実はさらにジュネーヴ本部の気に入らないことである。これらのことは、人質救出がすべて忘れさせてくれるにちがいないだろう。
May 25, 2004
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カンヌ映画祭でパルムドール賞を獲得してしまったマイケル・ムーアの最新作「華氏911(Fahrenheit 911)」の見どころを、一般公開に先駆けて早速英ミラー紙が紹介している。「ブッシュがムーア作品を禁止したい10の理由」と紹介されている、同作品が提示するポイントを以下に引用してみよう。1. 911同時多発テロの直後、なぜオサマ・ビン・ラディンの近親者24人が搭乗した航空機は唯一飛ぶことを許され、米国を脱出できたのか?攻撃直後、米国は国内での航空機の飛行を全面禁止にした。ムーアは問いかける:「なぜブッシュは、FBIの調査もさせずに、テロ発生直後にサウジアラビアの個人ジェットが米国内を飛び回ってビン・ラディン近親者を搭乗させ、米国を脱出させることを許可したのか?24人の近親者のうち、1人ぐらいは事件について何か知っていることもあるだろうに」2. メディアはイラク人囚人虐待事件とアメリカ兵の幻滅を隠蔽したのか? 作品中では、イラク人囚人に袋をかぶせて、虐待を加えるシーンから、酔っ払った兵士が交代で性的虐待を行うシーンも登場する。ムーアは言う:「これはアブグレイブ刑務所の壁の外で起こったことだ。メディアは毎日そこに待機していた。彼等がこうした事実を目にすることはなかったのか?作品中では、戦場の米兵士が、目の前で起きていることに関して幻滅と失望を感じていることを話しているが、アメリカ国民はそうした(幻滅する兵士達のことを)全く知らされていない」3. ブッシュは意図的に恐怖の文化を作り出し、アメリカの貧困層の若者を戦争に駆り出しているのか? ムーアは、ブッシュ政権が意図的に恐怖の風土を作りだし、特に国土安全省の創設によって恐怖を扇動し、軍部へ入隊する若者を増やしていることを、「嘘に基づいて子供達を戦場に送り出す不道徳な行為」と批判している。4. ブッシュファミリーとビン・ラディン・ファミリーはどこまで深く関係しているのか? ムーアはビン・ラディン家とブッシュ家の25年に及ぶビジネス関係について暴露している。ブッシュ父は高給取りのコンサルタントとして、国内最大の軍事企業のひとつであるカーライルグループに雇われていた。カーライルグループの出資者の1人(少なくとも200万ドルを出している)のは、ビン・ラディン家である。5. ブッシュの軍歴を改ざんするホワイトハウスはどこまで腹黒くなるのか? テキサス航空隊に在籍していた事実を証明することを困難にしてしまっただけでなく、ホワイトハウスはブッシュとその仲間がサウジアラビアの石油企業と関係していた事実まで隠蔽している。またムーアによれば、ブッシュの軍隊仲間のジェームズ・R・ベイスはビン・ラディン・ファミリーに航空機を販売していたという。6. タリバンとの話し合いの最中、ブッシュはビン・ラディン逮捕の機会を逃したのか? ムーアによれば、ブッシュはテキサス州知事時代に、タリバンの指導者と親しくなっていたという。彼等はテキサスで会見し、トルクメニスタンからタリバン支配下のアフガニスタンを経由してパキスタンへ到達する天然ガスパイプライン建造について議論していた。ブッシュ政権の代理人は2001年夏にタリバンと会見している。ムーアによれば、彼等はビン・ラディン問題を無視し、石油問題に夢中だったとのこと。「ブッシュはビン・ラディン引渡しを要求したのだろうか?武力でタリバンを脅しただろうか?あるいは新しいパイプラインについて話し合っていたのか?」7. なぜブッシュ家はサウジ王家と特別な関係を持っているのか?米国では毎日150万バレル以上の石油をサウジアラビアに依存しているが、サウジ王家の気まぐれですぐ消滅してしまうことも考えられる。ブッシュだけでなく、アメリカ人全てが、いかにサウジ政府に依存しているか知っておくべきだ。これは国土防衛上も由々しき事態なんだ」さらにムーアはブッシュとの深い関係からバンダル・ブッシュというニックネームを持ち、サウジ外交を務めるバンダル王子についても言及。911テロの残虐行為とサウジ過激派との関係を示す証拠が続々と明らかになっているにも関わらず、ブッシュはバンダル王子とテロの二日後にディナーを楽しんでいる。8. ブッシュは休暇が多すぎてテロに集中できなかった? ブッシュは大統領就任から911同時多発テロまでの8ヶ月間の内、42%の時間を休暇として過ごしているので、防衛戦略に遅れをとることBテネットがブッシュにその事実を伝えられなかったのは「大統領が休暇中だったから」と説明している。9. ブッシュは貿易センタービルが攻撃を受けていることを知らされたとき、パニックに陥った?9月11日の朝、ブッシュ大統領はフロリダで子供の読書イベントに出席していた際にカメラ前でポーズをとっていた。ムーアは、二つ目の旅客機がビルに突入した事実を告げられ、ブッシュが奇妙な表情をした場面を公開している。画面の下にはストップウォッチを表示して、ブッシュ大統領が絵本を読み続けて、補佐官がどうすべきかアドバイスするまで何をすべきか分からなかった様子が映し出されている。ムーアは言う:「ブッシュは、前の月にCIAから報告を受けていた事実についてもっと真剣に取り組むべきだったと考えていたのだろうか?その報告では、アルカイダが米国攻撃を計画中で、航空機を使う可能性があることが書かれていたんだ。それとも、ブッシュは怖くて気が動転していたのか?」10. ブッシュは大手メディアを操作して2000年大統領選挙での勝利をでっちあげたのか?ブッシュのいとこ、ジョン・エリスはフォックスニュースチャンネルの役員で、投票日の夜に早々とブッシュ/チェイニー勝利宣言を流し、他のメディアにも追随させるように脅した。この混乱により、アル・ゴアが得票数で勝っていたにも関わらず、ゴア敗北の論調を作り出した。この作品が米国で公開されるようなことになれば、ブッシュ政権は文字どおりひっくり返ることになるだろう。しかし、ムーアがこれから気をつけなければならないのは、ブッシュチームによる公開禁止圧力よりも、サウジ王家による圧力である。ディズニーが配給を拒んだ本当の理由は、主要株主であるサウジ王家関係者による圧力を恐れたためという見方もあるのだ。しかも今後は、単なる「公開禁止の圧力」で済むのかどうかすら定かではない。
May 24, 2004
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昨年の初め北朝鮮側が「拉致被害者がピョンヤン空港に迎えに来れば家族を返す」と提案して来た。それを政府は対米従属世論を作りたいが為に、無視して応じなかった。この提案が公にされてからも、提案に乗れない理由だけを並べ立て、自衛隊イラク派遣の為の時間稼ぎをした。しかし、この提案には乗るべきであった。たとえ、家族全員の来日に確証が得られなくても連れ帰った者の数だけ、北朝鮮側の手持ちカードを減らすことが出来たのだ。彼らのカードが減るほど、残りのカードの値打ちは下がっただろう。だが、そんな心配すらいらないだろう。あの国は金正日が命令を下せば、全てのことはその通りになるのだから(金正日から確約が取れるか否かが、外交的成果であるのは誰でもが判っていることだ)。あの提案の時点で家族を引き取っていたなら、今回の小泉訪朝で500億円(米25万トン)もの浪費をすることはなかった。この額をイラクへの自衛隊派遣費用377億円と比べてみれば、如何に無駄な出費であるのか良く判る。双方とも無駄な出費と言えるかも知れないが、少なくともイラクの場合は国際社会への貢献と言う、もっともらしい言い訳が立った。だが、今回の場合はそのような言い訳すら立たない。脈絡のない人道支援を口にするだけに終っている。昨年の解決を逃がした北朝鮮が今年になって、夏の参院選用に小泉が買いに来るであろうと予想していたのは、充分に察しがつく。その彼らの予想通りに、自衛隊をイラクに派遣した小泉は、参院選用に家族を買いに行った(「買い」と言う言葉が不謹慎に響くかも知れないが、この流れを見ていれば他に言い様がないのです)。だからと言って、首相自らが出張る必要などは何処にもなかったのだ。首相がしゃしゃり出ることは、事を大きくすることであり、多額の出費を余儀なくされることでもある。これは国益を大きく損なうことなる。結局、小泉は己が政権にしがみ着く為には、手段を選ばずに幾らでも国費を費やすことを厭わない人物ということになる。このような多額出費をしても、跡に何も残すことが出来ないのも、小泉が外交らしきものをしてない証拠だろう。これだけの国費を費やすなら、ピョンヤンに日本の連絡事務所を開設させろ位の要求は出せる筈だ。成り立ちは異なるが、日本では在日朝鮮人の団体が公然と事務所を構えることを許している。ならば、日本が北朝鮮国内に、連絡事務所や広報センターを持つことも不当な要求ではないだろう。もっとも、こんなことを要望してあの国で勤務をしたいと言う外務官僚はいないだろうが。もし、ピョンヤンなどにそのような拠点を確保出来たなら、北朝鮮国内の情報収集に多いに役立つ筈だ。又、日本人妻と呼ばれている人達にも希望を与えることが出来るのではないだろうか。そのような拠点を経由することにより、日本からの援助物資も確実に彼女らのもとに届けることも出来るだろう。北朝鮮への援助はいつも、その時だけの宴で終ってしまう。この訪朝はセレモニーと500億円の援助米を約束して終りになる。結局の処、時期を誤り、離散家族の苦しみを長引かせ、屈辱的土下座外交を演じたのが、今回の小泉訪朝だ。又、この訪朝は「国際社会で名誉を得る」と言う、小泉自身が吐いた言葉とは裏腹に、国際社会から犯罪者(国)の要求に屈した意気地のない国として評価が下されることになるだろう。これは、この国が国際社会の一員であると深く意識している人達の心を、この前の人質三人非国民騒動に続き、甚く傷つけることなるだろう。
May 23, 2004
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金総書記、拉致問題にも言及 小泉純一郎首相は22日午前、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問し、平壌市内の大同江(テドンガン)迎賓館で金正日(キム・ジョンイル)総書記と約1時間半会談した。両首脳は02年9月に交わした日朝平壌宣言に基づき、拉致・核などの諸問題を包括的に解決し、国交正常化をめざすことを再確認する見通しだ。首相は、最優先課題として拉致被害者5人の家族8人の帰国・来日を求める。同行筋によると、首相か同行する山崎正昭官房副長官が8人と面会して直接、意思を確かめる見通しだ。首相はまた、北朝鮮側が「死亡」などと説明した安否不明者10人に関する情報公開を総書記に強く求める方針だ。 会談の冒頭、両首脳は片手で握手した。金総書記は「小泉総理が再訪朝されたことはいいことと思うし、歓迎します。02年9月は拉致という問題が生じたが、総理が国交正常化に対する関心を払われ、その正常化を成功させる意思と抱負を持って改めて訪朝されたことを私たちはうれしく思います。お体はいかがですか」と述べ、拉致問題に言及した。小泉首相は「おかげさまで」と応じた。 会談後、総書記は再び首相と握手し、「また会いましょう」と声をかけた。 北朝鮮側は姜錫柱(カン・ソクジュ)第1外務次官が同席した。 複数の関係筋によると、被害者家族数人が首脳会談が行われる大同江迎賓館に来ているという。両首脳の会談は02年9月以来、2度目。首相は政府専用機で午前6時48分に羽田空港を出発、同9時14分に平壌郊外の順安(スナン)空港に到着。空港では03年8月の第1回6者協議の北朝鮮首席代表を務めた金永日(キム・ヨンイル)外務次官らが出迎えた。会談は午前11時2分から始まり、午後0時35分終了した。首相は平壌で記者会見し、会談結果を発表する。 首相は出発に先立って羽田空港で記者団の質問に答え、「主眼は、現在の日本と北朝鮮の敵対関係を友好関係にしていくということ、対立関係を協力関係にする。その大きな契機にしたい」と語った。被害者家族の帰国・来日については「8人のご家族が日本に帰国できるように全力を尽くします。長い間、大変つらい思いをなさってきたご家族のことを思うと本当に悲痛な気持ちで待っておられると思います。そうしたご家族の気持ちを胸に首脳会談に臨みたい」と語った。 首相は核、拉致、ミサイル問題などの諸懸案を包括的に解決して国交正常化をめざす、とした平壌宣言の原点に立ち返るべきだとの考えを総書記に強調する。拉致問題では、8人の帰国・来日とともに、北朝鮮が「死亡した」「入国の事実がない」としている10人の安否について具体的な情報提供を求める。核問題では核開発計画の完全な放棄を求め、6者協議のプロセスを通じて平和的に解決することを促す。 首相か山崎副長官が被害者家族8人と面会する方向となったのは、脱走米兵とされる曽我ひとみさんの夫チャールズ・ジェンキンスさん(64)が来日に難色を示していると伝えられることから、その意思を直接確かめ、来日を説得することが目的とみられる。 被害者家族の帰国・来日が決まった場合、首相が搭乗する政府専用機の予備機で22日中に連れ帰ることをめざし、準備をしている。実現すれば、02年10月に被害者5人が帰国して以来の再会となる。 拉致問題で具体的な進展があれば、両首脳は国交正常化交渉の再開で合意し、首相が食糧25万トンをはじめ人道支援の再開を伝える方針。また、北朝鮮が事態を悪化させない限り、改正外為法などに基づく経済制裁の発動も見合わせる意向を伝える見通しだ。 02年9月の前回会談では、金総書記が拉致問題を認め謝罪した。同年10月には国交正常化交渉を再開したが、被害者家族の帰国や安否不明10人の再調査を巡り双方の主張が対立。核問題でも、北朝鮮の高濃縮ウラン生産計画が表面化したことに端を発し、北朝鮮が核不拡散条約(NPT)脱退を表明して、国際的に緊張が高まった。 首相は、膠着(こうちゃく)状態に陥った日朝関係を打開するためには、自らが再度訪朝して総書記と首脳レベルの意見交換を行う必要があると判断、政府・与党内の慎重論を押し切って決断した。
May 22, 2004
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「戦争を恨むよりも、人を愛すること」高遠さんのインタビューをテレビの放映で聴いた。この人は本当の気持ちを偽り無く話しているというのが率直な感想だった。映像がなく、声だけだったので、余計にその声が真相を物語っているように思われた。高遠さんについても、世の中には疑いの目を持ち、いろいろな憶測をしている人もいるが、この日彼女が語った言葉には、やはりイラクで人道支援を行い、イラクの子どもたちと触れあっている人にしか言えない言葉の響きを感じる。高遠さんは、マザー・テレサを尊敬していたという。マザー・テレサは、宗教の違いにとらわれずインドの路上で亡くなっていく人々に手を差し伸べ、どの人の心の底にも、ともに苦しむキリストを発見しながら、無償の愛を与えたカトリックの修道女である。高遠さんは、こうしたマザー・テレサの信念のある生き方に大きな影響を受けていたらしい。イラクでストリートチルドレンの世話をし、サポート活動をする動機も、このマザーテレサの影響が大きいという。高遠さんは、イラクの子どもたちに伝えたい言葉として「絶対にあなたたちを見捨てません。必要なことは、戦争を恨むよりも人を愛することだと思う」と、その思いをきっぱりと語った。「見捨てない」という言葉に、私は、高遠さんのイラク行きの本心を感じていた。自衛隊撤退などの政治思想的な思惑ではなく、高遠さんにとっては、この子どもたちとの触れあい、そして、その子たちの「こころの母親」になることの方が大切だったに違いないと思うからだ。どんなに体が大きくても、米軍の空爆で最愛の親や家族を亡くした、かれらストリートチルドレンの心の傷は大きく、高遠さんにまるで小さな子どものように甘えている姿を写真映像で見たことがある。その子どもたちが高遠さんを慕う思いは、おそらく高遠さんには痛いほど伝わっているはずだ。戦争の被害は、まちや国、大地が壊されるだけでなく、兵士や民衆の心にも体にも大きなトラウマを残す。それは、二つの世界大戦、そしてベトナム戦争、湾岸戦争などでももはや証明済みである。多くの人々が、国家レベルの犯罪的な戦争で生命を奪われ、残されたものたちの悲しみが続く。それが、イラクの現実である。高遠さんは、言う。「彼らも愛する家族を殺され、彼らの悲痛な叫びを届かせるには、この方法(今回の事件)しかみつからなかったのだろうと感じた」と。そして、「必要なことは、戦争を恨むよりも人を愛することだ」という高遠さんの言葉に「千の風になって」という詩が重なってくる。これは、新井満さんが絵本などで紹介し、いま話題になっている。http://www.twin.ne.jp/~m_nacht「千の風になって」(日本語詩/新井満)は、作者不詳のまま伝えられ、9.11の犠牲者のためにまた、戦乱で犠牲になった人々のために静かなレクイエムになっているという。 (エコろじー編集人 稲田陽子)・・・・・・・・・・・日本語板(新井満)千の風になって私のお墓の前で泣かないでくださいそこに私はいません眠ってなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています秋には光になって畑にふりそそぐ冬はダイヤのようにきらめく雪になる朝は鳥になってあなたを目ざめさせる夜は星になってあなたを見守る私のお墓の前で泣かないでくださいそこに私はいません死んでなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています英語版 (Auther Unknown)I am a thousand windsDo not stand at my grave and weepI am not there. I am not sleep.I am a thousand winds that blowI am the diamond glints on snow.I am the sun light on ripened grain.I am the gentle autumn’s rain.When you awaken in the morninng’s hush,I am the swift uplifting rushOf quiet birds in circled fligt.I am the soft stars that shine at night.Do not stand at my grave and cry;I am not there,Idid not cry.
May 21, 2004
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細川佳代子さんも魅了された!知的発達障がい者の人々をサポートするボランティア運動 スペシャルオリンピックス(SO)は、ケネディー 元大統領の妹である、ユニス・ケネディー・シュライバー夫人が知的発達障がいのある姉を通して得た貴重な体験をもとに40年ほど前に創設し、オリンピック精神を礎に知的発達障がいのある人々にスポーツを提供、自立と社会参加をサポートする世界的なボランティア運動を繰り広げています。 この運動は、日本にも伝えられ、細川佳代子さんを代表に10年が経ち、全国各地で活発な活動をしています。昨年は4年に一度の夏季世界大会がアイルランドで開かれ、日本からも数多くの選手団とボランティアが参加しました。来年は、いよいよ冬季世界大会が日本の長野で開催されます。 私も、このSOの札幌地区会に参加しており、広報のボランティアをしています。この1月に、代表の細川佳代子さんが来札した折り、少しお話する機会がありました。そのときの簡単なインタビューをここに紹介したいと思います。細川さんは、細川元首相の夫人で、政治の世界からのお誘いも多々あるそうですが、すべてお断りし、このボランティア運動に大変熱っぽくに取り組んでいます。 細川さんを魅了したSOの運動は、小栗謙一監督によるドキュメンタリー映画「able」の中でも熱くメッセージされています。この映画は、SOに参加する知的発達障がい者の若者を主人公にアメリカでのホームステイの様子を生き生きと伝え、感動を呼びました。その続編「able2、ホストタウン」は、昨年のアイルランド世界大会に参加した日本のアスリートたちの活躍や現地での交流を描いています。 ホスト国のアイルランドでは、国を上げて大会に取り組み、一つの国に一つの町がホストタウンになるという温かい歓迎ぶりで話題になりました。 さて、日本がどこまでボランティアに熱心か。細川さんならずとも、私もとても興味があります。 何はともあれ、来年の長野での世界大会が、いろいろな面で成功しますように!(エコろじー編集人 稲田陽子)では、細川さんの言葉をご紹介しましょう。エコろじー2004年3月号より細川佳代子さん*スペシャルオリンピックス(SO)代表知的発達障がい者は神様からの贈り物ーーースペシャルオリンピックス(SO)に魅了された切っ掛けは?細川●熊本の新聞にあるダウン症の少女がスペシャルオリンピックスという世界大会で銀メダルを取ったというニュースを目にしたのが始まりでした。重複障がいのあるその少女が世界の舞台で堂々とメダルを獲得したのに、本当に驚き、感動しました。そして、SOがオリンピック精神に支えられたもので、能力、障がいの程度、年齢などでディビジョニングを行い、あらゆるアスリートにメダルのチャンスを与えていることを後で知ったわけです。ベストを尽くすことを最善と考えるSOの精神がそこにいきいきと息づいていたのです。 決定的だったのは、そのニュースを見た後に聴いたある牧師さんのお話でした。どんなに医学が進歩しても、人口の2%は障がいのある人々が生まれてくる。その人々は、神様から贈られたプレゼントで、まわりにいる人々に優しさを与えるために生まれてきたのだ。そうした言葉に大きなショックを受けました。それは、そうした人々をただ気の毒だという感覚で見ていたそれまでの価値観を根底からひっくり返すものでした。多くの人々は、自分の中の固定観念で自分で自分の首を絞めているのです。 もっと多様な目を持つことが大切なのですね。ーーー障がい者という言葉に違和感を覚えることは?細川●このSO の活動には、知的発達障がいのある人々との魂と魂の触れあいがあります。つまり、障がいのある彼らは、むしろあるがままの自然体で、人を裏切ることもしません。本当の出会いがここにはあります。彼らは、戦争なんて起こしません。人間にとって最も大切なのは、思いやりと優しさなのです。障害者の概念は、健常者が勝手に作り上げたものに過ぎません。健常者こそ平気で人を裏切り、利己主義に走る心の障がい者です。神様から見れば、健常者こそ障害者なのです。ーーー細川さんにとってボランティアとは?細川●こういう活動はボランティアなしではできません。ところが、先進国では日本が一番遅れているのが、このボランティアです。いつしか教育を受けて、傲慢になり、モノ、お金、地位、名誉を求めるようになった。どこどこの大学を出て、どういう学歴なんて、もううんざり。人間にとって思いやりこそ、最高の教養です。 SOは、社会の価値観を変える一つの変革運動ですが、この活動を始めて、よく政治家にと言われたりします。もちろんその度にお断りしています。私の活動を政治をするための売名行為だと言う人もいます。でも、私は、政治よりボランティアをした方がいい。苦労は多いけれど、市民運動こそ世の中を変えるのです。ーーー昨年アイルランドで開催された夏季世界大会では、町を上げての盛り上がりだったようですね。細川●一つの町が一つの国のホストタウンになるという仕組みで、日本のSOは、ニューブリッジという町が大歓迎をしてくれました。この時の模様は、小栗監督のSOのドキュメンタリー映画「able2」(ableの続編)で紹介されています。さて、いよいよ来年は、日本の長野でSOの冬季世界大会が開催されます。いまもいろいろな自治体に協力を要請しています。まだまだ日本のコチコチを割っていかなければなりません。(笑い)(構成/要約 稲田陽子)スペシャルオリンピックス(通称SO)は、知的発達障がいのある仲間を「アスリート」と呼び、水泳、スキー、陸上などさまざまなスポーツを通してその自立と社会参加をサポートしている世界的なボランティア運動です。いま、SO札幌地区会では、アスリートとともにスポーツを楽しみたいサポーターを募集中!ベストを尽くすことを最善とする創設者、ユニス・ケネディのオリンピック精神に基づく「スポーツプログラム」にあなたも参加してみませんか。※詳細の問い合わせ/SO日本ー北海道 札幌地区会事務局TEL753ー2910・携帯090-3890-7417(渡部)
May 20, 2004
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迷走の末に民主党の新代表に決まったのは、岡田克也幹事長だった。小沢一郎氏の就任辞退で、岡田氏が引き受けるほかなくなってのことだ。 幹事長には、小沢氏とともに自由党から合流した藤井裕久氏が就任する。結党以来とも言える危機的状況の下での、いや応なしの挙党態勢である。 国民年金の未納や未加入問題に振り回された代表選びだった。岡田氏が代表就任の記者会見で、自分の加入歴を記した紙をわざわざ配ったのが象徴的だ。 だが、この問題で政治が振り回され続けることの不毛さを意識したのだろう。岡田氏は、新執行部人事にあたっては、国会議員になる前の任意加入のことまで問題にするつもりはないと表明した。妥当な判断だと思う。党としても、すでに公表した以上に調査はしないと言う。 議員の未納や未加入問題が浮き彫りにしたのは、国民の年金不信であり、政治の信頼失墜だった。しかも、最も傷ついたのが民主党だ。ならば、岡田新代表がまずやるべきことは、ぬかるんだ党の足場を固め直し、年金改革で政府・与党に対する反転攻勢に出ることだろう。 岡田氏は就任の弁で、政府案を廃案に追い込む決意を強調した。 抜本改革に向けて与党と協議していくとした自民、公明との3党合意を否定はしなかったが、合意の前提だった小泉首相らとの信頼関係が壊れてきたとも述べ、抜本改革をめざす民主党独自の主張を強めていく姿勢を示した。 年金問題の行方を有権者が注視するなかで、参院選挙が迫っている。参院での政府案審議も始まった。岡田新体制で心機一転して勝負を挑むと決めたなら、当面の年金財政危機への対処も含む抜本改革案を早急に練り上げ、政府案との優劣を有権者に問えばいい。 考えてみれば、政治状況は民主党に不利とばかりは言えない。自民党は、議員の未納歴について党としての調査と公表を拒んでいる。しかも、国民の多数は政府案に反対している。 民主党は自民党に公表を迫るとともに、未納問題にけじめをつける国会決議を各党に呼びかけ、政治への信頼を呼び戻す行動をリードすべきである。 小泉首相の40年前の未加入歴に目くじらを立てる必要はないと考えても、首相の説明責任の果たし方に疑問を持つ人は多い。この問題で政治全体が泥沼化してしまったにもかかわらず他人事であるかのような首相の姿勢を、民主党はもっと突くべきである。 「民主党が何のためにあるのかを確認したい。政権交代で日本を立て直すことだ」。岡田氏は党の両院議員総会でそう呼びかけた。 結束の難しさ。若手の沈黙。困った時の小沢氏頼み。代表選びで露呈した党の弱点をいかに克服していくかも、新体制が担わなければならない課題だ。 衆院当選5回の50歳。小泉首相は難敵だが、果敢に挑んでもらいたい。
May 19, 2004
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海を耕すのは難しい。その幸をいつもいただくばかりである。だが、もらい方にもルールがある。その指針が旬である。旬を味わう消費者の支えがあってこそ、海が生かされ、守られる。 カツオがさおにかからなかった。青葉の季節というのに、だ。 昨年は最近にない豊漁をおう歌した紀州産が一転不漁で、前年比半分程度の水揚げ量だったという。 仕方がないので、小売業者は戻りガツオの冷凍物を探すなどして、需要期をしのいできた。 不漁の原因は「ちょっとした順序の食い違い」ともいわれている。 例年なら、カツオの群れが無事通過する漁期の後に、えさになるシラスの大群が現れる。 ところが、今シーズンはカツオ群の通過を待たずにシラスがたくさん“わいて”しまったから、さあ大変だ。シラスを腹いっぱい食べたカツオが一本釣りの疑似餌に飛びつかず、不漁になってしまったらしい。 シラスの異常発生の原因は、海水温の上昇ともいわれているが、定かでない。ただ水産関係者によると、海水温の上昇が近海魚の漁獲に及ぼす影響はここ数年、次第に顕著になっている。 例えば、愛媛ではサワラが抱卵期を迎え、丸々としたおなかを抱えるように泳いでいる。一方、北陸のサワラはすらりとしたものだ。海水温が一、二度違うと、魚類の生態もこれだけ違う。 食物連鎖の順番が一つ狂うと、資源のバランスも大きく変わる。確かに海は食べ物の宝庫だが、中身は決して無限大ではない。海は広いし大きいが、その中の命のつながりは陸上同様、もろく、はかない。 水産白書には、中国の水産物輸入量の急増に関する記述が目立つ。米国のシンクタンクは世界の漁場の約六割で乱獲が進み、資源の維持が難しくなったと警告を発している。 子どもたちの魚離れが進むという。しかし、日本人は一人当たり年間六十-七十キロもの魚介類を食べている。海からの恵みは大切な命の源であり、これからもそうあり続けるに違いない。母なる海や環境に、ついつい甘えがちになる。だが、その許容にも限度があるのを知るべきだ。 「旬」というのは、ある食べ物がもっとも豊富で安く、栄養価の高い時期をいう。季節外れの、ないものねだりもほどほどにして、その意味を問い直さねばならないようだ。 海を放縦に「むさぼる」のはもうやめて、感謝して味わいなさいと、カツオの不漁が教えている。「東京新聞」社説
May 18, 2004
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有明海一帯でなぞの浮遊物が大量発生している。ゼリー状で、定置網などに付着して水揚げが激減する被害も出ている。昨年五月に初めて発生した物体と同様のものだという。諫早湾干拓事業との因果関係を指摘する声も多い。不気味なブヨブヨ物質は死に直面した有明海の警告なのか-。 (藤原正樹) 長崎県などの分布調査などによると、この浮遊物は同県小長井町沖の諫早湾から島原半島沖の有明海まで約三十キロにわたって発生している。熊本県長洲町沖でも確認された。 地元漁業者の被害は深刻だ。小長井町漁協・潜水器組合の松永秀則組合長(50)は「昨年と同じで定置網にびっしり浮遊物が付着して漁獲量はほぼゼロだ。定置網を取り換えようにも、重すぎて上げられない。組合内の全員が事実上の休業状態に追い込まれている。今はヒラメやスズキなど、一年中で一番水揚げが期待できる時期なのに、毎年こんな状態では漁業が続けられない。昨年は(五月下旬ごろ)なぜか一晩で浮遊物が消えた。早く消えてもらいたい」と頭を抱える。 松永組合長によると、浮遊物は黄土色で、三月上旬から同町沖の海中を漂い始め、今月七日ごろから海面に浮上してきた。最大で約四十センチの塊になっている。 同組合の刺し網漁師平田実さん(70)は「三月前半から休業している。刺し網の場合、網が透明でないと魚がかからないのに、浮遊物が付着して筵(むしろ)のようになってはどうしようもない。年金頼みの生活だよ」と苦境を訴える。 十一日には、出漁できない島原漁協の組合員約百人が「早急な原因調査をしろ」と長崎県庁に押し掛ける事態になった。■県はゴカイなど底生生物説強調 浮遊物の正体はなんなのか。長崎県総合水産試験場の原修次長は「色や触感では昨年と同じ物質。ゴカイなど底生生物から放出された卵塊に海中の泥やプランクトンが付着した可能性が高い」と分析する。昨年の分析で同試験場など有明海沿岸四県の研究機関と独立行政法人水産総合研究センター西海区水産研究所は同様の見解を出した。 一方、鹿児島大学の佐藤正典助教授(水生生物学)は「ゼリー状の粘液を出す大型のゴカイは環境悪化で減少している。ゴカイの卵塊なら幼生が大量に検出されているはずだが確認されていない。浮遊物には、植物プランクトンである微小なケイソウ類が大量に含まれている。浮遊物は干拓工事で地盤固めに大量に使用された生石灰に刺激されたケイソウが出した粘液の可能性が高い」と分析する。 だが原次長は「検査で浮遊物はアルカリに溶けず、ゴカイなどの動物由来だ。植物由来ならアルカリに溶ける。生石灰は三年前から工事で使われていない」とはっきり否定する。 これに対し、自然保護団体と有明海調査をする名古屋女子大学の村上哲生助教授(生態系)は、佐藤助教授同様、「ケイソウ説」の立場だ。「ケイソウ類の異常繁殖の可能性がある。植物由来がすべてアルカリに溶けるわけではない」 実は、農水省九州農政局もケイソウを刺激するという生石灰の大量使用は認めているのだ。同局担当者は「五年前から本格的に生石灰の使用を始め、二〇〇二年は四千二百トン、〇三年三千三百トンで、工事完了予定の〇六年までさらに一万トン前後使用する」と明かす。 さらに生石灰原因説の根拠として、昨年の浮遊物発生直前の四月末に工事現場の調整池から千百八十万トンの汚水排出が指摘されたが、同担当者によると、今年四月の一カ月間で二千百七十万トンが排出されている。 長崎大学の東幹夫教授(海洋生物学)は「国や県は工事の影響を否定するために動物由来を強調しているのでは」といぶかり、佐藤助教授も「国や県はむしろ恣意(しい)的に曲げた調査結果で、工事を断行する名目にしている」と憤る。 小長井町漁協など諫早湾内十二漁協は一九八七年、干拓事業に同意して漁業補償契約を締結した。「環境アセスの結果では水揚げ高は20%程度の減少」という説明を受けてのものだった。現実は主力だったタイラギ漁が九一年以降、水揚げゼロになり、同漁協元組合長が「契約の無効確認」を求め国と長崎県を相手取り提訴している。■開門調査見送り地元漁民が反発 一方、漁業被害と干拓事業の因果関係解明が期待された潮受け堤防排水門の中・長期開門調査は十一日、見送りが決まった。亀井農相は同日の会見で「調査は長い歳月を要するが、成果が明らかでない。地元漁民と有明海再生の道筋を話し合いたい」と述べた。 農水省は調査見送りの代替策として、底生生物などを死滅させる貧酸素水塊の発生調査や堤防内側の調整池から出る汚水の浄化などを打ち出した。しかし、松永組合長は「発生調査は以前から実施しているが、有明海再生につながるものではない。当初から実施すべき汚水浄化を今ごろ持ち出すのも陳腐」と切り捨てる。 調査見送りの背景について、佐藤助教授は「数年開門すれば因果関係は明らかになる。調整池に海水が入れば従来の浄化作用が戻るだろう。農水省にとって、農地予定地が塩水で浸される長期開門は事実上の工事中止を意味する。工事を急ぐ農水省が調査をのむわけがない」と解説する。 異変は浮遊物だけではない。以前は目立たなかった節足動物のドロクダムシが網一面にへばりつくようになり魚が回遊してくる時期が半月以上遅れているという。平田さんは「開門調査なしに発生原因は特定できない。これから毎年奇妙な現象に苦しめられる。堤防ができる前は、穴子が一晩で百キロ揚がる“宝の海”だったのに…」と悔しがる。 東教授は「潮受け堤防が閉め切られてから潮流が遅くなり、有明海が質的に変化した。浮遊物はその象徴」と指摘する。一時事業推進の立場をとってきた楠大典・長崎県議も「浮遊物はひん死の海から出る警鐘。原因究明に真剣に取り組まなければ、有明海が死ぬ」と危機感を募らせる。 堤防閉め切り後から漁業専従者は激減している。小長井町漁協の潜水器組合は、六十人いた専従者が十人に減った。■「再生の分岐点工事の中止を」 佐藤助教授は訴える。「浮遊物の被害が続けば、さらに廃業者が増える。工事反対者がいなくなり、有明海の環境悪化が急激に進む。今が有明海が再生できるかどうかの分岐点だろう。七〇年からの国の減反政策で干拓の意義は失われている。よく似たケースに陥った中海・宍道湖淡水化事業は生態系が壊滅する直前に中止された。その決断を見習うべきだ」「東京新聞」特報
May 17, 2004
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中国でエイズが急拡大している。中国政府は全国のエイズウイルス(HIV)感染者が昨年、推計84万人に達したと発表、対策を怠れば2010年には1000万人に達するとの衝撃的な予測も示した。死の恐怖や社会的差別、治療費用に苦しむ感染者。全国最悪の状況にある雲南省は、エイズを防ぐため、麻薬と売春を事実上公認する苦肉の策を打ち出した。 (中国・雲南省昆明で、鈴木孝昌)■絶望と苦悩 元タクシー運転手、唐小偉さん(34)が異変に気づいたのは一昨年末のこと。皮膚病や風邪にかかりやすくなり、発熱や下痢が続いた。検査の結果、抵抗力を示す数値が激減し、HIV感染していることを告げられた。 「人生が終わったと思った。恋愛や家庭、仕事。ほかの人にある普通の暮らしが僕にはもうない」 五歳の時に両親が離婚。生活は荒れ、十年前から「流行と快感のために」麻薬に手を染めた。「後悔」は遅すぎた。 二年半交際した恋人にHIV検査を受けるよう勧めた。結果は陰性。喜びと落胆。「感染していないことはうれしいが、彼女を守るために別れなければならない」。理由を尋ねる恋人に、感染の事実を告げた。 「それから三カ月、一人で部屋にこもって泣き続けた。泣いたことなどない男が」 全身に注射痕が残る木子さん(28)は、両親にも感染を告げられない。非行に走る彼女に父は「麻薬と売春だけはやるな」と言い続けてきた。「これ以上両親を傷つけることはできない」 多くの感染者は職を追われ、近隣から邪魔者扱いされる。農村では家族に虐待されることも。 病気の進行を抑えるための薬と検査の費用は月に二千元(約二万六千円)以上もかかる。職を失い、親の支援も得られない人々は、薬も飲まずに死を待っている。■逆転の発想 中国のHIV感染は、六割以上が麻薬注射によるもの。タイ、ミャンマー、ラオスにまたがる「黄金の三角地帯」と接する雲南省は、麻薬の流入により、過去五年間で感染者が百倍に急増した。産地直送の麻薬は一回分二元(約二十六円)程度で手に入ってしまう。 麻薬を買うために売春する女性も増えた。同省疾病予防コントロールセンターの医師、賈曼紅・副主任は「感染は農村から都市、男性から女性、麻薬から性接触へと拡大している」と懸念する。 省政府はことし三月、全国に先駆けて「エイズ予防規則」を施行。ホテルや娯楽施設など売春が横行する場所での避妊具の販売を義務づけた。麻薬常習者が注射針を使い回さないよう、無料で新品と交換するサービスも開始した。 「政府が売春や麻薬を奨励していると批判された」と雲南省衛生庁の孫江平・庁長補佐は言う。だが「麻薬と売春は根絶できない。大多数の市民を守るためにはやむを得ない措置だ」と信じる。 国内の非政府組織(NGO)の協力を得て、感染者の精神的なケアも強化している。米国の薬物からの自立支援組織「デイトップ」の手法で麻薬患者の入院治療を行う「デイトップ村」。施設内で百人の麻薬患者やHIV感染者が家族同様に暮らす。彼らは住宅地へも出かけ、他の感染者の支援や予防宣伝活動に当たっている。 唐小偉さんと木子さんも村の入所者。唐さんは「長期的な人生目標はもうない。当面の目標は自分の経験を伝え、同じ苦しみを持つ人々を助けること」と話す。「東京新聞」社説
May 16, 2004
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浅井久仁臣の国際情勢ジャーナル★新政権に望まれなければ米軍撤退(5月15日) CPA(統治暫定当局)のブレマー氏は13日、「もし新政権が我々に出て行けといえば、出て行く」と米軍の撤退もありうるとの見解を明らかにしました。その後に「そんなことはありえないが」と付け加えましたが、これがイラク地方職員との昼食会という非公式の場であったとしても、米政府の本音といえるでしょう。★斬首映像流したHP閉鎖処分(5月15日) アメリカ人の斬首映像を流していたウエブサイトwww.al-ansar.bizがサーバーの都合で閉じられました。サーバーのあるマレイシアは、イスラム圏の中では比較的進歩的ですから、ウエブサイトがアル・カーイダに関係があるからという理由で閉鎖されたというよりも、世界からのアクセスが殺到したためと思われます。 今まで皆さんにURLをお教えしなかったのは、興味本位で残酷な映像が日本に出回るのを良しとしなかったためです。お問い合わせになられた方、これまでお教えしなくてごめんなさい。★戦死者の写真(5月15日) CNNTV電子版が5月13日までに戦死した連合国兵士888名の紹介を写真付でしています。その内訳は、米国が779名、英国59、伊17、西11などとなっています。先にABCTVが同様の紹介を放映して反響を呼びましたから、これでまた厭線気分は高まるかもしれません。これは、ヴェトナム戦争当時、写真雑誌『ライフ』がやった企画の焼き直しですが、戦争に反対する立場からは評価されるでしょう。 ただ忘れてならないのは、これがあくまでも「戦争の片面」しか語っていないということです。「爆弾を落とされる側」では、10倍以上の人たちが命を落としていることを忘れてはなりません。━━私の視点━━━━★“英兵虐待写真”は捏造(5月15日) 英紙デイリー・ミラーが掲載して話題を呼んだ、英兵によるイラク人虐待の写真は、英陸軍兵士による英国内で撮影したニセモノと判明。同紙のモーガン編集長は即座に物理的に社屋から追い出されました。この写真によって窮地に追い込まれていたブレア政権は、胸をなでおろしたことでしょう。 それにしてもデイリー・ミラーよ、あなたはまたまたやってくれましたね。私は写真を見たとき、もしかしたら今回は本物?と思いました。騙されかかりました。ただ、イギリスに住んでいた頃の同紙の記事の信憑性に関する私の評価は低かったので、イギリスにいる友人に問い合わせたり、その真贋を見極める作業をしました。もちろん、皆さんご承知の通り、このHP上では何度も同紙への信憑性に対する疑問はお伝えしましたし、写真を掲載した際にも「真贋は不明」との注意書きをしました。 これは、一部読者の怒りを買い、中には強い調子で非難してくる人もいました。デイリー・ミラーよりBBCの方が信憑性があるとするのはけしからん、という指摘もありました。またインターネット上でも一部の掲示板で、浅井久仁臣は反イラク戦争的な姿勢を取っているが、本性を表した、所詮は「元AP通信」という体制側の人間、というような誹謗中傷も書き込まれました。 日本というお国柄でしょうか。私がデイリー・ミラーの記事の信憑性に疑問を付けただけで、編集方針(姿勢)を批判していると取る人が結構いたようです。デイリー・ミラーを日本の“オジサン新聞”の代表格、日刊ゲンダイに例えて抗議した読者もいました。私は、時折、ゲンダイを買って読みますし、その「ゲリラ的」な編集方針は嫌いではありません。しかし、自分の体験を含めて考えると、ゲンダイの記事の信憑性には高い点数を上げるわけにはいきません。 今回のミラー紙が掲載した写真ですが、調査によると、陸軍の兵士達が基地内又はその周辺で撮影したとの事です。いずれにしてもこのような命に関わる問題での「悪ふざけ」や「不注意」は、個人的にも許せません。面白半分にやったでは済まされるものではないからです。また、このようなばかげた事が投げる波紋も考慮に入れなければなりません。イラクにおいて地元民を虐待したという証言までもが否定されかねないないからです。 こんな不愉快な事がありましたが、これからも私は情報の精査は最大限しますが、得られた情報は積極的に皆さんに提供してまいります。 浅井久仁臣の 「暇があったら、遊びにおいでよ『私の視点』」
May 15, 2004
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【ワシントン12日共同】米国防総省は12日、米兵によるイラク人虐待の様子などを写した大量の未公開写真やビデオテープを上下両院議員に限定して示した。性的行為の強要、胸を露出させられたイラク人女性の姿など衝撃的シーンに、各議員は「想像を絶する忌まわしい行為」などと口々に不快感を表明。犯行は一部の米兵にとどまらず相当数が関与した組織ぐるみとの見方が相次いだ。 大量の虐待写真の存在が明らかになったことで、イラクで反米感情の急増も予想され、6月末に主権移譲を控えてブッシュ政権のイラク政策全体に悪影響が出ることも懸念される。 ホワイトハウスは駐留米軍が危険にさらされるとして、一般公開には依然慎重な姿勢を崩していない。しかし、非公開にすれば「実態隠し」との批判は必至だ。 公開されたのは1600枚以上の写真やビデオ。虐待と関係のないものもかなり含まれていた。 民主党のネルソン上院議員は、縛られたまま寝ているイラク人の集団のそばに多数の米兵がいた写真を見たとし「下士官7、8人だけの行為とはもはや言えない」と述べた。【共同通信】
May 14, 2004
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「週刊朝日」04/05/21号独占手記 郡山総一郎さん 「会見やテレビでは言わなかったこと」 (前略) 4月7日の昼間。バグダッド西郊のファルージャの北約15キロのガソリンスタンドで、私たちは拘束された。その状況は4月30日の会見で今井紀明君が語ったとおりだ。 タクシーで給油待ちの間にカラシニニコフ銃を持った十数人の民兵に囲まれた。(略) 私は銃を突きつけられて身体検査をされると、一人だけ白いセダンの後部座席に乗せられた。ハンドルに「トヨタ」のマークが見えた。(略) 武装した2人のイラク人にカラシニコフを突きつけられたまま農道を走り、やがて2人を乗せた車と合流し、私もその車に移らされた。 助手席の男が手榴弾を持ってアラビア語で話しかけてきた。「ムジャヒディン」「ビンラディン」「アルカイダ」という単語だけ聞き取れる。(略) 私たちはここで初めて目隠しをされ、さらに30分ほど走って、古い倉庫のような建物の前で降ろされた。中の部屋は薄暗かった。(略) 最初は、英語がうまい「ジェネラル」と名乗る男が尋問した。彼は「頼まれて通訳をしているだけ。私は関係ない」と、あとで弁解した。 最初の質問は「アー・ユー・スパイ?」。私たちがイラクへ来た理由を懸命に話しているうちに、ジェネラルは納得してくれたようだった。 (中略) ともあれ、これ以降、「日本人は友人だ。おなかは空いてないか」と和んだ。 この言葉を聞いて、「危害を加えられることはない」と確信した。(略) ところが、拘束期間中、もっとも恐怖を感じたビデオ撮影が、この和やかな食事の後に突然始まったのだった。 元横綱の曙に似た男が、ビデオカメラを手に入ってきた。彼だけ覆面をしていない。ジェネラルに「リーダーだ」と紹介されたこの男が宣告した。「これからビデオ撮影をする。協力してほしい」 この撮影の様子も会見で話したが、私たちには撮影の目的がわからず、3人で顔を見合わせていたら、武装した男が増えていった。 印象的だったのは、ジェネラルが最初、高遠さんに「日本のプレジデント(大統領)の名前を教えてくれ」 と聞いてきたことだ。「日本には大統領はいない。首相だ。小泉という」 と答えると、私たちに「『ノー・コイズミ』と言ってくれ」と要求し、(略)あの場面になった。(略) 彼らは態度を豹変させ、髪の毛をつかみ、刃渡り30センチはある住建を今井君の首にあてて耳元で怒鳴った。高遠さんは本気で泣き始めた。 帰国し、この場面で、「イッテ、イッテ」という日本語が聞こえると話題になり、自作自演説にもつながったという。だが、そもそもこの場で私たちは「イッテ」という言葉を聞いていないのだ。 撮影が終わると、彼らは「ソーリー、ソーリー」と謝り始めたが、ショックは大きかった。(略)再び車に乗せられ、集会場のような場所に移された。目隠しはとれたが、カーテンで外は見えない。 (中略) 私たちはリーダーに聞いた。「いつ解放してくれるのか」「解放はする。1日か2日、3日後になるかも」 落胆はしたが、危害を加えないことは明白だった。(略) これ以後、拘束中は何度も目隠しで移動させられた。(略) 見張り役は、部屋で警戒していることもあれば、外に立っていたこともあった。(略) 私たちは(略)武装勢力が「自衛隊撤退」を要求していたことはもちろん、ビデオが放送されたことも知らなかった。(略) そうした、恐怖感よりも、この時点で私たちをいら立たせていたのは、「先が見えない」ストレスだった。 (中略) <引用者注:この後、郡山さんは拘束後3日目朝の車での移動で初めて見る4人組から、「3日後には迎えに来る」と言われたこと、この3日間は暇つぶしに3人で身の上話などを語り合ったことなどを書いている。> (略)そして、約束の3日目がきた。だが、夕方になっても迎えは来ない。(略) 迎えは結局現れず、翌日、高遠さんの様子がおかしくなった。何も話さなくなり、そのうち泣き出したのだ。 (中略) 2日後、私たちをこの場所へ連れてきた4人のうち2人が迎えに来た。 ずっと奪われたカメラの行方が気になっていた。荷物を返すと案内された民家で待っていると、家の主らしき人がテレビを持ってやってきた。「君らのことをやってるよ」 画面の中では、私たち3人の家族が吹き替えのアラビア語で訴えていた。(略)日本では大変な騒ぎになっていると、初めて知ったのは、このときだった。 夕食時に男が私のカメラバックを手に入ってきた。確認すると、カメラやパソコン、現金は入ってなく、なぜか他人の荷物が混入していた。「おまえらはムジャヒディンなんかじゃない。ただのアリババ(どろぼう)だ」 と怒ると、男は言った。「自分たちは君たちを拘束したグループとは別。ほかにもたくさんのグループがある。(略)」 この男が言うとおり、今回の拘束には、ファルージャを中心に緩やかなつながりだけしかない複数のグループが関与していたのではないか。(略) 人のいい農民にしか見えない見張りもいた。イラク製の拳銃を触らせてくれようとした「常識はずれ」の見張りさえいたのだ。 翌朝、リーダーが戻ってきた。(略) (略)目隠しされ、車に乗せられた。私たちを乗せた車は救急車だった。 (中略) 私たちが最終的に拘束されたのはバグダッドに近い場所、たとえばアブグレイブあたりだったのだろうか。何か所も転々とし、イラク人数十人が拘束にかかわったが、通訳のジェネラルは初日だけ、リーダーも最初と最後しか顔を見せなかった。 (以下全略)
May 12, 2004
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「戦争」が人間から理性を奪い取ることを、米兵のイラク人虐待が示している。 裸にしてピラミッドのように積み上げたり、ずきんをかぶせて両手に電線をつなぐ。さらには、首にひもをつけて犬扱いしたり、女性をロバに見立てて馬乗りになる。氷詰めの写真もあった。殺人もあるという。次から次へと際限がない。 刑務所で何が起こっているのか。まともな人間のやることではないが、現場にいた米兵は、上官の命令の有無にかかわらず、恥ずべき行為だとは思わなかったのだろう。 いっこうにやまない戦闘やテロで、気持ちがたかぶっている。一方で、毎日、米兵もイラク人も死んでいく。極度の緊張で心身ともぼろぼろになり、判断がつかなくなっているとしか思えない。 正義や民主主義を叫んでも「戦争」はしょせん殺し合いだ。ブッシュ大統領がいくら謝罪しても、戦いが終わらなければ事態は改善されない。 ◇ 米国ばかり非難できない。日本だってそうだ。イラクでの人質事件をみれば明らかだ。あれほど無事救出を願った人まで、解決したとたん「自己責任」の大合唱だ。飛行機代を払え、税金の無駄遣いだ、と声高に叫んだ人に理性はうかがえない。周りを見てほしい。責任を取らない「立派な大人」が、この国にどれほど多いことか。自己責任論は、ブラックユーモアかしら。 しかも、反論が出てくると、急におとなしくなる。熱しやすく冷めやすい典型的な無責任社会だ。 初めて「戦地」に赴いた自衛隊。いつ犠牲者が出るか分からない恐怖。国内にいても同じだ。そんな不安定な状態の中で起きた人質事件は、日本人から理性を奪ってしまった。けっして米兵の虐待を笑えない。 ◇ 尊敬する俳優の美輪明宏さんが、本紙のインタビューに答えて「軍隊では知性というのが敵だった」と語っていた。軍国の思想を憎む美輪さんは「千数百年続いた文化が、軍人たちがのさばった第二次大戦の数年間で全滅させられた」と憤っている。そして、その軍人がいまも生き残っていると言う。半世紀以上たっても、日本は進歩していないのかもしれない。 戦争は、命を奪い、理性を奪い、文化を奪う。思考が停止し、何をしても許されると錯覚する。力がすべてだと思いこむ。そんな戦時の思想をおかしいと思わなくなることが一番恐ろしい。【中島伸也】(毎日新聞)
May 11, 2004
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■転載・転送・大歓迎■■山田和尚■『地球村』代表の高木さんとは、リオで行われた地球サミット(1992年)から帰って来られた頃からのお付き合いをさせて頂いています。その頃は、お互いがオゾン層保護活動で燃えていた頃で、彼は全国講演、私は車で寝泊まりしながらロビー活動と・・・久しぶりにその頃を懐かしく思い出しました。彼がネットワーク『地球村』関係者を対象とした全国情報MLに投稿した原稿を、高木さんご本人に了承を頂いた上で、今回のブーメランで公開させて頂きます。この記事を読んでもらえば、前回ご紹介した新イラクの国旗がどうしてイスラエルの国旗に似て作られたか、またどうしてクルド人を表わす色だけが使われたかについて、ご理解して頂けると思っています。_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/イラク新国旗に批判噴出 デザイン担当も“縁故” [4月28日]共同通信【ロンドン28日共同】イラク人の暫定統治機関、統治評議会が発表したイラクの新国旗が「イスラエル国旗と似ている」「米国の押しつけ」などとして国民の間で極めて不評だ。28日付の英紙インディペンデントが伝えた。同紙によると、新国旗をデザインしたのは、統治評議会で国旗選定の責任者だったチャディルチ評議員の兄弟で、ロンドン在住のアーティスト、リファト・チャディルチ氏(77)で、“縁故”採用だったことも判明した。新国旗は白地に、チグリス、ユーフラテス両川を象徴する青の二本線、少数民族のクルド人を表す黄色の線、イスラム教を象徴する三日月があしらわれている。しかし、「白地に青はイスラエル国旗を想像させる」という批判や「クルド人を表す色があるのに多数民族アラブ人の色がない」との不満が出ている。_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/追伸:スターバックスの不買運動が始まっています。去年まで打ち合わせや、待ち合わせによく使っていたのですが、今年からは私もスタバに行くことをやめています。もうキャラメルマキアートを飲むこともないでしょう。詳しくは下のサイトで:『朝まで生テレビ』のアンケート中止には驚いた。確か放送の最後に「非難されて当然だと思う」という投票結果が70%近くのまま、放送が終わった為に、このサイトを見ない一般の人は「へぇ~そうなんだ!」と思ったままに違いない。いったいどのメーカーのソフトを使ったんだろう。せめて放送中に気づいて欲しかった。◆高木善之◆ネットワーク『地球村』代表 ■米とイスラエルがイラクに新ユダヤ国家建設を計画■イスラエルがやっていることは常軌を逸していますが、最近、ますますエスカレートしています。世界の注目がイラクに行っている間にやりたい放題。イスラエルがパレスチナ難民に行なっていることと、アメリカがイラクに行なっていることとが、重なっています。イスラエルは、1948年、米英軍がパレスチナに武力侵攻し建国をした武力国家。当初の占領面積はパレスチナ全体の1割であったが、以来、武力侵攻で領土を広げ、現在はパレスチナの5割以上。目標は100%であり、そのためにパレスチナ難民の指導者を次々と武装ヘリなどで襲撃し殺害している。今年に入ってエスカレート、最高指導者を次々暗殺。遂に最終目標、アラファト議長の殺害を予告した。しかし、さらに重大な計画が明らかになった。現在のイスラエル、パレスチナ問題を理解する参考に。(非常に長文の情報です)エジプトの高級週刊誌アル・オスブー2003年11月10日号 ムスタファー・バクリー記者 ●米とイスラエルがイラクに新ユダヤ国家建設を計画●からこの報告にはいささかも誇張は無い。この重大な情報はアラブ、イスラム諸国、特にイラクに隣接する諸国に伝えられた。シオニストとアメリカが第二のユダヤ人国家を建設するというものだが、今回は、エジプトのナイル河イラクのユーフラテス河までまたがる「大イスラエル国家」建設というシオニストの宿願をイラクで実現しようというものである。ワシントンはこの計画に対して沈黙しているが、本誌が入手した詳細を見ればイラクだけでなく、この地域全域に深刻な影響を及ぼすことが理解されよう。 この計画は単なる計画でも、提案でもない。イラクに駐留する米軍の実際の参加を得て、現存の土地に実現しようとしているのである。ユダヤの圧力団体はイラクの悪化した経済情勢を利用して、アメリカとイスラエルの専門家によって練り上げられた計画を実施し始めている。計画実施の指揮はシャロン、イスラエル首相個人が執っている。アメリカ政府に提出されたあるアメリカの報告書によると、イラクの内部情勢は制御不可能である。国連付属の組織の報告によると、経済危機は頂点に達し、困窮者の割合は83%となった。そのうち50%はなんら収入を得る道が無い、困窮線以下と、イラク経済は正に麻痺的状態である。農地の所有者でも農産物を販売するために作るのではなく、家族や親類縁者のために耕作している。●2万人以上のイラク実業家の逃亡この報告書によると、2万人以上のイラク人実業家が、隣接諸国や湾岸諸国、欧州に逃亡した。イラクの暫定統治評議会には何の実権も無い。イスラエル政府は当初から、もともと対イラク経済封鎖時に発生し、クウェート侵攻及び今回のイラク占領で増大したイラクの経済的惨状に目を付けていた。イスラエルの動きを理解するには、以下の主軸を抑えておく必要がある。第1軸)10年以上前にアメリカとイスラエルの両諜報機関(CIAとモサド)で締結された戦略的協力協定に関するもの。この協定に基づきイスラエルは、アメリカパスポートを持たせた約560人の諜報部員を、10月中頃までにイラク国内に侵入させた。●イスラエルから大量の諜報部員が潜入協定では最初は僅か100人の諜報部員の派遣で始まっている。彼らはイスラエルの司令部にのみ報告書を送っていた。モサド司令部は別の報告書を作成し、CIAに伝えていた。その後、諜報部員の数は増加し始め、ついにアメリカ人たちは、アメリカ人の名前のアメリカのパスポートを所有するイスラエルの諜報部員が560人もイラクに入国した事を発見するに至る。しかしCIAは抗議せず、協定の規定に基づき人数が増加した理由の説明をイスラエルに求めた。そこでイスラエル外務省は、人数の増加は治安上の必要から来ていると答えた。アメリカ政府は、この釈明を受け容れたのみでなく、更に400人の諜報部員をイラク国内の特定の地域に派遣するよう期待した。これらイスラエルの諜報分子の基本任務は、イラクの政治、経済、社会情勢に関する報告書を毎日提出することである。 これらのイスラエルグループ内には、指揮者であるシャロン首相にちなんで「首相」という名前の小グループが結成された。首相のみが報告書を閲覧し、基本的にイラク北部で活動する現在およそ8グループになったこれらの各グループに指令を発するのだ。 現在イラク国内でモサドのグループが担う最も重大な任務は、イラクの土地取得に関する情報、所有者や彼らの出身、家族情報、経済的・社会的状況、また直面する可能性のある治安上の問題点の収集である。これらのグループは、多数のイラク人、特に土地の売却を望み国外に移住を希望する実業家、また土地売却を容易に説得できそうな者たちの名簿の作成を完了した。●大規模な土地取得の準備第2軸)イラク国内で活動するイスラエルの民間人グループ当初これらのグループは、CIAの管轄下にあると考えられていたが、最近、モサドの指揮下にあり、ユダヤ系アメリカ人のほかに実業家や軍人を擁していることが判明した。これらのグループはイラク国内にある軍事、民事両当局の密接な協力の下に活動している。グループの目的は、購入可能な土地の実見、評価、及び安全地帯の調査、非安全地帯からの距離、並びに売買方法を協定することである。 かつてサダム・フセイン元大統領政権は、外国人に土地を売却することを禁じていた。そこで、アメリカによって任命された暫定統治評議会が、設立後真っ先に採択した決議は、この旧法を廃止して、外国人への土地購入の門戸を開いたことである。イラクの連合軍の総督たる暫定行政当局(CPA)のポール・ブレマー文民行政官は旧法廃止に重要な役割を果たした。第3軸)イスラエル首相府、CPA文民行政官事務所、及びアメリカの旅券を所持しメンバーは米軍将校の軍服を着用するイラク国内で活動するイスラエル委員会、ペンタゴンの軍事複合体の秘密協力。第4軸)本計画の要員たちはイラクの住民に、住居や土地を売却し、主に国外に移住することを勧誘する。そのための手段として、大金で釣ったり、この金額で他の土地や住居を用意したり、仕事の世話まで提供するのだ。 これらの土地を購入するのは、別の国籍を持つイラクのユダヤ人かアメリカのユダヤ人、或いはアラブのユダヤ人、モサドの手先の外国人やパレスチナ人たちである。モサドは、およそ100人のパレスチナ人などに働きかけ、実際にイラクの不動産を購入させたとの情報が流布している。 情報によると、シャロン首相府はイラクのレジスタンス活動が激化した後、急いで行動するよう指令した。イスラエルは、ブッシュ政権がイラクから急遽撤退する決定を下すことを恐れたのである。 以前、アメリカ-イスラエル委員会は、米軍がイラクから撤退した場合、ユダヤ人がこれらの土地の支配を如何にして保障するか協議している。アメリカ側は、仮に撤退するような事態になっても、米国こそがサダム・フセイン統治からイラクを開放したのだと強調して、ワシントンはイラクの政権を手放すことはないと示唆した。●ユダヤ人のための国家建設の宣言イスラエル側との調整委員会のアメリカ側責任者、ヒラーツ・フォード将軍は最近開かれた会議で、「ユダヤ人のためにこの地域に第二国家を設立することは全アメリカ人の連帯と支持を強化するであろう。それによりこの地域の緊張を緩和し、イラクのユダヤ人の全ての土地は、米軍撤退後でも米軍の直接的な保護を受けられる」と強調した。 肝心なことは、イスラエルは猛烈な勢いでイラク北部で土地不動産を買い漁ったということだ。現在までのところ所有者は、欧米のユダヤ人のほかには、モサドやユダヤ人に協力するパレスチナ人やモロッコ人、シリア人であるとの話が流布している。果たして彼らの夢は実現するのか? このイスラエルの計画は、現段階ではイラク北部にユダヤの独立した国家を建設するのは困難であるとの考えに基づいていることは明らかである。なぜなら、この国家は現在では消滅する運命にある。しかし実行できる最善の方法は、誰か有力なクルド人と同盟を結ぶことだ。その際、アメリカがこの計画に支援することが欠かせない。
May 10, 2004
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今井紀明さんに対するインタビューの主な一問一答は次の通り。 ‐犯行グループはどんな人たちだったのか。 「普通の農民だと思う。リーダーといわれる人物がたくさんいた。けんかもしていた。住民に米軍への不満があるから広いネットワークができているのだと思う。だけど命令系統が整っていないように感じた」 ‐彼らをどう思うか。 「(拘束の)あの体験にはものすごい怒りを感じるが、嫌いだとは思わない。彼らは人質をとるしか(考えを)国際的に表現する方法がなかった。不器用なんですね。そういう状況にさせたのも米軍だと思う。彼らは米軍に親や子を殺されたり、拘束されている。(拘束中の)僕らの家族と同じ思いをしている」 ‐ひどい扱いは受けなかったか。 「扱い自体は良かった。最初は不安だったけれど、三日目から(高価な)鳥肉が一日に二度も出てきた。信じられなかった。僕らのために買いに行ったんだと思う。でも帰してくれるという約束は何度も破られた。(拘束を)長く感じた。すごく長かった」 ‐拘束中、何をしていたのか。 「三人でいろいろ話をしたが、五日目くらいから話すこともなくなった。ぼうぜんとしていた。ものもあまり考えられなかった。夜、空爆の音を聞いた。遠い時も近い時もあった。ああ人が死んでいるんだな、と思った。戦闘機の音が近づくのは不気味でした。米軍の救出作戦で誤射されたらどうしようという危機感もあった」 ‐犯行グループとはどんな話をしたのか。 「八、九日目の通訳役のメンバーに高遠さんが『武器を持たないで平和をつくる方法はないのか』とすごいけんまくで怒ると、彼らは沈んでしまった。僕は『彼女が怒っているのはイラクを愛しているからだ。必ず方法はあるはずだ』と言った。向こうは黙り込んでしまった。彼は別れ際、『私たちも迷いながら戦っている。別の方法があったら教えてくれ』と言った。自分たちが戦ってもイラク人が死んでいく現実に矛盾を感じているのではないか」 ‐解放後、三人の行動は批判を受けたが。 「(拘束もその後の批判も)どっちもきつかった。(批判で)イラクでの傷が深くなった。(解放されてから、アラブ首長国連邦の)ドバイに行くまでは多少食欲があったのに、無気力になって食事がとれなくなった。四キロくらいやせた」 ‐今後はどうしたいか。 「自分もイラク戦争に巻き込まれたと考えている。草の根的にでもできるだけ多くの人に体験を伝えたい。それが僕の責任だと思う」 ◇おことわり 今井紀明さんは、四月三十日の東京での記者会見では、精神的負担が大きいとの医師の判断に従い、質問を受けずに退席しました。北海道新聞は一日、「多くの人に自分の体験をもっと知ってほしい」との今井さんの意向を踏まえ、今井さんが負担を感じた場合には中止することを条件にインタビューしました。今井さんの要望により、写真撮影は控えました。「北海道新聞」
May 3, 2004
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