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6/26朝、バクバ近郊で、レジスタンスが政党事務所や警察署など計4カ所を連続して襲撃、地元警官らと交戦になり計9人が死亡した。シーア派の「イスラム革命最高評議会(SCIRI)」の地方事務所では、小型ロケット砲攻撃で3人が死亡。その数時間後、アラウィ首相の「イラク国民合意(INA)」地方事務所も爆破された。負傷者は出ていないという。政府関係庁舎も銃撃されて警備員らが応戦し、レジスタンス4人が死亡(1人は爆弾を巻いたチョッキを着ていた)。警察署でも交戦があり、レジスタンス2人が死亡した。ヒッラでは夜、2発の爆弾が爆発し、イラク市民40人以上が死亡、約40人が負傷。目撃者によると、爆発は2台の自動車に仕掛けられた爆弾によるものという。クルド人自治区アルビルでは、クルド地域政府の文化省近くで自動車爆弾が爆発。アルビル地域政府のマフムード・ムハンマド文化相が負傷、警護担当者が死亡、少なくとも40人が負傷した。キルクークでは、パトロール中の警察官が襲われ1人が死亡した。マフムディヤでは、レジスタンスの襲撃を受け、警察官ら3人が死亡した。
June 29, 2004
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バークーバ発、6月24日: イラクの暫定政府が米国から部分的な主権を手に入れる6日前になって、レジスタンス戦士は今日、米軍とイラク政府を標的にした一連の統一した攻撃をバグダッド、モスル、ラマディ、バークーバで展開した。 イラク保健省によると、イラク人レジスタンスと米軍との激しい戦闘で、住民85人が殺され、320人が負傷した。それによると、バグダッドの北東50キロに位置する小さな街バークーバでは、朝早く、レジスタンス戦士による攻撃と米軍による空爆によって、13人の死亡者、15人の負傷者が出た。 散発的な戦闘は、米軍が街を封鎖したあと、今日の午後もバークーバ周辺で続いている。 米陸軍第1歩兵師団のある軍曹(名札はジョンソンと読める)は、朝5時30分、市内をパトロールしていた米軍をレジスタンス戦士が待ち伏せ攻撃し、米兵2人を殺して7人を負傷させたと話した。このことは、のちにイラク多国籍軍の記者発表でも確認された。 ジョンソン軍曹は、最初の攻撃のあと、彼の部隊が戦車の支援を要請したと話した。 攻撃のすぐあと、反乱者がバークーバ西部のムフラク地区を掌握したようだ。現地の住民たちは、占領軍が待ち伏せ攻撃を受けた同地区から撤退していったと話した。 その地区の近くに住む29歳の技師アメル・アルワンは、「今朝、ムジャヒディンがムフラク地区で占領軍を撃退した」と言った。彼はまた、今朝早く、住民がムジャヒディンと呼ぶレジスタンス戦士が全市にチラシを配ったことも話した。 チラシは住民に、米軍が市を攻撃するだろうから、自宅から出ないようにと住民に呼びかけていた。 このあとの攻撃は明らかに朝の待ち伏せ攻撃を連携したもので、米軍によると、少なくとも30人のレジスタンス戦士が軽火器とロケット砲で市中心部にある警察署を攻撃した。 住民たちは次のように言った--攻撃を受けて21人のイラク人警察が殺され、それでイラク人戦士が警察署を掌握した。 住民によると、同時に、レジスタンス戦士は迫撃砲とロケット砲、自動小銃でバークーバ中心部にある青いドームの地方行政庁舎を攻撃し、その後、この建物を占拠した。 バークーバの中心部に住むアブデル・ヒューマンは、「それだけ多くの戦闘が今朝ここであったんだ」と言った。「ここでは自由の戦士があらゆる事態を掌握し、アメリカ軍を市の外に追い払った」。 ディヤラ州の警察署長ワリド・ハリドは、バークーバの状況はすぐに抑制できるものだ、とアルジャジーラTVに告げた。 のちに、レジスタンス戦士はハリドの自宅を燃やした。 匿名にしてくれと求めたうえで、地元のある部族長は、「レジスタンス側は(イラク人警察)21人を殺した」と言い、「それは彼らが占領軍に協力していたからだ」と説明した。 元バース党実力者だったイラク暫定首相イヤド・アラウィは、バークーバの攻撃はサダム・フセインのバース党政権残党によるもので」彼らは「孤立している」と非難した。 しかしバークーバでの目撃者は、警察署と地方庁を攻撃した戦士(ムジャヒディン)のなかにはザルカウィへの忠誠を宣言する者もいて、ザルカウィの戦士が飾りにつけるのとよく似た黄色のヘッドバンドをしていたと語った。 バークーバの住民は、午前9時、米軍機が3発の500ポンド爆弾をサッカー場近くに投下したと話した。これは米第1歩兵師団スポークスマンのオブライエン少佐の話と一緒だ。 米軍側は、この爆撃でレジスタンス戦士が攻撃前に使っていた三つの建物を破壊したと発表した。 占領暫定当局の渉外担当補佐ケン・バッカスは、バグダッドの保健省で、バークーバ総合病院の理事長とその助手が攻撃の最中に暗殺されたと発表した。彼は今朝、事務所でおこなう長いインタビューを断った。「国家非常事態のただ中にあるんだ」と彼は言った。 イラク駐留米軍の作戦部副官キミット准将は、イラク諸都市での戦闘は昼までに静まったと報道陣に語った。 しかし12時15分、米軍のアパッチ攻撃ヘリ2機がはっきりと見えたし、戦闘のさなかにある都市の一部を機銃掃射していた。表面上は、誰も米兵を立ち入り禁止にしていなかった。 ブラッドリー戦闘車両に乗り込んだアメリカ軍は、市の郊外でわれわれの車にも撃ってきた。 市内では、爆弾の破裂音が午後1時頃にも幾度か聞こえ、大通りにはほとんど人影はなく、店は戦闘の続行を恐れて閉店していた。 しかし米軍部隊は市内のどこにも見あたらなかった。 パイロットのいない無人偵察機が不気味に頭上を飛びまわり、その一定した雑音がバークーバ全市に米軍の存在を示す唯一の動く標識だった。 住民の多くが、占領軍が周期的に民家への急襲作戦を実施し、また市内のパトロールを続けることによって、レジスタンス(抵抗)を扇動してきたのだと非難した。 この地方のひじょうに大きな部族のメンバーであるハジ・ファイサルは、次のように言った。--「ムジャヒディーンは祖国のために占領者であるアメリカ軍と戦っている。われわれは皆、このレジスタンス(抵抗運動)を受け入れる」。 地元のイラク人技師カータン・マムードも同じ見解だった。 「われわれは占領者を好きになれない。ここでは占領者を好きな者は誰もいない」。 現在のバークーバは、4月のファルージャを不気味に思い出させる。 4月4日、米海兵隊が多くの住宅地を掌握できずにファルージャの全市を封鎖した。米軍が彼らの治安権限をイラク人警察と民間防衛軍、ムジャヒディンに譲るまで、1ヶ月に及ぶ包囲攻撃が続いた。 バークーバ市郊外の戦闘現場は、ファルージャの4月の戦闘を移植したかのようにみえる。街の出入り口につながる幹線道路の真ん中には、銃弾で穴だらけにった1台の車が取り残され、撃ったあとの薬莢の山が、戦車に押しつぶされた踏み跡を残す凝固物近くまで100フィートも連なっている。 運転手の息絶えた死体は、黒い弔旗でおおわれた車両の傍に横たわったままだ。 ジョンソン軍曹は、車が戦車にぶつかってきたので、兵士が運転手を殺したと話した。しかし、なぜ車のフロントガラスには何も損害がないのか、彼は説明しなかった。 今日、キミット准将は記者団に、「合同軍は情勢に自信があると感じている」と語った。 神経を張りつめて検問に立つことで、幹線道路への出入りを午後3時に確保できた。ジョンソン軍曹は市内には米軍は一人もいないと言い、市内はレジスタンス戦士でいっぱいだと説明した。 最悪の事態は過ぎたかと尋ねると、ジョンソンは、「暖めているところだろう」と答えた。
June 27, 2004
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「人を殺すことが何故いけないのか」これについては、かなり深刻な事態に日本は陥っていると思います。社会現象的に、人殺しはかなりポピュラーになってきています。このことは、海外にいるfukoさんにもお分かりと思います。そしてその背景にあるのが、「殺人はいけない」という感覚の麻痺だと思います。「殺人はいけない」という感覚は、まず政治にあります。その証拠に、パレスチナで、イラクで、アフガンであまりにも残虐な戦争と言う殺人が行われているのに、日本政府はこれを「いけない」と言うどころか、積極的に支援しています。また、今井くんたちが殺されようとしていたのに、武装集団を逆上させるような言葉を平気で吐き、さらにブッシュに支援をお願いしたりした。その言動のすべてが「人質は殺されても仕方ない」と言っているかのようでした。こうした感覚が「正義」「当然」「仕方ない」となっているのですから、日本の社会に「人を殺すことが何故いけないのか」が麻痺して当然です。これは「戦争が何故いけないのか」についても、全く同じです。だからぼくは、「殺人」「戦争」というものを問う必要があると考えています。これに関することで、つい先日ある雑誌に書いた原稿がありますので、参考までに以下にその一部をご紹介します。(以下は、記事全体の中の、書き出しの一部です) *********佐世保の「少女殺人事件」はなぜ起きたのだろう?【リード文】いのちが、ひどく、軽くなってはいまいか。いのちが、あまりにも粗末に、されてはいまいか。いのちから、喜びが、消えてはいまいか…。戦争、犯罪、病気、自殺、虐待、自虐…。こんな世の中に、なぜなってしまったのか。いったいどこに、希望の出口があるのだろう…。大気では、オゾン層が破壊され、Co2が増えだした。大地でも、農薬汚染と、自然破壊が続いている。水の浪費と、水循環の、人為的な妨害&破壊…。恐るべき自然破壊が、人間の狂気を誘っている。「破壊」は、自然の摂理への人間からの「破戒」でもある。空、海、水、命に、人間もまた、連なっているのだから…。●軽くあしらわれるいのち佐世保で、痛ましい事件が起きた。それは、奇怪にして、異常な事件には違いなかったが、しかしそれは、どこででも、いつでも起こりうる不気味さを秘めている。世の親たちは、それが決して他人事ではなく、我が身を襲うかもしれない出来事として、身震いしたに違いない。なぜ、凶悪事件が?この問いは、これまでにも絶えず反芻され続けてきた。そのたびに「いのちの尊さを教えなければ」と大人たちは口にした。が、言葉だけで、いのちの尊さは伝わらない。その一方で大人たちは、いのちを踏みにじる数々の愚挙愚行を繰り返し、その構造的な仕組みを、放置し続けているのだから。戦争がしかりだ。そこでは、人間が虫けらのごとく扱われ、拷問や首切りどころか、結婚式でさえ一瞬のうちに吹き飛ばす。また、苦しむイラク民に手を差し伸べようと、勇気を抱いて出かける者を「非国民」のごとくののしり、他国民の悲劇やいのちは、意にかえさない。戦争では人のいのちが、あまりにも軽く粗末に扱われている。●実はみんなが犠牲者?雑草を嫌い、虫たちを徹底排除する感覚もしかりだ。近代畜産では、生き物をいのちあるものと考えず、生産効率と経済効果を求め、過剰の抗生物質や薬物を投与し、鳥インフルエンザが発生すれば、膨大な数の鶏をいとも簡単に抹殺する。ん? 人間のため?実は、この「殺し文句」こそが、要注意なのだ。また、食料増産のためと言って、大量の化学肥料と農薬を使い、人間に便利だからと言って、過剰な化学物質を平気で使用する。その果ての、食の極度の劣化、病的住居、シックスクール…。その中で、いま子どもたちに、まぎれもなく異変が起きている。食、住居、学校、風土&環境のあまりにも急激なシック(病的)化が、いかに人間の精神と健康を蝕み、異常をきたしているか。その調査研究データも、事例も、実は山ほどにある。一言で言って、農薬や化学物質の複合的な害毒が、人を疲れやすく、キレやすく、おかしくしてしまっているのだ。なのに、その報告を無視し、その環境を放置したままで、いくらしつけや教育を、偉そうに言葉にしてみても全く意味がない。その意味で、加害者も、またこの悲劇の深刻な犠牲者なのだ。こうして「人間のため」という空々しい殺し文句が、自然をとことん破壊し尽くし、人間を狂わせ、その結果、皮肉にも、いまや人間を殺し始めた。自然を破壊した人間たちに、いま自然からの逆襲が始まっている。●「国益のため」の愚行いのちを虫けらのごとく扱う戦争が、なぜ起きるのか?その一因に、「石油」がある。石油やガスがなければ、経済も暮らしも維持できない。だからこそ、持続可能な自然エネルギーにシフトしていこうとこの6月に世界が注目する「ボン会議」が開催されたのだった。が、結局は、日本とアメリカでは完璧に無視された。いったい、なぜ? この問いの奥にあるものこそ、しっかり見つめなければならない。そしていま、「日本のため・国益のため」と、日本の自衛隊が多国籍軍に加わり、イラクに残留することが宣言されるに至っている。さらに「有事法案」があっさり国会で決議され、60年前のあの「国民総動員体制」がいつでも再現できることになる。そしてそれは、中東での石油問題で、敷かれる可能性が高い。石油確保に危機が訪れたら、それこそ日本の「有事」だからだ。実際、昨今のイラク、サウジの動きを見るに、それは十分に起こりうる(いな、起こしうる)ことなのだ。●悲劇の風景の背後を見る空にも、海にも、そして水にも、いのちがある。なのに「人間のため」と称して、文明人たちは、そのいのちをあくことなく破壊し続けてきた。最大の破壊行為は、いうまでもなく戦争だ。戦争は「正義」や「国益」の名のもとに、自然や人間のいのちを、無惨にも破壊し尽くす。この現実をそのままにして、どうして「命の尊さ」が伝わるのか。一方で、石油経済のための戦争に加担し、さらに子どもたちの未来を、破壊し続けていく。このやりきれない矛盾に、純な子どもたちは、あるいはどこかで、なんとなく気づいているのかもしれない。そう考えると、佐世保事件からも、悲痛なメッセージが伝わってくるような気がする。「命の尊さ」は、白々しい言葉からは伝わらない。いま見つめるべきは、戦争やあの悲惨な事件の、その背後に潜むものであろう。
June 26, 2004
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同時テロ事件との関わりでブッシュ大統領を強烈に批判したマイケル・ムーア監督の話題の映画「華氏911」の 上映会が、首都ワシントンで行われました。 話題の映画「ファーレンハイト911」の一般公開に先だって、ワシントンでもプレミアム上映会が開かれています。 政治的なプロパガンダとの一部からの批判を気にしてか、警備も厳しくなっています。 ワシントン市内の選ばれた800人が、24日の上映会に招待されています。なかには民主党の大物議員も混じっています。 R指定、つまり17歳以下は親の同伴がなければ見られないことになっていて、マイケル・ムーア氏側は、このことにクレームをつけて見直しを求めていましたが、結局、R指定は解除されないまま、24日の上映となりました。 (日本のファンへのメッセージを) 「日本からはたくさんの信じられない内容のメールをいただきました。あなた方の首相がブッシュと共に連合軍に参加していることは、本当に嘆かわしい。日本の首相が国民の意思に反して、この戦争に協力していることは本当に悲しいと思う。我々がブッシュに対してしようとしていることを、小泉首相に対してしてほしい」(マイケル・ムーア監督) マイケル・ムーア監督が会場に入ろうとしているところですが、周りから拍手がおきて、ものすごい熱気に包まれています。「ボウリング・フォー・コロンバイン」を撮った頃よりも、ひとまわり大きくなった様な気がします。(24日11:30)
June 24, 2004
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こちらに戻ってきたら、ファルージャで韓国人が誘拐されたというニュースが。多分日本でも報道されていると思うけど。韓国人の人質さん、解放されることを願うけど、もしハリバートンとか米企業と働いていたら、かなり難しいな。そこが高遠さんらの時との違いだ。 犯行グループはアルカイダを名乗っているようだけど、多分、地元の武装勢力が勝手にアルカイダを名乗ってるだけじゃないだろうか。米軍は何でもかんでも安易に「アルカイダ」のせいにするし、武装勢力も武装勢力で、ロクにつながりがなくても「アルカイダ」と名乗るので注意が必要だ。いずれにしても、人質が非常に危険な状況にあることには変わりないのだが、こうした事件が起きてしまう原因は、どう考えても、先日のファルージャへのミサイル攻撃だろう。*このミサイル攻撃も「アルカイダとつながりの深いヨルダン人過激派アブムサブ・ザルカウィを暗殺する」ことが口実だった。結局、ザルカウィはおらず、女性や子どもの死体が瓦礫の中から見つかったわけだが。これって虐殺だぜ。 それにしても、やいキミット准将、ただでさえファルージャはここのところ物騒だったのに、なんでミサイルなんか撃ち込むか?!しかも主権移譲目前で。絶対ワザとやってるだろ?多国籍軍の中で米軍が指揮権を握るためには、情勢が混乱している方が都合いいものな。 私他、在イラク日本人記者も小泉"パファーマンス"不純一郎サンが自衛隊の多国籍軍参加を決めてくれたおかげで、めでたく今後も武装勢力のターゲット☆というワケだぜ。ぼちぼち、日本に帰ろうかとも思ったが、やはり主権移譲の嵐がおさまるまではムリだな。下手に動くと危なくてしょうがない。 やれやれだぜ。サマワで見つけたカップラーメンでも食うか。フン。 画像:自衛隊の皆様、「復興支援」活動、お疲れ様です。でも、約550人の隊員が毎日風呂につかるだけの水があるなら、写真の子ども達にも少しは分けてあげてくださいね。一口飲んだだけで下痢になりそうな水を飲んでいます。
June 23, 2004
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表題の通りのことだけでなく、侵略者たちすなわち「侵略の枢軸」の者たちは、国際的に孤立しているのです。そういう時代へと進んできました。EUも、ロシアもチャイナも彼らに協力してないことがわかりますよね。彼らは自分達が被害にあったこと(枢軸のものたちから)を知っていますから。セイモア・ハーシュの指摘は大いに参考になりますね。今回の韓国人人質事件の犯人たちは偽アルカイダ系であることは大いにありうる。スペイン列車テロ事件の犯人たちについても同様とかんがえています。この事件がどの様に展開するか判りませんが、韓国の人たちがスペインの人たちの様に賢い選択に進むことを隣国の者として、祈るように望みます。わが国に対しては奥君、井ノ上君の事件そして橋田君、小川君の事件の二つによって、「自衛隊イラク派遣」と「多国籍軍への参加」へと引きずり込まれたものと考えていま す。四人に対しては憎いほど完璧にやりましたね。彼らは。それ故に彼ら四人をわたしは、尊い平和へのわが国の犠牲者と考えているのです。彼らの命日を忘れてはいけない。今回、政府はわけのわからない米・英との合意文書などというものを出してきましたが、余りにもズサンで慌てていることがわかりますね。テロにおびえて、ズサンに侵略者に引きずられていく政府を存在させているのは、国民ですから、なんとかできますよ。このままでは、戦死者、戦没者は護ってくれませんよ。学ぶことのできない者は自然界でいきていけませんから。まず、小泉政権を倒しましょう。それから、目覚める人たちが増えるのを待って、(これは、必ず増えていきます)国民の代理人としての政権の誕生をめざしましょう。その間に侵略者たちは、かつての日華事変のように中東で泥沼にはまっていきます。かつて日本が自分の有様に気がつかなかったように、今では「侵略の枢軸」の者たちは自分の有様に気がつかないのですね。日本人よ、若者の命と体を侵略者に差し出すな。護られていることを感謝します。
June 22, 2004
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私たちは戦争を知らない子供たちと言われ育ってきました。けれど、今、それを否定します。わたしたちは「戦争を知らない子供たち」だったかもしれませんが、わたしたちは、「戦争を止める子供たち」です。第二次世界大戦で、わたしたちは多くの犠牲をはらいました。それはどうしてでしょうか。目をつむって考えてみてください。死んだのはあなたたちの家族だったではありませんか。隣人だったではありませんか。あなたたちの父親や母親だったではありませんか。あなたたちの子供だったではありませんか。あなたたちの夫や妻だったではありませんか。彼らの思いが聞こえますか?今、地球にいる私たちに、たえず彼らはささやきかけてきます。「二度と戦争を起こしてはならない」とーーー身近な人を亡くさなければならなかった戦争、第二次世界大戦はまさしく、今のわたしたちのために起こされたのです。わたしたちが、身近な人を多く亡くすことによって、戦争の無意味さを心と体、そして魂にしみこませたのです。あのあやまちは、第二次世界大戦のあやまちは、繰り返されるために起こされたのではなく、学ぶために、今いるわたしたちが学ぶために起こされたのです。どうか今、大戦を経験して、今なお長生きしているかたがた、もう一度わたしたちのために立ち上がってはもらえませんか?戦争の無意味さを大声で、腹の底から、叫んでもらえませんか?年老いて孤独の中で、あなた方はいるのかもしれない。夜ねむる前に見上げる天井は、あなたの心にさびしい影をかさねつづけているのかもしれません。どうか、ご自分の力に気付いて、いのち長らえている意味を思い出し、戦争をとめる原動力となってもらえませんか?
June 21, 2004
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どこかの国の首相は「人道支援なら問題ないだろう」ということで、自国の武装組織をアメリカ主導の『多国籍軍』に参加させようとしている。そのアメリカでは『人道支援』といった場合、秘密工作の支援を意味することが多く、世界的には説得力のある理由ではない。例えば、1980年代にアメリカ政府はニカラグアの反政府ゲリラ『コントラ』を支援する秘密工作を行った。外交的にも法律的にも問題が多かったため、アメリカ議会は「ニカラグア政府を転覆させたり不安定化させる目的でいかなる資金も使ってはならない」ことを決めた。いわゆる『ボランド修正法』である。そこで、アメリカの情報機関は軍事物資を『放出品』としてコントラに提供する一方、国務省の『人道支援』プログラムを利用して資金を流している。しかも、仲介役になった企業には大物麻薬業者が関係していた。この事実は、民主党の大統領候補になっているジョン・ケリー上院議員を委員長とする委員会が報告書の中で明らかにしている。この事実は、アメリカ政府が盛んにアピールしてきた『麻薬との戦争』も額面通りに受け取ることはできないことを意味している。1970年代かRントラ支援とレーガン政権時代のコカイン蔓延とはリンクしていると考えられている。『人道支援』や『麻薬との戦争』の実態を暴こうとする人、あるいは団体を監視したり攻撃したりするためにも利用されてきたのが『テロとの戦い』である。『テロとの戦い』が言われ始めたのは1970年代前半、ベトナム戦争の終盤である。メインのターゲットは反戦平和グループだった。そうした中に司法長官を経験した人物も含まれていたことは有名な話だ。かつて、「宣戦布告がなされていない」という理由で日中戦争は戦争でないとする主張があった。アメリカの軍幹部の間では1990年代後半から21世紀の戦争は『チェチェン/ソマリア型』の不正規戦になると指摘されている。正規軍と正規軍との戦いではなくなるということだ。つまり、どこかの国の政府に言わせると、21世紀の戦争は『戦争』でないということになる。
June 20, 2004
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イラクで編成される多国籍軍への自衛隊参加を、国会での十分な議論なしに決断した小泉純一郎首相。十七日夕の記者会見で問われたのは、国民への「説明責任」だった。与党内からも「なし崩し参加」への疑問の声が上がる中、首相の一言一句にいつも以上に注目が集まったが、首相の説明の方法は-。 (政治部・田畑豊)■誇らしげ 「イラク(暫定政府)の大統領から『自衛隊は他国の部隊と比べ、ひときわ歓迎されている。今後とも活動を継続してくれ』という要請を受けた。自衛隊の諸君が住民と友好的に活動しているんだなあと心強く思った」 首相は会見で、国民世論が二分する中、派遣に踏み切った自衛隊が現地で高い評価を得ていることについて、こう誇らしげに語った。 七月の参院選を前に、与党内には、年金制度改革に加え、多国籍軍への自衛隊参加問題が「逆風二点セット」になりかねないことへの警戒感が強い。この日の会見についても、森喜朗前首相が「分かりやすく説明する必要がある。選挙前だから大事なことだ」と助言していたほどだ。 こうした中、首相は、自衛隊がいかにイラクに頼りにされているかを強調することで、イメージアップを図り、国民の国際貢献意識を巧みにくすぐる戦術に出た。「今、イラク人が一番苦しんでいる。将来、イラク国民から、日本は苦しい時に支援の手を差し伸べてくれたという評価をいただけるような活動をやっていきたい」とも述べ、情に訴える場面が相次いだ。■肩透かし 情に訴える一方、首相はこれまで違憲の疑いがあるとされた多国籍軍参加が、今回はなぜ合憲なのかという説明には踏み込まない。首相は、多国籍軍参加の正当性について(1)武力行使はしない(2)非戦闘地域に限る(3)憲法とイラク特措法の枠内(4)自衛隊の活動は日本の指揮下-の四点を「呪文(じゅもん)」のように繰り返すだけだった。 多国籍軍参加と憲法九条との整合性について問われても、「イラク人が自らの力で自らの国造りに立ち上がろうとする時、多国籍軍だから(自衛隊が)参加してはいけないという理由にはならない」と、ここでも「情」を持ち出すばかりで、肩透かしの印象を与えた。 また、首相は、航空自衛隊による米兵輸送などの「安全確保支援活動」を続けることを明言したが、こうした輸送活動を行うことは、自衛隊が反米勢力などから狙われる危険性がより高まることを意味する。だが、そうした懸念についても、首相は最後まで触れずじまいだった。■バカの壁 首相は昨年末、養老孟司氏のベストセラー「バカの壁」を引き合いに、「一生懸命説明すれば、分かってくれるというのは間違いじゃないのか」と、同僚議員に漏らしたことがあった。 自衛隊派遣計画の閣議決定後の記者会見について、説明責任を果たしていないとの批判を浴びたことへの不満があったようだが、ならば、この日はいわば「雪辱戦」とも言えたはず。だが、首相は、国民が不安を抱きそうなことはしゃべらず、言いたいことを言うという姿勢を貫いた。 「世の中には三種類の人々がいる。話せば分かる人、話しても分からない人、話さなくても分かる人。政治家にとって、話しても分からない人に分かってもらう努力を続けることは宿命だ」-。就任一年目のジェノバ・サミット(二〇〇一年)での首相の言葉だ。だが、長期政権への道を歩むにつれ、国民を熱心に説得するという初心が薄らぎつつあるのか。そんな思いを残す記者会見だった。
June 19, 2004
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高遠菜穂子「イラクのことを伝えると約束」日経ビジネス2004年6月7日号私は4月7日、ヨルダンのアンマンからイラクのバグダッドへ向かう途中で、イラク・ファルージャ付近のムジャヒディン(イスラム聖職者)たちに9日間拘束されました。主にバグダッッドのストリートチルドレンを支援する目的で、通算4回目のイラク入国をしようとしていた時です。私はNGO(非政府組織)などの組織に属さないのがポリシーで、どこからも資金援助を受けていなかったので、帰国するたびに千歳市の実家近くで搾乳のアルバイトなどをしてお金を作っていました。4回目は、短くて2年、長ければ5年くらいイラクにとどまるつもりだったので、今年2月に一時帰国した時は、朝は搾乳のバイト、夜はスナックで働く覚悟でした。ところが帰国すると、1月に出た私に関する新聞記事がきっかけとなり、思いもかけず全国からの寄付金が実家に集まっていたのです。4月1日の出国時には、寄付金が200万ほどになっていました。私はこの貴重なお金でストリートチルドレンを支援するための施設を借り上げ、最終的には、イラク人だけで子供たちを支援していける枠組みを作りたいと思いました。しかし、一歩を踏み出す前に、こういうことになりました。4月15日の解放後、バグダッドの日本大使館で初めて、私たちが自衛隊撤退と引き換えの人質だったことや、声明文の存在を知り、日本で大事件になっていることを自覚しました。自己責任論や自作自演説も、その後ドバイに移った時に、政府の方や家族の話で知りました。外務省をはじめとする政府の方々には多大なご迷惑をおかけし、本当に申し訳ないと思いますし、感謝しています。できるなら、私たちを心配してくれた方々にも、私たちのことでお怒りになった方にも、北海道から沖縄まで一人ひとりの前に行って、跪いて謝りたい。そしてイラクのことを話したい。本当に申し訳なかったと言うしかないし、謝りたいです。でも今はまだ、1人で外に出ることができません。実家に引きこもっている間、武器を持っているイラク人に肉体は焼き殺されなかったけれど、武器のない日本で私の心は焼き殺された、そういう気持ちでした。私は今、生かされた命を持て余して、ただ泣いて、震えていて、何もできません。解放のために努力してくれたイラク人や、私の意思を継いで現地で子供の支援を続けてくれているイラク人に「ありがとう」を言いに行くこともできない。私がイラクの現状を訴えたら、もし私がイラクに行きますって言ったら、「またこいつ何か言っているぞ」って、橋げたに吊り下げられそうな気がして怖いのです。でも、この家の向かいにある自衛隊の演習場から、バグダッドで聞いていた音と同じ音が聞こえてきて、それを聞くたびに、米軍の空爆で亡くなったイラク人の叫びが、脚が飛んだ瞬間の子供の声が、体中に破片が入った時の叫び声が、米兵に虐待されている悲鳴が聞こえてくるんです。今回拘束された時に、「何でこうなるの」と思いました。今思えば、私がファルージャの人に両肩をつかまれて、目だけ耳だけじゃなくて、体で俺たちの苦しみを知ってくれと揺さぶられたような気がしています。私は解放のために尽力してくれたイスラム聖職者協会のクバイシさんに、イラクの現状を必ず伝えますって約束しました。今はこれからどうしたらよいのか分からないけれど、少しずつ伝えていけたらと思います。イラクでは毎日、米軍が暴力に訴えて、その結果、個人的な恨みや憎しみがイラク人に生まれ、米軍に報復するという負の連鎖が続いています。その繰り返しでお互いの憎悪は増幅するばかりです。この拘束事件を踏まえて私が一番伝えたいことは、昨年5月1日に戦闘終結宣言がなされたけれど、そこから一般人と占領軍の本当の戦争、自分たちの生活を守るための戦争が始まったということです。イラク人、特にファルージャや近郊のラマディの人々は、この1年間ずっと苦しんできたのです。私が初めてイラクに入ったのは、首都陥落後の昨年4月29日です。バグダッドに着いてすぐに、ファルージャで、平和を求めるデモをしていた丸腰の民衆を米軍が銃撃したという話を聞きました。これはまずいと思い、5月1日にファルージャに行きました。ファルージャはバグダッドから車で1時間ほど西に走ったところにあります。まず病院に行って会ったのが、その米軍の銃撃に遭ったという15歳と21歳の男の子です。粗末な治療を見て、医療品を運ばなきゃと思いました。170床のベッドに対してドクターは1人。ゴム手袋や注射針、酸素と、すべてが不足していました。発電機が動かず、保育器や医療品を保管する冷蔵庫は止まっていました。ラマディも同じような状態だったので、医療品をファルージャとラマディに届けてもらうよう各国のNGOに要請するため、5月末にいったんアンマンに戻ることにしました。そして、6月頭、協力してくれた日本のNGOの人と数百万の医療品を携えて、再度バグダッドに入りました。その頃、ファルージャとラマディの治安は悪化の一途をたどりました。サダム・フセイン元大統領がスンニ派だったこともあり、米軍はスンニ派勢力のファルージャとラマディには必要以上に警戒心を持って荒々しい態度を取っちゃう。それが民衆の中に反米感情の種をまき、悪循環が生まれていくのです。6月に入ると一般の民衆も武器を持つようになり、中には夜中に対戦車地雷を埋める人もいました。検問も増えて夜の外出も厳しくなり、そういう中で、米兵が暗がりで誤って子供を撃ったという話が続きました。一晩明けると、銃弾の跡が200~300m続いていました。ラマディのイラク人からはこんな話も聞きました。流れ弾に当たり内臓を損傷したイラク人が、手術をしたけど、いまだに激痛が走る時があって、いつもの診療所に車に乗せられて向かったんです。そしたら途中で検問に遭い、米兵に車から引きずり出され、怪我をしている人が片言で病院と言ったら、「Go home and die!」って言われたって。話を聞かせてくれたイラク人は唇をブルブル震わせながら「復讐を誓った」と言っていました。家宅捜索も激しくなりました。米軍は夜中から明け方にかけて、ドアをいきなり蹴破って入ることが多いんです。女性はイスラムの衣装もかぶれないまま外に出されます。「家宅捜索に着た米兵が、妻の夫以外は触ってはいけない部分を触ったので、4人の米兵を撃ち殺した」と、あるイラク人から直接言われ、びっくりしました。こうした状況は昨年11月にピークを迎え、今年4月の米軍の掃討作戦で、さらに多数の民衆が犠牲になりました。アブグレイブの収容所の虐待の話が明るみに出ましたが、それ以外にも私たちが知り得ないほどの屈辱をイラク人は味わってきたんだと思います。ファルージャ付近の治安が悪化する一方で、バグダッドでは6月中旬、空爆で家族を亡くしたり、施設から抜け出してきたりするストリートチルドレンが目につき始めました。主に10代半ばから後半の男の子がパレスチナホテル近くにある10回建てビルの半地下のゴミためのような場所に住み、多い時で20人ほど同居していました。そこは「シェラトン」と呼ばれていました。とにかく異臭がきつく、劣悪な環境で、中ではシンナーや「ハルシオン」みたいな錠剤の麻薬が横行していました。子供たちは物乞いをしたり、靴磨きをやったりして得たお金をドラッグに回していたのです。ドラッグの影響で、ぶつかったとか、レタスを1枚多く取ったとか、そんなことですぐに仲間同士の喧嘩になって、ナイフや割れたコーラの瓶で切りつけ合うことが1日に何回もありました。自分を切りつける自傷行為も頻発していました。イラクの大人はそれを放置していたのです。フセイン政権の圧政下ではストリートチルドレンは国の恥とされ、すぐに施設に入れられました。その影響もあって、イラクの大人たちは彼らを「アリババ(泥棒)」と呼び、怪訝な目で見ていました。シンナーの吸い過ぎで泡を吹いて痙攣している子供を蹴る大人もいたほどです。保護してもすぐに逃げ出してしまうため、各国のNPOも半ば諦めて、素行の良い子を優先して保護していました。結果、シェラトンには素行が悪い子ばかりが残る。そんな彼らを私は放っておけませんでした。自分が中学生の時にシンナーにはまったこともあって、大人に対する不器用さが昔の自分に似ていると思いました。昨年11月、3回目にイラク入りした時には、イラクの子供が自立できる環境を作るために、シェラトンの近くにアパートを月175ドルで借りました。イスラムでは女性の1人暮らしは許されていません。私はホテルから毎日アパートに通い、1~2人ずつ呼んでシャワーを浴びせ、新しい服とごはんを与えました。石鹸やパンを投げたり、上げた毛布を売ったりと、物を粗末にする子は本気で怒鳴りつけました。そうしたら、随分厳しかったイラクの大人たちが協力してくれるようになったんです。みんな毎日のようにアパートに来てくれて、通訳とか洗濯とか掃除とかシャワーとかを手伝ってくれました。建設会社の社長のスレーマンさんは、「建設ラッシュで仕事がとても忙しいから、これで食べ物や服を買いなさい」とお金をくれて、時には子供たちの就職の斡旋もしてくれました。もう、周りのこうした協力が本当に嬉しくて。でも、だんだんアパートの大家さんが強欲になってきて、家賃を2倍払えと言い出したんです。お金も底を突いていたので、結局アパートを引き払い、今年2月、1~2年分の家賃をまとめて払えるお金を稼ぐつもりで日本に帰ってきました。前述したように、思わぬ寄付金のおかげで、2ヶ月後にはイラクに出発できたのですが、その途中で拘束事件に遭ってしまったのです。今回のことで反省したのは、焦っても良い結果は生まれないということです。今思えば、残してきた子供たちのことを心配して焦っていました。現地の友達からもメールや電話で「子供たちが『ナホコはいつ来るんだ』と待っている」と聞かされていて。でも油断していたわけではありません。自衛隊の派遣で反日感情が出てきていたのは分かっていたから、ちゃんとアンマンのイラク人が集まるバスターミナルとか食堂とかで情報を集めたうえで大丈夫だと判断したんです。自らの行動についても責任を取っていたつもりでした。私はいまだに何が自己責任なのか考え込むのですが、事件が起こるまでは覚悟だと思っていました。イラクに入る時に覚悟ができていない人なんていないと思います。
June 18, 2004
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教育基本法改正についての与党の方針が1項目を除いてまとまった。まとまらなかったのは愛国心をめぐる表現である。 自民党は「国を愛する」ことを教えるよう求めたが、公明党は「国を大切にする」に変えるよう主張し、折り合わなかった。 公明党からは、国を愛せというのは統治機構を愛せということにならないか、との疑問が示された。戦前の「忠君愛国」のスローガンが戦争をあおり、異論を許さないことにつながった、という慎重論も強かった。 公明党は愛国心という言葉に戦前への回帰と国家主義のにおいをかぎ取ったに違いない。支持母体の創価学会が戦前、国家から弾圧された経験を持つだけに、警戒するのは当然のことだろう。 そうした恐れは、「国を愛する」を「国を大切にする」に変えたところで、ぬぐいきれるものだろうか。 問題は愛国心の表現にあるのではない。愛国心をどうとらえるか、愛国心が育つにはどうすればいいのか、にある。 民主主義の国では、主権者である国民が統治の仕組みを決め、選挙で選んだ代表を通じて国を治める。どういう国をつくりたいかはそれぞれ考えが違うだろうが、自由に意見をたたかわし、妥協が必要なときは妥協して、社会をつくり、国をつくっていくのである。 みんなが参加してつくった民主的な社会や国だからこそ、そこに愛情が生まれる。国民一人ひとりが尊重され、その意思が反映される国ならば、愛国心は自然に生まれ、育っていく。 国を愛せ、と一方的に教えるだけで愛国心が育つはずがない。まして、戦前のような国家体制への郷愁にかられて、国を愛せ、伝統や文化を愛せ、というのならば、とても受け入れられない話だ。 自分の国をどう愛するかは、人によってそれぞれ違う。国を思うからこそイラクへの自衛隊派遣に反対する人がいるし、逆に、賛成する人もいる。自衛隊派遣に反対した人を「反政府、反日的分子」と非難した与党議員がいた。国の愛し方を一方的に決めつけるようでは、ゆがんだ愛国心になってしまう。 愛国心を教えるよう法で定めれば、学校で指導が強制される恐れがある。国旗・国歌法が成立したとき、小渕首相が「命令や強制は考えていない」と国会で答弁したのに、強制が広がったことを忘れるわけにはいかない。 すでに「国を愛する心情」を成績として評価する小学校が全国で増えている。愛国心を子どもに教え込み、愛国の度合いを競わせる。それで国民に愛される国になるだろうか。 今の教育基本法が育てようとしているのは「平和な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、勤労と責任を重んじ、心身ともに健康な国民」である。戦後、この法律通りに教育行政がされていれば、愛国心を十分持った国民が育っていたのではないだろうか。
June 17, 2004
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この国の首相の顔はいったいどちらを向いているのだろう。 米国での主要国首脳会議(シーアイランド・サミット)に先立つ日米首脳会談で、小泉純一郎首相は、新たな国連決議に基づき主権移譲後のイラクで編成される多国籍軍に、自衛隊を参加させることをブッシュ米大統領に事実上表明した。憲法上の問題からこれまで避けてきた自衛隊の多国籍軍への参加という重大な問題を、国民に説明することなく、十分な国会論議も経ず、真っ先にブッシュ大統領に報告する姿勢には首をかしげざるを得ない。 従来の憲法解釈は、多国籍軍の指揮下に入ると憲法の禁じる自衛隊の海外での武力行使の可能性を排除できない、とするものだった。ところが今月一日、秋山収内閣法制局長官が「武力行使を伴う任務と伴わない任務の両方が与えられる多国籍軍に参加することは、憲法上問題ない」との新見解を示し、日米首脳会談での首相の表明への地ならしが始まっていたと思われる。 国連の新たな決議は、イラクへの主権移譲のプロセスと多国籍軍の編成を明記、その駐留を二〇〇五年末のイラク新政権発足までと期限を設けたうえ、それ以前でもイラク政権が要求すれば終了すると定めるなど、米英両国の原案にフランスなどの要求をかなり取り入れた。安保理では全会一致で採択された。ただ、国連主導は名ばかりで「米国が主導権を握る現実は変わらない」との見方は根強い。治安回復についてもイラク人虐待や誤爆など、米軍の不手際もあって依然不透明である。 日本政府は、新決議に多国籍軍の任務として「治安維持と安定」とともに「人道・復興支援」が明記されていることで、この支援活動に限定して参加すれば憲法上の問題は生じない、と判断している。現在の自衛隊派遣を可能にしたイラク復興支援特別措置法は、各国に復興への参加を要請した安保理決議一四八三を根拠にしている。政府は新決議を政令で追加して多国籍軍参加の根拠とする考えで、国会承認を得ることなく月内の閣議で正式決定する意向だ。 現在のサマワでの自衛隊の活動を主権移譲と同時にやめることが困難なのは確かである。しかし、真っ先に米大統領に「自衛隊派遣を継続する」と表明することで、多国籍軍への参加を鮮明にする必要があったのか。しかも、新決議の採択を「(米国の)大義の中での勝利だ」とまで持ち上げることはなかろう。平和憲法の下での独自の道を探る日本のイメージを、もっと押し出すべきではなかったか。 自衛隊の海外での活動は、国連平和維持活動(PKO)から、イラク特措法による「戦時」派遣へと、段階的に広がっている。今回の多国籍軍参加で制約の枠が「なし崩し」的に壊れる危険性は否定できない。 多国籍軍に参加しながら、日本独自の指揮権が保てるとは思えない。もし「非戦闘地域」でなくなったとき、自衛隊だけ撤退できるのか、懸念も残る。政府は新決議の内容を精査して米国などと調整する意向のようだが、そうした手続きさえ抜きで、首相が参加表明するのは順序が違うのではないか。
June 16, 2004
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毎日新聞調査 毎日新聞が12、13の両日に実施した全国世論調査(電話)によると、小泉純一郎内閣の支持率は46%で、首相の北朝鮮再訪問直後に行った前回調査(5月23日)に比べて12ポイント減の急落となった。不支持率は6ポイント増の35%だった。今月5日に成立した年金制度改革法については「評価しない」との回答が70%に達した。同法成立直後に年金計算の前提となる出生率の大幅低下が明らかになるなど、政府の年金制度に対する不信感が支持率を押し下げたとみられる。 内閣支持率は、拉致被害者の家族5人の帰国につながった首相の再訪朝で11ポイント増加した。しかし、今回の調査では、上昇分が消失し、再訪朝前の5月15、16日に調査した水準(47%)に戻った。主要国首脳会議(シーアイランド・サミット)に首相が参加した効果も表れなかった。 内閣不支持の理由では「自民党の首相だから」が前回調査の8%から17%へと倍増した。 年金改革法について「評価する」との回答は17%にとどまり、自民党支持層でも「評価しない」(53%)が「評価する」(32%)を大幅に上回った。「評価しない」は無党派層の81%、民主党支持層の87%に上った。 また与党が強行採決によって同法を成立させたことについて尋ねたところ、「やむを得ない」は24%で、「納得できない」が67%を占めた。「納得できない」と回答した人の中では、内閣を支持しない割合が48%と、支持する33%を上回った。与党の公明党支持層も半数以上が「納得できない」と回答した。 5月の2回の調査では「今国会での成立を見送るべきだ」がともに6割前後に達しており、早期成立に慎重だった世論を押し切って成立させたことが内閣支持率などに影響したようだ。 政党支持率は、自民党が32%で前回調査と同じ。民主党は16%で前回より2ポイント増えた。年金改革法を「評価しない」人たちについてみると、自民党支持24%、民主党支持19%、「支持政党なし」44%だった。 その他の政党は、公明党3%(前回と同じ)▽共産党3%(前回比1ポイント減)▽社民党1%(同)▽「支持政党なし」の無党派層38%(前回比3ポイント減)--だった。【平田崇浩】 =◇= 調査の方法 12、13日の2日間、コンピューターで無作為に選んだ電話番号を使うRDS(ランダム・デジット・サンプリング)法で全国の有権者1000人を目標に電話で調査し、1054人から回答を得た。
June 15, 2004
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日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。 ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、五千万を越える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。 侵略戦争をしつづけることで、この戦争に多大の責任を負った日本は、戦争放棄と戦力を持たないことを規定した九条を含む憲法を制定し、こうした世界の市民の意思を実現しようと決心しました。 しかるに憲法制定から半世紀以上を経たいま、九条を中心に日本国憲法を「改正」しようとする動きが、かつてない規模と強さで台頭しています。その意図は、日本を、アメリカに従って「戦争をする国」に変えるところにあります。そのために、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派兵と武力の行使など、憲法上の拘束を実際上破ってきています。また、非核三原則や武器輸出の禁止などの重要施策を無きものにしようとしています。そして、子どもたちを「戦争をする国」を担う者にするために、教育基本法をも変えようとしています。これは、日本国憲法が実現しようとしてきた、武力によらない紛争解決をめざす国の在り方を根本的に転換し、軍事優先の国家へ向かう道を歩むものです。私たちは、この転換を許すことはできません。 アメリカのイラク攻撃と占領の泥沼状態は、紛争の武力による解決が、いかに非現実的であるかを、日々明らかにしています。なにより武力の行使は、その国と地域の民衆の生活と幸福をうばうことでしかありません。一九九○年代以降の地域紛争への大国による軍事介入も、紛争の有効な解決にはつながりませんでした。だからこそ、東南アジアやヨーロッパ等では、紛争を、外交と話し合いによって解決するための、地域的枠組みを作る努力が強められています。 二○世紀の教訓をふまえ、二一世紀の進路が問われているいま、あらためて憲法九条を外交の基本にすえることの大切さがはっきりしてきています。相手国が歓迎しない自衛隊の派兵を「国際貢献」などと言うのは、思い上がりでしかありません。 憲法九条に基づき、アジアをはじめとする諸国民との友好と協力関係を発展させ、アメリカとの軍事同盟だけを優先す外交を転換し、世界の歴史の流れに、自主性を発揮して現実的にかかわっていくことが求められています。憲法九条をもつこの国だからこそ、相手国の立場を尊重した、平和的外交と、経済、文化、科学技術などの面からの協力ができるのです。 私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考えます。そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、九条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していていくことが必要です。それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。 二○○四年六月一○日井上 ひさし梅原 猛大江 健三郎奥平 康弘小田 実加藤 周一澤地 久枝鶴見 俊輔三木 睦子
June 14, 2004
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アメリカの第40代大統領、ロナルド・レーガンが死亡した。死人の悪口は言いたくないということなのか、大半のマスメディアは故人を手放しで誉めあげている。レーガンの実態を振り返ることで、日本のメディアが何を理想としているのかを知ることができるかもしれない。『天啓的史観(ハルマゲドン説の信奉者)』を信じている人がアメリカには少なくない。キリスト教原理主義者(聖書根本主義派)だが、彼らの教義によると、キリストが再び現れる前に、地球規模の核戦争、大規模な災害、経済恐慌、社会の混乱を経る必要があると彼らは考えられてィすることになっている。1970年代、レーガンは自らがこうした天啓的史観を信じていることを明かしている。例えば、彼がカリフォルニア州知事だった1971年、同州の上院議長だったジェームズ・ミルズに対し、旧約聖書のエゼキエル書について熱弁をふるい、ハルマゲドンが近いと熱く語っている。核戦争で世界は滅びなければならないということだ。その後、少なくとも1980年代初頭までレーガンは自分が天啓的史観の持ち主だということを隠そうとしていない。勿論、レーガンだけがキリスト教原理主義者だというわけではない。第38代大統領ジェラルド・フォード(1974~77)、そして現大統領ジョージ・W・ブッシュも同じ宗教の信者だ。フォード政権の時代、CIAの分析がソ連に甘すぎるという議論が浮上、『チームB』というグループが編成されたことがある。この対ソ連強硬派を稼働させたCIA 長官が現大統領の父親でレーガンの次の大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ。1970年代から聖書根本主義派はイスラエルの軍事強硬派、リクードと急接近、1979年には『国際テロリズム』の黒幕はソ連だというプロパガンダを展開、そのソ連と戦う『自由の戦士』としてアルカイダを含むイスラム原理主義者を彼らは組織、支援している。レーガン大統領は本気でソ連との戦争を考えていたと筆者は推測している。何人かの自衛隊の情報将校も同じ分析をしていた。1983年が緊張のピークで、その後はレーガンの宗教的な信条は別のエリート集団によって封印されている。レーガン時代を振り返ると、ラテン・アメリカではレーガン政権に支援された軍事政権が『死の部隊』を使って大量虐殺を実行、エル・サルバドルの大司教も暗殺されている。ニカラグアの左翼政権を倒すためにコントラを組織、資金源としてコカインを使っていたことも秘密ではない(CIAも認めている)。1980年代にコカインの流通量がアメリカで急増したことと無関係ではない。これはイラン・コントラ事件の一面だが、そのイラン・コントラ事件に関する証言をレーガンは『アルツハイマー』を理由に拒否し続けた。きわめて鮮明な記憶を持っていた時期から死ぬまで同じ理由を主張していた。この無責任な態度を美談にしてしまうのが日本のメディアだが。経済面では『規制緩和』の結果、S&Lの不正融資が起こり、その延長線上にエンロンの破綻がある。『双子の赤字』で世界経済の危険度を大幅に高めたことも忘れてはならない。日本が助けなければ、アメリカは破綻していた可能性が高い。
June 13, 2004
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主要国首脳会議(シーアイランド・サミット)で米国は、念願の「拡大中東構想」の採択にこぎつけた。だが、民主化の対象となるアラブ諸国の懐疑はぬぐえず、採択を認めた欧州勢も本音は反対。ブッシュ米政権の性格が強く出た同構想は、挫折の危険をはらんで第一歩を踏み出す。 (サバナ・沢木範久、久原穏)■アラブの不信ぬぐえず 拡大中東構想は、二〇〇一年九月以来の「テロとの戦い」の産物だ。 軍事力だけでテロは根絶できない。独裁や宗教過激派による抑圧と扇動が、不満と暴力というテロの温床をつくり出すような社会に対しては、民主化、経済振興が必要になる-。 ブッシュ大統領は昨年十一月、訪英時の演説で「地域安定を優先するあまり、抑圧的政権の存続を許してきた」過去の中東政策に決別を宣言。積極的に諸国の民主化を促す「自由の前方展開戦略」を表明した。 構想はその具体化であり、「自由は神が米国に与えたものでなく、人類への贈り物」が口ぐせの大統領の性格がにじみ出たものだ。 しかし、ことし二月、当時の「大中東構想」はアラブ紙に漏れ、猛反発を受ける。 まず、「大中東」の範囲が明快ではなかった。アラブ諸国に加え、アフガニスタンやイラン、パキスタン、モロッコなどが対象とされたが「イスラム原理主義の影響による反米感情以外、共通性のない諸国を一緒にし、米国流の自由・民主主義を押しつける試み」と受け止められた。 政府だけでなく市民社会との対話も重視するとしたことで、体制転覆への警戒を抱く国もある。 これに対し、米国は構想の狙いが「自主的改革の支援」にあり「各国の独自性を尊重する」と弁明。正式名称を「拡大中東・北アフリカ地域とのパートナーシップ」として、押しつけ色の払しょくに努めてきた。 九日、サミット八カ国(G8)と拡大中東首脳の昼食会で、ヨルダンのアブドラ国王は、昼食会への招待を断ったとされるサウジアラビアのアブドラ皇太子からの「わが国もG8の試みを支持する」との伝言を紹介。アラブ側の“軟化”との見方も呼んだ。先月下旬には、アラブ首脳会議が民主化への決意を示す宣言を採択、米国もこれを歓迎している。 だが、採択の裏には、サミットを前にアラブ側が先手を打って「米国の押しつけでない民主化」を主張した側面もあり、事は単純でない。■『移民』火種、欧州も異論 拡大中東構想は、サミットの場で政治宣言を採択したにもかかわらず、大半の欧州勢が異を唱える奇妙な構図となった。 フランスのシラク大統領は「この地域に民主主義の伝道師は必要ない。開かれた政治が地域に育つのを見守ればいい」と、真っ向から反対する。ブッシュ大統領の盟友ベルルスコーニ伊首相でさえ「計画を押しつけるべきではない」と強調。G8のある外交担当者は「ブッシュの妄想でしかなく、うまくいくはずがない」と言い切る。 欧州勢が慎重になるのは、地理的にも歴史的にも中東地域と結びつきが深く、構想の失敗による影響は米国と比べようもないからだ。 フランスは五百万人、ドイツも四百万人前後のアラブ系移民を抱え、移民の同化問題が国の土台を揺さぶっている。移民増加で治安が悪化、それが移民排斥を唱える極右勢力の台頭を招く。中東情勢が一段と不安定になれば、移民・難民がさらに押し寄せ、悪循環がエスカレートする。 欧州には血で血を洗った異教徒との侵略、戦争の歴史がある。植民地政策の失敗の経験もある。イラク一国を攻撃したイラク戦争と違い、アラブ・イスラム世界全体を敵に回しかねない。 アラブ人は誇り高い。民主化ドミノといったご都合主義では取り返しのつかないことが起きる。そんな不吉な予感が欧州にブレーキをかけているように見える。
June 11, 2004
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「クローズアップ現代」http://www.nhk.or.jp/gendai/ピューリッツアー賞クリス・ヘッジズ氏出演イラク人捕虜虐待事件にアメリカ世論が大きく揺れている。戦争支持率は30%台に急落、イラクからの撤兵を求める声も強まっている。虐待に関与したとされる憲兵部隊7人の兵士の地元では、家族が「少数の兵士による仕業」とする軍に対し「上官の命令に従っただけ」と反論、ブッシュ政権への批判を強めている。その一方で地域住民が7人の兵士を激しく非難する集会を開くなど、事件の波紋は広がっている。カリフォルニア州では、虐待を目撃した憲兵部隊が帰還。「自爆攻撃の恐怖と駐留長期化の疲労が兵士の心を蝕み虐待につながった」と、知られざるイラク戦争の現実を語り始めた。アブグレイブ刑務所に駐留した兵士とその家族の証言を軸に、占領政策の現実と、アメリカ世論の変化を見つめる。 (NO.1928)中継出演 : クリス・ヘッジズさん(ニューヨーク) (元ニューヨークタイムズ記者 2002年ピューリッツアー賞)
June 10, 2004
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「もっと現場に行きたい」 33歳の若さでイラクに散ったジャーナリスト・小川功太郎さんは周囲にこう語っていた。 小川さんは一緒に亡くなった戦場ジャーナリスト・橋田信介さん(61)の甥。早大を卒業し96年にNHKに入局。中国語講座を担当したのち、鳥取放送局でドキュメンタリーなどの制作に携わった。 昨年7月、NHKを退社しフリー記者として戦場を目指した。橋田さんと親しかったジャーナリスト、高世仁氏が言う。「今年の4月上旬、橋田さんに連れられて私の事務所に来たんです。なぜNHKを辞めたのか聞いたら、“世界の現場を取材したいからです。悔いのない人生を生きたい。”と語っていました。」 別掲のリポートは彼がイラクから本紙に送ってきたものだ。イラクの現状を目撃した小川さんは、もっともっと戦争の悲惨さと愚かしさを報道したかったにちがいない。 会社組織を脱し、フリーとしてあえて危険に身を投じた小川さんの生き方はサラリーマンにとっても注目に値するものだ。
June 8, 2004
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アメリカ兵が男性のイラク人収容者を拷問し辱めている場面の公表された画像は、一部の人権団体とペンタゴンが集めた証拠--それは米軍兵士がアブグレイブ刑務所および他の拘留施設で、イラク人女性をレイプし、性的に虐待していることを示している--の影を薄くしているのかもしれない。 女性拘束者たちの法的代理人をしているイラク人弁護士アマル・カダム・スワディは『ガーディアン』(英紙)に、彼女は女性拘束者に対する米軍兵士による性的暴行と虐待が2、3の偶発的な事件ではなくて長期に続いていると信じていると告げた。「イラクじゅうで起こっていること」と彼女は言った。 女性たちは合同軍に拘束されているイラク人全体のなかでは少数である。アメリカ軍は、現在、イラク全体で占領軍に拘束されている女性は78人だと発表している。 しかし、去年のイラク侵攻以来、どれだけの女性をアメリカとその同盟軍が拘束してきたか、正確には明かにされていない。赤十字国際委員会によると、去年10月、アブグレイブに30人のイラク人女性が拘束されていた。米軍によると、その数字は先月には5人に減り、5月29日にはついにゼロになった。 大多数の男性収容者のように、合同軍に拘束された女性の多くは、いかなる犯罪の告発を受けたわけではない。イラクの人権団体は、彼女たちが合同軍に指名手配された家族への「切り札」として使われているようだと指摘している。--『ニューズデイ』が報道した。 スワディと他の6人のイラク人女性弁護士は、ヌールという名前の収容者によって書かれたというメモが、アブグレイブからこっそり持ち出されたあと、昨年後半に性的暴行があったという主張を調査し始めた。そのメモは、アメリカ兵が女性拘束者をレイプし、いくつかのケースでは、ヌール自身もそうだが妊娠したと訴えていた。スワデイは暴行されたか暴行を目撃したと訴えた拘束者への聞き取り調査を開始した。--『ガーディアン』が報道した。(※1) スワディは、3月にアブグレイブに訪問しているとき、一人の収容者が、米兵から彼らの前で服を脱がされ、イスラムの文化の品位を汚すような行為を強制されたと彼女に告げた、と話した。バグダッドにある別の拘留施設では、スワディは米兵にレイプされたという女性に出会った。「彼女はみずからの事例を語る唯一の女性だ」とスワディは『ガーディアン』に話した。「彼女は泣いていた。そして彼女はレイプされたと私に言った」とスワディが話した。「数人のアメリカ兵が彼女をレイプした。彼女は彼らを追い払おうと抵抗し、腕にケガした。彼女はその縫った傷口を私たちに見せた」。 アメリカ占領下の人道違反を調査している組織である占領監視国際センターの責任者イマン・ハマスは、アブグレイブで同房者がレイプされたことについて拘束体験者が話していると指摘した。--『ミドル・イースト・オンライン』が報道した。(※2) 別の事例では、ほかには誰も部屋にいないとき、ある女性がハマスに用心深くささやいて、兵士がアブグレイブで彼女をレイプしたと示唆した。ハマスの話では、翌日その女性は戻ってきてその供述を破るよう頼みこんだ。 ハマスやスワディほか暴行事例を調査している者たちによると、レイプされた生存者はしばしば恥とされたり、時には家族の名誉を守るために殺されたりするので、イスラムの文化では名乗り出る女性はほとんどいない。 ハマスと他の二人の人権活動家は、そろって、バグダッドの西、アンバル州のスンニ派教徒出身の3人の若い女性がアブグレイブから妊娠して戻って来たあと、家族の手で殺されたという話をした。『ミドル・イースト・オンライン』が報道した。 ペンタゴン米国防総省は、陸軍少将アントニオ・タグバによる内部報告書で、アメリカ兵がアブグレイブで裸にした女性拘束者をビデオと写真に撮っていたことを認めた。連邦議会議員にも見せられたが公開はされていない米軍兵士撮影の写真は、胸を見せるよう銃口を突きつけて強制されるイラク人女性を映していたと言われている。 タグバ報告書もアブグレイブでのレイプ事件を引用している。ただしタグバはその事件を、男性看守が女性の収容者と「セックスをした」と記述していた。 その収容所でのレイプに関しては、イラク駐留米軍の広報責任者キミット准将がAFP通信に、同刑務所を管理している部隊は「アブグレイブにおけるその種の報告はなにも知らなかった」と話した。 米軍はいまだに、女性拘束者への暴行や虐待事例では一人の兵士も告発していない。 ペンタゴンの別の報告は、軍諜報機関の3人の兵士が昨年10月、アブグレイブに拘束された女性に性的暴行をはたらいたと言われていることを示している。米軍の調査担当者はこの暴行を確認しなかった。『ワシントン・ポスト』によると、この3人の兵士は、許可なしに女子房に入ったことで、各々数百ドルの罰金を科されて降格処分されたと伝えられている。
June 7, 2004
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2003年10月23、24日、スペインのマドリードで「イラク復興支援会議」が開催され、全世界から73の国と20の国際機関が参加し、復興に必要な資金として総額330億ドル(3兆6300億円)の拠出が表明された。その内日本が5500億円であり、世界銀行(WB)と国際通貨基金(IMF)を除けば、アメリカと日本にほとんど偏っている。この会議に先立つ下院歳出委員会の公聴会で、9月30日、アーミテージ国務副長官は「われわれは日本と集中的に取り組んできた。彼らは気前のいい約束をすると思う」と発言し、かなり強引に日本の拠出額が決められたようだ。まるで自分の家にある金庫に、アメリカ人が勝手に入ってきて、何の説明もなく好きな具合に持ち出されてしまったような流れである。しかも取りまとめ役であるアメリカの財政赤字がひどく、2004年度会計が5250億ドル(約58兆円)の赤字になる見通しであるために、結局のところ、日本だけが正直に表面額どおりに拠出する流れになると思う。今や日本は、公的部門だけで800兆円もの赤字を抱えて、医療保険や国民年金等はじめとしてすべてを増税の方向に持っていこうとしている国が、外に対してはなんとも気前がいいのである。そして注目すべきは、すべて何らかの国際機関を通じての援助ということである。つまりその先の金の行方に関しては、いっさい我関せずなのである。世界ひろしと言えど、恐らく、こんな国は日本だけだと思う。普通、国際機関の仕事配分は熾烈な競争の中で、様々な怪しげなお金や政治力がうごめく世界である。そんな風なドロドロした利権略奪戦のなかで、日本政府だけは例外として、声高に人道支援」や「平和貢献」を叫んでいるのである。一方ブッシュの方はといえば、他国が供出した資金(そのほとんどは日本の資金)を国際機関を通すことで、いかに自国企業(カーライルやハリバートンやベクテル)に還元するかしか考えていないのである。アメリカの利益(もっとはっきりいうなら自分の関係する縁故企業)のためなら、「人道支援」も「平和貢献」もなしである。もちろんアメリカは自分がしているようなことをもし他国がするなら、絶対に許さないのである。そんなことが実際に起きたなら、先制攻撃も辞さないのである。なぜなら、アメリカは特別な国だからである。それがアメリカの言う「正義」であり、民主化である。それが真実だからこそ、1991年の湾岸戦争で戦費を90億ドルという異常なお金を負担したにもかかわらず、「世界のATM」と皮肉られたうえに、これっぽっちも感謝されなかったのである。その嫌な記憶ゆえに、今回の自衛隊派遣へとつながるのだが、アメリカはそんなことで満足するはずがない。アメリカの「ホンネ」は、サマワにおける自衛隊なんてむしろ邪魔なだけで、世界から「イラク復興資金」を略奪する道具として、日本をパフォーマンスとして利用したいだけなのである。前回のアフガンの戦争でも、日本は、体よく復興会議の議長を務めさせられて東京で会議を開催したにもかかわらず、結局のところ、参加国中最大のお金を気前よく提供させられてしまっている。もちろんそのお金がどのように使われたのかは、例によってさっぱり分からずじまいである。今回のイラク復興支援のお金も、資金の提供先である暫定当局(CPA)も、その他の国際機関も、結局のところアメリカ政府のフロント機関なのだから、訳も分からずにアメリカにお金を預けることになってしまうだけである。日本の「人道支援金及び復興支援金」でプライベート・アーミーを雇って怪しげなテロを頻発させたり、イラク人人質を洗脳しようとしてミリタリー・サービス会社から虐待のプロを雇おうとも、そんなことまで日本は知るよしもないのである。もちろん、こんな風な流れは「イラク復興支援金」だけに限ったことではない。2004年度の外国為替資金特別予算(為替介入資金)を140兆円という馬鹿げた数字を計上して、円高対策だというフリをして、大量に買ったドルを米財務証券に換えることで、アメリカの金持ちに対する減税を支え、アメリカの株価を維持するための財源を与え、さらにイラクに13万人の米軍を駐留させている経費に充てられているのである。そればかりかアメリカから導入予定のミサイル防衛(MD)システムをめぐり、日本政府は、約1000億円の契約を、2004年度初期整備費として結ぶ方針を固めたのである。このミサイル防衛システムは、以前のコラムでも書いたように、いままで約824億ドル(約9兆円)もかけて、いまだに当たるかどうかもよくわからない不可思議な代物で、軍産複合体の利権のために存在している金食い虫以外の何物でもないのである。このミサイル防衛システムの営業のために、ならず者金正日の北朝鮮が脅威だというありもしないファンタジーを意図的に創作されてきたのである。こんなふざけたミサイル防衛構想に、またもや約1兆円もの国民の貴重な血税がつぎ込まれようとしている。そして前回の5月28日のコラムで書いたように、今回の拉致問題での食料25万トンと1000万ドル相当の医療品支援にしても、一度国連へお金を拠出する方式になっているために、国連と日本政府のあいだで、またしても多くの費用が国民の手の届かない薮のなかで消滅してしまうことになる。しかし書き出したら切りがないので、もうこれ以上は書くのをやめる。正直言うと、書いている私まで、なんだか気がめいってきてしまうんだよなぁ。でも、あえてこれらの事を拾い出して書くのは、英米の国際金融勢力の「エゴ」が創り上げた様々な「幻想」を剥ぐためである。それらの虚構の「罠」から自由にならないと、本当の自分のために、私たちが何をやらなければならないのかが見えてこないからである。つまり、最初に「幻想」からの自立ありきなのだ。それさえ私たちが分かってしまえば、未来への軌道修正は可能なのだ。
June 6, 2004
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(回答先: 「元気な女性が多くなってきた」=長崎女児殺害事件で-井上担当相 【時事通信】 投稿者 hou 日時 2004 年 6 月 04 日 21:06:15)こういう意識の源はいったい何ですかね?一見女性を応援しているようで、いや、ひょっとするとそこいらのファロス信奉者よりもずっと男尊女卑、男権主義者なのではないか。この人は、男は女より容易に暴力を振るったり人が殺せるから、男性が女性より優位な性だと思ってたのかな?いや、そう思ってたんだろうなあ、きっと。戦場で、人を撃ったりレイプしたり、略奪したり拷問したりなどという行為を兵士が躊躇していると、必ず上官の「お前はそれでも男か!○ンタ○はついてんのか!男になれ!!」などという怒号が飛ぶ(古今東西)。いや、最近は女性の兵士も増えているから、「怒号が飛んでいた」と言った方がいいかもしれない(結局、自分の中にある、「人間の心」を殺し、相手を「人間以下」とみなすような暗示を自らにかけることができるようになって、初めて兵士は「勇気をもった男になる」通過儀礼をクリアできる。サラバ感受性、サラバ人間性、コンニチハ男性性・・・みたいな)。とにかく世の中では、男は人を力でねじ伏せられることが、奪ったり殺したりすることができることが「優位な性である証拠」であるという認識が、無意識のレベルにまで刷り込まれて広汎に流通しているようだ。「そういう男ほどモテる」「そういう男ほど有能で頭が切れる」「そういう男ほどナニがでかくてうまくて女も満足、歳をとっても持続する」「そういう男ほど豪胆で気さくで明朗、かつ友人も多い」「そういう男ほど金持ち」等々、数々の『神話』がまかり通っている。どれも実体は空虚で無意味な願望に過ぎなかったりすると思うのだが。私は少なくとも、「そういう男」には惚れない。つまるところ、野蛮で情感が擦り切れている方が、高等な人間の証拠だという。さて、例の女児が実際に殺人を起こしていたとして、それを「元気な証拠」とみなすことは可能か。私は、むしろこの女児は急性の「非常に病んだ」状態にあったと思うのだが・・・。進学の準備の為か何の為か分からないが、一生懸命打ち込んでいたバスケットボールを母親にやめさせられたなどという話があったが、(それが事実なら)ただでさえそれで心理的にまいっているところに、日本の事件板でも書いたが、ネットでの会話という、非常に感情に揺さぶりをかけられやすい状況の中で、信頼していた筈の友人の、彼女に対して冷ややか(と思える)書き込みを見てしまった。もともと積極的な性格の子に、急にそういうショックに立て続けに出会ったこと(それまで何の疑いもなく信頼していた母親や友人が突然信じられなくなり、一気に疑心暗鬼や妄想が膨らんでしまった)で、積み重ねがある場合起こりがちな、自殺、不登校や引きこもりになる、グレてハデな恰好をして街に繰り出す、などの方向にエネルギーが向かう代わりに、「世の中一気に狂っちゃった・・・こんなのみんな終わりにしたい、すべてなかったことにして、人生をリセットしたい!」という衝動に、友人(御手洗さん)の自分に対して冷笑している顔が「想像されて」覆いかぶさってきていたのだろう。まあ、そもそもこの女児に限らず、殺人の衝動に駆られたり実際に殺してしまったときの人が、興奮状態やカラ元気はともかくとしても、本当に「元気」だったりすることはまずないと言えると思うが(これを見ている人の中にも、親しい人に裏切られたり嫌なことをされて、「殺してやりたい」と殺意を感じた、又は実際に殴りかかるなど、暴力行為に出た覚えのある人はたくさんいると思うが、そういう時、まったくストレスも感じず、「今日も元気だオイッチニッサンッシッ!」などと清々しく健康的で、心身ともに充実している気分になっている人はいるだろうか。私自身がそういう気持ちに駆り立てられていた時は、「心身ともにバランスを崩している状態」「無理に対峙してエネルギーを起こさなければ、鬱的になって寝込んでしまうような状態」にあったと断言できる。尤も、ゲームで敵キャラを倒しているような時は、ストレス解消をかねつつも、楽しい気分にはなれるが・・・)。私にはあまり、善悪という概念はないが、健全不健全(バランスアンバランス)という概念(感覚)は強く持っている。モラリストでもない私が言うのもナンだが、井上担当相のような発言をする人は、ずっと、「モラル性とは、戦争を起こす男性のあり方が基準」だと思ってきたのではないか。日本はしたくてたまらなかった戦争を止められて、ずっと我慢してきたんだもんね。さもありなん。破壊、暴力=道徳的、健全創造、共感=非道徳的、不健全ということでしたか。新しい道徳や倫理社会の教科書にこういう基準が載せられて、人類殲滅に向けての大事業へと子供たちを駆り出すべく奮闘するというのが、為政者の造る明日かもしれない。(やっぱ、男の中の男っしょ?女性も見習うべき、というわけね?)
June 5, 2004
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石油価格高騰の背景By StrangeLove石油価格の高騰が問題になっている。言うまでもなく、最大の理由は米英軍によるイラク攻撃。その結果、イラク国内のレジスタンス激化で同国の生産が伸びないだけでなく、サウジアラビアの体制が揺らぐ事態になっている。その背景には石油生産のピークアウトがあると指摘する専門家もいる。一時期、中央アジアにはサウジアラビアを上回る埋蔵量の油田が存在、インド周辺にも石油が眠っている等々の話があったのだが、期待したほどではないというのだ。とはいうものの、中央アジアの油田は無視できない。そこから石油を運ぶルートを確保することがアメリカのアフガニスタンに対する姿勢に大きく影響していることは言うまでもない。CIA がタリバンを組織、政権を握らせたのも、また自力走行を始めたタリバンを倒したのもアメリカがアフガニスタンを支配するためだった。つまり、中央アジアの油田を運び出すためにはロシア、イラン、アフガニスタン、どの国かと話をつける必要があるが、消去法で残るのはアフガニスタンということだ。そのアフガニスタンの支配がアメリカの思惑通りに進んでいない。ハミド・カルザイ大統領がコントロールできているのは首都周辺だけで、今後10年程度は外国の軍隊が駐留する必要があると感じているようだ。大統領自身もアメリカの『民間セキュリティー会社』のボディーガード(実態はアメリカの特殊部隊員)を必要としているほど治安は悪い。また、南米の産油国、ベネズエラを再び支配下に置こうとしたアメリカの計画も予定通りには進んでいない。同国のエリート(労働組合やマスB今回のイラク攻撃で利益を得たのは軍需産業とイスラエル(リクード)。前政権の防衛関連予算削減に苦しんでいたアメリカの軍需産業は息を吹き返し、イスラエルは宿敵のイラクを破壊することができた。基幹産業が軍需のイスラエルは二重の利益と言えるかもしれない。(アメリカのキリスト教原理主義者も宗教的利益は得た。)これに対して、アメリカの石油産業は今回のイラク攻撃でダメージを受けている。だからこそ『ネオコン』を怒っているのだ。油田地帯の混乱でアメリカの石油産業を基盤とする主流派エリートの力が弱まれば、相対的に自分たちの力が増すとネオコン(親イスラエル派)は考えているのかもしれない。『中東民主化』で湾岸地域をイスラエルの管理下に置こうとしていると思えなくもない。先月、アメリカのジョージア州にある海軍基地(その近くでサミットが開催される)に自動車で入ろうとしたふたりのイスラエル人が逮捕され、基地は立ち入り禁止になった。ふたりが乗っていたバンから問題になるような物は見つからなかったというが、これもアメリカとイスラエルとの本当の関係を暗示しているのかもしれない。
June 4, 2004
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長崎県佐世保市の小6女児殺害事件は、他のクラスメートらが犯行直後、血まみれの加害者の同級生を目撃するという不幸な事態も招いた。6年間一緒のクラスだった子どもたちに与えた「心の傷あと」の深さは、うかがい知れない。学校を舞台にした、あるいは子ども同士の事件も後を絶たない。事件後の子どもたちへの心のケアに問題点はないのか、探った。 (蒲 敏哉、藤原正樹) 「どげんしたとや」。男性教諭(35)の悲痛な声が教室に響いた。現場は佐世保市立大久保小学校三階の学習室。児童が自由に出入りできる憩いの場だった。 一日正午すぎの給食の時間。六年一組の机には牛乳、ご飯に酢の物、海鮮豆腐が並べられ「いただきます」と皆が手を合わせた直後、両手を血だらけにした女児(11)が飛び込んできた。 教諭が女児の手を広げてカッターナイフを取り上げ、とっさにいなくなっている同級生・御手洗怜美(さとみ)さん(12)を思いだし「御手洗は」とたずねると、女児は「私じゃない。私の血じゃない」と叫び、廊下の先を指さした。 この後、教室にいた三十六人の児童は五時間にわたり個別に事情聴取された。 「想像を絶する経験をし、児童たちの受けたショックは計り知れない」と駆けつけた同市教委の小林庸輔主幹は話す。 同小は全校児童百八十七人。一年から六年まで各一クラスで、六年生は三十八人。六年生の息子を持つ父親はこう話す。「一年生からずっと同じクラスだから、とても仲が良い。もちろん、転校してきた御手洗さんも含め、兄弟、姉妹と同じほど親密だった」。それだけに、事件の衝撃、その影響は大きかったという。 別の同級生の男児の祖母は「五人家族でいつもにぎやかなんだが、孫は昨晩帰ってきてからもなんも話さない。相当なショックで沈んでいる」と明かす。 同校OGの看護専門学校生(23)は「一年から六年まで同じクラスだから席替えを月一でやって気分を変えていた。中学時代を通じて家族以上の親友もできる。今回はそれが壊れ、周りも精神的傷を負った。残された子どもが楽しい人生を送れるかどうかはカウンセリングの仕方次第」と看護の立場から心配を口にする。 同校には、急きょ西九州大学の西村喜文助教授をチーフとする臨床心理士三人が派遣された。児童はもちろん、児童の悲劇に直面し、「事件をどう説明していいかわからない」と頭を抱える教諭もおり、臨時保護者会の前に、まず教諭がカウンセリングを受けた。 全校集会では六年生のうち男児一人、女児二人の計三人が欠席。前述の小林主幹は「依然としてショックが続き登校できない児童もいるのでは」と推測する。 保護者会では、「当面休校にすべきでは」との意見について、臨床心理士から「休むことでは心は治らない。まず登校させることが治療の常道」と説明があったという。小林主幹は心的外傷後ストレス障害(PTSD)が長い期間を経た後、発症する場合があることを踏まえ、「当面、学校には臨床心理士が朝から夕方まで常駐するが、どこまで手を尽くしたらいいのか」と厳しい表情で話した。 同様の事件で、心のケアはどう行われたのか。 昨年七月の長崎市幼児誘拐殺人事件で、被害者の男児が通っていた幼稚園でケアを担当した長崎純心大学の大野弘之教授(児童臨床心理学)は、同事件では、結果的に園児へのケアが、被疑者の少年が通っていた中学に二週間ほど遅れたことを悔やみながら、こう話す。 「行政的な手続きの問題などで遅れてしまった。事件では同じ組の園児に特に強い影響が出た。眠れない、怖がるなどの症状だったが、大人に比べ、逆にストレートに影響が出た。いつもいた人間が急にいなくなったということへの不安などが大きな原因だった」 ケアには三カ月ほどかかったという。その上で、今回の事件については「七十二時間以内に行わなければならない『応急手当て』は、三人の臨床心理士が行っている。しかし、心の傷は深刻と見られ、今後、半年、一年という長期的なスパンで見守っていかなければならないだろう」と話す。 一方、二〇〇一年六月、福岡県小郡市の小学六年男児(11)が公園で、同級生(11)=いずれも当時=に全身を包丁で刺され重傷を負った事件は、周囲が「二人は仲良し」と口をそろえる状況で起こった。 「家も近所、保育園から一緒でいつも遊んでいた。はた目には仲の良い二人の悲惨な事件で学校中に動揺が広がった」(同市教委幹部)ため、児童に「心と健康のケア」が実施された。■『自分もそうなりそうで』 全学年の担任が児童一人ひとりと面談し「夜、眠れない」「食欲がない」など、事件が与えた影響を二十項目にわたり聞き取り調査した。六年生はほぼ全員が「下校が怖い」「自分もそうなりそうで、心配」などと不安を訴え、全項目の三分の一以上に該当した。他の学年でも30-40%いた。 同年度いっぱい同小には臨床心理士が置かれ、個別面談も実施。その後も被害者の進学に合わせ、中学でも臨床心理士を配置するなど、心のケアを継続し、効果を上げたという。 ただ、小郡市の現場は校外で、他の生徒が事件を目撃していないなど、佐世保事件とは異なる。■報道の影響でPTSDも 大阪・池田小校内児童殺傷事件で、心のケアにかかわった大阪大学の西沢哲助教授(児童心理学)は「佐世保の事件は、同級生の血まみれの姿を見たなどの点では、池田小事件と同じだが、被疑者は他人ではなく信頼関係があった友達で、“特殊な影響”が出る恐れがある。さらに、事件報道などで想像をかき立てられた児童にもPTSDが起こる可能性がある」と指摘し、きめ細かなケアを求める。「児童一人ひとりトラウマの強弱が違う。そんな個別性、事件当事者との関係性を細かくチェックする必要がある。加えて、クラス単位などグループでの対応で、児童の友人への視点・認知への影響を調査する必要がある」■事例積み上げ再発防止策に 一方、日本の少年事件では事件原因が検証されずに終わる例が多い。西沢助教授は「少年事件ごとに児童精神医学者など研究者が心理疫学的な調査をし、事例を積み上げれば再発防止策としてフィードバックできる。米国では実施されているが、日本では『悲惨な事件で子どもをモルモット扱いするな』という感情が強く、どうして事件が起こったのか解明しようという視点がない」と批判する。 西沢助教授はこう提言する。「少年事件はプライバシーが強調され、事件の背景が見えない。さらに、阪神大震災などの天災ではデータが共有されるが、事件では周囲の責任問題も絡んで情報が隠ぺいされる。前例のない今回の事件をきっかけに、面接や心理検査で問題点を正確に査定する心理アセスメントなどを実施、事件の背景を検証する調査を始めるべきだ」
June 3, 2004
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首相秘書官問題、ついに国会で炸裂(さくれつ)-。小泉純一郎首相(62)の飯島勲秘書官が、長男が関係する会社への1億円もの補助金交付にかかわっていたという疑惑について、民主党が28日午後の衆院経済産業委員会で追及した。北朝鮮訪問などの追い風で高支持率を誇る小泉政権だが、致命的スキャンダルとなるのか? 「飯島氏は首相官邸で、問題の会社の社長を経済産業省から出向している秘書官に紹介したが、これは官房副長官時代、支援企業から依頼されて官邸から林野庁に口利きの電話を入れた鈴木宗男前衆院議員のケースに似ている」 こう語るのは質問に立った、民主党の高山智司議員(34)。 真っ先に疑惑を報じた週刊文春(2004年1月29日号)によると、飯島氏は群馬県の廃タイヤ中間処理会社のA社長と懇意で、飯島氏の長男はA社長が理事長を務める組合の事務局長代理として勤務。 平成14年7月、A社長の会社が計画していた廃タイヤから活性炭と油を取るプラント事業に、経済産業省の外郭団体「NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)」から1億800万円の補助金が交付されているが、文春は補助金の交付に「飯島氏が関与していたのでは?」と指摘していた。 小泉首相の資金管理団体「東泉会」は、A社長や親族から11年から4年間に合計400万円近い政治献金を受けている。 この日の質疑では、(1)現場視察もなく書面審査だけで補助金交付が決まった(2)同プラントの特許申請を行った特許事務所も、首相の資金管理団体に12年から14年にかけて約200万円を寄付している(3)昨年11月、A社長の会社はタイヤの不法投棄で行政処分を受けている-などの事実が明らかにされた。 これらについて、中川昭一経産相や同省担当者は「ルールにそってやっている」「問題はない」などと答弁したが、最も話が聞きたい飯島氏は民主党が参考人出席を求めたものの、「前例がない」として出席しなかった。 高山議員は「首相官邸を舞台にあっせん収賄行為が行われた疑いがある。今後、飯島氏の出席を求めて徹底的に追及していきたい」と語った。
June 2, 2004
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数々の悲劇を生み出して来た「イラク戦争」も、突き詰めて考えれば、その背後に、まぎれもなく「石油」の問題が潜んでいます。石油は、いまの社会(世界)を動かしている原動力。これを握ることは、世界を支配することと同義でもあります。このサイトではほぼ半年間にわたって、イラク問題を集中的に取り扱ってきましたが、もともとはエコロジカルな話題を展開していきたいと考え、去年の秋口にこのウエブサイトの再開を図ったのでした。ところが途中から思わぬ展開になってしまい、いつのまにか「イラクWeb」になってしまいました。しかし6月を迎えたいま、そろそろ本題にも少しずつ触れていってみたいと思っています。そのために、近いうち「水素エネルギー」という新しいページを設け、そこで突っ込んだお話を展開していきたいと考えているのですが、今日はまず、その序論の糸口ともいうべきお話から入ってみたいと考えています。まず、はじまりは、松岡正剛さんのお話からです。松岡正剛さんが「千夜千冊」の第八百二十四夜【0824】2003年07月25日で、次のように書いています。●松岡正剛の千夜千冊『水素エコノミー』ジェレミー・リフキンhttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0824.html*****************************ジェレミー・リフキン『水素エコノミー』2003 NHK出版Jeremy Rifkin : The Hydrogen Economy 2002柴田裕之訳***************************** われわれは石油に関して3つの間違った前提の上に胡座をかいて暮らしている。第1に石油は無尽蔵ではないにしても、かなり埋蔵されていると思っている。第2にその石油は将来もきっと安価に手に入ると思っている。第3に化石燃料が地球環境に与える害は無視できるほどに小さいと思っている。 この前提があやしいのだ。石油はひょっとすると20年後にはなくなる危険があり、その所有国の大半の政局が不安定で、化石燃料がもたらす二酸化炭素濃度はかなりの危害をわれわれに及ぼしているということになってきた。 そこで新たに浮上してきたのが水素エネルギーの活用である。思いかえせば、1874年にジュール・ヴェルヌが『神秘の島』に、孤島に流された技師がこんなセリフを言う場面を書いていた。「水が燃料になる日は必ずくるよ。電気分解すればいい。水こそは未来の石炭なんだ」。 水から取り出す水素ならたしかに無尽蔵である。こうしてヴェルヌのSFから127年後、ロイヤル・ダッチ・シェルのフィル・ワッツ会長が「われわれは炭化水素の時代にピリオドを打つための準備をしつつある」と宣言をすることになる。ニューヨークの世界貿易センタービルが爆破された3週間後のことだった。化石燃料、石炭、天然ガスからの脱出の予告であった。 本書はジェレミー・リフキン得意の文明批評を兼ねた未来予告篇になっている。主人公は水素。それも水素エネルギー。その水素エネルギーの活用を「水素エネルギー・ウェブ」(HEW構想)にして、みんなで使ってみようじゃないかという提言だ。 一時代前のアルヴィン・トフラーに似て、リフキンの書き方は歴史の証拠を並べ立てながら、それを前へ前へと押し上げて、そのままその一角を突破して、その破れ目の先に未来図を描いていくというやりかただ。そのやりかたで『エントロピーの法則』(祥伝社)を核弾頭に、『エイジ・オブ・アクセス』『ハイテク・センチュリー』(集英社)、『地球意識革命』『大失業時代』(WBSブリタニカ)など、いささかアクの強い大袈裟な話をまとめてはベストセラーにしてきたのだが、いまひとつ切れ味を欠いてきた。 それが水素エネルギーと出会ってからは、やっと足が地についてきた。本書の中身のすべてが肯んじられるものではないが、これなら読んでみる価値がある。 このところ、科学者たちは「脱炭素化」に躍起になっている。これは、燃料中の水素原子に対する炭素の割合を減らすことをいう。人類が薪や木片を燃やすことから燃料への第一歩を踏み出したとすれば、その薪こそが炭素の割合が一番高いものだった。 それが石炭、石油、天然ガスと進むうちに、しだいに炭素含有量を減らしてきた。これが「脱炭素化」だ。一説では、一次エネルギーの単位量当たりの炭素排出量も140年前から毎年0.3パーセントずつほど減少してきたという。 けれども使用量がどんどん急増しているために、全体の二酸化炭素の排出はあいかわらずふえるばかりになっている。 そこで「脱炭素化」を加速する必要が出てきたわけだった。そして、その「脱炭素化」の向く先はあきらかに水素なのである。 水素は宇宙で最も豊富にある元素であって、宇宙質量の約75パーセントを占めている。構成分子数でいうなら、ほとんど9割を水素が占める。それなら水素をこそ新たなエネルギー源にしたら、いいのではないか。そういう意見が各領域から噴き出てきた。すでに気球やツェッペリン飛行船で水素は燃料として使われていた。 そもそも水素は炭素原子をひとつも含まない。それだけではなく水素は軽い。しかも地表の7割は水か有機体の形をとった水素に満ちている。ともかく“原料”としてはこれ以上のものはない。 しかし、水素にはひとつの特別な属性がある。それは水素はほとんどどこにもある一方、自然界に単独で存在することがない。水や化石燃料や生物とともに、ある。この水素をなんらかの方法で抽出しなければ、水素は使えない。このコストが大変なのである。 歴史をふりかえってみると、いっさいのエネルギー源は「重」から「軽」に、固体燃料から液体燃料へ、さらに気体燃料へ向かって“進化”してきたという方向をもっている。これをエネルギーが軽量化あるいは無形化に向かっているというのだが、それはまた経済の無形化とも軌を重ねてきたわけで、エネルギーをどこからどのように取り出すかが、結局は世界経済の根幹なのである。 それゆえに、もし水素を活用できる形でうまく取り出せるなら、これはエネルギー革命と経済革命を同時におこせる可能性があるということになる。ここまではホラ話ではない。事実、アイスランドは1999年になって、世界で初めて「水素エコノミー国家」をめざすという長期計画を発表した。 リフキンはこれでピンときた。一方においては水素重点開発計画を進め、他方においては「エネルギー・ウェブ」というボトムアップのネットワーク・エネルギー供給システムを用意していけば、そこにまったく新しいエネルギー経済社会が生まれてくるのではないかと考えたのだ。が、ここからが難しい話なのである。 いまのところ水素の製造の半分近くは、天然ガスを材料にした水蒸気改質法による抽出に頼っている。触媒を充填した反応器の中で天然ガスから水素原子を剥ぎ取るという方法だ。 これでは天然ガスよりコストがかかる。もうひとつの問題は、この方法でも炭酸ガスが排気する。しかも天然ガスこそは2020年をピークにして、その埋蔵量が減少するらしい。それならば急いで水素の製造を急がなければならないのだが、その水素をつくるのに天然ガスを用いているようでは、ミイラ取りがミイラになって、どうにもしょうがない。 かくてひとつの突破口として一斉に研究されはじめたのが、「水の電気分解」なのである。まさにジュール・ヴェルヌのシナリオに戻ってきてしまったのだ。現在は水素年間製造量のまだ4パーセントを供給している程度で、しかもコストは水蒸気改質法よりもいまのところは5倍がかかる。 ただし、このコストの大半は電気量である。したがって今日の電気の販売価格ではとてもまにあわないのだが、もし「電気の市場」に大きな変革がおき、そこへもってきて発電システムに自然利用を含めた大幅な変更が加わるなら、この電力コストは変わる可能性もある。燃料電池や分散型電源(DG)の可能性もある。 もうひとつの工夫は電気の価格そのものを変えてしまうことで、うまく“ピークカット”ができる料金体系ができてくれば、それを産業に利用するコストも変わってこないともかぎらない。 いずれにしても、実は水素エネルギー革命はまだまだ先のことである。しかしリフキンは待てないらしい。 水素と燃料電池と分散型電源とが、デジタル化された信号をもつ電気と結ばれて、それがかつて国防省型のホスト型アーパネットが崩れてインターネットの“お化け”を生んだように、“水素電気情報ネットワーク”とでもいうようなものがそのうち出現してくるかもしれないというほうに、賭けている。 これはわかりやすくいうなら、ウェブから電気がつくれるという話なのである。ウェブの情報がしだいに安価に無料になっていくように、ひょっとして水素エネルギーを分散的に送りこんだハイパーウェブは、その原料である水素のコストや電気のコストそのものを支え始めるのではないかという楽観なのだ。 リフキンの提言がおもしろいかどうかは、評価が分かれよう。 しかしぼくは思い出すのだが、かつて20世紀が始まったときは、空中の大気そのものを各国各企業が取り合って、それを市場化してしまったために、われわれはいまなお“電波不動産”たちのルールに縛られ、“電子通行”をするたびにけっこうなコストを支払わされてきたわけなのである。そのうえ、そのためのエージェントが世界中に莫大な数できて、そんな連中のために、すべてのメディアが怪物のような経済力と発言力をもってしまったわけなのである。 それだけではなく、ブッシュがイラクを叩き潰すためには、その上空航空権を“買う”ことがいまなお戦争の第一歩にさえなっている。20世紀は大気をそのように市場購買型に使ってしまったのだ。 水素エネルギー時代がいつ来るかどうかは判然とはしないにしても、もしも、そのような事態が近づいているというなら、またぞろ水や水素の“不動産”や“通行権”を各国が“買う”ようになってしまってからでは、すべてが遅くなってしまうともいえるのだ。 それからでは、もはやネットワーク経済もボランタリー経済も、まったく出現できることはなくなるだろう。水素エネルギー問題とは、実はそういう問題をこそ暗示する。
June 1, 2004
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