Mr. Cats' Gardenのブログ あるいはニャンスケの生活と意見

PR

×

プロフィール

Cats' Garden

Cats' Garden

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2020.02.14
XML
「少女都市からの叫び声」劇場:Space早稲田、演出:小林七緖、音楽:諏訪創、振付:スズキ拓朗、プロデューサー:流山児祥、少女・雪子:山丸莉菜、男・田口:井村タカオ、有沢:山下直哉、ビンコ:原田里央、医師・乞食老人・老人・兵隊:勝俣美秋・佐野陽一・祁答院、老人・兵隊:大久保鷹、乞食老人・連隊長:中原和宏、フランケ醜態博士:伊藤俊彦、看護婦・フランケの助手:星美咲・江口翔平

 La Traviataでパパタナシュに圧倒された翌日、2019年12月6日、ニャンスケ一行、今度は地下鉄早稲田駅の近く、Space早稲田という、昨日とは対照的に小さな劇場にいた。観るのは「少女都市からの叫び声」である。1昨年3月28日に粱山泊のものを観た。今回は流山児。ただチョットそれだけではないファクターが掛かっていたように思う。1粱山泊公演についての感想は2018年4月23日付けの欄に記載してある。

 見終わった直後の率直な感想、粱山泊の舞台より判りよい。当然のご意見として「一寸待て一昨年の舞台をもう一回見たら、ずっと理解が進んだのでは?」というのが出て来るだろう。たぶん違う。今回の舞台の方が説明的だったのだ。

 重篤な田口の脳裏に浮かぶ幻影の中で、ガラスの子宮を持つ,あるいはガラス細工で出来ているような、繊細な美少女が彷徨する。それはフランケ醜態博士の田口への手術とそれによる治癒で終わる。そして、芝居の大部分は少女の彷徨の物語である。

 2018年の粱山泊の公演では、友人有沢が恋人とともに病床の田口を訪れる辺りや、終盤と田口の視る幻影の間が中山ラビの歌声で糊塗され、舞台と客席、つまり劇場空間全体が幻影の中の「ガラスの子宮を持つ少女」に集中し、舞台印象は全てガラスの少女にかかっていた。自然に、視点は少女の視点に重なり、そこに皆の思いが方向付けられていた。客層がそういう方向付けに対応出来る若い層でなくなっていたこと、そして舞台装置が、その歳よりサイド向けになっていたこと、チグハグ感がぬぐえなかった。しかし、ドカドカと積み込まれたsur-realism感、あのボロボロになった青春の残滓感、といったようなものは圧倒的であった。

 今回の公演、話の筋道は大部すっきりしているのだが、この戯曲では肝心の筈の、被破壊感がない。芝居の頭と尾が現在の一見平穏風な、かりそめ現実に確りと綱ばれてしまったため、「ガラスの子宮を持った少女」は、一つのお話として、額縁に入れられたように対象化されてしまった様なのだ。

 新しい方向を探るとき、そこに生まれてくるものは既成概念を凌駕する。寺山修司や唐十郎の活動は既成概念を打破し、それ故に様々な形で妨害を受けてきた。時代と共に、新規でそれ故に疎外されてきた芸術が、古典として祭り上げられるようになってくる。祭り上げられて模倣者が出てきたとき、もうその活動は新規性を失う。

 今回の公演が『日本の演劇人を育てるプロジェクト:新進演劇人育成事業、文化庁委託事業「2019年度次代の文化を創造する新進芸術家育英事業」』というような仰々しい副題を付けた政府援助公演となったとき、もはやその斬新さは過去のものになり、口当たりの良い娯楽に変質していく道を歩み始めたのであろうか。

 早稲田が野生を失って一寸野性風、一寸在野風を気取った官僚集団になってしまったかも知れないことと、今回のSpace早稲田の公演はニャンスケの脳裏で符合してしまうのだ。





図1 少女都市からの叫び声 パンフレット表


図2 少女都市からの叫び声パンフ裏

​
唐十郎コレクション(3) 少女都市からの呼び声 [ 唐十郎 ] ​

​ 楽天ブックス ​​
唐十郎コレクション 3 少女都市からの呼び声 戯曲篇 / 唐十郎 【全集・双書】 ​​ HMV&BOOKS online 1号店 ​





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020.02.14 22:14:03
コメントを書く
[舞台・音楽・芸能パーフォマンス等々論] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: