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2026/9/20 オペラべっかんこ鬼(新演出) オペラシアターこんにゃく座創立55周年記念公演第一弾新国立劇場小劇場 原作・台本:さねとうあきら、作曲:林光、演出:大石哲史、 (に組)鬼:金村慎太郎、ゆき:高岡由季、山母(やまかか):彦坂仁美、 猟師:北野雄一郎、風1:吉田達也、風2:石窪朋、風3:小田藍乃、風4:沢井栄次、ピアノ:五味貴秋、笛:入江茉奈、 図 べっかんこ鬼 チラシ 目の不自由な、猟師の娘(高岡由季)が歌い出したとき、思わずハアーとなってしまった。柔らかい豊かに響くソプラノが小劇場の隅々まで通っていく。語りかけるような明瞭な言葉が伝わってくる 今回の出演者は皆さん解りやすい明瞭な歌唱。だが、中で一際通りと深みが感じられたのが盲目の娘・鬼の妻・鬼の子の母「ゆき」の歌声だった。 作曲家・林光が80才で転倒が元で死去されたのが2012年。2014年に高岡由季はオペラこんにゃく座に入団した。林光が存命だったら92才になっていた今、完璧に解る創作日本語オペラ上演が確立した。そんな感慨を抱きながらの観劇になった。夢の実現は次世代によって、というような風になってしまうのはいつも悲しいけれど! 村の猟師は娘「ゆき」を連れて山に少し入り、そこで待っていろと告げて罠にかかった獲物を捕りに山中へ。そこに鬼がやってきた。目の見えぬ娘を連れて山奥へ。娘が消えていることを悟った猟師の娘捜しと、幽閉した娘をてなずけようと頑張る山の中の鬼。父は来ない。長い年月を経て娘ゆきは何となく鬼の存在を受け入れ何となく鬼に頼るようになってくる。ゆきは村に帰っても猟師である父以外は頼るすべがなく、山の方が居心地良いと言い始める。 やがて鬼はゆきに求婚する。夫婦になった鬼とゆき。子供が生まれ目の見えない不自由が重くなる。 「やまかか」が鬼に告げる。「川沿いの崖に生えている薬草の根の滴を目に垂らせばたちどころに見えるようになる。」 鬼は薬草を求めて谷に向かう。 彷徨の末、漸く薬草らしきモノを急な崖の途中に見いだす。周りへの警戒を忘れ必死に崖を這って薬草に向かう鬼。 猟師は探し求めていた鬼が無防備で崖の途中にいるのを発見。銃声一発。薬草を手に取った鬼は、必死で妻ゆきの元に。それを追う猟師。住処に漸く辿り着いた鬼は妻に手渡ししながら根の滴をゆきの目に。始めて光を見たゆきの目に最初に映ったのは血に塗れた瀕死の夫鬼の姿。 猟師は瀕死の鬼と抱き合う娘ゆきを見いだした。しかもゆきは目が開いている。 何年ぶりかの父娘の邂逅。 父は当然のことだという感じで娘に村に戻ろうと誘う。 娘の返事は「否」。長く山にいて、山の生活が身についている。今更村に戻れない。亡き夫鬼を守らねば。父鬼は角が2本、背負った我が子には角が一本。この子と共の山に住みます。 話はスラッと頭に入ってしまった。劇の場に即した見事なピアノ演奏、そして父娘を結ぶはずだった笛の音。不思議なことに全ての言葉が歌で表現されていたのに、それを支えていたメロディが記憶に残っていない。 印象的なアリアがなくて会話劇スタイルだから何じゃあなかろうか?フトそんな気もして、バッチリした日本生まれの歌曲、五行詩や七行詩を歌化した短い繰り返しメロディではなく、長い歌曲。そんなのがいくつか入るとメロディが残り、オペラとして締まってくるのかなあ? 観劇の2日ほど後、いつからこんにゃく座に入団されているのか確認したく、高岡由季のFacebookを覗いてみた。エッ、結婚されたとのこと。そして減量のお話も! 響き渡る深さを感じさせる声音を支えているのは心身の---充実と希望なのでしょうか。芸術論・芸術家論みたいな方向の学びにもなった様に思惟したニャンスケであった。世界は劇場(1) オペラシアターこんにゃく座ソング集 [ 林光(作曲家) ]オペラシアターこんにゃく座 / オペラシアターこんにゃく座 ソング集Vol.2 世界は劇場 [CD]CD / オペラシアターこんにゃく座 / ぼくたちのオペラハウス/オペラシアターこんにゃく座ソング集 / EFCD-3099林光 追悼コンサート「夢へ……」 [ オペラシアターこんにゃく座 ]CD オペラシアターこんにゃく座 ソング集Vol.2/世界は劇場(CD2枚組)(FOCD9680/1/うた:オペラシアターこんにゃく座、クラリネット:橋爪恵一、ヴァイオリン:山田百子、ピアノ:服部真理子・萩京子)
2026.09.25
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2026/9/5 ハード・プロブレム(The Hard Problem) 劇団青年座第266回公演 吉祥寺シアター 原作:Tom Stoppard、翻訳:小田島創志、演出:金澤菜乃英、 ヒラリー:那須凜、ボー:角田萌果、スパイク:久留飛雄己、アマル:前田聖太、レオ:横堀悦夫、ジュリア:市橋恵、アーシュラ:遠藤好、ジェリー:佐藤祐四、イレイン:万田千尋、キャシー:小田島優月(劇団ひまわり) 図 The Hard Problem チラシ・場内配付資料・半券より ハード・プロブレム チラシからは劇団の並々ならぬ意気込みが感じられる。『人の心に「善」はあるのか?現代科学では解明できない「心」の謎に挑む。』シェースピア劇を弄り倒している著名劇作家Tom Stoppardの最晩年の劇、本邦初演? 演出は気鋭の金澤菜乃英、翻訳者は著名シェークスピア学者小田島雄志の孫で新進イギリス劇学者!小田島創志。 劇中、様々なまだ謎が多い感情の由来、心の問題が議論される。これ、多分昔からの問題。ギリシャの神々のお話?源氏物語?お化けと怨霊の世界?人間の体の科学的解明が始まった近代から顕著になってきた心と体の問題。H.G. Wellsが端緒で人間機械論?緑の宇宙人?・・・ ロボットは果たして意志を持ち得るか?ロボットに良心は持ち得るか? 古典的問題提起でありハード・プロブレムといえば言えるが、何だか陳腐な問題提起にも聞こえる。大学院生だったヒラリーと指導教官だったスパイクスの議論に始まり、研究所の面接試験を待っているときに会ったヒラリーとアマルの議論などを介してそんなハード・プロブレムのいくつかが並べられる。 そんな中、著名研究所で大学生を指導する立場になっていたヒラリーは大学院生ボーに自分のモデルを検証するため少年少女を対照にした調査研究テーマを与えた。ボーは少年少女96人の調査結果をヒラリーに渡した。ヒラリーはボーを信頼しているからといってデータを見ずにしまい込み、ボーは解析作業を続けた。そして論文がまとまった。それはヒラリーの考えていたモデルにピッタリ整合する素晴らしいデータであった。 ボーを主著者に国際会議で発表後、ご満悦のヒラリーとボー、ボーは博士号を手に前途洋々。 然るに、クレームが出てきた。調査対象は96名。論文に出てきたデータは88人分。8名のデータは何処に行った!何か不正操作があったあのでは? ボーの説明は単純、突出した異常値は外した。この扱いは是か非か? 多数派は「否」との結論。ボーは博士を剥奪され、研究者としての将来を失った。ヒラリーはアメリカの地方大学に職を得て、エリートコースのトップから離れていった。 ふと気になって96名調査データから最終的に省かれたデータの原典を見つけ出して、文字を見て愕然。ヒラリーとスパイクスの間にできた我が娘が異常データとされた被験者の一人だったのだ。 で、最後のデータ弄りの話がインパクト大で、「ハード・プロブレム」は捏造の話か?という様なことになって舞台が終わる。 チラシが示していた話の方向と何だか違う?入場時、聞き慣れない専門用語が一杯出てくるからと、A4 裏表に台詞に出てくる用語の解説がまとめられている。「意識のハード・プロブレム」「ゲームの理論」「囚人のジレンマ」「外れ値」「共分散」『進化生物学」「レバレッジ」などなど。舞台制作側の熱意は充分感じられる。でも舞台の結末と投げかけた問題の多様な広がりに、収集のつかなさだけが印象に残ってしまう。 収拾が着かなくなってデータ不整操作の話に逃げた? 原作に問題?チラシを書くときの意識に問題?翻訳の問題? スミマセン。原作を読んでないのがいけないのです。そうなのですがお金と時間がかかりそう。 で、WikipediaでThe Hard Problemを当たってみた。2026年3月8日21:30(UTC)にupされた版が掲載されていた。 読んでみて、Wikipedia編集者が著者にシナリオの要約が長すぎるとクレームしている。その要約は、今回見た舞台の内容ほぼそのものなのだ。 そうなのだ、翻訳も演出も良いのだ。 問題は原作の方にあった。あるいは、いろいろな問題を雑多に放り出して考えさせる、不条理演劇の系譜に入る作品なのだろうか? Wikipedia に引用されている2015年ロンドン初演時の様々な、Stoppardは主題から逃げているというような数々の酷評は今回のニャンスケ拝が感じたものと全く一致していて極めて妥当なのだが、・・・ 更に一歩の突っ込みが必要なんかも知れない。それは制作側に?ニャンスケ側に?The Hard Problem A Play【電子書籍】[ Tom Stoppard ]The Hard Problem 【電子書籍】[ Tom Stoppard ]The Hard Problem 【電子書籍】[ Tom Stoppard ]
2026.09.10
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2026/8/21 ブロードウエイミュージカル「シカゴ」 30周年記念来日公演 東急シアターオーブ 作詞:フレッド・エッブ、作曲:ジョン・カンダー、脚本:フレッド・エッブ&ボブ・フォッシー、Roxie Hart: Sarah Soetaert, Billy Flynn: Bradley Jaden, Valema Kelly: Djalenga Scott, 他英国West Sideカンバニー、 図 ミュージカル「シカゴ」上演パンフと半券から 1920年代始め、シカゴで起きた若い女性による殺人2件、ロキシー・ハートのモデルは執拗に付きまとう男を射殺し、ヴェルマ・ケリーのモデルは浮気した夫と妹を殺した。この2つの事件はセンセイショナルに取り上げられ、20年代にブロードウェイの芝居に、また無声映画として上映された。 そして、1960年代ボブ・フォッシー等によりミュージカル化が行われた。 そんな背景をいろいろ知ってから、ニャンスケ初見ミュージカル「シカゴ」を少し語ろう。 1960年代後半、ケネディー大統領によってアメリカは最盛期迎えるかに見えていた。然るにベトナム戦争の失敗、大量エネルギー消費から環境保全・省エネルギー時代への曲がり角に差し掛かり大型アメ車から日本車に代表される小型高効率車に取って代わられ始めた。 古き良き、しかしやばい話で一杯だった活気ある1920年代を懐かしむ! ベルリンの壁が崩れる80年代から暫くは「シカゴ」上演がなかった。だが、90年代後半から再演が始まった。そして初演時取れなかったトニー賞各部門を総なめにした。 ブロードウェイと共にウェストエンド(英国ロンドン)でもロングランをやっている。「シカゴ」が客を惹き付ける社会状況があるのだ。閉塞状況からの解放を求めているのだ。 10年ほど前、米倉涼子がブロードウェイでロキシー・ハートを演じたことが話題になった。今回、サラ・ソーターとによるロキシーの演技を見ていて、米倉涼子の演じたことがある程度判り、正直驚愕。演出により負荷はいろいろ変わるから、若干の負荷変動はあるとしても、ロキシーの役は、嘗て染五郎がやったドンキホーテ・セルバンテスの役より、ある意味よりハード。 具体的には、ドンキホーテは老人役、歌は朗々といけば良い。演技も,チョット頭のおかしなぎこちない生硬な挙動が望まれている役なので、歌舞伎所作がピッタリ。 一方、ロキシーは実質主役。そして激しいジャズ、ベランメエ調の会話、甘い女になったりハードなヤクザ女になったり、それをニューヨークシティー弁でもロスアンジェルス弁でもなくもちろんキングスイングリシュやテキサスイングリシュでもない中部シカゴ弁でやるのだ。完全なお色気タップリのシカゴヤクザ女。半端な役ではない。 ブロードウェイで演技した日本人で最も大変な役をこなしたのは米倉涼子だったのではないか? 改めて米倉涼子に敬服。同時に、体が持たなかったこと、解る気がしてとても残念な気もして! ミュージカル「シカゴ」ニュー・ブロードウェイ・キャスト・レコーディング[CD] [ジャパン・スペシャル・エディション] [Blu-spec CD2] / ミュージカルポプカル 楽天市場店ブロードウェイ・キャスト盤 / ミュージカル「シカゴ」ニュー・ブロードウェイ・キャスト・レコーディング[ジャパン・スペシャル・エディション](Blu-specCD2) [CD]ブロードウェイ・キャスト盤 / ミュージカル「シカゴ」ニュー・ブロードウェイ・キャスト・レコーディング[ジャパン・スペシャル・エディション](Blu-specCD2) [CD]ブロードウェイ・キャスト盤 / ミュージカル「シカゴ」ニュー・ブロードウェイ・キャスト・レコーディング[ジャパン・スペシャル・エディション](Blu-specCD2) [CD]【国内盤CD】【新品】ミュージカル「シカゴ」ニュー・ブロードウェイ・キャスト・レコーディング(ジャパン・スペシャル・エディション)
2026.08.26
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2026/8/13 Blast ブラスト! 日本公演950回記念 企画製作:フジテレビジョン/キョードー東京 東急シアターオーブ, オリジナル構成:ジェームス・メイソン コンダクター:Jordan Webb,トランペット:Amanda Bateman, Tate Hernmann; Christopher Mosher, Kanon Shibuta, Jeriel Vazquez, Rigo Velez, Hiromu Yoneso,トロンボーン:Javi Ayata, Collin Ewing, Tao Guthrie, Ben Owens, Noah Perkins, Guillermo Ramirez, パーカッション:JT Baker, Desmond Bigler, Naoki Ishikawa, Emma Kieselhost, Jai Price, Maddie Wallace,チューバ:Gage Beasley, Garrett Sullivan, フレンチホルン:Emily Holland, Jonah Hammett, ヴィジュアル・アンサンブル:Vance Anderson, Kay Beaman, Juan Brito, Tommy Caetano, Kreelee Campbell, Chad Neely, Amber Padgett, Doreia Smith, Will Snow, Amanda Vogel 図 Blast日本公演ホームページ・半券・日本上演950回記念ステッカーなどから合成 Blast ラッパと打楽器の楽団、ブラスバンドである。鼓笛隊と違い笛(木管楽器)は除外される。弦は当然駄目。木琴は駄目で鉄琴は主役。しかし見かけは同じような鍵盤だがビアノは弦だから当然甚目。 ブラバンが勢いを付けている応援席にはチアリーダーが必須だ。Blastの舞台ではブラスバンドの面々がトランペットやチューバ、目立つ動きのある楽器が全面に立ち、背景の2階部分に鉄琴やティンパニーなど大きな楽器がずらりと並ぶ。その隙間乗せまいフロアで、チアリーダー達が演技する。それがヴィジュアル・アンサンブル。声も出す演技者集団である。この演技集団がBlastの重要な核なのだ。 演奏に乗って虹色の6色6種の旗が舞台を乱舞する。英語圏では虹は赤橙黄緑紺紫の六色だから6色の旗が虹色旗なのだ。序曲の中でpurple, purple, purple と声が上がってくる。「あれ、欧米系の習慣では紫は忌み嫌われているんじゃ?」などとフト思っている内に、舞台が紫一色に、照明も紫中心の配色。ヘェーと感心している内に沢山の旗と照明がいつの間にか紺色に変わっていた。舞台構成楽器構成にいろいろ見とれている内に、旗が緑になり照明も緑主体に。休憩後、雰囲気がガラッと変わって暖色系:黄色橙そして赤。そしてフィナーレ。 アメフット、サッカー、バスケットボール、野球 等々 団体スポーツ試合の応援の定番、ブラスバンドと派手なチェアリーダー達の演技。これが更に派手に構成振付演出されて劇場のショーになった。 Blastの誕生。ブロードウエイミュージカルの舞台が造られていく過程を追って、地方都市でのトライアウトを経てBlastも完成してきたという。始めのトライアウトがロンドン、そして米国初演は何とボストン、本命視されている大物ブロードウエイミュージカルの成立過程の王道なのだ。ブロードウェイ上演の始まった2001年、Blastはトニー賞で「最優秀劇場特別イベント章」なる賞を受けた。今までのジャンルに治まらない,しかし優れたパフォーマンスへの賛辞である。そしてテレビでBlastが特別番組として放映されたため、エミー賞でも最優秀振付賞が与えられている。 来日公演回数が通算950回を越えている。堂本光一のEndless Shockが通算2128回公演ということなので、来日公演としては異例の多数公演である。 ニャンスケ一行としては今回が初見だったのだが、手慣れた完全パッケージエンターテイメントに陶酔。
2026.08.24
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マンザナ、わが町 こまつ座第159回公演 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 井上ひさし作 鵜山仁演出 ソフィア岡崎(ジャーナリスト):sara(文学座)、 オトメ天津(浪曲師):増岡裕子(文学座)、サチコ齊藤(手品師の助手・実は米軍に雇われた中国人密偵):栗田桃子(文学座)、 リリアン竹内(歌手):福井由峰(新人・立教大学学生) ジョイス立花(女優):真飛聖(元宝塚・ワタナベエンターテイメント) 図 マンザナ・わが町 チラシと半券より 真珠湾攻撃を受け米政府は米国内日系人(移民してきた一世だけでなく米国で生まれ米国市民になっているその子女やその孫の代も含めて)の動向を警戒し、西海岸側では強制的に収容所に入れる方針をとった。その強制収容所の1つがカリフォルニア州マンザナ-収容所であった。海岸線から見るとサンジェゴとロサンジェルスの間、でもアリゾナ州に近い、ロッキーの東側の荒れ地の寒冷地。 ナチスがユダヤ人強制収容所をドイツからポーランドに架けて多数造り人種抹殺を目指したことは、最悪な人種差別大量虐殺の悪魔の所業であったこと、それはよく知られている。米国側でも実は真珠湾後、日本人、ドイツ人、イタリア人の収容が行われていた。ドイツ人イタリア人については米国籍を持たないものだけであったが、日本人については日本からの移民一世だけでなく米国生まれの日系2世3世4世までも含まれていたという。抑留された日系人は12万人、抑留されたドイツ人イタリア人は2万程度。 然るに、枢軸国民の抑留は、彼らを米国社会から隔離して反米行動や枢軸国の意向を汲んだ政治活動を予防することが目的であったので、収容所内では修養されたものの間での役割分担、自治的な組織などが許されていた様である。 さて、「マンザナ、わが町」は喜劇という枠組みで、米国で行われた日本人日系人強制収容の史実を伝え評価を行おうという試みである。1993年の初演時、台本が間に合わず、リハーサルが出来ない、開幕日が延期になる、など難産な舞台であったという。 この難産の舞台は、結果として噛めば噛むほど新しい味が出てきたり味わいが深まったりの名脚本としての仕上がりに結実したようで、再演が繰り返されている。 ニャンスケ一行としては、今回の舞台が「マンザナ」初見である。 配役を見ると真飛聖が光って見える。彼女が主役で歌芝居? 開けてみると、記者の独白から始まり、唯一移民一世の女浪曲師との軽妙な掛け合い、そして奇術師のアシスタントを名のるものが加わり、マンザナの背景と状況が浮かんでくる。 そこに、レコードデビュー寸前で抑留されてしまった新人歌手が思いの丈を激しく歌う。現役立教大生福井由峰の舞台デビュー。圧倒的な歌唱力表現力、弾むリズム感。圧巻。最後の登場人物、真壁が出てきてもインパクトが全然出ない。一寸良い保護者みたいな感じに見える。福井由峰のインパクトが圧倒。 枢軸国の独裁全体主義に対する自由と民主主義の連合国。然るにナチの対ユダヤ人政策に対抗するような米国の対日本人政策。米政府はどう考えているのか。女性記者が訴える告発状、一度は無視されたが、再度の告発を他のメンバーたちが収容所管理者に訴え、声はワシントンにまで届く。 チャプリンの名作「独裁者」の最後のチャプリンが偽ヒンケルに扮して語る演説場面、それに対応するかのような米国の対在米邦人の扱いについての告発文がこの舞台のエンディングでありハイライト。真壁聖の読み上げる告発状・長台詞が、確かにこれは響く・残る。見て下さい・シナリオ読んで下さい。 マンザナ、わが町 【電子書籍】[ 井上ひさし ]the座 特別号1 マンザナ、わが町 特別増刊号(1997) 【電子書籍】[ こまつ座 ]the座 24号 マンザナ、わが町 改訂版(1995) 【電子書籍】[ こまつ座 ]the座 24号 マンザナ、わが町(1993) 【電子書籍】[ こまつ座 ]ん
2026.08.06
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2026/7/5 米谷彩子ヴァイオリン・リサイタル 主催:米谷彩子リサイタル実行委員会、後援:セントラルフロリダ州立大学、 杉並公会堂小ホール、ヴァイオリン:米谷彩子、ピアノ:木原奈津子、 プログラム:4つのロマンティックな小品:ドヴォルザーク、うしろ髪ひかるる思い 雪とこしなえに白妙に:石丸基司、 ヴァイオリンソナタ第2番イ長調作品100:ブラームス、無伴奏ソナタ第2番よりジャコンヌ:バッハ、序奏とロンドカプリチオーソ:サンサーンス、(アンコール)カラス何故啼くの:木原奈津子編曲、他 図 米谷彩子リサイタル チラシ配付資料半券より合成 宿主の相方が知り合いの安森ソノ子さんから貰った、安森さんの姪御さんの演奏会の切符。2枚送られてきて宿主も相伴に。米谷彩子をネット検索してみて驚いた。初っ端に「湘友会」が出てきた。宿主がそれなりに親しい会(神奈川県立湘南高校の同窓会)である。何と、米谷さんは宿主世代からみて十数年の後輩筋なのだ。 会場は8割の入り。同級生や親類が沢山来ている身内的な雰囲気。招待してくれた安森さんが見えないのでキョロキョロしていたら、時間ギリギリで最後列の関係者席にやってきたみたい。相方は演奏会が始まる前から不機嫌そうに目を閉じている。宿主たちの後ろの列に湘南高校同級生らしき一段が居合わせた様で、宿主馴染みの地名が一杯飛び交っている。 舞台にはグランドピアノがドーンと一台、そして譜面代が一本。目を凝らすと、ピアノのブランドがBから始まりスペル後半にfが入っている。 ドヴォルザークの小品が始まって先ず驚いたことが少なからずあり。 音、ピアノの音が煌びやかに華やかに歯切れ良く力強く響き渡る。そしてヴァイオリン、力強いピアノより更に力強い、だがこの音、本当にヴァイオリンかいな?低調波がグングン来る。太のヴァイオリン!半眼に空中/客席に視線はあるんだろう、四角い顎でヴァイオリンを咥え、頭から胴まで真っ直ぐに、音の共鳴胴になっているに違いない。学生宇指導するときに教授が一寸弾いてみせる模範的な弾き方,みたいな演奏なのだ。それで弾ききる。中村紘子のピアノ演奏を思い出してしまった。ガンガン来るのだ。一寸したミスは気にしない。それよりも響きとリズムと曲想だ。掴んだら放さない。 ドヴォルザークが終わった後、ピアニストと共に退けようとして、舞台袖で思い出したようにまた中央に戻り、譜面代そばに置いてあったハンドマイクを取り上げて、さり気なくtalk開始。 ほぼ毎年のように釧路で演奏会をやっている。しかし両親・親族・古い友人などは東京近郊にいるので、たまには東京近郊でやっても良いのでは? それで今年になってから会場を探したが、偶々空いていたのが本日のこの会場。ピアノもこの会場を使っていた他のグループから借りたもので、木原さんはスタンウエイを弾き慣れているが、本日は馴染みのないベーゼントルファー。 巧みなtalkで手作り感一杯な雰囲気を浸透させる。素晴らしいピアノとヴァイオリンのデュオの後、休憩. 休憩開け、バッハの無伴奏ソナタ2番ジャコンヌ。ものすごい速度で、可成りの頻度で2本あるいは3本の弦が同時に奏でられ、切れ味明解。楽曲に疎い宿主は、これカデンツァ?と感じだが、それが延々と続く。楽譜がそうなっているんだよね。ヴァイオリンがチェロみたいな深い音を随時奏でながら、超高速でありながら頭の天辺から胴元まで豊かに響かせて走り抜けていく。圧巻であった。 アンコールが終わり、本日の演奏終了ということで最後の礼をしたあと、米谷彩子の表情が変わった。ここまでずっと姿勢も顔つきもセントラルフロリダ州立大学のピアノ看板教授であった。それがいきなり、還暦でも愛らしさと引き付ける魅力を全く失っていないアイドルさんみたいになって、本当に朗らかににこやかに茶目っ気一杯の雰囲気で舞台から去っていった。湘南高校卒業生のらしさ満点。へー、やってくれるワイ。【中古】 天才を育てる 名ヴァイオリン教師ドロシー・ディレイの素顔/バーバラ・ローリーサンド(著者),米谷彩子(訳者)
2026.07.07
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2026/7/2 Richard Strauss Elektra (リヒャルド・シュトラウス エレクトラ) 全1幕(ドイツ語上演/日本語・英語字幕付) 新国立劇場オペラパレス 元になった作品:ソフォクレスの悲劇/エレクトラ、台本:フーゴ・フォン・フォフマンスタール,演出:ヨハネス・レラート、指揮:大野和士、 クリテムネストラ:藤村美穂子、エレクトラ:アイレ・アッソーニ、クリソテミス:ヘドヴィグ・ハウゲルド、 エキスト:工藤和真、オレスト:エギルス・シリンス、オレストの養育者:斉木健詞、クリテムネストラの腹心の侍女:中村真紀、 クリテムネストラの裳裾持ちの女:杉山由紀、若い下僕:糸賀修平、 年老いた下僕:河野鉄平、監視の女:森谷真理、第1の下女:金子美香、第2の下女:谷口睦美、第3の下女:清水華澄、第4の下女:高橋絵理、第5の下女:田崎尚美、6人の召使い:岩本麻里・前川依子・小酒部晶子・中野優子・齊藤日向・松浦麗、 図 オペラ「エレクトラ」上演概要 チラシ、記念葉書、半券より ギリシャ神話の世界、オレステス神話、我が国で「花咲かじいさん」や「浦島太郎」等が知られているように、多分ヨーロッパでは「エレクトラ」や「オレステス神話」が日常的物語なのであろうか? 「エレクトラ」って何だ?ドイツ語判らない、オペラの歌詞になると更に判らない。字幕を追うにも、何だか一寸今日は見えにくい。そんな感じで台詞劇みたいなオペラ歌詞は、宿主、なかなか追い切れない。 そんなおいてきぼり感覚の中、単純化された無彩色的舞台とデュエット中心の楽曲構成、ギリシャ劇そのものの構成ではないか。オペラ「エレクトラ」は一幕7場から構成される1時間45分の公演時間の舞台。場の設定は曲自体には指定されていないようで、演出によりいろいろとのこと。 配付資料によると本公演での場の設定は「第1場」下女の場面「第2場」エレクトラのモノローグ「第3場」エレクトラ、クリソテミスの対話 I 「第4場」エレクトラ、クリテムネストラの対話 「第5場」下僕の対話、エレクトラ、クリソテミスの対話 「第6場」エレクトラ、オレストの対話 「第7場」クリテムネストラ、エキストの殺害、エレクトラの勝利の踊り、となっている。 このオペラがアリアとデュエットで大枠が造られていることがよく解る。いくつかの場では小道具はテーブルと椅子2脚。左右の舞台側面からスウィングしているいくつかのブランコは何を象徴? 第7場で、オレストと語らい復讐を遂げたエレクトラは舞台後方に大きく開いた漆黒の空間の中に銀の階段を上って消えていく。 R.シュトラウスの楽曲とヨハネス・エラートの演出が精緻で濃密な舞台構成を創出した。機微が判るまで何度も見直したい舞台。舞台装置・演出と併せて、観たのは記録に残る名舞台だったのかも知れない! 【輸入楽譜】シュトラウス, Richard: オペラ「エレクトラ」 Op.58 全曲: 大型スコア [ シュトラウス, Richard ]【輸入楽譜】シュトラウス, Richard: オペラ「エレクトラ」 Op.58 全曲: スタディ・スコア [ シュトラウス, Richard ]【中古】歌劇「エレクトラ」全曲 [DVD]【中古】歌劇「エレクトラ」全曲 [DVD]
2026.07.04
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2026/6/4 HANAGO ー花子ー 伝統と創造シリーズvol.14、セルリアンタワー能楽堂 元となった能作品:班女・隅田川、演出・振付:森山開次、作曲:笠松泰洋、 花子:酒井はな、シテ:津村禮次郎、ワキ:森山開次、 レコーディング・ミュージッシャン:箏:北川綾乃、バロックハープ:伊藤美恵、ケーナ:岩川光、囃子:望月太満衛、メイ:笠松泰洋、 図 HANAGO チラシ・場内配付資料・半券より 2019年2月に初演された作品の再演である。森山開次が作品を創案し自ら振付、そしてワキとしてダンサーとして演じている。トップバレリーナの酒井ハナと人間国宝である観世流・津村禮次郎の組み合わせありきで、この3名と笠松泰洋の音楽による創作舞台。特別に創られた録音音源も舞台の主要な構成要素なのである。場内配付資料に音源演奏に携わったミュージッシャンと演奏した楽器が舞台穣の3名と並んで挙げられており、その位置づけが明解である。唯一無二の構成。 能の舞台は静の中に激しい情念を滾らす。その対比が最も強く感じられるのが多分演台の中でも狂女もの。狂女の燃えさかる激しい情念を具象化したらどうなるか、舞、能に於ける静の舞ではなく激しいダンシングあるいはバレエ、それが暗い能舞台に浮かぶ能役者の静の舞の背景あるいは横で、光に浮かんだ白系の半透明な姿で情念を具象化する。 HANAGOのコンセプトイメージはそんな事であろうか? 代表的な狂女ものから、「班女」と「隅田川」が一人の女「花子」の物語としてつなげられている。偶然巡り会って契った一人の男に恋い焦がれ、遊女となりながら客と接することが出来ない「斑女」の「花子」。そして、我が子が人さらいに掠われ,その子を探してはるばる京から隅田川まで、あの狂った母は実は後年、母となった「花子」だった。 録音音源と津村禮次郎の生の謡、それに津村禮次郎と森山開次が和して作り出す地謡のライン、これは絶品。それに舞が乗る。ニャンスケ、「隅田川」は緯度ならず半世紀以上前に観ている。台本もどこかにあった気がする。しかし「斑女」は観ていないのだ。二作共に頭の片隅に入っていれば話への感慨も小道具衣装への感慨も更に数倍化したに違いない。 酒井ハナの舞を観ながら、ふと廣川みくりの舞を思い出していた。個性・繊細なディテイルな表現・爆発的ダイナミズム、それはアンサンブルの中ではむしろ邪魔、だが独奏が独創的に展開する。すばらしいリズム感に乗ったレガートな舞が魅せる。また観たいです。【中古】 たまたま/蒼井優,森山開次,小松真弓(監督、脚本),高木正勝(音楽)【中古】DVD▼乱歩地獄 レンタル落ち乱歩地獄【邦画 中古 DVD】メー【中古】 ワンダフルライフ/是枝裕和(脚本、編集),ARATA,小田エリカ,寺島進,内藤剛志,谷啓,伊勢谷友介,笠松泰洋ル便可 レンタル落ち【中古】 DVD たまたま 蒼井優 小松真弓 森山開次 レンタル落ち ZW01308【中古】能がわかる100のキ-ワ-ド /小学館/津村禮次郎(単行本)
2026.06.09
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2026/5/29 かさぶた式部考 文学座公演 紀伊國屋ホール作:秋元松代、演出:松本祐子 智修尼(第68代目和泉式部):森寧々、大友伊佐:名越志保、大友富市:越塚学、大友てるえ:鈴木結里、夢之助:杉宮匡記、ゆり:高柳絢子、万太郎:山森大輔、きく:宝意紗友莉、はる:金沢映実、鶴作:木津誠之、うめ:八十川真由野、宇智子:佐藤柊佳、ふじ:石井麗子、光子:柴田美波、小次郎:成田次郎 図 かさぶた式部考 チラシと半券より 秋元松代の初期作品を松本祐子が取り上げて、これは母性とエゴの相克のお話? 1963年11月9日、三井三池港炭塵爆発、使者458名一酸化中毒患者839名、若い元気が良かった若者が一瞬にして脳機能が破戒されバラバラな意識・収束しない思考の中に彷徨することに。 1950-60年代は新興宗教が続々と現れた時期であった。尤もらしい教えを説いて信者を集め、中には少なからず、教祖が使えそうな異性信者と性的関係を結び、周囲をハーレム状態するカリスマ性を発揮して結社を創ってしまう。そんな風潮を捉えて、女教祖第68代和泉式部を軸に新興宗教が出来たらーーー。 当時タイムリーな、この二つの社会問題を正面から捉えて出来た芝居。1965年に先ずテレビドラマとして放映された。その後戯曲化。秋元松代の芝居というと、冒頭と終幕に老婆がトボトボと歩んでいく姿が浮かんでしまう。かさぶた和泉式部考も、考えてみると、そうなのだ。年老いた母・伊佐は一酸化中毒で脳が冒された息子・富一を抱えて杣に住んでいる。息子の妻・てるが付き添って。智修尼・かさぶた式部にたぶらかされた息子を母は追う。かさぶた式部は銜え込んだ男を堪能するとポイ捨てにする。そして次を,つまり夢之助を銜え込む。で、捨てられた,脳の壊れた富一を抱えて母は杣に戻っていく。嫁を従えて。テレビ脚本が最初であったので、冒頭も結末も他の秋元松代戯曲とは一寸違うが、同系であることは間違いなし。 母と嫁と智修尼、三者三様の自愛・慈愛・母性愛・性愛の相克の物語。 題目に「考」と入っているからこの戯曲は実はかさぶた式部考察の報告書なんだよね!「かさぶた」ってつまりやり過ぎで性病になっちゃった。修験道に引きこもり一応治癒したらまた出てくる懲りない女教祖。【未使用】【中古】 常陸坊海尊・かさぶた式部考 現代日本の戯曲 (講談社文芸文庫)【中古】 常陸坊海尊・かさぶた式部考 現代日本の戯曲 (講談社文芸文庫)【中古】 常陸坊海尊・かさぶた式部考 現代日本の戯曲 (講談社文芸文庫)【中古】 常陸坊海尊・かさぶた式部考 現代日本の戯曲 (講談社文芸文庫)【中古】 常陸坊海尊・かさぶた式部考 現代日本の戯曲 (講談社文芸文庫)【中古】 常陸坊海尊,かさぶた式部考 (講談社文芸文庫 あK 1 現代日本の戯曲)【中古-非常に良い】 常陸坊海尊・かさぶた式部考 現代日本の戯曲 (講談社文芸文庫)【中古】 常陸坊海尊・かさぶた式部考 現代日本の戯曲 (講談社文芸文庫)
2026.06.08
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2026/5/28 2025/2026シーズン演劇 エンドゲーム、2026年4~6月<演劇>シリーズ企画「いま、ここにーーー」、 新国立劇場 小劇場、 作:サミュエル・ベケット、翻訳:岡室美奈子、演出:小川絵梨子、 ハム(失明した主人):近江谷太朗、クロヴ(若い使用人):中山求一郎、ナッグ(父):田中英樹、ネル(母):佐藤直子 図 エンドゲーム チラシ、場内配付資料、半券より作成 著名なベケットの作品、実はベケット観たことない・初見なのである。 舞台中央に車付きアームチェア。車といっても車椅子の大きな車輪ではなく4脚裏に付けられた小さな車。厚い毛布が被せられていて何か居るなと感じさせている。舞台奥、左右、棟高の位置に半間ぐらいの窓が一対。窓の位置が,この部屋が半地下であることを示しているような? 左手に蓋付きドラム缶というか大きなペール缶というか、二缶並んでいる。右手斜めに置かれた袖壁、その一寸奥側に古びた木製の洋式扉。 その扉を開けて使用人風体の青年が入ってきて芝居が始まる。床のゴミを拾い、窓のカーテンを開けると右の窓からは暗い可成り密な木立の幹と上の方に葉も見える。左の窓からは目線のあたりに草むら、ちょっと見上げると青空も見える。地上10 cmの目線? 次いで二つのドラム缶の蓋を次々開けてのぞき込みゴミが溜まってないまだ良いという仕草。そして中央の椅子の毛布を剥ぐと白茶けた濃いサングラスをかけた恰幅の良い初老男(寿命が長くなってきた近年の感覚では60代、ベケットが書いた頃の感覚では50前後何じゃないかな)が座っている。 初老の男(後の会話から名前はハムと判る)は上から目線で青年(クロヴという名で呼びかけている)に語りかける。主人?父?白内障が講じて盲目になった?そんな感じが会話から見えてくる。そして、必要なものが次第に尽きてきていることが見えてくる。ハムはドラム缶に呼びかける。 ガサガサと音がして舞台中央側のドラム缶の蓋が開きヨボヨボの老人が半身を現す。まだ生きていたのか?食べ物は?さっき放り込まれた食べかけのハムサンドがあるよ,大丈夫。これは父と子の会話。 老人が「ばあさん」と呼びかけると左側のドラム缶の蓋を押し上げて老婆が半身を現す。まだ生きていたのか?生きているよ!そんな会話があって、・・・・・・会話しているといろいろなものが次第に消費され枯渇化していく状況が見えてくる。・・・そしてばあさんが死んだという話が出てきて・・・そしてだんだん死が近づいてきて、父は子に出て行けというが、子は出て行かないで見守っている。祖父の死、父の死を見た後、悄然と立ち去る青年。 Surrealism(超現実主義)は絵画造形の世界の用語で、文字言語情報の領域ではAbsurdism(不条理主義)と呼ぶんだそうな!でその旗手ベケットの世界。surrealism とはrealismの時空が短絡した状況を基本とする思考形態である。過去から未来まで、いま立っていたはずの場所と宇宙の果てが同時に目の当たりになる。Absurdismも同じ! だが言葉が機能するのは一応文法に従って一応単語が了解可能な形に配列されなければならない。とすれば、言語明瞭意味不明のものロークと会話風言葉の交錯、パラグラフの始めと終わりで会話がねじれている・時が飛んだ・場所設定が変わった・、等々。 ベケットのエンドゲーム、発表当時はAbsurdだったかも知れないが、今、何とも切実なrealなお話になっているのだ。 老いと惚け・思いがシュールに交錯する老齢者世界・不条理は日々の貴方の生活の背後にくっついている。 新訳ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム [ サミュエル・ベケット ]
2026.06.07
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2026/5/13 花よりタンゴ こまつ座第158回公演、新潮社刊・井上ひさし全芝居(その四)所収、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA、 作;井上ひさし、演出:栗山民也、音楽:山本浩一、 高山金太郎:高橋克実、月岡蘭子:浅海ひかる、 月岡 藤子:南沢奈央、月岡桃子:大原櫻子、月岡梅子:平体まひろ、近藤勇蔵:尾上寬之、佐々木正子:枝元萌、森川俊夫・ピアノ:朴勝哲、花売娘:太田真喜乃、 図 「花よりタンゴ」の公演概要 チラシと半券から作成 舞台上手にピアノが一台、叩きつける様なガチャッ弾きの風情で堪能なジャズ風ピアノが奏でられる中で、大原櫻子扮する月岡桃子のアルトな魅惑的圧倒的な歌声が場内に伸び伸びと心地よく響き渡り、焼け跡から立ち上がり始めている終戦直後の銀座が自然に浮かび上がってくる。ふと先日観たメリーポピンズの最悪な音を思い出す。適切な音響コントロールで演者の力は観客席の隅々まで適切に滲み透るのだ。 時は1947年、敗戦から2年、月岡家四姉妹が財産を全て失った月岡家から再度立ち上がるため銀座一等地の廃墟ビルを借りて始めたダンスホール、そこに割り込んできたのが、戦前は月岡家の運転手・忠実な使用人であった高橋克実扮する高山金太郎。敗戦と共に月岡家が財産を募集され,同時に使用人高山も職を失った。着の身着のまま、裸一貫でやくざな稼業に手を染め、あっという間に懐が大いに温かくなった。今度は下克上、俺が姉妹の始めたダンスホールのビルを買い取りオーナーになって姉妹を配下に置いてやる。 長女は高月の買収を防止のため、パトロン探し。二号さん契約をしてその旦那から高月の準備した有り金全部を3割方上回る資金獲得の目処を付ける。 妹たちは姉の決断を詰るが、ダンスホールは順調に! 高飛車高圧的だった高月が一点尾羽打ち枯らした風情でぼろぼろヨレヨレと登場。「貯めた金を全て盗られた。無一文になりました。何とかダンスホールに雇ってはくれまいか!」 月岡家再興、忠義な使用人高月も戻ってきた!万歳!といいたいところで、又々大問題。GHQがダンスホールの入っていたビルを接収することになったんだと! 焼け野原になった銀座に残った数少ないビルと、そこでいち早く営業を始めたダンスホールを巡って、『斜陽』の世界を生きた人々の生き抜く物語。あの頃世界を風靡したタンゴの調べも忘れずに、最高の歴史教材! 朴勝哲のピアノの調べと大原櫻子のグイグイくるノリノリの歌唱、それに四姉妹の美しいコーラスが耳に残る。the座 8号 花よりタンゴ(1986) 【電子書籍】[ こまつ座 ]the座 36号 花よりタンゴ(1997) 【電子書籍】[ こまつ座 ]【中古】花よりタンゴ: 銀座ラッキーダンスホール物語the座 56号 花よりタンゴ(2004) 【電子書籍】[ こまつ座 ]
2026.05.23
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2026/5/5 東京バレエ団「かぐや姫」前3幕 プロローグ付き 東京文化会館大ホール 演出・振付・空間デザイン:金森穣、音楽:クロード・ドビュッシーの種々の作品から構成、衣装デザイン:廣川玉枝、木工:近藤正樹、映像:遠藤籠、照明デザイン:伊藤雅一、かぐや姫:秋山瑛、童児:大塚卓、翁:岡崎隼也、帝:池本祥真、影姫:沖香菜子、 童たち:工桃子・安西くるみ・井福俊太郎・山下湧吾、 大臣たち:宮川新大・安村圭太・鳥海創・後藤健太郎、側室たち:二瓶加奈子・三雲友里加・政本絵美・中島映理子、秋見:伝田陽美、黒衣たち:井福俊太郎・山下湧吾・海田一成・山仁尚、 図 かぐや姫 チラシ・場内配付資料・半券より 今日は懐かしの大ホール五階席。今日はL側だが、記憶に残るのはランパル、ニコレのフルート。何れも5階R 側からだった。「右側のチェンバロが見えないぞ。」 そんな記憶も蘇る。そして今回のバレエ「かぐや姫」、第1幕、何か重要な要素が,多分翁の杣か何か?が左端にあるんだろね!それがスッポリ見えない。なるほどね、それが値段!あるいは最上席が「プロの卵たちの指定席」と言われてきた由縁?とすれば宿主と相方は孵らなかった卵たち!! 東京バレエ団。開演前、舞台を見るとまたオケ無しなのだ。あらかじめ準備された音源に乗って踊る。どういうことか、要するに半生(なま)なのだ。 本来、バレエは音楽に乗って舞われる。群舞の場合、音楽が群舞の一律の動きを律していく。音には時差があるので、指揮棒が律して、それに踊り手が音楽に合わせる。ソロだとか二人の掛け合い(パ・ド・ドゥ)の舞の場合、一寸事情が違う。ソロの動き、踊る二人の動きを配慮しフォローするようリードするように阿吽の呼吸を計りながら、更には観衆の拍手や響めきを総合的に受け入れながら指揮者のタクトがオーケストラと舞台を一回化して舞台が創造される。オーケストラがなく録音音源になっていると言うことは舞台進行が舞台の動きを無視した無機的な規制下に置かれると言うこと。カラオケ状態。オーケストラとのアンザンブルで要になる指揮者が居ないため、主役となる踊り手と音源との戦い? 楽曲と所作の連携方は様々でオフビート的な違和感が味を創るインパクトもあるかも知れないし? オケ付きとオケ無しで舞台は別のものになる。チラシに「音楽:クロード・ドビュッシー」とあり、「何じゃこれ」と思っていたら、演出・振付の金森穣がドビュッシーの残した音楽からいろいろ切り取って舞台構想に合わせて音楽を構成したということらしい。昨年観たベジャールの「カブキ」や「M」では音楽をベジャールの盟友であった作曲家黛俊郎が担当し、自らの過去の作品を主体に様々な音源を組み合わせて世界を作り上げていた。「ベジャール+黛」のパッケージ化された音と光の世界があり、その中でバレリーナたちは精一杯対応していた感じであった。今回は金森穣の世界を東京バレエの団員たちが演じる?第1幕 緑と茶 田舎色 田舎の子どもたちの世界 素朴な味わい 群舞的な要素がいい かぐや姫はピアノ? 他の人たちは管弦楽? 一緒に踊るとピアノ協奏曲? 赤い牛車にかぐやが拉致されて!第1幕は終わる。第2幕、煌びやかな赤の世界 帝に愛され皆から愛され絶好調のかぐや。月は小さいけれど頭上にかかっている。 第3幕 青の世界 月は舞台背景に大きく浮かび、かぐやに故郷を思いで出させている。そしていつのまにか、かぐやは月への道を昇っていくのだ ゆっくりゆっくりと 多分和風舞台としてヨーロッパにも受け入れラレルのであろう。 演出・振付が前面に出て舞台は人形芝居でも行けるんじゃないみたいな感じがして、どうしましょう? 生である必然性が見えてこないのだ 演者と客席の間に詰めたい壁があるような気がして でも皆大喝采なのは 演出・振付への賞賛? 【中古】闘う舞踊団/夕書房/金森穣(新書)【中古】 no・mad・ic project/金森穣【中古】(未使用・未開封品)no・mad・ic project version Noism05 [DVD] 金森穣【中古】no・mad・ic project [DVD] 金森穣, レジデンシャルカンパニーNoism【中古】(未使用・未開封品)no・mad・ic project [DVD] 金森穣 レジデンシャルカンパニーNoism【中古】DVD▼46億年の恋 レンタル落ち【バーゲンセール】【中古】DVD▼46億年の恋 レンタル落ち
2026.05.22
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CAMERON MACKINTOSH and Disney ミュージカル「メリーポピンズ」 主催:ミュージカル「メリーポピンズ」制作委員会、 東急シアターオーブ 原案:P.L.トラバース、オリジナル音楽/歌詞:リチャード・M・シャーマン/ロバート・B ・シャーマン、脚本:ジュリアン・フェローズ、新規楽曲/追加歌詞&音楽:ジョージ・スタイルズ/アンソニー・ドリュー、共同制作:キャメロン・マッキントッシュ、翻訳:常田景子、訳詞:高橋亜子、 メリーポピンズ:朝夏まなと、バート:小野田龍之介、 ジョージ・ハンクス:福士政治、有為にフレッド・ハンクス:知念里奈、 バードウーマン/ミス・アンドリュー:樹里咲穂、ブーム監督/頭取:コング桑田、ミセス・ブリル:久保田磨希、ロバートソン・アイ:石川新太、 ジェーン・ハンクス:辻乃之花、マイケル・ハンクス:中西緑、ノースブルック:石川剛、ミセス・コリー:小島亜莉沙、 ケイティ・ナナ:工藤彩、ヴォン・ハスラー:小林遼介、ネーレウス:高橋滋生、ミス・ラーク:吉田玲菜、ヴァレンタイン:東間一貴、その他多数 図 メリーポピンズ チラシと半券より 東急シアターオーブ、昔の東急文化会館の後に立てられた渋谷ヒカリエの最上階に位置する客席1972のまともな劇場という触れ込み。実に本日初見参!3階の最後列、真ん中あたり。客席は3階までと言う設計なので、要するに天井桟敷。そして、見下ろすと何と擂り鉢状の底に舞台とオケボックスが見下ろされる。東京文化会館の大ホール五階席の感じを思い出す。あちらの座席数は2300席あまりだったので、そこも似た感じ。 開演前、なんか客が少ない?3階の前列2列に客がスコンと居ない。視野には全く影響はないけれど、天井から大きな四角い構造物が3階席中程の席の上に張り出している。何じゃこれは?時間ギリギリに人が集まってきて、スコンと空いた2列以外は八割方の入りか? 時間通りに前奏が始まった。始める前に指揮者が挨拶しないのは日本のミュージカル系の伝統?しかし、何と音響システム利用の大音響。演奏自体は可成りきめの細かい質の高い切れ味を持っている様なのだが、音響システムの方で音割れ!最後尾最髙部の席で耳が悪くなりそうな音量だ。歌う演者も当然音のバランスをとるためマイク付き。肉声でも充分通るオペラ歌手クラスの発声力を持った演者達が舞台用の発声をしているのをマイクでオケとバランスする音量にする。人の声も割れてしまって、音楽が壊れている。 マイクを使わねばどうしようもなかった”森繁:屋根の上”時代の日本人ミュージカル上演方式がずっと踏襲されている。劇場の構造は進歩し、歌い手の力は半世紀で雲泥の差の力を付けてきた。音響関係だけ発想が変わっていないのでは!その結果、今の演者の実力が生かせてないのでは!音楽が生命の筈の演目に、何だか二流の入れ物で一寸悲しい様な? しかし裏町三文芝居の歌芝居の原点に返って考えれば、この破けた音楽展開はそれなりの相応しいのかも!宝塚の伝統も同じですよね、上流階級的世界を庶民が手にして自らの掌に消化しようとしているその活力。そして朝夏まなとの歌い方はピッタリなんだよな、ガチャッ弾き感、屹度! 第1幕、同時期に誕生したミュージカルSound of Musicを想起させるような展開でMaryとハンクス家の子ども達との親密な連携が育っていく様が描かれる。緑の野山も出てくる楽しいミュージカル。 みんなに伝わっているメリーポピンズのイメージはこの第1幕だ。 しかしメリーポピンズお話、そしてこのミュージカルの本当の話は第2幕なのだ、魔女は箒に乗ってくるのが定番、それが傘をさしてカラフルな衣装でヒラヒラと舞いながらやって来ていたのだ。上手くいかない家族の不幸な子ども達を幸せにするため。 父ジョージ・ハンクスが威張っているとき、そしてその父が会社で行った決断が不評を買い失業の危機になったとき、それがメリーポピンズの活躍の時。 然るに、父の決断が会社を救う英断であったことが判り、父が失業どころか大抜擢、そして苦難を通して家族愛に目覚めた父が家族の真ん中に立ったとき、メリーポピンズの仕事は終わった。 次の不幸な家族を求めて?手を出す相手を求めて? メリーポピンズは次の世界に飛んでいく。ハンクス家の両親子ども姉弟が見送るのを後に、客席の上を飛んで・・・・・・何だかニャンスケに向かってくるぞ、青い服を翻し黒い雨傘を差しながら、ニコニコと言いたいが一寸硬い表情をして朝夏まなとのメリーポピンズことマリアがグーっと迫ってくる。アリャーと思っていたら、眼前上方に何だか解らなかった箱状の構造物、それにマリアは吸い込まれていった。吸い込み口は人の居なかった3階最前2列の真上だったのだ。 魔女メリーポピンズ、Mary Poppins, 実はMariaつまり聖母マリア様がWitchの形でご登場だったのですよね。 この日、マリアを演じた朝夏まなと、姉ジェーン・ハンクスを演じた辻乃之花、マイケル・ハンクスを演じた中西緑君、音響効果がもう少し適正音量に絞ることを考えてくれれば、彼らの秀でた歌唱力が充分に楽しめたのではないか、何だかもったいない! 音響以外はほぼ満点だったのだ!?!メリーポピンズ スペシャル・エディション [DVD]メリーポピンズ ロンドン・キャスト・ミュージカル版 [CD]
2026.04.18
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2026/4/1 1ZA『飛龍伝」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA作:つかこうへい、演出:こぐれ修、神林美智子:藤野涼子、山崎一平:田谷野亮。 桂木順一郎:村松龍之介、富本:富本惣昭、内田/ガイド:内田将綺、参川:参川剛史、 高士:高士幸也、財津:財津優太郞、朝里/学生2・4:朝里弁尋、 きたむら/修学旅行生/学生1・3、犬飼:犬飼太陽、第一機動隊員・前田:前田悟、第四機動隊員・門松:門松順、第四機動隊員・トラ/引率の先生/高崎俳句大学/大塚:キムヒョンシュク、第四機動隊員・成本/修学旅行生:成本晋太朗、第四機動隊員・林田/修学旅行生:林田葵、 図 IZA『飛龍伝』チラシ、場内配付資料、半券より合成 開演前の開場、舞台設定(1968-70年)にそぐわない80年代のヒット曲が流されている。男達が大声で叫びながらドタドタと舞台に入ってくる。声が割れて言葉が聞き取れない。声が大きければ良いという初歩の高校生芝居みたいな感じである。七割方も入って無さそうな客席は流れに乗れず固まっている。 休憩無しの2時間半の舞台、創造した舞台空間を客席と一体化共有化して主役「神林美智子」の生涯に寄り添おう、みたいなこの本の多分つかこうへいから始まっている原作演出意図が感じ得られるのだが・・ 主役藤野涼子が登場して、言葉が漸く客席に届き始める。 ニャンスケ拝は藤野涼子に注目して今回の観劇を期待していた。どういうことかというと、藤野涼子は宮部みゆき原作の「ソロモンの偽証」の映画版主役としてオーディションから選ばれ、主役の役名「藤野涼子」をそのまま芸名とした。原作で描かれている藤野涼子のイメージと俳優藤野涼子のイメージが極めてぴったり合い、逆に、俳優藤野涼子はソロモンの偽証の「藤野涼子」役以外の役を巧く出来るのだろうかと気になっていたのだ。 結論はあっさり出てしまった。藤野涼子は神林美智子にも成りきっていた。 基本が確り出来ている、そして大胆に演技が出来る、大物女優の片鱗が見えてくる。 藤野涼子はピタッと役にはまり、伸び伸びと役を演じている。 しかし、周りが、空回り? 藤野以外の、つまり男優達のキャラクターが立っていないのだ。 ・・・若しかしたら、この状況は本自体の特質から来ているのかも知れない? 6年前、菅井友香の飛龍伝でも類似のことが起きていたように思う。「本格舞台の主役は初めてだった菅井とリハーサルを続けていたら、どんどん菅井が化けてくる。」 菅井友香と共演した人の言葉が記憶に残る。 ただあの時はもっと男優達の台詞が良く伝わってきていた! ソロモンの偽証 事件/裁判 コンプリートBOX 3枚組 【Blu-ray】 [ 藤野涼子 ]連続ドラマW 宮部みゆき ソロモンの偽証(4枚セット)第1話〜第8話 最終【全巻セット 邦画 中古 DVD】送料無料 レンタル落ち【中古】 初級革命講座飛龍伝 / つか こうへい / KADOKAWA [文庫]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】【中古】 初級革命講座 飛龍伝 改版 / つか こうへい / 角川グループパブリッシング [文庫]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】【中古】 飛竜伝 / つか こうへい / 集英社 [単行本]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】【中古】飛龍伝 / つかこうへい 芹澤邦雄 / トレンドシェア
2026.04.13
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2026/3/27 江戸糸あやつり人形 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ) 結城座旗揚げ390周年記念公演第三弾 東京芸術劇場シアターイースト 図 江戸糸あやつり人形 伽羅先代萩 チラシと半券から 身の丈60cm程度のあやつり人形が生身の人間よりリアルにあるいはよりダイナミックにより滑稽に動作し、豊かな表情を創る。人形と動かす人が1対1の関係で、あやつる人が台詞も言うため、動きと言葉が完全にシンクロ。 舞台が1時間で終わり、もう少しじっくり見たいと感じられる。だが可成りの重労働なので、演者の皆さんには一寸きついかなあ。 文化財ですよね、これは。 良いものを見ました。みなさん見て下さい。みんな一度は見るべし!歌舞伎名作撰 伽羅先代萩 [DVD]新品 人形浄瑠璃文楽名演集 伽羅先代萩・本朝廿四孝 / (1DVD) NSDS-22771人形浄瑠璃文楽名演集 伽羅先代萩・本朝廿四孝 [DVD]【中古】糸あやつりの万華鏡 結城座375年の人形芝居/LIXIL出版(単行本(ソフトカバー))【中古】糸あやつりの万華鏡 結城座375年の人形芝居/LIXIL出版(単行本(ソフトカバー))
2026.04.12
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2026/3/21 Keneth MacMillan's MANON The National Ballet of Japan 新国立劇場バレエ団 マノン、2025/2026シーズン バレエ&ダンス 新国立劇場オペラパレス 振付:ケネス・マクミラン、音楽:ジュール・マチネ,編曲:マーティン・イェーツ、美術・衣装:ニコラス・ジョージアディス、照明:沢田祐二、ステージング:ロバート・チューズリー、ベネシュ・コレオロジスト:内海百合、芸術監督:吉田都、 マノン:小野絢子、デ・グリュー:福岡雄大、レスコー:奥村康祐、レスコーの愛人:木村優里、娼家のマダム:湯川麻美子、看守:小柴富久修、物乞いのリーダー:水井駿介、高級娼婦:(交代出演)、紳士:(交代出演)、客:宇賀大将、超載範、長谷川諒太、太田寛仁、森本晃介、老紳士:内海博、 図1. 「マノン」チラシ、場内配付資料、半券より作成。 バレエ「マノン」、元の話はマノン・レスコー、著したのはアベ・ブレヴォー(僧ブレヴォー)、本当の名はアントワーヌ=フランソワ・プレヴォー、66巻にも及ぶ大量の著作の中で、1731年に著した小説的な物語のうちの一つ、「マノン・レスコー」が評判になり、独立の単行本として出版された。(この辺りの記事、今回の公演の場内配付資料、新潮文庫の解説、GoogleのAiからの情報などを元にした簡単なまとめである。)書かれたのは1731年とある。オペラ化されたのは1884年初演のジュール・マネスによるものと、1983年初演のジャコモ・プッチーニによるものが挙げられている。 この物語がバレエになったのは、ケネス・マクミランがロイヤルバレエの芸術監督をやっていた1970-77年の間の時期1974年である。振付はジュール・マネスの曲を使って構成されている。本公演はその振付作品である。ケネス・マクミランは、その後1992年までロイヤルバレエの主席振付家を務め、最期は、演出している舞台の楽屋で1992年心臓発作により死去。 現在、新国立バレエの芸術監督をやっている吉田都がロイヤルバレエ団プリンシパルとして在籍していたのが1988-2010年、バーミンガムでプリンシパルになり95年から本拠ロンドンロイヤルバレエで引退まで。 何故背景ばかりを語るかというと、ロンドンの舞台を見ていないニャンスケ拝が語るのはいかがわしい限りではあるが、今回のマノンの舞台、ワーッと初演の雰囲気で一杯なのだ。チュチュを着るのは夢だとか亡霊だとか、踊り子の役割が現世から浮いた存在の場合?平服で行きましょう。でもマノンの時代、18世紀初頭パリの町の臭いで満たそう! 今回の舞台、ロイヤルバレエ団が初演から用いてきた衣装と装置が使われていたのだという。 神学生デ。グリューとマノンの恋、それがマノンを金で買おうというお金持ちと金が欲しいマノンの兄との横車でおかしくなっていく。罪人となって当時は流刑地でもあった開拓時代のアメリカ大陸仏領ニューオリンズに追われ,湿地の中で死んでいくマノン。 今回の舞台と、場内で配付されたあらすじのパンフに掲載された長野由妃氏と村田京子氏による2つの解説、このセットは最高である。そして、今回のチラシや場内配付資料に吉田都芸術監督の名が全然目立たない。だが舞台の全面隅々まで、背景に流れている吉田芸術監督圧倒的な存在感を感じてしまったのはニャンスケ拝の空読みだったのでしょうか?マスネ:バレエ マノン [DVD]【中古】英国ロイヤル・バレエ《マノン》ケネス・マクミラン振付 DVD日本語解説書【中古】英国ロイヤル・バレエ《マノン》ケネス・マクミラン振付 [DVD](日本語解説書付き)【中古】英国ロイヤル・バレエ《マノン》ケネス・マクミラン [DVD]【中古】(未使用・未開封品)英国ロイヤル・バレエ《マノン》ケネス・マクミラン [DVD]英国ロイヤル・バレエ《マノン》ケネス・マクミラン [DVD]英国ロイヤル・バレエバレエ『マノン』/ ケネス・マクミラン振付 [DVD](日本語解説付)
2026.04.04
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2026/3/8 ドン・ジョヴァンニ 2025/2026シーズン オペラ イタリア語上演/日本語および英語字幕付新国立劇場オペラパレス 台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ、作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、指揮:飯森範親、演出:グリシャ・アサガロフ、美術・衣装:ルイジ・ペーレゴ、再演演出:澤田康子、 ドン・ジョヴァンニ:ヴィート・ブリアンテ、騎士長:田中大揮、レボレッロ:フランチェスコ・レオーネ、ドンナ・アンナ:イリーナ・ルング、ドン・オッターヴィオ:デイヴ・モナコ、 ドンナ・エルヴィーラ:サラ・コルトレツイス、マゼット:近藤圭、ツェルリーナ:盛田麻央、 図 オペラ ドン・ジョヴァン二 公演概要 チラシ、場内配付資料、半券から 相方が、「日本ではまだ観たことがない」とチケット購入。数日前、宿主は転んで腕を負傷。あと数週間は吊り手状態なのだが、高い切符だからと連れ出された。で、新国立オペラパレスの入り口で入場券を取り出すと、1枚しかない。そこで相方、ボンヤリ思い出したようである。以前見損なったので、自分一人で観ようと、1枚だけ買ったことを! 宿主「じゃあ今回は怪我もしているから、このまま帰る」 相方「ボックスオフィスに行って空席買ってくる」 で、ボックスオフィスに行くと、何と予約した席の直ぐ後ろの席が空いていた。オケの音合わせが始まっている開演5分前に、入場。 立て込んだ石造りビル街を背景スクリーン上に映し出し、水面を模した舞台面にはゴンドラが浮かび、手前の水辺に舞台右から豪邸の出口といった風の階段が舞台中央に向けて降りている。ヴェニスの雰囲気。 宿主の脳裏に朧気ながら前回(2022/12/11)観た場面の記憶が残像のように重なっている。多分前回も感じていた心の感触:気障な女たらしのドン・ジョヴァンニをボコボコにして 「ざま見ろ」というお話に、モーツアルトの繊細豪華な音楽が付き、着飾ったお金持ち有閑人達がブラボーを叫ぶ。馬鹿馬鹿しいのがエンタテイメント。 それは日本の歌舞伎も同じだよね! 冒頭でドン・ジョヴァンニに殺された騎士長の亡霊によって、最後にドン・ジョヴァンニは派手な光の演出の仲で黄泉に下っていく。地上には、舞台下手に白い直方体の大きな墓石、上手にクタクタの操り人形の残骸が横たわる。そして「悪徳者は地獄に落ちた、万歳」の大合唱。 この最後の辺りの演出、思わず目が、そして意識が、吸い付けられた。前回と大部違った凝り方をしているように感じられ、斬新さが強く印象づけられた。 贅沢で良質なエンタテイメント。モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》 K527《DVD》モーツァルト: 歌劇《ドン・ジョヴァンニ》/コヴェント・ガーデン王立歌劇場 [DVD]Mozart モーツァルト / 『ドン・ジョヴァンニ』全曲 コスキー演出、フィリップ・ジョルダン&ウィーン国立歌劇場、K.ケテルセン、K.リンジー、他(2021 ステレオ)(2DVD)(日本語字幕付) 【DVD】Mozart モーツァルト / 歌劇『ドン・ジョヴァンニ』全曲 ベヒトルフ演出、 ウェルザー=メスト&チューリヒ歌劇場、キーンリーサイド、シャリンガー(2DVD) 【DVD】
2026.03.31
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2026/2/15 ヘンリック・イプセン 社会の柱(Pillars of Society) 新国立劇場研修所第19期修了公演、 新国立劇場小劇場 作:ヘンリック・イプセン、翻訳:アンネ・ランデ・ペータス、演出:宮田慶子、 カルステン・ベルニック(領事):崎山新大、ベッティー・ベルナック(妻):向井里穂子、オーラフ・ベルニック(息子):千田翔、マルタ・ベルニック(妹):田村良葉、ディーナ・ドルフ(ベルニック家で庇護):野仲咲智花、ローナ・ヘッセル(妻の異父姉):辻坂優宇、ヨーハン・トンネセン(妻の兄):中島一茶、ヒルマール・トンネセン(妻の従兄弟):菊川斗希、 <ベルニック商会>クラップ(支配人):森唯人、アウネ(造船業者):和田壮礼、 <町の人々>ルンメル(卸売業者):立川義幸、ルンメル夫人:太田真喜乃、ヴィーゲラン(商人):篁勇哉、レールルン(教師):井神峻太、ホルト夫人:日沼ゆり、リング夫人:小林未来、町民(演劇研修所第20期生):音田優輔、今野貴也、園部優心、土川葉菜、藤井直美 図 社会の柱 公演概要 チラシと半券より作成 「社会の柱」(Pillars of Society)は本公演と同じアンネ・ランゲ・ベーダスの訳で6年前に本邦初演。今回は本邦二度目の公演ということでしょうか? 日本ではイプセンの代表作と見なされ女性解放運動のシンボルのように扱われている「人形の家」に先立つ2年前、1877年に上梓された「社会の柱」が海外のイプセン評では実はイプセンの社会派的作品への転換点に位置する重要作品とされている様である。1877年といえば、我が国では明治10年、西南戦争の年である。 話はノルウェーのとある港町でのこと、資産家の町の有力者カルステン・ペルニックは、妻や子どもと、村の将来を心から考えている町の屋台骨の一つ、一つの「社会の柱」(原題が複数であることは留意が必要と感じる)として慕われていた。 今、町では鉄道を海沿い建設するか山沿いにするか、議論が進んでいた。その最中、15年前アメリカに移っていた妻の弟と異母姉が帰国してきた。彼らがアメリカに出た後、大金がなくなっていることが発覚し、それは彼らが持って行ったものとされていた。 誰も彼らが帰ってくるとは思っていなかった。堂々と帰ってきたということは、彼らは持ち逃げ犯ではなかった透いうこと。だったら犯人は? 鉄道の敷設経路の決定がまだ伏せられている間に、駅予定地らしき場所の周りの土地が買い占められ始めているという情報が流れ始めた。誰がやった? カルステンは追い詰められた形で、昔、金を隠匿したのは自分であること、土地買い占めは自分の関係している会社がやったことであること、等を告白。平穏な家庭を取り戻そうとする。しかし、妻は長年にわたる,繰り返される悪事の隠匿に、愛想が尽きたと,自立を求めて出て行く。 為政はフェアに行わなければならない、女性の自立・平等な人権の確率が必須。この民主主義・資本主義のための全員が持たねばならない基本精神が、150年前のイプセンの戯曲に込められている。 この翻訳が日本で生まれノルウェーと日本を行き来するアンネ・ランゲ・ベータス女史によるものであること:両国語を理解し的確に翻訳が行われているであろうこと、それがこの翻訳劇に力を感じる由縁か。繰り返しになるが、往々にして、原著の言葉のニュアンスの内、最もマイルドなものを用いて翻訳し、無難に収めようという意識が、原著の言いたいことを損なっている感を持つことがある、今回の翻訳にはそれがない。本義曲には直裁感が満点。イプセンの戯曲が世界中で多数上演されていることの意味が理解できたような気がするニャンスケ拝であった。 【中古】 新版 イプセン 生涯と作品【未使用】【中古】 新版 イプセン 生涯と作品【中古】 新版 イプセン 生涯と作品
2026.02.22
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2026/2/13 風紋ーこの身はやがて風になりてもー 劇団民藝公演 紀伊國屋サザンサザンシアターTAKASHIMAYA作:長田育恵、演出:丹野郁弓、 宮澤賢治:一之瀬朝登、夏井巳喜雄:佐々木梅治、夏井アヤ:桜井明美、 松峯大悟:橋本潤、桐島三郎:日影眞、工藤俊作:西野裕貴、志村町子:印南唯、小堀キミ:加來梨夏子、保坂嘉内:釜谷洸士、宮澤トシ:佐々木郁美、 図 「風紋」チラシと半券より 舞台の時が宮澤賢治の最晩年1933年に設定された、花巻から出る岩手軽便鉄道の終着駅、仙人峠駅での嵐の一夜の物語。 岩手軽便鉄道(便鉄)は後に国鉄に移管され釜石西線と呼ばれた路線である。仙人峠から釜石に出るには峠を登り釜石に向かって山道を下って行き、途中大橋駅(現 陸中大橋駅)から釜石まで開通していた釜石鉱山鉄道に乗り継がねばならない。釜石と花巻を結ぶ貨物輸送については、仙人峠駅と大橋駅の間に索道が設けられていたという。 岩手軽便鉄道は「銀河鉄道」のモデルとされている。 嵐でその行き止まり『仙人峠駅』に留め置かれ便鉄も山道も崖崩れで閉ざされた列車に乗り合わせた乗客達8名ばかり、中に熱でうなされたヨレヨレになった大きな鞄を持った旅人がいる。舞台背景は整っていて、そこで居合わせた者たちの身の上話が始まり、また熱にうなされた風体のチョット解らぬ者が農業技士らしい人物と判り、介抱され、名前は宮澤賢治というらしい、ということもわかり、賢二の夢の中の思い出も繰られて・・・・ 定番的な孤立密室状況に閉じ込められた人間模様劇に宮澤賢治と銀河鉄道いう豪勢な味付けが入り、面白い話が作れる巧みな設定・・・・そして客が見入り聴き入る場面が次々と、巧いストーリー展開・・ しかし、気になるのは『風紋」という題。細かい砂が大量にある大きな土地でないと風紋は出来ない。仙人峠には出来ない。またリアス式海岸の東北太平洋岸は美しい風紋を想定する様な広さがない。岩手山は天辺からだいぶ下まで砂山状だが、s成分はどちらかというと目の粗い火山灰で、海岸に出来る決めの細かな美しい風紋はチョット出来にくいのでは。・・・ この芝居で設定された物語の舞台と「風紋」が何だかミスフィット。作者は現地を熟知されているのだろうか??? 宮澤賢治が、あるいは彼の残したものが「風紋」とたとえられるのか? 異議あり!銀河鉄道だけをとっても、松本零士による展開も有り、世界に確固たる看板が建っているではないか。 イメージアップされた仙人峠の一夜は「風紋」どころか「夢の礎」だったのでは・・・副題はそのままでも・・・・ 熟成が期待されるトライアウト段階の芝居みたいな感じでした。もちろんこれニャンスケ拝のチョット斜めの主観です・・・・ 宮沢賢治童話集 猫の事務所・銀河鉄道の夜など (100年読み継がれる名作) [ 宮沢 賢治 ]銀河鉄道の夜 [ 宮沢賢治 ]銀河鉄道の夜 (ミキハウスの宮沢賢治絵本シリーズ) [ 金井 一郎 ]宮沢賢治童話集 銀河鉄道の夜 (角川つばさ文庫) [ 宮沢 賢治 ]注文の多い料理店 銀河鉄道の夜 (集英社みらい文庫) [ 宮沢 賢治 ]銀河鉄道の夜 (21世紀版・少年少女日本文学館) [ 宮沢 賢治 ]銀河鉄道の夜 新装版/宮沢賢治/太田大八【3000円以上送料無料】
2026.02.21
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2026/2/11オペラ『歌え!比羅夫丸』新作初演 青森組 オペラシアターこんにゃく座公演 吉祥寺シアター 台本:畑澤聖悟、作曲:信長貴富、演出:眞鍋卓嗣、比羅夫丸/金剛丸:沖まどか、田村丸/小学生/横浜丸:入江茉奈、 記者/青森市民/会下山丸/小学生/第21共同丸/駆逐艦/天洋丸:中村響、 女神/桜島丸/先生/第二玉丸:齊藤路都、案内係/車運丸/息子/小学生/母/津軽:鈴木裕加、記者/青森市民/蛟龍丸/追風/第7青函丸:金村慎太郎、記者/青森市民/弘済丸/セルゲイ/小学生/津軽丸(初代)/子ども/睦月/朝風/第8青函丸:島田大翼、船長/老紳士/小学生/翔鳳丸/夕張/第6青函丸:佐藤敏之、ピアノ:入川舜、 図 「歌え!比羅夫丸」パンフ・半券・場内配付資料(こんにゃく座代表:萩京子氏挨拶)より 機関車を擬人化した物語は結構多い。機関車トーマスだとかチャギ ントンだとか、子ども向け劇画・アニメ等々いろいろありそうだ。だが、船を擬人化した物語は、ニャンスケにとって初見聞、あるいはニャンスケの今持っている記憶にはなかった。何十年も前にどこかで見たことはあるかも知れないが! 船が一杯いて盛んに往来する嘗ての青函航路は、船を擬人化して語りたくなる恰好の場だったのだ。 日本からの発注に対応してスコットランドで青函連絡船用に建造された当時最新鋭速船であった初代青函連絡船、比羅夫丸が主人公である。 日露戦争の結果、南樺太が日本に編入され、青函航路による人と物資の移送が極めて重要に。その最中1908年に青函連絡船のエースとして比羅夫丸が登場し、スコットランドから引き続いて納入された同型船田村丸,他の航路から転用されてきた輸送船等々,次第に仲間が増えていく。 1930年代に入ると貨物列車をそのまま乗せる鉄道連絡線が就航し、青函連絡船が本格鉄道連絡船の姿になって行く。その中で比羅夫丸など初期連絡船は老船として次第に脇役になり、30年代後半には青函航路を離れ、関西瀬戸内航路等に移動。 就航期間40年を過ぎた船達は廃船解体になっていく。比羅夫丸はスクラップアンドビルド的な更新により軍用輸送船金剛丸となり、太平洋戦争の中で南方戦火により沈没。 物語は歌で語られるが、最近のこんにゃくオペラ、当初目指した「わかりやすいオペラ」が見事に実現している。音楽で語られていることが全然意識に残らず、ソロ・デゥエット・合唱いずれでも発声が民謡風であったりベルカント風であったり、巧に使い分けられている。歌唱楽曲が意識に残らないような自然さで流れる。そして記憶に残る物語と詩情。 このオペラ、永く演じられて定番クラシックになると良いですね!CD オペラシアターこんにゃく座 林光追悼コンサート「夢へ……」 / フォンテック【国内盤CD】【新品】夢へ……~オペラシアターこんにゃく座 林光追悼コンサート 萩京子 他[2枚組]楽譜 萩京子ソング集 旅するうたたち 1 / 全音楽譜出版社楽譜 萩京子ソング集 旅するうたたち 2【メール便を選択の場合送料無料】
2026.02.19
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「『こうもり』ってオペラ、名前は聞いたことあるけど観たことないよね。」 相方の問いかけに、宿主、何となくそんな気がしていたようで生返事の内に、いつの間にか切符が買われ観劇と相成った。 2026/1/27 ヨハン・シュトラウスII世 Die Fledermaus (こうもり) 全3幕 ドイツ語上演/日本語及び英語字幕スーパー 2025/2026シーズン オペラ 新国立劇場バレエ団,原作:アンリ・メイヤック/リュドウイック・アレヴィ、台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネー、作曲:ヨハン・シュトラウスII世、新国立劇場オペラパレス 指揮:ダニエル・コーエン、演出:ハインツ・ツェドニク、振付:マリア・ルイーズ・ヤスカ、再演演出:上原真希、再演振付:石井清子、舞台監督:高橋尚史、管弦楽:東京交響楽団、 ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン:トーマス・ブロンデル、ロザリンデ:サビーナ・ツヴィラク、 フランク:レヴェント・バキルジ、オルロフスキー公爵:藤木大地、アルフレード:伊藤達人、ファルケ博士:ラファエル・フィンガーロス、 アデーレ:マリア・シャヴーニア、プリント博士:青地英幸、フォロッシュ:ホルスト・ラムネク、イーダ:今野沙知恵、美術・衣装:オラフ・ツォンベック、 2026/1/27 オペレッタこうもり チラシと半券より このニャンスケのモノローグをご覧の貴方、生きたバタバタと蠢いている群れなすこうもりを身近に見たこと有りますか?宿主の実家に、長年一人住まいをしていた母親が物置に使っていた部屋があった。南に面した小窓の雨戸もカーテンもずっと閉まったままであった。 数年前、部屋の整理が必要になりその開かずであった雨戸を開けることになった。カーテンをサッと引いたら、ガラス戸の外側にある網戸と雨戸の間にゴニョゴニョ蠢いている群れがある。「もう少し落ち着いて観察すれば良かった」というのは後知恵。ガラス戸を、ガット力を入れて開けようとすると、蠢いているものがバタバタと羽ばたき音のような音を出しながら動き出した。薄い羽根、ハツカネズミみたいな大きさの胴体。「捕まえたろ!」と思うまもなく一群は霧散と消えた。ありゃコウモリだ!後に大量の糞が網戸と雨戸とレール上に残されて、病原菌を吸い込まぬようマスクに手袋で大掃除。イヤハヤ宿主はコウモリに散々だった。これがコウモリ。・・・・ オペレッタ「コウモリ」はドイツ語で書かれ原題は「Die Fledermaus(飛ぶネズミ)」。英語でもフランス語でもドイツ語でも「こうもり」は「Bat」と呼ばれている。ドイツ語だけdie Fledermausという別称がある。この別称がオペレッタ「こうもり」の原題。狂言廻し役ファルケ博士の所業にDie Fledermausはぴったりなのだ。 序曲も第2幕前の間奏曲もお馴染みの楽曲だ。オペレッタ「こうもり」に馴染みはないが音楽は聞き慣れている。オペレッタだからと、台詞に日本語の逆を入れて笑いをとるのは、通らしき1階席のお客さんには受けているが、どうなんでしょう? 妻ロザリンデの不倫相手、準主役のアルフレーデの演者はメチャクチャに良いな。一番印象に残る! 宿主、この日の観劇は帰宅して翌日メモを記すべく観劇メモファイルを開け、配役を書く途中まで、初観劇であったと信じ込んでいた。終演まで「こうもり」初観劇を信じて疑わないままであったのだ。 帰宅してメモを書き始めて愕然、エクセルファイルに配役を打ち込もうとすると、スラスラ出てくるのだ。パソコンに入っている。慌ててチェックすると、2年ほど前に「こうもり」観劇メモがあった(2023/12/13の本blog)。そして驚くなかれ、そのメモに書いてあった観劇の感想は、今回宿主が感じたものと全くといって良いほど重なっている。 違いは2つあった。Johann Strauss IIの名付けた原題はDie Fledermausであったこと、そのニュアンスが全編に流れている!そしてアルフレードを演じたのが前回も今回も伊達達人で、その掌にした歌唱演技はますます大迫力で凄かったこと、などであろうか。・・・ 宿主にとって、とても良い経験で、潜在記憶と顕在記憶の有り様を体験的に学んだ、得るのもが多い観劇であったようである。【輸入盤CD】【新品】Strauss/Reiss/Wdr Rundrunkchor Koln/Haider / Die Fledermaus 【2014/1/28発売】【輸入盤CD】【新品】Strauss/Aikin/Wdr Rundfunkchor / Die Fledermaus (SACD) (2PK) 【K2018/11/16発売】
2026.02.09
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2026/1/2 The Nutcracker(くるみ割り人形)<New Production 新制作> 2025/2026シーズン バレエ&ダンス 新国立劇場バレエ団, 新国立劇場オペラパレス作曲:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー、振付:ウィル・タケット (レフ・イワーノフ原振付による)、編曲・指揮:マーティン・イェーツ、芸術監督:吉田都、 クララ/金平糖の精:池田理沙子、ドロッセルマイヤーの助手/胡桃割りの王子:水井駿介,ドロッセルマイヤー:原健太、シュタルバウム:小柴富久修、シュタルバウム夫人:大木満里奈、フリッツ:村田剣一、クララの祖母:山本令、 クララの祖父:西川慶、兵士人形:上中佑樹、コロンビーヌ人形:奥田花純、ハーレキン人形:佐野和輝、 ダンス教師/ネズミの女王:関優奈、ダンス教師の夫/ネズミの女王の夫:宇賀大将、ハウスキーパー/シェフパテシエ:川口藍、 執事/お菓子の国のマイスター:中家正博、わたあめ:内田美聡、ゼリー:佐野和輝・田中陣之介、キャンディ:五月女遥、ポップコーン:小野寺雄・森本亮介・石山蓮、フォンダンローズ:吉田朱里・中島瑞生、 図: 新国立バレエ「くるみ割り」新制作、 チラシと半券から 本日、宿主相方は風邪で動きたくないといって寝ている。正月早々、切符一枚無駄にして、名作かも知れぬ今日の舞台を逃すとは、何とももったいないことである。新制作ということで、振付のウィル・タケットが、全体の構成をThe Nutcracker初期の振付に出来るだけ戻して解りやすい楽しい舞台を目指した。・・・解説などを読むとその様なことのようなのである。 客の出足が遅い感じで開演10分前でも空席が目立つ。やはり三が日は来ない奴が多いのか、そんな風に思っていると、ギリギリでぞろぞろ入ってきてほぼ満席に、そして開演前のアナウンスが行われている最中に係員に案内されて次々と席の穴が埋まっていって、完全満席だ。来ないのはニャンスケの(宿主の)臨席位置の相方だけなのだ。チョット肩身が狭い様な気がして・・・ 舞台が開いた。瞬時戸惑う。2022/12/25に見たくるみ割りとは全然違う。おもちゃ箱をひっくり返したよな、ディズニーの世界にいきなり飛び込んだような、3年前の舞台のようなウクライナを思わすような静的な青と黄色の世界とは全く異なり、チカチカチャカチャカした屋内夜の雰囲気の華やかな底抜けに明るいクリスマスイヴ。 ウーム!これは陶然と見ていれば良い世界なのだ。楽しければ良いのだ。 オーケストラの演奏の切れ味がイマイチの感じで、でもそれが、おもちゃ箱をひっくり返した様な手作り感と妙に呼応して味になっている。 何となくチョット気になったのはクララ、中心だよね、主役だよね、一人だけ純白のコスチュームで否が応でも目立つ筈の演出。だが 何だか衣装がチョット純白のパリッとした感覚より可成り縒れていて、薄水色や薄ピンクの他のコスチュームに負けている。一人沈みみたいな感じ!衣装さん、チョットこれ気になりました。 それは置いておいて、前半が終わり休憩後、後半が始まり、舞踏会!クリスマスの飾りがみんな巨大化し、わたあめ・ゼリー・ポップコーン等々が舞を競い、いよいよディズニー的世界が満開だ。それぞれの踊り毎に万雷の拍手。 そしてクララとくるみ割りの王子のパ・ド・ドウ、陶然と舞台をみていると、いつの間にかクララのソロになっている。青色の照明の中、正確・確実・着実に美しく、そして愛らしく娘心を満開に、舞台一杯にクルクル回りながら発散・放出し、いつの間にか皆が舞台を注視、クララの舞が会場を席捲している。踊り手が舞と細かな所作を通じて発散しているクララの心が観衆と一体化している。良いのだ。宿主は多分バレエ鑑賞を始めて初めて感じた。「この舞を永遠に見続けたい。終わりよ!来るな! もちろんそんな事が起きたらバレリーナは死んでしまう。だからそんな事は起きてはならない。だがしかし、ずっと見続けたい。」 曲が終わったとき、拍手が爆発した。踊っていた池田理沙子がチョットたじろいだ様なすごい観客の反応。 終幕までにもう一シーン、クララのソロが有り、ずっと見たいという気持の一部は充足。そして堅く強く印象づけられた! 終幕後、カーテンコール、主役クララ役の池田理沙子は準主役のくるみ割りの王子役水井駿介の並びというよりは後ろにつくような風情で、なぜ、と訝る内に、2回目、3回目と次第に主役位置に怖ず怖ずと立つような、でも最後のカーテンコールでは、ほぼ確りと主位置について、主役に相応しく深々と礼をしていた。 会場が明るくなり、出口に近かった宿主(とニャンスケ)は最初にロビーに出る形になった。そして気付いた。今日、カーテンコールの途中で席を立った人がいないようなのだ。宿主等は、以前、次の予定があったため、好演の舞台をカーテンコールを待たずに後にしたことがあった。そのとき、終幕と同時に宿主等とほぼ同時に何人かの客が客席から出始めてきていた。 今日の舞台でカーテンコール修了まで客が動かなかったとすれば、宜なるかな。終盤の2つのクララ・金平糖の精の舞、最高というより他になし。これを目の当たり出来た本日の客は幸運でした。多分誰にも説明できない、もちろん舞っている本人には解りようがない、ストレートに本質を捕まえてしまう感性が迸る何とも貴重な舞台を客席から共有させて貰った悦び。 人も羨む「天賦の才」、でもそれは本人が磨く努力をしなければ輝かない。磨くことが出来るのは才を賦された本人のみ。「天賦の才」を与えられてしまった人は「宿命を背負わされた人」なのかも知れない。池田理沙子のソロの舞とカーテンコールを観ながら、痛みを感じていたニャンスケなのである。バレエ&ダンス / 『くるみ割り人形』 熊川哲也 【DVD】くるみ割り人形 ウエイン・イーグリング振付 新国立劇場バレエ団 オフィシャルDVD BOOKS (最新バレエ名作選) [ 新国立劇場バレエ団 ]バレエ DVD ボリショイ・バレエ「くるみ割り人形」カプツォーワ&オフチャレンコ 鑑賞英国ロイヤル・バレエ《くるみ割り人形》[DVD]【中古】キエフ・バレエ《くるみ割り人形》 [Blu-ray Disc]【中古-非常に良い】キエフ・バレエ《くるみ割り人形》 [Blu-ray Disc]
2026.01.11
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2025/12/10 泣き虫なまいき石川啄木・こまつ座第156回公演、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 作:井上ひさし、演出:鵜山仁、統括:井上麻矢、石川一(啄木):西川大貴、石川節子:北川理恵、 石川一禎:山西惇、石川カツ:那須佐代子、石川光子:深沢樹、金田一京助:眞島秀和、 図 泣き虫なまいき石川啄木 公演チラシと観劇チケット半券より作成 こまつ座公演の石川啄木、2回目の観劇。前回は24年前(2001/3/10)で、宿主が残しているメモによると、演出:鈴木裕美、出演者は銀粉蝶、西尾まり、石田圭祐、梨本謙次郎、細川直美、高橋和也であった。 ニャンスケに残っている記憶の残滓を掘り起こしたところ、おかしな軽いタッチの啄木追悼芝居という感じが残っているのだ。当時売れていた、個性的で実は凄い実力が垣間見えている人気タレントをそろえて楽しい芝居をつくりたい。 考えてみると、当時は井上ひさしが現役大御所として活躍中だった。良くも悪くも、井上ひさしの作品を周りが深掘りできる状況では無く、ご本人の、その時点での思いが、彼自身の謙遜と自虐的な心模様が、彼自身が描いた啄木像に反映していることを、公演関係者が全員サラッとソックリ何の疑問も無く受容して、公演が進められていたのではないだろうか。 そして没後15年を経た今、井上麻矢さんのなかで父ひさしの対象化も進み、周りも同様で、段々深掘りが進み始めたということであろうか。 今回の公演は、笑うべく書かれた箇所ではもちろん笑いが起こる。だが何だか抑え気味の笑い。今回の公演では、啄木の家族史、人となりが自然に観衆に入ってくる。そして啄木の真摯な実像が見えてくる。 啄木の父はいわば破戒僧侶であった。妹が英国教会系の(今でいえば)女子短大で保育教育を学んでいた。その縁で、啄木の死後、妻節子が英国教会系の宣教師の世話で房総海岸に養生に行った。幸徳秋水との関わりなど政治への関わり。そして配役にも出てくる金田一京助との関わり、つまり言語への強い関心。啄木自身の生業自体も校正だったこと。-などなど。 そして更に、井上ひさし自らが、その生き方を啄木の生き方に重ねている感じが強いのである。それは今回の上演だけでなく25年前の公演のでも感じられたことではある。しかし、明らかにスタンスが変わった。井上ひさし自身がいたこまつ座第61回公演では、流れていたのは乾いた諧謔の雰囲気。突っぱねた笑いがあった。今回の公演、繰り出される諧謔が優しくホンワリもの悲しい愛に包まれている。 そこに井上ひさし自らが思う自分の人生と、娘は見た父井上ひさしの人生が対照されているような感じなのだ。 公演終了後、こまつ座総括の井上麻矢さん(井上ひさしの娘さん)と演出をした鵜山仁さんの対談があり、にこやかにチョット離れて見守る総括者と、俳優達の個性を引き出しながら調和させていく演出家、という雰囲気が醸し出されていた。 このニャンスケ流の捉え方の当否はもちろん判らないが、ほぼ忘れかけていた2001年61回こまつ座公演と、その後初めての再演である今回156回こまつ座公演、ニャンスケ、猫も歩けば時には感慨感動に触れることも有り、とでも申しましょうか! the座 7号 泣き虫なまいき石川啄木(1986)【電子書籍】[ こまつ座 ]泣き虫なまいき石川啄木(新潮文庫)【電子書籍】[ 井上ひさし ]the座 45号 泣き虫なまいき石川啄木(2001)【電子書籍】[ こまつ座 ]
2025.12.12
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2025/12/4 作曲:クリストフ・ヴィリバルト・グルック オルフェオとエウリディーチェ 全3幕(I・II幕、休憩、III幕) イタリア語上演・日本語および英語字幕 台本:ラニエリ・デ・カルツァビージ、 新国立オペラパレス 指揮:園田隆一郎、演出・振付・美術・衣装・照明:勅使川原三郎、アーティスティックコラボレーター:佐東利穂子、 オルフェオ:サラ・ミンバルド、エウリディーチェ:ベネデッタ・トーレ、アモーレ:杉山由妃、 ダンス:佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、オフィーリア・ヤング、ハビエル・アラ・サウコ、 合唱:新国立劇場歌唱団、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団、コルネット:上野訓子、笠原雅仁、チェンバロ:朴令鈴、 図 チラシと半券より構成 白と黒を基調とした舞台。緑や青はあるが黄色系赤系は基本的には入っていない。 白い大輪の百合が照明ライトでチョット様々に色がついたり無彩のままだったり、というようなやり方の舞台演出。 第1幕、舞台の真ん中に大きな真っ白な円形舞台が設えられ、それが本舞台。緑のプランター状植え込みが中心と前端の間辺りに一つ置いてあり、それがエウリディーチェの墓標の印か。オルフェオを女性がやりアルト、もちろん男装で、エウリディーチェへの思慕を唱う。メゾソプラノのアモーレが慰め、黄泉にエウリディーチェを探しに行くことを勧める。円盤舞台の外の地の舞台で繰り広げられる佐東利穂子等のダンサーの舞が情感を無駄なく鋭角的な的確さで観客の心を打ってくる。 第2幕、黄泉の入り口でエウリディーチェを探すオルフェオ、よく知られている楽曲「精霊たちの踊り」に乗って本舞台上で繰り広げられるダンスに彩られ、垣間見える踊っているエウリディーチェは遠い。合唱隊が白い本舞台の両脇に黒系の無機質衣装で木立か銅像群の様に整列していて、黄泉の入り口を象徴? エウリディーチェとの再会が出来たことがよく解らないうちにパッと暗転し2幕が下りる。 30分の休憩を経て第3幕、白い百合の花に囲まれた白い円盤上の二人。アモーレの助言で、振り返らないままエウリディーチェを先導して黄泉からの脱出を試みるオルフェオ、振り返って見たらエウリディーチェは死ぬ。それを知らぬエウリディーチェは振り返らぬオルフェオに冷淡さを詰り続ける。詰り詰られながらの二人の円盤舞台上での彷徨。 遂に堪らず振り向いてしまったオルフェオにエウリディーチェは歓喜、だが急に意識が薄れていくことを訝りながら、黄泉に落ちていく。オルフェオの慟哭。そして狂言廻しのアモーレ、再び歌い出すエウリディーチェ。円盤舞台上に3名が歌いその周囲の地舞台をダンサー達が舞う。 勅使川原三郎・佐東利穂子版「グルック オルフェオとエウリディーチェ」は「オペラの新演出」という表現では語り尽くせない素晴らしい独立した創作である。独自の命を持った新しい作品なのだ。[中古]ダンスマガジン 海外速報:勅使川原三郎&パリ・オペラ座バレエ 2003年5月号【中古】パンフレット ≪パンフレット(舞台)≫ パンフ)勅使川原三郎パフォーマンス公演 BONES IN PAGES月は水銀 勅使川原三郎の舞踊
2025.12.06
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2025/11/23 「火曜日はスーパーへ」鴎座ひとり舞台 2025 二作品一挙上演 劇場MOMO、作:エマニュエル・ダルレ、訳:石井恵、演出:佐藤信、出演:龍昇 図 「火曜日はスーパーへ」チラシと場内配付資料より 宿主の相方が宿主留守中に予約した佐藤信演出のひとり芝居、そういえば相方は若い頃、佐藤信を崇拝気味であったらしい? 満席50名を相手に演じられるわずか1時間のひとり芝居、ボンヤリしていると前後の脈絡がゴチャゴチャになり、夢の随の残滓を紡ぐと、宿主が読んでない原作や翻訳芝居のプロットと合っているか否かはともかく、脳裏にイメージがフワッと、しかしかなり執拗に残っている。 息子は父思いだった。父が寡夫になった後は、毎週火曜日にはいつも買い物に行っていた。 両親は、息子が性同一性障害を告白し初めて女装で現れたとき、普通に混乱し怒ったに違いない。そして、寡夫になった後の父はいつしか息子を頼っていたに違いない。 毎週火曜日には老いた父の生活援助でスーパー通いをやりながら、女性として過ごしていた息子は、いつしか生業として男性相手の男娼もやるようになっていた。そんなある月曜日の夜あるいは火曜日の早朝、それは最期の床になるのではあるが、娼客と裸体で接していた息子は、本物の女で無いことを知って激怒した娼客に滅多刺しされる。 命が消えるまでの、多分とても短い時間、早送りの走馬燈のように走ったのは、今日明け方から父の元に行き、いつも通りにやる筈だった火曜日恒例のスーパーでの父の日用品の買い込みという今日やりたかった事共。店の何処で何を買うか、どの程度買うか、微に入り細に入り綿密に顕されていく。そして買い物が終わり帰途についたとき、フッと父に語りかける。また来週といいたいけれど、今日が最期かも知れない、と。・・・ 本当の舞台での展開はどうだったのか、ニャンスケの記憶からは消えてしまっているので、気になる方は原著を見るなり再演に期待するなり、ヨロシク。隠れ家/火曜日はスーパーへ / 原タイトル:Souterrains/Le mardi a Monoprix[本/雑誌] (コレクション現代フランス語圏演劇 16) (単行本・ムック) / エマニュエル・ダルレ/著 石井惠/訳隠れ家/火曜日はスーパーへ (コレクション現代フランス語圏演劇) [ エマニュエル・ダルレ ]隠れ家 / 火曜日はスーパーへ コレクション現代フランス語圏演劇 / エマニュエル・ダルレ 【全集・双書】
2025.11.24
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2025/10/29 「かもめ」 劇団新人会 前田昌明追悼公演、上野ストアハウス作:A. チェーホフ、訳:牧原 純、演出:志賀澤子、コンスタンチン・カヴリーロヴィチ・トレーブレフ:堀本宗一朗、 イリーナ・ニコラーエヴナ・アルカージナ:萩原萌、 ボリス・アレクセーエヴィッチ・トリゴーリン:逢川大樹、ニーナ・ミハイロヴィナ・ザレーチナヤ:山田梅、 ピョートル・ニコラーエヴィチ・ソーリン:狩野謙、イリヤ・アファナーシエヴィチ・シャムラーエフ:堀光太郎、 ボリーナ・アンドレーエヴィナ・シャムラーエワ:青山眉子、セミョーン・セミョーノヴィチ・メドヴェージェンコ:小森理、エヴゲーニイ・セルゲーエヴィチ・ドールン:高井康行、マリヤ・イリイニチナ・シャムラーエフ(マーシャ):本木幸世、使用人(下働きの男・料理人・小間使い):小野民男・片岡雅美、チェロ奏者:星衛、 図 かもめ チラシ、半券、場内配付資料より ニャンスケの宿主と歩んで来たチェーホフの芝居というと、俳優座・東山千恵子の「桜の園」:没落していく帝政ロシア末期の貴婦人の最期を送る物語。末期ロシア貴族の生活を再現するような、くすみながらも煌びやかな舞台装置と衣装。 そんな先入観に支配されたまま見始めた「かもめ」。 チェ-ホフってこういう演出も有りか! 予想と全然違う舞台と衣装、以下、ニャンスケの脳裏に残った残像からの話である。現実とかなり違っているかも知れない。 残像にあるのは、前衛劇風の、長いベンチが一本あるだけの舞台!そして台詞に昔の翻訳劇のような生硬さが殆ど無く、綺麗な日本語。冒頭の台詞の中で、なんでここで漢語的な表現が出てくるんだ、とカチッと来たところが僅かにあり、しかし、後は全然気にならない。 四幕ものの原作が若干圧縮されて、合計2時間2幕ものに。整理されて絵がハッキリ見えてきて、カモメは逞しくなって飛び立ち、飛び去られた後に虚無と絶望が残り、カモメを意図せず阻害し虐待した連中は何にも気付かない・判っていない。これからもずっと判らないまま・・・・surrealisticな絵が一枚観客の脳裏に残されて・・・かもめ (集英社文庫(海外)) [ チェーホフ ]かもめ (岩波文庫 赤622-1) [ チェーホフ ]かもめ / 原タイトル:Чайка[本/雑誌] (岩波文庫) (文庫) / チェーホフ 浦雅春かもめ【電子書籍】[ チェーホフ ]かもめ (近代古典劇翻訳〈注釈付〉シリーズ 3) [ アントン・チェーホフ ]かもめ【電子書籍】[ アントン・チェーホフ ]
2025.11.11
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2025/10/1 中井正一生誕125年 図書館法施行75年 劇団民藝公演 聴衆0(ゼロ)の講演会 助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))、独立法人日本芸術文化振興会、後援:尾道市、竹原市、川崎市麻生区、公益社団法人日本図書館協会、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA, 作・演出:嶽本あゆ美、 中井正一(美学者):神敏将、中井千代(その母):樫山文枝、中井ミチ(その妻):櫻井明美、中井由季(その長女):幸はるか、魚トク(魚屋徳兵衛):佐々木梅治、 山城巴(府中文化連盟):神保有輝美、城間功順(元海軍兵):橋本潤、田坂寧邦(尾道市長):塩田泰久、羽仁五郎(参議院議員):天津民生、 予審判事/国会図書館長:境賢一、警察署長/参議院議長の声:山本哲也、 ウメ/国会図書館大蔵省担当:石巻美香、ソノ/国会図書館職員:前田真里衣、 マルクス(学生)/槙田勉(広島の高校生):横山陽介、吉岡(農民):滑川龍太、ニーチェ(学生)/青年:保坂剛大、パスカル(学生)/酒井悌(参議院調査部):大野祐生、吉岡芳子/国会図書館職員:日高里美、平尾公子/国会図書館職員:印南唯、石井幸子/羽仁の秘書:齊藤みのり、 図 「聴衆0の講演会」 予告チラシ・チラシ・半券より 2025/10/1 1900年生まれ、尾道で育ち 京大で美学を学び、軍国主義が席捲し始めた昭和10年代、言論を封じられ収監され京大の職を追われ、そして戦後となり自由を語り、国会図書館の創設の中枢に据えられ、情報科学の源流を担う立場になった、が、しかし米ソ対立を基軸に新たな反共運動が再び席捲し始め民主と言論の自由は再び危機に瀕していく・・・この中井正一の生涯が舞台に。 極めて的確に判りよい流れ。神敏将が演じる中井正一と櫻井明美が演じる妻、抵抗故に体を痛め1950年を超えた辺りで活躍の最中に早世してしまった彼らの自由抑圧への抗いが主題なのか、樫山文枝演じる正一の母千代の物語が主題なのか、その彼らの絆が実は主題なのか? 樫山文枝の演技は真っ直ぐに完全である。これぞ民藝。始めて触れることができた気骨ある民藝の息吹き。宇野重吉、滝沢修、奈良岡朋子、大瀧秀治、北林谷栄、懐かしい民藝の歴史の俳優達の声が脳裏に浮かぶ。 民藝とその思いは生きていた。樫山文枝さん、有り難う。 然るに、帰り道、パンフをよく見て、気がついた。作・演出とも嶽本あゆ美なのだ。劇団四季から演劇界に入った、民藝には始めての作品提供・演出という、、、。 ウーン 民藝という財産が鬼才嶽本あゆ美によって息を吹き返したのか、チョット極端すぎる感想かも知れないが、、、、浮世絵がヨーロッパで輝きを取り戻した歴史なども思い返されて、、、 これ民藝再発見? この芝居の題目「聴衆0の講演会」は、中井正一が著した著作の一つに付けられていた表題だとどこかに書いてあった。主人公の情念あるいは予感が、75年を経て、今日、具現したといって良いのだろうか。中井正一再考 集団/身体/言語活動 [ 門部昌志 ]中井正一評論集 (岩波文庫) [ 中井正一 ]美学入門 (中公文庫) [ 中井正一 ]芸術の不可能性 瀧口修造 中井正一 岡本太郎 針生一郎 中平卓馬/高島直之【1000円以上送料無料】芸術の不可能性 瀧口修造 中井正一 岡本太郎 針生一郎 中平卓馬 [ 高島 直之 ]日本の美[本/雑誌] (中公文庫) / 中井正一/著
2025.10.11
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2025/9/21 東京バレエ団「M」~三島由紀夫生誕百年~ 東京文化会館、振付/美術・衣装コンセプト:モーリス・ベジャール、音楽構成:黛敏郎、少年:岩崎巧見、I-イチ:柄本弾、Ⅱー二:宮川新大、Ⅲーサン:生方隆之介、 Ⅳーシ(死):池本祥真、聖セバスチャン:樋口祐輝、女:上野水香、 海上の月:金子仁美、射手:南江祐生、船乗り:安村圭太、{禁色}オレンジ:沖香葉子、ローズ:政本絵美、ヴァイオレット:伝田陽美、ピアニスト:菊池洋子、他多数、 図 M チラシと半券より モーリス・ベジャールと黛俊郎が、彼らの共通の友であり盟友視していたかも知れない三島由紀夫を偲んでその文学者としての生涯と死をモダンバレエの絵巻としてまとめたもの。思想的な共感がある人々が作り出した作品なので三島作品との違和感は全くといって良いほど無く、完全に寄り添っているようにニャンスケ拝は感じたのであった。 幕が開いて直ぐ整列して座した僧侶達の読経シーン、これは黛俊郎のオペラ金閣寺の冒頭と重なる。そこを歩む老僧に伴われた少年三島由紀夫。仮面の告白、潮騒から天人五衰に至るエッセンスが黛のコラージュした音楽とベジャールの踊り手大動員の洗練された振付によるバレエで、展開される。少年演じる切腹シーンを最後の山場として、1時間40分の三島絵巻。 明るい透明感のなかでアイロニカルなニュアンスが溢れ、明らかに永久缶詰保存価値ありの名品だ。 三島を演じた少年の将来に残る心のなにかが心配になる。本物の子供じゃ無くて細身の若手女優が少年を演じるやり方の方が無難だたんじゃナイカイナ?とはニャンスケ拝の駄猫夢想! 【中古】 モーリス・ベジャール自伝 他者の人生の中での一瞬… (1982年)【中古】 ベスト・オブ・モーリス・ベジャール−愛、それはダンス−/モーリス・ベジャール(コレオグラファー)【中古】 モーリス・ベジャールと二十世紀バレエ団の芸術 [DVD]【中古】ベスト・オブ・モーリス・ベジャール 「愛、それはダンス」/DVD/PCBE-52354【中古】 二十世紀バレエ団の芸術/ジョルジュ・ドン,二十世紀バレエ団,モーリス・ベジャール(振付),ショナ・ミルク,伊原直子,ジャン・マルティノン,パリ管弦楽団,新交響楽団バレエ DVD モーリス・ベジャール/東京バレエ団「ザ・カブキ」全2幕 鑑賞
2025.09.24
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2025/9/20 日本オペラ協会公演「ニングル」 オペラ全2幕<字幕(日本語/英語)付き原語(日本語)上演、原作:倉本聰、作曲:渡辺俊幸、オペラ脚本:吉田雄生、昭和女子大学人見記念講堂、指揮:田中祐子、演出:岩田達宗、勇太:須藤慎吾、才三:海藤弘昭、かつら:佐藤美枝子、ミクリ:別府美沙子、スカンポ:中桐かなえ、光介:杉尾真吾、 信次:黄木透、民吉:久保田真澄、ニングルの長:江原啓之、かや:丸尾有香、信子:佐藤恵利、合唱:日本オペラ協会合唱団、管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団 図 オペラ「ニングル」チラシ・場内配付資料・半券より いつも通り何も調べずに宿主は相方とともに席に着く。本日のパンフと配役だけは貰った。フム、倉本聰!森!もしかして環境! 始まった舞台を見ながら、先ず一寸これは何じゃ、ウームの点から並べておこう。 主役の才三か勇太か、唱い始めで先ずなんじゃ!解らんのだ。日本語の筈が、ベルカント歌唱で日本語を唱うときはイ・エ・オの発音を全て口の奥まで開く様にせよ!そんな昔の教え通りなのか! 何だか解らぬ音が出てきて、慌てて字幕で何を唱っているのか知ろうとしたら、日本語は縦長で読み切れぬ、英語字幕を見ようとしたら、何と、見えない!2階席の真ん中から、舞台上部の照明器具が字幕を遮り、字幕全景が視野に簡単に入る座席位置なのに見えない。舞台照明リハーサルで確認していなかったのか、お粗末。 そして、勇太と才三、声音がそっくりで声だけではどちらが唱っているか解らない。配役の際にそこらの事は考えていないのか?それとも声音が聞き分けられない素人は出て行けということか? 客にも一寸気になることあり。アリアが終わる度、自棄にブラボーを音楽性の極め低い怒声?でがなる輩が一階席に一名以上。 不味いことはこんなにあったのに、この舞台はまれに見る凄い盛り上がりが体験できた好舞台だった。 何故か? オペラは演劇でもあるが本質的には音楽である。オペラを語るとき、作曲者とオペラの演目が一つになって語られることでも皆が認めることだよね。だから、オペラの上演では、それを仕切るのは指揮者であるべきなのだ。 それを実感できる場面に、ニャンスケは殆ど今まで遭遇できなかった。殆ど全て新国立オペラパレスでの観劇だったが。指揮者の影が薄い。・・ それが何と、ニングルの上演で指揮者の活躍が目の当たりになった。 指揮者田中祐子の今回の舞台での存在感は、指揮者登場の場面から感じられていた。団員個々を感じながら中央に歩んでいく。そしてオーケストラの隅々まで神経が届く様な会釈と、会場に振り返って二階の奥まで見つめての挨拶。全体を掴んで全体を指揮する、会場一体化とそれを指揮する感触。登壇の最初で、これはやる!掴んだ!そんな雰囲気一杯な気がして! 演奏が始まると、調子外れなブラボーも包含して、アリアの切れ目などの拍手を流れに取り込んで、次の演奏は聴衆の阿吽の呼吸に合わせてすんなり始まる。講堂の隅々まで、切れ味よく繊細で優しい曲想がピアニッシモでも綺麗に行き渡る。そして講堂が楽器と化したように、全ての音が心地よく響き、フォルテッシモでは繊細さと優雅さのままに講堂が破裂するのではと思われるような大音響が何の違和感もなく母性のように心地よく全身を覆う。 オペラ「ニングル」が舞台・オーケストラボックス・客席をまとめて席捲している。 中心は指揮者。これがオペラの舞台だ。カーテンコールの最後の方で、勇太才三の主役二人の間に招き上げられた指揮者田中祐子は、出演者全員からまさに温かく迎えられ手をつないだ前列真ん中で、にこやかにやり切った満足感とtriumphantな雰囲気に溢れていた。それはニャンスケの意識が記憶情景に反映されてしまったからなのか。チョットそこは解らないが。 オペラ上演は指揮者が統括するのだ!快哉! ニングル 新装版 [ 倉本聰 ]ニングル 新装版/倉本聰【1000円以上送料無料】【中古】 ニングルの森 悠久なるものへ / 倉本 聰, 黒田 征太郎 / 集英社 [単行本(ソフトカバー)]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】【中古】 ニングル / 倉本 聰 / 理論社 [単行本]【メール便送料無料】ニングル/マロース (倉本聰戯曲全集) [ 倉本聰 ]ニングル 新装版/倉本聰【3000円以上送料無料】【中古】 ニングル/マロース(第3巻・第5回配本) (倉本聰戯曲全集)【未使用】【中古】 ニングルの森【中古-非常に良い】 ニングル/マロース(第3巻・第5回配本) (倉本聰戯曲全集)与勇輝 YOKI ATAE 創作人形 「ニングル人形」 リトグラフ 53/160 直筆サイン 骨董品 古道具 美術品 【中古】
2025.09.23
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2025/8/1 「あの夏の絵」秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場公演/戦後・被爆80年・日本被団協ノーベル平和賞受賞記念中野ZERO小ホール、作・演出:福山啓子、 浅野恵:傍島ひとみ、工藤奈々:藤代梓、飯島篤人:津曲海七斗、白井勝利:広戸聡、浅野綾子:藤井美恵子、岡田路子:永田江里、 図 あの夏の絵 チラシと半券より 被爆者の証言を記憶されている体験場面毎に絵にまとめ、被爆者がいろいろなところで大勢に話すとき、その話を演台背後などにスライドで示し、聴衆の理解の助けにしたい、 被爆体験を聴いてそれを絵に起こし、その被爆者に見て頂いて、より鮮明、より実体験のイメージに近づける。そういう試みを2007年頃から始めた広島市立基町高校の実記録を青年劇場・福山啓子が2015年に舞台としてまとめ上げた作品。 被爆体験の伝承は記録が抹殺されなければ何とかなる。そんな事を考えさせられる舞台。 そして、 平和教育、 反戦平和の流れ、 戦争準備・戦前の軍国体制を礼賛する流れ、 怖いものは見たくない、悲惨なことは忘れたい、 次世代に反戦を伝承するな、・・・・・・こういう様々なベクトルが全て鏤められている脚本。ニャンスケ、自ら記憶すべき重要な観劇体験。戦争体験を「語り」・「継ぐ」 広島・長崎・沖縄 次世代型の平和教育 [ 大石学 ]【中古】広島教育355号1981年度特集/憲法学習のために広島平和教育研究所1981年第一刷A5判・177ページ[管理番号]専門書1561【中古】親と子のための平和教育 (1982年) (平和冊子〈no.3〉) / 広島平和文化センター[棚番-DJ]
2025.08.07
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2025/7/9 父と暮せば 「井上ひさし全芝居・その六」所収・新潮社刊、こまつ座第154回公演、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 演出:鵜山仁、音楽:宇野誠一郎、福吉美津江:瀬戸さおり、福吉竹造:松角洋平、 図 父と暮せば 資料 パンフレットと半券より 必見の芝居。被爆体験文学の最高峰。 広島・原爆投下から50年、井上ひさしがきめ細かい調査資料と被爆体験者の証言を精緻に鏤めてまとめ上げた至高珠玉の本。 この本が完成したのは1994年、題目も配役も決まり初演の日が迫ってもまだ完成せず、遂に初演を延期した末、幕が開いたという。そういうエピソードをしていても知らなくても、父と娘の二人芝居で完璧に計算された演劇空間には、尋常でない圧倒的な掴み、吸引力がある。 父と娘、どちらが主役とも言いがたいような気がし、実際に過去の配役表を見ると、そのたびに父と娘の順が違う様な案配だ。そして配役に書かれた順とは無関係に、その年の演劇年間表彰で、この二人芝居の二人の出演者のどちらかが受賞対象になっている事が多いという案配なのだ。 脚本が好演を引き出しているのだ。 脚本が俳優を育てる。 そして多分演出家も! この「父と暮せば」のあと、井上ひさしは沖縄戦を主題に「木の上の兵隊」、長崎の被爆を書いた「母と暮せば」を構想し、戦争三部作と呼ばれているが、2010年の逝去まで、遂に未完のままであった。 余りに精緻な構築物は、時としてそれを創造しようとしている作家の体力と精神力が耐えきれない域に達してしまうのか。離婚した西館好子が、離婚後も井上ひさしと長電話をして軽口をたたき合っていたというようなエピソードを語っていた。 ニャンスケはこの芝居を観ながらそのエピソードを思い返し、納得納得だったのだ。アフタートークを仕切っていた井上麻矢さんのことばもその納得を確固としてくれていた。 蛇足だが、この芝居を観ながら、今まで余り深く考えずに使っていた言葉の意味を、ニャンスケは再認識させられた。原爆投下を指す言葉、ピカドン。ピカは爆発時の光、発生する電磁波のことだ。実態を忘れていた。赤外線(熱い)・可視光・紫外線(皮膚が真っ黒に・分子再構成)・X線(人体が透視されちゃうかも)・ガンマ線(原子が変化して放射化されてしまう)。ピカを直視したら多分生きられない。当たった面は焼き物も生き物も表面が半溶解状態になりズルズルに。ドンは爆風。全てがなぎ倒され、ピカで半溶融状態になった面が吹き飛ばされて爆風の向きにたなびいた針山状になって固まる。 そして、頑丈な壁の影にいたものは生き残った。 生き残った人々は、福島で15年前に経験したのと類似の放射能汚染による長期災害との戦いに臨んできたのだ。 「父と暮せば」、数年ごとにリピート観劇の価値あり。出来れば井上ひさしの血筋に人たちが関わる形の上演で、父と暮せば (新潮文庫 新潮文庫) [ 井上 ひさし ]父と暮せば/井上ひさし【1000円以上送料無料】父と暮せば(新潮文庫)【電子書籍】[ 井上ひさし ]父と暮せば 英文対訳 [ 井上ひさし ]父と暮らせば Blu-ray BOX【Blu-ray】 [ 宮沢りえ ]父と暮せば[DVD] / 邦画the座 31号 父と暮せば(1997)【電子書籍】[ こまつ座 ]the座 28号 父と暮せば(1994)【電子書籍】[ こまつ座 ]
2025.07.18
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2025/6/27 ザ・カブキ(The KABUKI)全2幕 東京バレエ団 主催:(公財)日本舞台芸術振興会、新国立劇場オペラパレス 振付:モーリス・ベジャール、音楽:黛敏郎由良之助:柄本弾、直義:中嶋智哉、塩治判官:樋口祐輝、顔世御前:上野水香、 力弥:山下湧吾、髙師直:鳥海創、伴内:岡崎隼也、 勘平:池本祥真、おかる:沖香葉子、現代の勘平:山に尚、現代のおかる:中沢恵理子、定九郎:岡崎司、薬師寺:後藤健太郎、石堂:宮村啓斗、遊女:三雲友里加、与市兵衛:山田眞央、おかや:伝田陽美、ヴァリエーション1:山下湧吾、ヴァリエーション2:生方隆之介、 図 ザ・カブキ チラシと半券より 黛敏郎とモーリス・ベジャールが連携しながら1986年に作り上げた傑作舞台ということなのでしょうか。オーケストラがない、記録メディアからスピーカーを通して流れてくるフルオ-ケストラの楽曲に併せてバレエダンサーたちが踊る。何じゃ紛い物バレエ上演・インチキや! しかし直ぐに解った。音楽が和楽器合奏曲に変わり、義太夫節が出てきて、笛の音が重なり電子音楽みたいなのも入ってくる。こりゃ全部生は無理、幕の開け閉めを利用した舞台展開と照明、和洋の音楽、義太夫節、工夫された衣装、そのアンサンブルのなかで生身のバレエダンサーが舞う。東京バレエ団を素材として、何と見事なマルティメディヤ芸術。 第一幕70分、第二幕45分、わずか2時間足らずで、仮名手本忠臣蔵の通し狂言が的確なダイジェストで展開された。忠臣蔵の主なエピソードが巧みに鏤められて、定九郎と獣の出や一力茶屋の場など、笑いと涙が鏤められ、四十七士切腹の場はシンミリ。 記録媒体の急速な進歩で、一過性の筈だった舞台芸術がそれなりに保存継承され、深めることが容易になってきた。記録媒体が貧弱な時代のニジンスキーの演技は言い伝えだけになり消えてしまいそうだが、今の人はそれなりにパフォーマンスが残せる。そして演出が残る・演技が残る。 そんな思いのなか、絶讃の拍手を聞きながら会場を後にしたニャンスケ一行であった。繰り返すが記録に残すべき傑作舞台である。バレエ DVD モーリス・ベジャール/東京バレエ団「ザ・カブキ」全2幕 鑑賞【中古】1999年公演パンフレット バレエ忠臣蔵 ザ・カブキ モーリス・ベジャール演出 東京バレエ団 公演パンフレット【中古】 ベジャール/東京バレエ団 ザ・カブキ 高岸直樹/上野水香 [DVD]【中古】(非常に良い)ベジャール/東京バレエ団「ザ・カブキ」 高岸直樹/上野水香 [DVD]【中古】(未使用品)ベジャール/東京バレエ団「ザ・カブキ」 高岸直樹/上野水香 [DVD]【中古-非常に良い】 ベジャール/東京バレエ団 ザ・カブキ 高岸直樹/上野水香 [DVD]
2025.07.06
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2025/5/16 煮えきらない幽霊たち 蘭学事始浮説 創立75周年 劇団民藝公演 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA作:吉永仁郞、演出:丹野郁弓、平賀源内:千葉茂則、 杉田玄白:塩田泰久、 前野良沢:横島亘、中川淳庵:橋本潤、 腑分けの老人:佐々木研、久五郎:花城大恵、 お仙:中地美佐子、お藤:新澤泉、青茶婆:別府康子 図 煮えきらない幽霊たち 上演パンフと半券より また相方が民藝の切符を買ってきた。そしてまた当人は他用が出来て一枚また無駄に。もったいないから宿主一人(ニャンスケがついていること忘れておるので)で出てきた。民藝は見たことない、といいながら、いつの間にか今まで4作見て、今日は5作目だ。全く毛色の違う作品たち。演出家の間口の広さなのか?しかし、これは、と良い意味で心に残ったのは3年前に観た「ルナサに踊る」で、他の3作「どん底1947年」「忘れてもらってもようがす」「オットー」は、何だかみんながんばっているのに何だか外れたような空虚感が残った舞台とニャンスケは感じてしまった。 で、今日の舞台、客の入りがザッと見たところ8割。宿主、気合いが全く入らない風情のまま、幕が開いて・・・ 宿主、途惑っている。ニュアンスケ拝も御同様だ。あれ、これ、こまつ座の舞台?軽いのだ!台詞にユーモアがかなり詰まっている感じで、それが嫌みに聞こえず自然に入ってくる。素直に笑いが出る。今までの民藝芝居は変に重たく笑いが出るべきところで苦笑が出る。今日は何だか違う。民藝らしからぬ!?! オランダ語版の解体新書を和訳したい。オランダ語の辞書片手に、杉田玄白など3人の医者が、解体新書の中身の真偽を探ることから事始めである。死人が出るという情報を得ると、駆けつけて待ち構え、中にはまだ死んだかどうかシカとしない内から解剖準備にかかる。解剖された人たちは死んだという確証を持てず成仏できずにうろうろうろうろ。解体新書オランダ版の内容は間違いないと確証を得た杉田玄白たちは翻訳した大量の文書と図版を出版しようと動き始める。 その仲間から外れていた平賀源内は面白くない。何とか名声を取り戻そうといろんな手を使い、遂にまがい物を食わされたと告発されて獄中に、そして獄中で死んで幽霊に仲間入り。 長生きしたのは杉田玄白だけ、年老いて功成り名を遂げたその玄白も幽霊たちが見守る中で最期に静かに幽霊の仲間に入り目出度しめでたし! 江戸末期の雰囲気がよく解り??楽しめ、源内と玄白の確執もリアルで こりゃ兎に角面白かった。良かった良かった。。。吉永仁郞の脚本が傑作といえそうなのは間違えないんじゃないかな。【中古-非常に良い】 日本の名著 22 杉田玄白・平賀源内・司馬江漢 (中公バックス) 【中古】 平賀源内・本居宣長・杉田玄白 ぎょうせい学参まんが歴史人物なぜなぜ事典16/歴史学習漫画【中古】パンフレット ≪パンフレット(舞台)≫ パンフ)非常の人 何ぞ非常に -奇譚 平賀源内と杉田玄白-
2025.05.29
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2025/4/27 C.グノー作曲 ロメオとジュリエット 藤原歌劇団公演 オペラ全5幕 字幕付フランス語上演 テアトロ・ジーリオ・ショウワ 指揮:園田隆一郎、演出:松本重孝、 ロメオ:山本康寛、ジュリエット:米田七海、 メルキューシオ:市川宥一郎、ティバルト:工藤翔陽、 修道士ローラン:久保田真澄、ステファノ:石田滉、キャビュレット:小野寺光、ジュルトリュード:山本千鶴、 パリス:相沢創、グレゴーリオ:岩見陽大、ヴェローヌ大公オ:東原貞彦、ベンヴォーリオ:勝叉康介、合唱:藤原歌劇団合唱部、管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ、 図 藤原歌劇団 ロメオとジュリエット 上演チラシと半券コピーより 宿主は相方の相伴で、7年ほど前から毛嫌いしていたオペラも見ることに成り、昔イメージしていた変な日本語で舌足らずの表現、才能を阻害する気持ち悪い芸大オペラ、という固定観念が払拭されてきた。原語上演、字幕スーパーが決定的な決め手だった。観劇した大部分は新国立オペラパレスのオペラで、初心者といいながら、いつの間にか観劇回数は20回を越えている。 歌芝居という概念が染みつき始めていた。対極に、オペラの歌唱だけをコンサート形式で行う音楽会もある。 今回の藤原歌劇団の舞台、開演前に作品解説が行われ、その後、楽団、合唱隊が入ってきて開演に。 舞台の構成が演劇性の強い最近観てきたオペラ舞台と全く違っている。ベートーベン交響曲第九・合唱の舞台という感じである。一寸違うのは、第九でソリスト四名の立つ舞台前面の幅が一寸広く、指揮者が、その細長い一寸広めの廊下みたいな舞台前面と舞台後方の楽隊の間に立っていること、であろうか。オペラ俳優の演技はその細長い舞台に置かれた必要最小限の小道具を使って進行する。ベッド一台だけ置かれたり、舞台袖に2階の窓が現れたり、階段が出てきたり・・・ 動きが小さいので、歌い手たちは歌唱に集中しやすいのであろうか、伸び伸びと声が広がる。歌曲の演奏会の感じである。 なかで一寸圧巻と感じたのは、気絶していたジュリエットが覚めかかり、横臥したまま歌い出すところ、仰向けに寝た姿勢で歌声が会場隅々まで広がっていく。そして、グノーのロメオとジュリエットが大きく原作と違うところ、息を吹き返したジュリエットが服毒してしまっているロメオとが、最期の逢瀬の時を過ごす場面に・・・ この場面のおかげで、可哀想な話なのに、何だか清々しさも残ってくる。透き通った米田七海の歌唱が残る。 今回の舞台を観ながら、考えさせられた。 往年の著名な日本人オペラ歌手、今のように原詩で唱い、字幕が付く形式がもし当時もあれば、全く状況が違ったのではないか。あるいは、日本語訳が音符一つに五十音の一つを当てはめる頑なな稚拙さから早く脱却していれば、詞を上手に選ぶ術に長けていれば、何とかなったんだろうに。 最近のミュージカルやディズニー映画の和訳版を観ると、良くなっている。日本人の日本語に対する理解が進んだのだ。和歌の読み上げ、音符を付ければ57577、ザッといえば、5は一音で7は二音、全部で8音符程度に収まるのではないのかな。31音符ではあり得ない。そんな当たり前のことが西洋音楽関係者に行き渡り始めるのに150年かかっているのだ。グノー:《ロミオとジュリエット》 ヴェローナ [2DVD]グノー:ロメオとジュリエット [DVD]グノー:オペラ《ロメオとジュリエット》 [DVD]
2025.04.30
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2025/4/13 ジゼル 新国立劇場バレエ団2024/2025シーズン・バレエ&ダンス新国立劇場オペラパレス, 演出:吉田郁、 ジゼル:池田理沙子、アルブレヒト:奥村康祐、 ヒラリオン:木下嘉人、ミルタ:山本涼杏、 ウィルフリード:小柴富久修、ベルタ:関優奈、 クールランド公爵:中家正博、バルチド:益田裕子、 ペザント バ・ド・ドゥ:東真帆・石山蓮、ペザントたち:2024/2025契約ダンサー・登録ダンサーから交代出演、モイナ:東真帆、ズルマ:飯野萌子、ウィリたち:契約ダンサー・登録ダンサー・ゲスト・アーティストから交代出演、 図1 ジゼル 場内配付資料と半券より ニャンスケには自らのバレエ体験などあり得ないのであるが、バレエは厳しい指導と練習との積み重ねでキチッと踊れるようになると聞いている。「バレエの技量は、与えられた振付を何処まで見事に踊り通せるかで決まる」というよう様なのが古典的固定観念。 2年前、池田理沙子のコッペリアを観て、その固定観念が壊された。バレエの基本動作や豊かな表現を実現するための振付は、演出家や振付師の役割だが、それを自らの表現として昇華させ、演出者や振付師の想像を超えて客席に放つ感性・共感・舞台との一体感を生み出す力は踊り手の個性によるのだ。 今度はジゼルで池田理沙子の踊りに会うことに。パフォーマンスには時とともに育ったり衰えたりの変化とともに様々な事情による日毎時期毎の揺らぎも付きもの、2年前の衝撃的感動が更に深化して具現化するのか、一寸失望に終わるのか、いわば恐る恐る臨んだ舞台鑑賞・・・。 舞台にジゼルが登場した瞬間、恐れは霧散した。少女ジゼル、その素朴で純な雰囲気が真っ直ぐに伝わってくる。愛しさを場内に浸透させるオーラがあるのだ。細やかでしなやかな指先の動きから一寸した首の動かし方まで、振付所作の行間を埋めるような繊細な動きが田舎娘の情感をごく自然にfullに表現されている。 アルブレヒトの求愛に戸惑い恥じらう乙女ジゼルは、台詞のないバレエで表現されていることを思わず忘れさせてしまう。 第一幕終盤、アルブレヒトの心が離れたことを感じたジゼルは狂気を発する。彼方此方走る回る狂乱の舞。(この舞台鑑賞の約1週間前、女優広末涼子が主演映画の撮影で好演技を見せたあと、自らの独立プロの社長やマネージャーとともに車で帰宅途中、東名高速パーキングエリアでいろんな人に話しかけ廻る奇行的行動を見せ、その後自ら運転をして東名高速のトンネル内でノーブレーキのまま、大型トラックに追突。怪我はさほどでなかったが、社外に出てして、ふらふら車の走行する車線に出そうになったり、病院に搬送されたあと、看護婦を蹴飛ばしたり、一寸手が付けられない狂乱状態を発したという報道があった。舞台のジゼルを観ながらこの広末涼子のイメージが重なってしまい、そのイメージがなかなか消せず、第一幕終わりまで、舞台への集中が乱されて一寸大変だった。)池田理沙子の狂気の舞はリアルだった。 のどかな明るい村の広場の情景の中、この第一幕はジゼルの死で閉じる。 第二幕、薄暗い中で妖精たちが踊っている。白いバレエコスチュームで横一列になったり横に5人縦に三列などになったり、いろんなフォーメーションでダンスが続く。これは多分黄泉の世界。踊るのは恋に破れた乙女たちの亡霊か。 妖精たちのダンスが続く中、アルブレヒトがジゼルを連れ戻そうとやってくる。巡り会った二人は踊り始める。アルブレヒトを黄泉に止めようというジゼルとジゼルを現世に連れ帰ろうとするアルブレヒト、駆け引きの命がけの踊りが延々と続く。夜明けが来た。光とともに、妖精たちやジゼルはそれぞれの十字架・墓に戻って行き、アルブレヒトは一人ジゼルの墓の前に佇む。 今回のバレエ、池田理沙子・ジゼルの踊りが終わる毎に大きな拍手。そして終演後は延々と続くかのような止まぬ拍手。 バレエを観た回数はまだ少ないが、観た中では最も舞台と客席の距離感が短く、拍手が大きく、プリマと客席の気持ちの交流・暖かさの交流が際だって、やはり日本に於けるバレエのパラダイムが代わってきているのだ。 ニャンスケ拝、感激の舞台でした。 【中古】 ジゼル 新国立劇場バレエ団オフィシャルDVD BOOKS バレエ名作物語Vol.6/芸術・芸能・エンタメ・アート【中古】DVDバレエ名作物語6ジゼル 新国立劇場バレエ団オフィシャル (バレエ名作物語vol.6)
2025.04.19
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2025/3/12 フロイス-その死、書き残さず- こまつ座 第153回公演 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMYA 企画原案:井上ひさし、作:長田育恵、演出:栗山民也、 フロイス:風間俊介、ザビエル:久保酎吉、川床明日香、采澤靖起、増子倭文江、戸次重幸、 図1 こまつ座 第153回公演 フロイスーその死 書き残さず チラシより 井上ひさしの小説を長田育恵が戯曲化。出来上がった作品、視点は井上ひさし。だが井上ひさしの重要な要素、ユーモア、が希薄。もう一つの重要要素、アイロニーの方もニャンスケの知的レベルからは感知できなかった。信仰問答・教理問答みたいなところが随所にあって、そこでは、その熟れがいまいちで、それ故一寸難解? キリスト教のなかでもカトリックが根幹にあった井上ひさしの視点からの殉教と、プロテスタントがベースの長田育恵の殉教(プロテスタントにはそういう考え方無いのじゃないか)への思いは大部違うのだろう。観音の形をしたマリア像を編み出して殉教しなかった隠れキリシタンの話も織り込まれて、そういう幅がある信仰感を視野に入れながら、26聖人殉教へのフロイスの対応がクライマックスになっていく。 フロイスを演じた風間俊介が成りきった感じの演技、そして準主役的位置づけで、フロイスを慕って行く先々にしたがっていく感じの娘信者を演じた川床明日香が良い味を出して舞台の形を整えた。それは舞台の展開に幅と弾力を持たす清涼剤あるいは舞台をそっと包む花の香りみたいな感じの存在感であった。 この芝居、良いのだけど、もう一息練り直したらもっと膨らみそうな感じがしてしまうのだ!【中古】 完訳フロイス日本史(1) 織田信長篇1 将軍義輝の最期および自由都市堺 中公文庫/ルイス・フロイス(著者),松田毅一(訳者),川崎桃太(訳者)時空旅人 ベストシリーズ ルイス・フロイスが見た明智光秀【電子書籍】[ 三栄 ]完訳フロイス日本史(4(豊臣秀吉篇 1)) 秀吉の天下統一と高山右近の追放 (中公文庫) [ ルイス・フロイス ]完訳 フロイス日本史 大村純忠・有馬晴信篇(合本)【電子書籍】[ ルイス・フロイス ]完訳フロイス日本史(11(大村純忠・有馬晴信篇 3) 黒田官兵衛の改宗と少年使節の帰国 (中公文庫) [ ルイス・フロイス ]完訳フロイス日本史(9(大村純忠・有馬晴信篇 1)) 島原・五島・天草・長崎布教の苦難 (中公文庫) [ ルイス・フロイス ]【中古】 日本二十六聖人殉教記 聖母文庫/ルイス・フロイス(著者),結城了悟(著者)ルイス・フロイスが見た異聞・織田信長 (サンエイ新書) [ 時空旅人編集部 ]完訳フロイス日本史 大友宗麟篇 8 宗麟の死と嫡子吉統の背教 中公文庫 / ルイス・フロイス 【文庫】ルイス・フロイスが見た明智光秀【中古-非常に良い】 フロイスの見た戦国日本
2025.03.23
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原作:ガルシア・ロルカ 血の婚礼 劇団俳小公演 下北沢駅前劇場 翻訳・ドラマターグ:松本永実子、台本・演出:菊池准、舞台美術:岡田志乃、作曲:内海優梨、 母親・黒衣の女:早野ゆかり、花嫁の父:吉野悠我、音楽・演奏:上田亨、 花嫁:小池のぞみ、月・黒衣の女・婚礼客:福島梓、レオナルドの妻:新上貴美、 花婿:左京翔也、死・乞食の老婆・婚礼客:大久保たかひろ、レオナルド:加藤和将、 村の女・黒衣の女:荒井晃恵、女中・黒衣の女:西本さおり、娘1・黒衣の女:吉岡真琴、 若者1:井上覚、娘2・黒衣の女:中嶋鱗、レオナルドの姑・黒衣の女・婚礼客:吉田ひさ子、若者2:柴藤雄太、少女・黒衣の女・婚礼客:南帆、 図 ガルシア・ロルカ 血の婚礼 2025/3/10 公演チラシ、場内配付資料、半券から作製 黄色い砂丘の中に、ぽつんぽつんと棒杭みたいに突き出た枯れ樹木の朽ちかけた幹がつきだしている、サルバート・ダリの描く風景みたいな情景、そこに異形な黒衣の人物が歩み出て、立つ、立つ、立つ、狭い舞台がほぼ一杯になる感じまで、といっても10人足らず、これはリアルなのだ、しかし、どこ、いつ、時空が秩序を失ったような! 母は良き息子が良い娘と知り合ったことを喜んでいる、娘の元彼も好青年で祝福しているみたい。場面変わって披露宴の場、教会で結婚式に出て、参列者は披露宴に集まってくる、花婿もやってきた。でも花嫁が遅れている。 元彼が彼女を浚って行った・・・誰かが慌てて知らせに来る・・・ 周りが止めるのも聞かず花婿は後を追って森の方に・・・ 森の場、探しながら・・・見つからない・・・月が暗い森の場で青白い流れるような衣装の月が音楽に合わせて舞っている あれ、月も唱っているのかな、楽器のメロディーと同じ音程音色で、段々声がハッキリしてきていつの間にか楽器のメロディーが月の歌に引き継がれ、場内を満たす。 いつの間にか披露宴の場に戻って、花嫁が見つかって運ばれてくる、死んではいない、立つことが出来る。服は血で染まって・・ そしてふたりが死んだことを伝える。元彼が現れたとき、なんでついて行ったのか、彼の乗ってきた馬に同乗して、解らない。婿が来たとき、どういうことで二人が死んだのか、・・・ 不条理舞台が見事に、多分ロルカが予想もしない音楽と舞踏と舞台セットとともに最高の演出で実現したということなのではないだろうか。いやはや結構でした。 【中古】 フォルトナー 歌劇 血の婚礼 (ガルシア・ロルカ原作) [DVD] [輸入盤]【未使用】【中古】 フォルトナー 歌劇 血の婚礼 (ガルシア・ロルカ原作) [DVD] [輸入盤]【中古】フォルトナー : 歌劇 「血の婚礼」 (ガルシア・ロルカ原作) (Wolfgang Fortner : Bluthochzait |Blood Wedding / Wuppertaler Buhnen) [DVD【中古-非常に良い】 フォルトナー 歌劇 血の婚礼 (ガルシア・ロルカ原作) [DVD] [輸入盤]【中古】 血の婚礼/森山未來,ソニン,浅見れいな,フェデリコ・ガルシア・ロルカ(原作),渡辺香津美(音楽)【中古】ガルシア・ロルカと三島由紀夫: 二十世紀 二つの伝説【中古】 ガルシア・ロルカと三島由紀夫 二十世紀 二つの伝説ガルシア・ロルカと三島由紀夫 二十世紀二つの伝説
2025.03.22
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2025/3/7 鬱文通 作:永橋 洲劇団「治外法権」第7回公演、下北沢OFF・OFFシアター、舞台監督:酒井優花、 19:30から第二斑、文士:梅崎信一、手紙を書く女子学生:河野春歌、出版社の担当者:土肥正始、 自費出版者の社員:蔵谷日向、妻:椿、 図 劇団「治外法権」鬱文通 公演パンフレットより 目指す舞台は下北沢駅前劇場、開演19:00というのに、宿主相方マイペース、「直ぐそこだから一服してからで充分!」 あと数分というところで動きだし、相方「エッと何処だっけ。見えないよね。」坂を下り始め、宿主「おかしいよ、もっと駅前の筈。」 漸く駅前ビルの目的の階についたときは、19:10。慌てて受付に行くとノンビリ対応。何じゃ?相方が「電話で予約したんですけど、」というと名簿を調べ、「ウーン、取り敢えず空席あるから当日券買って入って。」何だか勝手が違いそうだと思いながらチラシを受け取って入るとガラガラ。「自由席だから好きなところにどうぞ」と案内係。 絶対おかしいとチラシをよく見れば、OFRF・OFF劇場で演目は「鬱文通。」 劇団 治外法権。 全く違う! 開演19:30。多分エレベータ出て逆側に駅前劇場はあったのだ!屹度。 「ま、いいか」と席に着くと、相方はスマホで駅前劇場へのアクセスを試み始めている。客はどんどん増えてくるので、明らかに迷惑行為。「今日はこれを観て、後で考えれば」と宿主が相方に大人の意見!いつの間にかほぼ席が埋まり、開演。 女学生風の娘・幸子は作家の短編小説を楽しみにしている。直裁に心に響くらしい。そしてファンレターを度々書いている。返事は来ないが、作家がどう思っているかを微細に想像して文通物語が出来てきている。 作家の元には出版社の作家担当者が原稿催促に来ている。その彼と執筆論をクッチャベリながら、ペンを走らせ続ける。次々と小品を出しながら、「これは自らの排泄物。何故読まれるのか解らないが、読んでくれる内は書き続ける」と。 いつも段ボール箱一杯のファンレターが出版社から届けられるが、読んだことなし。作家の妻は来訪者に茶菓子を出し、黒子に徹している。 然るに、とある執筆の合間、作家はフとファンレターに何が書いてあるのか気になって開封。そこには作家への思いが連綿と書いてあり、「これは返事を出さねば!これを機に書きたいことを満載したジックリ長編も試みるか。」 幸子とのリアルな文通が始まる。ところが、出版社の担当者は作家が仕上げた次の原稿を見て絶句、怒る。「なんですかこれは、凡庸、今までの彩希無し。」 自費出版を専らとして売れない作家達から金銭を巻き上げている自費出版者が現れ、自費で好きなことを書けば? 長編を自費出版で出す方向に切り替え、ジックリ書き始めた作家。 その中で幸子への思慕が高鳴ってきた作家は、幸子に会いたいと手紙。漸く幸子から会えると返事が来て対面が実現することになり、いそいそと作家。然るに、幸子は「貴方の文章最近つまらない。恵まれて駄目になった。幻滅です・さよならです!」 幸子が去り、内助の功絶大な妻も「私が離縁されることで貴方は元の生気を取り戻す。」と篤い理解故の離婚。 着の身着のまま全てを失った作家は必死に、しかし捨て鉢に、筆を奮い出し始める。作家から追い出されていた件の担当編集者、傷心作家の今は如何にと久しぶりに現れ、書き散らしを観て、叫ぶ。凄い、これです、先生、やりました、書いて書いて書きまくって下さい! ストーリーは我がニャンスケ輩が書けるような当たり前の話。でも、何かメチャクチャ心に残る。幸子を演じた女優(河野晴歌?)、作家役(梅崎信一?)をはじめ、全員が役にぴったりはまり、皆が固唾を飲んで舞台に集中。 亡くなった三代目志ん朝の噺は何度聞いても抱腹絶倒でき、6代目圓生の人情話は何度聞いてもほろりとさせられる。 そんなことを思い出させる、絶品好演。ありふれたお話をインパクトの強い戯曲にまとめた主宰者・永橋洲は鬼才ですよね!とても心地よい良い経験が出来ました。感謝!
2025.03.16
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2025/3/1 ベルナルダ・アルバの家 劇団俳優座演劇研究所35期1年次修了公演 俳優座スタジオ作:フェデリコ・ガルシア・ロルカ、翻訳:牛島信明、演出:扇田拓也、 ベルナルダ(当主):小島希来瑠、アングスティアス(長女)・乞食女・村の女たち:小林明葉、マグダレーナ(次女)・村の女たち:佐原美那、アメリア(三女)・マリーァ-ホセファ・プルデンシア・村の女たち:山田真衣、マルティリオ(四女)・村の女たち:竹田彩希、アデーラ(末っ子)・村の女たち:森夏子、ボンシア:広江琉化、女中:中村彩夏、 図 ベルナルダ・アルバの家 チラシと場内配付資料から構成 宿主の相方が、珍しく本職意識全回転で、是非観たかった作品、ベルナルダ・アルバの家。宿主の相方が執着の舞台。 カルメンのカーテンコールを早々に抜け出して 初台から六本木に。珍しく相方自ら最短経路を探してきた。大江戸線は2回目だが結構利便性のある路線なのだ。受付に行くと、後2名だから予定通り始められそうです、と担当者同士の話が聞こえてくる。約90名、全部自由席でほぼ満席、チケットレス。 チラシにあったとおり、女性のみの公演。たまたまこ歳の1年次研修生が皆女性だったから選ばれた演目でもあったのだ。登場人物は11名+村の人々5名、一方、出演する修了生は8名。主役ベルナルダと舞台展開を司っている感じの召使いボンシアと女中の3役以外は、皆一人二役や三役をやって舞台を作る。 その舞台はベルナルダの家の居間である。舞台はベルナルダの二番目の夫が死んでその葬儀が教会で行われている最中、家人が全て教会にいている間に、掃除と葬儀後の弔問客来訪に備える準備にいそしみながら、ベルナルダとその子供達を語るポンシアと女中のお喋りから始まる。完全主義者で完璧な妻、そして娘を修道女のように厳しく育む鉄拳総統形母。家内は完璧に整頓され全てはチリ一つなく完全に磨き上げられている。 5人の娘を率いたベルナルデが帰ってきて、なるほど高圧的に厳しい。そして弔問客が一段落し、娘達に一方的な服喪宣言。8年間、家を出るな。男禁止。娘達は押さえきれない。一寸良い男が通れば何とか逢瀬に漕ぎ着けようとあの手この手。薹が立ち始めた長女次女とこれから青春、二十歳の末娘では動きも思いも必然的に変わる。 長女に婚約の噺が出たとき、その男ぺぺは姉妹の関心の的になる。ぺぺとの合瀬を母から姉達からギシギシ責め立てられる。猟銃を持ってぺぺを追った母から、ぺぺは私が殺してきたと嘘情報を伝えられた娘達。 一人別室に引きこもった末娘。 暫くして、心配になって様子を見に行った姉。変だ!妹が動かないみたい?自死した?ぺぺの死を信じて追ったのだ。 鉄拳の母は悲しみの中で言い放った。娘は男を知らぬ清らかな体のまま、神の御許に召された。本家前代未聞の悲劇である。皆で静かに送りましょう。 全体主義・独裁制を揶揄している芝居のように感じられるが、何と押さえた表現か! 然るに、この作品はファッショ勢力が敗北した1945年まで上演されることはなかった。そしてこの作品を書いた数ヶ月後の1936年8月、レジスタンス系の友人とともにいたロルカは、フランコ一味ちによって殺された。 【中古】 ベルナルダ・アルバの家 / F.ガルシア ロルカ, 山田 肇 / 未来社 [単行本]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】【中古】 ベルナルダ・アルバの家 / F.ガルシア ロルカ, 山田 肇 / 未来社 [単行本]【ネコポス発送】【中古】 ベルナルダ・アルバの家 / F.ガルシア ロルカ, 山田 肇 / 未来社 [単行本]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】【中古】パンフレット ≪パンフレット(舞台)≫ パンフ)ベルナルダ・アルバの家
2025.03.15
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2025/3/1 ジョルジュ・ビゼー カルメン 2024/2025シーズンオペラ フランス語上演 英語・日本語字幕、 新国立劇場 オペラパレス 原作:ブロスペル・メリメ、台本:アンリ・メイヤック、作曲:ジョルジュ・ビゼー、指揮:ガエタノ・デスピノーサ、演出:アレックス・オリエ、演出助手:アンナ・ボンセ/澤田康子/上原真希、美術:アルフォンス・フローレス、 カルメン:サマンサ・ハンキー、ドン・ホセ:アタラ・アヤン、 エスカミーリョ:ルーカス・ゴリンスキー、ミカエラ:伊藤 晴、スニガ:田中大揮、モラレス:森口賢二、デンカイロ:成田博之、レメンダード:糸賀修平、 フラスキータ:冨平安希子、メルセデス:十合翔子、 合唱:新国立劇場合唱団、児童合唱:TOKYO FM少年合唱団、管弦楽:東京交響楽団、芸術監督:大和和士 図 カルメン公演 チラシと半券より 開演時間になって、ジャンジャカジャカジャカジャンジャカジャカジャカジャンドコドコドデテーンテーンテン(音符も符号も無しの口三味線は無理だがどうしようもなく繰り返してしまうのだ)と超有名なガルメン前奏曲が始まり、意識はフワーッと宿主高校2年生の体育祭にワープ・・・・・・・各学年8クラスが虹の7色に白を加えた8色の対抗で競う。そして最大の出し物は各組10分、全体で1時間20分を費やして行う仮装演技。宿主がいた紫組の考えた演題は十字軍とサラセンの戦い。カルメン序曲はサラセンと十字軍の戦いの舞踏の音楽だった。3年の紫組の誰かが考えたのだろう。今思い出してもあれは凄かった。あの仮装演技は優勝したのだよな・・・途中で緞帳が開き繻子の幕の手前・舞台前面を人々が三三五五歩いている。出演するオペラ歌手は10人だからこの群衆は合唱隊がやっているのだな。繻子の幕が開き大舞台がハッキリ見えてくる。酒場?いくつものテ-ブルに大勢いる。そして皆が唱っている。合唱隊が賑わう街や酒場の情景を作る。(こんな情景、観たことあるような、もしかして秋本松代作 蜷川幸雄演出のあの元禄港歌の冒頭、こんな感じじゃかなかったかな。忘れていた懐かしい舞台が一寸蘇る、そして眼前のカルメンの舞台と重なる。) 赤いドレスを纏ったカルメン登場、舞台中程・酒場のテーブルの間に立っているマイクに無かって最初のアリアが始まる。舞台の前面ではなく一寸奥なので、カルメンの左右にいるチェロ弾きやバイオリン弾きと共に唱っている様子が視線に入ってくる。然るに舞台の背後の幕に、その唱っているカルメンが、テレビでアイドル歌手を大写しするような案配で、大写し。 ・・・ここまでの展開でもう充分・・・最期となったオペラ「カルメン」が失敗とされ、失意の内に早世してしまったビゼーに、「カルメン」が今盛んに演じられていること、そして今回の演出、見せたかった、そして意見を聞きたかった! 自分の感性に素直に従う、ある意味でメチャクチャに純朴なカルメンに振り回されてしまうのが、従順さと生真面目さを併せ持った純朴系のドン・ホセ。 ホセの行く末を心配して故郷の母の言葉を伝えに来るのが、良識ある清楚な道鏡の娘、ミカエラ。音楽は、正確な音程やリズムや強弱だけでは表現できない個性、感情、ニュアンスが味を作っている。ドン・ホセを巡る二人の女、カルメンとミカエラ、ミカエラが出ている時間は主役カルメンに比べてとても短いのだが、ミカエラの透明な歌声による詞がカルメンの奔放な演技と比肩するカウンターパートとなって、同時にこのオペラの心の核になる。 カルメンを演じたサマンサ・ハンキーとミカエラを演じた伊藤晴。ニャンスケはブラボーと叫び続ける。 初めて観た「カルメン」だが、これは世紀の好舞台・ずっと印象に残りそう! 宿主の相方が、えらく張り切ってしまったのか、何か間違えたのか、あと1時間足らずで次の予約芝居が始まるというので、カーテンコール委が始まったことを見極めて、ニャンスケ一行、早々に周りの人に謝りながら、この素晴らしい印象的な舞台会場を早々に後にした。 カルメン/ビゼー/安藤元雄【1000円以上送料無料】魅惑のオペラ 03 ビゼー:カルメンDVD+解説BOOK魅惑のオペラ 03 ビゼー:カルメン [ 小学館 ]Bizet ビゼー / 『カルメン』全曲 ゼッフィレッリ演出、カルロス・クライバー&ウィーン国立歌劇場、オブラスツォワ、プラシド・ドミンゴ、他(1978 ステレオ)(日本語字幕付) 【BLU-RAY DISC】魅惑のオペラ 03 ビゼー:カルメン [ 小学館 ]楽譜 EH-018 二人でカルメンを〜2本のフルートとナレーションによるオペラ「カルメン」カルメン/ビゼー/安藤元雄【1000円以上送料無料】
2025.03.14
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2025/2/23 フィガロの結婚 全4幕(イタリア語上演/日本語字幕付) 2025年春公演 令和6年度オペラストゥディオ(オペラ研修所) 新国立劇場 中劇場 作曲:ヴォルフガング・アメディウス・モーツァルト、台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ、指揮:佐藤正浩、演出・演技指導:デイヴィット・エドワーズ、 アルマヴィーヴァ伯爵:中尾奎五(26期)、伯爵夫人:吉田珠代(6期)、フィガロ:小野田佳祐(27期)、スザンナ:冨永春菜(25期)、 ケルビーノ:大城みなみ(24期)、マルチェッリーナ:小林紗季子(9期)、バルトロ:松平哲平(16期)、バジリオ:矢沢遼(27期)、 ドン・クルツィオ:永尾渓一郎(25期)、アントーニオ:的場正剛(二期会)、バルバリーナ:渡邊美沙季(26期)、二人の花娘:有吉琴美(27期)・島袋萌香(27期)、管弦楽:ザ・オペラ・バンド、フォルテピアノ:星 和代、合唱:上野紗和、塙梨華、角木タミエ、大宮みゆら、端本雅、江波戸惇加、管家璃音、長嶋穂乃香、李秉澤、平本眞也、藤原元大、野村拓海、豊田?眞、横山颯、上田駆、南山拓海、 図 250223観劇 フィガロの結婚 当日配付資料 半券より ロッシーニのセビリアの理髪師で伯爵の召使いを勤め、狂言回し的役割をしていたフィガロが、今度は結婚することに。フィアンセは同じ召使い仲間で美貌の聡明なスザンナ。ところが、スケベな主人・伯爵は結婚式を挙げる前に、昔からの風習に従って、花嫁を主人と交わらせろと要求。小姓がスザンナに化けたり、最後には伯爵夫人がスザンナに化けたりなど、様々な入れ替わりで伯爵を翻弄し、めでたく純潔のままでフィガロとスザンナの婚姻成立。 ニャンスケにとって「フィガロの結婚」は初見なのだが、序曲を始め耳馴染みのメロディが次々と出てきて、モーツァルトの音楽あるいはオペラ「フィガロの結婚」が日本社会に如何に浸透していたか思い知らされた。 今回の上演は新国立劇場で行っているオペラ研修制度の修了成果発表会で、25期から27期の研修生が中心。研修を終え世界で活躍している人たちも賛助出演している。日本で育っているオペラ歌手・舞台人の力は年ごとに強力になり、今や世界の中心で活躍する人が輩出。日本人にベルカントは無理などと言っていた頃が懐かしく思い出される感じ。 ただ、気になったのは、まだ層の薄さ・・・・どういう意味かというと、たとえば伯爵夫人とスザンナの演者の声質が極めて近いため、どちらが歌っているのか解らなくなる。伯爵とフィガロも声音が近いのだよな! もう少し人材豊富になれば、音域や技量だけでなく声質の違いを考えて演者をそろえ、それによって舞台の膨らみと鮮明さが増すのではなかろうか? それと、これは男性陣、背の高さでそれなりに役割分担が出来てしまうのであるが、それが出来るほど人がいない。もちろん、大男の役を短躯の歌手があえて演技し、お姫様の役を大女がやる、という様な大胆な演出も良いのだが、今回の配役はそういう感じではないように、つまりオーソドックスな発想で作られている様には感じられるので・・・。 公演スケジュールを見ると、ニャンスケ一行が観たカンパニーは今回一日だけの公演のようである。 全ての歌唱・演技にたった一度の本番、という張り詰め力を出し切る迫力があり、熱がこもった素晴らしい公演となった陽に感じられる。 合唱隊の皆さんも一人一人の表情が生き生きと舞台上に輝いているのも強烈に印象的。モーツァルト:歌劇≪フィガロの結婚≫ [ カール・ベーム ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ]【中古】 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」英国ロイヤル・オペラ2006/アーウィン・シュロット,ミア・パーション,アントニオ・パッパーノ(cond),ジェラルド・フィンリー,ドロテア・レシュマン,リナート・シャハム,ロイヤル・オペラハウス管モーツァルト:フィガロの結婚 [2DVD]モーツァルト:《フィガロの結婚》[2DVD]
2025.02.24
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2025/2/13 『教育』劇団俳優座 LABO公演 Vol.41、俳優座スタジオ、作/田中千禾夫、演出/中村圭吾、瑠王(ルオウ(父)):加藤佳男、絵礼奴(エレーヌ(母)):瑞木和加子、 禰莉(ネリー(娘)):椎名慧都、翡江流(ピエール(医師)):野々山貴之、女中:稀乃 図 『教育』上演パンフ、場内配付資料、半券より 「教育」が書かれたのが1954年、そして書いたのは1933年慶応を出て在学中から演劇人として頭角を現していた田中千禾夫。昭和に入って、特に1930年過ぎから1945年8月15日終戦に至るまでの間苛烈になった皇国・軍国教育という名の洗脳教育。一応無事に生き延びられたのは、あっさり洗脳されて大日本帝国万歳を叫んだ人たちと、洗脳にのらずこれはやばいと感じながら注意深く面従腹背を決め込んでいた人たちである。 然るに宿主の身の回りを観ると、その皇国史観の嵐の中でも、反戦学生を匿った教員、「この戦争負けるから軍事産業での仕事は出来るだけゆっくり進めろ」と軍需産業の真ん中で公言していた技術者、「ヒットラーに気をつけろ」という様な文書を公に報告した軍人などなど、止むに止まれぬ鋭い感性を発現せざるを得なく、しかしそのまま終戦に至ることが出来たものも少なくないのだ、が。 太平洋戦争での敗戦に至る軍国大日本帝国で行われた思想統制は、後に中国で行われた文化大革命の雛形の様なものであった。幼少期からの徹底した天皇を神とする皇国思想と人民は須く天皇の従僕つまり臣民であるという教育、日本人がアジアさらには世界で最も優れているという選民思想。そして滅私奉公の道徳観。そして既存宗教は神道の傘下に組織化さえるという発想。これらの皇国臣民教育で育てられた子供達は、その洗脳のされ方には個々に程度の差はあれど、酷い虐めに遭わないためにもほぼ皆従わざるをえない状況だった。 1945年、それまで葷部の強健に従わざるを得なかった昭和天皇が、少数の人たちと、軍部の中枢に気づかれぬ様に玉音放送の音盤を作成して、それをNHKに届けることに成功した。 敗戦の詔勅。 かなりの日本人にとって、それは自らを律していた厳しい価値観が一挙に崩壊した瞬間であった。 私たちの受けた教育は何だったのか。 与えられていたあの価値観とそれに基づく人生設計は?天皇のためと言って戦地に送り出し、紙切れ一枚が入った骨壺が送り出した息子の存在の記録として返されてきた、あれは幻影だというのか? 「教育」で洗脳されて皇国のために失われた取り返し不能な無数の命と、生まれた不幸の数々は永久に償えない。皇国のためにと強く焼き付ける様に与えられていた目標目的だけは蜃気楼として霧散していった。廃墟と死骸の山の中で着るも食べ物もない、これからどうすれば良いのだ。 生きる目的を下さい。目標を下さい。 太平洋戦争での敗戦で生じたこの状況をもたらしたのは、愚かな軍事政権を許しその暴挙盲動をこれまた盲目的に従う状況を作った「教育」だったのではないか。 田中千禾夫は、「教育」を利用した人間尊厳破壊を告発する。仕事熱心で偶にしか帰らない父親とそれを確りと守っている母の元でぬくぬくと育ち、人のためならんと看護婦として働いている娘が、父親から「おまえは本当の私の娘ではない。結婚前に母親が付き合っていた男の子だ」と聞かされ青天の霹靂。母親に問いただすと、「前の男とは綺麗な関係で、貴方は間違いなく父親との子だ」と! そんな話を上司たる医師に話すと、今風に言えばパワハラで搦め手のセクハラ的アプローチが始まってしまう風情。真実はそれぞれの思いと思惑でねじ曲げられ、何が何だか解らなくなる。出生の真実を知りたいはずだったのに、娘の思わず発した叫びはその場には一寸そぐわない「目的が欲しい」だったか「目標が欲しい」だったか? 出生の話をたとえ話として、そこに「教育」を告発する状況と重ねて、戦前教育を告発しながら現状教育の模索状況を告発している、と考えれば納得・納得。 芥川龍之介の「藪の中」を映画化した「羅生門」が世界の注目を浴びたのは1951年、そこで用いられた、肝心な事象である強制性交事件を様々な関係者目撃者がバラバラな発言をし、真実にたどり着けない様の説得ある表現。羅生門スタイル。それを全く装いを変えて借用することを、演劇「教育」で試みている。 田中千禾夫は、このシナリオの完成とほぼ同時期にカトリック信者として受洗した。 神が目標をお与え下さった? ニャンスケの想念はとどまることを知らず!マリアの首 ー幻に長崎を想う曲ー【電子書籍】[ 田中千禾夫 ]【中古】 旅は道連れ / 田中千禾夫, 田中澄江 / 朝日新聞出版 [単行本]【メール便送料無料】【中古】 マリアの首 ー幻に長崎を想う曲ー 田中千禾夫 / 田中千禾夫 / 一般社団法人 日本劇作家協会 [ペーパーバック]【宅配便出荷】日本現代文学全集 103 田中千禾夫 福田恒存 木下順二 阿部公房【中古】
2025.02.18
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2025/2/1 さまよえるオランダ人(Der fliegender Hollander)、2024/2025シーズンオペラ ドイツ語上演 英語・日本語字幕、新国立劇場オペラパレス、 作曲・台本:Richard Wagner、指揮:Marc Albrecht、演出:Matthias von Stegmann、 Daland: 松位浩、Senta: Elisabert Strid、Erik: Jonathan Stoughton、 Mary: 金子美香、 舵手: 伊藤達人、 オランダ人:河野鉄平(予定されていたEvgeny Nikitinが喉を痛めて休演のため代役)、 図 さまよえるオランダ人 上演チラシと半券より オペラ「さまよえるオランダ人」の過去の様々な上演の資料を見ると、大多数の公演では配役リストのトップをオランダ人船乗り、つまり、さまよえるオランダ人、になっている。何故今回の新国立の「さまよえるオランダ人」では配役表のトップがノルウェーの船長ダーラントなのか、悲劇のヒロインになるダーラントの娘ゼンダが二枚目なのはごく自然で、ゼンダをトップに掲げている解説も見かける。ゼンダを追って結局海に消える悲劇のオランダ人が今回の配役表では一番下なのは何故だ。 開演時間、幽霊船の物語の舞台化にしてはメチャクチャに大げさなガッチリした序曲が始まり、ワグナーだなあとシミジミ感じ入る内にそれが終わって幕が開いて場面はノルウェーの大型漁船の甲板。出演オペラ歌手は6人だったはずなのに、大勢の船乗りが合唱しながらステップしている。合唱は作曲家の考えたこと、それが舞台上での整列群舞・群衆としたのは演出でしょう。合唱隊が、群衆に扮して舞台一杯に広がって歌うことで、舞台は格段に厚みを増している。新国立の合唱団は重要な舞台演者の一角だ。 呪いに罹り彷徨するオランダ船の船長、今回はロシア出身のNikitinが新国立オペラ再演で登場する予定であったが、喉の調子が悪くなり、急遽understudyとして控えていた、いわゆる帰国子女でClevelandで育ち当地で音楽大学を出た河野鉄平が舞台に。新国立としては前回に続きまたもやunderstudyからの再演になる。ダーラントは2007年以来の新国立再演になる、ドイツ・ザールランド洲で無期限契約のある松位浩が演じている。 幽霊船のオランダ人から事情を聞き出し、既に結婚相手を決めている娘ゼンダを娶す約束をしてしまうことから悲劇が始まる。最後は、海に消えた二人を浄化させる様なプロテスタント的な賛歌で、さわやかな雰囲気で劇場を満たして終幕になる。最後の主役は女声合唱による村人と男声合唱による漁師達で、合唱隊が席巻していた。 オペラを毛嫌いしていた宿主は全く知らなかったのだが、オペラが原語上演・現地語字幕スーパーの形で上演される様になったのは、日本でも欧米でも1980年代で、それから次第に上演形式の定番になって来た様なのである。 宿主がオペラをずっと避けていたのは二つの理由による。 先ず、宿主は歌を歌えないこと:変声期に無理に歌わされたのが原因だと当人は信じているが、いずれにせよ変声期後、真ん中からオクターブ上のドが出なくなった。無理に出そうとしても外れる。音を気にするとテンポから外れる。歌止めた。聞くのも嫌じゃ! 次の理由は日本のオペラ事情だった。厳しい練習を積んで、東京芸大に入り、優秀な成績で歌劇団に入りオペラのステージに、然るに歌う歌詞は何とも子供っぽい舌足らずの日本語、しかもベルカント発声に重点を置いているため意味判らん。何でオペラの翻訳歌詞が駄目なのか? 理由は、何度も言っているが、音符一つに五十音の一つを割り付けるという、明治の始めに西洋音楽を受容するときに決めてしまった、そして未だに広く踏襲されている習慣なのだ。一音一単語が西欧五線紙に書き込まれる歌詞の形の筈。 それを一音にしてしまったから歌は間延びし、伝えるべき内容は半減と言うよりは4割方になってしまう。翻訳オペラは聞こえてくると寒気と空しさ寂寥感に満たされ本当に宿主は辛そうだった。歌手達も辛かったろう。 80年代に原語上演が始まっていたことを知っていれば、宿主はそれほど酷く毛嫌いせずオペラにも触れていたかも知れない。その辺りから世界の舞台を目指す日本出身のオペラ歌手が目立ち始めてきたのではなかろうか。 新国立オペラパレスは、日本のオペラ界を何とかしようという強い情熱に支えられて、漸く動き始めたものだった。和製オペラをもり立てる。既に国際的だった黛俊郎を中心に据える。そして、欧米系オペラは主要キャストを海外から招き原語上演で行こう。1997年のこけら落とし以来、2000年代当初辺りまでは翻訳詞による日本語上演も可成りあった様である。 歌手の技量よりも遅れていた周辺環境が次第に国際水準になってきて、原語上演、英語日本語字幕が定番化して、今に至った様である。 明治以来、西欧文化に追いつけ、西欧化だ!と血眼になる日本スタイルは、ほぼ150年を経た新国立オペラパレスの立ち上げにも確りと残って板と思わざるを得ない。西欧一流どころのお手本を持ってくるから、同じ舞台に立って勉強しなさい!お客さんもどういうのが良いのか勉強しなさい!というやり方。 然るに、言うまでもなく、鮮烈な若い力は上から目線の思惑に頓着しない。手本は、上から目線の為政者が認知できなかった、飛び抜けている故に打たれ続けた出る杭達であった。その出る杭達も人によっては歳とともに上から目線に脱したりして。そうならなかった様に思えるのは、小澤征爾、中村紘子、黛俊郎、団伊玖磨、堤弘明・・・! 閑話休題・話を舞台に戻そう。満場、カーテンコールが繰り返され、オランダ人河野鉄平への拍手は最高。日本人にベルカントは無理などと言う話は世迷い言だったのだ。世界で最高の名手を求めると、それは日本出身の彼だったり、この間出てきた後輩だったり、そんな状態になりつつありそうな、そんな感触が心地よい。 ワーグナー:歌劇≪さまよえるオランダ人≫ [ ウォルデマール・ネルソン バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団 ]ワーグナー:歌劇《さまよえるオランダ人》(初稿版)[Blu-ray]DVD / ウォルデマール・ネルソン バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団 / ワーグナー:歌劇(さまよえるオランダ人) (限定盤) / UCBG-9287ワーグナー:歌劇《さまよえるオランダ人》
2025.02.09
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2025/1/25 吉田兄弟[津軽三味線]xレ・フレール[ピアノ連弾]スペシャルコラボコンサート 宝くじ文化公演 船橋市民文化ホール 吉田兄弟:吉田良一郎・吉田健一、レ・フレール:斎藤守也・斎藤圭土、 曲目1.BUSHIDO、 2.Stand Up、 3.思い出の風、4.いぶき、5.Harukeshi、 6. SAMURAI Funky、 7. ブギ・ウギ即興演奏、(休憩)8.転々、 9.冬の桜、10. Parallel World, 11. Joker、 12. Timeless~きせき~、アンコール: 曲名確認できず この日開示したレ・フレールのテクニック・奏法を全て含み両グループの全てが包含された様な、そしてどこか葉加瀬太郎の曲を思い浮かべる様な曲想。本日最高最長の力のこもった演奏。演奏は15分の休憩を含めピタリ2時間。 図 吉田兄弟 & レ・フレール スペシャルコラボコンサート パンフと半券より 吉田兄弟の名はニャンスケにとってお馴染みである。宿主は生演奏に接したことがあると思って、過去の記録を辿っていたが、記録に残ってない。しからば生演奏を見るのは初めてなのか?レ・フレールは名前も初耳である。プロのピアノ連弾なんてそもそも聞いたことがない。 ニャンスケの朧気な記憶によれば、あれは宿主が小学5年生辺りだった頃、ピアノ発表会なるものがあり、見上げる様な中学の2年ぐらいの、子供中心のピアノの会では長老的存在だった兄貴分と、宿主は連弾をやることになった。長方形のピアノ椅子ではなく、丸形ピアノ椅子を2台並べていた様に記憶。座高が違うから一つの椅子では高さが合わなかったに違いない。初心者達がよくやる東ヨーロッパの円舞曲。兄貴分に敬意を払い、これは指導者の命令だったに違いないのだがいのだが、宿主は低音側を担当。単調だから仕事は楽みたいで、スチャスチャスチャーチャスチャスチャスチャーチャでほぼ全編が流れる内、ターンタータターティティティー・トーテテテーティティティティトゥーティティティーというメロディーラインが時々低音部に堕ちてきて、ドジャーーンドンデンガーンダカデカダガダ。。。それ直ぐに高温に引き継がれてピャラララピャララ、ピコピコカンキンコンと続く。宿主の方はシラッとスチャスチャスチャチャの繰り返しに戻っている。。。。時々高温側の左手運指が低温側の右手運指より下に来て、手が交差する。少年二人とか親子なら微笑ましいかも知れないが、大の大人が鍵盤の前で密着して組んずほぐれつで絡み合いながらのピアノ演奏は何だか気色悪いじゃないか!連弾とは言え、2台のピアノでやるんだろうな!幕が上がった。アレッ、下手にピアノは一台。そしてピアノの前には直方形ピアノ椅子が一台。マジ古典的連弾だ。ウーム! 中央から上手に掛けてがっちりした椅子は2脚。これは吉田兄弟用だよね。 開演時間になると4人の男達がスタスタスタと縦一列に上手から登場。残像イメージでは、白系スーツがレ・フレールの二人、黒系和装が吉田兄弟、吉田兄弟は長い竿をそれぞれに縦持ちで登場。ピタッと座ったところで、あれ、レ・フレールは背中合わせだ。一人が鍵盤に正対し、もう一人は背後の空間に目を据えて座す。サッと演奏が始まる。ピアノ。深く響く力強いが暖かい音だ。太三味線ならぬ太ピアノ。この音は素晴らしい。後ろ向きの奴は何するんだ、注視してまもなく、吃驚する様な身のこなしで背骨を立てて尻を軸にピアノ椅子上をくるりと回転し、ピアノ椅子の角にちょこんと掛けた様な形になってピアノの高音部の方にほぼ正対、そして、同じ迫力の音が倍の広がり・視野と壮烈な多重音・多重リズムの渦になって押し寄せてくる。二人の個々に見ている世界・情景がそれぞれに生き生きと主張しながらシンクロしている。だから、聴衆は経験したことがない多次元世界に囲まれ圧倒される。 オーケストラは一本の指揮棒で一つにまとめられ、提示される世界は指揮者のイメージである。 レ・フレールでは二人の指揮者がシンクロさせながらそれぞれの世界を描いているのである。 三味線の世界はニャンスケが余り世界だったので、吉田兄弟の凄さなるものをこれまで知る機会はなかった。だが、レ・フレールの音に吉田兄弟の音が重なったとき、何が凄かったか、教えられた様な気がした。吉田兄弟とレ・フレール、四つの個性のハ-モニイ。 4人とも演奏家であるとともに作曲家なのだ。4人の作曲家による即興演奏という要素がこの4人の演奏には常に付随しているのだ。もちろん吉田兄弟だけの時は二人の即興演奏という要素が加わるわけで、普通の三味線2重奏とは訳が違うことになる。 三味線とピアノ、双方弦楽器だから相性が良いのだ。響きが見事に重なり心地よい。レ・フレール、演奏途中で一人は弦を押さえて音色を代えていた。ピアノ線は強いので、フォルテッシモで震えている弦に指を触れたら、スパッと切れちゃうかも!前半と後半の間のMCで説明がありフェルトで押さえているとのこと。見よう見まねで子供がやるとやばそう! 音楽に精通し楽器を掌中にしている達人の協奏芸術。 これは記憶に残る。快哉!
2025.02.02
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4ヶ月ぶりの観劇である。何と宿主の相方が、本業(と当人は称しているが、ニャンスケが見ても滅茶熱中しているがカネのえらく掛かる詩歌趣味)でカリカリ寝食を忘れた感じで数週間熱中した結果、掴まり歩きしか出来なくなり食も喉を通らず日時もハッキリせず記憶もバラバラ、要するに心身ともに錯乱状態、腎機能も透析レベルに低下し危機的状態に。かかりつけ医と地域のセンター的病院の世話になり、幸いにしてほぼ3週間後には全てがほぼ9割方常態に戻った。一旦ゼロになった活動幅を徐々に広げ、漸く芝居まで戻ってきた。 2024/10/20 芭蕉通夜舟 こまつ座151回公演 井上ひさし生誕90年 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA、井上ひさし作 鵜山仁演出 (井上ひさし全芝居その三 新潮社版より) 松尾芭蕉:内野聖陽、狂言廻し・効果:小石川桃子・松浦慎太郎・村上佳・櫻井優凜、 図1.芭蕉通夜舟 チラシと半券より で、本日は芭蕉通夜舟、内野聖陽の一人芝居。宿主は事前に本を読んでいない。いきなり芝居を見ての見ながらの感想。これは井上ひさし晩年の作か?芭蕉の生き様に心底寄り添って、自らの人生に重ねている感じ! 子供時代から芭蕉は俳諧師:発句俳諧の名手として、諧謔で名をはせる。次第に俳諧の発句部分575のみの世界に邁進し、愉快の俳諧世界から叙情叙景のわびさび世界に接近し始めて、独居一人旅の世界に展開していく。勿論諧謔の精神をずっと携えたまま! この道筋が井上ひさしの人生と重なる。早くから親元を離れ、ひょっこりひょうたん島など放送作家の道に入る。そして戯作者としての世界を広げ、人生を語る作家の面が次第に強くなっていく。ユーモア作家の面目は堅持しつつ! 二つの人生が重なって、・・・しかしこれは芭蕉通夜舟、この作品、晩年に書いた本なの? カーテンコール3回、満席絶讃。 帰りの地下鉄の中、宿主は早速スマホで初演を調べ作品リストにも当たる。初演1983年、この年やその前後、何と井上ひさしが今に残る名戯曲や名小説を量産していた時期なのだ。何で晩年の様な感触・思いの作品が出来たのか? 年譜を辿って直ぐ行き着いたのは、1985年、井上ひさし51才の時の自殺未遂であった。未遂といっても甘えで自殺の振りをした類いの自殺ではなく、可成り周到な本気な物であった様である。そして、賢明な周囲がいち早く異常を察知して対応し、首をつったものの大きな傷になる前に保護され、自殺としては未遂。そして、年譜上にはほぼ穴が空いていない。 ということは、芭蕉通夜舟は51才で没した松尾芭蕉を偲びつつ、井上ひさしの、自らに贈る言葉だったのではないだろうか。芭蕉の生涯に重ねて、井上ひさしが自らを語り評している。 the座 73号 芭蕉通夜舟(2012)【電子書籍】[ こまつ座 ]
2024.10.24
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2024/6/19 野村萬斎 狂言の夕べ 船橋公演 狂言三題 船橋市民文化ホール 解説:高野和憲、 演目と役者 1:口真似、太郎冠者:岡聡史、主:福田成生、何某:飯田豪、後見:高野和憲、 2:文山賊、山賊:内藤連・中村修一、後見:深田博治、 3:千切木、太郎:野村萬斎、当屋:野村太一郎、太郎冠者:月崎春夫、 立衆:岡聡史・飯田豪・福田博治・高野和憲、妻:野村裕基、後見:中村修一、 図1.野村萬斎狂言の夕べ:ちらし・半券・場内配付資料より ニャンスケ拝の記憶の限りでは、宿主が能狂言の舞台を観たのは半世紀以上昔、1960年代前半の話である。宿主の中学は鎌倉にあった。授業の一環として能楽鑑賞があり、多分毎学年1回、八幡宮の横の校舎から一の鳥居に近い能楽仮舞台まで、列を作って歩いて行ったような朧気な記憶。構成は、狂言2演目の間に狂言が挟まるスタイル。能には現代語訳がついていた様な、かなり詳しい解説があり、狂言はわかりやすく「楽しんでくれ」感が強かった記憶。 高校からの能楽鑑賞、1回はあった記憶あり。狂言を挟んだ似たような構成で、宿主の読んでいた古文の教科書と重なる演目もあったような。。。。こちらは高校のあった藤沢市内の市民ホールのような場所での開催だったように思う。 狂言は能の間に挟まった中和剤。喜怒哀楽をじっくりと深掘りしながらしみじみと浮き立たせていく能の世界は、二題続けて演じられると、心身ともにくたくたになり、しかも二つの話がこんぐらかって分け判らなくなる。能の設定は、歌舞伎の仮名手本忠臣蔵みたいに、統制の御上に差し障りないように、作られたときよりかなり昔に設定される。 狂言は、作られた時期における現代である。シミジミが無い乾いた笑いが専らである。あくまで気楽な幕間劇。その狂言だけでプログラムを作るとどうなるのか? 小話ばかり集めた寄席のプログラム? 今回の公演、野村萬斎が看板なのだが、彼が出たのは最後の演目、千切木、の太郎役。主役だから、役割は果たしているのである、が、まあ地方公演だからね!的な空気が蔓延していた感じ。普通に面白く終了。これが狂言だけの公演なのか、初めてなので、こういうものと納得せざるを得ない。 宿主が観ているスマホ画面を覗くと、狂言の演目は約250あるという。沢山観ないと何とも言えない。然るに客が沢山観たいと思わすには、一つ一つの公演がまた来ようという魅力を持つことなんだよね。大変だよね! 狂言の世界の今後・・・ロボットにやらせると、教科書的な意味での保存したい完璧な演技が確り保存され繰り返し上演が可能になる・・・要所で客の反応に対応した間を自動でとるような、本当の演者が持つような雰囲気も取り込めるであろうし!そして、古典的な演技をロボットに所作として記憶させることで、能楽関係者が伝統のある部分を打ち砕いても創造的展開に向かうということが出来るようになり、新しい展開が期待できるようになる。 能・狂言の世界は才能ある人々が大勢いて、日本の伝統芸能と言うことで保護も手厚い様ではあるが、隔絶されたぬるま湯的な檻の中のいがみ合い感もなくもない。伝統を守るための苦労は人工知能の手を借りて、ある程度縛りから解放して集まっている才能を力にすることが将来につながるのではないか。 ・・・・実情の判っていない無責任なニャンスケの放言・・何だか今日のニャンスケ、脱線しているみたいです。狂言師野村万作・野村萬斎 ~伝え受け継ぐもの1 万作・萬斎 狂言の世界【送料無料】 狂言劇場 その壱 野村万作+野村萬斎 【DVD】狂言師野村万作・野村萬斎 ~伝え受け継ぐもの~ DVD-BOX 全2枚セット狂言劇場 その壱 野村万作+野村萬斎 [ 野村万作 ]【中古】 狂言三人三様 野村萬斎の巻 / 野村 萬斎, 土屋 恵一郎 / 岩波書店 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】【中古】 狂言でござる 野村万作狂言集 三巻/野村万作(出演、監修),野村萬斎,ドナルド・キーン(監修、協力),鳥越文蔵(監修、協力),竹本幹夫(監修、協力),ジェフリー・ショウ(監修、協力)【中古】 狂言 三人三様(3) 野村萬斎の巻/野村萬斎(編者),土屋恵一郎(編者)狂言賽博格 狂言サイボーグ【電子書籍】[ 野村萬齋 ]【中古】 What is狂言? / 野村 萬斎 / 檜書店 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】
2024.06.23
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2024/6/10 野がも(Vildanden) 劇団俳優座公演No.356 俳優座スタジオ、作:ヘンリック・イプセン、翻訳:毛利三彌(論創社刊)、演出:眞鍋卓嗣、 豪商ヴェルレ:加藤佳男、グレーゲルス・ヴェルレ:志村史人、老エクダル:塩山誠司、ヤルマール・エクダル:斉藤淳、ギーナ・エクダル:清水直子、ヘドヴィク:釜木美緒、 セルビー夫人:安藤みどり、ベッテルセン:井口敬太、 レリング/紳士3:八柳豪、モールヴィク/給仕:野々山貴之、紳士1:辻井亮人、紳士2:山田定世、婦人:田村理子、 図1 野がも 場内配付資料と半券から構成 Vildanden, 英語への直訳はThe wild one(野生なるもの)だそうなのだが、英語版のタイトルが既にThe Wild Duckとなっていた。 豪商ヴェルレと老エクダルは共同経営者の間であったが、不正を問われて老エグダルは零落。しかし、二人が親しかった頃、息子たち、グレーゲルス・ヴェルレとヤルマール・エクダルも親友だった。エグダル家がヴェルレ家から遠ざかった後も、豪商ヴェレルの世話で、ヤルマールは豪邸に勤めていた若いメイド、ギーナと結ばれ、写真家として独り立ちし娘ヘドヴィクを授かり幸せな家庭を持っていた。 15年を隔ててグレーゲルスはヤルマールを訪ね再会した。何事も事実が大切というグレーゲルスは、ヤルマールがメイドと結婚していることを知り、驚き豪商ヴェルレがギーナと懇ろだったことを告げる。 ヤルマールは妻を疑い娘ヘドヴィクの父親が自分ではないのではないかと思い始める。 ヘドヴィクは、最近急に自分を避けるようになった父のことをグレーゲルスに相談する。 最も愛するものを捧げるとよいかも知れない、それがグレーゲルスの答え。猟場で拾った未だ息のある野がもを農場に持ってきて、息を吹き返させ元気になっている。あの野がもを殺して父に捧げるのか?果てまた最愛もものとは? 斉藤淳が演じたヤルマールの懊悩と釜木美緒が演じたヘドヴィクの訳もなく切り裂かれたような悲嘆が見事に描かれて、延いてはイプセンから思い浮かべられる様々な情感が見事に一編に鏤められている。 野鴨(イプセン) (岩波文庫 赤750-3) [ イプセン,H. ]野鴨 (笹部博司の演劇コレクション) [ ヘンリク・イプセン ]
2024.06.18
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2024/5/30 Cosi fan tutteコジ・ファン・トゥッテ 2023/2024シーズン・オペラ、イタリア語上演、日本語英語字幕、新国立劇場 オペラパレス 台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ、作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、指揮:飯森範親、演出:ダミアーノ・ミキエレット、美術・衣装:パオロ・ファンティン、再演演出:三浦安浩、 フィオルディリージ:セレーナ・ガンベローニ、ドラベッラ:ダニエラ・ピーニ、デスピーナ:九嶋香奈枝、フェルランド:ホエル・プリエト、グリエルモ:大西宇宙、ドン・アルフォンソ:フィリッポ・モラーチェ、 群衆・合唱:新国立劇場合唱団、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団、チェンバロ:小野寺美樹 図1 コジファントゥッテ チラシ裏より抜粋 図2 コジファントゥッテ チラシ表、半券、場内配付資料より構成 コジファントッテ:若い男女グループのイチャツキ恋バナ歌芝居、作曲を担当したのが天才アマデウスなので歴史に残ってしまった。今回は舞台を、回り舞台に箱庭上に作られたキャンピングカーで入る食事処も備えたキオスク付き山紫水明のキャンプ場。それにぴったりはまったオペラ・コジファントッテ、モーツアルトに是非見せたかった。 Gパン、ショートパンツのキャンプスタイル、夏のキャンプ場の舞台でオペラが進行する。舞台が実によく出来ていて、どう見ても自然を生かした緑の森に囲まれた、山の中腹にある湖畔キャンプ場だ。演者・歌手は6名なのだが、合唱が入るときは、合唱団が舞台上に様々な衣装でキャンプ客として散らばって雰囲気を醸し出しながら合唱を入れる。モーツアルトの管弦楽に乗っかって合唱団がゴーゴーだかツイストだか劣るシーンは秀逸。モーツアルトの曲は時空を越える普遍性を持っているのだ。 二幕目、冒頭、回り舞台が巡り、何と山間の湖が現れる。そしてフィオルディリージとドラペッラは裸足で水中にザブザブと入り歌い続ける。オペラでは余り見たことないシーン。狂言回し的小姓(ここではキオスクの従業員?)デスピーナを演じる九嶋香奈枝、デスピーナが変奏して男の公証人を演じるところなど、役を楽しみながらその楽しさを会場に行き渡らせる、エンターテイナーとしてのオペラ歌手、面目躍如。 モーツアルトに感想を聞いてみたい舞台でした。 [書籍] オペラ対訳ライブラリー モーツァルト コシ・ファン・トゥッテ 改訂新版【10,000円以上送料無料】(オペラタイヤクライブライリーモーツァルトコシファントゥッテカイテイシンバン)[書籍] おぺら読本対訳シリーズ 02 コシ・ファン・トゥッテ=恋愛学校 モーツァルト作曲【10,000円以上送料無料】(オペラドクホンタイヤクシリーズ2コシファントゥッテレンアイガッコウ)
2024.06.08
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2024/5/26 オットーと呼ばれる日本人 劇団民芸公演 木下順二作 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA, 演出:丹野郁弓、 ジョンスンと呼ばれるドイツ人:千葉茂則、宋婦人と呼ばれるアメリカ人:桜井明美、フリッツという名のドイツ人:山本哲也、王:釜谷洸士、鄭:横山陽介、林:吉田正朗、青年:小守航平、日野:平野尚、オットーと呼ばれる日本人:神敏将、 その妻:中地美佐子、その娘:松井優梨愛/若菜優香(ダブルキャスト)、瀬川:みやざこ夏穂、その妻:石巻美香、その娘:大塚芽依/佐々木美月(ダブルキャスト)、ジョーと呼ばれる日本人:塩田泰久、南田のおばちゃん:戸谷友、ソフィー:石川桃、検事:吉岡扶敏、弁護士:境賢一、 図 民芸 オットーと呼ばれる日本人 2024年5月26日公演 チラシと半券から 木下順二の本を読まないままでの観劇感想。最初に見たのは1970年代後半から1980年代ベルリンの壁崩壊前の時期、劇団は民芸ではなかった。ニャンスケはあの時、歴史を学び国を愛するという概念が全体主義政府によって歪められていく様がマザマザと描かれているのを感じていた。当時の上演では、これは忖度の類いを状況から感じ取ったためにかかってしまったバイアスを乗せたままではあるのだが、そのとき未だ顕在だった尾崎秀美の異母兄の意向や上演当時の共産党・国際共産主義運動との関係を配慮しながら進められていた感じがした。それは決して不快なものではなく、歴史を作った人々への尊敬と愛惜、社会を考える人々への愛を強く感じるものであった。 この作品が発表された時代(そしてたぶん今でも)、木下順二の立ち位置と民芸の立ち位置はほぼ重なる。1960年代から半世紀を隔てての「オットーと呼ばれる日本人」の再演である。オットーやジョンソンや宋婦人のモデルたちが生きてからほぼ1世紀に近い今、彼らを弾圧した当時の全体主義軍国政府は、彼らが殺されてまもなく消滅し、彼らを殺したものたちもかなりは死刑になった。 然るに尾崎秀実やゾルゲをスパイとして糾弾した全体主義者は、形を変えて今や勢いを増しつつあるように見える。この一寸装いを変えた全体主義の特徴は、政党政治・議会政治の形を取りながら、政権と対立する政党や政治団体に様々な形で圧力をかけ、あるいはテロ的な弾圧により封じ込め、実質的な長期独裁を達成するやり方である。トランプ・プーチン・習近平の間でをちょろちょろ介在した安倍晋三、危険なリンクは人を差し替えつつ温存され、その新全体主義の群れにイスラエルのネタニヤフも入ってきた。 民芸は木下順二の残したメッセージを正しく現在の状況に翻訳して観衆に伝えることが出来ているのか、伝える気概はあるのか、気骨が抜けて、周りをキョロキョロしながら彼方此方に忖度しながら、訳判らないまま現ご時世に無難そうな愛国者という看板を尾崎秀美に押しつけて、木下順二の世界観も尾崎秀美の世界観も、見えないものはないことにするという論理で自分が目をつぶり観衆にアイマスクかぶせて、客が兎に角来ている間は大丈夫!これは長持ちしそうもない考え方なんじゃあ無いかと危惧するニャンスケである。オットーと呼ばれる日本人【電子書籍】[ 木下順二 ]【中古】オットーと呼ばれる日本人・冬の時代【中古】(未使用・未開封品)オットーと呼ばれる日本人・冬の時代木下順二戯曲選 2 (岩波文庫 緑100-2) [ 木下 順二 ]
2024.06.07
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2024/5/17 アラビアンナイト、文学座アトリエ 作:ドミニク・クック、訳:鴨澤麻由子、演出:五戸真理枝 死罪を免れるために王様に毎晩話をするという主ストーリーに、毎晩語られるそれぞれの話が劇中劇として組み合わさるオムニバス形式。劇中劇それぞれの話で主役が異なる。出演俳優をチラシ表記順に記す。藤川三郎、松井工、千田美智子、相川春樹、日景温子、柴田美波、松本祐華、稲岡良純、比嘉崇貴、牧紅葉、 図 文学座アトリエ アラビアンナイト チラシと半券から アラビア風につるされた茶黄系ベールで覆われた舞台をぼんやり見ながら、開幕時間過ぎたよね?と思ったら客席の斜め後方彼方此方からドタドタと走り込んでくる足音。今回の客席は、列の間が五席おきぐらいに空いていて、席に着きやすいよねと思っていたら、役者の通り道が空いていたのだ。これ文学座?テントじゃないよね?でもアトリエだからテントに近いのか? 先頭で階段状客席を駆け下りていくのはショートパンツの小柄女性、後から記憶を整理してみるとたぶん牧紅葉。他が長めの衣装だから、とても目立つ。そして床面そのままの舞台領域、みんなでベールを取り除くと小道具が並ぶ舞台、件のショートパンツの女性がほぼ舞台中央で斜に構えて体育座り。これはこの舞台の狂言回しで三枚目の役だよね、きっと! ・・・ アラビアンナイトとか千夜一夜物語とか、勿論聞いたことはあり、そんな子供向けの本や絵本、家にはなく、多分学校絡みのどこかで比較的身近に眺めていた記憶あり。冊子を自分で広げた記憶なし。多分、題名が子供の頃の宿主の好みではなかったのだろう。召使いが王様に毎晩聞かせた話で、有名な話が沢山ある・・・というような程度。 シャハリヤール(たぶん松井工が演じてた)に命がけでシャハラザード(たぶん演じたのは日景温子)が語った物語は「アリババと40人の盗賊」、「船乗りシンドバット」、「アブ・ハナンのオナラ」、「ものを食べない后」、「妹を虐めた3姉妹」の5編と記憶。何はさておき、家族みんなで楽しめる、そして情操教育に最適、文科省推薦的な上質喜劇になっている。狂言回し的役所を生き生きと演じている紅紅葉の弾け振りが最もつよく印象づけられてしまった。 そして、この芝居の影の主役は台本を具現化し俳優たちを弾けさせた演出家、五戸真理枝だと思うよ! 【中古】 嘆きの王冠 ホロウ・クラウン ヘンリー六世 第一部 【完全版】/トム・スターリッジ,アンドリュー・スコット,ソフィー・オコネドー,ドミニク・クック(監督),ウィリアム・シェイクスピア(原作),ダン・ジョーンズ(音楽)【中古】 クーリエ:最高機密の運び屋/ベネディクト・カンバーバッチ,メラーブ・ニニッゼ,レイチェル・ブロズナハン,ジェシー・バックリー,ドミニク・クック(監督),アベル・コルゼニオフスキー(音楽)【3980円以上送料無料】音楽について知っておくべき100のこと/ジェローム・マーティン/作 アリス・ジェームズ/作 ラン・クック/作 アレックス・フリス/作 フェデリコ・マリアーニ/絵 ショウ・ニールセン/絵 ドミニク・バイ
2024.06.06
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