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「今朝は、どのくらい積もった?」と、おそるおそる入れた電話への返事は「今朝はねえ、降らなかったんだよ。今、お日様が出てるもん」この返事で、一挙に気持ちが楽になって、肩も軽くなって…体がフワフワ浮いてもおかしくない程の気分になった。同じ長野県北部と区分されていても、大町市と長野市の間にあるこの村と、豪雪地帯の栄村に一部接している山ノ内町では、ずいぶん降り方も違うし、量も違う。1月27日昼、仕事が一段落したので、夜の水泳教室もボイコットして、スコップを車に積んで実家に向かった。途中、いつもならあまり多くない須坂市や小布施町あたりの雪も、今年は多い。山ノ内町に入る。うーん…実家に到着。うーん…とりあえず、車庫の屋根だけ、雪降ろしをする。今冬2度目である。雪が軽いので、私一人で1時間くらいの作業。家の中に入っていていいよというのに、激しく降る中で、母は、ずっと私の作業を見ていてくれた。肝炎治療がちゃんと済んで、健康な身体になっていて良かったと、こういう時は心底思う。(山に行く時も思うけど)母屋の雪おろしをどうしようかと、迷いに迷い、母と相談して弟の山仲間に連絡した。夜になって、急遽翌日行う旨の連絡が入った。翌日、高崎市や千曲市から5人の助っ人がやってきた。9時から12時までの3時間で、2階屋根を除く全ての屋根の雪おろしが完了。こちらから要請しなくても、いつも気にしてくれ、いざというときに万障繰り合わせて駆けつける山男・山女に感謝感謝である。夜、周囲の家々に比べて、妙にすっきりとした実家を眺めて、再び感謝した次第。が、この日以後も雪は降り続き、毎朝電話するたびに、今日は30センチ積もった、今日は50センチということを聞くと、いても立ってもいられなくなる。屋根は大丈夫だとしても、毎朝、それだけの積雪を83才の母が一人で片付けると思うと、苦しくなる。そんな中での、冒頭の電話。1日でも雪片づけをしない日があれば、それだけでもうれしい。なんとなれば、雪は土・日に降ってほしい。私が行ける時なら、どんなに降ってもいいから。去年の2月下旬にあった母の頭痛が、ぶり返すことのないように願うけど。暖かくなったら、雪片づけをしなくて済むようになったら、温泉にでもいっしょに行こう。二階の屋根の雪庇ご近所さん家の庭木とお隣さん遥か後方の山が高社山この山のおかげで、雪は飯山市や栄村、十日町の積雪に及ばない。高社山さまさまである。隣家では人手がなく、屋根の縁だけを落としていた。5枚ともみんなが来てくれた翌日の写真。一見晴れているように見えるが、空のあちこちで、青空と雪雲が領地争いを展開していた。
2012年01月31日
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22日、夜半に湿った雪が少し降った程度で、朝から曇天。写真を撮りに行く気にもなれず、その辺を歩き回る気分も状況もないので、かねてから寄りたいなと思っていた白馬村の菊池哲男山岳フォトアートギャラリーと安曇野市豊科の田淵行雄記念館を訪ねることにした。《菊池哲男山岳フォトアートギャラリー》白馬村の黒菱平に行く和田野の森の一角にあるそのギャラリーは、雪に埋もれ入口までのトレースもなく…。(しかし、例年よりも今だグッーと雪は少ない白馬である)茶系統で統一されたレンガの建物は、白い雪とよくマッチしていた。事務所でチケットを求めると、除雪機で雪を飛ばしていたお兄さんが受け付けをしてくれ、「お一人1枚ずつ好きな絵はがきを差し上げますから選んでください。その間に雪を片づけて歩けるようにしてきますから」と。ストーブのついた小さな受付事務所で、写真集を見たり、絵はがき選びに迷ったりしているうちに「どうぞ、もう入れますよ」とお兄さん。聞けば、金沢出身で、白馬が大好きになって親の嘆きもなんのその。ここに居着いてしまったのだという。白馬三山や白馬村をメーンに、鹿島槍ヶ岳も数枚あった。51歳の菊池さんの普段の住まいは東京。2000年以前はデジタルカメラは使っておらず、フイルムのみ。それが確か2005年頃に、デジタルでも自分の表現したいものを充分に表せることがわかって、それからデジタルカメラを大いに使いだしたとパネルに書いてあった。遠見尾根からの鹿島槍北壁の写真があって、10月9日に私が撮ったものとほぼ同じ場所で同じアングルのものがあった。但し画質は私のものとはもちろん雲泥の差ではあった(涙)。あー、そうか、こういう採り方もあるんだ。視線をこういう位置に置くのもいいなあ。ずいぶん勉強させてもらった。ただ、撮影データが表記してなくて、私としては残念だった。《田淵行雄記念館》ここは数回来ているが、来るたびに新しく気づくことがあって楽しい。今回も、パーキンソン病で不自由になった右手に代わって左手で書いた「一山百楽」という言葉に深くひかれた。また、田淵さんも写真を撮るが、撮り始めの頃はなんと「ガラス乾板」を使ったという。展示してある作品も、ガラス乾板使用、モノクロフイルム、そして最後にカラーフイルムと、それぞれの特徴ある映像になっている。きれいさやシャープさは、菊池さんの方がダントツだけど、田淵さんのモノクロ写真も単なる写実でなく心象風景が重なっているようで魅力的だった。お二人とも、写真に添えてある言葉が詩になっていて、やはり感性の良さは言葉にも現われているなあと羨ましくなった次第。田淵記念館の中にあったブログの紹介パネル。99-64…いいなあ。
2012年01月23日
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14・15日と助っ人に行って、息子夫婦もなんとか新居に移動できた。まだ細かい部分は残っているようだが、それは2人で少しずつ移動・配置していくそうだ。京都の某地区に借りた一軒家は、隣接する家とは30センチくらいのすき間しかない。間口が狭くて、奥行きがあるといった所謂町家造りと言われるものなのだろうか。新築ではないにせよ、そんなに古い建物ではないのだから、こんなに密集して建てる必要はないのになあと、田舎者は思った。でも、小さいながらもクリーム色の外壁をもった家は可愛くて、若夫婦には似合っている。これまた小さな玄関で、靴を脱ぐ息子の後ろ姿を見ていて自ずと言葉が出た。「お前も、一家の主になったんだねえ」今までアパート暮らしに使っていた古い道具類の中に、新しい冷蔵庫、ガス台、レンジが存在を誇示している。それらを設置したり、内部を布ふきんで拭いたりしていると、2人だけの新婚家庭っていいなあと、改めて思う。ホームセンターに行って、カーテンなどこまごまとした物を選ぶお嫁ちゃんについていっただけでも、自分のことではないにせよワクワクするものだった。私の場合は同居だったので、全て揃っている中に、私だけが新しく加わった。夫と二人で新しい生活を構築したり、新しい価値観を2人で造り上げるということはなかった。全て旧いものに自分を合わせるといった感じの暮らしだった。当然、そこには軋轢が生じない方が不思議だ。まっ、同居は同居で良い面もあるけれど。ともあれ、息子夫婦は2人だけのスタート。恵まれていることを自覚しつつ、それぞれの夢や立場を大切にしつつ、新しい暮らし・生き方を模索していってほしいと、切に願う。間もなく誕生するであろう新しい命のためにも…。ね、一家の主さん、一家の主婦さんよ。
2012年01月17日
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最近のいろんなニュースで共通しているのが、「隠しカメラ」で撮影した映像の放映。それらで新しい情報提供を呼び掛けている。至る場所にカメラが設置されているのは何となく知ってはいたけど、1億総監視状態の中で暮らしているんだなと改めて感じている。人々の安全を守るためでもあるかもしれないけど、人々の暮らしを逐一掌握できるためでもある。監視カメラのないところってあるのかしらん。山……?ちなみに村内にはあるのだろうか。あるのならば、どこにあるのかを知っておかなくちゃ。
2012年01月13日
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京都の某地にこんな売り家があった。隣には山村美沙さんの邸宅もあり。西村さんと山村さんの間柄だからと納得。すぐ近くに銀座並みの観光寺社があるのに、この一角はなんとも静謐な住宅地なのだ。こんな京都に住んでみたいなあと、お父と夢物語りを語った次第。あらお父、いくら気に入った家を見つけたからって、勝手に入っちゃだめですよ!(ごめん、ごめん、つい。また今夜、バトルになるかな? でも可愛いですよね!!!!!!)
2012年01月12日
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小春日和だった昨年11月のある日、裏の土尻川を見ていて、思わず叫んでしまった。「わー、あんたたち生きてたのぉーーーッ! 絶滅したかと思っていたのにぃ!」そうなのだ。昨年はアオサギやコサギに加えてカワアイサまで現われて、見る見る魚たちの姿が消えて行ったのだ。群れで気持ち良く泳いでいたのに、遂に一匹も見ることができなくなり…。それが、以前に匹敵するくらいの魚群が出てきたのだ。どこかに避難していて種をつなぐことができたらしい。ところが、ここを餌場にする水鳥も増えて。カルガモご一家、オシドリご夫妻、アオサギ、コサギ、初登場のよくわからないサギまで。まだカワアイサが登場しないので救われているけれど、土尻川が流れ込む犀川には、カワアイサの大営巣地があるからなあ…(涙)。厳冬のある日、水の中でじっと魚を待つサギ。確かに冬の映像としては絵にはなるんだけどね。(コサギかと思ったけど、多少大きくて、嘴が黒くないから別のサギ?)(上の写真、基本OSによって見えるパソと見えないパソがあります。見えない方、申し訳ありません)
2012年01月10日
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5日からプールが開館。6日の夜、泳ぎ初めをしてきた。午後8時から45分間。最終のこの時間帯に、私を含めて4人が来ていた。てっきり誰も来ないだろうと思っていたので、元気者が多くて良かった良かった。一人1コースを占領して泳いだ。といっても、休み休み、クロールと背泳ぎで300メートルだけ。それだけでも息がゼイゼイ。年末年始休みの休館は痛いなあ。隣のコースは中学生の女の子。1日に4~5キロ泳ぐのがノルマだとか。スリムな身体で軽々と泳いでいた。今年の目標は、平泳ぎをマスターすること。足の形は褒められても、なかなか進まないし、手をつけるとバラバラで、我ながら嫌になる。それでも、憧れの平泳ぎ。北島さんほどは無理にしても、がんばろうじゃないか、ねっ、takane!
2012年01月07日
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1月1日の村総人口が2991人と、遂に3000人を切った。昨年12月1日が3001人だったので、いつ切るかなあと心配していた。1か月で10人の減少。亡くなった人ばかりではなく転出も含まれているだろうけど、寂しい話題ではある。でもさ、人口が多ければいいというものでもない。一人ひとりが動けばいいのである…。一人ひとりが、まず好きなことを始めて笑えばいいのである…。でも、難しい…けど、しかし、ともあれ…村は生き続けるのである。そこをベースに、私達も生き続けるのである。こんなに素敵な村なのにね
2012年01月06日
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2012年、新しい年です。新年を迎えると、今年はどんないい事があるだろうかと思うけど、最近はあとどのくらいこの世にいるのかなあなんてことも、ちょっぴり浮かんできますね。でも、今年はまごちゃんも生まれるし、膝を除けば十分な体力で主稜線を縦走(ブログに載せれば、やるしかないなあ!!!)するつもりだし…なんだかんだとは言っておられません。…にしても、今冬は寒いです。家裏の土尻川が、12月下旬から氷が一部張っています。例年なら2月の厳冬期にならないと張らないのにね。12月31日、総勢9人のお年取りとなり結構大変でした。お料理は母が手伝ってくれ、後片付けは、大きなお腹をしたお嫁ちゃんと、彼女にお尻をたたかれる息子とがサッサと手際良くやってくれて、助かりました。そうそう、富山の甥がこれまたブリをお刺身にしてくれて…でも、私ブリが好きじゃないのでね(涙)。【カレーライス】富山の義弟一家が帰り、実家の母が帰り、お正月料理にもあきた3日夕方、お父のたっての願い「お嫁ちゃん手製のカレーが食べたい」が実現しました。「オレ、横にいるからさあ」という息子の助太刀も、尻込みするお嫁ちゃんに効き目があったかも。横にいるだけでなく、てきぱきと指示するお嫁ちゃんに従って、玉ねぎを炒めたり、隠し味を入れたり…できたチキンカレー(中性脂肪が高いお父は最近チキンをご指定)はとってもおいしかったです。もちろんみんなで「おいしいねえ」を連発しました。それを耳にしたかしないか、お嫁ちゃんは自らも「おいしいねえ」と何度も息子の方を向いて同意を求めていました。お料理好きだというお嫁ちゃんも、やっぱり心配だったのでしょうね。みんなの「おいしい」と共に、自分と夫の確認の「おいしい」が必要だったのかも。ウロウロとお邪魔虫になっているお父。
2012年01月05日
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