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お嫁ちゃんは23日の夜中から陣痛が始まり、25日の午後2時47分に新しい命を産み落としました。ずいぶんと長いお産で苦しかったと思います。ずっといっしょに居た息子も疲れたようでした。でも、無事に、新しいお父さんとお母さんになれて良かったと、ホッとした古いお父とお母です。予定日は18日、その日が過ぎてもなかなか陣痛が始まらず、やきもきし。24日の朝になって入院したことを知って、またまたやきもき。私達夫婦も週末の25日未明、雪の中を車を走らせ、やっと午前10時頃に病院につきました。処置を終えて、先に出てきた赤ちゃんは、体重3480グラム。やや過熟気味だとのこと。息子の第一声は「わー、こんなに大きいのが入ってたん!」でした。今どきの赤ちゃんは、お猿さんもどきではなく、ちゃんと人間の子どもらしい顔をして出てくるんですねえ。切れ長の目、フサフサとした髪の毛。泣くたびに真っ赤になって、手を口元に持っていき、チュウチュウしてます。新しいお父さんが生まれた時は、泣き声がなく、助産師さんが足を持って逆さ吊りにして背中をポンと叩いたら、よわ~い声で泣いたのとくらべると、雲泥の差です。(今、逆さ吊りは御法度中の御法度だそうですよ)続いて出てきたお嫁ちゃんは、さっきまでの「いたぁ~い」と苦しんでいた様子とは違って、すっきりとした表情でした。そうなんですよね。赤ちゃんが出たあとの快感というか、爽快感は口では言えません。私なんかは、最後のいきみのときに助産師さんが言ったことばを、今もって忘れません。「ほらっ、タカネさん! 便秘のとき、●●チを出す感じで力んで!」だから今も説明に使います、「ひどーい便秘が出切ったときの感じ」って(笑)。ぎこちなくだっこする新米お父さん。なのに自分のことは棚に上げて、じじはともかく、ばばがだっこする時にも「落とすなよ」だってさ。とは言え、私自身も一人しか生んでなく、しかももう30年以上前のことで、ホントは怖かったのです…。まあ、赤ちゃんの成長を見守りつつ、新米お父さん、お母さんがどんなふうに親として成長していくかも、楽しみに見ようと思っています。
2012年02月27日
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予定日をもう3日も過ぎたのよ。まだまだ兆しなしって…?3000グラムを超えたそうだから、体力的にも大丈夫よ。お母さんのお腹の中は、それはそれは暖かくて居心地がいいから、出たくない気持ちもわかるけど…あなたを待っている人が、外にもたくさーんいるんだよ。あなたのお父さんやお母さんにとって、初めて紡いだ命。そりゃあね、原発事故があったり地震も続いているけれど、でもあなたを守るべく多くの老若男女も、心ワクワク、胸ドキドキして待っているんよ。早くあなたのかわいい元気な姿を目にしたい。そして、あなたのお父さんとお母さんに、「おめでとう、お父さん」って言いたいのよ。「おめでとう、お母さん」って言いたいのよ。だから、だから、出ておいで~!
2012年02月21日
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仕事の合間を見て、恩師の講演のテープ起こしをしている。恩師といっても学生時代の師ではなく、私が松代大本営地下壕に関わってからの師である。『松代大本営 歴史の証言』を著わした青木孝寿さんがその人。 既に亡くなられてから10年が経っているが、この本は大本営に関しては今に至っても最重要の書籍の一つと言われている。時々読み返しては自分の頼りない頭内を整理し、また案内などをして疑問点等が生じれば、この本に立ち返って読んでいる。 久方ぶりに、先生の肉声をお聞きしながら、パソに向かって指を動かしていると、時々クスクスと笑ってしまうような場面も出てくる。 冗談好きの先生は、難しいテーマの中でも、常に笑いを提供されて、私達主婦や母親のように、学術的な世界から遠くに生きている者にとっても、飽きさせず、理解できるような平易な言葉で講義をされた。 今、私が起こしているのは1999年に開いた講座「青木孝寿さんと学ぶ松代大本営」の中の「15年戦争と従軍慰安婦」という、ほんとに難しいテーマ。全体で120分のうち、まだ文字化したのは20分。それでも文字数にして約8000字、原稿用紙なら20枚だ。その当時の先生の表情を思い描きながら、繰り返し繰り替えし指を動かしながら聞いている。
2012年02月18日
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季節限定のチョコレート、●ッテのラミーチョコと、バッカスチョコが、昔から好きだった。長野に出たついでに、スーパーにより、バレンタインデーのチョコを横目で見ながら、この2つのチョコを自分のために買ってきた。帰宅後、取引先の人が来社したので、コーヒー皿の横にバッカスチョコを2個添えて出した。お父が言った。「このチョコ食べて運転すれば、飲酒運転になるぞ」初めて、チョコに含まれるアルコール分を調べてみた。なんとバッカスが3.2%、ラミーが3.7%もある。多少は含まれているだろうけど、微々たるもんだと思っていたら、ビールに近いアルコール分で、びっくりした。というより無知でした。気楽にチョコもあげられないなあと思った。バレンタインデーに洋酒入りのチョコなどをプレゼントして、ドライブに行くなんてこと、ゆめゆめしてはいけませんからね(笑)。
2012年02月10日
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先日作ったお味噌。会計担当のSさんが、今日報告をしてくれた。加工場とガス代金を除いて(まだ請求が来ないので)、1人分5160円とのこと。上記の2つは約1人1000円弱だから、締めて6160円。1キロ約147.4円の価格となる。お店で売っている1キロのパックの値段と比べると、味の良さ、価格ともに素晴らしい!(笑)お米と大豆を格安で分けてくれる友人に感謝しつつも、獲得した技術に、鼻高々のSさんと私。独立の喜びを味わった。来年も、量を減らすにせよ、味噌作りを続けて行こうねと約束して、精算を終えたのだった。糀ができた段階で、2キロほどを味噌以外に使用した。1 甘酒いつもは糀だけで作ったけれど、今回は余ったご飯を入れてみた(この方が一般的)。この方がまろやかさがあって、おいしい。何杯も飲んでしまった(太るのにねー、笑)。さらに甘酒の余りに、ちょっと水出しした塩気の強いたくあんを3晩ほど入れた。これもおいしく食べられた。(こうして見ると、家事・料理苦手の私も、結構工夫ができるようになったなあと、我ながら感心している・笑) 2 塩糀3 しょうゆ糀昨今、人気の塩糀。友達が塩糀よりしょうゆ糀の方がおいしいというので、両方に挑戦して、ただいま醸成中。さて、どうなりますか…
2012年02月08日
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2月5日、やっと大好きな納豆を食べることができた。実は2月1日から4日まで、恒例の「味噌作り」を行ったのだ。種糀と米から、糀を作るところから始めるので、糀菌より強い納豆菌は完全御法度なのである。ずっと以前から師匠に「そろそろ独立しなさい」と何度も言われ、ついに昨年、はっきりと縁切りを申し渡されていたので、今年は友人と2人、並々ならぬ決意で「味噌作り」に対処した。師匠と共に作ったのはもう8年くらいになるが、確かに師匠といっしょだと、ついつい頼ってしまっていつまでも一本立ちできないのは自分でもわかる。数えてみれば、今年はもう9年め。遅きに失した独立ではあるが…。毎年、メモを増やしてきたマニュアルを数日前からよく読んでイメージ化し、友人とも確認しあって、1日目を迎えた。工程の中でも一番大切な「糀作り」は1日目、2日目。納豆菌のないきれいな(笑)身体で味噌工場に入った。それなりに手順は覚えていて、2日目にきれいな糀の花が咲いた。うん、やればできるんだ…。3日目には糀を冷やし、4日目、大豆を似て、糀・大豆・塩を混ぜて樽に仕込んだ。一人分の仕込み量は35キロ。今年の10月下旬から食べられる。実家の母の分、友人たちへのちょっとのお裾分けなどなどでも、毎年少しずつお味噌が余る。それは夏のきゅうりやみょうがや、秋の大根などを漬け込んで味噌漬けを作る。その味噌漬けをきざんでおやきの味付けにすると、またこれがおいしい。とは言え、家族人数の減少などで味噌漬け需要も減る一方で、余りお味噌がかなり増えている。息子夫婦にも少しやろうと思っているけど、若者は味噌汁離れが著しく…。今年は、お裾分けも少したくさんできるかな。という訳で、解禁された納豆は、ここ連日朝食の献立に乗っているのである。
2012年02月06日
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楽天写真館からの初の写真アップです。諸事情から最も使い難いパソコンからしかできず、果たしてこの先どうなるやら。写真が小さいですね。これでも「大」を指定したのですが、今までのようなサイズは掲載できないようです。風景写真はあまりきれいに出ない感じがします。あ~あがちがちの寒い日と、ゆるゆるの温かい日がつながった日。裏の川にも氷と流れのはざまができ、様子を見に来たセグロセキレイが、水面を見つめていました。何を思っているのでしょうね。
2012年02月04日
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