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ダーリンオリジナルメニューなんだけど、すっかり大好物メニューになってしまいました。せっかく撮ってあったので、採用(笑)。
2006.11.26
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母からの再三の電話を無視し、お昼頃までウトウトと居眠りをしてた。最近気に入ってるほうじ茶を飲みながら、TVをつけている。観たいわけでもなく、暇つぶし。友達からMixiやってる?とメールが来たので、やってるよと返信。マイミク承認よろしくとのことで、喜んで・・・と言いながら、○○で検索して探してね。と伝える。ここだから言うわけではないけど、私は楽天が一番使いやすいし、ここまで続けられてるのも楽天だからかな?と思ってるので、贔屓してる。他のブログとかSNSとかも見て回ったし、登録してるのもいくつかあるし、ブログを仮に立ち上げてみたのもあったんだけど、操作上も一番簡単で使いやすい楽天がお気に入りかな?他社さんの良さもあるんだろうけど、私にはここが合ってるみたい。お昼ごはんに、カップうどんを食べた。(マルちゃん白い力うどん)ぼんやりと時間が過ぎていく。午後、ガタガタっと玄関の方から物音がした。すごいビックリした。なんだろう・・・ダーリンが帰ってきた。ただいまを言う間もなく、服を脱ぎだして、「タオル」と言い、お風呂に入って行った。寒かったのか、仕事で汗かいたのか、顔をしっかり見る前にお風呂に直行しやがって、こんにゃろ~。フルチンで、パンツを探してるダーリンを見てると、和む。心底リラックスしてるんだな~と神経質なところもあるのんは、そんな彼をうらやましくも思ったり。しばし並んでリラックスタイム。体温が高いダーリンは、寒がりなのんの必需品(笑)。だけど、ムッと来た。人が、具合悪いってゴロゴロしてるのに、永遠の天然少年のダーリンは、「お腹すいた、ペコリダヨ~」だって。イジワルなのんは、無視したり、出来ないと言ったりしてたけど、しつこいダーリンに諦め、冷凍庫からストックしてた『ホレシュテバデムジャン』を解凍し鍋で煮た。そして、『パン・ド・ミー』をオーブントースターで焼いた。たったそれだけだけど、夕ご飯になった。プラス、ナチュラルヨーグルト。起きてなんかするのもかったるいのに、アポナシで帰ってきて、自分の思い通りに人を動かして・・・クソ~ッとフラストレーションが上がったけど、結局そばにいることで心のバランスが良くなっている自分がいたりして、悔しいけど彼の存在感の大きさに完敗。ダーリンは、私を最優先に考えてくれてるのはわかってるのに、それの上を行くところで私がわがままなのかもしれないね。ちょっと反省。チャイ入れてと言う彼にヤダと言ったら、ふて寝しちゃった。「おやすみ~」
2006.11.25
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無事に、出勤できた。喉は相変わらず腫れてたし、熱っぽかったけど、マスクしていつもよりサプリメント大目に飲んで、あとは気合入れて。昨日、Cちゃんと逢えたことも元気UPの源かな~?やっぱりきょうだいと触れ合えると、元気が出ます。職場のリーダーさんに、心臓のこと伝えました。本当は、もう少し話が煮詰まってから、スケジュールが決まってから話そうと思ったのだけど、どうしてもそうも行かないことがあって、時間を貰って話を聞いてもらいました。ビックリしてたけど、諦めたような顔もしてた気がします。リーダーさん、優しい人です。だけど、私の人生、私が主役です。身勝手で、社会人として失格かもしれないけど、身勝手を許してね。とりあえず、「○○月までで・・・と会社から言われるまでは働く」と伝えました。それしか言えません。言いたいことは山ほどあるけど、今言うことじゃないんだと思ってます。すでに、上司にはハッキリと言いたい放題言ってあるしね。それを上司がどうリーダーに伝えてるか、伝えるかは私は介入できないから。現場にかけた迷惑を元気な時に挽回していくしかないからね。午後、少し忙しくなり(って言っても大したことないんだけど)、仕事が出来てうれしかった。のんは、暇が怖いタイプだからさ。18時に退社。寄り道もせず、電車に乗り、途中から座れたので居眠りして、無事に最寄り駅に到着。バスまでの時間があったので、ジャスコに寄った。今夜もダーリンは帰らないので、自分用の夕食にと、普段滅多に買わないお惣菜を買った。そして、無性に食べたくなったマックのポテト。揚げたてだったので嬉しくて、食べながら帰った。散らかった部屋に、うんざり。ご飯も、ただ空腹を満たすだけで、何の潤いもないって感じ。ひとりって寂しいね。電車で寝てしまうと本当、寝つきが悪い。悪循環なので、布団には入るけど、TVを観てた。よく解らないアニメとかしかやってなかった・・・。明日はお休み、元気になれるといいな。
2006.11.24
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風邪のせいで、予定が大幅に狂ってしまった。妹のCちゃんと逢う予定で、気持ち的には午前中からさわやかに出かけたかったんだけど、そんなことは無理でした。それでも、母からの迷惑(まがい)電話(何度もかけてきた!!)と、やっぱりCちゃんに逢いたいと思う気持ちで、お昼頃起き上がり、シャワーを浴びた。届け物と買い物を頼まれたので、スーパーに寄ってから実家へ。そして、Cちゃんへの預り物を持って出発。仕事が休みだった上の妹Mちゃんも風邪のせいか、口に「熱の花」が出来てた。彼女、ヘルペスが出来てしまうので、またヘルペスだったらかわいそうだなと思ってたんだけど、どうも大丈夫そう。万全じゃない体調のままクルマを走らせた。途中、先日買った携帯のマイク付きイヤホンを試すために、母と会話。思いがけず話が弾み、40分くらい運転しながら話してた。マイク付きイヤホンは、まあまあ使えそうです。千葉は、国際駅伝があったので、気になったけど、大会はちょうど終ったみたいで、その影響による渋滞はなかった。あ、でも裏道通ってたから関係してた道は影響まだあったのかな?津田沼でCちゃんと合流。パルコに行った。雑貨屋さんとか300円ショップとか、洋服やさんを見てまわった。17時過ぎてて、その時点でまだ何も食事をしてなかった私は、Cちゃんと逢ったら少し元気が出てお腹ペコリ。イオンの中の『地中海料理』のお店に行った。理由は、食べたかった「ライスコロッケ」があったから。本当は、カプリチョーザのあの大きなライスコロッケが食べたくて、以前パルコの中にあったからそのつもりでレストラン街を探したけど、お店が一新していて、なくなってた・・・。で、クルマを停めてあるイオンに移動し、食事をした。ピザはふっくらしてたけど、香ばしくおいしかった(ダーリンの好みだと思う、今度一緒に来よう)。パスタも、おいしくて満足。ライスコロッケは小さくて、おいしかったけど、これだけはカプリチョーザのが食べたかった・・・。お腹いっぱいになって、店を出た。Cちゃんを送りに、クルマを走らせ、西東京エリアへ。道が空いてて、あっという間に着いた。喉が痛いくせに、饒舌になってしまって、会社の愚痴を聞いてもらってしまった。明日は仕事なので、もしかしたらCちゃんち泊めて貰おうかな?とお泊りセットと着替えはもって来てたのに、靴を忘れてしまった。スニーカーでは会社のドレスコードに引っかかってしまうので、ダメだと諦め、一休みさせてもらってからバイバイした。雨が強かったりしたけど帰り道も順調で、無事に帰宅。明日は仕事にいけそうで、外出してかえって良かったと思った。
2006.11.23
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世の中は、『いい夫婦の日』ということで、結婚記念日だったり、長年連れ添ったパートナーを労ったり、クリスマスシーズン前のラブ&ピース感がちょっとアップするいい日のようです。明日が『勤労感謝の日』だから、今日は奥様(旦那様)を大事にして、明日は働く旦那様(奥様)を労う日なんて考えたんだけど、どうかしら?本格的な冬の季節到来で、灰色な景色が、ほんのりピンク色に感じるのは気のせいかな?いい日だ・・・なんて感心していながらも、のんはやっぱり風邪でダウンでした。会社の上司には嫌味を散々言われたけど、「まあ仕方ないか」と聞き流し、寝込んでました。飲まず喰わず、トイレも行かずに、夕方16時過ぎまで寝てました。頭がガンガン痛かったのと、扁桃腺、熱もあったみたい(近くに婦人体温計しかなかったので未計測)。昨夜の、冷えも悪かったんだろうな・・・そうとうゾクゾクしちゃったもん。せっかくおいしいご飯をダーリンと食べたのに~。幸いにも胃腸は大丈夫で、食欲こそぜんぜんないものの、下痢とか嘔吐とかはありませんでした。千葉に来て直ぐの高2の頃、学校で倒れ、保健室に行き寝てました。偶然、保健室で休んでいた3年生の先輩が家が近く、引っ越してきて間もなかった為、土地勘のなかった私に○○医院の先生はいいよ、と教えてくれ、受診しました。その時の内科のO先生が、「無理して食べなくていい、食べるということはエネルギーを使うから、風邪とか体力が落ちている時は水分補給だけしっかりしなさい」と言っていたのを、体調を崩すとよく思い出します。インフルエンザにかかったときも、ウィダーインゼリーと水分以外一切受け付けなくて、それ以外を食べると全部嘔吐してたけど、最低限のエネルギーと水分は摂れてたので回復できたし、入院してた時なんて、点滴打ってて、動けないから太ったし。それと、のんは具合が悪くなると、前兆として食欲が増して、ドカ食いする。それも、お菓子とかばっかり。母親にそれを指摘されて依頼、気をつけてるけど、やっぱり具合悪くなって、後から気づく。毒が毒を呼ぶのかしら?具合悪い時にヘルシーなものって全然食べたくなくなってしまうんだよね。元気な時は、健康そのものって感じの、オーガニックなものがおいしいし、欲しくなる。身体って素直なんだろうね。夜になって、食欲が出たので、つけ麺を食べた。あとは、紅茶をガブガブ飲んだ。紅茶って喉にいいんだってね。ダーリンが飲むときは濃い目の紅茶なんだけど、私は薄めでOKなので、同じティーバッグをいつまでも使ってたりしちゃう。貧乏性なのかしら?風邪の症状なのか、胸が痛い。肺炎とかではないだろうけど、冷たい空気が沁みる感じ・・・。寂しがりは心にポッカリ穴が開いたような気分って言うけど、のんはリアルに穴がポッカリ・・・って笑えないか。心臓の方は特に変わったことはないけど(あったら一大事だって!)、仕事先に伝えるのが、不本意な形になってしまって、しまった~と思ってる。もう少ししてから話そうと思ったんだけど、あんまり不甲斐ない態度をされたので、うっかり話してしまった。でも、今の職場、ちょっと異常な環境なので、そんな事情なくてもいつかは辞めようと思ってるから、いいんだけどね。お金を稼ぐ為だけに働いてるから、少しでも気持ちよく、無駄なくお金が稼げればいいんだ。これから、(保険適用でも)何十万円もお金が必要だし、仕事を失うのはキツイんだけど、まあなんとななるでしょう。さあ寝よう。
2006.11.22
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仕事が終わり、電話したら、ダーリンもちょうど仕事が終って家に向かうところだと言うことでした。直通の電車を待つのももったいなかったので、千葉行きの総武線快速に飛び乗る。運良くすぐに座れ、一眠り。千葉駅から各駅停車の外房線に。ラッシュの時間帯なので、ホームに停車していた千葉駅発の電車の座席はほぼ満席。唯一、ぽっちゃりめの女の子の隣が空いてたので、「隣あいてますか?」と伺ってから腰かけた。その隣の女の子(20代前半と予想)は上半身もがっしりタイプのぽっちゃりさんなので、BOX席の総武線のシートは狭めなので、窮屈になってしまう。なので、仕事帰りのおじさんなんかは無理。私もぽっちゃり系なので、無理かな?と思ったんだけど、外側に足を向ければ大丈夫だろうと座った。ニンテンドーDSをやり続け、iPodを聴き、その後、携帯のゲームをしていた。(私、この手の行動を混んでる車内でしてる大人たち、はっきり言って蔑視してます。みっともないよ。空いてる時ならまあ自由だけどさ。)ひじが当たるな・・・と思いながらも、まあ仕方ないか、ぽっちゃり女が2人座ってるんだし・・・と辛口の感想を抱きながら電車に揺られてた。結局降りる駅が一緒で、降りるとき解ったんだけど、荷物を自分の身体の脇に置いてたから尚更狭かったと解り、「このやろ~自分の身幅考えて行動しろ、網棚に置け!」と心の中で叫びました。そんなプチギレしながら、待ち合わせの駅(いつも使ってる駅ではない各駅停車しか止まらない駅)で降り、先について待っていたダーリンと合流。仕事が大変らしく、やつれてた、ちょっと心配。彼が、「夕飯なんか食べた?」と聞くので、「え~?私仕事終って真っ直ぐ帰ってきたよ」と言うと、「だって、のんが『私、電車でパン食べたからお腹すいてない』とか言ってたジャン」・・・確かに、ダーリンが帰ってこないと解ってる時とか、体調悪い時、クスリが早く飲みたくて、グリーン車で帰りつつ何か食べたりしてることがあるのを話したことがあった。(あ、普通車両でも空いてるとお菓子とか平気で食べてたりします。マナー違反かな・・・これも)ダーリン、本当にわたしの言ったことをよ~~~く憶えてる。すごい・・・。インスピレーションで生きてる私は忘れてしまうことも多いから、彼に素直に感心します。車内で笑いながら帰路を進み、バイパスに出てあるお店の前に停まり、駐車場へ。「あれ?食べるの?」焼肉やさんにイン。彼が食べたいのならOKということで、久々の2人っきりでの外食へ。メニューはいつもの・・・牛タン塩、ファミリーロース、ごはん、カルビスープ(ダーリン)、ユッケジャンスープ(のん)、オイキムチいつもの通りのオーダー。彼がせっせと焼いてくれます。タン塩もロースも、「ネギ塩レモン」でおいしく頂きました。デザートにバニラアイスを食べ、お茶を飲んで家路に着きました。やっぱり、二人一緒だと心が和らぎます。のんは、彼には甘えた態度を見せます。彼も、のんには甘えてきます。彼は、実のきょうだいよりものんと一緒にいるときの方がリラックスできる、よく眠れると言ってくれることがうれしいです。のんは、幼い頃から1人で寝るのが好きで、ひとの寝息や時計の音がするだけで、眠れなくなってしまうので、同じ布団で普通に寝られることは奇跡です。ダーリンがいるとホッとします。ダーリンからお小遣いをもらいました。一時的に復活してたタバコも再びやめたそうで、缶コーヒーくらいしかお金を使わないからと、最近、家をあけてる事のお詫びなのか、私が予定外に医療費など出費が嵩んでいる事を気遣ってか、「今、ラマダン来てるから」とか言ってお札をポイッと投げるように渡してきました。光熱費などの支払にあてさせてもらいます。寒くて寒くて、足が凍るようで、一足先に布団に入って寝ていた彼にまとわりつくと「異常だよ」と言われました。足元近くにあるガスヒーターに足を当てて温めたけど、なんかダメでした。嫌な予感。会社にいたときも、胃の調子が悪く(消化不良気味)なってて、風邪の予感?と不安になってました。喉が腫れてる感じがしてるので、ディナーでおいしく食べられたことは元気な証拠かな?とホッとしてたのに・・・。ヤバイ、風邪引いた・・・。
2006.11.21
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10/26から飲み始めたオーソMが1シート飲み終わり、只今7日間の休薬期間です。予定通り(なのかな?)月経が来て、確かに経血量は少ない(自分比)と思うけど、腹痛と腰痛は残念ながらしっかりあった。10段階でいつも一番酷い1~2日目は8~9位の痛みに襲われるんだけど、やや軽いとは言え、5~7位かな?鎮痛剤(イブA)が朝・昼・晩欠かせなかった。困るのは、最近グンと寒くなったこと、前夜に鎮痛剤を飲んで寝ても、睡眠時間中に当然効き目は切れるので、痛みで目が覚めること。そして、めまいと吐き気、痛みで目は覚めているけど起き上がれない・・・。そんな日が続いている。今朝もよじれるほどだった。調べたら、オーソMは止血作用(っていうのかな?)が一番高いらしいから、子宮内膜症で、腺筋症もあり月経過多傾向にある私には適してるそうなんだけど、肝心な痛みの軽減が期待したほどではなかったことにちょっとがっかり・・・。まあ、まだ1シート目だしね、これから継続していくことで内膜症の炎症が和らいでいけば効果がもっとわかってくるんだろうね。あせらないことかな。ピルと関係ないかもしれないんだけど、最近おっぱいの形がいい感じです。もともと巨乳じゃないからダラ~ンと垂れる心配は少ないんだけど、運動不足とか年齢とともに、トップが下がってきてしまうのが避けられないのは私も同じ。それが、なんかイイ感じにお椀型?に整って、張りがある感じです。期間限定じゃないといいんだけど・・・ピルの効果かな~?やっぱり。おっぱいだけ記念に写真に残しておこうかしら?ピルの副作用について・・・私は「食欲増進」以外は目立った副作用はなかった。振り返ってみれば、少しだるいとか、少し眠いとかあったかもしれないけど、イライラするとか、いわゆる『儀閉経療法』のお薬で現れる『更年期障害様症状』は全くない。低用量ピルは確か『偽妊娠療法』だから、もしかしたら母性が芽生えて、いつもより更に涙もろかったかもしれない(笑)。TVのドラマやニュースのちょっとしたことに目が潤んでいたかも。それくらいなら、いいよね。妹が数年前、(多分)リュープリン(1.88だったかな)の注射を6ヶ月受けて、ものすごい副作用で、心身ともにボロボロになってしまって、彼女はすっかり婦人科医に不信感を抱き、今でも子宮内膜症があると思う(オペをしてないので臨床診断)のだけど、なかなか受診しようとしない。完全なトラウマ。かわいそうで、不憫で仕方ない。いろいろと、情報提供し、私がかかっている病院、紹介状を書いて頂いた医院の話をしたり、ピルの話をして、少し心が動き出したところ。好きな人が出来て、結婚を誓い合い、子供が欲しいと思った時、出来ない(出来にくい)・・・なんてことは、あの切なさは妹には味わって欲しくないから・・・。セルフメンテナンスは大事です。ピルじゃなくても、漢方でも、ヨガでも、化学療法でもなんでもいい、自身に合ったものを上手に取り入れて、軌道修正が出来ればいいのだから。痛みを知っているからこそ、だれにでもおせっかいババアになってしまう、のんなのでした。
2006.11.20
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我が家の宝、末の弟が無事に大学に合格しました。指定校推薦なので、世の中の受験生の中では一足早い合格です。彼は、あるスポーツで高い評価をされており、将来有望な選手のひとりとして、そのスポーツを続けるにも適した、また彼が学びたいジャンルの勉強も出来る、とても充実した環境の大学を選び、またご縁があり、このたび合格することが出来ました。スポーツ推薦枠を使わなかったのは、彼が選手として評価を得ている種目以外のスポーツにも興味があること、深めて行きたい勉強が具体的にあること、以上の二つの理由から、あらゆる選択肢を残せる環境で進学したいと言う希望を彼が明示し、また、高校側と、「是非うちにおいで」と言ってくださったいくつかの大学のことも含め、じゅうぶん検討した結果、今の進路を決めたのでした。スポーツをするには決して恵まれた体格ではない。身長も170cmちょっと。いくら食べても太らない、痩せ型(姉ちゃんとは大違い・・・)。けれど、天性の勘の鋭さと、人望の厚さから、仲間に恵まれ、高校生活はとても充実していたようで、進路を決めるにあたっても色々な道を考えた末、続けてきたスポーツを継続する道を大きく残した進路に決めたのでした。5人全員が大学まで進学させてもらえる環境をつくってくれた両親に感謝。経済的に決して余裕はないから、かわいいかわいい末の弟のこと、成人している4人のきょうだいみなでサポートできるように頑張って行きたい。私の心臓のこと、弟にはまだ(母と妹が)詳しく話していないそうです。私としては、家族だから知っていてもらいたいと思うので、キチンと聞いてもらおうと思います。心配してもらいたいからではなく、未成年だから頼りにならないとか、そういう風に見られていると感じてしまったら、弟は傷つくと思うから。家族全員、同じように聞いてもらいたい。支えてもらってる大きさは末の弟も同じだもの。私にとって、末の弟Sくんは、オアシスのような、天使のような存在。辛い時、寂しかった時、小さな小さな彼がギュッとハグしてくれた。現実逃避するように、仕事の休みや寝る間を惜しんでドライブしまくっていた20代前半、ドライブのお供はいつもSくんだった。彼は、私の心のバランスをとってくれる、不思議なパワーを持った存在。彼の、どんな人も色眼鏡で見ない、心にボーダーのない、本当に懐の大きな、ハートのあったかな人柄が、これから年齢を重ねて、社会に出て、もっともっとたくさんの人々と出会い、触れ合っていく中で、活かされることを祈ってる。そして、彼がいつでも笑顔でいてくれることを望んでいる。17年前のクリスマスイブ・イブに生まれた真っ白いフワフワちゃんが、こんなにもたくましい青年に成長してくれたこと、姉として誇りに思う。さあ、これから、ともに頑張っていこう。
2006.11.18
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昨日、婦人科以外にもう一つ受診したと日記に書きました。何科なのか、どこが悪いのか?なんでも明け透けにここで書いてきたのんにしては、具体性に欠けてて、自分自身もちょっと歯がゆかった。でも、まだ具体的に書くことを躊躇った自分も大事にしたかったので、昨夜の時点では書かなかった。のんの新たに加わった病名は・・・心房中隔欠損症です。読んで字のごとく、4つのパートに分かれる心臓(左・右心房、心室)のうち、全身を循環してきた血液を受け入れる右心房と、肺からO2をたっぷり含んだ血液を受け入れる左心房の真ん中を隔てる壁に穴が開いてしまっていて、左心房から右心房へ全身へ循環されるはずの血液が流れ込んでしまう。そのため、左右のバランスが悪くなり、4つのうちの一部に負荷がかかってしまい、心臓肥大を起こしているのでした。のんは、手術が必要なレベルの最低ラインなので、今すぐ生命の危機にさらされてしまうという重篤な状態ではないけれど、いつかは手術が必要なのは間違いない状態とのことでした。一番最初に『心臓肥大』を指摘されたのは、中2頃、風邪から気管支炎をこじらせ、肺に水が溜まり、胸部レントゲンを撮った時に、元大病院の外科部長だった、私のホームドクターからでした。「大きくなっていくようだったら、検査しよう」で終ってしまった。不思議と健康診断では引っかかったことがなかったように記憶してるが、振り返れば「何かハードなスポーツをしていたか?」とよく聞かれたことを思い出した。数年前にもインフルエンザと気管支炎をこじらして胸部レントゲンを撮った時、「大きいね・・・なんか運動やってた?」と言われた。婦人科の腹腔鏡手術の術前検査の心電図で、心臓の一部に負荷がかかっていると言われた(オペには支障はないと言う判断で特に何もしなかった)。1年位前、原因不明の極度の浮腫みで近くの診療所を受診した時、『不整脈』を指摘され、一度検査をしてみたらどうか?と言われたけれど、そのままにしてしまった。そして先月、末の弟と一緒に(私はマイコプラズマ肺炎、弟は溶漣菌感染症だった)受診した内科医の先生が、(私は咳が酷く肺炎を疑われ撮影した)胸部レントゲン写真を見て、「肺の影はセーフだけど、それより心臓の大きさが気になるから、一度検査を受けてみたらどうかな?それで大丈夫だったら、一度太鼓判を押してもらってる方が安心でしょう」そうおっしゃった。誠実で温厚なT先生の強いまなざしに、心配してくださってるというお気持ちを感じ、これは与えられたチャンスなんだと、紹介状を書いていただき、レントゲン写真をお借りしてきた。随分仕事を休んでしまったので、元気に快復した後は仕事に集中していた。紹介状は婦人科でお世話になっているJ病院の循環器内科宛に書いて頂いた。手元に紹介状とフィルムを持ったまま1ヶ月が経過してしまった。私としては、「気にしなくていいものですよ」と言われると思っていた。なので、婦人科の検診に合わせて、仕事の休みがとりやすい日に休暇を貰って昨日受診したのだ。循環器内科は熟年以上の比較的高齢の患者さんが待合室を埋めていた。それでも、初診外来は婦人科のそれよりは比較的余裕があるような印象だった。問診票、レントゲン写真をナースに預けると、まずは『胸部レントゲン』と『心電図』の検査を指示された。そして、結果を元に、医師の診察を受けた。可能性としての判断しか出来ないので『心臓超音波検査』をさせて欲しいと言われた。エコーなので、何の苦痛もないが、時間がかかるとのことでしたが、眠ってしまっても良かったので大丈夫だった。これらの検査結果を見た、医師の診断が『心房中隔欠損症』だった。先天性の疾患であること、私は軽度であること、オペで治ることなど医師は丁寧にわかりやすく説明してくれました。私は尋ねました。このリスクをしょって生きてきた33年間、どういうことが起こりうる可能性があったのか?例えば、風邪を引きやすいとか、浮腫みやすいとか、疲れやすいとかあるのか?・・・と。医師は「あ、それはありますね。手術後、振り返ってみたら風邪を引かなくなったと言う人は多いですよ」そうおっしゃった。病名を告げられたショックや、受ける予定となる手術が開胸手術だというショックよりある意味衝撃だった。のんは、とにかく子供の頃から風邪を引きやすかった(今現在でもそうです)。すぐに扁桃腺を腫らすし、季節の変わり目にはめっぽう弱かった。3歳の頃、急性腎炎で生死をさまよい、風邪がきっかけとなるこの病気のあと、私は絶対薄着はしないし、気をつけてきた。どんなに予防線を張っても誰よりも先に風邪を引き、大流行したら最後にまた引くような子だった。小学校でも、中学校でも、「なまけてる」と言われ、体調不良で欠席しても「(当時こういう言い方はなかったけど)不登校だ」「非行の始まりだ」「親のしつけが悪いからだ」「だらしない子供」などと、母も私自身も教師やまわりの大人たちにいわれのない中傷を受けてきた。なぜそんなことを言われてきたか、「元気そうに見える子供」だったから。成人しても、そんな体質は変わらず、それでも責任ある仕事を任されれば倒れるまで頑張ったし、結果も出してきた。だけれど、私が倒れるまで頑張ってる時には手を貸すことも主体性を持つスタッフを育成することもしない会社は、私が倒れ、仕事を休んだ途端、「社会人としてなってない」「責任感が欠けてる」婦人科疾患でもそうだが「苦しいのはあなただけじゃない」「甘えてる」などと言われて来た。体調を理由に解雇された会社もあった。それまで、自己責任だから・・・と、言われるがままを受け止めて、傷ついてきた。家族とダーリンと、旧友だけが救いだった。私はいつもいつも、この私の不調を、苦しみを信じてもらいたい・・・そう思い続けてきた。痛い、苦しいと言うことを躊躇い、苦痛に顔が歪むのを人に見せるのが嫌で、学校や職場はもちろんのこと、家族にすら笑顔でごまかしてきた。笑顔で大丈夫と言いながら倒れたこともあった・・・情けないと自分を責めたりもした。当然、親は見抜くので、具合が悪ければ手を差し伸べてくれてきた。きょうだいも、おねえちゃんのサインは敏感に察知してくれてた。血の繋がらない人で初めて「痛い、辛い」と泣いて見せることができたのがダーリンだった。仕事を短期間に次々変えても、何も言わず、ただひたすら私の身体を気遣ってくれた。のんは辛抱が足りないんだ、我慢が足りないんだ、甘えてるんだ・・・そう自分を責めてきた。完全なトラウマ。どんなに頑張っても評価されないことへの失望感を消すことは出来ないでいた。33年目にして、『誰もができることができない理由』を知ることが出来た安堵感と言ったら変だけど、「そうだったのか・・・」と思える答えが見出せたようで、不謹慎だけど嬉しくもあったのは事実だった。医師に聞いた。手術は簡単なものなんですか?と。医師は、笑った。「心臓なんで、簡単と言うことはないですが、難しいものではないですよ、心臓手術の中では比較的簡単と言えるでしょう」と言葉を選んで話してくださった。妊娠、出産についても伺った。「一番いいのは、手術をしてしまってから妊娠できたらいいね」とおっしゃった。妊娠し、妊娠後期に悪化してしまい心不全を起こしたり、最悪命を落とす可能性も高くなってしまうから、穴を塞いでしまえばリスクは格段に低くなるとおっしゃった。「婚約中」だということで、「結婚して少しして、手術したら40歳くらいまでに1~2人産むことは出来るよ」とおっしゃった。私が、婦人科疾患があり、不妊傾向にあると告げると、「あなたは妊娠しづらい身体なら、妊娠した時がグッドチャンスでなくてはならないよね。だとしたら手術を先延ばしせず、やってしまって、妊娠期を迎えるほうが絶対いいね」そうおっしゃってくださった。このタイミングに総てが明らかになったということは、遠くない将来、我が子を抱ける時が来る、そのための準備期間なんだと、そう思えた。医師とのやり取りをする私は淡々としてた。冷静だった。母と妹と合流して、妹に最初に告げた。「心臓に穴ッポコ開いてるって・・・ははは」明るく話した。妹の大きな目は、淵がみるみる充血してしまった。けれど、人が沢山いる受付、会計のフロア、彼女もこらえたようだった。処方箋の受取があったため、妹だけ母の元に戻って待っててもらった。「私から話してもいい?」と聞くので、「あ、言っておいて」と明るく告げた。母の顔を見れなかった。それでも、カラ元気に明るく、「辛抱が欠損だって~」なんてジョークを飛ばした。先天性の疾患であれば、母は自分を責めるに決まってる。「お母さんが、ちゃんと産んであげられなかったから・・・」そう言うのは想像に難くなかった・・・。私の年子の兄は、9ヶ月で死産でした。羊水過多で妊娠初期から苦しく辛いだけの初めてのマタニティライフを、先天性の心臓疾患(内臓奇形)を主だった理由で、最愛の我が子を、第一子を失っている。奇しくも兄と同じ(かもしれない)病気・・・母を苦しめるくらいなら、私は笑っていよう。「でもさ、治らない病気ではなかったと思ったら、やっぱりお陰様だよね」私は軽度で、一度胸を開いて、穴を塞いでしまえば全ては終る。世の中、慢性の重篤な疾患と戦い続けている方々はどんなに多いことか・・・。その方々と比べたら風邪みたいなもんさ~。でも、それでも、手術も、これから受けるいろんな検査も怖い。経済的な不安もある。婦人科疾患のように、激しく極端な自覚症状があるわけでもないけれど、放置するわけには行かない。父がすごく心配していて、私が昨夜は疲れてしまって話も出来ず、今日も仕事だったのでまだ会って話が出来ていない。母に、「精密検査をうけることになった」としか聞かされず、不機嫌になっていたそうだ。明日、直接話をしようと思う。さっき、仕事から帰り、疲れて気分が悪くなってしまった。すごく寒くて、暖房をつけ、温かい食事を取り出したら元気が出た。PCをつけ、メールをチェックし、このブログもチェック。友達から温かい言葉が届いていた。読み進んでいくうちに、ロックがかかっていたものが外れたように、声を上げて泣いてしまった。医師に病名を告げられてから、この瞬間まで、臆病で泣き虫で弱虫なのんが、元気に明るく振舞っていた、職場にはまだ報告せず、携帯での母とのやり取りも明るく振舞っていた。泣くまい、泣いたって変わることじゃない、いや、泣くほどのことじゃないジャン。ダーリンの前でも、「ママのお腹にいるときに心臓モシュ(ネズミ)にかじられてたヨ」と笑って話した。本当は不安と恐怖でいっぱいだった。それを、そうおびえている自分を認めるのが怖かった・・・。ひとしきり泣いて、顔もグシャグシャ。明日が休みでよかった(笑)。心が少しラクになった。私の病気は決して珍しい奇病でも、ものすごい重症でもないけど、これからの新たな治療に頑張れるよう、LOVE&POWERをわけてください。長くなってしまったけど、ご報告まで・・・。読んでくれてありがとう。
2006.11.17
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本日は、予定休で仕事をお休み貰ってかかりつけのJ病院へ行ってきた。婦人科では、先月処方してもらった『低容量ピル』が1シート終ったので、主治医の指示通り、処方箋(院外)を貰う予定で受診しました。そして今日は、もう一つ、別の科にも紹介状を持参して診察を受けたのでした。そちらは初診だったので、緊張もあったけど、診察、検査など、また、婦人科の看護師さんたちもみなそうだけど、その科の看護師さんもみなやさしくかわいい人ばかりで、気持ちよく受診できた。担当してくださった医師も、丁寧な説明と迅速な対応で、とても信頼できた。これから、長いお付き合いになるので、担当してくださった医師の印象(私との相性など)がよくてホッとした。大学病院なので、他の医師の診断も可能だけど、婦人科でも紹介状に書いてもらって、診察、オペと総て私は同じ医師に診てもらえていることはとてもラッキーだと思う。ちなみに、今日は主治医は外来の日ではないのだけど、仕事の都合でどうしても今日になってしまって、彼とも相談した結果、もう少し、治療に専念してから妊娠できたらいいのでは・・・ということになったので、低容量ピルの服用を継続することにした。だから、言いかた悪いけど、主治医じゃなくてもいい受診内容だったので、妥協できた。だけど、大事な相談事は主治医とのみのコンタクトになるので、結局私は先生の外来の日に休みを貰うことになってしまう・・・。仕事と心中する気はないので、欠勤を指摘されようと、出勤してる時は集中して仕事こなしてる自負もあるので、同僚に愚痴られようと、自分の身体は自分で守るしかないと、割り切ることにしてる。仕事の代役はいくらでもいるけど、私の人生の代役は誰にも出来ないことだしね。いいさ、社会人半人前と言われようとも。でも、今日はクタクタになってしまった。検査が3つ。最初に2つ受けて、その後の診察でもう1つ検査することが追加され、最初は別の日に来院しなくてはならなかったのが、遅い時間がいいと申し出たら、検査部がスケジュールを見てくれ、今日の13時からと言われた(その時点で12:50頃)。その検査、30~40分かかるし、とても混んでるらしく、診察してくださった先生も「こんなことは、ありえないんだけど、奇跡だね」と驚き笑いながら、「さあ、待ち時間5分、行ってらっしゃい」と言ってくれました。今までも、そうとうミラクル体験してるけど、私、本当ありがたいです。初めての検査だったので、ドキドキだったけど、美人の検査技師の先生が親切に対応して下さったので、長い時間の検査も苦痛なく受けられた。その後の診察で、今後の経緯を話し合った。重篤な状況ではないけど、放置できないことだったので、その病気について、そして治療方針など説明を聞き、更なる検査の予約をした。やっとやっと会計、処方箋受取、おくすり受取・・・となった。総てが終ってみたら16:00過ぎ・・・ふぅ~お疲れ様です。今日は、実は単身ではなく、母と仕事がたまたま休みだった妹が一緒に来てくれた。待合室とかは混んでるし、疲れるので母と妹はカフェなどで時間を潰しててくれた。私の身体を心底心配してくれる家族の存在に、感謝してもしきれない。お昼ごはんも食べてなかったので、帰りは行きつけの巣鴨のもんじゃやさんで3人で超遅めのランチ兼、ちょっと早めのディナーを食べた。ダーリンにも電話で報告した。仕事でクタクタになってしまったらしく、声が死んでた。そして、仕事の都合で我が家の隣の市にある義兄の別荘で寝泊りしてるダーリンのところに寄って、会って顔を見てあらためて報告した。まったく、ダーリンもハズレくじ引いたよ、もっと健康で、子供もバンバン産んでくれるいい奥さん候補の女性なんて沢山いるだろうに・・・。そう考えると、ダーリンのママに申し訳なくて胸が痛い。そう思っていることをダーリンに言うと「バカ」と小突かれるけど、本当にそう思ってるよ。愛する人の子供を授かり、愛する人に親になる喜びと責任感を実感してもらいたい。そう思っているもの。それを簡単にできる健康な女性・・・花嫁としてふさわしいよ、やっぱり。私の良いところもあると思う、でも、だれもが出来るはずのことが容易に出来ない・・・辛いです。だから、昨今の『親殺し』『子殺し』の事件や、相次ぐ『自殺』騒動など見ると、腹が立つ。命の尊さ、もっと考えようよ。からだの、いくつかにトラブルを抱えてるからこそ、解るのかもしれない。でも、みんながみんな私のような「痛みとの共存」なんて知る必要もないし、健康を維持することってそれもそれですばらしい努力だって思う。だれもが、自分自身のからだを愛することも悲しい事件を防げる一端を担える気がする。なんて、長い一日となった、病院ツアーから帰宅して考えた、のんなのでした。
2006.11.16
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日本では、胸を締め付けられるような事件、事故、自然災害が相次いでいる。それは、まるで何かを警鐘しているかのようでもあり、もしくは今までの禊ぎが始まっているのかもしれない。全ての被害者、被災者が、何か悪いことをして『バチが当たった』とは私は思っていない。言い方は悪いけど、「そういう運命がその方に訪れた」としか言えない。努力が足りなかったから、何かを怠ったから、わがまま言ったから・・・などということで不運、不幸が降りかかるとは言い切れないから。それに、私が思う『神』という存在は、全人類に試練や苦難・困難の機会を与えることはあっても、それを対一個人への罰のような形では与えないと思うから・・・。信仰と言う言葉だけでくくってしまいたくない、大きなエネルギーの仕業であるような気がする。まあ、宗教家はそれを「神の存在」として、語ってくださるのかもしれないな。タイトルにも書いた、愛するということ、「愛してる」と言うことこれは大きく2つの動きが含まれる。1.誰か(何か)を「愛する」(Loving~)行為2.(誰かに)「愛してると伝える」(Say "I love ~")行為同じようで、ちょっと違う。1.は、対象さえあれば、自由に思い描ける。片想い、憧れ、敬愛、情愛、激愛、博愛・・・どんな形、どんな相手であっても(同性でも、親子、友人、恋人などなど)思う気持ちは、自然と努力しなくとも湧き出てくるものだ。それが、感情とも言えると思う。2.は、1の想いの下、それを伝えるという、「少しの努力」が必要となる。「初恋を告白する」ような、ドキドキもあるけど、ここで話したいのは、「家族愛」だろうか?ライフパートナー(夫、妻、恋人など)へ、想いを伝えることで、愛情はもちろんのこと、信頼、尊敬など、男女の情愛に限らない深い感情が固まるエッセンスになってくれると思う。これは、友達、きょうだい、親、恩師、先輩など、自身をとりまく大事な人への想いでも、同じだと思う。私は、「人間に生まれたのだから、言葉のコミュニケーションを大事にしたい」という持論がある。日本では、言わずとも伝わる美徳感「暗黙の了解」や「空気を察する、読む」などといったものもあるけど、これは「言葉」を巧みに使ってこその「オプション」だと思う。人間同士、終始無言でコミュニケーションをとったとしたら、それは原始時代への退化だと思う。そんな大袈裟でもなく、「その唇はなぜあるの?」と誰かの言葉に、先人は「KISSするため、そして愛をささやくため」なんて素敵な言葉を残した。私もそう思っている。多分、その言葉を知った頃は、本当のKISSの味はまだ知らなかったかもしれない。10代の頃、すごくすごく大好きだった彼とのその時も、ドキドキを隠すかのように、お互い妙に饒舌だった気がする・・・なつかしいな。私のダーリンは、ご存知の通り、外国人である。彼がかなりのレベルの流暢な日本語を話す為、私は何の不便もなく、彼と言葉のコミュニケーションを取れるというラッキーな環境にいる。亀の歩みよりゆっくりな彼の母国語のお勉強は、素敵な言葉の単語は私の心にしっかりと、刻まれている。それは、アイシテルでもあったりする。「恋人がガイジンだからだよ~」と思う人もいるかもしれない。私と彼に限って言えば、私の方が日本人っぽくない。愛情表現を最重要項目に掲げて生きてきてるし・・・笑。彼は、シャイで、明治のオトコのように、「男が愛してるなんて」とか「女をあんまり褒めるとダメになる」とかカビた台詞を言うような『日本男児の鏡』のようなガイジン(笑)なので、『ステレオタイプのイメージの外国人との恋愛』を想像した方、それは捨ててください。※ちなみに、昨今の日本人のジェントルマンの方が、よっぽど素敵なフレーズ持ってます。外国人みんなが愛の言葉の辞書をもってるわけではないので、あしからず。世界共通に、いい男はいい男、愚男は愚男です。あ、ダーリンは「最高にイイ男」です。言葉数こそ少ないけど、愛情表現の広辞苑持ってました(ペルシャ語版 笑)。ちなみに彼は、今では、日本語でキチンと「愛してる」と言ってくれる。私が、「今この瞬間、本当に愛しているならキチンと言葉にしてくれないとダメなんだ~!」と言い続けてきたから。「愛情が少なくなってしまったら、正直に言ってください」とも言ってます。それでも私は、時々素直じゃない。照れくさいのでも、へそ曲がりなのでもなく、時々はまじめに「私はアナタに愛されるだけの存在だろうか」と自信がなかったりもするから。自分からは、彼に正直な心を見せてくれと強くアピールしておきながら、人の心の移り変わりに臆病な私もいたするのですね。それでも、彼の大きくてキレイな瞳からも注がれる、真っ直ぐな気持ち、深い愛情、強さに裏付けられる優しさは、確実に私の心を柔らかくしてくれ、そしてそれは心の余裕となり、成長への糧となってくれる。愛すること、愛されること大好きなGLAYの♪春を愛する人という曲の代表的なフレーズにあるその言葉は、やはり、男女の愛情に限らないと私は解釈している。「愛すること、愛されること」は、「生きてくこと、生かされていること」と繋がると思うから。前述の1と2の共通点は、1人では成り立たないと言う大前提もある。愛する対象があってはじめて起こり得るのだから。愛し続けること、愛を持続することはとても大変だと言うことは皆が知っている。そのためにも「愛している」と言葉に出すことってとても重要だって思う。こんな世の中だからこそ、ベタな愛情表現も大事だって思う。好きな人に「好きだよ」と言うことは難しいかな?家族に「大好きだよ」と言えるかな?最愛の人に、「愛してる」と言えるかな?GLAYの新曲に「100万回のKISS」という楽曲があります。九州からスタートしたホールツアーで発表され、すでに触れることの出来たファンの心には何かが届いてると思います(私もその1人)。私のKISS持論そのままを詩にしてくれたような、難しくないわかりやすい言葉たちでキラキラとした彩りと、懐かしさをフワリと添えた優しいメロディを載せてくれた、覚えやすい曲。偶然とは言え、何か大好きなGLAYと、概念のどこかが繋がっているようで嬉しかった。コテコテなラブソングかもしれない。だけど、30歳を過ぎて思う。恋人への愛情を、いつまでも色褪せることなく、温かさを維持できるとしたら、それは、恋人との男女の関係だけでは成り立たない。今まで生きてきたお互いの人生で出会い、触れ合ってきた総ての存在の力があって、生かされて、愛されて、そして、その大きな大きな中で、たった一人の大事な人との愛が生まれ、育って行くんだな、2人だけいればそれでOKなんてことはないんだな~って。互いの両親への敬愛、親愛の想いが、なぜか、男女の情愛さえもブラッシュアップしてくれるってところが面白い。親の目を盗んでイチャイチャしてるようで(笑)、実のところ、「命の根源」である親に感謝することが、たとえ夫婦になって長くても、出逢ったばかりの恋人のようにラブラブでいられるのかもしれない。「愛してる」真っ直ぐそう言える潔白で強いじぶんでありたい。愛されることの豊かさを十分に知っているからこそ、私から還元できるものを育てていきたい。・・・自ら命の区切りをつけようとしている人に届いて欲しい。今そこにいるあなたの直ぐそばにはあなたと同じ方向を見ている人がいないかもしれない。けれど、世界はそんな小さなところではないよ。あなたはひとりじゃない、その苦しみを痛みを分かつことができるなら・・・私に何が出来るだろうか・・・誰かを傷つけることのほうが疲れるってこと。傷つくことを知ったあなたは、強い。その勇気を別に向けるためにできること、私には何が出来るだろうか・・・救えなかったあなたが、今は安らかであるよう。暗闇さまようあなたの、ともし火を知らせる種火にでもなれたら・・・優しさは強さ「愛してる」と言葉に出すことで守れるものが増えるはず・・・決して恋人だけに向けられる言葉じゃないから・・・
2006.11.08
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あっという間の、長崎の旅だったけど、楽しかったです。1泊2日でお世話になったホテルは『ホテルモントレ長崎』とっても、素敵なホテルでした。チェックアウト後、飛行機までの時間を使って観光もしました。ホテルから程近い『大浦天主堂』と『グラバー園(の入口まで)』に立ち寄りました。お土産は、名物、長崎堂のカステラ(ザラメが載ってて食感も楽しく、そして激うま)と、ホテル正面のお土産やさんの店頭に並んでた『カステラ切れ端』これは安くてお買い得。中身はなんと長崎堂のカステラでした!!自宅用のお土産にピッタリです。写真のサイズは1つ¥280でしたヨ。そして、カステラちゃんが山になってました(笑)。カステラキューピーは、私が一目で気に入り、ゲットしたのだけど、下の弟S君のハートど真ん中だったそうで、あげました。弟の携帯に付けられたキューピーは、早速サッカー遊びしてました(笑)。帰り、あまりにのんびりしてしまい、飛行機に乗り遅れそうになりました。無事に乗れ、東京に戻りました・・・。帰り道は渋滞・・・旅から現実に引き戻された瞬間でした(笑)。
2006.11.07
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待ちに待った、GLAYのライブツアー参加!朝、いつもの出勤時間とほぼ同刻に、マイカーを走らせ、いざ錦糸町駅方面へ。一緒に行く、9年来のGLAYファン友達との待ち合わせ。千葉は、濃い霧・・・嫌な予感。いつもより、クルマが渋滞してる・・・。朝方のラッシュは大体把握してるけど、ちょっとイレギュラーな動きだった。スピードも全体的にノロノロだった。羽田空港近くのパーキングに預ける為の予約時間があって、錦糸町に寄ってたら間に合わない可能性が大きかった。友達に電話して、直接電車で向かってもらうようお願いした。錦糸町に寄らない為、京葉道路ではなく、東関東の湾岸道路(って言うんだっけ?)方向に向かった。ラッキーなことに、こっちの道はさほど混んでおらず、グングン進んでくれた。途中で、おトイレ休憩もできた(漏らすかと思った 笑)。大井出口付近で、まだ時間に余裕があったので、すぐさま友達に連絡して、品川駅で合流ということにした。焦るあまり、道を間違え、グルグル回ってしまった。無事に、合流できた。予約時間を少しオーバーしてしまいそうだったので、に電話を入れておいた。無事、到着。クルマを預け、無料送迎バスで空港まで送ってもらった。チェックインは始まっていて、急いで出発ロビーへ。手荷物チェックをし、トイレを済ませ、搭乗口へ。既に、搭乗が始まっており、待つことなく機内へ。座席は、真ん中になってしまった(チェックインが遅かったので、窓側は満席でした)。長崎行きのJAL便は、けっこう満席状態。ワクワク。約1時間40分のフライトは、ドリンクサービスでお楽しみのコンソメスープも楽しめ、少しの揺れはあったけど、無事に到着。のんは、空港の雰囲気が大好き。羽田も、成田も好きだけど、地方のこじんまりとした空港も好き。高所恐怖症なくせに、飛行機の旅、大好きです。長崎空港から、バスに乗り、ホテルのある『長崎新地』方面へ。一瞬、道に迷い、路面電車のりばの地図を見て、ホテル方面を発見。格安な上に、アーリーチェックイン&レイトチェックアウトサービスのプランだったらしく、到着したら直ぐに「お部屋のご用意はできております」と通してもらえた。大きくはないが、かわいいホテルでした(詳細は明日)。早速、ライブ会場へ。今回、会場限定、数量限定のグッズがあり、争奪戦となっている。どうも、100個限定らしく、朝6時から並んだ・・・などとゲットした方に聞いたら、ビックリな情報がすでにあったので、諦めてはいたが、一応楽しみにして向った。いきなり、目的地への行き方がわからず(友達任せの旅にしてしまい、得意の事前リサーチを怠ってしまいました)、偶然居合わせたパトロール中のイケメン(笑)おまわりさん2人組に、行き方を教わりました。このお巡りさんのお陰で、私達の長崎の印象は、相当いいものとなりました。長崎の人、イイ人です。路面電車に乗り、目的地へ。本日の会場は、『長崎ブリックホール』でした。ちなみに、私達、お巡りさんに「パブリックホールへはどうやって行ったらいいですか?」と聞いてました。「そんなもん、ねえよ」と言われても、仕方なかったところ(爆)、丁寧に教えてくれました。すでに、限定グッズをゲットし、誇らしげに首に巻いているファンの子と遭遇(グッズはフリースを使ったマフラーです)、ちょっとジェラシーでした。一応、グッズ販売の行列に紛れ、覗いてみたけど、当然限定君はすでに完売。さっさと、見切りをつけ(笑)、昼ごはんがまだだった私達、レストランを求めて歩きだしました。会場付近には、なかなか丁度いい食事場所が見つからず、少し歩いたところに『ガスト』があったので、そこにしました(旅先でなにもガストに行かなくても・・・とお思いでしょう)。ライブ開始時間の関係もあるので、あんまり遠くには行けないので、選択肢がなかったし、ガストなら安心して食べられると言うことで、決定。長崎(九州)ゆかりのメニューがあったので、それにしました。お茶もして、開演の少し前に入場しました。いよいよ、ライブ開始・・・横浜BLITZ参加しているとは言え、ツアー本編参加は今日が初日になるので、ドキドキ!!すでに、ツアー自体は初日の宮崎、鹿児島、佐賀、と3公演を終えたところで、ライブの情報や、各回のセットリストも発表されていたし、ブリッツ参加によって、なんとなく骨組みは見えてたのだけど、かえって期待感は倍増。場内が暗転・・・・と、ともに大きな歓声!!(もちろん、私も叫んでます)。オープニングの演出、メンバー登場・・・場内のテンションはいきなりピーク!そして、4公演目も1曲目は同じく、『LAYLA』。この曲、GLAYにとっても、ファンにとっても、沢山の想いが詰まった曲です。私は、この曲もはじめて聴いたときに号泣しました。GLAYが解散してしまうかもしれない、活動ができなくなるかもしれない、など、あらゆる大人の事情と言われることなどで、ファンにとっても、GLAYにとっても試練の時期がありました。コンスタントに露出する活動を続けてきたなんともファン想いなGLAYのファンは、甘やかされて来たので(笑)、地下活動(レコーディングとかね)だけの期間の待ち方がへたっぴ(笑)。だけれど、そんな笑える状況ではなかった去年を経て、迎えたこのライブツアー、ファンにとっても、おそらくGLAY自身にとっても大事なんじゃないかと思う。ファンではないけど、曲は好きだよって位の認識の多くの人にしたら、「GLAYまだやってたんだ」って感じかもしれないけどね。ラブソングの評価が高いGLAYだけど、この『LAYLA』、恋人を思うだけの曲ではないことは、ファンのみんなは知っている。かの名曲と同名のこの曲、GLAYのレイラも名曲に育って欲しい・・・。沢山の涙を流し、笑顔になり、至極のデトックスを味わったひとときでした。そして、ライブが終るといつも寂しくなってしまう。またすぐに逢いたいって。そして、ダーリンのことも思い出す。私の心に響く曲の総ての登場人物は、ダーリンアナタよ・・・ってね、ふふふ。路面電車に揺られ、ホテルを目指す。長崎にも中華街があって、1軒決してキレイとは言えない(失敬)小さな『ちゃんぽん」屋さんを発見。有無を言わさず、そこに入った。席数わずか10あまりの小さな中華屋さん(っていうのかな~?)。友達は『長崎ちゃんぽん』、私は『長崎皿うどん』をオーダー。出来上がるまで、どくとくの臭い(とんこつかな?)にちょっとビビリつつも、お腹は正直、グ~っと鳴っていた。写真に撮るのをすっかり忘れ、早速がっついた。あ、熱い!やけどした・・・笑。でも、おいしかった~。新聞に掲載されたこともあるらしい、実は名店だったみたい。(誰だかわからなかったけど)サインとかも何枚か飾ってあった(GLAYではなかった)。満腹になり、ホテルまでホクホク顔で歩いた。コンビニに寄り、友達は缶チューハイを、のんはサイダーを(笑)、祝杯の為に買った。楽しい時間はなんであっという間なんだろうね。
2006.11.06
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家族の用事の為に、運転手の交替要員としてお出かけに同行しました。千葉県M市 出発 ↓千葉市内・京葉道路へ ↓船橋、市川を経て ↓小松川IC ↓首都高速 ↓両国JCT ↓新宿方面へ ↓中央自動車道へ ↓八王子SAで休憩・・・たこやき、イカかんぼこをほおばる ↓ここで、目的地方向と違う道を進んでいたことに気づく ↓八王子出口を降りる ↓青梅方面へ ↓福生市通過 ↓羽村市通過 ↓瑞穂町通過 ↓飯能市突入 ↓入間市通過 ↓飯能市内到着(目的地は、入間市との境でした)おそらく、余計な道をグルグルと回ってしまったでしょう・・・。初めての福生は、道を意識するあまり、景色など見る余裕もなく・・・とか言いながら、同じくベースの街、横須賀育ちとしては、さりげなく比較しました。福生の方が規模が大きいかな?横須賀は港に面してるし、あまりに当たり前となってたから意識してなかったしな~。羽村市には、知人が住んでいるので、「お~ここか~」と思いつつ通過しました。そして、この訪問まで「瑞穂町」の存在、知りませんでした・・・失礼しました。奥多摩まで行ってしまいそうな勢いでしたが、無事に目的地に到着しました。出発時は、妹Mちゃんが運転してくれ、途中で私にチェンジしました。我が家のクルマ、どれにもカーナビが付いてません。カーナビ、あったらいいなと痛感。でもまあ、基本的には『地図の読める女』の私なので、しばらくはNoカーナビライフかな?ETCはついてるんだけどね~、あれは便利だ、割引もあるしね。(ダーリン、しっかり勉強して付けられるようになったしね、エライ!)無事に、大事な用事も済ませられ、武蔵野市に住む妹Cちゃんのところに向かうべく、青梅街道をひたすら直進した。ちょうど、彼女の住むアパートの前あたりでザーザー降りの大雨になってしまった。Cちゃん、ちょっと里心ついたのか、お仕事もお休みなので実家に一緒に帰ることに。普通のセダンに大人が5人(母、妹2人、弟、のん)だと、けっこう窮屈(5人乗りだけど)。私の運転で、いざ千葉の自宅へ。初めての土地でもあったので、ちょっと疲れました。
2006.11.04
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