仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2011.11.01
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カテゴリ: 仙台
囚人を収容する場所は現在は刑務所だが、古くは牢屋、獄屋、監獄、明治12年頃から暫くの間は集治監と呼ばれていた。

我が国で最初に集治監を設置したのは、東京と仙台の2か所である。仙台は明治12年(1879)9月のことである。設立当時は宮城集治監と称し、仙台区郊外の古城址に建設された。東京集治監とともに我が国における刑務所の嚆矢であった。

宮城集治監は、中央に見張りの六角五層の塔が高く聳え、六棟の獄舎が放射状に配置されていて、中央棟からの監視が行き届くように設計されたもので、当時の人々はこれを「雪形六出の構え」と形容した。囚人三千人を収容することの出来る設備があった。かの西南の役における国事犯人が囚人としてここに送られたという。

宮城刑務所房舎(旧宮城集治監)は、西南戦争の国事犯を収容するためにつくられたもので、明治12年(1879)落成。請負は大成建設の前身である大倉組。中央にルネッサンス風の六角塔を置き、放射状に木造2階建ての6棟の雑居房と独房を配したもので、今は3棟が切り取られている。中央の棟は4階建て、1、2、3階は看守の見張り所となっている。この看守所は組み立て梁を用いた洋風構造である。房舎の内部においては日本在来の牢建築の手法を用いている。獄舎建築としては画期的なもので、香港、シンガポールの獄舎を通じて英国に範を求めたとも言われている。堂々たる大建築で、俗に六角大学の異称で呼ばれた。

■菊地勝之助編『名数みやぎ郷土小事典』(宝文堂、1973年、1987年復刻)から
■関連する過去の記事
宮城刑務所(シリーズ仙台百景 29) (08年8月12日)
きょう宮城刑務所から出てきました





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最終更新日  2011.11.03 10:32:25
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