仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2026.06.11
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カテゴリ: 宮城


明日(6月12日)で宮城県沖地震から48年である。昭和53年(1978)のことだった。宮城県内の死者27人、ブロック塀の倒壊や、苦竹のビルの押しつぶされた姿などが印象に強い。

河北新報オンラインで、当時の写真マップが公開されている( 記事 )。その画像を、いくつか眺めてみて、その「地点」を記しておきたい。

●日乃出興業ビル
 屋上の給水塔が損傷して水が路上に注ぎだしている。左手奥(仙台駅より)には、仙台ホテルの建物がある。

●丸光デパート
 倒壊した排煙塔が、小道(政岡通りでないか)をはさんで隣接の建物(一ノ蔵、などの看板がみえる)に、もたれかかっている。丸光は、その後、ビブレ、さくら野百貨店だ。

●東宝仙台ビル


●東二番丁と広瀬通の交差点
 停電で信号が消えて渋滞が発生している状況。

●宮城学院女子大学
 赤レンガ塀が崩れている。中央四丁目にあった頃だ。現在の国際ホテルの場所だろう。

●東北学院中高
 同様に、赤レンガ塀の崩落。一番町一丁目、とある。

●北根黒松
 地盤崩落と共に木造アパートが倒壊。破裂した水道管から水が浸透したことが原因という。この画像は、新聞紙面(紙の)にも出ているもの。

●苦竹
 一階部分が押しつぶされたビル。パロマガス炊飯器の看板がある。奥に見える建物は、とんかつとん亭だ。三角屋根で、妻の部分の壁に、一文字づつ丸で囲まれて店舗名が書かれているのが、なつかしい。


■関連する過去の記事(とん亭について)
七北田川を考える (07年10月3日)=寛文の流路変更と舟曳堀。「とん亭」が出てきます
舟曳堀(鶴巻-苦竹)を探して (06年3月12日)

●苦竹三丁目
 上記のビルよりやや東。これは有名な画像で、きょうの紙面(紙の)の一面にでている写真だ。三階建てで、一階部分がすっかり潰されて、2階3階も変形している。マルに「は」の赤い文字のおおきな看板が屋上に見える。



 一階部分が倒壊してビル全体が大きく傾いた状態。会社名だろうか、「オビサン」と書かれている。

●若林区新寺
 石材店で石灯篭が倒壊。写真に写っている小型フォークリフトに、「●(一文字読めない)平石材店」と書かれている。

●太白区郡山
 4号バイパス沿いのガソリンスタンド。日本石油とのサインがある大屋根が倒壊している。仙台バイパス給油所、と建物に書かれている。

●長町一丁目
 完全につぶれた商店。佐藤文雄商店、と読める。隣は、板隆洋服店。

●太白区緑が丘
 大きく斜面崩壊している。

●東北石油
 港5丁目。タンクから漏れた油が製油所敷地内に広がっている。また、港内にオイルフェンスを張って流出を防いでいる。

■関連する過去の記事
地すべり、宅地災害、土砂災害などの基礎知識 (2024年05月28日)
宅地災害フロンティアの東北 (2024年05月28日)
宮城県沖地震の体験記 (2016年6月29日)
宮城県沖地震の前ぶれか (08年12月7日)
宮城県沖地震から30年 (08年6月7日)
宮城県沖の地震 (08年6月2日)





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最終更新日  2026.06.19 07:33:40 コメントを書く


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