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夏休み最後の思い出(ったって休みなのは私だけなんですけどねー)は、高山サバイバルツアー。名古屋に住むぶーちゃんご両親の別荘をお借りできることになり、妙齢女性6名で決行されました。2台に分乗した車が、まずは京都桂川サービスエリアに集合して、トコトコ走ること4時間。世界遺産の合掌造りで有名な白川郷を回って、高山へ。高山ではバーベキュー、飛騨牛を食べて、飲んで、花火して寝る。炭がとにかく湿気で湿っていて、いこらない。それに1時間以上を費やす。次の日がサバイバル。舗装されていない砂利道を車で走ること1時間、上り下りの連続の山道を歩くこと1時間ののちにやっとたどり着いた先には、落差20メートルもあろうかという滝!これには圧倒された。そして温泉、蕎麦を食べて、慌てて帰阪してきました。滝への道中では、もう何でこんなしんどいことやってんのよ~!と思っていたが、そのうちこれはもう歩くしかないと腹をくくると、歩くことに集中してくる。最初はああ、日焼けするやん、とか髪がぼさぼさやわとか、思っていたけど、もうそんなことはどうでもよくなってきた。だって、一歩踏み外したら、樹海に迷い込んでしまいそうなんだもの。生死(おおげさな!)に関わる問題の前には、日常の瑣末なストレスというのは駆逐されてしまうのね、誰かさんの元彼もここ来たらええのに…などと思いながら、歩く歩く。だいたい、私は自然を舐めていた。山道歩くよ、と言われていたのに、サンダルしか持っておらず、何とかなるだろう~と思っていたが、自然はそんな甘っちょろいもんじゃない。砂利道を車で走っていると、ものすごい抵抗を感じた。そんなもので乗り込んでくるなよ!と、進入を拒んでいるような、そんな感じ。そして、肝心なところへは人間の足で歩いていくしかないのね。でも、昔の人はこうやって歩いて旅をしていたんだもんな~と、時代劇の一場面を思い出す。竜馬(また登場!)も土佐から江戸、江戸から京都、神戸まで歩きまわっとったな!こんなところに高速道路とか街灯とか作って、人間様って自然を征服したようなつもりでいるけど、それは間違い。私は都会っ子やから(ウプ)、梅田や難波、新宿が普通と思ってた。ま、そこまでじゃなくても、車で通って、電車が通ってて、住宅地があって…と。でも、考えてみたら、日本地図上でそっちの方が圧倒的に面積少ないよね。大部分はこうした森、林なんだなぁと思うと、人間様のおこがましささえ感じ、かみ締めつつ歩く。そんなん思いつつやっと到着した滝はすごい!おーーーーーー!!!!って感じでした。その滝の前でスイカ割してみたら、U田さんが一撃で割った。お見事。それにしても、いつも思うけど、一緒に行った彼等、いや彼女等は本当にすごい人たちなんですよ。ええな~、ホンマええ感じ!と思うこと続出。前日、4時まで飲んで5時に帰宅したが、ちゃあんと待ち合わせにやって来たSちゃん。さすがに登場したときの表情は二日酔いの何ものでもなかったが、あなたはすごい。私だったら、もうだめかも?明日パスしようかな?と思うが、それをやりきってしまう度胸と男気に色気さえ感じる!さらにカラオケのレパートリーも披露。仕事柄、人を楽しませるためのカラオケに徹してすごい。バーベキューで火がいこらない間に、着々とホットプレートで野菜を焼いていたUタ。夜はさっさと寝て、朝にめっぽう強いまるでおばあちゃん、いやおじいちゃんのような生活リズムは私にとっては尊敬に値する。朝も、みんなが寝ているときから活動し、また着々と朝ご飯を作ってくれた。片付けも準備も本当に、てきぱきしていて、迷いや無駄のない動きは美しいのだと感じる。私、無駄な動きだらけやから。そして、この旅行で二人にプロポーズされていた。いい奥さんになるぞ、Uタ。奥様だっていうのに、全くこんな私たちの苦行旅行に参加してくれたA。結婚して、環境が変わっても、変わらず付き合ってくれるのは私の理想です。だからバーベキュー検定は重要だー!色白でかわいい顔して毒舌の彼女は、ものすごく気のつく奥様で、別荘の掃除、片付けで必要なことにすぐ気づいて、一番にやっていた。そして虫をよく引き寄せていた(笑)。そうそう、大自然の中で生きるって虫と共存するってことなのねと分かった。私は虫が大嫌い。部屋の中に虫が入ってきたら、1時間くらい対峙して、出て行ってくれるまで何もしないということがよくある。でも高山の森と来たら、部屋のいたるところに蛾がいて、もう慣れっこになってしまった。あはは。M子は唯一大学のクラブのチームメイトではないのですが、よくぞ参加したくれた。普通来ないだろー!?こんなしんどそうな旅(!?)。そもそもは私が無理無理誘ったのです。最近、友達の友達が友達になるのが意味なく楽しい。彼女はまっっったく何の違和感も感じさせず、私以外のみんなとも、普通に思いっきり楽しんでくれて、その器の大きさ!スゴイです!簡単なことのようだけど、私が逆の立場だったら、そう簡単には行かない、しんどいことだと分かるだけに、スゴイ。一番のMVPはぶーちゃん。ぶーちゃんのすごさを思い知った旅と言っても過言ではない。なんで、前の日26時に寝て、朝、みんなの弁当作れるの?何で、みんな長袖なのに、1人半そでで寒くないの?何で、最後に寝て、最初に起きてるの?何で、山道をすいかを背負って歩いて一番速いの?いつもみんなに必要なことを先回りして考えてるから、誰もついていけない。そこにみんな追いついたときには、もうすでに解決されている。不幸続きと言われていても、全く意に介さずに笑い飛ばしてしまうそのパワーはさすがです。人間離れしています。いやもう人間ではない。とにかく、みんなみんなもうすごいのです。次に必要なことがすぐにわかって、すぐに行動に移している。得意なことを得意な人がやっている。みんな自分のやりたいことがはっきりしている。みんな心配してすぐに気づかってくれる。そして、おもろい!しんどいことをしんどいと感じさせない。うー、なんか私が文字にすると、友達のすごさが減るので、このくらいで辞めときます。でも、とにかくそう、表現に困るような人たちなのだー!!!
August 28, 2005
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ゲ…!ゲゲ…!ゲゲゲのゲ!これってば、あっはっは!と笑い飛ばす小説のはずなのに…。患者に共感してしまった…。私も病気か?う~ん、ま、病気みたいなものか。松尾スズキファンの友人U氏の薦めで奥田英朗の『イン・ザ・プール』読む。松尾スズキ主演で映画化されたものの原作がこれ。やる気のない精神科医、伊地知の元を訪れる現代病におかされた患者たち。彼等の症状がなんともバカバカしくて笑える。ストレス解消に水泳を始めたら、水泳をしていないとイライラしてしまう水泳依存症?の男。常に勃ちっぱなしの男。自意識過剰で常に誰かに見られているという被害妄想の美人モデル。携帯を手放すと1分と持たない携帯依存症の男子高校生など。人間、悩みを逆手にとってしまうくらいじゃないと。深刻に考えたら、損をするね。友達もいなけりゃいないでいいさ。私は友達いませんよ!私はブスです!と言えれば上等。自分はこういう人だと自分で決め付けて、その服を無理やり着ようとするから、苦しいのね。自分はキレイだ、キレイでなければならない。自分は友達が多い、いつもちやほやされてなければならない。なあんて、それぞれ全部自分で決めたこと。だから、いつでもその服は脱げます。アイデンティティを脱ごう。
August 23, 2005
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何の因果か長崎へ。長崎は三方を山に囲まれた港町。だから、限られた陸地に密集して街が広がる。そして、それは山の斜面へも。江戸時代から貿易が盛んだったから、外国人の出入りも多く、レンガ造りの瀟洒な建物も目立つ。中華街もある。さしずめ神戸か元町かといったところ。いや神戸は、山は北、海は南と決まっているが、長崎は違うな。どこを向いても山がある。そこんところは東洋の香港か。江戸時代、長崎は出島(懐かしい、社会の時間に習ったわ)での貿易で莫大な利益を手にすることができたので、幕府直轄の天領だったのですね。だから、常に幕府からサポートを受けていて、大きな反乱などは起きなかった。何か問題があれば、常に幕府がヤミ米を長崎だけには開放していたからとか。その代わり、長崎出身の明主も生まれにくく、日本を代表するような企業もないのか。だからこそ、長崎の人はどことなく穏やかで、優しい気質なのかもしれない。私にとっては長崎といえば、坂本竜馬。竜馬が、初めて新婚旅行をしたところ、そして日本で最初の株式会社、亀山社中(かめやましゃちゅう)を長崎に設立したところ。というわけでグラバー園もオランダ坂も大浦天主堂もそっちのけで、亀ちゃん跡に向かう。道中はとにかくすごい坂。すごい階段。ほとんど登山に近い状態なのだが、民家や墓地が密集しているその間の細い石畳の階段を上がり、下がりするので、登山といった感じではない。ここに住んでいる人はどうやって家に帰るんだ?と疑問を感じずにはいられない。私なら外出しなくなりそうなくらいのところだ。ほっそいほっそい道を進んでやっと見つけた亀ちゃんはなんと閉館中。ガン!もう土日しか空けてないんだって。残念。観光客あんまりこないのかな?そうだよね。でも街を見下ろし、海を見下ろすその景色こそ変わっているが、地形はそうは変わらないでしょう。大きく深呼吸して、すぐ下山したのであった。
August 22, 2005
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大阪では美術館の前まで行って、踵を返して帰ってきたゴッホ展。だって、あまりの人なんですもの。美術館って空いているのがいいところなのに、混んでいたら何の意味もないじゃあない?というわけで、名古屋でゴッホ展見てきた。混んでたけど、大阪ほどではない。この人、単にうまいな~!とは思わないけど、絵に鬼気迫るものがある。それがあの輪郭の力強い線のせいなのか、どうなのか。とにかくものすごくエネルギーを内包した人だったんだろう。全力でぶつかってる感じ。でも、絵はなんとなく少し悲しげ。若い頃のモチーフは労働者や農夫が多かったようですが、寡黙に力強く働くエネルギーは美しいけど、どこか諦めたような悲しい感じがした。絵がうまくなりたい!と強く思っていたんだろうな。いろんな人の絵を見ては、取り入れてみていた(普通か…?)。その中で私が面白かったのは、やっぱり浮世絵。北斎とか歌麿の絵は、印象派だいや写実だと言っていたヨーロッパの絵画界にとって、かなりショックだったのではないか。頭をガーン!と殴られたような思いがしたのではないか。だって、べた塗り。人間も大きくデフォルメされている。目が細い(日本人が細いだけ?)。文字はおかしい(漢字自体が珍しいと思うけど、それにしてもあの勘亭流)。ゴッホにも影響を与えた日本文化。ちょっと誇りに思う瞬間。
August 20, 2005
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『感じる』ことがマイブーム。この人の小説は感じる小説やわと改めて感じる。ストーリーや展開がさほど際立ってないので、去年の秋に友人に熱烈に薦められたときは、正直よくわからんかった。でも何となくその友人の世界観が好きで少しずつ読んでたのね。一時中断していたけど、思い出して北村薫のターンを読む。何の因果か、時の流れに挟まれ、たった一人夏の一日においてけぼりになる版画家の主人公。彼女の世界には誰もおらず、彼女1人。そして、毎日同じ時間に前日のその時間に舞い戻ってしまう。唯一の救いは正常な世界と繋がった一本の電話。夏、いつまでも夏。100日以上の夏を過ごす。それでも、前向きに冷静に日常を過ごす主人公の強さと聡明さが際立っている。こんなストーリーやけど、SF小説ではない。彼はSF作家ではない。この世に誰もいないけど、彼女は買い物するときにちゃんとお金を払うのです。私だったら払うかな?ま、そういう状況はまずないか。『ドラえもん』の「独裁スイッチ」で、のび太がこの世の人を全部消したとき、漫画も読み放題、アイスも食べ放題、お金なんか払わなくていいもんね~と喜んでいたな、最初だけ。私はのび太に近いわ。
August 18, 2005
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クライアントの新卒採用向けの会社説明会に行くと、よく出る質問がこれ。『産休・育休ありますか?』最近は『取得の実績はどれくらいありますか?』に変わってきたか。うちみたいな雇用に関わる会社はもちろんある。でも、簡単にとれるものではなさそう。最近の社内の出来事を受けて、部長、支社長が激怒しているらしい。う~ん。社会のシビアさを知ったわ。入社1年半の女性社員がご懐妊の情報が。彼女の旦那様は同じく社内の人間なんですが、どうやら彼等に対する会社の風当たりは非常にキツイようです。その理由は、まず入社1年半の働きで、1年半近くも無償で給料を出すほどの価値があるかわからないというもの。その上、そういう彼女の立場を全く考えずに、利用できる権利は全て行使してやろうとするその夫婦の態度。実績がないなら、せめて育休後に、子供を育てながらでも、いかに会社に貢献できるかを嘘でもアピールしてくれ!と思うのだが、それもない。彼女のやりたい仕事を聞いたときの返答は『サラリーマンでいたい』。これで、上司、責任者は激怒。こ、これは仕方がないのか…。制度があるのと利用するのはまた別の問題らしい。「お前はいつでも産んでいいぞ。」「あ、ありがとうございます(イヤミか!?おのれ!)。」
August 16, 2005
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『感じる』ことがマイブーム。一流の気分屋の方々からのコメントもいただいたりして、直感って意外にパワフルなのかもと思い始めた。『感じる』ことがこんなに苦手な私でも、買い物に限って言えば、かなり直感使ってるぞ。私、外食するときにメニューをすぐに決めれる。決めてから店員呼ぶな。まず呼べ。で、来てから決める。あとは、服とか身につけるもの。自分の買ったものには後悔しない。今度から履歴書の特技の欄に『衝動買い』って書こう。それから、本。これには驚かされる。本が本を呼ぶ。私に今必要な本が私の前に現れてくる。私が『チェーンリーディング』と勝手に名づけている現象。何気なく手に取った全く関係のない本がそれぞれつながっているような気がする。直感って意外にパワフル。私の場合、モノとの出会いはこんなにも劇的なのに、人との出会い(特に男!)には全く使えてないと感じる日々…(泣)!
August 15, 2005
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んー、見えてきた。私ったら、気分屋。そして行ったら行きっぱなしで、自分で止まれないー!だから、調子のいいときの私はサイコー。私って天才?やっぱり私ってすごいよね?みんな私の言うことに従えばいいのよ!とまで思う。本気で。だけど、ダメなときは最悪。負のスパイラルにはまりこんで、当分上がってこれなくなる。誰だって、何でも調子のいいときと悪いときがある。そのことは別に問題はない。大事なのは、ダメなときに自分でちゃんと帰ってこれること、ちゃんと自分で立て直せるか。私はこの力、まっっったくなかったわ~(泣)!人生流されっぱなし~!流されて流されてこれから一体私はどこへ行くって言うのさ?
August 9, 2005
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私の根底にある全ての動機は、他の人より優れていたいってことに気付いた、今日。それって、自分はなんなんだって感じよね。他がないと自分を規定できないなんておかしい。遅れをとったって、いいじゃないの。できていなかったっていいじゃないの。その感じをそのまんま感じておこう。今日、他との比較の人生を終わるぞ。
August 8, 2005
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私にとって、感じることは考えることより難しいことになってしまっているのだと気づく。考える脳は鍛えてきたが、感じる脳は相当鈍っているようだ。イヤだな~と思うことも、それから逃げず、じっくり味わうことが大切なのですね。感じる脳に忠実なこと、それが精神的に健康を保つ秘訣なのかもしれません。生まれて初めて心療内科に行く。精神安定剤をもらう。誰か別の人の話みたい。
August 6, 2005
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前から観たかった『さらば、わが愛/覇王別姫』見る。これは、京劇スター俳優二人の同性愛の愛憎劇。チェーンカイコーの出世作。女形、程蝶衣をレスリーチャンが、男役の主役、段小樓をチャン・フォンイーが、そして、その妻菊仙をコンリーが演じる。京劇って分かりますかね?派手なメイクと衣装で、浪曲のような歌を歌いながら舞う中国の伝統芸能。テーマは歴史ものが多いようです。しかし、私が上海と香港行ったときは、観光ガイドや歩き方でも目にしなかったな~。私が見なかっただけかしら?海外観光客にはウケナイからやってないのでしょうかね?ベトナムハノイで見たような気がする・・・。この映画、舞台は中国北京。物語は1924年から始まり、日本軍の占領、抗日統一戦、国民軍と共産軍の争い、文化大革命と半世紀に及ぶ激動の時代で、二人は最後は結局、時代に裏切られてしまう。『宗家の三姉妹』観たときも思ったけど、中国の歴史はやはり壮絶。京劇スターの育成には孤児同然の子供たちが、今なら児童虐待というくらいの超厳しい稽古を経て、京劇スターを目指すのです。その辛い稽古が、主役二人の伝統を重んじる役者魂を形成しているのですが、中国の歴史の中で、その信念は悪とされてしまうのです。それまでの正義が一切覆されてしまう世の中というのは恐ろしい。ついさっきまで先生と言われていた袁世凱が処刑の対象となったり、スターともてはやされていた二人も自分たちが育てた少年に裏切られ、拷問される。日本の戦中戦後も同じだったとは言え、中国ではそれが二転三転するのだから、日本の比ではない。歴史認識について言及すると、難しくなってくるので、ここらでやめときますが。最後に。レスリーの女形はさすが(?)でした。
August 5, 2005
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『僕たちは編集しながら生きている』を読む。これは東京青山で開かれていた編集・写真・デザインのワークショップスクールのテキストを元にした本。主催者はアートディレクターの後藤繁雄さん。新しい時代の編集の形を模索するというコンセプトで始められており、かなり画期的な参加型のワークショップだったようです。これを読み始めたのは少し前だったのですが、しばらくとまっていた。―読んでる途中で中断することは私においてはよくある話なのですが。それが『海馬』の池谷さんのあとがきに、脳みそは結局、膨大にある情報から必要なものを選び取って、組み立てている、一種の編集作業だ、というようなことが書いてあって、この本を思い出したのですよ。そして、また読み始めた。少し意味合いは違うかも知れないけど、私はこの本のタイトルが好き。『僕たちは編集しながら生きている ~この時代をサヴァイヴァルするための、「生活編集術」と「編集生活術」』。編集って、今の私たちの生活の一歩先の価値を見出して、体系化した形で世論に見せてあげる作業だと思うんです。それと同時に、私たちは普段から膨大な情報の中から必要な情報を選び取って知らない間に生活自体を編集しているのではないかと。最近、特に商業雑誌の分野においては、ターゲティングが難しくなっているそうです。みんなの興味が年代によって、主婦向けとか、30代前半の男性向けと最大公約数的なものを作っていればよかった。それが今は違ってきていて、株のネットトレーディングに興味を持っている人は、OLもいれば引退後のおじぃちゃんもいるというように、関心事によって細分化されてきている。だからこそ、次の価値を見出すことが重要なのだろうなぁと感じる。しかし、そうなると一つ一つの発行部数は伸びないから、企画にお金かけられないのか?本屋も出版社も取次ぎ会社も先細り?そうするとやはりネットになっていくのでしょうか?しかし、個人的には紙であるよさも捨てがたい。
August 4, 2005
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前から興味があったヨガ、やっと行ってみた。私は元祖冷え性。冷え切っていると人から言われる。真夏でも靴下が欠かせない。そのくせものすごい汗かきだ。固体が液体になる融点が通常の人よりも低いみたいなイメージ持ってます。もちろん、それを解消したくて、入浴剤も使ってる、岩盤浴も行ってみた、マッサージもしてもらってる。でもさ~、人の力を借りて何とかするのではなく、自分でどうにかできるようになりたい、これが私の根底にありまして。で、最近何かと話題のヨガ、行ってみました。話題だと始めやすいね、教室も多いし。大学時代にスポーツをしていた私としては、ヨガはゆっくり、座ってもしくは寝っ転がって身体を動かすラクチンなモノ。もうあのときみたいなしんどい思いとかしないで、簡単に体のバランスを整えられると思っていました。も、も、申し訳ありましぇーん!ヨガをなめてました、私。これは結構しんどいスポーツなのですね…。いろんなポーズがあるようですが、その一つ一つをきちんとキープするのにかなり筋力がいる。バランスなんかは内臓やその他の細かい筋肉のバランスと関係しているらしい。必死にやればやるほど、息とめちゃうのよね。これじゃだめ~。呼吸も大切みたいですけど、それどころじゃなかったわ。効果を感じるには3ヶ月くらいはかかるとのこと。はぁ~、もう少し頑張ってみます…。
August 3, 2005
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出張に行く前に、新大阪駅の本屋さんの店頭においてあったテレビの予告編に釘付けになってしまった。面白そう!しかも!これってば、私好みの男前俳優、堤真一と岡田准一の夢の共演じゃな~い?というわけで、ごめんなさい!『フライダディフライ』映画レディースデイに一足先に見てきてしまいました。脚本は単純でちょっと強引。おいおい…というところもあるが、全体としてはすご~くいい映画でした。結構泣いてました。ストーリーはというと、大切な娘の復讐のため、ボクシングチャンピオンに闘いを挑むサラリーマン鈴木一(堤真一)。しかし、戦い方なんてまるで知らない鈴木は、高校生の朴舜臣(岡田准一)に指導を頼む。すぐリタイヤすると思われていた鈴木だったが、娘と自分の意地のために奮起。その間に二人の間に友情が生まれて…。高校生とサラリーマンの友情ってありそうで、ない。しかも二人のキャラクターが立っていてすごくいい。高校生の舜臣はものすごくぶっきらぼう。一方、サラリーマン鈴木は腰の低い気のいいやつ、舜臣には頭が上がらないのだが、信頼しているのがよくわかる。立場が違うと、価値観って全く違いますよね。その二人がこうやって、分かりあうことってとてもステキだな~と思いました。サラリーマンにとっては、出世してマイホームを得ることが大切。でも、高校生にとっては、喧嘩に強いか強くないか、それが全て。部長だとかそんなことは何の価値もないもんね。映画の中で鈴木は、次期部長と言われていたり、郊外だがマイホームを持っていたりして、まぁ成功している。そんな彼がプライドを捨て、自分の土俵と全く違う価値観で一から始めて勝負してやろうという姿勢が、見る人の心を打ち、また高校生との関係も築くことができたのだろうな、とジーンと来た。一番よかったのは、最後のトレーニングの日に鈴木がやっと登れた木の上で、二人が語りあうシーン。トレーニング中は年下の舜臣が先生で、サラリーマン鈴木は生徒。しかし、舜臣の過去を知り、鈴木が人生の先輩として舜臣をなぐさめるとき、その立場は変わる。別の価値観でも二人が結びついた瞬間。まぁ、難しいこと抜きにしても楽しめますよ!だってこの男前二人。堤のちんちくりんのジャージ姿だけでも、岡田のタンクトップから伸びる美しい腕だけでも、十分楽しめますので、お薦めです。
August 2, 2005
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『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』を読む。先日、うちの会社が講演を依頼した玄田先生の本。随分前に上司に借りたのだが、つい読まずにそのままになっていた。それを何故かこのタイミングで手にした。やはりチェーンリーディング。昨日読んだ『海馬』とも、今日読んだもう一冊の『僕たちは編集しながら生きている』ともリンクするところがあるな~と思いながら読む。ニートとはNot in Education Employment,or Trainingの頭文字を取ったもの。「学生でもなく、働いてもおらず、職業訓練も受けていない人」ってとこか。失業者っていうのは、仕事を探している人のことだから、このニートっていうのは就職活動もしていない人を指す。人材系ビジネスの会社に勤めているので、休業中でもどうしてもこういう話題、気になってしまうのです。最近特に。というのも、以前は企業の大卒の正社員採用を中心に動いていたのですが、ここのところは中途採用のことがメインになったから。中途採用が中心だとどうしても、クライアントの企業規模が小さくなるし、求められる人材のスペックの幅も広がる。この場合、たいてい上には広がらない。下に広がるのです。自然、フリーターや第二新卒でもOKという企業の人事と話すことも増えてきた。でもね、言われましたよ「今、就職難だし、よくニュースでも若年層の失業率高いって言ってるから、人余ってるんでしょ?15人くらいすぐ採用できるよね?」って。特におじさん人事。もしくはそれを上司に持つ不人気業界やサービス系企業の人事の人が上に言われている。あのね~、数字上は余っているけど、必死に仕事を探して焦っている40万人じゃないですから。特に御社の仕事を希望するかどうか…とは、言いたいけど言わない。っっと、話それてましたが、というように仕事の本という位置づけで後回しにしていたのですが、読んでみたら、そうでもない。あら、これってば結構身近に起こっている問題に近いのかも。『相談する人がいない』って、現役大学生の後輩から聞いたことにも似ているような。『自分のやりたいことが見つからない』って少し前に相談を受けた知り合いの話にも似ているような。『人付き合いが下手』なんて、休業中の私のことを言われているような。経済学者の玄田先生と、フリーライターの共著のため、決して上からの視点ではなく、嘆いてもおらず、真摯な姿勢で書かれた本。おぼろげながら、現状が伝わってきた気がします。しかし、ニートの本人もわかっていないようなことですから、簡単に「わかった」と言ってはいけないと書いた先生の気持ちわかるような気がします。
August 1, 2005
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