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暮らしている町&おとなりの、そこそこ栄えている町、更にいうなら越後滞在に飽きたりほかにも思うところあったりでちょっと、おとなりの國にいってきました。ぺふパパにドライバーを務めてもらって。以下、雪だらけ画像達。わたしの産土神社。母娘。上杉神社境内。母娘その2。暮らしているエリアよりもっと積雪が多いエリアに行き暮らしているエリアは、まだマシだな♪と思いこもうとしてみましたがそれはそれ、これはこれ、というかんじであんまり効果はありませんでした。雪にも、もう飽き飽き。でも久しぶりに米沢へ行くことベビを連れて行くことができてよかった。まだ、ここにいるから、できたこと。
2011.02.12
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ブログというスタイルが今の己の状態を表すのに、ちっとも、しっくり来なくなってもうブログを、やめたいくらいなんですけれども長文を書いて公の場に出すという機会を完全になくすのは惜しい。。別に惜しくはないなぁ、でも、なくさないほうがいいんだろうな、とは思います。文章を書くというのはテクニックだからとにかく、何か書いていないと下手くそになるし量を書けなくなります。というのは学生時代に文芸部だったり論文を厭になるほど書かされたり趣味で文章を書いていたりして体感したこと。まぁ別に量は書けなくなってもいいのだが下手くそになるのは困るねぇ。下手くそのぺふ的定義はリズム感がないとか、絵が浮かばないとか、色を感じないとかそんなかんじかな。あと、音楽が聴こえない、とか。三島由紀夫氏の「音楽」という作品参照。ちょっと、えろっちい作品ですが。ブログから、わたしの心は、ちょっと離れてしまっているけれど変わりにくいことを比較的長文で書き留めておくのには適しているツールだと思います。あと、よみかえしやすいというところも。ツイッターだと過去は平等に埋もれていきます。どんな過去も。美しいものも、きたないものも。そこが気に入っているんだけれどもね、執着がなくて。ブログは過去を綴るのにも適している気がします。自身の過去とは、これでもかというほど向き合ってすっかり興味がなくなってしまったからそれで、ここに書くことは、これといって見つからない、っていうのもあります。他者からの評価で自信をつけたいとかそういうのも、あんまり、ないし。誉められたりすれば嬉しいけれど誉められたいがために何か、やるということは殆ど、全くといってもいいかなぁ、ないねぇ。これといって、かわりばえのしない日々を送っていますがなんだか、とても楽しいですよ。笑っていいとも的な楽しさとでもいうか。日々同じようなことの繰り返しだがちょっとずつ変化はありゆる~いまったり感が充満しておりそこにいるメンバーそれぞれがそれなりに楽しんでいるかんじ。個人的な好みはあるだろうが批判できない雰囲気もあるところとかねぇ。批判ってダサいよねぇ。批判により己を、よくみせようとする魂胆が見えると更に、ダサい。わたしはダサいものが嫌いです。ダサさは伝染するから極力、近づかないのだ。それでは、また~
2011.02.10
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