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野球ファンには、たまらない季節の到来だ。 プロ野球公式戦がパ・リーグは20日、セ・リーグは26日に開幕する。 ペナント戦の上位3チームが日本シリーズ出場権を争うクライマックスシリーズは、今季も両リーグで実施する。 今年で6年目を迎え、各チームが24試合戦う「セ・パ交流戦」も楽しみである。 ルーキーでは花巻東高(岩手県)のエースとして活躍した西武の菊池雄星(登録名・雄星)投手が脚光を浴びているが、九州出身の新人にも注目したい。 明豊高(大分県)からホークスに入団した今宮健太内野手や、昨春の選抜高校野球大会を制して広島の一員になった清峰高(長崎県)の今村猛投手らである。 持てる力を十分発揮してもらいたいものだ。 無念の思いで開幕を迎えるチームもある。 オリックスだ。 春季キャンプ中に小瀬浩之選手が宿舎で転落死したとみられる状況で発見された。 24歳での早すぎる死に、チーム内に衝撃が走った。 選手たちは今季終了まで小瀬選手のユニホームをベンチに飾って一緒に戦う。 今季から変わることもある。 まず主審のボールカウントのコールが、従来とは逆にボール、ストライクの順になる。 国際大会へ出場機会が増えたことなどを理由に、国際ルールに合わせた。 本塁打に限定したビデオ判定も、両リーグとも各球団の本拠地球場で導入するという。 変わるといえば、試合時間短縮に向けた新たな試みがある。 日本野球機構(NPB)はファンを引きつけようと、高校野球並みに攻守交代時の全力疾走を促すなどスピードアップに懸命だ。 時間が延びれば、照明などの電力消費で排出される二酸化炭素(CO2)も増える。 延長戦以外は原則3時間以内とする目標を設けているが、それでも昨年は1試合平均で目標を8分超過し、合計91・6トン分のCO2が余計に排出された。 そこでNPBが、環境省のCO2排出量取引制度などを活用する妙案を考え出した。 試合が3時間を超えて余分に増えたCO2排出量を、自治体が森林整備や自然エネルギー利用などの事業によって削減した排出量と相殺する仕組みだ。 今回、森林整備によるトキの生息環境保全事業(新潟県)と間伐材の木質燃料化事業(北海道の下川町など4町)に関して、関係自治体と協定を結んだ。 超過排出量に相当する分だけ、自治体が事業で得た排出枠を購入するという。 試合時間短縮の取り組みを自治体の地球温暖化対策と結びつけるもので、プロ野球の社会貢献策としても評価したい。 スピーディーな試合が楽しめれば、ファンとしても言うことはないだろう。
Mar 19, 2010
1950年代、英国領だったボルネオ島の住民は、マラリアに悩まされていた。 そこで世界保健機関は殺虫剤を大量散布し、マラリアの媒介となる蚊を退治した。 蚊はいなくなった。 しかし他の虫まで死んだ。 ある種のハチがいなくなって屋根の茅(かや)を食べるイモムシが大量発生し、雨漏りが相次いだ。 さらにはヤモリが死んだ虫を食べ、そのヤモリを猫が食べた。 猫はバタバタと死に、ネズミが大量発生してしまった。 「入門!システム思考」(講談社)で紹介されていた話だ。 ネズミの大量発生に対しては、猫を持ち込んで対処した。 まるで落語のような話だが、つい目先のことにとらわれがちな人間としては、笑うに笑えない。 山野草であるイタドリの駆除のため、それを枯らす虫を英国が日本から輸入し放つことになった。 イタドリはもともと英国にはなかったが、観賞用として日本から持ち込まれ、今や生態系を破壊する勢いだという。 その虫が別の生態系に影響しないか、存分に研究した上での判断ではあるらしい。 しかし人間が考える以上に自然界は複雑だ。 人間の都合で行ったことに対し、自然界から報復された例は数え切れないほどある。 佐渡島の保護センターで、放鳥に向け訓練中だったトキ9羽を襲ったのは、テンだった。 テンはもともと島にはおらず、害獣である野ウサギを駆除するため人間が持ち込んでいた。 それがトキ絶滅の一因となり、今またトキを保護している人間に仇(あだ)をなす。 笑えない。
Mar 12, 2010
ゴールデンウイークなどに集中している連休を分散させる政府の休暇改革の原案が示された。 観光立国推進本部の分科会がまとめたもので、春と秋の2回、全国の5ブロックごとに時期をずらして5連休をつくる。 分散化によって観光需要の掘り起こしや混雑の緩和などの効果があるとする。 何でも横並び、全国一律になりがちな日本社会にあって、かなり大胆な提案といえる。 実現への課題は多いが、これを機会に休暇のあり方について議論を深めていって欲しい。 観光需要が大型連休や年末年始に集中することの影響は確かに大きい。 高速道路が混雑するほか、旅行費用が年末年始は最安値の時期より約3倍も高くなるという。 ホテル・旅館の従業員は正規雇用が5割を切るが、これも繁忙期と閑散期の差が大きいことが一因だ。 集中化の弊害を休暇分散化で解消し、新しい雇用と需要を生み出す。 そんな休暇改革を、政府は新成長戦略の一つに挙げる。 経済効果はある程度期待できるだろう。 しかし、課題も多い。 政府の原案では、春の5連休によって、憲法記念日やみどりの日などは休日でなくなり、その代わりに土、日曜に接続する連休を新設する。 祝日は記念日として残るが、「国民がこぞって祝う祝日の意義が弱まる」との声が上がる。 企業からは「地域ごとに休みが違うと仕事上の取引に影響が出る」、教育界からは「春、秋の部活動の大会に支障がある」などの問題点が指摘されている。 連休をつくっても休みにくくなるようでは意味がない。 幅広い意見を集め、慎重に検討して欲しい。 何よりも休暇が取りやすい環境づくりが大切だろう。 2008年の調査では、有給休暇の取得率は47%にとどまる。 この低さが欧州諸国に比べて年間の休日日数が少ない要因になっている。 こうした現状を踏まえ、休暇分散化より有給休暇の取得率を上げることが先決だという意見もある。 確かに、みんなが一斉に休むとき以外は休みにくい雰囲気や意識は、改めなければならない。 一方、休暇分散も経済効果の面ばかりでなく、そうした休み方の意識を変える提案として検討する価値もある。 ライフスタイル見直しの観点から、分散化を含め、休み方、働き方を考えてみてはどうだろう。 どうすれば、ゆったり過ごす時間を増やすことができるのか。 知恵を絞り「豊かな休日」をつくっていく契機にして欲しい。
Mar 11, 2010
虐待で幼い命が奪われ、保護者が逮捕される事件が全国で相次いでいる。 骨と皮になった子。 虐待を虐待と思わない親もいる。 周囲が気付いていたのに救えなかったケースもある。 悲惨な現実に、どう向き合えばいいのだろう。 奈良県桜井市では、5歳の男児が餓死した。 体重は平均の3分の1しかなかった。 両親が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。 食事は朝1回のみ。 先月末から歩けない状態だったのに、病院へ行くなど親の務めを果たさず、子を死なせた疑いだ。 「夫婦仲が悪くなり、はけ口が男児に」と母親は話しているという。 男児の体には数カ所のあざがみられ、暴力を受けていた疑いもある。 徹底的な捜査が必要だ。 埼玉県蕨市では、2年前に4歳の男児を衰弱死させたとして、両親が逮捕された。 低栄養状態による急性脳症と診断され、体には擦り傷や打撲のあとがあった。 両親は容疑を否認しているが、警察は満足に食事をさせずに衰弱死させたとみている。 三田市でも、昨年11月に死亡した5歳女児に暴行し、死亡させたとして、元継母が傷害致死の疑いで再逮捕された。 4歳や5歳といえば甘えたい年齢だ。 親の愛情どころか、無視され、食事を絶たれ、暴力を受ける。 亡くなった子どもたちの無念を思うと、胸がふさがる。 なぜ、虐待死が後を絶たないのだろう。 全国の児童相談所が2008年度に受けた相談は、児童虐待防止法施行前の1999年度の3・7倍に増えた。 さらに、09年の検挙件数335件、被害児童347人のいずれも統計を取り始めて以降、最多となった。 死亡した子どもは28人に上る。 虐待は外から見えにくい。 それだけに小さなことも見逃さない体制が不可欠だ。 奈良の男児は定期検診を受けていなかったのに、市の担当者が電話で済ませていた。 なぜもう一歩、踏み込めなかったのか。 埼玉や三田のケースも、児童相談所など関係機関が決定的局面で手を差し伸べられなかった。 08年の法改正で児童相談所の権限が強化され、家庭への強制立ち入りが可能になった。 しかし、増える虐待に職員の増員が追いつかない。 保健師らの訪問、医師や保育士らとの連携など体制整備が急務だ。 虐待の背景にある育児の孤立化や家庭の経済的な困窮など、社会的要因も見逃せない。 私たちの強い意思が一つにならないと虐待をなくすのは難しい。 子どもを悲劇から守る取り組みを急がねばならない。
Mar 8, 2010
82の国と地域が参加しカナダのバンクーバーで行われていた冬季五輪が、17日間にわたる大会を終えて閉幕した。 日本が獲得したメダルはフィギュアスケートなどでの五つだった。 日本オリンピック委員会(JOC)が目標に掲げた10個には遠く及ばなかったが、日本のスポーツ、特に冬季競技が置かれた現状を考えれば大健闘といっていいのではないだろうか。 1998年の長野五輪以降、日本の冬季競技はじり貧だ。 その最大の原因は選手を取り巻く環境の劣悪さにある。 冬季競技は用具や海外遠征など金が掛かる。 アルバイトをしながらその資金を稼ぐ選手もいるほどだ。 自ら歩き回って得たスポンサー契約を、五輪後に打ち切られる選手も多い。 現役を退いた後の生活設計もままならない。 これでは競技に集中しろという方が無理だ。 若手が育ってこないのもうなずける。 それなのに五輪になると過剰なまでに「メダル」の期待が掛けられる。 「国家を背負って戦え」とまで言われるプレッシャーだ。 メダル至上主義の危うさがここにある。 本来、五輪は国別対抗戦ではない。 個人としてのアスリートが国や体制を超えて、技と力を競い合い友情を深める場のはずだ。 五輪が「平和の祭典」と称されるゆえんである。 確かに選手の派遣費などは国が賄う。 彼らがもたらす感動の大きさなどを考えれば当然だろう。 選考会を勝ち抜いた努力をたたえる意味もある。 国を背負わせるべきものではないと思う。 メダル至上の先には「国威発揚」が見え隠れする。 ヒトラーによるナチスのプロパガンダと化した36年のベルリン五輪はその典型といえるだろう。 選手は戦場に赴く兵士ではなく、国家の広告塔でもない。 純粋にスポーツを愛する人たちの代表なのである。 国別のメダル争いの激化は五輪の理念をゆがめてしまう。 この期間中、私たちは手に汗握って熱戦を堪能させてもらった。 五輪でなければめったに見られないカーリングやスノーボード競技に興味を持った人も多かったのではないだろうか。 五輪で知った冬のスポーツの楽しさをどう国民に広げ、次につなげていくか。 国やJOCの役目は、メダル獲得に向けたエリート選手の強化だけではないはずだ。 目を国内に転じれば、冬季国体を引き受ける自治体がなかなか現れない。 来年のスキー国体の開催さえ危ぶまれている。 冬季競技の底辺がどんどん細っているということだろう。 4年に一度だけ熱狂して、すぐに冷めてしまう。 これでは本当のスポーツ文化とはいえない。
Mar 2, 2010
100分の2秒。 瞬きよりも短い時間差だ。 かじかんだ手で計測していた時代なら、結果が逆でも不思議でないくらいの差に、涙した。 五輪のスピードスケート・女子団体追い抜きは、本当に惜しい銀メダルだった。 スタート地点が一緒ならまだしも、トラックの反対側から約2400メートルもチームで滑り続けて、これだけの差だった。 いや4年間、1億2600万秒以上かけて0・02秒の差だった。 それでも勝敗が分かれるのだから、厳しい世界である。 長さにすればほんの数センチの差だったという。 これまで滑ってきた途方もない距離に比べると、まるで「誤差」だ。 何かが違っていればとつい思ってしまうし、「もう少し脚が長ければ」と悔しがる選手の気持ちもよく分かる。 ただもし何か一つでも条件が違っていたら、逆にメダルを取れなかった可能性もあった。 例えば中長距離界を引っ張ってきた田畑真紀選手の背中がなければ、後輩たちがここまで伸びたか分からなかった。 体の大きさや練習環境、故障やスランプも含めて、与えられた条件の中で自分をとことん磨き上げる。 そうした見本のような人たちが集まる舞台で、彼女たちは限りなく頂点に近付いた。 悔しくもあり、誇ってほしい「誤差」である。 100分の2秒。 平凡な日常生活では、まず意識することのない時間だ。 しかしスケート選手を目指す子どもたちはもちろん、テレビの前で応援していた多くの人の記憶に残るには、十分な時間だったに違いない。
Mar 1, 2010
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