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生まれ育った場所なのに、自分の居場所がない感じ。わかる。。。わかるぞ、龍馬!みんなから頼りにされ、期待されるのに、自分はそれに乗っかれない感じ。それも、分かる!いや、私自身はそんなに期待されたことも頼りにされたこともないけど、なんだろ、「自分の意思と別な流れに飲み込まれそうな感じ」だろうか?この時の龍馬は、まだ自分の中に芽生えてきた「みんなと違うなにか」にそれほどはっきり気づいていないように思う。というか、一生気づかなかったんじゃないかな。「人と違う」ということがそれほど問題だとも偉いとも思わずに生きて行ったのではないかしら。土佐の下士をひとつにまとめて、尊皇攘夷のうねりを起こすのだ!と、「集団の力」を頼みにする武市や平井と、そもそも意見が合うはずないのだ。土佐だけでは、日本国だけでは想像もできないような考え方や感じ方の人が、広い海の向こうにいると分かってしまったら、もう狭い世界には戻れないんだと思う。龍馬が変わったのは、加尾と別れたから、ではないと思う。もちろん、それも「世の中の理不尽」を身にしみて実感した出来事かもしれない。それよりも、ずっと一緒にいるんだと思っていた「思い込もうとしていた」加尾から「龍馬さんは私がいなくても生きて行ける」って言われたことなんじゃないか?ほんとはそんなに加尾を嫁にしたいと切実に思っていたわけじゃないんだろうな。自分の本心に無意識に蓋をして、周囲の期待に答えようとするみたいな感じだったんじゃないかな。だとしても、自分の大切な人を守る、という今なら当たり前に思えるような価値観を、それが全く当たり前じゃなかったこの当時に、誰に教えられたのか、龍馬が持っていたことに驚きだわ。「対立するやつは容赦なく斬る!」ではなく「ちっくと話をしてくるぜよ」と出かけていってしまうっていう感覚も。龍馬みたいな人は、今の日本にいても、ちょっと変わり者扱いされて、生きづらかったんじゃないかなあ。日本という国は相変わらず多勢と違う価値観や考え、感覚を持った相手に対して拒否反応を示してしまうようなところがある国だから。そうはなるまい、といつも自分に言い聞かせているのだけれど。違いを認めることなんて、龍馬の時代から100年以上たっても、まだできないでいる。こんな世の中を龍馬が見たら、どう思うかな。「なんも変わっとらんぜよ」
2010年03月14日
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Twitterって、登録してみたんですが、どういう使い方があるんでしょうか?まだよくわからない。。。誰か私にTwitterの楽しみ方を教えてください!いろいろとコンサートやらなにやらの感想を書きたいのですが、最近家でMacに向かうヒマがない!先週まではバンクーバー五輪に釘付けだったし。とりあえず、このバタバタした日々を少し軌道修正したいです。つぶやきですね。こんなのTwitterで十分?
2010年03月04日
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