2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全30件 (30件中 1-30件目)
1
公正な裁判、帰国した中国残留日本人の損害賠償請求を地裁が却下したというニュースを聞くと、はたしてあるのかと疑いたくなる。自由きままに中国へ渡ったわけでなく、当時の国策を信頼したがゆえの悲劇であるのに、帰国が遅れた責任が国にないとは。 国家によって被害者となったものに対する責任問題はおおむね回避され、被害者側の敗訴となる場合が多い。裁判所も国家機関である証だろう。それにならえば2審、最高裁もおそらくその結果を踏襲するだろうから、原告にとっては先の見えない裁判と同情を禁じえない。 一方で刑事裁判では事件の被害者や代理人を検察と同列に置こうとする諮問がだされた。法務大臣の諮問機関である法制審議会の考えだ。「推定無罪」の原則すら守られぬ状況で、無念の感情明らかな被害者が検察の立場に立つとき、冷静な裁判が行われるとは思えない。 加害者が逮捕された時の被害者側の言は、すでに予断が入り厳罰を望むのが普通だ。それは感情的には理解できるが、「理屈の場」である裁判に持ち込まれれば、限りなく「推定有罪」となってしまうだろう。被告にとっては不利益となること間違いない。これが公正な裁判といえるだろうか。 国には甘く、個人には厳しい法体制がますます露骨になっていく昨今のながれ、気にかかってしかたがない。ではまた。
2007.01.31
コメント(2)
月曜夜、NHKの「家族に乾杯」を観ていると、日本という国が急峻な山からなっていることを改めて知らされる。どんな山奥にも人が住み、美しさだけでなく都会にはないであろう人柄のよさが溢れていることも。もちろん番組を承知している前提もあるだろうが。 山岳部でも家々を巡る道路が整備され、お年寄りでも小さな軽をあやつり、ガードレールもない狭い道路を走り回っている様子はいまや全国共通だ。 奈良県の山岳部で発生した国道の土砂崩れ事故、3人が亡くなられたと聞く。国道といってもいわば山岳道路、生活や物流に便利なようにと拡幅するとなれば山を削らないわけにはいかない。道路は綺麗に整備されても、削られた山肌はむきだしも多い。 頭上注意と表示されてもなにを注意しろというのか。すでに二度あったという土砂崩れ、気休めのような柵で片側通行とは、なにをもって安全としたのだろうか。国道ですらこの程度の感覚、県道、村道となればなおさらだろう。 走っていれば防ぎようのないものなら、生活道路とはいえ通行禁止とするべきだったのでは。犠牲者が出てからでの処置では無策というほかない。三人の御冥福祈りたい。ではまた。
2007.01.30
コメント(1)
第二の人生の地を選べといわれたとき、温暖な地を選ぶのか、寒冷な地を選ぶのか。どちらかといえば前者であろう、寒からず暑からずの地で穏やかに暮らしたいという願望から。理想にはやや遠いが、この地は合格点の60点はクリアしているのでもはや離れる気はないが。 そんな後半生をえらんだものからみると、ホースセラピーのため高知をはなれ千葉県の牧場で暮らすことになったあのハルウララ、中央競馬のような美しい芝の上を走ることもなく、砂の馬場を重たげにひた走る姿はけなげ、未勝利に終わったが、けっして悔いはないのでは。その余生を考えるとむしろ幸せものといえるだろう。 そのハルウララの対極をなす競争馬といえばディープインパクトだ。あっさり引退し種牡馬に転じたが、その本来の役割たる疾走を禁じられた生活、果たしてどんなおもいなのか。新たな任をおたえられた後半生、それもけっして楽なものではないだろう。 生まれた地とはいえ、北海道の寒さの中でスタートした種付け、それが仕事であればお気の毒と同情を禁じえない。やはり平凡人にはハルウララ、その生活が理想である。ではまた。
2007.01.29
コメント(2)
きょうも午前中はテニスをしてすごした。テニス仲間のステンドグラス展がきのうで終了、その搬出をおえたあと打ち上げ飲み会したメンバーは九人、そっくりまたコートでも顔合わせることに。飲み疲れなどなく相変わらず元気な姿がたのもしい。 日曜日天気が良ければテニスは欠かせないが、もう一つ欠かせないものがある。特養にいる母親に会いにゆくことだ。持ってゆくものは一週間分のヤクルトだけ、完全介護なので洗濯物などの持ち運びはない。保健施設にお世話になっていた頃とは大きな違いだ。 特養は歩いても七八分、住宅地と小さな川をはさんだところにある。10Mほどあがった丘陵地にたてられ、住み慣れた町の家並みや学校ものぞめるので、環境的には抜群だ。今はまだ寒いので近隣の散歩は出来ないが、暖かくなったら車いすで近くの公園に桜見物にでも連れて行こうかと考えている。池のまわりは元気な頃の毎日の散歩コース、そのころの記憶が少しは甦るかも。 テニスで走り回ったあとの午後の静かなひととき、バランスよき生活といえようか。ではまた。
2007.01.28
コメント(1)
後輩である団塊世代さんたちの定年にかかわる2007年問題とやらで、テレビ、新聞、雑誌にと気ぜわしいほど企画が立ち上がってゆく。羨ましくなるほどのチヤホヤぶり、皆さんはどんな気持ちでうけとられているのだろうか。そのへんは耳には入ってこず、実利面ばかりが一人歩きしているようにもみえるが。 今日土曜日午前中テニスコートに集まったのは約20名、そのうちリタイア組は15名、残る5人のうち三人が団塊世代だが、あとの二人は定年後も会社に乞われて残っている。その二人に我等は早くこっちへこいこいとせっついてはいるのだが。経営の一翼を担ったり、技術継承とやら、まだまだやらなければならないこと多いとなれば致し方なしというものだ。 会社勤めの頃のように毎日でもコートにこられるリタイア組はどうも勝負に淡白だが、土日に限られる二人は、50代現役組にも負けないパワーで試合を挑んでくる。普段のストレスを発散させるためのテニスともいえるだろう。あと二三年後、団塊組を含めた彼らがこちら側にやってくれば平均年齢65歳以上となるのは確実、コートサイドに介護付き有料老人ホームでも建ててもらえればまさに理想的な状況となるのだが。ではまた。
2007.01.27
コメント(1)
食卓に置かれた朝刊の一面に白黒はっきりの写真が目に入る。白い屋根の養鶏場とその周囲に散布された消毒薬かとおもいきや、よくみれば雪不足の雪祭り会場をうつしたものだった。会場は岩手県の雫石とあるが、雪像だけが造られてもその周囲の土がむき出しでは祭も盛り上がらないのでは。 東北のゴルフ場は暖冬で営業できると喜んでいるようだが、対照的にスキー場は開店休業のところもあるという。鳥インフルエンザも自然相手、どちらもそれでは怒るわけにもいかないし。 いっぽうで、またぞろ出てきた構造計算偽装、こちらは誰が誰に向かって怒りをぶつけるべきなのか。前の偽装では結局は建築士一人に責が集中、マンション住民の負担増でなにやらうやむやに終わる様相だが、はたして今回の結末は。 疑惑の建築士はその偽装を認めているようだが、彼にとってどんなメリットがあったのだろうか。建築主は涙を流しているようだが、はたして知らなかったのか。施工業者はそれを知らずに工事を行ったとすればメリットはない。両者がしらなければ偽装の意味はないし、それを共に知っていれば三者の罪ははなはだ大きい。はたしてどんな構図が明らかにされていくのか。 この問題露呈のきっかけが隣町、埼玉県の鶴ヶ島市のマンションにあったときけば無関心ではいられない。ではまた。
2007.01.26
コメント(1)
生産、物流、販売それらの最前線で働かれている方々の苦労を企業のトップはどれほど知っているのだろうか。子会社、外注下請け、またその孫請け、さらにはフランチャイズ店と関連する人たちの数は本社の比ではない。食品製造もテレビ番組制作とまるでその外見は違っても実態にかわりはない。土木、建設も同様だろう。 データ捏造は様々な分野に広がって、それが当たり前のものとなってしまった原因はなにか。かつて品質向上に大きな役割をはたしてきたQC運動や企業の管理能力を国際規格化したISO、それらを企業のイメージアップの道具として来たことがその最大の因とおもえてならない。いまやISOは環境問題にも進出、自治体のPR手段とも化しているほどだ。 運動そのものは高潔ではあっても現実とはそぐわなければ、現実のデータに手を加え、あたかも正当なものかのごとく提示するのが当たり前となる。 現実の業務において活かされるべき本来の狙いはどこえやら、利益追求のため電力や自動車といった立派な一流企業でさえデータ捏造に走っているとは。企業のモラル消えうせたのか。その指示受けた社員さんたちの心中察してあまりある。ではまた。
2007.01.25
コメント(3)
報道によれば、3人の死者出した宝塚市のカラオケ店、消防本部関連のものとか、随時利用もしていたという。その上経営者である店長を含め4人で年中無休営業とは。パートさんの火の不始末というが、彼女ひとりに17人の客の対応させていれば、起こるべくして起きた火災ともいえるのでは。働くことの厳しさ、怖さをしらされる。 昨夜観たNHK夜11時からのドキュメント72時間、クリスマスを前にした茨城県の地方都市のコンビ二の様子を取り上げていた。よく見る番組で、さまざまな場所で定点観測し、そこにかかわる人間模様を映し出している。 今回はオーナーでもある店長さんを中心にしたもの、暮まじかということで寝る間も惜しむような勤務ぶりはすさまじい。仕入れは全て買い取りとか、すべてはその腕にかかり、見当違いを行えばたちまち赤字となってしまうという。 その店を利用するお客さんは夜勤帰りの若者、ファーストフード勤務の女性客、出勤途中託児所に預ける子のためにパンと飲み物を買い求める母親、彼女は店舗内でも毎朝駆け足だ。千葉から工事のため一週間も出張してきている人もいる。その様子をみると、働く姿はみえなくとも働くことに皆さんいかに真面目でいるかが伝わってくる。それゆえ事故や労災にあわぬこと願うばかりだ。 店長さんの営業努力でクリスマスケーキの予約は県下のチェーン店ではNO.1という。イブに受け取りに来るお客さんと店長さんの嬉しげな顔だけが救いだった。ではまた。
2007.01.24
コメント(1)
映画を観終わっても、ひとはしばらくその世界から離れられない。高揚するときもあれば、心おだやかになることも。だがきのうの映画「それでもボクはやってない」があまりにもリアルであれば、実生活での怖さを募らせる。けっして満員電車には乗るまいと、さもなくば両手は常に手すりかつり革をつかんでいなければならないとも。いまでは滅多にのらない身分となっていれば、たまに乗るときは要注意か。 そんな尾を引くさなか、痴漢行為をしたとされる、敬愛する故植草甚一さんと一字違いの元大学教授が130日ぶりに勾留を解かれたというニュースがながれてきた。保釈金は600万とか。映画の主人公金子徹平君は116日、200万円だったが。 罪を認めれば略式で5万円の罰金で済むところを無実ゆえに否認したための結果が徹平君をそうさせたのだが、不条理とおもいつつもなるほどそういうものなのかと納得させられたのは、被害者の証言が終わらぬうちは釈放されないということだった。ほとんど証拠がないこのての事件で被害者の存在が唯一の証拠といってもよいからだ。その証拠隠滅をはからせまいとしての長い勾留ということになる。 植草氏も否認しつづけ、証言が終わって同様に釈放されたのだろうと、映画をみたことから想像できる。前歴があるがゆえ、事件時はさもありなんと受け取っていたが、よくよく考えればそれは「推定有罪」といえるだろう。真実は氏が知るのみ、いまは本当にやっていたのかと首をかしげているところだ。ではまた。
2007.01.23
コメント(1)
カラオケボックスで青春の命おとすものあれば、卓球や駅伝で17歳の青春を謳歌するものありとさまざまだが、容疑者、被告人として過ごさざるをえなかった一青年の一年は奪われた青春といえようか。一昨日から公開された映画「それでもボクはやってない」はそんな映画、朝の家事もそこそこにさいと近くのシネコンへ観にいってきた。 周防監督の作品は11年ぶりになるが、前作以後映画に関しては沈黙をつづけていたこともあり、次回作は何をとるのかと注目していたものだ。 今回のテーマは裁判制度、身の憶えのない痴漢行為で有罪となるまでの一年を描いている。有罪率99.9%、その罪を否認している場合でも97%は有罪となる現行の裁判、推定無罪というハリソンフォードの映画があったが、日本においては「推定有罪」がまかり通っているとのこと、その矛盾をついた映画、気の重い内容だった。 仮に一審で無罪となっても、二審では逆転有罪となる可能性大となるのは警察、検察、裁判所そのすべてが国家機関であり、その面子をかけた裁判なればこそだ。一審無罪なら控訴されないアメリカとはまるで違った側面を持つ日本、一段高いところに裁判官と検察官が並列したかつての裁判所となにひとつ様相は違っていないことを物語っている。 この映画、はたして法曹界の方々、観に行くのだろうか。弁護士さんはともかくも、その他の方々たちに尋ねたくもなる。ではまた。
2007.01.22
コメント(1)
北海道北見市につづいて兵庫県宝塚市と悲惨な事故が相次ぐ。それはまさに対照的な死をもたらした。家内にしのびよった一酸化炭素から逃げることも出来ない静かな死と、燃え盛る建物から逃れられない激しい死とに。だがどちらも安全を無視されたがゆえの結果といえるだろう。 工場やプラントなら「安全第一」と表示され、その徹底が図られているが、それでも労働災害は引き起こされる。だが市民生活にかかわるものには、その意識は薄いといえるだろう。 ガス漏れが連絡されても軽くみられ、その対処に全力を注ぐことを怠っていたのは、あのパロマの多発した事故にも似ている。カラオケもその多くは改造されたもの、専用に設計されたものはごくわずかだ。利用する方にもその意識はない。 とりあえずはわが身、窓はふさがれ、非常口すらない密室で唄に興ずる趣味もたなかったこと、ガスが天然ガスに切り替わっていること、この二点だけでもいまは安全な生活を保証されてはいるが、どこかで巻き込まれること皆無とはいえないと常に心していなければならないのは、これもまた辛いが。ではまた。
2007.01.21
コメント(1)
富山県で事件で有罪となり服役、今仮釈放されている方が無実であったことが報道された。前夜のニュースではただそれだけだったが、今朝の新聞では、そのことを警察も検察も半ば承知していたらしく、そのいい加減さをわびていた。 おりしも周防正行監督の「それでも僕はやってない」が公開される。起訴されたら99.9%有罪といわれる刑事裁判の暗い裏側が証明されたともいえるだろう。だがこんな裁判に裁判官の非は取り上げられない。再審で無罪となってもだ。 追求されて刑が軽減されるならと罪を認めてしまう人も多いと聞く。証拠がないのに自白だけで有罪となるかつての裁判がいまも継続しているようにおもえる。その意味で裁判官の責任は重大、またいずれはじまる裁判員制度にとっても警鐘を投げかけているのでは。疑わしきは被告人に利という原則が貫かれなければならないと。 近々近くのシネコンでその映画観る予定でいる。ではまた。
2007.01.20
コメント(2)
昨年の7月半ばから母が近くの特養さんでお世話になっているのだが、その八月分からの施設サービス費のの1割負担分が軽減されるという通知が市から届いた。法改正で自己負担が増えていたことから、この処置はうれしいものだ。 こういったことは広報でもみたおぼえもないし、知ることなくおわるのが常、聞かなければ教えてくれないのがお役所仕事だった。ところがこの件はその申請を促す通知、軽減もうれしいが、その仕事ぶりの変化がまたうれしいのだ。さっそく申請に市役所を訪れた。 介護保険課はまず目につくのが、以前訪れた時と同じく書類と段ボール箱の山、各デスクはパソコンがおかれ、それで職員さんが仕事しているのにだ。オンライン化、OAがすすんでいるようにみえてもペーパーレスは進んでいないようだ。 しかもデスク背中合わせの通路の各所にはやかんの載った石油ストーブが点けられている。いまどき珍しい光景では。書類を抱えた人がその間を縫うように歩いていく。その様子ははた目にもはらはらする状況、灯油補充の手間もあろうし、エアコンより経費がかからぬというのだろうか。職員さんの対応は速やかなのに、なにやらアンバランスにみえてくる。 書類申請にきたのにそちらについつい目がいってしまうお役所ウォチング、サービス精神だけは向上したとは感心して帰ってきた。ではまた。
2007.01.19
コメント(1)
なんだかんだといいながらテレビから抜け出せないでいる。それで気になるのは自分は多数派それとも少数派か、木曜恒例の先週のテレビ視聴率ベスト20発表が楽しみとなる。 相撲がはじまっているので当然笑点は入っていない。ランク入りしているもので観たのは風林火山と相棒ぐらい、いまどき旬の若手俳優が出演のドラマは結局は観ずじまいだった。その意味で地味目な若手内野聖陽とベテラン水谷豊が幅広く指示されているのはうれしいかぎりだ。 今日はドラマデーだが、結局は新京都迷宮案内となる。シリーズ再開スタートの先週はゲストが中村敦夫さんだったが、このドラマ確か去年の第一回は作家の筒井康隆さんだったと記憶する。そんなお遊びが面白い。彼も久しぶりのドラマ出演とおもうのだが、木枯し紋次郎の風貌かわらずに、憲法改正反対論者を演じていたのは彼らしくもあろうか。 保守化した世相から、ドラマに政治的テーマが取り上げられることはここ久しくないことからも、ちょっと異質なドラマ展開だった。結局は今日の第二回につづくことになったが、はたして今日はどんな結末を迎えるのか。報道の意味を問う姿勢、ユニークなドラマといえるだろう。ではまた。
2007.01.18
コメント(1)
春闘とやらが始まったという。経団連と連合のトップが顔あわせてのオープニングだが、はたして交渉といえるのか。連合の組織率は20%にも満たないといわれているし、そこに「労働者」の代表としての役割を託した労働者は大会社に所属する人たちだけだろう。もはや代表する力もないのに、その顔合わせを春闘扱いするのは意味がないのでは。そんな思いでみれば、単なる儀式としかみえないのだ。 残業代すらまともにもらえずに働かされているのに、ホワイトカラーエグゼンブションとやらを持ち出されて、それはご勘弁と反対するより、まずはまともに払えというべきでは。連合にも加われない中小はブルーカラーですら残業カット、あるいは名目管理職扱いして残業代よりはるかに低い手当てで酷使されているのが実情だ。 とりあえずは法案提出は先送りされたが、それはあくまでも選挙対策、そのあとには必ず復活するはず、消費税も同様だろう。ホワイトカラーでまず味をしめれば次はブルーカラーへと及んでいくはずだ。そうなれば、それからはどんな意義をもって働くのだろうか。そこに美しい国はなりたたない。ではまた。
2007.01.17
コメント(1)

世の中のご婦人たち、その趣味の多彩さには驚かされ続けてきた。商店街のギャラリーに出展してもらった多くは女性、男性の比ではない。それはテニス仲間でも同様で、計5人が参加してくれてたうち、男性は一人だった。 きのうからはじまった展示はステンドグラス、テニス仲間だがやはり女性だ。着色されたガラスをカット、その切断面をグラインダーで滑らかにしてからハンダ付けして作品とする。写真の屏風は制作に2ヶ月という。テニス、ゴルフと忙しく動き回っているのにいつのまにかこんな作品を、と感心してしまうのだ。 どの趣味もはじめられたのは子育てが終わってからとのこと、空いた時間を上手に使い分けるコツ、それは家事に専念してしていたころに身につけていたのだろう。手元にのこる趣味、男どもにはとてもかなうものではない。とくと作品をご覧あれ。ではまた。
2007.01.16
コメント(3)
一日と十五日には神棚と御霊舎を清める日、差し込む朝日を浴びつつ新しい榊を挿し、供えを新たにした。日々の生活のなかでも手を合わせてはいるが、この両日はまた気持ちを一新させてくれる日となる。すでに暮の三十日にはついたち分は済ませているので今年はじめてとなる。 静かに進めてゆくうちに不思議な気持ちとなるのは、御霊舎に仏と神道の霊が仲良く祭られていることからか。JRのCMではないが、聖徳太子さんの「和をもって尊し」がそこにあるようにおもえてくるからだ。 神道を否定することなく、仏をとりいれ神仏混合をはたしてきた日本人の風土、それこそ美しい国といえるだろう。それを否定し廃仏毀釈、ついには国家神道にいたったかつての日本、安倍さんの口から出る言葉のはしはしに、そこへ戻ろうとする心根を感じてしまうのは考えすぎなのか。 先祖の霊を前にして心穏やかになりながら、心穏やかでないこと考えるとは、和の心にいまだ至っていないのかも。ではまた。
2007.01.15
コメント(2)
今朝の寒さはひとしお、テニスの試合前の練習はベンチコートを着たままだった。午後はギャラリーの展示替えが控えているので2試合で切り上げることに。明日からの展示は「ステンドグラス」、テニス仲間の女性が趣味で制作している。素晴らしい作品なので、写真添えて後日紹介させていただきたい。 そんな合間のお昼時、朝刊の読書欄をみていたら、一冊の紹介記事に目がいった。題名は「データでみる県勢」、埼玉県の名が一例としてとり上げられていたからだ。県別のデータを細部にわたって網羅した本で、ここでは男性の睡眠時間を一例として抜き出している。 わが埼玉県は東京、神奈川、大阪とならんで一番睡眠時間が短く、7.44時間だそうだ。最長は8.12時間の岩手県とか。その差を裏付ける因については記載がないが、東京へ通勤する人多く、埼玉都民といわれるほどだから、睡眠時間短いのもうなづけるが。 と思いつつわが身をふりかえれば、その時間はだいたい7時間半だ。健康には7時間台が理想といわれていることからそれを守っているのだが、そう考えると埼玉県民の男達は皆健康的ということになるのか。朝早く、帰り遅いサラリーマン諸氏を日々眺めていると果たしてそんなに睡眠時間とっているのか、疑問に思えるのだが。 数多のデータが取り上げられているというこの本、興味津々なので、置いていそうな書店、ジュンク堂あたりでその中身眺めてみようと思った次第、出版は「矢野恒太記念会」とある。紹介者さんはスルメのごとき本という。その表現も刺激的だ。ではまた。
2007.01.14
コメント(2)
気温は真冬並みというのに日差しはなにやら春めいてきた、と感ずるのは空っ風とよばれる北風があまり吹かないせいなのか。等圧線が立て込んだ冬型の気圧配置となるのは、急速に発達する爆弾低気圧とやらが通過する時ぐらい、三日四日と続くことは皆無だ。というわけでこの冬のテニスは風に悩まされることがさほどない。エルニーニョの影響なのか温暖化なのか、それは嬉しいことだが。 テニスクラブ、会員制で月会費を納めれば一日中遊んでいていいのだが、会員の固定化と高齢化が進みがすすみ、我等60代は自然と午前中にグループ化してきた。若手(といっても多くは40代だが)は午後にという棲み分けだ。それぞれのテニスの楽しみ方が違えば、たまに若手のグループに入ると違和感をおぼえる。逆の場合の同様だろう。レベルがさほど変わらなければ問題はないのだが。一日中やっていた40代がなつかしい。 現在会費は月9千円、その気になれば週一の定休日を除けば月25日は楽しめる。とくにリタイヤ組にとっては。そんなつわもの今のところ現れてはいないが。現役組でも10日は楽しめるのだから考えてみれば安いものだ。 ゴルフは割安なコースでもその金額はする。面白さを考えれば比較は出来ないが、健康面ではテニスだろう、ゴルフはいまやすっかり歩かなくなっているのだから。月10日のテニスと月一のゴルフ、ペンショナーにとっての理想といっていい。ではまた。
2007.01.13
コメント(1)

月命日の墓参のおり、越生町の霊園へは行きはバイパスだが、帰りは町中の通りを利用している。立ち寄る蕎麦のよしひろさんがあるからだが、その寂れた商店街にぱっと明るく不二家さんが建つ。今ではなにやら場違いな感じすらするが、たたずむペコちゃんと変わらぬ店構えを見るたびに幼き日を思い出す。 その不二家さん、先日は店頭のペコちゃんがひんぱんに盗まれているとのニュースが流れていた。マニア向け高値で取引されているらしい。だが今度のニュース、ペコちゃんにその長い舌を噛み千切りたい思いをさせたのでは。消費期限切れの牛乳を使ったことが明るみにでたのを発端に、これまで隠してきた不祥事も次々とでてきた。雪印の二の舞となることを恐れての隠蔽だったということらしいが。 長い歴史をもつ老舗だが、いまやスイーツと呼ばれる時代に小回りきかなくなってしまったようだ。懐かしさはあれど立ち寄らぬ店となってしまって久しい不二家さん、愛犬ペコの遺影のまえでペコちゃん寂しくたたずんでいますよ。ではまた。
2007.01.12
コメント(3)
正月テレビ番組の貧困さ、唯一の救いは駅伝、サッカーであったと三室戸のすーさんとぼやきをともにしてきたが、ここにきてテレビドラマの復活が急ピッチとなってきた。単発のいわゆる二時間ドラマではなく、連続物だ。 きのう水曜日は「相棒」と「ハケンの品格」と二本だったが、きょうの番組表をながめたら、夜の8時から10時台までなんと6本のドラマがあるではないか。 NHK8時からは「新はんなり菊太郎」、同じ時間にテレビ朝日「新京都迷宮案内」、続いて9時から「エラいところに嫁いでしまった」がある。同じ時間にはTBSの怪物ドラマ「渡鬼」が鎮座、10時の「きらきら研修医」へとつづいてゆく。10時からはフジが「拝啓父上様」をスタートさせる。新規スタートは3本だ。 ここに日本テレビとテレビ東京がないのがおしまれるが、それにしても一晩でこの本数とは。テレビ局にとってはドラマで勝負する日は木曜日ということなのか。確定しているのは新京都迷宮案内、長く続いたシリーズの再スタート、橋爪功さんの走りっぷりと巧みなローラースケートをまたみてみたいからだ。さてほかには何を見る。ではまた。
2007.01.11
コメント(2)
きょうはテニス仲間との今年初めてのゴルフコンペ、車に相乗りしてゴルフ場で集合した。今回は14名、当初は4組16名だったが、ノロウィルスの影響で2名が欠席となってしまった。 この伝染性胃腸炎、この地でも相変わらず猛威をふるい、ある特養ではその影響で3名が亡くなられたとか、高齢者さんには酷な症状もたらしたようだ。幸い我等の仲間は軽症で命にはなんら別条はないが、未だ下火とはならない様子なので気をつけたい。 コンペメンバーのうち女性は6人、皆我等と同じ50,60代、テニスも一所懸命だがゴルフにはそれ以上の意欲をみせるつわものだ。レッスンと練習をかさねていればフォームも綺麗、パンチ力もある。 その成果を遺憾なく発揮して常に上位をキープして男どものひんしゅくを買うまでにいたってきた。特にショートホールに限ってはその有利さを活かして、ニアピン賞をおおむね奪取してしまい、時にはベストグロスも。もはや手のつけようがないので同じ距離で戦うべきだとの意見も出るほどだ。花がなければコンペも楽しくないので、それは却下されることにはなるが。 ゴルフはいまや女性最愛のスポーツ、テニス以上に浸透し、ゴルフ場は冬でも花盛りだ。ではまた。
2007.01.10
コメント(2)
成人の日、5日ぶりにテニスをした。午前中にコートに集まる仲間は、とうが立った50、60代だが、その元気ぶりはすさまじい。前日もきな臭い「爆弾」と冠つけられた低気圧でもたらされたすさまじい強風のなかでもプレーしていたというのだから。 こんなクラブに新成人などいない。休日は世代分離していて午後は30代、40代が主、10代、20代などいない。たしかに気軽には出来ないスポーツ、試合できるようになるまで時間がかかるが。 午前の仲間の殆どは学生時代にもテニスの経験なく、中高年となってはじめた人たち、運動不足解消のためだ。会社の上司や同僚と、あるいは営業でゴルフはしているが、それはいわば仕事の延長といったもの、業種、職種をこえた集まりではない。 テニスクラブに入ってテニスをはじめればそのハードさにも次第になれ、試合に病みつきとなれば交遊も話題も広がる。すでに親しんでいるゴルフをしようと話がまとまれば、平日休暇をとってでもと20人近くが参加する。そんなコンペがリタイヤ後も続けられるのはテニスのおかげといえるだろう。 が、電動カートにのってコースを回るのが主流となってしまったゴルフ、スポーツしているのに運動不足とは、ますますテニスでその解消はからなければと夢中になるという次第だ。風が吹こうが寒かろうがクラブに集まってしまう。ではまた。
2007.01.09
コメント(2)
一目で成人式帰りとわかる振袖と背広姿の一団が焼肉屋さんへと入っていく。油が飛んで、臭いもしみつくだろうにと心配してしまうが。そんな成人の日、いつしか第2月曜となってしまったが、15日だったことがあたまから抜けないでいる。 そのいわれが経済効果をもとめてとあれば、なにやらうさん臭く感じられなじめないでいるからだろう。そのうえ自治体主催の成人式が成人の日でもない日曜日に開催されるようになりつつあればなおさらだ。 財政逼迫の夕張ではその経費もけずられ、全国からの募金で開催されたということが美談としてとり上げられているが、役所にとっては手っ取り早い経費削減の手段、どこの自治体も内心その中止を望んでいるのでは。相変わらずの騒動も起こっているとあれば。 42年前の自分自身のことを振り返れば、成人式に出た覚えはない。通知の記憶もないし、区単位で果たして行われていたのだろうか。1月15日はただ通過点でしかなかったし、それに心残りもない。「大人」の思惑で日をかえられてしまうような成人の日と成人式、その存在価値もはや消滅したとしかおもえない。そんな思い抱く今日8日だ。ではまた。
2007.01.08
コメント(1)

きのう6日は初上京、さいと国立劇場まで歌舞伎見物にいってきた。前日からの予報どおり朝から雨、私鉄駅まで歩いて15分、着くまでにはびしょ濡れとなりそうなので駅前の駐車場まで車で行かざるをえなかった。 劇場近くの永田町まで電車乗り継いで表に出たらなおいっそうの風雨、300Mの距離贅沢とおもいつつこちらはタクシーにのるはめに、色男、色女?でもないのに水したたっては芝居見物も野暮というものだろうからと。 国立は二年ぶり、おととしのやはり正月「御ひいき勧進帳」以来、今回は「梅初春五十三駅」、尾上菊五郎丈が三種の神器の一つである剣をめぐって八面六臂の大活躍の通し狂言だ。ロビーは鏡餅が飾られ、開演前には獅子舞もおこなわれ、華やかな雰囲気をかもし出している。 これは歌舞伎座にはないロビーの広さゆえだろうし、配置された多くの椅子では12時開演という事もあり、すでにお弁当を食べるひともいる。もちろん劇場内のシートでも食べてるひとも。普段よりはドレスアップして歌舞伎を観るとはいいながら、なにやら遠足気分で大口あけて気取りがない。これでいいのだ歌舞伎はと。 さて演目だが、これは166年ぶりの復活狂言とか、立役、女形、妖怪ものと何でもござれと達者な菊五郎さんならでは、すっかり楽しませていただいた。菊之助も父親との競演をかさねて家の芸を引き継いでいく意欲感じられ頼もしい。正統を行く団十郎家とはまた違った歌舞伎の流れ、これもまたいいものだ。ではまた。
2007.01.07
コメント(1)
帰省、Uターンが落ち着いて世の中が動き始めたとおもったら、またぞろ悲劇が明るみに出てくる。その一つ、表面的には猟奇的だが、兄の妹殺し、その事件の陰にいったい何があったのだろうか。 各地の神社やお寺さんへの初詣客は一億近い。その一人一人何かを祈願してきたはずだ。その一つとして、この一年が安穏であることを願わなかった人はいないのでは。今日出かけた、今年初めての亡父の月命日の墓参でも手を合わせて願ったのはそれだった。 それが満たされればこの上ないこと、そうやって歳を重ねてきたものだ。一瞬にして家族が崩壊する悲劇の多さをみるにつけ、それがいかに難しいことなのか思い知らされるが。はたして歯科医家族に顔見合わせての笑いはあったのか。おそらくぎすぎすした空気が満ち溢れていたのでは。その前に手立てはなかったのか、いまご両親それを悔いていることだろう。 それにしても身の丈に生きること、それが難しい世の中となってしまったようだ。あしたは国立で菊五郎、菊之助親子の芝居見物、うまくいっている親子もあればそうでない親子、嵐となる明日の天気同様気が重い。ではまた。
2007.01.05
コメント(1)
亥年は株価があがるというとか、トヨタがビッグスリーの一角を占め、ことしはトップを虎視眈々と狙っていると聞けば、世の中好景気なのかとおもえてくるが。 夕べのBS2で40年前、1967年の出来事をとりあげ、どんな年であったかを検証するバラエティー番組が放送された。この年は大学卒業年、さいは中学卒業年、おっと年齢差をばらしてしまったようだ。 埼玉と東京の住人ではそのころ接触する機会など当然なければ、番組前に話しても記憶は曖昧、共通項はない。番組がはじまって、その年話題となった出来事はグループサウンズ、ミニスカート、リカちゃん人形、公害、学生運動といったところ、それらに互いに深入りすることなく他人事であったということでは一致したが。 番組の最後でのまとめの言葉は「繁栄の光と影」、たしかに繁栄を謳歌する一方で全国に広がる公害の渦、エネルギー転換、そんな社会の矛盾は今においても噴きだしてはいるが。大きな違いはそれらに対するNOの声の有無か。そのころの労働運動、学生運動はいわばその意志を表明するもの、人々の支持を得ていた。 だが今はそれは皆無、頼るべき党も無気力ではなにを頼りとすればよいのか、あきらめが先にたつ。それは繁栄のみを享受してきたノンポリの勝手と、自戒してはいるのだが。ではまた。
2007.01.04
コメント(1)
三が日、風も寒さもない日和に恵まれたが、そのせいかお正月らしさを感じさせない。ユニクロもしまむらも大特価セール、その宣伝につられて駅伝見てから出かけていってしまった。隣接するどちらもそんな思いの人があふれ、買い物籠に積み重ねていた。買ってしまったウールの厚手のセーター2枚、綿のハイネックシャツ2枚で6000円、普段着とはいえこの値段、さすが世界のユニクロだ。 さて今日の行事はきょうからクラブがオープンなのでテニス初打ちだ。朝のおせちを食べながら駅伝復路のスタートをみて、芋たこなんきんのスペシャルをみてから出かけたので到着遅れ、すでに暇をもてあました仲間が20名近く参集、4面で試合をはじめていた。皆さんの気の早いこと。 午前中で3試合、半そでで十分なほど、暖冬もうなずける。さすがに短パンになるものはいないが、暖かさのせいか皆動きが軽やか、初打ちとは思えないほどだった。いつもながらの顔ぶれだが、今年も欠けることなくテニスをはじめられればうれしいもの、また馬鹿いいながらの一年がスタートしたのだった。ではまた。
2007.01.03
コメント(2)
ことしの三が日も、朝のおせちを食べながらの駅伝三昧となりそうだ。きのうは実業団、きょうあすは箱根と。8時ごろから2時近くまで、ほかの事もかたづけ「ながら族」となりながら。それゆえテレビにうってつけといえるだろう。うっかり見落としたり、CMで見損なう大ホームランやナイスシュートはない。ながれを読んで立ち回ればすむからだ。 それにしてもこの駅伝にいつごろからはまってしまったのだろうか。それは昨日も今日も解説に借り出されていた瀬古さんの存在にあるのでは。早稲田の学生時代の中村監督との出会い、そのドラマ性にOBでもないのに早大ファンとなってしまったのではないかと。 それは実業団のヱスビー食品にひきつがれ、さらには両チームの監督をになっている間も。監督としては今ひとつではあったが、そのスター性は駅伝界ではぴか一だった。その瀬古さんから暖かい声かけられて、選手達の嬉しそうな返事がそれを物語っている。 また早稲田の選手に話しかける瀬古さんの嬉しそうな声、予選会から勝ちあがり、箱根の山登りで健闘、往路4位となれば、復路は解説どころか応援中継となってしまうのでは。それも許してあげたいと思うのはわたしひとりではないのでは。明日も朝寝坊はしていられない。ではまた。
2007.01.02
コメント(1)

皆様、新年あけましておめでとうございます。 つつがなく新年をむかえられたこと、またこの一年の安寧を祈願するべく近くの神社へ初詣にいってきたところです。鎮守の森の参道は善男善女列をなし、こんな地域でも日本の良き風習が引き継がれてゆく光景見たおもいです。おぞましき国家神道とは一線をかす姿、大事にしたいものです。本年もまたよろしくお願いいたします。ではまた。
2007.01.01
コメント(2)
全30件 (30件中 1-30件目)
1