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40Km以上走り続けて重くなりつつある腿を振り上げ、ペースを上げた。競技場が見えた。ラストだ。残りの力を振り絞って走った。昨日の日曜日につくばマラソンに参加してきた。42.195Kmを走る。曇り気味でちょっと肌寒い。だが走ればさほど気にはならないだろう。家を6時40分くらいにでて、駅までアップのつもりで走る。駅に到着して電車とバスを使って会場に着いた。会場には8時半くらいに着いた。受付を済まし、準備を整える。9時半スタートだ。スタートラインまで行き、スタートを待つ。去年も参加したが、やはりすごい参加者数だ。都心からのアクセスも便利であり、コースも比較的平坦で人気があるようだ。9時半になり、スタートした。ゆっくりと走り出す。参加者が多いので無理して前へいくことはない。しばらく走ればどうせばらける。そんなゆったりとしたペースの中で、思い巡らしていた。ハセツネリタイヤから1ヶ月半くらい。リタイヤして腸頚靭帯炎になりほとんど走れなかった日々を思い出していた。少し走ればすぐに痛む膝。ほぼ痛みがなくなったのは、2週間くらい前だった。もしかしたら痛みはもっと長く続くのだろうなと考えていただけに、今この「つくば」の舞台で走れることに感謝するとともに感慨深くなっていた。走ることができるうれしさを感じて、ゆっくりと走った。回りを見回すとユニークなユニホーム、コスチュームで走っている人がいる。カラフルなユニホームは見ているだけで明るい気持ちになれる。そしてサンタ、女子高生、タイガーマスクなどのコスチュームで走る人もいる。なんだかお祭り気分になって、ウキウキした気持ちになる。これもつくばマラソンならではと思えた。ゆったりとしたペースで筑波大学近辺を走る。途中で盲人ランナーと伴奏者が後ろから走ってきた。「すいません、道をください」と伴走者が声をかけて進んでいく。ペースは今の僕のペースと同じくらい。よし後ろに付いていこうと思い走った。最近、僕の知り合いになた人で伴走する人がいる。今日も実は「つくば」ではないけど、違うところで伴走して走っている。以前にいろいろと話をしていて興味もあったので、僕は後ろについてどういうコミュニケーションをとって走っているのか見たかった。盲人ランナーと伴走者は、状況や景色、そして参加者について話す。走りながら話すのは結構大変そうだが、伴走する人の一番大事なことは、走るのが速いかではなくて、状況を正確に細やかに伝えることなんだろうなと思った。しばらく後ろを付いて走った。最初の5kmは27分4秒。最初のスタートロスもあったからこんなもんだろう。道路にでると1車線をランナーが走れるようにしているコースだ。10km通過したときの5kmのラップタイムは23分34秒。徐々にバラけてきてペースも上がってきた。15km通過のラップタイムは24分2秒。このあたりは田園風景に囲まれ紅葉も見渡せ、気分も上がってくる。20km通過のラップは23分53秒。よし走れるぞ。紅葉に囲まれて思い返していた。今回の一番の心配は、走りこみ不足。膝の故障で調整がだいぶ遅れてしまっていたからだ。先週にハーフを走るも15kmあたりで失速。そんな不安を抱えながら走っていた。ゆったりペースでもあるから、まだまだ走れそうだ。折り返しのランナーがもう戻ってくる。Rさんが戻ってきた。あっという間に行ってしまったので声もかけられなかった。でも、まだ余裕ありそうで快調な走りをしている。続いてYじゃんさんを発見。といっても気づいたのは真横を通過したときだったので、振り返って声をかける。「Yじゃんさん、がんばれー!」あっという間に走り去ってしまった。でも、僕も段々と元気がでてきた。気が付くとリズムよく楽しく走っている。盲人ランナーと伴走者をいつの間にか抜き去っていた。折り返しランナーの走りに励まされ、ペースはますます上がる。僕が折り返してしばらく走ると「Yりん」さんも見つける。こちらも、真横になって気づいたので、すぐに声をかける。「Yりんさんがんばれ~」気づいたかどうかはわからないけど、風邪で体調を崩していたYりんさんががんばって走っている姿をみて、僕ももっとがんばろうと心に誓った。壮快に心を弾まして走っていた。走れることがこんなにも楽しいんだって改めて感じた。そして今回一緒に同行した会社の元上司にもあった。「Iさんがんばってください!」走りながら右前方を見上げると雄大な筑波山くっきりと見えてきれいだった。25kmのラップタイムは23分10秒。折り返しランナーを見ながら楽しく走っていた。でも、さすがにちょっと足は重く感じてくる。30kmのラップが24分12秒。あと12キロだ。ちょっとお腹がすいてきた。途中でおしるこを飲み干しちょっと元気がでてくる。35Kmのラップは24分47秒。ちょっと疲れてきた。だんだんとゴール近い見慣れた景色が見渡せるようになってくる。あと5kmの表示も見えた。思えば長かったなと思いながら、ゴールの瞬間だけを思い描いて走っていた。早くゴールに着きたい。すごくゴールに飢えていた。大学構内に入り、もうあと少し。そして競技場が見える。ペースを上げた。競技場に入ると参加者をごぼう抜きするスパート。よし、最後だ。心拍数はみるみると上がる。42キロ近く貯まった思いを一気に開放するが如く走った。そして、両手をあげてのガッツポーズでゴール。最高の瞬間だった。記録は3時間25分は切れなかったけど、自己ベスト更新。でも、記録よりも今日42.195Km無事走れたことが何よりもうれしかった。そして僕はずっとゴールの瞬間に飢えていたのも確かだった。ハセツネリタイヤからどこかもやもやしたものがあり、ゴール前での壮快な走りをしてゴールした時は、ちょっとはそのもやもやしたものが晴れた感じもした。ゴールする時ってこんな気持ちだったんだなって思い出していた。大会を終えて、一緒に参加した会社の2人も自己ベストを更新して、筑波駅のそばの魚民で乾杯した。それぞれが最高のゴールをして、熱く話していた。そして、新たな目標をそれぞれが宣言をしてまた新たなスタートを切っていた。つくばマラソン楽しかったです。また来年戻ってきます。その時はもっと走りこみをして強くなって戻ってきます。その時までGood Luck .
2006.11.27
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今日は、午前中は野球の練習。多摩川駅を下車して、野球の始まる前までアップダウンのある公園をちょっとばかり走った。階段があったり、土の道を走ったりでクロスカントリーみたいなところだ。距離は少しだけど走った。やはり何もしないより、少しは走ったほうがいいだろうという気持ちがある。ハセツネで腸頚靭帯炎になってから、ほとんど走れない日々が続き、最近ようやく走れるようになってきた。その為走ることが今はすごく貴重に感じてしまう。明日のつくばのためにも、今日の野球の練習は調整としても捉えていた。2時間ほど程よく練習して、午後は六本木へ。六本木ヒルズで「涙そうそう」という映画を見た。どんなストーリーかほとんどわからなかったせいか、ストーリーの展開が読めず、そして展開が早く、泣けるストーリーで終わっていた。さて、明日はつくばマラソン。今は走れること自体にうれしさを感じている。記録の欲がないといえば嘘になるかもしれないけど、今は完走したいというのが本音だ。悔いの残らない走りをして、最後の競技場を突き抜けたい。42.195kmは長くなるだろうけど、競技場でのラストランは楽しみたい。
2006.11.25
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つくばマラソンまであと3日になった。今日はフルを走れるスタミナと自信をつける為に長い距離と時間を走りたいと思い、いつもの葛西臨海公園へ。結局4周で終えた。公園までの往復の距離を含めてだいたい20kmくらいだろうか。もう少し距離に対して自信をつけたかったのは本音だけど、ゆっくりと気持ちよいランができた。夜はテレビで「リヤカーマン」の番組を見た。アマゾンを舞台にリヤカーに水や食べ物、生活する全てのものを乗せて900kmを行くものだ。強い日差しで40度を超えるときもあれば、激しいスコール、そして水浸しの悪路をリヤカーで行く。虫の大群に囲まれ、猛獣のジャガーの恐怖も隣り合わせ。そんな冒険家の永瀬忠志さんが繰り広げる旅は、目標を達成すべくひたすら前へ前へ進む姿が、見ているこちらも勇気づけられる。なによりもやりたいことをやって、達成するのがすごい。
2006.11.23
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今日は多摩川ハーフに参加してきた。久々のハーフ。思えば、ハセツネ前に申し込んだもので、当時の青写真とは全く変わってしまったが、膝の故障からハーフの距離をまず走るということでは、貴重なことだと捉え参戦する。初めて走るコースで、つくばへ向けてのステップでもある。今回の心配は、膝の状態とハーフを走れるスタミナだ。最近、ようやくロードを走れるようになるがジョグペース。距離も延ばせなかった。ハーフという距離を一定のペースで走り通せるのだろうかいう課題があった。走る前のイメージは折り返しまで力を溜めて、後半ペースを上げ爽快にゴールを突き抜けるというものだ。朝は結構寒い。だが走れば気になるほどでもなさそうだ。スタートは9時。早い時間に開始されるレースは、終ったあと時間を有意義に使える点でいい。9時になり、一斉にスタート。ほとんど平坦なコース。記録更新を狙う選手もいれば、初心者もいる。5km通過し、まずまずの走りだ。5キロのラップタイムは21分17秒。キロ4分15秒くらいか、このまま前半は走ろう。体が温まればもっと調子はよくなりそうだ。ただ高い心拍数が気にはなった。10km地点では、ちょっとペースが落ちた。5キロのラップタイムは21分57秒。向かい風の影響もあるのだろうとあまり気にせず走る。折り返して風を感じなくなり、快調に走り出した。が、14kmあたりから足が重たく感じてきた。今の僕の走りこみ量からいえば、15kmくらいの走力が精一杯のようだ。15キロの5キロのラップタイムは21分56秒。15km通過してからは、思うように足が進まず厳しいものとなった。どんどん抜かされていく。だんだんとジョグに。そしてなんとかフィニッシュした。15キロ地点から残りは30分以上はかけてゴールした。なんとか完走できたことにうれしさを感じながらも、もう少し速く走れたのではと、走る前に想像していたこともありちょっと残念だった。来週のつくばでフルマラソンを走る。今日のスタミナ切れしら考慮しても苦戦は必至。ゆったりペースで完走を目指そうと思う。調整がだいぶ遅れてしまっているけど、今は走れることに喜びを感じているのも確か。少しずつ前へ進んでいこうと思う。
2006.11.19
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今、多摩川。 久々のハーフマラソンです。痛めた膝のこともあるし、来週のつくばマラソンを意識した走りをしたいと思っています。
2006.11.18
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今朝、6時過ぎに起床。昨日は夜10時くらいに寝たから、睡眠は十分とれた。早起きしたのは、今日野球の試合があるからだ。メンバーは会社の人もいれば、違う会社の人、中学生他いる。ただ、野球がすきということで、このメンバーと出会い、共に勝利のためにがんばっている。試合会場は、府中。ずいぶん遠いこともあり、朝7時前に家をでて、電車をのりつぎ、8時45分くらいに到着。なんとか9時の試合には間に合った。試合は始まった。先攻が僕らのチーム。そもそもこの試合というのは、ネットを介しての草野球のトーナメント戦で今日が2回戦だ。お互い1回戦を勝ち上がってきてるだけにタフな試合になりそうだなと予感していた。1番サードで出場の僕がバッターボックスに立つ。初球ボール。球はさほど速くない。ただ、コントロールがよさそう。ストライクとボールが相次ぎ、カウントは2-3になった。ファール後にファーストゴロに倒れてしまった。1塁への走塁は100%の力で走れないが、あと一歩の差でアウトだった。2回目の打席は、ショートゴロ。双方のチームともチャンスはつくるものの点が入らない。緊迫したムードが漂う。0-0で3回表に相手のチームに1点先制される。1-0。5回表、1アウト1塁で僕に打順が回ってきた。なんとかしてでも繋いで点を取りたい。そう思って打席につく。高めの球がきたので、振りぬいた。左中間へボールが舞い上がる。ちょっとあがりすぎかなと思ったが、抜けてツーベースに。これで2,3塁。そして次の打者のヒットで同点。さらにサードゴロの間にホームへ生還し、ついに勝ち越し。結局この回に3点あげて逆転した。4回目の打席では1アウト1、2塁でまわってくる。ここでも絶対に追加点が欲しいところ。外角よりの球をたたいた。ボールは右中間へ抜ける。今度は打った瞬間に、抜けると感じた。外野の間をボールは転がっていった。そしてツーベースヒット。1点追加した。結局この回に3点を追加し、6-1とリード。だが相手も粘り、3点返され6-4。そして最終回の7回裏、1点とられ、6-5。ツーアウト2,3塁。守っていて久々にヒヤヒヤしてきた。打球が飛んできて欲しくもなかったのは、本音。今日は守っていて送球はあまりよくなかったからだ。2回アウトにできるのをし損なっていた。ヒヤヒヤしながらも、中学生ピッチャーが最後のバッターを三振にとってゲームセット。みんなが、「よっしゃー」という気持ちになった瞬間だった。今日の試合は、ヒヤヒヤしたけど、その見返りとして十分すぎるくらいにエンジョイもできたのは確かだった。野球の試合が終って、昼食をとって半蔵門へ向かった。午後から講演会があるからだ。どうしてもでてみたいなと思う講演会だった。何の講演会かというと「世界が100人の村だったら2006」というものだ。僕は以前にこの題名のテレビを見たことがあった。「世界には63億人がいますがもしもそれを100人の村に縮めるとどうなるでしょう」100人のうち「61人がアジア人です。13人がアフリカ、13人が南北アメリカ人、12人がヨーロッパ人あとは南太平洋地域の人です。」「村に住む人々で20人は栄養が十分ではなく1人は死にそうなほどです。でも15人は太りすぎです。」「すべてのエネルギーのうち20人が80%を使い、80人が20%を分けあっています。」「75人は食べ物に蓄えがあり雨露をしのぐところがあります。でも、あとの25人はそうではありません。17人は、きれいで安全な水を飲めません」<世界がもし100人の村だったら 池田香代子再話 Cダグラス・ラミス対訳 より抜粋>この本に基づいたドキュメンタリー風のものだった。フィリピンでゴミ捨て場でプラスチック等のものを拾って稼ぎとする少女の話を思い出していた。そして世界がもし100人の村だったらと訳したことにより、すごく身近に感じられたのを思い出していた。僕はこの100人のうち、どこにいるのだろうと考え、申し訳ないことをしていることに気づいたのを思い出していた。そんな池田香代子さんの講演会が今日午後から開催されるので楽しみでもあった。だけど、野球の都合で遅れての参加になってしまったのは残念だった。でも、すごく考えさせられた。今、自分ができることは何なんだろうと。講演の内容は、わかりやすく興味深いものだった。池田さんは、物事を深く多角的に考える人だなと感じる。講演の内容はメモをとりながらいろいろと考えさせられた。まだまだ知らないことが多すぎることもわかった。そして、まだまだできることは一杯あるんだなということも感じた。今日は、スポーツに講演に、珍しい日でもあったけど充実できた。
2006.11.18
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今半蔵門で、世界が100人の村だったら2006の池田香代子さんの講演会にきています。今は休憩中です。 世界中にある格差について考えさせられます。
2006.11.18
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今日、レッドソックスが松坂投手の交渉権を獲得した。高校の甲子園で春、夏連覇を果たし、プロ野球でも主流選手として活躍してきた。真っ向から勝負していく姿は爽快で気持ちがいい選手。メジャーで、イチロー、松井を始め世界の一流選手と対戦する可能性もでてきて楽しみだ。さて、早めに仕事を終え、今日こそは夜ランやるぞと心に決めていた。でも、帰宅途中に雨が降ってきた。寒冷前線だろうか。急に冷え込んできた感じがしたが、家に帰り準備をした。膝にはキネシオテープでがっちりとガード、着替えをすまして外にでると、雨がかなり強くなっていた。でも、ここまで準備したら、戻るわけにはいかない。強い雨の中へ駆け込んだ。かなり寒いが、防寒はしっかりしていたので、特に問題なかった。コースは葛西臨海公園へ向かった。寒いのでペースは自然と早めに。走りは、摺り足で腿を意識して走るようにした。1周目はまずまずのスピードで走るも、この新しい走法に慣れていないため、腿の疲労がたまってくる。2周目は雨も上がり、疲れからかペースを落とした。そして、久々3周目へ突入。後半にペースをあげ、なんとか3周走り通せた。空を見上げると星が見えていた。10日後くらいには、フルマラソンを走る予定。なんとか、42.195km走れる体には仕上げたいと思っている。今日は3周走れたし、気持ちいい夜ランができた。
2006.11.15
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凍りつくような風が頬を吹きつけていた。きれいな白い結晶が空から舞い降りてきた。寒気がする。標高2077mの飛龍山へ向けて登っていた。早く日が照ってくれないか、そしてこの山頂を一刻も早く越えて標高を下げたいと思って岩壁に近い登りの箇所を登っていた。奥多摩駅から山梨県の丹波までバスで行き、そこから飛龍山を越え、雲取山を巻き、雲取山荘、七ツ石山そこから石尾尾根で巻き道を使って奥多摩駅へ向かうトレイルをすることにしていた。距離にして、約40kmくらい。早朝の電車で奥多摩駅へ向かった。奥多摩駅に到着したのが9時すぎ、そこからバスで会社の先輩とこのコースを踏破するべく丹波へと向かった。スタートが10時20分くらい。このあたり熊が出没するから気を付けなさいと地元の人に言われた。ここ奥多摩も山の木の実が不作で畑のあるあたりまで降りてくるらしい。まずはトレイルに入った。いきなりの急な道。アキレス腱あたりが痛くなった。そしてここから急な登りがずっと続いた。1800mくらいになると雲がでてきて、凍えるような寒さだった。ロッククライミングを思わせる岩壁もあり、なんとか登り上がった。3時間弱かけて飛龍山に到着した。山頂なのだが、見晴らしはあまりよくなく、苦労して登った割にはちょっと残念だった。そこからハイウェイランが続いた。高度1800mあたりをしばらく走ることになる。息がすぐ苦しくなる。足の膝のこともあり、無理はせずゆっくりとした走りをしていた。雲取山荘に走り出して4時間半後くらいに到着。そこで暖かいカップラーメンを食べてすぐに出発。立ち止まると凍える寒さがすぐにやってくる。下りもここから少し入ってくる。膝のことが常に心配だった。とにかくもってくれと願っていた。ガンガンと下らないようにしてた。七ツ石に到着が走り出して5時間40分後。奥多摩の山々が四方八方に見渡せ、その合間に富士山がくっきりと見える。絶景。ここで大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出した。深呼吸がこんなにも気持ちよく穏やかになれた。この雄大の自然と同化した瞬間だ。七ツ石山頂で贅沢な深呼吸をして、奥多摩駅へ向かった。あたりは、薄暗くなってきた。夕日とだぶって富士山のシルエットが美しい。そんな光景を見ながら、しばらく巻き道を走る。鷹の巣避難小屋に到着してヘッドランプの用意をして、再度走り出した。暗闇のトレイルに突入した。六つ石分岐からはほぼ下り基調。膝のことを心配しながらも、ラストの奥多摩駅へ駆け下りた。案外、心地よく下れる。大丈夫そうだ。下るにつれて気温が暖かくなってきた。そして見慣れた景色が眼下に入り、奥多摩駅に着いた。辺りは真っ暗、夜7時半くらいだった。8時間40分ほどの充実したトレイルができた。奥多摩駅から歩いて7,8分離れたところにある温泉、もえぎの湯へ行きゆったりと疲れを癒した。家についたのは、夜12時近かった。でも、爽快な1日を過ごせた。
2006.11.13
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今、中野にいます。これから山に行きます。いい天気になってきました。
2006.11.11
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葛西臨海公園で夜ランをやってきた。久々の夜ラン。そして葛西臨海公園は2週間ぶり。途中で膝が痛くなったとき以来になる。ゆっくりとそして次第にペースを上げてみた。観覧車のネオンや遠方に建物のナトリウムランプがきれいに見えた。海岸線にある公園でのランは夜だけど景色も楽しめる。前回は苦痛の思いで歩いていたけど、今はなんとか走れている。まだ思いっきりは走れないけど、気分よく走ることはできた。ゆっくりと始動しだしているのを実感できた。
2006.11.07
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11/3文化の日、3連休のはじまりとなった。今日は、忘年丹沢RUNが開催される。上空を見上げると心地よい空が見渡せる。参加者はOねさん、Kぷさん、Yじゃんさん、Yりんさん、Tわさん、Rめいさんの予定だ。スタートは西丹沢自然教室からで檜洞丸-蛭ガ岳-丹沢山-塔ノ岳-大倉-湯花楽(お風呂)までを駆け上がり、駆け下る。大倉までのコースタイムは11時間10分。ただハセツネ以来、走ると膝が腸頚靭帯炎となり痛みがひかない為、僕は西丹沢自然教室からのスタートを断念した。本当なら、一同と一緒にスタートを切ってゴールを迎えたかった。でも、今の状態で長距離の下りでは膝が悲鳴をあげるのは、容易に想像できた。でも参加したい気持ちはあったので、途中合流することにした。大倉スタートして塔ノ岳を越えて合流できるとこまで駆け上がろうと考えていた。渋沢に到着したのが午前11時。バスで大倉まで行き、ストレッチなどしてスタートしたのが11時45分だった。今回はリハビリも兼ねてのトレイルでもあった。とにかく膝が痛くならないでくれと願って登った。案外登りは、膝に負担はかからない。一定のペースで早歩きで登る。登りで走りはしないがほとんど休まず足を動かしていたので、心拍数はみるみる上がる。呼吸も徐々に激しくなる。でも、久々の塔ノ岳、そして何より膝の痛みからはじめての登れるようになっていたので、うれしくて仕方なかった。下ってくる登山者と挨拶を交わす。「こんにちわ」単純な言葉だけど、これが本当に気持ちいい。登れるうれしさのあまりいつの間にか僕はひとりひとりに「こんにちわ」と弾むように声を掛けていた。そして丹沢の景観に囲まれながら上へ上へと登った。山登りの原点を思い出していた。頂上へ登るために、ひたむきに足を進める。これでもかこれでもかという気持ち。そんな気持ちが甦ってきた。思えば最近は、レースの為とか、タイムの為とかで「踏破してやる」というより「登らされていた」感じがどこかにあった。でも、今は登っていて本当に楽しい。そして何より一刻も早く合流したいなと思っていた。OねさんとKぷさん、Yじゃんさん、Yりんさんとは9月の初旬に行われた塔太郎カップ以来の再開となる。ハセツネで好記録をだしていたりで、そのときの祝福も早くしたいなと思って登っていた。塔ノ岳の登りは、これでもかというような急な登りなので登り甲斐はある。花立山荘を通過して塔ノ岳を目指した。そしてなんとか塔ノ岳へ到着。午後1時前だったので昼食におにぎりを食べた。頂上からの景色は、雲があちらこちらにかぶっていて遠くは見渡せなかった。小休止して丹沢山へ向かった。このペースなら多分丹沢山あたりで会えるだろうと思い、急いだ。塔ノ岳から丹沢までのトレイルは今までの激しい登りとは違い、いくぶんなだらかになる。その分、気持ち的にも楽になった。40分弱で丹沢山に到着しようとしていたその時、やっとのことでみんなに会うことができた。膝もなんとかもってくれてほっとした。午後2時くらいだった。「お久しぶりです」合流できてほっとすると同時に、みんなの下りのペースは思いの外速かったのには驚いた。どんどん下っていく。でも合流できたことで元気づいたのか、なんとか塔ノ岳まで快走できた。なにより単独走のときとは違った新鮮さがあった。そして塔ノ岳から大倉へさらに下る。ここからは着いていくことができなかった。まだ下りは膝のことがちょっと頭にあって怖いようだ。でも高度を下げていく。途中でRめいさんに合流した。なんでも午前中は地元のマラソン大会でその後ここまで駆け上ってきたのだ。すごいタフさだ。ここからまた下り大倉へ。そしてそこからロードを走り湯花楽という銭湯へ向かった。陽はもう暮れ始めていた。薄い夕陽の陽射しを浴びながらラストの湯花楽へ向かった。そしてゴール。疲れを癒しにみんなでお風呂に入った。お風呂の後に、お疲れ様会が始まった。ここでもトレイル仲間と飲んで話せるのは、とても貴重だし、楽しい時間を過ごすことができた。Tわさんの伴走している話を聞いて、伴走していろいろな人とコミュニケーションをとりながら気持ちを共有してゴールする素晴らしさを感じた。走ることはたくさんの可能性があり、改めて考えさせられた。Yじゃんさんからは、マッサージを教えてもらった。ハセツネでは12時間切りをして自己ベストをだし華やかさを感じていたが、アフターケアーについても、精通していてその姿をみて、アフターケアーのことを真剣に考えさせられた。Oねさんは今回の素晴らしい企画をしてくれ、トレイルや宴会でいろいろ話して楽しかった。何より驚いたのは塔ノ岳で、エネルギー注入とのことでビールを飲んだ後は、飛ぶようなスピードで駆け下りてきたのは驚いた。Yりんさんは、体調が悪くてもレースが翌々日にあっても、全力で今をがんばって走る姿に熱いものを感じた。走ることは大会の為にやっているのではなく、今を楽しく走る大切を感じた。Kぷさんからは近場のトレイル話などいろいろ教えてもらった。そしてKさんは、いろいろな事を知っている物知りで、最後の大倉から湯花楽までのロードで話していて、聞き入ってしまうことが多かった。Rめいさんもいろいろな大会に参加していて経験豊かで、聞いていて興味深かった。宴会はあっという間に終ってしまった感じがした。名残惜しかったけど、忘年丹沢RUNは、楽しく時間を過ごせた。また、丹沢を走りたいなって思っています。
2006.11.05
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今日は、会社でちょっと嫌なことというか納得いかないことがあり、帰る途中に高校の友達のKOUに電話した。「飲まないか」KOUはちょうど会社をでて電車に乗ったところだけど、「いいよ」とのことだった。急な誘いにもかかわらず一つ返事でOKということで、ちょっと救われた感じがした。さっそく、お互いのいる中間点ということで新橋で飲むことにした。納得いかないことを、第三者から客観的に自分の意見をどう思うか素直に聞きたかった。第三者というより、なにより気心しれたひとに聞いてもらいたかったのが本音かもしれない。待ち合わせ場所について、本題には触れず、おもしろおかしい会話をしていた。旧友とは言ってもちょくちょく飲んだりする仲。でも、高校時代の友達と飲むときは明らかに昔のときの自分になっている気がする。なによりも「素」になっている。包み隠さず話せる。くだらないことだけど、今日は久々に僕の方からいろいろと話した。いや、すごく明るく話したい気分だった。で、今日の仕事で納得しないことをKOUに話した。彼も僕の思っていることについては、わかり同調はしてくれた。結構、KOUは客観的、冷静に物事をみているので、その分ほっとした。いろいろアドバイスももらい、実践もしてみようと思う。今日はサンキュー、KOUまた、近いうちに飲もうぜ。帰宅してテレビをつけると西武の松坂大輔がメジャーへの参戦表明をしていた。あこがれのメジャーでの活躍をみるのが楽しみ。がんばってほしい。
2006.11.01
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