2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
“昨日の間違いの方が、今、行っている間違いの言動よりも、 2倍以上気づきやすい”人生のパートナーについて今日から、少しずつ書いて行こうと思っています。SEXカウンセラーっていう分野を扱うカウンセラーの方がいらっしゃると聞きました。私も、その辺りのことに特化したカウンセリングをしていきたいと思っています。恋愛について、性のこと、SEXのこと、いろんな視点から、私は、心の問題だけでなく、身体と心、両方について、生理学的な部分も含めて、SEXなど、なかなか人に聴くコトの出来ないようなことをネットというツールを使って発信していくつもりです。もし、この内容に不愉快に思われた方は即座に読むのをやめてください。但し、どの部分が不愉快に思われたか?をきちんと自分に問うことだけはして頂けると嬉しいです。それが、今のあなたにとって向き合いたくないものかもしれないからです。どうすれば、本当のパートナーに巡り逢うことができるか?どうすれば、理想のパートナーを見分けることができるか?恋愛に悩む方、恋愛から逃げている方、恋愛に対する接し方は、そのまま、あなたの全てに対する接し方でもあるんですね。このHPを読んでくださるだけで、何かしらの気づきを感じて貰えて、人生の運気がアップしたらと思っています。愛や恋愛についての間違った思いこみについて今日は書きます。〈間違い1〉“愛さえあれば、どんな事でも乗り越えられる。”「愛していれば、○○○などはそんなに問題にならない。」こんな台詞を聴いた事ありませんか?そして、もっと、盲目になると、「私が、もっと愛情をそそげば、彼(彼女)も変わってくれるはず」となる。それで、いつまでも、「自分が愛情の注ぎ方が足りないから、彼がかわらないんだ」「もっと愛情を注げば・・・」となる。愛は、注ぐモノではなく、お互いに育むモノです。愛情という名のカップがあるとイメージしてください。そのカップにあなたが一生懸命愛情を注ぎ込み、カップを満たそうとします。相手が、それに穴を開けていたとしたらどうですか?相手が、すぐに飲み干して空っぽにするだけだったらどうですか?愛しすぎても上手くいかないんです。愛されすぎても上手くいかないんです。お互いがそのカップに愛情を注がなければ・・・。それが出来るパートナーが本当のあなたのパートナーなんです。〈間違い2〉〈運命の相手は、出逢った瞬間にわかる”電撃的な出逢いを信じている人ほど、この間違いをおかしやすいかもしれません。少し前に、結婚するって人との出逢いは「ビビッ」とくる何かが逢った瞬間にあるっていうような内容のお話をテレビなどで耳にしました。直感て、大切だと思うのですが、その感覚だけを信じて、その強く引き合った部分以外の部分を見ようとしない場合も多いです。「あれだけ、出逢った頃は強く心が引き合ったのに・・・」ってなっちゃうんです。それ以外の現実的な部分に目を向けて、向き合っていないのです。一目惚れのこの中に入りますね。第一印象って大切ですが、それを自己で勝手に理想化して、第一印象に執着しちゃっているんですね。だんだんと好きになっていく方が、愛を少しずつ育んでいるんですね。また、初めから、冷静に相手をきちんと見て、今に向き合うことが出来ることで、「こんなはずはなかった」ってことがなくなりますね。電撃的な出逢いを求めることが、目的になっている方もいますね。出逢いに価値を置いている限り、出逢った時が、あなたの感情、愛情のピークだということです。それでは、人生のパートナーに巡り逢うのは難しいかもしれませんよね。心理学博士 Barbara De Angelis さんの言葉をお借りすれば、〔相手に夢中になるのに時間はかからない。だが、真の愛が育つには時間がかかる〕寒い時、マッチ棒で暖をとれるだろうか?雪の山小屋にいる時、あなたは新聞紙を焚きますか?それとも、木を焚きますか?新聞紙は一瞬のうちに、燃え上がるが、消えるのもあっという間です。木は火がつくのには時間がかかるが一度、燃えると長い時間、じっくりと安定して燃えますよね。そして、なかなか消えないですよね。〈間違い3〉“パートナーは自分の欲求を必ず満たしてくれる”もし、あなたがどこかの社長さんだっとしてください。あなたの欲求を全て満たす人でないと採用しないと決めた時、誰を採用出来ますか?すべての欲求を満たす存在なんてモノはいない。でも、こうした幻想を抱く人は、責任を人に押しつける癖を持っているんです。自分自身でさえ、自分の欲求が何なのか?きちんと意識してわかっていないのかもしれませんね。また、自分で自分自身の面倒を見ることの出来ない方かもしれません。あなたにふさわしいパートナーはあなたの欲求の多くを満たすことは出来るが、すべて満たすことは出来ない。それは、パートナー以外に満たしてもらう質の欲求もあるからです。それが、友達であったり、家族であったり、もっと、言えば、自分自身なんです。お父さん(お母さん)くらい離れた方を好きになる時、自分の満たしたい欲求はパートナーにではなく、本当は家族に満たしてほしいものかもしれない。〈間違い4〉“私を幸せにしてくれる人は、この世に1人だけしかいないに違いない”ひとりしかいないと思うあまり、相手のあら探しをしていませんか?そして、少しでも、自分の意にそぐわないと、「この人も違う」となっていませんか?完璧を求めて、ずっと探している内に、あなたの目の前に現れたパートナーとの出逢いをすべて捨てていませんか?どれだけいるかはわかりませんが、1人ではないということです。もっとも、大切なこと、自分を幸せにするのは、自分自身であるということを忘れてしまっているかもしれませんね。〈間違い5〉“SEXがとても素敵なのは、それだけ、2人が深く愛し合っている証拠”仲直りするのはベッドの上だけ・・・そんな関係に陥っている方はいませんか?セクシャリティ、性的衝動、性的欲望によってSEXという行為をしたが、それを正当化する為に、相手と付き合うようになる。社会や道徳的な教育を受けて育った真面目な方ほど、性的欲求に対する抑圧もあり、自分の性的衝動が起こした、深い肉体関係を自分の性的欲求と認めてしまうとその性的欲求に罪悪感を抱いて、自分を責めるようになります。そこで、無意識で、相手に魅力を感じて深い仲になったとなるんですね。それを恋愛と思いこむことで、その性的欲求でしか、結びついていない相手となかなか別れることが出来ずに長く引きずっていたりしませんか?いつも喧嘩ばかり、でも、、ベッドの中ではとても愛し合っている。それは、他の部分でまったく分かり合えていない、ふさわしいと言える関係を全く築けていないんですね。でも、それから目をそらすことが出来るんですね。この思いこみを持っている限り・・・。そして、現実でもっと、深い繋がりを築ける相手との出逢いすらも見落としてしまっているんですね。
March 31, 2007
コメント(4)
先日、ドイツのある動物園で、シロクマのあかちゃんの人工飼育の話題を聴きました。シロクマの人工飼育と言えば、愛媛県とべ動物園のピースが有名ですね。飼育員さんが、家に連れて帰って、冬でも、冷房かけて、夏は当然冷房かなりかけて、親がわりとして育てています。もうかなり大きくなっていますね。何年くらいになるのでしょうか?今回の場合も、出産後、母シロクマが育児放棄をしたことによって、飼育員が介入せざるを得なくなったわけですよね。ドイツでも、かわいい姿に沢山の見物客が訪れているそうです。どこの国もおなじなのかもしれませんね。しかし、ここで、問題が生じているらしい。動物愛護団体が、自然の法則に反するから安楽死させるべきと主張しているらしい。私は、・・・です。愛護団体が「殺せ」って言っているんですよ。自然の法則の中に人間は入っていないようです。もし、森を歩いていて、弱った動物がいても、自然の法則だから助けないで、見捨てる。私にはそう主張しているようにしか思えません。それって愛護?って勝手に思っちゃいました。人間も自然の法則の一員のはずですよね。クジラだって、人間が多少、摂取することで、自然の法則の一部分になっていると言われています。クジラの食における小魚の量は半端じゃないですからね。必要以上に介入することはだめだと思うけど、もし、目の前に傷ついた動物がいて、その場にいて、そのまま、何もしないで立ち去ることの出来る人間性をもった人が、愛護って言えるのかなぁ?自然を考える時、人間は除外しているんですね。自然に関わっている人間を除外しているんですね。今までの自然に対する関わり方が間違っていただけなんですけどね。日本の山も手入れをしなくなったことで、かなり自然の恵みが失われている所あります。それも自然って言っちゃえばいいのですかね。そうすれば、災害も干ばつも、地震も自然の法則に従って、人やいろんなモノが亡くなるのも自然?根本的なことを忘れていました。動物園は自然?私は、動物園は必要だと思います。そこで、沢山の動物と触れあうことで、自然の動物の生態を知り、共存出来るのであれば、檻の中にいて、ストレスかどうかは、動物にきいてみないとだれもわからない・・・。自然の法則は、余計なことはしない。でも、必要な介入はする。ではないかなぁ。
March 30, 2007
コメント(6)
抗酸化サプリメント(β-カロチン,ビタミンA,C,E,セレン)先月、発表された内容によれば、抗酸化サプリメント(β-カロチン,ビタミンA,C,E,セレン)の摂取は死亡リスクを上昇させる可能性が見受けられる。デンマークをはじめ欧州を中心とする研究機関によって、(参加者約18万1,000人)を対象とした分析だそうです。こんな事実も報告あるんですね。“余計なことはやめる”ってことですよね。
March 30, 2007
コメント(2)
前に書いたかもしれないけど、ちょっとだけ、書き加えたので・・・。どんな学問分野でも・・・ 「どんな学問分野でも、それなりの前提を作って話を始める。 その際、勝手にそれなりの前提を作っておいて、それを自分の都合で勝手に壊す。 その壊すことによって生まれたモノを“発見だ”と言って騒ぐ。」「これを、“マッチ・ポンプ”という。」治療の世界でも、心理学の世界でも、物理の世界でも、まず、は前提(過程)を作って物事に取り組みますね。そして、その過程(前提)を逸脱する結果になったら「発見」になります。よく日記などに、自分の悩みなどを書きながら、書き終わった瞬間に「あっ、そうか」って気づくことってありますよね。悩みを書き出す事で生まれる“発見”なんですね。もしかしたら、答えは自分の中に元々あって、今の自分自身の考え方を壊すことで、本心を“発見”したのかもしれませんね。これも“マッチポンプ”だったりして。(^_^)v
March 29, 2007
コメント(2)
先日、百均でピンホール眼鏡を見つけた。前々から探していたのですが、ネットで700円くらいから~4000円くらいまで。原理を知っているので、形があれば何でもいいと思っていました。そして、なんとなく、ありそうだなぁって見ると、見つけちゃいました。(^_^)v恐るべし百均(ダイソー)ですね。思わず、5つ大人買い(*^_^*)前にバランスボールを見つけた時も、恐るべしと思いました。私は、セラバンド社の正規品を持っていますが、5000円位しました。それが、ダイソー価格525円、確かに、大きさが違いますが、使った感じは十分使える(^_^)vさて、ピンホール眼鏡を何に使うかというと、私の目のワークのアイテムにするつもりです。目のワーク、とても愉しいですよ。目のワークされてから、度数が下がった女性もいらっしゃいます。その方からのメッセージを少し、許可をいただいたのでのせさせて頂きます。「目のセミナーを受けた後、眼科に行ったらもう一段階下げた方がよいでしょうと。近くばかり見てる時に見えすぎると(矯正強いと)、頭痛や乾き、疲れた目になるよ。という話でした。もっと下がって、いらなくなったりしたら、すごく楽だろうなぁ。とか思ったり、当たり前に使ってた事の意識が変わってきたのかなぁ・・・」とても嬉しいメッセージをいただきました。専門家を選ぶ時、眼鏡をかけた方に伺えばいいと思います。その方は、その専門的な分野に特化した物の見方、思考の持ち主だと言えるからです。但し、セラピストの場合は、眼鏡をかけた方はやめましょうね。偏った思考で見て、アドバイス頂いても、それは難しいでしょう。コンタクトの場合はわかりにくいですが、直接聴けばいいと思います。セラピストを選ぶ規準の1つに視力を考えるだけで、素敵な出逢いがあると思います。目の悪いヒーラーや精神世界に傾倒する方は、現実以外のモノ(精神世界)を見ているからかもしれませんね。その人に、前世がどうとか、言われても、現実を見ていない以上、絵空事になっちゃうよね。何が本当かは、目で見ないとね。第3の眼が使えるっていうのも、元々の目がきちんと使えてないのに、どうして使えてるってわかるの?って私の素朴な疑問です。何がホンモノかは人それぞれ、カバラの思想が西洋、アジアを含めた思想の根本になっています。その思想を学んでその上で精神世界と脳科学、脳機能学まで学んでそれでもまだ、足らない。それがホンモノを見極めるってことで、だから、ホンモノなんてないのかもしれません。ホンモノかどうか、判断するのはそれぞれの結局は感覚も含めた、価値観やいろんな思考、意思ですからね。もっと、ヒーリングがきちんと評価される為にはその辺も大切ですよね。どんなモノも最後は物理現象でしかないのですから。意識エネルギーも物理で説明できるのですから。目力ってとても大切ですね。ピンホール眼鏡が手に入って少し、子供のように喜んでいる自分でした(^^;)
March 28, 2007
コメント(6)
土曜日、アートセラピーの講習を受けに行きました。絵を描くの好きなので、とても面白かったです。無意識って、なにげにメッセージくれているんですね。絵の上手下手ではなくて・・・。今の状態、これからはじめようとしている状態など、家族の事、今まで歩んできた道、これから歩む道・・・。どんな色を使っているか?どんな形を描いているか?どんなバランスか?毎日、その時浮かんだ木を絵日記にしても面白いなぁなんて思った次第です。
March 26, 2007
コメント(2)
アロマテラピー、お香や香りは心と身体にとても作用します。リラックス効果のあるお香もあります。美味しい香りは食欲をかき立てます。私も香りは好きで、いろんな香りを愉しみます。お香も焚きます。オーラソーマのポマンダーやクイントエッセンス、ボトルなどとてもいい香りがします。私自身、愛用のポマンダーやボトルあります。また、自然の花の香りはとても心が落ち着きます。森の香り、海の近いところの潮の香り・・・、雨上がりの香り、大地の薫り・・・。しかし、カサブランカは家に一輪でもあれば、家中がその香りで時には気分悪くなります。花は、その香りで、昆虫を引き寄せ、新しい命の架け橋になってもらっているんですよね。香り、臭いはそのまま、粒子なんですよね。物理学、科学的には・・・。ということは、その粒子に反応するレセプターが嗅覚なわけで、ほんの些細な粒子にも反応出来る、それを受け取るレセプターを誰もが持っています。その受け取ることにとても鋭敏な方はパフューマーと呼ばれます。人間本来の能力ってもっと、鋭敏で柔軟なのではないでしょうか?アロマが好きな人で、体中からアロマの香りの粒子をまき散らしている人がいます。アロマ系のセッションルームでもういだろうっていうくらい、いろんな香りが充満している所に伺った事があります。香水もどんどん、つける量が増えるそうです。それは、人間は初めの刺激(情報)と同じ刺激(情報)は過小に反応する。って、癖があるんですね。だから、知らず知らずのうちにどんどん香りがきつくなっていくんですね。これは嗅覚に限らず、すべての感覚で・・・。第六感もそうです。最近のスピリチュアルブームもこれと関係します。一度、至高体験してしまったことをスピリチュアルと間違える人もいます。そして、さらにふわふわ感を求めて地に足がどんどんつかなくなります。マッサージや指圧もそうです。だんだん、もっと強くになっちゃうんですね。話それちゃいました。私も、たまにお香を焚きます。私の好きなお香は白檀です。香りって、きつくなると頭が痛くなったり、鼻の粘膜が炎症起こしたりします。アロマの香りがキツイと私はとてもしんどくなります。満員電車はとても頭痛くなります。私は、雑踏の行き交う女性の香水の香りをひとつひとつ拾ってしまいます。自分の使い方っていうのを意識するようになって、ますます、鋭敏に柔軟な使い方になってきているような気がします。アロマをリラックスに使うのは私もしているので、とても好きです。場の浄化にも役に立ちますよね。でも、余計なことになっていないだろうか?「この香りがないとダメ?」「この○○がないと・・・」「この石が・・・」「この御札が・・・」と思った時、それは依存ではありませんか?依存がいけないことだといっているのではないです。今、その事に依存している、頼っている自分のあり方に気づいて欲しいんです。今は、自分自身が少ししんどいから、ちょっと力を貸してもらっているだけだと・・・。近い将来、それを手放すことが出来るんだと思ってください。今の自分には必要なだけだと。アロマもその他のすべてのアイテムも・・・。余計な事はしない。どこかでやりすぎなんですね。このバランスを大切にしたいと思っています。どんないい物でも、余計になってしまっては・・・。曼陀羅やいろんなチャクラに作用するモノを置いているところあります。石もそうです。やりすぎって思うところがほとんどです。場が悪ければ、私たちのエネルギーで変えてもいいと思います。風水を使って自然の流れを作ってもいいと思います。曼陀羅や石などを置く事で実は自然の流れじゃなくなっていないだろうか?そんなことを考えたりもします。曼陀羅好きですよ。とてもパワーもらいます。だからこそ、やりすぎてはいけないのではないかと思います。私が使う場を変える方法は簡単です。ただ各方位を決めてあげるだけです。そして、自然に場ができあがる。それ以上には何もしません。あとは、その場にいる方達の意識でどうにでも、一瞬で場変わっちゃうんですよね。自然の力を自然のままに利用させて頂く。これが本当の風水だと私は思っています。その自然の場がよくなければ、それを自然に任せてよくしてもらう。その後は、私たち、使う人の使い方と、心と身体のあり方だと思っています。私はほのかに薫るってのが一番リラックスします人間の感覚もほのかな薫りやかすかな音ほど、実は敏感に捉えるんですね。そして、うるさい音ほど、感じないように感覚を鈍くするんですね。今の余計なモノの充満している空間にいる私たちのように・・・。
March 26, 2007
コメント(0)
私が、身体の不調を施術されていただく時、“歯”にこだわっています。そのことが、なかなか受け入れがたいことも多いようです。治療家の方も、一般の方も・・・。無理矢理、“歯”にこじつけているのではないか?と“歯”について考察しなくても身体の症状は解消できるとおもっていらっしゃるかもしれません。その通り、“歯”について考察しなくても、症状においては解消できます。いろんな方法で・・・。世にある数々の手技療法やテーピング、鍼灸、マッサージなど。催眠でも出来るでしょう。“歯”まで考察することで、再発がかなりの確率で減ります。しかも、症状の解消が早い。身体の反応がとても早いんです。だから、私は“歯”を必ず考察します。まだまだ、“歯”については勉強中です。“歯”まで考えると、今までの手技療法が要らなくなる事も多いです。今まで、学んだ事はそれはそれでとても大切にしています。でも、それにこだわらず、今、私に出来るベストの施術をさせて貰っています。例えば、手首が腱鞘炎のように痛い時、“歯”の○番を刺激する為に綿棒を使うと痛みはなくなります。膝の場合は特に“歯”の○番と□番、ヘルニアの構造異常は△番の“歯”にアプローチします。これだけで、かなり改善します。あと顎と足首の連動性など・・・、頬骨と腸骨の連動性など・・・、“歯”と顎、舌などの口腔内は生まれてから一番よく使うところ。歯並びを見ると身体の不調がわかります。どんな姿勢かもわかります。どんな仕事で、どんな性格かも最近すこしずつ、手がかりになるような気がしています。一番癖の出やすい所。そして、一番身体に反映しやすい所。目も同じく、一番よく使う所、寝ている間もラピッドアイ(レム睡眠状態)といって視神経は働いています。目の使い方もそのまま、その方の物の見方、考え方と関係するので、その方の性格に寄り添う為にはとても重視しています。“歯”が痛い時に、どんなにイメージで痛みを取っても、ヒーリングしても、また、身体も心もリラックスしようとしても、出来ないですよね。心だけにも偏らない、身体の構造だけにも偏らない、身体の使い方、心の使い方だけにも偏らない、使い方とあり方なんですね。それは身体の構造のあり方、使い方もあると思います。だから、“歯”も考えるんです。身体全体を診て、施術するなら、“歯”をみることで、本当に身体と心全体を診ると私は思っています。身体全体、そして、もっと大きな視野でいろんなモノを柔軟に鋭敏に見ることが出来ると思っています。まだまだ、そこまでなるには、学ぶ事が多いです。まだまだ、若輩ですが、ご縁に感謝、出逢いに感謝です。ありがとうございます。
March 23, 2007
コメント(4)
あり方のリーダーシップって言葉を知っていますか?自分自身の身体と心のあり方をみて、そのあり方からできあがる場の中から、自然に、現れるエネルギーの流れ・・・それが“あり方のリーダーシップ” よく態度で見せるっていいますよね。あなたの取り組む姿勢、態度に惚れるってありますよね。そんな人には自然と人が集まり、そして、場が出来、エネルギーが満ちあふれて、いろんなことがどんどん加速度的に出来るようになります。その為には、自分自身の使い方、あり方ってとても大切だと思っています。怖いからついていく、怒られるから、しかたなく、「親の背中を見て子は育つ」とよくいいますよね。親のあり方を見ているんですね。そんなあり方を出来る人間。そんなあり方になる、自分自身の心と身体の使い方を身に付けたいですね。そして、それが、そのまま、自分自身のあり方になるんですね。きっと(^_^)v
March 23, 2007
コメント(2)
http://restore.livedoor.biz/archives/50591090.html“○○してあげる”の後には・・・ 何かをしてあげるという意識を持った瞬間からある前提条件を相手に求めます。それは何だと思いますか?それは、見返りなんです。そして、こう言いたくなります。「○○してあげたのに、・・・」私が好きな相田みつをさんの言葉に【“のに”がつくと“ぐち”がでる】ってコトバがあります。○○してあげる。治してあげる。邪気を取ってあげる。気を整えてあげる。元気にしてあげる。教えてあげる。アドバイスしてあげる。見てあげる。育ててあげる。さらに、やっかいなのが、○○のために・・・してあげる。ってなる時、もっと見返りを求めちゃって要るんです。「してあげたんだから、感謝ぐらいして貰ってもいいんじゃない?」「何かして貰いたくてしてあげたワケじゃないけど、その態度何?」でも、してあげた自分自身の行動に対して、反応が欲しいんですね。もっと、いえば、反応を期待して要るんですね。しかも、自分自身にとって都合のいい反応(お返し)を期待して要るんですね。無意識に。(○○のためにってそれはあなたが思っただけで、その人にとってためになっているかどうかはその人が選択する事なんですよね)あげると意識した時、必ず、何らかの見返りを無意識で求めます。それぞれに“のに”をつけると、治してあげたのに、・・・邪気を取ってあげたのに、・・・教えてあげたのに、・・・アドバイスしてあげたのに、・・・それぞれの・・・にどんな台詞が入りそうですか?あなたは日頃そのようなことを知らず知らずのうちに言っていませんか?セラピストや援助職の方でこのようなことをおっしゃる方がいらっしゃいます。で、感謝という反応(自分自身の期待通りのお返し)、自分自身をすごい先生だと思って貰いたいという期待、これに反する反応をした時、あなたに私のことがわかるはずがない。あなたはもっと学ばないといけない。とか、魂レベルが低い、意識レベルが低いと言ってしまう方もいらっしゃいますね。私も人間です。見返りを求める事もあります。でも、最近の私は、こんな感じで物事をしています。よく、優しいとか気がつくって言われるんですが、そうしたいからするんです。私が、それで不快にさせちゃったら、反省するし、そこで、もう一度、自分自身と向き合って、学ぶんですね。思うのは、何かお返しを求めているんじゃないんですよね。ただ、自分がしたいからする。それが、“欲”であって、その“欲”を否定してしてあげるって思った時点で、心がどんどん、よどんでいくような気がしています。自分の“欲”したいからするってことをきちんと見つめて、しかし、独りよがりにならない、メタな視点でそれを考えるんですね。そして、そのしたいことをしてもいい?って許しを貰ってさせて貰うんだって。自分に選択権があるのではなく、相手に選択権があるのだと。会話で話をするのは自分。でも、それを聴くか聴かないかは、自分に選択する権利はないんですね。相手が選択して、聴くと思って貰えば、私のお話を聴いて頂けるんですね。私もそう、どんなにいい話だから聴いてと言われても、目の前で真剣に友達が話しても、それを聴くか聴かないかは自分自身の選択なんですね。上の空の時ってありますよね。でも、人から何かをして頂いた時、素直に「ありがとう」と感謝出来る人間でありたいと思っています。それが、例え、自分に対する批判でも、「ありがとう」と自分に対して感心を持ってくれて「ありがとう」と言えるそんな大きな心と身体のあり方を身に付けたいといつも思っています。まだまだ、ちいさいですね。自分と言う名の器・・・(^^;)
March 22, 2007
コメント(0)
いつもあなたはどのように物事を見ていますか?それはそのまま、どのように情報を捉えていますか?どんな風に受け取っていますか?その受け取り方は、きっと、あなたの思考、考え方の癖かもしれません。目の動きと脳のスイッチ、身体のスイッチは関係します。目線から動く事で、身体はスムーズに動き始めます。目線を変える事で入ってくる情報が変わります。目線を変える事で見方が変わります。だから、視力が低下している時、もしかしたら、あなたの目の使い方が偏ってきているのかもしれません。目の使い方が偏ってきたのは、それはあなたのいろんなモノの見方が偏ってきたからかもしれません。そして、そのモノの見方が偏ったのは、あなたのいろんなモノの考え方がかたよってきたからかもしれません。“見る目を養う”ってよくいいますよね。“職人の目”“プロの目”“専門家の目”どんな目線で、視点で、見方で、そして、考え方で・・・。目の使い方はそのまま、思考の使い方、自分自身の使い方かもしれませんね。
March 22, 2007
コメント(2)
“欲”をあまり出さないことがいいと私は小さい頃から、いつもいわれてきました。それは、間違った解釈だったことに最近、気づいています。“欲”がないと人間は何も行動しません。人間に限らず、生物すべてそうですよね。まず、生きるという生命についての“欲”を満たす為に一生懸命生きようとします。どんな生物でも・・・。そこには純粋に“欲”があると思います。生物学的には子孫を残すことが、生まれてきてすべき命題だそうです。と言う事は“性欲”っていうのは、一番根本的な生物としてのエネルギーの源なんですね。それを否定することは、生きるというDNAやミトコンドリアに組み込まれたプログラムを否定するコトかもしれません。どんな“欲”を自分が持っているか?小さい頃に満たされなかった感情、いわゆる“欲”ですよね。それを抱かえているのが、インナーチャイルドだといわれていますね。自分の“欲”と向き合う。そして、その“欲”が本当に欲しているモノなのか、どうかをきちんと感じてそして、人間らしく生きることが一番かもしれませんね。「“願望”が“欲望”に変わった時、人は行動する」っておっしゃっていた先生もいらっしゃいます。ただし、その“欲”に支配されない、心と身体のあり方がとても大切ですね。欲求が満たされる為に必ず行動しているんですね。何に“欲求”を見いだすか?最近、独りよがりの欲求が多いような気がします。マザーテレサは、人生の中で、沢山の方をお世話することがあの方にとっての“欲求”を満たすことだったのかもしれませんね。どんな“欲”を持つか?それが、行動や言動に表れるのかもしれません。私の“欲”は・・・。
March 21, 2007
コメント(4)
“与える”って難しいんですよね。知識を与えると、自分で考えなくなります。情報を与えると、自分で情報を探さなくなります。そして、情報を選別出来なくなります。食べ物を与えると、次もくれると思います。何かを与える時、その与えたことの続きがどうなるか?とても難しいですね。“与える”ことは相手の為?それとも、自分自身の自己満足?ある私の尊敬する先生から伺った話にある難民キャンプであなたがパンを何個か持っていたとします。さて、周り沢山の1日1食も口に出来ない孤児がたくさんいます。あなたならどうしますか?どう答えますか?ただ単に、“与える”では、お腹空いたら、また、頂戴ってきますよね。なら、どうしたらいいでしょうか?難しいですね。昔の私なら、全部渡すって言っていたかもしれません。それは、単なる、自己満足の自己エゴ。全部与えてあなたの食事はどうするの?あなたは食べられなくなって死んでもかまわない覚悟で与えることが出来るの?“与える”って自分自身がまず、満たされた状態で初めて出来ることなんですね。自分を犠牲にして与えるはその時だけの自己満足なんだって、その先生に改めて教わりました。自分がきちんと余裕がなければ、与え続けること出来ないですよね。愛情もまず、自分に注いで、そして、自分の中がいっぱいになって初めて“与える”ってことをしなくても、あふれ出て、自然と“与える”ことになるのかなぁって思っています。それが、ホントの“与える”って・・・。それが、ホントの“与える”ってことらしいです。“与える”自分は何を与えているのだろうか?若しくは、何を貰っているのだろうか?貰っていることの方が、めちゃくちゃ、多いですね。自然と“与える”ことの出来る人間になりたいといつも思っています。まだまだ、です。m(_ _)m
March 21, 2007
コメント(8)
私がいつも自分に対して思っている事です。自分自身の使い方をきちんとする。私は一時、少し乱視になりました。眼鏡も作りました。(ジョン・レノンモデルだったらしい)でも、それは、目の使い方でした。今は、気がつくと、その目の使い方の癖をやめるようになっています。今は眼鏡は要りません。そして、目の疲れも減りました。自分自身の使い方ってとてもたいせつだと思っています。腰が痛くなった時、自分自身の身体と心のあり方を自分自身に問います。腰に限らず、どの部分の不調でもそうです。すべて、使い方なんですね。私は、生まれつき身体になんらかの問題を持って生まれてきたワケではないので、もし、何かしらの症状が出た時は、それは、今までの私自身において、私自身に対する使い方が悪いんです。もともと、胃腸は弱い体質を持っていますが、それ以外は至って健康でした。小さい幼児のころに肩凝りや腰痛のあった人ってほとんどいません。目が生まれつき弱視の人は別として、私の場合も含めて、生まれた時は目は良かったはずです。それが、近視、遠視、乱視などになるのは、使い方が悪いからです。また、心もそうです。生まれつき誰かをすぐに疑ったり、人を騙したり、素直に喜んだりできない人はいない。いつから、身体と心の使い方が変わってしまったのでしょうか?いろんなことがあります。騙された経験が頑なな心と姿勢を作るかもしれません。親の物の見方(考え方・思考)を真似する為に、親が近視だったら、子供も近視になりやすいですよね。家族全員が近視などで眼鏡を必要としている家庭があります。それはホメオタシスの同調もあると思います。また、知らず知らずのうちに物の見方や思考(目の使い方はとても関係するので)、その辺の関係から、同じような目の使い方になっているのかもしれません。(視力に問題のあるセラピストは考え方やモノの見方、視点に偏りのあるセラピストかもしれません。脳機能学、脳構造学的にみてみると・・・。だから、視力についてはとても気をつけています。)目の使い方、目線と思考はとても関係します。どの目線に目を向けた状態で人の話を聴くかで、同じお話でも受け取る内容や世界観が変わってきます。目の使い方ってそのまま思考と関係するんですね。身体と心のお手伝いをさせて頂く為には、まず、自分自身の身体と心の使い方ってとても大切だといつも思っています。よくサボったり、おろそかにしたり、無理したり、時にはいたわったり、いろいろです。良くも悪くも、それが、人間なので、その中で、自分自身の身体と心の使い方をとてもたいせつにしたいと思っています。これは、一生の自分のテーマですね。そして、そういう使い方の出来ている方が本当のセラピストであり、ヒーラーでもあり、カウンセラーでもあると思っています。私はまだまだ、未熟ですね。だから、私は与えることは出来ません。与えるとは、自分自身が出来て初めて相手に与えることが出来るからです。【これは私の尊敬するメンタルセラピスト(アメリカの国家資格)の方から教わったことです。「与えるって実はとても難しい事。自分を犠牲にしてでも人に与えることはそれは与えるとはいわない。そうすることで、自己満足しているだけ。また、一度与えたら、その次を期待することを知っているのか?ずっと与え続けることができないのなら、最初から与えることをするのは優しさではなく、これも自分自身のエゴだと・・・。」本当に与えるってとても難しいことなんですよね。】だから、ヒーリングでエネルギーを送るってことはほとんどしません。昔、覚えたてのころは、していましたが、クライエントさん自身が自身のエネルギーを自身で流して貰うんですね。エネルギーの使い方を学んで貰うんですね。だから、与えることはしないし、出来ないと思っています。時々、その方自身のエネルギーをその方自身で流して貰うようにすると、今まで、滞っていた、隠していたエネルギーが顔を出してしんどくなられる方もいます。それは、私のエネルギーを流したからではなく、その方自身が今までフタをしていたエネルギーが表面化しただけなんです。でも、流れることで、それらを外に流すことも出来るようになるんです。それが、本当のエネルギーワークだと思っています。私が介入してエネルギーを流す事で押し出す事は出来るかもしれません。でも、たぶん全てのネガティブなエネルギーを押し出すことは出来ません。それは、その人自身のエネルギーを消してしまうことになるから、自然(宇宙)のエネルギーといわれるレイキなどのヒーリングでは出来ません。【私はアチューメントはしません。だって元々だれでもできることですから。ただ、忘れてしまっていることを思い出すだけです。子供を抱いて癒される人もいます。イライラする人もいます。それは今までフタをしていたエネルギーが表面化したんですね。子供は元々天然のヒーラーだからです。いつしか、その時、自然に出来ていたことが出来ない。忘れてしまっているんですね。よく“エネルギーの通路を開いてあげる”という方がいますが、開いてあげなくても自分で開けるんですね。それが出来ないからと言って“してあげる”ではないと思っています。最近、私の中では、レイキマスターっていうのもなんだかどうでも良くなっています。】でも、念を入れたり、洗脳するというアプローチをすればそれは可能かもしれませんけどね。また、介入すれば、一時は、そのエネルギーの量が少なくなるので、楽になるかもしれません。でも、そのエネルギーの製造元はそのままですよね。それはその人自身のあり方ですから。身体と心のあり方なんですね。だから、自分自身で流して貰うんですね。私は、声掛けして、流れる方向の標識の役目をするだけ。そして、後は、その方の今に寄り添うだけ。セミナーもセッションも与えるのではなく、思い出す、そして、学ぶ、お手伝い、そして、私も一緒に学ぶ。「WORK ON」ではなくて、「WORK WITH」を心がけています。そして、そのテーマが“りすとあ”“元に戻る”ってことなんです。元々の使い方を“思い出す”ってことなんですね。新しい身体と心の使い方を“学ぶ”のではなくて、“思い出す”この方が、元々、答えは自分の中にあるってことだから、楽じゃないかと思うのは私だけかなぁ。答えは自分の中にあるといいながら新しい方法を探してばかり、新しいそれを学んでばかりってないですか?少し前の私がそうでした。確か、身体の細胞は70~80兆個といわれていますよね。そして、覚えているのは、70兆個とも80兆個ともいわれる細胞1つ1つのDNAやミトコンドリア(それぞれ違う記憶を持っているといわれています)1%でも覚えてくれていたら、思い出してくれたら・・・なんてね。その1%が今までの癖をやめようと学んでくれたら・・・。(1%は7000億個~8000億個ですよね。)出来のいいのが20%(14兆~16兆個)くらいはいるでしょう。80:20の法則によるならね(笑)一生学び続けることが私にとってとても愉しいことかもしれませんね。
March 20, 2007
コメント(6)
昨日はありがとうございました。沢山のご縁と、時間をいただきまして、とても感謝です。「場」についてでひとつ言い忘れたことがあって、ここで申し訳ないですが、書きます。マイナスイオンを発生させるエアコン、空気清浄機などいろいろな機器ありますよね。それって本当にいいと思いますか?本当にマイナスイオンが出ているかどうか、疑問もあるらしいです。きちんとマイナスイオンが出ているかどうか、数値として測ることはとても難しいと聴いた事があります。出ているかどうかについては、私もよくわからないので、そのことについてはとりあえず、出ているって作っている方がおっしゃっているのですから、出ていることにしましょう。そこで、マイナスイオンを人為的に作ってそれをお部屋に充満させることが本当にいいことだと思いますか?マイナスイオンが自然に出ているといわれている場所、滝、森、など自然の中に行くととても気持ちいいですよね。でも、それと家の中に局所的にその場所を作る事は同じでしょうか。自然の中に徐々に入っていく事で、マイナスイオンの濃度が徐々に上がっていきます。それにともなって、調和する為のプラスイオンも必ず存在します。でも、家の中で充満させてしまったら、その部屋の空間だけが、異様にマイナスイオンが多くなり、それにともなって、プラスイオンも多くなります。自然にバランスを取る為に、プラスイオンも集まってきます。マイナスイオンは機器から出ているとして、プラスイオンはどこから来るのでしょうか?それは、周りの空間から引き寄せられるように集まってくる可能性もあります。また、そこにずっと住んでいる事で、知らず知らずのうちにマイナスイオンの充満量になれた人間がより酸性質を帯び、プラスイオンをまとうかもしれませんね。その状態でも、そのお家の中ではバランスがとれています。でも、そのお家から外に出たらどうでしょうか?真夏に涼しい部屋から暑い外に出るようなことと似ていませんか?また、そのお家の窓を開けたらどうでしょうか?部屋の中にある過剰なマイナスイオンと中和するために、外からプラスイオンを帯びた風が入って来ないでしょうか?水が高い所から低い所に流れるように・・・。で、また、マイナスイオンを機器を使って発生させる・・・。その繰り返し・・・。とてもすごく不自然な場ができあがるかもしれませんね。このような状態を作ってもいいですか?マイナスイオン発生機能のついた機器の方が若干高いですよね。高ければ、いいってものでもないんですね。余計な事はしない・・・。身体の動作も、心のあり方も、そして、住まいも・・・。
March 19, 2007
コメント(2)
「どうしたらいいんですか?」という投げかけをする方は、今の状態を変えたくないのかもしれません。違う行動や考え方をすることを拒んでいるのかもしれないと、最近、感じるコトが多いです。「(これ以上)どうしたらいいですか?」(これ以上)って言葉が前にあるかもしれません。「これ以上出来ない。、どうしたらいい?」それで、新しい選択肢の行動や考え方のヒントをお伝えしても、「もうこれ以上出来ない」ってなったりするわけで・・・。私も悩んだ時、「どうしたらいいですか?」って人に聴いてしまいます。そして、最近気づきました。「どうにもしたくない。」「逃げたい」んだって。だから、どうにか出来るコトを自分で探すのをやめるんですね。で、「どうしたらいいですか?」って聴くんですね。それは、「どうしたらいいですか?」って聴いていても、自分の本心は、「どうにかして、何とかしてください」って言っているのかもしれない。逃げたいコトってありますよね。でも、逃げたいと思ったコトって一度も逃げきれることってないんですね。私の人生では・・・。そんなコトをふと思った次第です。
March 17, 2007
コメント(3)
解凍について基本の動き・型を覚えるコトは、解凍と再凍結させることです。これは、思考にもあてはまります。今までの価値観、考え方を解凍することで、新しい価値観、考え方、思想を受け入れやすくなります。自己啓発セミナーや、信念の書き換え、宗教的な考え方の変革を意図的に起こさせる為には、その人の今持っている思考回路、考え方のプログラムを壊さないといけませんよね。今の考え方や思考、信念を揺さぶったり、混乱させたりして、その人が持っている思考の枠組み、プログラムを壊すわけですね。これも解凍なんです。どうしてこれを解凍させる必要があるかというと、防御反応が解除できるからなんです。そうすれば、新しい考えた、思想も入りやすくなるんですね。そうすることによってカルト的思考も入りやすくなるわけです。解凍でよく使う方法は混乱させる事。何が何だかわからないってことは、今までの思考回路、プログラムでは処理できなくなっている現実がそこにあるという事実を作れます。そうすると、今までの思考では対処できないモノがあると思います。で、今目の前の現実に対処できる思考(たとえそれがカルト的であっても)を受け入れやすくなり、そうする事で、混乱を解決するわけです。そうするのは、混乱の状態ってとても不安なんですね。自分で思考して目の前の状態を把握した時、混乱はなくなり、良くも悪くも思考によって整理されて、安心するんですね。普通、学習の際、新しいモノを学ぶ時、この混乱を起こします。そして、その混乱から人は新しい考え方、行動を学んでいくんですね。それを、意図的に混乱させて、新しい思想、考え方を入れるコトも出来るわけです。解凍する為に使う方法として、少し人里離れた場所を初めから主催者側がコントロールしているような場所で行うことによって簡単に起こす事が出来ます。また、きちんとトラウマなどの心理療法として催眠を適切に使って、解凍し、こころのわだかまりを解凍していくコトも出来ます。催眠とは、1つの物事に集中させることだから、解凍させることによって、こころの深い所と向き合うコトが出来ます。また、1つの場所に限定してその場所である一定の人数が場を作ることで、集団催眠にかかりやすくなります。これは、ホテルの会議室でも場を意図的に作れば出来ます。新しいコトを学ぶ際、いつも邪魔になるのは、今までの思考回路、プログラムなんです。それが邪魔をすれば、新しい学びはありません。今までと違った方法を学ぶ時、新しい回路を作り上げていくんですね。それが学びなんですね。それをしないで、今までの思考回路のままを固持してしまうと、その時点で学びはなくなるんですね。常に疑問を持ち、新しいモノを受け入れ、それに対応すれば、それだけで学びなんですね。よく前例がないからできない。というコトありますよね。どうして、前例がないことしたらいけないのか?それは、混乱するからなんです。新しい思考回路、プログラムを作ることができないんですね。解凍やその為の混乱って学びには必要なコトなんですが、それを意図的に作るコトで自分を変える自己啓発もあります。とりとめもなく書いたのでこの辺で今日はやめにします。
March 16, 2007
コメント(2)
姿勢や歩き方について、お話させて頂く時にとりあえず、普通に立って貰います。そして、姿勢をほんの少し、調整させて頂きます。出来る限り、私からの介入を少なくして。そうして、その姿勢の感覚を感じて貰います。歩き方もそうです。その瞬間になにをしようとしているかというと、今までの身体の動かせ方の癖というかそういう知覚というか、プログラムと言った方がいいかもしれません。それを壊す作業をするわけです。日常的にパターン化した筋肉や関節、細胞など、身体感覚のブロックを外すんです。癒着を取るとも言えますね。よく空手や柔道で初めの型や受け身を習いますよね。これが動きの基本だと。それは、なぜ、その動きを覚えるかというと、その型の身体的プログラムみたいなものを作る為。日常的にパターン化した筋肉や関節、細胞など、身体感覚のブロックを外す為。武道家の方などで、身体にこの型のプログラムが染みついている様な方のエピソードによく出てくるのですが、その方が寝ている時、起こそうと肩を触ったら、その瞬間に投げられた。身体が勝手に反応するんです。プログラム化されているんですね。(脳でいえば、小脳と関係すると言われています。)これを、解凍するんですね。そして、大脳に知覚として身体的にも知覚的にも新しいプログラムを作っていく。そして、それが小脳でできあがった時、身体が勝手に反応するんですね。車を運転される方なら、初めはハンドルを回すのも、アクセルもブレーキもすべて、ひとつひとつ、それぞれの手足に意識をしないと出来ませんでしたよね。それが、いつのまにか、出来るようになるんですね。解凍という方法、身体感覚に対してだけではないんですね。実は考え方にもこの解凍って作業をすることで新しい考え方や思想が入りやすいんですね。思想って言葉を敢えて使ったのは、これがそのまま、宗教やカルト、自己啓発セミナーの手法催眠、洗脳にもつながるので・・・。この話は明日書きます。
March 15, 2007
コメント(2)
アザラシってとても泳ぎ上手ですよね。動物園かTVの映像でしか泳いでいる姿を見た事はないですが、とても上手に泳ぎますよね。でも、初めから泳げたわけじゃないそうです。魚なら初めから泳げるのでしょうが・・・。アザラシを飼育する時、初めに浅いプールを使うそうです。そこでは、教えなくても自然と泳げるようになるそうです。それで、泳げると思って、深いプールに移すと・・・。普通泳げると思いますよね。でも、泳げなくておぼれそうになるそうです。自然界ではどうなのか知りませんが、たぶん、生活の中で必要にかられて、親の真似をして覚えていくのでしょう。泳ぎの上手だと思っているアザラシも泳ぎを学んでいたんですね。生きる為に必要なコトはずっと学ぶことが大切なのかもしれません。一生学びですね。学びを忘れた時、人は素直を捨てて、傲慢になるのかもしれません。いつまでも、何事にも素直なこころを持ち続け、学び続ける・・・そんなあり方の出来る人ってあこがれますね。
March 14, 2007
コメント(2)
今日は少しコアなお話をします。「H」についての悩みって意外と多いんですね。「気持ちよくならない。」「Hしても何が気持ちいいかわからない。」「いくってどういうこと?」「オーガニズム、エクスタシーってのがどんなものかわからない。」「独りHは気持ちいいのに、パートナーとだと・・・」「もっと優しくしてほしい」「相手にあわせてしまう」男性側の悩みとしては「ちいさい」「早い」「過去に下手だと言われた」「独りHの方が気楽で楽しい」など。この悩み誰に相談していますか?また、スカートっていうのにとても嫌悪感を感じる。って女性もいるかもしれません。逆にかわいいモノがとても好き。許されるならリボンつけたい。って男性もいるかもしれません。(性同一性障害は脳障害も一因だと言われています。)私自身が、フェミニズム的だとよく言われるのもあるかもしれませんが、時々、このような悩みのお話をお聴きすることもあります。最近、知りましたが、SEXカウンセラーって方が専門にいらっしゃるそうです。私も、そういう部分ってとても大切だと思っています。Hに関して言えば、男性は交感神経優位でHをします。刺激があればOKなんです。これは生物学的な要素や本能的なものもありますけどね。極論いえば、射精できればOKなんですね。でも、女性は副交感神経が働かないとけっして満足できるHとはなりません。安心、リラックス(信頼)出来て、お互いのこころもからだも寄り添えて初めて女性は「性」のエネルギーが満たされるんですね。そこに、いくってことは関係ないんですね。男性の射精のように・・・。本当にリラックスして安心して満足できるHをしている時って、実はいきにくくなったりすることもあるんです。男性のように刺激を与えるだけではだめなんです。確かに刺激を与えるコトで防御反応が起こり、物質的な身体の生理反応はあります。いわゆる、濡れるってことですね。それを、男性は感じているとか、気持ちよくなっていると勘違いしていることもよくあります。アダルトビデオの影響かもしれませんね。(アダルトビデオは間違ったHの教本です。)「性」って根本的な生命に関わるエネルギーなんですね。このエネルギーを上手く使えないコトは自分自身の「性」も「生」も上手くできないってことなんですね。なんらかの「抑圧」がそこにあるかもしれませんね。「性」と「前歯」との関係ももしかしたらあるかもしれませんし・・・。今日はかなりつっこんだ「性」のお話でした。(18禁かなぁ。) http://restore.livedoor.biz/archives/50588308.html
March 12, 2007
コメント(6)
昨日、眠れなくてふと、つけたテレビ(アナログアンテナの液晶ポータブル)で手塚治虫先生が一生かけて漫画に託したメッセージを紐解いていました。一言で言えば、「いのち」についてのとても大きなメッセージなんですね。ブラックジャックは医者が生死にどこまで介入していいのか?いのちとは?ってメスを入れるたびに悩んでいる姿が描かれています。「いのちをきちんと使って欲しい」手塚治虫先生の最後の講演で、子供達に向けたメッセージだったらしい。手塚治虫先生は、インベーダーゲームに始まり、相手を殺すことを平気で出来るゲームに将来を憂いでいらっしゃいました。「いのち」最近、戦争映画なども多く作られている。「男たちの大和」「イージス」「回天」「硫黄島からの手紙」など・・・。どれも、最後に「死ぬな」「ムダに死ぬな」「最後の最後まで生きる為に死力を尽くせ」と言うメッセージが必ずある。最近では、時代ものでもそのようなメッセージが多くある。大河ドラマでも、決して、「いのちを粗末にするな。」「生きて、再起を目指す」「たとえ、生き恥でも、生きていれば・・・」昨年の「功名が辻」でもよくお千代が山内一豊に「いのちの持ち帰りこそ、功名の種でございます。」といっています。「いのち」今一度、考えないといけないね。昨日少しだけ、死について考えた自分にとてもタイムリーなメッセージでした。
March 12, 2007
コメント(2)
「弱者」はもともとあるものではなく、「社会」という仕組みの中で作られる。「一時的健常者」という言葉を知っていますか?「障害者」に対して、よく「健常者」といいますが、「健常者」がいるのではなくて、「一時的に今は健常者」なだけだそうです。だれでも、明日から半身不随になる可能性もあります。そして、今日できなかったコトが明日には出来るようになるかもしれません。そして、それを「弱者」とするのは、社会であり、教育であり、政治である。そうだ。「自立支援法」は「自立しえん法」である。「自立しえない法」である。ここで、「弱者」をさらに「弱者」として作り上げるんですね。それが、社会であり、教育であり、政治である。私も社会的には「弱者」かもしれませんね。それでも、自分の視点だけは、違った見方をできる人間でありたいと思っています。それが、本当の意味でのバリアフリーだと・・・。
March 11, 2007
コメント(2)
どうして人間は二本足なのでしょうか?よく、道具を使うようになったからという説があります。でも、ある先生のお話では、移動する為。それも、出来る限り、労力を少なくして移動する為に、わざと不安定な2足歩行になったそうです。少し重心を前にするだけで、身体は勝手に前に一歩踏み出しますよね。動物で一番移動距離の多いのは2足歩行の動物だそうです。重心移動を上手に使うことで、溜めを作らず、ねじらず、蹴らず、歩けるんですね。これが、身体を上手に使うってことかもしれませんね。ATはこれですね。足で地面をきちんと蹴って歩いてくださいって言われた事ありませんか?蹴るのではなく、自然と浮き上がるんですね。重心移動だと。その方が、溜めがないので、素早く行動できるんですね。エネルギーを溜めてから使うとトータルでとても消費しているんですね。蹴る面を大きくしようと、内反小指や外反母趾になるのかもしれませんね。溜めるから、エネルギーの方向性が何かの影響で少しでも変わると自分自身の筋肉や関節を痛めてしまうのかもしれませんね。
March 10, 2007
コメント(0)
私は、いろんなことを清算する役割を持って生まれて来たとよく言われます。私も最近、そう思うようになっています。最近、タロットでもいろんなメッセージでも、清算というメッセージをいただいています。よくがんばった。これだけ頑張れば、大丈夫でしょう。正直疲れました。今月中に決心して清算しようと思います。そして、自分自身をりすとあして、再スタートにしようと思っています。今の私にとって一番の財産は、人を癒す、治療する、とっておきのスキルかもしれません。あと、何とも癒えないこの顔ですね。自称ですが・・・。あと、このブログともうひとつのブログを見てくださっている方ですね。それに今まで出逢った、名古屋の友、大阪の友や大切な人、岡山で出逢った素敵な友禊ぎを終えてさらにパワーアップしたいと思います。ワークやセミナーはパワーアップしているので覚悟してくださいね。
March 9, 2007
コメント(2)
http://blog.livedoor.jp/restore0line/archives/50553366.html前に少しだけ書いていたブログより抜粋します。たまにはこんな話も(*^_^*)車を2台以上持っていらっしゃる方に読んで欲しい 自動車保険についてお家にお車を2台以上持っていらっしゃる方に読んで欲しいそのお車の名義は誰ですか?もし、その名義が旦那さんであったとします。家族でどこかに出かける時、旦那さんがそのお車を運転する場合は何にも問題ない。しかし、もし、旦那さん名義の車を奥さんが運転したとしたら・・・この時問題になるのが、自賠責と搭乗者傷害と人身傷害特約●旦那さんの運転で家族を乗せている途中で事故 旦那さんケガ 家族がケガ 家族に適応される保険 自賠責○ 搭乗者傷害○ 人身傷害○●奥さんの運転で家族を乗せている途中で事故 家族がケガ 家族に適応される保険 自賠責× 搭乗者傷害× 人身傷害○どなたの名義か一度確認してください。それと搭乗者傷害保障は外す事できます。外して人身傷害に変える。そんなこともできますよ。こんな場合は?●自分名義の車を他人が運転し、自分が横に載った場合 (例:お酒を飲んで帰りにお酒を飲んでいない友達に運転してもらう場合) 自分を含めた他の搭乗者に適応される保険 自賠責× 搭乗者傷害× 人身傷害○ 蛇足、人身傷害保障で担保されるものの中には道ばたを歩行中の通り魔やひったくりによる犯罪被害における傷害も含まれる場合があります。(約款を参照ください。)そして、この部分の補償は使っても等級には影響しないです。どうして頭のいい人は難しくしようとするのでしょうか?保険のお偉いさんは私にはりかいできません。
March 7, 2007
コメント(0)
「脳コレ」に土曜に行ったという話を少しだけ昨日書きました。もう少しだけ、書こうと思います。脳は情報を削除して取り入れる。これを入力ですよね。脳は情報を補って取り入れる。これを入力の際に起こる椀曲や推論ですよね。脳は情報をその人の経験則によって判断している。(金属製に見えるものと木製にみえるものがあるとどちらが重いと感じるか?)脳は色を見てそれぞれの色に反応する。(脳だけでなく、筋肉も細胞もですが・・・)例えば、文字が削られていた場合、そこから何が書いてあるかを読みとるのは難しい。同じだけの文字の情報しかなくても、文字の上に何か汚れや他の色が付いていたりして文字が隠れた状態のように見えた場合、隠された部分を推測し、読みとる作業を容易にしてしまう。また、これは音についてもそうです。携帯電話で話している時、音が途切れると何を話しているのか、わかりにくいですよね。でも、雑音で聞こえにくい時は、どうだろう・・・。なんとか聴き取れるというか、内容を聞き取れるのではないだろうか?音という情報が途切れたまま、断片的なままの場合、脳は断片的な情報として取り込む。音という情報が他の音(雑音)に遮られた断片的な状態の場合、脳はその遮られた部分を推測し、補い情報を認識する。具体的に言えば、「音1、空白、音2」だと音1で1つの情報、空白、そして、音2の情報なんですね。ただ、話の流れがあって、その前提があれば、この音1と音2の情報を組み合わせて、空白を補えるかもしれません。「音3、雑音、音4」の場合は、音3と音4が連なった情報だと最初から認識して、雑音によって遮られた情報を推測し補います。補う時、やはり経験則に基づくのかなぁって思っています。その人、その人の地図で・・・。また、一般意味論になっちゃいました。必ず、人は何かの情報から推測、推論しています。それが、ひどくなると妄想や幻聴、被害者意識などの病的なものになってくるかもしれませんね。私たちは、赤や黄色の標識を見ると何か注意しなければと思いますよね。これも赤や黄色の色で書かれている標識は警告のような意味合いのことが書かれていることを推測しています。今までの経験に照らして。また、元々その色に反応しやすいという光を受け取る脳や目の機能上の特色もありますけどね。
March 6, 2007
コメント(0)
週末土日、大阪にセミナーをさせて頂く為に伺いました。その際、私がセミナーをする会場の近くに大阪歴史博物館があります。そこで、ちょうど、「脳コレ」という特別展が3/3より開かれていました。ちょうど初日、なにか誘われるように見学に・・・。実際に、人の脳や脊髄神経の標本、それぞれの動物の脳の標本など・・・とても興味深いモノがたくさんありました。(ホルマリン漬けしてそれぞれケースに)パーキンソンの治療の際、いつも脳の構造をイメージしているのですが、実際に一度見てみたかったです。リアルな解剖のビデオを見た事はあるのですが、実物を見たのは初めて。海馬や松果体、下垂体など、実際の位置や場所が明確にイメージングできそうです。脳の機能構造的なトラウマのアプローチにも磨きがかかりそうです。あと、脳がどのようにして推論して、情報を補うか?脳がどのようにして、いろんな情報を組み合わせて判断するか?どれだけ視覚が感情に作用するか?どれだけ視覚が体感覚を狂わせるか・どれだけ聴覚が体感覚を狂わせるか?とてもおもしろかったです。また、セミナー内容だった、目と脳の働きの関係についても今一度再確認できて、とても為になりました。一般意味論や記号論を体感してとても勉強になりました。セッションのアイディアがいくつか浮かびました。次の日は、スピリチュアルコンベンションだったかなぁ、通称「すぴこん」が大阪の天満で開かれているらしく、シンギングボール(チベッタンボウル)を少し探していたので、そこで販売しているかもしれないって情報をいただいて、入場料だけで、2000円は高いなぁって思いながら、のぞきに。シンギングボールあったのですが、値段が少し高かったのと、触ってもなにかピンと来るモノがなかったので、何も買いませんでした。オーラソーマから、オーラ写真(←合成写真ですよ。)、タロット、占い、手相、あちこちでヒーリングしたり、前世占いしたり、いろんなことが行われている会場でした。ふわふわ歩いている人が多くて、上の方の感覚しか感じていない方が多くて、1人1人歩き方や姿勢など、いろんなモノを見ているととても勉強になりました。レイキやヒーリングを使って、あちこちで邪気をとばしていて、「おいおい、その邪気そこに浮いてるんだけど」「あ~あ、また、そこ、とばしてる、上の方にあつまっちゃっているし・・・。」「頭痛い」「この場所離れよう」なんて感じでとてもおもしろい経験でした。一緒に行った彼女はすぐに目が痛くなったと言っていました。入る前に念のために、結界を作ってから入ったのですが・・・。オーラソーマのポマンダーが浄化にとても役に立ちました。オーラソーマいいですね。私もボトル使っています。自分の力を助けてくれるので、とても楽ちんになりますね。レイキや気功、ヒーリングでは邪気を祓うことは出来てもそれはその人から祓っただけで、邪気を消去していないんですね。その人から離れただけ。離れても軽くなるので、セッションとしてはOKなのですが、その人の元々持っているエネルギーが満たされない限り、すぐに離れた邪気やまた新たな邪気を吸い込む可能性は十分考えられるんですね。それを知らずに、祓うだけするヒーラーが多すぎます。また、祓って、自分の念を入れるヒーラーも沢山みうけられました。時々、ヒーリングしてもらってしんどくなる経験をされる方がいらっしゃいます。ヒーラーのエネルギー、いわゆる念を入れて貰っちゃったんですね。それでも、気持ちよくなったり、軽くなったりするんですね。依存的な人にとっては・・・。「祓う」だけなら、誰でも出来るんですね。塩を使ってだとか、水晶だとか、少し陰陽師的になると、人形(ひとがた)・・・お葬式の帰りに自分で塩で祓いますよね。いちいちお葬式から帰って祓って貰いに祈祷しに行く方なんていませんよね。いらっしゃるかもしれませんが。(^^;)話それました。祓って、自分自身のエネルギーを満たすことをしないとダメなんです。昔、祈祷やお払いをしてくださる先生に聞いたのですが、何か霊症などが起こる時、「あなたの気が少なくなっているから、そのすきまに入るスペースが出来て、入るスペースがあるから、そのすきまに邪気や霊など、至る所に浮遊しているモノが入り込む」と。「だから、祓ってもそれだけではだめだと。スペースが空いたままになっていると、入るスペースだけでなく、入り込む入り口までも出来やすい」と。よく、NLPではリソースフルってことばを使います。他の心理学でも使っているところもあるかもしれません。リソースフルって、ホントは自分のエネルギーで満たされた状態なんですね。これをイメージだけで作っちゃうのが、心理学や自己啓発。私は、身体全身で作ります。その1つが、歩行のワークであったり、目のワークだったり、グランディングのワークだったり、タッピングだったり、いろんなモノですよね。そこにイメージが重なって、螺旋構造的にどんどんエネルギーが充満していくのではないかと考えています。螺旋ってDNAの配列ですし、なにかしら、生命エネルギーに関係していると思っています。身体と心を扱う先生はこの会場でも沢山いらっしゃいました。ただ、身体に関してはキネシオロジーだとか、ハコミセラピー的なモノか、マッサージ的なモノ、気功やヒーリング的なモノがほとんどですね。身体の構造の異常と、機能の異常についてのアプローチが少ないですね。身体の感覚についてのアプローチはとても多いんですね。キネシオロジーもハコミもその部分なんですね。そこに身体の機能の異常に対する考察が少ないなぁって。私は、どんな感情があったとしても、腕がきちんと機能的に動かす事が出来なければって思っているんですね。動かし方を覚えるってことも必要ですよね。そこに構造的なモノがあったり、その構造的な原因に心も関係したり、また、その機能を使う事をしなくなった理由などに心と身体の相互関係性をもっとみてほしいなぁっていつも思います。そうだ。歩行のワークをシリーズ化して今度25日からするつもりです。先日の目のワークで一緒に歩行のワークをしたらとても好評でした。姿勢と歩行のワークこの姿勢をするだけで見た目3kgダウン1ヶ月続けるとホントに3kgダウンそして、疲れにくく、足の裏の豆や靴下の破けなどがなくなります。なんてことを考えています。長々ととりとめもない日記でした。最後まで読んでくださった方ありがとうございます。
March 5, 2007
コメント(4)
明日は後遺症について、慢性痛についてセミナーしようと思っています。その大切なことは自己同情と観念症状についてだと私は思っています。構造的な要因もあるのですが、そんなことをお話できればと思います。朝は、目のワークをしようと思っています。とてもおもしろいですね。方向性と使い方を少し変えるだけで、見え方って変わるんですね。目の使い方と鬱との関係性を今、考察中です。近視と冷え性って密接に関係するんですよね。眼鏡かけている方に冷え性って尋ねるとかなりの確率であたりますよ。それだけで、カリスマ先生になれるかもしれません。(笑)なんて・・・冗談。水曜から喉が痛くて、昨日は咳、今日は頭痛と軽く熱っぽい・・・。明日は治っている。何とかなるでしょう。今から支度して、フェリーで大阪に向かいます。(^_^)v
March 2, 2007
コメント(4)

March 2, 2007
コメント(2)
「良き細工は少し鈍き刃を使うとよいといふ」あるお寺の前に書いていた言葉本当に効果のあるセッション(治療)は少し鈍い感じがするのです。その瞬間に良くなるのは、鋭い刃、でも、鋭い刃では良き細工(治療)はできないないんですね。私のセッションはいつもそんな身体の感覚と知覚(思いこみ)の感覚との違いが生じます。http://restore.livedoor.biz/archives/50579625.html
March 2, 2007
コメント(2)
私の治療を受けた方の多くが、必ず、「なんだか、狐につままれたよう・・・」「催眠?騙されている?」って言って頂けます。先日も、手首の痛み、動かしたり、廻したり、力を入れたりする時に痛むそうです。育児などいろいろと原因と思い当たる節はあるとおっしゃっていました。私は、顔を見て、歯かなぁってなんとなく思って、ある歯に綿棒をかませて噛んで貰ったんですね。そうしてもらって、同じように手首を動かして貰うと、「あれっ?痛くない。」「おかしい・・・」これだけで、痛みがなくなるなんて思わないですよね。歯ってこれくらい大切です。これで治療終わりって言ったら怒られますよね。でも、本当の治療はとてもシンプルなんです。シンプルなことよりも複雑なコトの方が価値があるように思っているから、この治療を受け入れにくいんですね。こんなんで治っていいの?また、心の部分から言えば、あんなに痛みが辛くて、頑張っていたのに、こんな簡単に治って貰っては困る。ってこともあるかもしれませんね。私は、とても辛いからこそ、早く、元に戻って貰いたいって思っています。まだまだ、記号論の蓑虫くんに学ばなければ・・・。(T_T)
March 1, 2007
コメント(2)
全31件 (31件中 1-31件目)
1