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自分を知るってことをテーマにしていた自分にとても響いたことば。いつしか、知っているつもりになっていないだろうか?すべてを知ろうと欲張りすぎていないだろうか?よく、一部分を知ってすべてを知ったような気になる。そんなことってありますよね。いわゆる、思いこみですね。明日の自分は明日の自分に聴いてみないとわからないですよね。毎日、自分をきちんと聴く。こっちの方がもっと自然かもしれないです。そんな意識で自分を知るってワークをしていこうと思ったしだいです。その時、その時の自分を知る。そのための一番早くて大切なこと、そして、一番簡単で難しいこと、それが、自分を聴く。自分自身に耳を傾ける。毎日、きちんと自分に出逢って、今をきちんと生きるってこと。
July 31, 2007
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コンタクト(接触)があって初めてアプローチになる。でも、きちんとコンタクトしているかどうかの認識に乏しいままアプローチしていないだろうか?コンタクトできていない状態は、相手と出逢っていない状態。出逢っていないのに、アプローチをしようとする。これって日常、よくやっているかもしれない。自分で勝手に思いこんでアプローチする。自分の世界観と相手の世界観のコンタクトがないんですね。コンタクトをきちんとしていないアプローチは、離れた場所から、水をホースで、ばらまいているようなもの。いくつかは相手の器(鉢植え)に注がれるがほとんどが、それより外に流れていく。コンタクトをきちんととる。これって一番、大切なもの。コンタクト(接触)したとき、違う感覚が起こるかもしれません。それが、自分の世界と違う世界と接触した証拠。それは、自分がいままで使っていなかった知覚の回路が動き出すきっかけ。今まで使っていなかったから、なれるまで、しんどくなったり、反発したり、…。混乱の中に学びがある。ですね。
July 28, 2007
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世界的に有名な指揮者(マエストロ)のイメージの使い方たくさんのオーケストラの中から、どうやって音を聴き分けているのか?それは、まず、自分が指揮する曲を自分の表現したいイメージで鮮明に描く。それをどれだけ鮮明に描けるか?そしてそれに近づけていく。実際にオーケストラを前に指揮をとるとき、そのイメージに外れた音を拾って修正していくそうです。イチロー選手もつねに、自分のイメージをもっていてそのイメージとの違いを見つけ、時にはストイックにある時は楽しみながら、どんどんイメージに近づけていっているそうです。両者とも、そこに妥協はない。イメージすれば、その通りになる。よく最近云われますよね。でも、それには、そのイメージに妥協しない姿勢、そのイメージに向かって努力を常にする姿勢、それがともなっているんですね。努力している自分をイメージしていないってのもあるかもしれないけど。イメージするってこういうことなんですね。世界的に有名な指揮者(マエストロ)のイメージの使い方たくさんのオーケストラの中から、どうやって音を聴き分けているのか?それは、まず、自分が指揮する曲を自分の表現したいイメージで鮮明に描く。それをどれだけ鮮明に描けるか?そしてそれに近づけていく。実際にオーケストラを前に指揮をとるとき、そのイメージに外れた音を拾って修正していくそうです。イチロー選手もつねに、自分のイメージをもっていてそのイメージとの違いを見つけ、時にはストイックにある時は楽しみながら、どんどんイメージに近づけていっているそうです。両者とも、そこに妥協はない。イメージすれば、その通りになる。よく最近云われますよね。でも、それには、そのイメージに妥協しない姿勢、そのイメージに向かって努力を常にする姿勢、それがともなっているんですね。努力している自分をイメージしていないってのもあるかもしれないけど。イメージするってこういうことなんですね。
July 26, 2007
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「聴く」と「聞こえてくる」の違い「見る」と「見えてくる」の違い「聴く」は聴きたいことだけ聴いている。「見る」は見たいモノだけ見ている。「わかる」もそう、わかりたいことだけしかわかろうとしない。自分の世界観の中からだけしか、物事をとらえていない姿勢。脳は、自分の世界観だけで判断したがる癖がある。その方が安全なんだよね。でも、新しいものを得ようとした時、それを決意したとき、脳はいつでも新しいモノを吸収する準備を整える。脳にはそんな柔軟性も同時に持っているんですよね。あなたの学びの姿勢はどっち?私はだんだんわかってくる。だんだんといろんなものが、聞こえてきて、見えてくる。こんな感じで、いつも自分と出逢っています。いろんなものと出逢っています。見たいモノだけ見ている時、自分の世界のなかだけ。だってすべての刺激も知っているモノしかとらえることができないのが、人間の脳だから。私のこの文章も見るという姿勢だと、自分の世界の中から見ているんですね。それって実は、人とコミュニケーションをとっていないんですね。相手とコンタクトとっていないのだから。コンタクトとっていない相手とコミュニケーションできないから。新しいものを学ぶとき、自分の中にはない新しい世界だから、なにも見えないんですね。脳は、知らないことは認識できないから。新しいものを学ぶってことは、真っ暗闇にいくことだと想像してください。そして、だんだんその暗闇になれて、見るではなく、だんだん見えてくるんです。その部屋の明かりの付け方がわかっていろんなモノが見えてくてわかってきて、新しい世界を感じることができるようになるんですね。語学でも、だんだん英語として聴こえてくるんですよね。はじめはただの音…。
July 23, 2007
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暑さで食欲がない時、どうすればいいか?口腔内を冷やす。氷をナイロンに包んで、口の中に入れて冷やす。(直接だと、冷え過ぎるため、かえって、リバウンド効果が起こり、さらに、口腔内に熱が発生する可能性があります。)アイスは直接冷やすので、逆効果になります。これだけでも、暑さによるバテや食欲不振は変わります。それと、これは老人介護に役に立つのですが、お年寄りの方が、食欲がない時は、唇の周りを軽く湿らせてあげるといいです。それだけで食欲が出ます。水でもいいのですが、好きな味や匂いの果汁などで湿らせる方が効果的のようです。チアノーゼも唇が一番わかりやすいですね。疲れた時、緊張した時、のどや唇が乾いてきますよね。
July 22, 2007
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きちんと相手に出逢うためには、相手の流れを感じることが必要です。(相手にコンタクトしているか?)それには、自分の流れがきちんと流れていること。自分の流れを止めた状態は自分がそこに居ないのと同じ。その状態でどうやって相手とコンタクト(接触)できますか?先日、フランスの先生と一緒にワークをさせていただいた時、あなたがあなたの流れのままで居てくれたから、私たちは出逢うことができたと言ってくださいました。とても深いなぁって思いました。同時にとても嬉しい言葉でした。相手に合わせようとすると、自分の流れはなくなっていきます。すると、相手からすれば、私の流れをどんなにコンタクトして感じようとしてもできなくなります。それって、二人なのに一人の流れしかないんですね。それでは、自分の流れ以外に出逢えないんですね。相手って、目の前の人の場合もあれば、内側の自分自身であったり、自分の癖であったり、歩くときには、地面という相手とのコンタクトかもしれないし、すべての情報や刺激も大きな意味で、自分にとっての相手になります。自分の流れってなにかといえば、解剖学的な血液や体液の流れもあるだろうし、呼吸の流れとも言えるし、意識の仕方の流れ方、思考の自分の決まった流れ方、気という概念での流れもあるでしょう。感情の流れもあって、すべての自分自身のエネルギーの流れのこと。トラウマっていう感情の流れに出逢うためには、自分の流れをきちんと感じて初めて向き逢える。お互いの流れが接触して、ぶつかってそこで、初めて、出逢うです。その時、二つの流れによってもう一つの流れができるんです。それが、相手との間だったり、コミュニケーションというなの流れなんです。出逢わなければ、相手がわからない。自分の流ればかり流そうとしているコミュニケーション相手の流ればかり気にしているコミュニケーションきちんと流れが出逢えば、自然と流れるのであって、流そうと思えば、とたんにどちらかの流れが消えていきます。(レイキや気功も同じ。流そうとする姿勢、多いです。)人生自体、流れっていいますね。
July 21, 2007
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手を使って、言葉で会話するように相手とコミュニケーションをとる。言葉で、手を使って相手とコンタクトとっているかのようにコミュニケーションする。これってとっても大切ですね。そのことを、身体と意識で再確認しました。この感覚、しっかりと持ち続けていきます。もう一回り、成長できたようでなんだかうれしいです。手を使って、自分のコミュニケーションの癖に出逢うってこと。とても、シンプルで本質的で面白いです。機会があれば、そのうち、自分の脚本を知るワークにとりいれようと思っています。
July 20, 2007
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奪うことで豊かになるのではなく、与えることで豊かになる。とっても考えさせられる言葉。あの険しいアンデス山脈で飢えのない社会を目指していた文明。
July 20, 2007
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「集中しなさい」といわれたことってないですか?スポーツにおいても、勉強でも、仕事でも・・・。何かと集中、集中って言いますよね。集中していると、もっと、たくさんのことに注意を払いなさいと言われます。小さいころから、私たちはたくさんのことに注意を払うようなトレーニングは受けていません。何か、あると「集中力が足りないからそんなミスをするんだ。もっと真剣にしなさい。」といわれたことはありませんか?(親、先生、大人・・・上司・・・。)たとえば、私の好きなサッカーに例えるとボールに集中しているとマークが遅れたりします。そんな時、監督は「ボールだけに集中するな。」といいます。で、「守りに集中しろ。攻める時と守る時の切り替えを早く、集中、集中・・・」こんな掛け声をします。どのスポーツでも集中力を高めるように指導され、その訓練をします。受験勉強もそうですよね。私は、どちらかというとひとつのことに集中することが苦手です。そのたびに集中力が足りない、気が多いと・・・。一流の選手は集中力を高めることをあまり重視していません。なぜなら、それは周りが見えなくなるから。自分の動きばかりに集中していたら、周りがわかりません。また、サッカーで例えると、一流の選手はグランドのすべてに注意を払っています。何かひとつに集中していないんです。だから、誰もが気づかないようなスペースを見つけてパスを出せるんです。これは、野球でもそうです。陸上でも。スランプに陥ったとき、自分のことばかりに集中してしまって余計にスランプから抜け出せなくなったりします。集中するってことは、1つのこと、特定のことだけに注意を払うってこと。注意を払うってことは、すべてのバランスをきちんと捕らえているってこと。心でも、ひとつのことに集中しすぎると、それがやがて脅迫神経症になりますね。強迫神経症って、ある種の物事を考え出すとそればかりに意識が集中して他のことがまったくできなくなりますよね。うつ症状も同じような傾向が見受けられます。なにしら、心が落ち込むようなことがあるとそのことに意識が集中して、他のことに注意が払えなくなります。最近、特に、心の悩みを持っている人が多いですよね。それって、集中することがとても上手な方かもしれませんね。それは、もしかしたら、今まで教わった考え方の癖かもしれませんね。集中することをやめてみませんか?もっといろんなものに注意を払ってみませんか?こんなことをいうと、集中したほうが、能率がよくなると言われますよね。果たしてそうでしょうか?集中して考えて考えたアイディアって使えないアイディアのこと多くないですか?よく、お笑いの方が、何時間も考えたネタより、すぐにさっさっと書いたネタのほうが、評判がいいって。歌にしても、とっさに浮かんだメロディが一番いいと。自分であれこれ考えたメロディはちっとも心に響かないと・・・。もっと、身近な話をしますと、目の前のものにいつも集中して凝視しているとどうなりますか?当然、近視になりやすいですよね。仕事で言えば、他の身体への注意がなくなって目の前のPCの画面に集中した瞬間に肩へどれくらい力を入れすぎてしまっているか、わからなくなります。そして、一日終わると、肩がパンパンに張っていたり・・・。それは立ち仕事の場合だと、足のふくらはぎだったり・・・。マッサージや整体の先生の場合、手技に集中するあまり、手の先の感覚以外のアンテナがなくなります。そして、全体としてのコミュニケーションがなくなります。歩き方もそうです。前に行くってことに集中してしまえば、それ以外の身体の動きは感じることができません。催眠はひとつのことに集中することで始まります。古典的な方法である、一点凝視法はまさしく、他への注意を排除するためです。集中することで、他のものに邪魔されることがなくなるため、自分の深い部分と向き合うことができるわけです。でも、日常生活でそれをすると、どうなるでしょうか?集中するって本当に必要ですか?依存や、執着もなにかへの意識の集中ですよね。
July 19, 2007
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歩き方について、今まで、言語化できていなかったことがようやく、言語化できそうである。簡単に言えば、足の裏についての意識、捕らえ方、注意の払い方。歩き方やいろんな身体の使い方について、いろいろな身体の動かせ方の方法が紹介されていますよね。どの方法も物足りなさを感じるワケがようやく、言語化できました。構造的な身体の使い方にばかり意識がいっている状態では本質的な部分で身体を使えていない。身体にしか注意を払っていないから。身体のことしか注意を払っていないから。言い換えると、身体にしか意識が集中していないから。他のことがおろそかになっているから。足首を滑らかに使って歩く。ペダル運動のように、っていわれますよね。かかとから、地面についてつま先で・・・これって身体のことしか注意を払っていないなって。これでは地面と仲良くコミュニケーションなんてできないだろう・・・。すぐに歩いていると疲れてくるだろう・・・。歩き方であなたの他者とのコミュニケーションの姿勢が見えてきます。自分自身のコミュニケーションの癖に出逢うにはどうすればいいか?それは、その癖にコンタクトを取らないと出逢えません。コンタクトをとろうとしないで、自分はそのままの場所で、相手に出逢いに来てほしいと言っても出逢ってくれません。コンタクトを避けているってことは、出逢いの外にあなたは居ることになります。詳しくは、文字で書くと、たくさんの誤解を招きやすいので、直接お伝えします。
July 17, 2007
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ふくらはぎってとても大切ですよね。肩懲りとも関係するし、ムチウチなどとも関連します。女性の方は、ふくらはぎのむくみって気になりますよね。今までの貼り方と違う簡単な貼り方でほぐせます。どんなテーピングでも、湿布でも、モーラステープでも効果があります。そして、誰でも貼ることも剥がすことも簡単です。キネシオテーピング法で提唱している方法では、独りできちんと正確に貼るのは難しい。かなり効果はあるのですが・・・。きちんと学んでいる人でも、貼るときに独りだと、引っ張りすぎたり、筋腹を少し外れてしまったり・・・。一般の方には難しいと思います。ただ、日常のふくらはぎの張りやむくみを取ることが目的なら、もっと簡単な張り方を見つけました。先日、なにげに試してみて、その効果にびっくりでした。しかも、だれでも、簡単に貼れて、どんなテープでも効果ありなんです。張り方はくるぶしの後ろのツボと、ひざの後ろのツボに貼るだけ。詳しい張り方は文章では難しいですので、もし、興味のある方いらっしゃいましたら、気軽にお尋ねください。とても大切なことは、張り方だけでなく、剥がし方なんです。剥がすとき、注意してほしいんですが、必ず、両手で両方のテープの端を持って中央に向かってはがす。剥がす時に、皮膚を矯正してしまいます。だから、剥がす方向はとても大切です。最後の状態をお身体も心も維持しようとします。だから、剥がす時、実はとても大切なんです。自分で簡単できるといいですよね。
July 13, 2007
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無意識で行っていることを、意識に上げると自分でコントロールできるようになる。また、一度、意識にあげてしまうと、無意識で今度同じことをしようとしてもなかなか同じことはできにくくなります。一度、意識のあげることによって、あなたの意識が認識する世界が広がるからです。よく、「気づく」ことが大切だといいますよね。これって、「意識に上げる」って、ことなんです。そして、気づいてどうするか?なんですね。気づくだけでも、今まで意識できなかった物事が意識できます。これだけでも、かなりの学びなんですが、それでは物足りないんです。気づいて、それをどう解釈して、どう行動するか?これが、あれば、どんどん加速度的に学びは増えていきます。気づいて、それで満足している人も多いですよね。それだけでも、気づかないよりはとてもおおきな学びなんですが、それだけでは、行動レベル、物理レベルまでの気づきにならないんですね。頭でわかっているだけっていう感じかもしれません。「意識に上げる」といわれても、意味がわかりにくいと思います。一番、簡単な例を言えば、呼吸です。無意識でしている間は、自分の呼吸が浅いのか?深いのか?身体のどこを使って呼吸をしているのか?まったく気づきません。それを、呼吸に意識を向けることで、自分の呼吸に気づきます。気づいて呼吸するだけで、呼吸の浅い人は、それだけで、呼吸が深くなります。また、私が呼吸浅くない?って問いかけた瞬間に呼吸に意識が行き、呼吸が深くなります。意識に上げる。気づく。ってことは、こういうことなんですね。身体をリラックスする時も同じ。身体に意識を向ける。そして、どこが緊張しているか?その部分を感じて、意識に上げる。そうすれば、リラックスできるんですね。それでも、リラックスできない時、緊張状態をわざと、ほんの少し強めるんです。さらに、緊張させるんです。なぜ、わざわざ、さらに緊張させるか?それは、そうすることで、緊張をコントロールできるということを意識に上げるため。緊張を強めることができたら、弱めることも、意識でできるんです。そんな前提を作るんです。操体法などがこの原理を一部、使っています。
July 12, 2007
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寂しさを紛らわす為の仲間、人間関係から愛情や友情は生まれません。寂しさを共有することそのために、一緒に誰かと過ごす。そこで生まれる関係からは本当の愛情や友情は得られません。お互いの寂しさを、心の闇、傷を舐め合っているようなもの。そこから生まれるモノは、お互いの依存心(共依存)と執着心また、相手の寂しさに付き合うこともは優しさではありません。あなた自身の自己満足であり、自己犠牲でしかありません。寂しさを相手から感じた時、その方の寂しさに寄り添うのではなく、楽しさを与える橋渡しをする。それが、自分も健康的で相手のこともきちんと承認している姿勢。
July 8, 2007
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私の独り言です。最近、よくイメージは具体化する。とか、引き寄せの法則だとか、いろいろ言っていますよね。なら、この地球温暖化っていうのもやめた方がいいのでは?温暖化って聴いた瞬間に、地球が熱く火照っているイメージわきやすくないかなぁ。それよりも、「地球を冷やそう」ってキャッチフレーズの方が、地球が冷えている様子をイメージしやすくならない?そして、テレビなどの啓発(アボガシー効果)で、地球が冷えているイメージ映像を流して、(極端な話、地球を冷蔵庫に入れる映像だとか・・・)その背景に、割り箸×、アイドリング×とかいろんな映像をサブリミナル的に載せちゃえば・・・。よっぽど、温暖化防止になるような気がしているのは私だけかなぁ。ささやかな独り言でした。(^_^)v
July 7, 2007
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自信のあるひとは相手を誤解して解釈しない。今をきちんと解釈できている人。現実をきちんととらえている人。誰が、自分にとって大切なヒトかどうかをきちんと見極めることができる。自信のない人は、自分を利用しようとしてコミュニケーションをとっている人かどうかがわからない。で、利用しようとしているだけの関係を大切にしようとする。逆に、自分ののことをちゃんとみてくれて苦言やアドバイスをくれる人を自分を攻撃する、避難する敵だと解釈する。利用しようと親しく近寄ってきた人を尊敬したり、大切にして、歪んだ人間関係を作りやすい。(本人は歪んだ関係だとはまったく思っていない。)自信を今、持てていない人は、もう一度、自分の今の人間関係について考えてみてください。あなたの本当に大切にしなきゃいけない人は、実はあなたが敵だと勝手に解釈しているひとかもしれません。その方の声に耳を傾けることができた時、もしかしたら、自信を取り戻したのかもしれませんね。自信が持ててない、今のあなた自身は、あなた自身が今、現在においての解釈の結果だから・・・
July 6, 2007
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桜井 章一さんの著書の(シーソーの「真ん中」に立つ方法)に「耐えるとは、損得計算なしでじっと忍ぶことですが、我慢には、その先の成功を考える計算高さが含まれています。」とおっしゃっていることになるほどって、思いました。我慢は不満をため込む。そして、これだけ我慢したのにとなった時、感情が爆発、いわゆるキレるってことです。また、我慢しても結果が悪かったり、上手くいかない時、誰かのせいにしたり、怒りになる。耐えるは肥やし、我慢は抑圧かもしれませんね。
July 5, 2007
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肩凝り、首の凝りを自分でほぐす方法について肩幅くらいに脚を広げて立つ。両腕を頭、首の後ろで組む。そして、軽く腕と頭、首の力どうしで押し合いっこする。その状態でかかとをあげて背伸び。呼吸をしながら、ゆったりと。決して痛みを伴うことはありませんが、もし、何かしら痛みや違和感がある場合はやり方が間違っているか、何らかの症状があるかもしれません。そのような時はおやめください。決して痛みを伴うような方法はどんな方法であれ、筋肉を緊張させても、緩めることはありません。自己責任にて実施ください。
July 4, 2007
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先日、あるところにお邪魔させていただいた時、手、指先のしびれについてお話いただいたので、その場で、簡単にしびれを解消させていただきました。どのようなアプローチを試みたか?歯の咬合具合の調整。肩胛骨から鎖骨を含む体幹の歪みを調整。それから、痛みのポイントと関係すると思われるタッピングポイントにアプローチストレスに作用するタッピングポイントもたたいて終わりこれで、ほぼしびれは治まったそうです。その間、時間にしてどれくらいでしょうか?ほんの数分ですね。そして、毎日、左の圧痛領域(TFTのタッピングポイントの名称)を揉んでくださいってお話して終わりです。簡単なストレスケアになるんですね。施術代って云われたんですが、これでお金をいただくほど、まだまだ、私の治療は、市民権を得ていないのでそれに、いつもお世話になっていますからって、お断りすると、無農薬の野菜をいただきました。なによりうれしいです。とても甘くておいしかったです。私の信条はいつでもどこでも、なんの装置や道具がなくても施術できること。道具がないとできないってのは…すべての臨場空間をどう解釈するかだけなんですよね。ちゃんと神経学的検査を簡単にしましたよ。とりとめのない内容になってしまいました。
July 3, 2007
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「何らかのストレスが原因ですね。」「ストレス発散がこの症状の解消には欠かせない。」よくストレスが原因だと云われますよね。テレビでもすべての病気の原因はストレスって断言したような伝え方しているものもありますよね。ストレスって悪者?過度のストレス確かに身体に与える負担は大きいけど、ストレスをまったく受けない環境だと生物は生きていけません。東京で元銀行だったビルの地下で稲を作るってプロジェクトのお話知っていますか?何度やってもうまく稲穂をつけなかったそうです。ある時、地方の農業されている方がその地下の稲をみて稲にストレスがないからこれでは育たない。風を作るために、大小の扇風機でランダムに風を作りなさい。雨が水面を打つことで、土に成長に必要な酵素を育むことができる。とアドバイスされたそうです。それまで、たくさんの専門家と呼ばれる人が肥料がとか、作り方、水分調節などいろんなことを調整してもだめだったのが、風のストレスを加えてアドバイス通りにすると、みごとに稲穂を実らせたそうです。もうひとつ、こんな話もうなぎの稚魚のシラスウナギだったかな。カナダから輸入しているらしく、そのまま輸入すれば、どんなに温度、水質管理をしても8割、ヒドイ時だと9割、輸送中(空輸でおよそ8~9時間)に死んでしまうそうです。(とても繊細だそうです。)ある時、どなたかの案で、天敵のナマズ(←シラスウナギを餌とします)を一緒に入れて輸送した所、2割は餌として食べられてしまっていたが、残り8割は元気に生きていたそうです。詳しくは宗教学者ひろさちや さんの本に書いています。また、スポーツはストレスである。というのがスポーツの定義だそうです。あえて、身体にストレスをかけることで、楽しむんですね。軽く汗をかくと気持ちいいですよね。軽いストレス、負荷をかけたトレーニングも続けると身体はなれてきて、はじめは10kgさえも重く必死だったとしても軽々と持ち上げられるようになる。これは心にもあてはまりますね。いろんな困難を乗り越えた人はちょっとの困難なことは苦にせず乗り越えられます。ストレスを悪者と決めつけないで、上手につき合えたらいいですよね。生物の成長にとってストレスって無くてはならないもの。それは心の成長にも。嫌なこと、辛いこと、って、心と身体の成長のきっかけになる有り難いストレスなのかもしれませんね。すべては、解釈しだいかもしれませんね。
July 1, 2007
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