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天声人語の書き出し&結語【名文集】『尾瀬』尾瀬の峠や湿原を歩いた。尾瀬ヶ原ではちょうど、カキツバタが盛りだった。7月の光の中で、濃い青みをおびた紫の花が広い湿原の緑にとけこんでいた。花びらに刻まれた刃物のような白い線がなかなか粋(いき)である。ニッコウキスゲは鮮やかな山吹色だ。ワタスゲの群れが、しろがね色に光っている。木道のすぐわきに群生するアサヒランが濃い紅を散らしている。雨上がりの山はだに雲の影が動いている。緑や濃い紫や山吹色やしろかねや、いろいろな色をとけこませた風が耳に鳴る…富栄養化によって尾瀬の生態系はすでに影響を受けている。国や地元の人たちは屎尿の浄化対策を進めているが、60万人という数を減らしてゆく工夫が必要だろう。【掲載年月日】1986/07/17
2008.06.29
天声人語の書き出し&結語【名文集】『ハマナス』北海道の旅で、網走の砂丘に咲くハマナスを見てきた。ハマナス、あるいはハマナシ。バラ科の落葉低木。浜茄子、浜梨、浜薔薇、はま瑰と書く。紅色の、憂い顔の花だ。砂丘に立つと、黒ずんだなぎさのむこうに鉛色のオホーツク海があった。海はふきげんな様子で時々、白い歯をむきだしていた。夕暮れ前の空はやわらかな瑠璃(るり)色をおび、知床半島の山々が紺ねず色に煙っていた。ハマナスの群落からふと芳純な香りがただよってくる。オレンジ色のエゾスカシユリやエゾキスゲが風にゆれているのも見えた…オホーツク海のむこう、二筋、三筋の雪が残る知床の山々のむこうには千島列島がある。エトロフの砂丘には今もハマナスが咲きにおっているだろう。その幻を一瞬、見たように思った。
2008.06.27
天声人語の書き出し&結語【名文集】『植物の会話』植物には「鼻」もあり「耳」もあるらしい。植物同士の「会話」もあるようだ。東京では今、公園などにクチナシが咲き残って独特のなつかしい香りを放っているが、そのクチナシを使った実験がある。たとえばバラに含まれているシトロネロールという香料成分をクチナシの葉に吹きつけると、特定の反応がでる。つまりクチナシは、においを知る働きを備えているということだろう。東京農工大、松岡秀明助教授たちの貴重な実験だ…「樹林は妙法をのべる」と古人はいった。近代科学がその妙法にせまればせまるほど、自然界のふしぎの深さがわかってくる。【掲載年月日】1987/07/13
2008.06.26
天声人語の書き出し&結語【名文集】『三宅島』こんどの同日選挙で、自民党がものの見事に敗北したところがある。三宅島だ。衆院選では、社会党候補一人の票が、自民党候補二人の合計票を大きく上回った。この島で前回トップだった自民党候補の票は五九九票から三八二票に減った。逆に社会党は二倍に伸び、共産党は四・五倍に伸びた。衆院比例区でも、自民党票は減り、社共の票がふえている。「世界中が心配しています。建設計画に反対されることを期待します」。世界野生生物基金総裁のエジンパラ公が中曽根首相に手紙を送ったことはこの欄でも紹介した。国際鳥類保護会議の国際大会でも反対の決議があった。世界の人びとが見守る中で、それでもなお、政府は建設を強行するつもりなのか。三宅島の票は、三宅島の決意を示している。【掲載年月日】1986/07/12
2008.06.25
天声人語の書き出し&結語【名文集】『雨』「むらさきの睡蓮(すいれん)の花ほのかなる隠してなげく水の上かな」(与謝野晶子)明治神宮御苑の睡蓮の花が雨の中に咲いているのを見た。深紅、薄紅色、淡い桜色、黄、白といったさまざまな色が池の面に点在していた。かすかな音をたてて降りそそぐ雨が、睡蓮の葉に似た輪を描いては消えてゆく。水の女神ニンフの名を学名にもつだけに、雨をじゅうぶんに吸った花々は今にも踊りださんばかりの生気をもっていた…雨は時には荒々しく人々に襲いかかり、時には万物をぬらして人の心をなごませる。涙雨もあれば喜雨もある。「雨は愛のやうなものだ」と歌ったのは室生犀星である。【掲載年月日】1980/07/12
2008.06.24
天声人語の書き出し&結語【名文集】『夕焼小焼』東京の八王子といっても、上恩方町あたりの案下路(あんげみち)を歩くと、水清き山里、の感じがある。「東京には緑が少ない」というおおざっぱな云い方を訂正しなければならない。案下路には『夕焼小焼』の碑が立っていた。緑の深い山道を歩く。ツルニンジンの葉が濃いにおいを放っていた。ホタルブクロ、ドクダミ、オオバジャノヒゲ、腐った葉の中からあやしい白い花を咲かせるギンリョウソウ。盛夏を前にして咲くいまごろの花はなぜか、ひかえめに、しんとした状態で咲く。森の静謐(せいひつ)を象徴するような花々だった。【掲載年月日】1982/07/11
2008.06.23
天声人語の書き出し&結語【名文集】『鬼灯市』(ほおずきいち)東京・浅草寺のほおずき市は午後いちじ雷雨にたたられた。ビニールをかぶった兄さんたちの掛け声はしめりがちだったが、さすがに、かさの波は絶えなかった。ほおずき売りは、かつては江戸川、葛飾の生産者が独占していたが、いまは茨城産、愛知産などが半分を占める。この市のために、冬、ビニールハウスの畑に四、五センチに切った根を植える。なにごとも大切なのは土台で、いい色のほおずきを作るのに大切なのは土づくりだ。田の土に牛のふんやわらをまぜ、一年間ねかせた土を使うという話をきいた。【掲載年月日】1985/07/10
2008.06.22
天声人語の書き出し&結語【名文集】『カツオ』千葉県銚子の知人からときどき手製のサンマの佃煮(つくだに)やカツオの角煮をいただく。先日はカツオの角煮をいただいたが、「ことしは五月も六月もカツオの一本釣りの水揚げが悪かった」と便りにはあった。ことしは海流異変の影響もあって、銚子沖や三崎沖のカツオの一本釣りは不漁だが、イワシは豊漁だという。漁業というものはなかなか思うようにはならないものだが、そのイワシにしても、大漁のために値段が下がり、銚子漁協は「大漁貧乏」だとなげいているそうだ。大漁貧乏ということばは消費者にとっても切ない。大漁貧乏追放の名案はないものか。【掲載年月日】1981/07/10
2008.06.21
天声人語の書き出し&結語【名文集】『朝顔の花』濃い江戸紫の朝顔もいいし、紅色の朝顔もいいが、白い朝顔には独特の風情があって、とりわけ、静かに燃えて消えてゆくものの命、といったものを感じさせる。きょうは、七夕、小暑、そして日中戦争の発端となった蘆溝橋(ろこうきょう)事件のあった日だ。東京入谷の鬼子母神周辺では朝顔市が開かれている。歳時記では、七夕も朝顔も、共に秋の季語である。七夕の場合は、旧暦の七月七日、つまり涼しさに飢えるころの季節にこそ星祭りの味わいがあり、その意味では秋の季語でもおかしくはないが、朝顔の場合はどうだろう…朝顔の花は幼い日の記憶を呼びさます。ただし、朝寝坊の筆者などはなかなか、そのみずみずしい姿をおがめない。【掲載年月日】1985/07/07
2008.06.20
天声人語の書き出し&結語【名文集】『七夕』きょうは七夕だ。牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)、つまりひこ星とひめ星が年に1度の出あいをする日だと伝えられている。しかしこの星あいは、じつは旧暦七月七日の話で、新暦では八月下旬にあたる。俳句でも七夕は秋の季語である。イモの葉に露のたまらぬころの七夕では、どうしても季節感がうすい。東京の夜道を歩いていると、濃い闇(やみ)の中からクチナシがにおってくる。近所の寺の境内には二メートル近いクチナシがあり、一つの花が散ると一つの花が咲き立つという状態を続けている。しろじろと咲く花のわきに、無数の堅いつぼみがあり、そのすぐ下にはしおれた花びらが残っている。一本の木が短い花の生涯を語りきかせてくれているようで、何十光年、何億光年という星の話に比べると、こちらはいかにもはかない感じである。【掲載年月日】1977/07/07
2008.06.19
天声人語の書き出し&結語【名文集】『空梅雨』「百姓に泣けとばかりに梅雨旱(つゆひでり)」(石塚友二)ことしの空梅雨はかなりのものらしい。とくに西日本では「気象台はじまって以来の空梅雨」というところが少なくない。九州、中国、四国地方の地方版には「空梅雨にダム悲鳴」「稲作はピンチ」「筑豊干上がる」「天命に期待を」という見出しが並んでいる…シシトウやピーマンの花々が乾いた白い光を浴びている。雨にぬれるとにわかに勢いづくミズキンバイの黄の花も、ヤブコウジの地味な白い花も、ことしは精気がない。野菜や草花もまた、雨を吸う日を待ち望んでいる。【掲載年月日】1982/07/04
2008.06.18
天声人語の書き出し&結語【名文集】『シラネアオイ』日曜日、友人に誘われて日光・白根山の弥陀ケ池(みだがいけ)にシラネアオイを見に行った。未明の三時に菅沼のほとりを出発し、懐中電灯をかざして進んだ。弥陀ケ池の標高約二三〇〇メートル、というと大登山のようにきこえるが、車を下りて歩きだしたのは一七四〇メートルの地点である。針葉樹の香りが闇を染めている。オオカメノキの白い花が山道に散っている。花びらを固く閉じたミヤマカタバミが照らし出される。東京の尾根が浮かび上がるころからホトトギスが鳴きはじめる。カッコウの声もきこえる。やがてダケカンバの幹を珊瑚(さんご)色に染めて、日が昇った。耳を地べたにつけると、地をはう風の草とたわむれる声がさわさわときこえてくる。【掲載年月日】1984/07/03
2008.06.17
天声人語の書き出し&結語【名文集】『紫草』銀座の街を歩いていると、紫色の服を着こなした女性によくであう。深紫もあれば若紫もある。藤(ふじ)色もある。今年はムラサキが流行色なのか、アメリカでもはやっているという話をきいた。色の世界でも、日米は濃密な関係にあるらしい。そんなことを考えていたら、植物名の研究家で知られる深津正さんに「野生のムラサキ(紫草)を見に行きませんか」と誘われた。昔のきものの世界では、紫は珍しい色ではなかった。女学生は紫のかすりを着ていた。紫のはかまも多かった。紫はすたれることのない色だった。戦後、やや敬遠された紫がなぜ、はやりだしたのかはわからないが、日本人にとって紫は永遠の色なのだろう。もっとも、合成染料ではやはり「紫のにおえる君」といった感じはでにくい。【掲載年月日】1980/07/03
2008.06.16
天声人語の書き出し&結語【名文集】『風のたより』7月になると緑陰が恋しくなる。近所の公園を通り抜けると、ベンチに、日がさ姿の若い母親がすわっているのが見える。雲が走り、コブシやミズキやカツラのこずえが笑いさざめきながらゆれている。緑陰を吹き渡る風に帽子を飛ばされながら子供たちが遊んでいる。風のたよりに耳を傾ける生活は、風雅とか風流とか、風の字のついたことばと結びつけられる。日本人が風流ということばから受けとる感じは「心の中に涼しい風が吹いているような状態だ」といった人がいるが、名解釈だと思う。もっとも、不快指数の高まる大都会でなお、この風流心の保のはやさしいことではない。【掲載年月日】1979/07/05
2008.06.15
天声人語の書き出し&結語【名文集】『資源植物』幕末、わが国の開国を求めたアメリカのペリー提督は、植物学者を同行して、日本各地の植物を持ち帰った。いまもニューヨークにはその当時のドクウツギの植物標本が残っているという。帰国中のニューヨーク市立大教授、小山鉄夫氏(資源植物学専攻)の話だ。優れた栽培植物を生むための勝負どころは、よりたくさんの種類の種子を蓄えることである。ソ連の植物精算研究所が保存する種子は32万6000系統、米国の国立種子貯蔵研究所は17万、わが国の農業生物資源研究所はわずか3万4000、ここでもいちじるしい立ち後れがめだつ。【掲載年月日】1984/06/29
2008.06.14
天声人語の書き出し&結語【名文集】『「雨」の歌』日本の歌謡曲に雨ということばが多いのはなぜか。恋の歌はなぜ、雨と結びつくのか。日本人はなぜ、恋い慕う気持を雨に刺激されるのか。かねがねふしぎに思っていたことだが池田弥三郎さんの新説を読んでなるほど、と思った(『日本人の心の傾き』)。雨に濡(ぬ)れた昔の街には風情があった。濡れ色の黒がわらには、濡れたアジサイがよく似合った。いまはしかし雨の日の都会はしばしば地獄の様相をていする。過密都市の梅雨は、恋愛感情を刺激するどころか、いたずらに不快感を刺激するものになりつつある。時代の急変の中でなお、歌の中の「雨」は生き残りうるか。【掲載年月日】1981/06/29
2008.06.13
天声人語の書き出し&結語【名文集】『梅雨の風情』風情ということばには味がある。お前ら風情とか記者風情とかいえば人を卑しめた表現になるが、雨に濡(ぬ)れる木々の風情といえば、独特のおもむき、味わいの意味になる。「梅雨がなかつたらどんなにか私はものたらぬことであろう。それは春と夏とのあひだに特殊な風情のある季節をつくつてゐる」と中勘助が書いている…ムラサキツユクサもクチナシも、梅雨に咲く花にはそれぞれ風情があるが、ごくありふれたドクダミの花が、雨に打たれて咲く風情にはとりわけ捨てがたい味がある。【掲載年月日】1986/06/26
2008.06.12
天声人語の書き出し&結語【名文集】『野菜の花』ピーマンの花はうつむいて咲く。白い星形の地味な花だが、よくみると小さいながら、りんとした趣がある。花びらの奥に緑色に光るものがあって、それはやがてふくらみはじめる実のつやのあるはだを予感させる。「悲しめるもののために/みどりかがやく/くるしみ生きむとするもののために/ああ みどりは輝く」。室生犀星は「五月」という題をつけたが、この詩は6月の、雨に光る緑にもふさわしい。【掲載年月日】1984/06/22
2008.06.11
天声人語の書き出し&結語【名文集】『雨の都』「雨をぬきにしては、日本の季節はふぬけになりそうである」といったのは建築家の清水一氏だが、農工によって生きてきた日本人にとって、雨は暮らしの土台を支えるものだった。雨は神の恵みだった。道ばたに群れ咲く蛍袋(ほたるぶくろ)の花が、うつむいて雨の歌にききいっている。花びらの内側にたくさんのそばかすをつけたこの花の中に、昔の子はホタルを捕まえて入れたという。やさしい姿の花だ。森の闇(やみ)に無数の白十字の花があって、雨にぬれながら命の光を放っている。ドクダミだった。【掲載年月日】1983/06/21
2008.06.10
天声人語の書き出し&結語【名文集】『蛍館』ある昆虫館で久しぶりに蛍を見た。ことしは低温のせいかゲンジボタルの最盛期がやや遅れているらしい。館内につくられた小川や水辺の緑の上を、青みをおびた黄の光がゆらゆらとただよっていた。手をさしのべると、1匹の蛍がとまった。蛍は、成虫になってからはエサをとらず、水を飲むだけだ。幼虫時にたくわえたエネルギーで、頼りなげに飛びながら鋭い求愛の光を放つ。成虫の寿命は、雄が5日前後、雌が7日前後。そのはかない命をひたすら恋に燃やす。【掲載年月日】1981/06/18
2008.06.09
天声人語の書き出し&結語【名文集】『梅雨のころ』梅雨のころに咲く花には白い花が多い。タイサンボク、クチナシ、ナツツバキ、ウノハナ、ニントウ(忍冬)。梅雨のころの樹木の緑はちょうど青春のさなかにある、と思えるほど一枚一枚の葉が輝いてみえる。その一枚一枚の花が雨を吸って、さらにつやをます。以後、敗戦まで、荷風は暗く重苦しい梅雨期を何回か迎える。そのうっとうしさの中でも、「忍冬(にんとう)の花また馥郁(ふくいく)たり」「紫陽花の色漸く濃なり」とつづるのを忘れなかった。東京ではいま、アジサイが淡い空の色に染まっている。【掲載年月日】1982/06/17
2008.06.08
天声人語の書き出し&結語【名文集】『夏椿』「きょうの天気」欄に「梅雨空に映えて咲く白い夏椿の花が美しい」とあった。夏椿は沙羅(さら)、サラあるいはシャラノキとも呼ばれている。仏教の聖樹、沙羅双樹に擬せられたのだろう。白椿に似た花が六月の日を浴び、透き通った感じで光る姿も悪くはないが、沙羅の花はやはり雨にぬれ、雨を吸って咲く風情に味わいがある。にび色の空の下でアジサイの花は優雅に咲く。タイサンボクは、その学名どおり「壮大」に咲く。そして沙羅の花は、ほのかに咲く…六月、さわやかさがうっとうしさに移り変わる季節だ。夏椿の軽やかさは六月にふさわしい。【掲載年月日】1979/06/17
2008.06.07
天声人語の書き出し&結語【名文集】『立春と入梅』暦の上での入梅の日は、立春から数えて百三十五日目、と六月十一日付の本欄で書いたが、これは誤りだった。指折り数えてみると百二十八日目が正しい。間違いの原因は俳句歳時記にある百三十五日説をそのまま引用したためで、なんともお恥ずかしい限りです。念のため調べてみると、筆者の手もとにある他の歳時記も、三冊とも入梅は立春から百三十五日目と明記されている。これはなぜだろう。明治時代に出版された歳時記も百三十五日になっている、と知人が教えてくれた…梅の実がちょうど実るころに降るから梅雨、あるいは梅雨は黴雨、カビの雨だと諸説があるが、うっとうしい雨が続く。露草が咲き始めた。「つゆ草は花では無い。あれは色に出た露の精である」といったのは徳富蘆花だった。【掲載年月日】1981/06/16
2008.06.06
天声人語の書き出し&結語【名文集】『空海』遍路道では、「空」と「海」に出あう。筆者の体験では、とくに高知県の遍路道で、くる日もくる日も空を見、海を見ながら歩くということがあった。歩きながらひたすら、お大師さん空海の名を思った。空と海の巨人、まことにそれは、天地と自分との一体感を重んずる密教にふさわしい名前である。会場にはおおらかな表情の大日如来像があった。手指の形は智拳印(ちけんいん)である。この印はらせん型の無限循環を示すものだという。無限循環の円運動は宇宙の相である。なるほど手指の形一つにも大自然の相が包み込まれているのか。それは、さかしらな人間に、大自然と融合することの大切さを教えているように思える。【掲載年月日】1983/06/14
2008.06.05
天声人語の書き出し&結語【名文集】『草木染』初夏の街を歩いていて、娘さんたちの着るものの色がずいぶん落ち着いてきたなと思う。ひかえめな、やわらかな「自然」の色を目にすることが多くなった。藍(あい)、冬青(そよご)、紅花などの染料植物を使った作品が街を歩いている。セイタカアワダチソウやタマネギを使って自分の染めた苦心の作も街を歩いている。木綿、麻、ウールなどの自然の素材と自然の染料を使ったサマーセーターやワンピースがふえている、というのは草木染の専門家の話である…草木染といっても別に新しいことはない。化学染料の世になる前、先人たちはみな藍や冬青や紅花や紫草で染める色を好み、身につけていたのだ。自然の色の渋さ、あたたかさを好む人がふえてきたのは、色の回帰現象、といったらいいだろうか。【掲載年月日】1982/06/13
2008.06.04
天声人語の書き出し&結語【名文集】『蛍』山の中で蛍を見たのは何年ぶりのことだろう。珍しいカエルの写真を撮る、と意気ごむ一行と共に、午前1時か2時か、真夜中の沖縄本島・山原(やんばる)の奥深くを歩いていたときのことだ。知人にいただいた種で育てた月見草が、今年も白い花を開いた。蛍の光のように闇に浮かび、深夜になると白い花びらに紅がにじんでくる。最高におしゃれな花なのだろう。翌朝、しおれるときは花びらを紅色に染めている。一夜だけのはかない命だ。はかないものが美しいのか、美しいものがはかないのか、人間の勝手な思い入れをよそに、蛍はただひたすら闇に光り、月見草は、ひたすら闇に咲く。【掲載年月日】1986/06/12
2008.06.03
天声人語の書き出し&結語【名文集】『北の国の湖』環境庁が調べたところによると、世界屈指といわれる北海道・摩周湖の透明度は三五・八メートルだったという。むろん、日本国内ではこれが第一位で、以下は【02】倶多楽湖(北海道)【03】支笏湖(同)【04】赤沼(青森)【05】十和田湖(青森・秋田)と続く。ただ、摩周湖の透明度は半世紀前は四一・六メートルだった。それが三五・八メートルに落ちていることは見逃せない。この湖の底に沈む空きかんは、一つや二つではないという報告もある。山の湖の恐ろしさ、気難しさに対して謙虚でありたい。【掲載年月日】1980/06/12
2008.06.02
天声人語の書き出し&結語【名文集】『海辺の花』立春の日から数えて百三十五日目、太陽の黄経が八〇度に達した日を、入梅という。きょうがその日にあたる。お天気のほうも律儀なもので、タイサンボクやアジサイが咲く今ごろの季節になると、空も緑もなんとなく梅雨っぽい感じになってくる。梅雨のころはちょうど旧暦の五月にあたるので、五月のつく季語が多い。五月雨(さみだれ)、五月晴れ(さつきばれ)、五月闇(さつきやみ)。五月闇は、梅雨どきの暗くうっとうしい感じをいう。昼の暗さにも用いる、いや、夜の暗さではなく昼間の暗さをいうときに使う、と歳時記によって違うが、そう定義にこだわることもあるまい…夕方になるのを待ちかねたように、コマツヨイグサが咲き始めた。淡い黄の花である。シギが二羽、岩陰で休んでいる。岩の割れ目に咲くハマボッスが雨にぬれ、みさきの沖に城ヶ島がうるんで見えた。【掲載年月日】1981/06/11
2008.06.01
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