河向こうのフェスティバル
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■2003/01/01 (水) 2002年年末帰国 総集編年末帰国の総集編去年もそして今年も最も忙しい時期における短期間帰国のため、実家でのんびりと過ごす時間がなかなか持てない。それでもそんな忙しい時期に、私の無理な願いを聞き入れて予定を空けてくれる友人がたくさんいるのはなんとも嬉しいもの。1年ぶりに友人に会って話すと、最初はお互いの1年間のダイジェストを他人行儀に報告しあったりしているけれど(ダイジェストにしてしまうと、「あっという間に過ぎたいつもと変わらない1年」という要約に皆がなってしまうが・・)、お酒も入っておいしい料理に舌鼓を打つうちに、1年間のギャップなんてどんどんなくなる。古くからの親しい日本の友人と距離的に離れてしまっている今の状況を寂しく思うこともあるけれど、ここロンドンでも急速に深まっていく友情は多くあるし、離れているからこそ大切に思える関係もある。今回日本に帰国しての第一印象は、韓国語表記が増えていること、以前は一目でわかったトレンド(白いダッフルとかロングブーツとか)が、分散しているのかあまりわからなかったこと・・・くらいかな。今回の帰国時のスケジュール概観23日:成田着 家に帰ると御寿司が!!24日:お昼は丸ビルでピアノ教室の友人とランチ、夜はさすがに、友人を誘うのに気が引けて弟と、ラーメン2連荘(恵比寿の山頭火となんでんかんでん)+ドンキホーテというおよそクリスマスイブに人が集まらない場所に行った(案の定、思いっきりすいていた)。「彼女~こんな大切な夜にこんな場所でいいの?」とラーメン屋で聞かれたところ弟があっさりと、「長い付き合いですから」と答えていた。確かに。25日:美容院でパーマ・カラー・トリートメントの3連発!クサナギくん似の行き着けの美容師さんと可愛い助手の子達に「ロンドンか~かっこいいなあ~」とおだてられているうちに、ついついいろんなことを頼んでしまった。その後ピアノの先生の家に顔を出し、夜は留学時代の友人たちと西麻布交差点近くの店で「牡蠣鍋」。これがトロロにつけて食べる鍋で強烈においしかった。デザートの昆布茶による洋ナシコンポートも絶品!26日:高校時代の友人の家に。2歳になる子供とままごとをしながら、スパゲッティなどご馳走になる。夜は会社時代の友人と三軒茶屋の居酒屋でにごり酒をたっぷりと。27日:イギリスからBritishの友人が遊びに来るということで、イタリア料理屋でイギリスの友人とリユニオン。28日:これまたイギリスの友人(台湾人だが)とそのBritishたちとの東京観光。こうして外国の友人が増え、彼らと東京を観光することで、普段見られない日本の側面を楽しむことができる。本日は今半にてすきやきランチの後、浅草寺。その後は水上バスで浜離宮へ。夜は彼ら、その他友人を集めて我が家でホームパーティ。父親のはしゃぎぶりが印象的。29日:台湾人の友人らと箱根へ。小田急、ケーブルカー、ロープウェーを乗り継いで芦ノ湖まで。富士山は多少雲がかかっていたけれど、くっきりと見え、しかもあんなに雪を抱いた富士は久々だった。その後湯元ではつ花で蕎麦をたべ、温泉につかる。夜は新宿で。30日:築地の場外市場で買い物と御寿司。その後はバイト時代の友人の家にお邪魔して、夜まで。31日:お昼はピアノの友人達と渋谷でとんかつ。夜はゆっくりと家で紅白を。中森明菜がジャジーに登場していたのが印象的だった。そして行く年くる年。やっぱり年末はニッポン!1日:何もせず家でのんびりと。家の裏の神社に家族総出でお参りの後は、ビデオを見たり、アルバムを見返したり。そんな初日もいいものだ。2日:高校時代からの悪友と日枝神社に行ったはいいが、猛烈に込んでいたため豊川稲荷にする。新宿で郷土料理を食べた後、悪友の家にそのままなだれこむ。3日:買い物をして家に帰る。4日:親族一同の新年会をうなぎ屋で。5日:そしてあっという間の帰国・・・・飛行機に乗るまでは、後ろ髪ひかれるが、その後は早くロンドンにという気持ちになる。でもそんな気持ちも叶えられずに、コペンハーゲンでの悪夢・・・■2003/01/05 (日) 新春の勉強 コペンハーゲンはもう嫌だ!新春早々、厳寒地獄、空腹地獄、行列地獄の3大地獄を味わってしまった。そりゃ、コペンハーゲンで当初はステイしてみたかったよ!でも、こんな空港から全く出られないようなステイは嫌だよ~ これで2003年の悪運使い果たしだ!以下母親に事後報告として送ったメール 「先週末は本当におさわがせしました。全くひどい話で、新春早々トータル8時間以上も行列するとは思いませんでした。最初の日は12時間フライトのあとに、氷点下10度の厳寒でのタクシーまちも含めての6時間の行列、さすがにめげそうになりましたが、あくる日はげんきんなもので、雪の中市内のお散歩なんぞも・・・でもその日もさんざんまったあげく飛行機が飛ばなかったときはさすがに腹が立ちました。でもその夜のホテルは非常によいところだったので、またもやご機嫌が復活。翌日夕方のフライトが滑走路を走って離陸したときには(ほんとうに離陸するまでは、今回も帰れなくっても落ち着いて行動しようといいきかせていたの)、ほっとしました。こんなにロンドンを恋しくおもったのははじめてかも。今回つくづくとえらいなと思うのは、空港中がパニックと混乱に陥り、誰もが疲労の極限にあるなかで、品のよい諦観を持っているヨーロッパ人。カウンターの人に主張すべきことはきちんと主張するけれども、誰も声を荒げる人がおらず、理論的。行列の最中にはこの不幸を周囲と笑い話にするふてぶてしさ。日本でもこうした「どうしようもない状況」になった場合同じようになるかな、と思いました。その2日間、周囲で全く怒号が聞かれなかったのはある意味でおどろき。考えてみれば雪のためであり、対応に追われる空港の人間もある意味では被害者なのだものね。文句をいってもどなっても何も解決しない。知っててもそのとおり冷静に対処できるのは成熟した大人の一つの証拠でしょう。まあ、様々な情報が錯綜し、誰にも確実な答えをもらえない中、一人で判断して動かねばならず(だって、フライトが欠航になったこともアナウンスされず、突然スケジュール表から消えるんだよ。空港内でのインフォメーションは常に長蛇の列だし、みないいかげんなことをいうし)、「一番自分の心身エネルギーにとってダメージを与えない選択」を常に理性的に考えようと、たんたんと乗り切ったと思います。英語が出来て本当によかった。まあ、新春早々いい勉強になったわ。2度といやだけど。」■2003/01/17 (金) バレンボイム ロンドンに来るRFH ベルリン国立歌劇団バレンボイム : ブラームス交響曲1番3番今年のクラッシック幕開けはやはりバレンボイム。そしてブラームス。昨年から特にブラームスの1番は幾度となく聞いているので、すっかり余裕で楽しめる。今回の彼らの公演はブラームスの4つの交響曲。今日がその締めで、締めの曲はやっぱり1番!!ぴったりと息のあった演奏とロマンチックな彼の指揮が魅力だったが、やっぱり彼にはピアノを弾いていてほしいなというのが正直な感想だろうか。■2003/01/28 (火) Mamma Mia!今年はじめてのミュージカル。アバの良く知られたヒットナンバーが乗り乗り(死語だ)のポップなミュージカル。珍しいことに熟女三人組みと中年3人組がかなりハッスル(死語)するミュージカルで、どうしても中年臭の漂ってしまう声だとか、乗り切れない身のこなしに目が行ってしまって、ダンスも歌もいまいち。そういう劇といえばそれまでだけれど、私はミュージカルに良質な筋も要求しないし、華麗な舞台装置も要求しない。ろうろうと響き渡る歌も要求しなくて、ただ見たいのは、ダンスなのに。。。その点、このミュージカルは楽しめないかも。筋書き自体は明日に結婚を控えた娘が謎のお父さんを、母親の日記を読み、探し出そうとするもの。まあ、他愛もないな~。■2003/01/29 (水) パスカルロジェ RFHプーランクやラベル等フランス音楽好きとして、彼のフランス音楽CDは安心感をもって買える。今回のプログラムの前半はフォーレ、サティ、ラベル、プーランクをそれぞれ何曲か演奏、後半はドビッシ-の前奏曲集1を通しで演奏というもの。フォーレ、サティは曲そのものの色がなく、退屈なままに過ぎてしまったけれど、ラベルの音のきらめきを捉えた曲を聴いていると、だんだん意識が覚醒してきた。プーランクが久々に聞けたこと、しかもフランス音楽の大御所の手によって聞けたことは嬉しいが、曲の中に背反する部分を多く抱え、突然色彩が変わる音楽。しかもどれもメロディアスな彼の曲がたった3曲で終わってしまったのは残念残念。。(あまりメジャーではないため、コンサートでめったにお目にかかることができないプーランク・・・)後半の前奏曲集は無難かな、という感想。それぞれの曲の色合いの違いはさすが弾きわけているのだけれど、全体として胸に迫るものはなかった。というか、それがドビッシ-の音楽なのかな。
2003/01/01
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