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週末はパーティーが3本。金曜日にパーティーに持っていく予定のチーズケーキを焼くものの、味はいいが見た目がいまいち。従って土曜日は朝からマーケットに走りりんごを買って、超特急でりんごケーキを焼く(これは成功)。午後からGolders GreenのT夫妻宅にて鍋パーティー。ジョギング愛好会ということで知り合ったメンバーだが、今のところ一緒にレースに参加したのはたったの1回と、ジョギングよりは飲み食べグループになってしまっているような・・・1時過ぎから集って鮭鍋や、T妻自作のおいしいキッシュを食べたり飲んだりしてあっという間に7時近く。次のパーティーへと急ぐ。次のパーティーはC&JのHouse Warmingパーティー。建築家と街デザインを生業とする二人のパーティーだけあって、様々なナショナリティやバックグラウンドが揃った(総勢20人以上!)パーティーだった。彼らの昨年の結婚式でも顔を合わせた人々が多く、C&Jを軸として、こうしてたまに集まり顔を見れるのもいいものだ。7時開始というのに、9時になっても半分くらいしか揃っていないのは、あいかわらず だなあ。
2004/01/31
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久しぶりのホームパーティー。今日は10人くらいが来てくれる予定なので、朝から張り切っての料理づくり。メニューは①ポテトサラダ②バナナケーキ③かりかり豚肉香味ソース④コロッケ4種:海老クリーム・豆(ファラフェル)・ひき肉ポテト・野菜ポテト With ピタパン⑤タパスツナとオリーブのペースト・ナスのクロスティーニのクラッカーのせプラスMちゃん持ち寄りのパスタサラダ・ミートローフ・ソフトボール大のおむすび・鶏肉とねぎのしょうが煮込み友人のシンガポール人Cが今回の主役。彼女は2月から半年ほど休職してラテンアメリカに長旅に出るので、その送別会もかねてのホームパーティー。彼女は昨年ペルーにて木から落ちて、脊椎を痛めたのにも懲りず、再び南米へ。10歳も年若の彼女だがその思い切りがうらやましい。そんな主役の彼女がベジタリアンのため、All Veggyとはいかないまでも、野菜中心の献立にせねばなるまい。でもベジタリアンって本当に難しい。お肉やお魚がないと献立に華がない。彼女は話題も豊富で一緒にいるのも楽しい人だけど、「外食しよう!」と言われても、「ああ二人でシェアしていろんな料理をたんまり食べることができない・・」といつも思ってしまう。朝の9時半から準備を開始して、ほぼ1日中かけてCooking。集中してあれやこれや作るのは結構楽しい。一度も作ったことのないバナナケーキなどが華麗に出来上がる様を見て、妙に自己満足に浸ったり、早めに手伝いに来てくれたMちゃんやパートナーに、あれやこれや指示をするのも楽しかったりする。盛り付けにも気を使ったので、テーブルに並んだ全品を見ると、私は栗原はるみか、と思ったりする素晴らしさ!!4時に来いといって、だいたい5時にくるのが英国流。電車の遅れや風邪などでこれなくなってしまった友人もいたけれど、皆でわいわいサングリアを飲みながら料理をつついているうちに、あっという間に夜9時に。みんな来てくれてありがとー!!<本日のレシピ>① ポテトサラダ(材料)ジャガイモ(男爵)…2~3個 ニンジン…1/4本 キュウリ…1/2本卵…1個 玉ネギ…1/4個<下味調味料>塩コショウ…少々 レモン汁…小1 マヨネーズ…大3 マスタード…小1/2レモン汁又は酢…小1 砂糖…小2 コショウ…少々② バナナケーキ材料薄力粉170g ベーキングパウダー小さじ2 塩、シナモン各小さじ1/2 ブラウンシュガー80g バナナ300g レモン汁少々 無塩バター45g(溶かす) 卵1個 くるみ50g(粗く刻む) 牛乳大さじ2 作り方1. バナナは、皮をむいてフォークの背でつぶし、レモン汁をふりかける。 2. ボウルに粉類をふるい入れ、ブラウンシュガーを加え、ゴムべらで混ぜる。むらなく混ざったら、くるみを混ぜ合わぜる。 3. つぶしたバナナを2に加え、ゴムべらでさくりと混ぜる。次に割りほぐした卵を加えて混ぜ、溶かしたバターを少しずつ加えて混ぜ合わせる。最後に牛乳を混ぜてやや柔らかめの生地に仕上げる。 4. パウンド型にクッキングペーパーをしき、生地を流し入れ、170℃のオーブンで55分灼く。③ かりかり豚肉(材料)・豚ロース薄切り肉 12枚くらい◆たれ ・にんにく 2片 ・しょうが 1かけ ・赤味噌 大1~2 ・しょうゆ 大1 ・酒 大1 ・トウバンジャン 小1・水 1/3カップ・④ ファラフェル(材料) 乾燥ひよこ豆200g · エシャロット又は玉ねぎ50g ニンニク1片 · クミン小さじ半 ·ターメリック(無くても良い)小さじ1/4 塩小さじ1/3 · 刻みパセリ大さじ1⑤ ツナ&オリーブペースト Pate de Atun ツナ1缶・アンチョビ2枚・にんにく1かけ・ブラックオリーブ12個(種な し)をミキサーで攪拌し、塩少々で調味する。これをパンにのせ、ブラッ クオリーブを飾る。
2004/01/25
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土曜日は朝起きると珍しく青空。ここのところ週末の朝は必ず青空で、「さあ、マラソンの練習をしろ~!」とけしかけられているよう。そんな青空に追い立てられRegent Parkを30分くらいランニング。先日東京に帰国したときに購入したIpodで音楽を聴きながらジョギングというのを始めて試みた。いつもほど「もう2KMくらい走ったか」「ああ呼吸が少し乱れてる」と、「走る」ことに気を取られすぎずに走ることができ、時間も短く感じる。今週は5KM。来週は6KMと、少しづつ走る距離を伸ばし、10KMをコンスタントに楽に走れるようにしたい(来月末~3月中旬くらいまでには)。そしてもう少し距離を伸ばして本番を迎えるんだ!!!と壮大な計画。ランニングの終わった足で近くの市場に行き、明日開くホームパーティーのための野菜などをどっさり買い込む。帰ってきたその足で家中大掃除。一度ソファーに横たわると次に動きたくなるのは、3時間後になりそうで、こうした仕事は立て続けにやらないとだめ。ここまで終了した時点で、まだ1時半。初めて自宅近くBaker Streetのこじんまりとした映画館に出向いて「Lost In Translation」を見る。不思議なCoincidenceだがここのところ、日本関連の映画の上映が立て続いている。Last Samurai、小津安二郎の東京物語それにこのLIT。ソフィアコッポラが脚本監督のこの映画。二人の外国人がそれぞれの理由(一人はハリウッド俳優としてCM撮影のため、もう一人はカメラマンの夫に同行)で東京を訪ね、数日間同じホテルに滞在し、バーで顔を合わせるうちに、お互いある種の感情(日本に対する違和感転じて、今の自分自身の所在の無さ)を共有していることに気づくというストーリー。印象的なラブシーンがあるでもないし(Lastの雑踏シーンは心に残るが)、大喧嘩や大泣きなどの感情の大露出があるわけでもない。テンションの低い、それでいておかしみのあるBillマーレイと普通の外人娘スカーレット・ヨハンソンが紡ぎだすストーリーはとてもナチュラルでどこにでもあるストーリー。ソフィアコッポラのカメラワークも外国人が見た、「普段着の日本」が見たままに表現されていて、露悪的だとか、誤解だとか、作為的な意地悪さだとかそうしたものは殆ど感じられなかった。毒々しいネオンやゲームセンターでゲームに我を没頭する高校生、丁寧だけど均一的なサービス過剰などは、ロンドンから日本に帰国してすぐに出会うと、私ですら「ロンドンとは違うもの」として認識するものなので、とても素直につくった映画なのだな、と思う。一つだけ心情的に寄り添えなかったのは、「異国への違和感が高じて自己不安や孤独感につながってしまう」箇所。おそらく彼らの日本滞在は、仕事や付き添いといったある種不本意なもので、「居たくて居るわけではない場所」に居なきゃならないゆえ、一度その国との関係の歯車が逆に回ってしまうと、どんどん逆回転してしまうようになってしまったのだろう。私自身は幸運なことに、イギリス滞在にして今までの旅行にしても望んで自らしていることなので、そうした迷いは持たないし、持ってはバチが当たってしまう。
2004/01/24
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巷で話題の「Last Samurai」を見に行った。古くは「Breakfast At Tiffany」のなぞのユニオシ氏から「Die Hard」で狙われる日系企業、オースティンパワーズの描く日本までハリウッドが誤解している「日本像」はいろいろ。今回も最初の日本上陸のときの富士山の大きさに「もしかしたらそれか」、と思っていたものの、意外や意外しっくりときた。何よりも渡辺謙と真田広之という時代劇の達人の二人が脇を固めたことで(脇というよりも主役を凌ぐ存在感だった)、映画全体のリアリティーが高まった。墨絵風の田舎の山の風景や静かに頭を下げる村人の姿に「そうそうこれが日本なのだよ」と今はほとんど見られない「理想のふるさと、にっぽん」を想い、やや胸があつくなってしまったくらいだ。最後に政府軍に少数で戦いを挑む勝元の戦術には古代カルタゴから綿綿と在る戦術の妙が仄見え、わくわくしてしまったりもした。どことなく薄幸そうな表情乏しい小雪もはまっていた(でもトムとのKiss シーンは余計なような。。)。トムが少しづつ武士道たるものに魅せられていく過程も自然に見えたし。でも唯一気がかりだったのは、明治天皇。まだ年端もいかぬ天皇というのはあんなものか。ただ「天上人」とあがめられ、この人のために命も厭わないと思われるような人としては、いかがなものか。最初に謁見するTomたちに向かって「Thank You」の棒読みをしたときには、あまりにも普通すぎて「現人」すぎてしまった気がする。と、面白く見た後の夜は、「Dream Theater」のコンサート(HammersmithのApoloシアターにて)。昨年のBon Joviに続いて「ロックコンサート」といわれるもの行くのはこれが2度目だが、何も自分の好みでいった訳ではない。パートナーがこのマイナーグループの大ファンで、彼がこの人たち以外のCDをすすんで聞いているのを見たことがないくらい。それはそれはシツコク聞かされているので、いいかげん飽き飽きはしているのだが、パリマラソンすらも引きずり込むなど、いつも私の趣味に付き合ってもらってばかりいる故、たまにはお返しを。でもやはり、マイナーにはマイナーの理由がある。曲が長くって複雑すぎるのだ。気軽に口ずさめるフレーズというのがほとんどない。ロックコンサートというのはファンがずっと立ち上がって、曲をShoutしながら、手を振り上げるというのが公式かと思っていたけれど、生粋のファンですらももてあましてしまう長さ。わかりやすさ、というのはメジャーになるひとつの要件なんだろうなあ。でも、長髪の麻原系ボーカルはそれほどでもないが、ギターもベースもドラムも彼らの技術は並大抵ではない。ロックの合間にジャズのセッションのようにInstrumentの掛合いが入るなんて。楽器で魅せられるロックなんて。自己満足的グループ内対話ロックという感もするが、こういう実力派ロックが末永く残っていてもいいのではないかとは思う。(かといって私はCDかったりしないけどね)
2004/01/17
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小さい頃から運動は苦手。特に技が必要な球技やら柔軟性が求められる体操系はクラスでもビリ中のビリ。「今度のフットベン(フットベースボールのこと)のチームメンバーをリーダーがとりとりで決めます!」ということになると、いつも最後まで取ってもらえず残ってしまい、幼心にかなり傷ついた覚えもある。逆上がりを練習して鉄棒から顔面落ちをし、なぜか鼻の上ではなく鼻の下を怪我したこともある。100メートル走21秒というおそるべしタイムを持つ私が生まれて初めて「人に褒められた」スポーツ。それが長距離走だった。忘れもしない小5のころ、町内の陸上大会で1000m女子5位となり、甲賀郡の大会代表選手に選ばれたときのあの気持ち。結果は転んで無残といういかにも私らしい結末となったものの、あれをきっかけに「やればできるんだ」と思い、練習を積んで100メートルだって16秒という人並みのタイムになった。長距離走は「できないこともやれば何とかなるかもしれない」と思いはじめるきっかけとなり、その後の私の無謀さに通じるものともなった・・・そんな私がマラソンに挑戦したくなるのは時間の問題。ここ4年間ほど、毎年ロンドンマラソンに申し込んではあえなく抽選もれをし、その都度「まあ、練習してないからいいか!来年で」と先延ばししてきたが、ついにそのマラソンに本格的に取り組まねばならない機会がやってきてしまった。そのナもパリマラソン。シャンゼリーゼを出発し、ブローニュの森を迂回したのち、セーヌ河畔に出てルーブルを見ながら進む。というパリの見所満載のこのコース。果たして景色を楽しむ余裕などあるのだろうか!!なんてったって、「長距離走」には熱い思いを抱いてきたものの、今まで走った長距離は15KM。季節が良い頃は毎週Regent Parkを走っていたといっても、その距離5KM。この10倍だああああ!!どう考えても無謀すぎる。でも、思った。「万全の準備を整えてから」なんて考えていたら、一生そんな準備は整わない。こういう気合と気力がモノをいうようなイベントには、見切り発車で飛び込まなくては、一生足がすくんでそのまま年老いてしまう。できるかできないかはやってみなくては分からない。やってみて駄目だったら、自身のふがいなさや浅い思考を反省したり、もっと確実なる戦略をたててから再挑戦すればいいんだ。そんなこんなもやってみなきゃ分からない!!!そして何よりまだ3ヶ月もある!!!(4月4日開催→オカマの日と誰かがいったが本当か??)このパリマラソン。私の今年の一大イベントとなりそうだ。さてさて、どうなることやら・・・
2004/01/16
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昨日水曜日は、昨年チェコのプラハの1日ツアーのときに仲良くなったウクライナ人(米国在住)のグレゴリーが仕事でロンドンに来るといったので再会。何でもいいといったので、じゃあ寒いし熱燗と日本食だ、とOxford Circus近くの「さくら」(広岡瞬がオーナー)に連れて行ってみた。米国暮らし、しかもサンフランシスコに居るから、おはしくらい使えるかと思ったら、全くの初心者。こういうとき、左利きである自分を恨む。誰もお箸使いを教えてくれなかった私は(母親は教えたと主張するが)、正式な使い方がうろ覚えで、何とか自分も右に持ち替えて教えてみたはいいけれど、これじゃあグレゴリ-と同じレベルの箸使い。お通しの蕨を食べるのに30分もかかってしまった・・・グレゴリ-はロシア経済史を生涯の研究テーマにしているので、本当は研究者生活で食べたいものの、ロシアのツアーリ時代の経済金融なんかに興味を持つ人は少ないそうで、しょうがなくシンジケートローンをサンフランシスコの銀行で扱いながら、たまにプロジェクト案件を見つけてはロシアを訪ねるといった生活をしているそう。この前のときはそんなこんなの経済がらみの話を聞いていたが、実は彼はロシアに住んでいたときは音楽学校出身だったことを聞いて本日はその話題を。ロシアでは「音楽」か「それ以外か」の道に進むかを4歳のときに決めるそう。グレゴリ-が音楽を習いたくなったのは8歳のときで、そのときには「Too Late」。従って余り人気のないマンダリン学科(確かに人気はなさそうだ)しか席がなく、その道に進んだのだって。アメリカに渡ってからはもちろん趣味になってしまったものの、ハイドンやモーツアルトのカルテットをマンダリンとマンダリンビオラ、マンダリンチェロなんかで弾くそうだ。普通のカルテットとどんなに違って聴こえるのだろう。「国威」をかけて芸術家やアスリートを育ててきたソ連邦時代と違い、今は「明日のパンにも乏しい地域がある中で、音楽教育を国家予算で行うのはいかがなものか」というごもっともな意見が多い中でもなお、こうした「芸術信仰」は根強いらしい。日本食のあとはパブで一杯。グレゴリ-はロンドンに4日ほど居たそうだけれど、「どこいったの?」と聞くと「大英帝国時代のウオール街 ロンバート通り」や「新聞紙博物館」など「そんなものあるんだ!」っていうところばかり。やはり何かに一家言ある人の目の付け所は違うもの。
2004/01/14
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年のせいか時差ぼけ克服に1週間もかかってしまった。毎晩ちゃんと寝ても8時過ぎになると猛烈に眠くなってしまい、朝は6時ごろに起きてしまう。おかげで帰国してから毎日の睡眠時間は10時間という、健康生活。土曜日は友人MWさんのピアノの先生Roland先生が、Royal Festival Hallでフリーコンサートをやるということで、出かけてみる。ピアノとドラム、ギターと、トロンボーン、フルートOrサックスOrオーボエ、という5人編成。ラテン系の色彩の濃いピアノで、柔らかい深みのある音色と思っていたベーゼンドルファーも彼の手にかかるとどこか金属的な華のある音色に聞こえてしまう。あんなサンバのリズムがピアノでやすやすと弾ければいいな。トラファルガーの近くのパブで昼間からワインのボトルを1本あけて、景気をつけたあとは、ボンドストリートを北上しながらバーゲン・バーゲン。日本でもいっぱいほしい洋服があったけれど、トランクの容量を考えて(というか、セーターなんかより中華三昧を一杯詰めたかったからね)買えずにいたので、買い物欲が大爆発。コートもスーツも「いいものがあれば買おう」と思っていたもの全てに手を出してしまった。まあ年に2回の散財なのだから可愛いもの。翌日日曜日はMちゃんとRoyal Chinaで飲茶を囲んだのち、映画を見に。前評判の高いMystic Riverを見に行った。ショーンペンやティムロビンスといった名優陣とイーストウッドの監督ということで期待していったのだけれど、評で読んだあらすじを越えるものでも下回るものでもなくややがっかり。童顔でおどおどしたなかに、底知れぬ理解しにくさを秘めたティムロビンスの演技が出色だったけれども、子供時代に受けた傷と現在の事件との関連づけも薄く、ミステリーとしてもハラハラ度が足りなかった。月曜夜はクリスマス時に録画しておいた「The Office」クリスマスバージョンを見た。英国ロンドン郊外の古紙回収業者の日常を描いたドキュメンタリータッチのこのコメディーは見るほどにはまる。使われている単語なんかもややわかりずらいのだけれど、たんたんとした中に見られるユーモアはどこか「外骨という人がいた」や「新解さんの謎」の頃の赤瀬川源平を彷彿とさせるもの。今回のこの特別バージョンにはクリスマスらしいロマンスなんかもあっさり織り込まれていてとても楽しかった。
2004/01/12
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<12月>映画:刑事コロンボ「忘れられたスター」「魔術師の幻想」「さらば提督」「汚れた超能力」「幻の娼婦」「恋に落ちたコロンボ」「秒読みの殺人」「Above Suspicion」「アモーレス・ペレス」「Iris」本:塩野七生 ローマ人の物語(「ローマは1日にしてならず」「ハンニバル戦記」)、さようならメリルリンチ<1月>映画:「彼女を見ればわかること」「Catch Me If You Can」「About A Boy」「The Pianist」「Mystic River」「Meet The Parents」「Last Samurai」「Simple Plan」 「Lost In Translation」「過去のない男」「Seabiscuit」「Finding Nemo」「Joney English」本:深紅(野沢尚)、コスメティック(林真理子)、薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木 (江国香織)
2004/01/10
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明けましておめでとうございます。2004年もこの日記に書くことがたくさんである毎日を過ごしていきたい。・・・10日余りの滞在なんて、あっという間だ。6日に帰ってきたロンドンは相変わらずの曇天で、日も短い。クリスマスデコレーションも消えてしまった今となっては、年末から始まったSaleの広告が街に若干の彩りを加えているくらいで、慌しくてどこも人であふれ、ギラギラした大量消費カルチャーの東京から帰ってくるととてつもなく地味な街に見えてしまう。それでもラッシュアワーでも比較的すいている電車や、街のそこかしこで見かける小さなマナーと厚意、ざっくばらんで飾らない人々に囲まれると、やっぱり今の自分にはロンドンのこの落ち着いた雰囲気の方が合っている気がする。年始からの毎日の一言メモ。1日大晦日の紅白のあとはしばらく「行く年来る年」を家族で見て、その後は弟と「惑星なんたら・・」という4チャンの番組を見る。年始早々見るのに似つかわしい番組か否かは別として、北朝鮮のTVなどを野次ったこの番組はシュールなおかしみがいっぱい。律動体操や人工呼吸の歌には笑った・・・朝10時に起きて、家族4人とおじいちゃんおばあちゃんでおせちを囲む。皆元気で、2003年と変わらず年に最初の食卓に迎えられることをとてもありがたく思う。2005年も同じような新年を過ごせますように。その後は近くの稲荷神社へ初詣にでかけ、ビデオを3本見まくった。夜は弟に頼んで、ラーメンを食べに。三軒茶屋の味噌丸(?だっけ)で。今回の帰国で食べた3回のラーメンの中では一番気に入った。そしてドンキホーテをのぞいた。2日午後から親類一同が集まり新年会。お寿司や皆がもちよったご飯がおいしいこと。夜からは高校時代の友人Aとパートナーとで新宿でご飯。バリバリのキャリアウーマンで銀行員のAとは「お互いがいつ彼を作って独身クラブから抜けるか」で長年きそってきたが、どうやら私がリードした模様。ふっふっ・・その腹いせか高校時代のドジ話をやたらと暴露される。行ったのは炭焼き屋。天然にがり豆腐を頼んだけれど、にがりと豆乳だけから作るためか、なかなか固まらなかった。そのあとはさっぱり九州ラーメン。3日朝から弟を引き連れパートナーもともに門前仲町の富岡八幡宮へ。弟と彼は初対面。今年大厄の彼に付き合いはじめて祈祷というものを申し込む(私も小厄)。神社の中で、神殿の前に白いちゃんちゃんこのようなものを着て並び、指示に従って頭を下げたり上げたり・・・お願いごとは二つまでできるということなので、無難な線で厄除けと心願成就を選んだ。ところが他の人のお願い事を聞くと、無病息災や家内安全が殆どを占めており、「必勝」や「心願成就」は殆どない。そのあとは深川不動尊まで歩き、おめあての漬物やの定食を探したが、新年で残念ながら休業。近くの定食やに入り穴子の天ぷら定食。それから甘味やに行って食べた久々の杏みつまめがおいしかった。そこで弟とは別れ、待ち合わせた彼の友人と3人でお茶。その後はちょっと緊張の川崎に住む彼のご実家訪問。近くのイタリア料理に連れて行ってくださり夕食をご一緒した。後になって振り返ると、いろいろと至らない点(靴がやぶけていたのは我ながら失策・・)があったけれど、話に聞いていたご家族と会えてうれしかった。4日昨日は彼と弟を引き合わせたが、今日は弟の彼女とのご対面。マーケティングプランナーを独立してやっているだけあって、なかなか現代的で屈託のない明るい人だった。マニアックである意味難しい弟には、ああした底抜けの明るさのある人がいいのかもしれない・・下北沢でとんかつを食べながらの1時間あまりの時間だったけれど、これはまた別の意味で緊張した。いつもやるように弟をバカにしたりからかったりしてはいけないだとか、姉らしくしっかりした育ちのよさを見せなきゃいけないとか・・そのあとは、昔習っていたピアノ教室の新年会へ。留学前にはやめてしまったので、それ以来3年にもなるが、未だに先生とはお付き合いしていただいていて、多くの友人もできた教室。7人余りが集合してときに先生のピアノを聴きながら昔話に花を咲かせた。夜は留学時代のルームメイトのKと新宿のダイニングバーへ。5日お昼は中学からの友人Kを渋谷に訪ねてカフェ飯。最後のご飯は久々に我が家で。トン汁やおばあちゃんの作ったビーフシチューと、さわらの照りやき等・・日本のご飯はおいしいなああ。6日朝5時に起き、両親に成田まで送ってもらう。年始の別れはここ数年の恒例行事となってしまったので、涙ぐむ母親の姿も見ないですむようになったけれど、飛行機に乗り込むころにいつも、なんだかぐったりしたような虚脱感というかぽっかり穴があいてしまうような気持ちを味わってしまう。また夏にでもこちらに来てくれたときには、いろいろと楽しませてあげよう。また会えるときまで、両親も弟もおばあちゃんもおじいちゃんも鳥のファイちゃんも元気でありますように。エコノミークラスが満席ということで幸運なことにビジネスクラスでの帰国。幸先よし!!
2004/01/07
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