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1
English Chamber Orchestra Mitsuko Uchida pianoJeffrey Tate conductorMozart Sinfonia Concertante in E flat K297b Mozart Piano Concerto in E flat K271 Mozart Symphony No 36 ’Linz’ ECOとTateと内田光子の取り合わせで1980年代後半にECOの全盛期を作り上げたということだが、その復活戦。Tate氏は杖を持ち椅子に座っての指揮。シンフォニエッタはホルン・オーボエ・クラリネット・ファゴットが主役。気の毒なのはクラリネット奏者が音を外したこと。あんな外し方はちょっとめずらしいくらいなので、トラウマになりそうだ。丁寧に演奏しているものの、管弦楽の力量がモーツアルトには不十分。そして内田光子のピアコン。いつもながらに完璧なモーツアルト。しゃきしゃきステージに現れ、ささっと座るやいなや聖母さながらの音を奏でる演奏家になる。非常に大げさな身振りで一節の最後のタッチを弾き、その手を下げないで今にもオーケストラパートの指揮をしてしまいそうなきびきびした身のこなし。それでいながら間合いの完璧さと、やわらかいパートに入っていく導入部分の甘さ。さすがだ。リンツは好きな曲だが、フルートが入らない交響曲とは今まで気付かなかった。これも管弦の力量が如実に出てしまうのでうっとりとは鑑賞できず。
2003/10/28
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久しぶりのWalking 新婚ほやほやのC&Jカップルとパートナーと4人で。Readingから2駅のPangbourne駅前は商店街も何も無いテムズ河ロック近くの駅。そこから今日は13KMのラウンドWalkだ。以前のイギリスは多くの道や橋で通行料を徴収していたというが(今は高速道路でも殆どが無料)、駅をでてすぐのToll Bridgeでは今でも徴収。橋を渡り、St.Mary Churchや村の中を抜け、山道に入る。この前Walkingをしたのは8月の終わりだから、それ以来すっかり風景は変わってしまっている。もみじの赤こそないが、黄葉まっさかり。すっかり刈られてしまった畑や牧場の中、うっそうと茂った森の中を、枯葉を踏みしめ歩く。チルターン丘陵のため、緩やかな登りと下りがあり、結構きついコースだが、気温が低く汗をかかないせいか、夏の間のWalkingよりも楽に感じる。このJはお父さんが植物学者、お母さんも生物の先生ということでやたらと植物に詳しい。「2時までにパブにつかなきゃ、食事が食べられない・・・」と気が急いている我々とは違い、「この葉っぱはあざみ科で、非常に起源の古い植物だ」とか「この植物は構造上虫を捕らえてしまうので、消極的なカーニバリアン植物だ(食虫植物)」とか、一つ一つに詳しいストーリーを聞かせてくれる。名前だけを教えてくれるのではなく、それにまつわるストーリーも語ってくれるのでとても興味深い(でもランチの時間は気になる私・・・)。6キロくらい歩いて2時前にランチに到着。このパブWhite Lionは人気らしく、こんな田舎なのに人でいっぱい。我々も30分くらい待ってやっと食事をオーダーできた。「イギリスはまずい」が定説であり、私もおおむねこの説には賛成だが、たまにこうした地方のパブに行くと、とてもおいしい食事に出会うことができる。エールを飲みながら、我々が頼んだ食事は、カマンベールフライと杏ジャム、ジプシーエッグ(チリソースとほうれん草といっしょのポーチドエッグ)、しゃけコロッケ、ソーセージグリル、えいのレモン焼きとローストポテト、パンプディング、レモングラスのライスプディング。4人もいるからいろいろとシェアして食べたが、どれも素朴なおいしさ。後半戦が待っているというのに4人とも既に満腹状態。さて、後半戦。あまりにもおなかがいっぱいのため、少し地図に載っていたコースをショートカット。今回のコースは山の中を通ることが多く、非常にトリッキー。English NativeのJがいなければ、非常に迷いやすいコースかも。こういう何気ない表現の読み取り方にNativeとSecondの差が歴然。日も落ちてきて、うっそうとした森の中で迷いそうになったり、突然黄金の熊とおぼしきゴールデンレトリバーが現れたり、今回のWalkingもそれなりのアドベンチャー。1時間に一本という電車をつかまえるため、最後は殆どランニングとなったりしたけれど、無事5時に電車をキャッチ。11時半から5時まで、歩いたのは正味4時間強。電車の中で爆睡すれば吹き飛ぶような、心地よい疲れだ。
2003/10/26
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座頭市。ハリウッドの娯楽モノは良く観るくせに、日本映画はあまり見ない。でもこちらでの暮らしも長くなると、くだらなくっても、やたらと日本モノが恋しくなるというもので、最近は中国語版DVDで昔懐かし「ビーチボーイズ」やら「愛の名というもとに」などの昔の月九的ドラマを毎夜観てしまっていたりする(中国語での漢字吹き替えを見るのがまた一興)。でもこの映画はベネチア映画祭受賞など国際的に評価の高い娯楽作品、ということでLondon Film Festival期間中の上映機会を捉えてゴー!一言で感想を述べると「いや~上手いわ」だ。殺陣のシーンなどは怖くってあまり目を向けられなかったけれども、ちょっとしたカメラワークやらコ気味いいストーリー展開。そして日本的ほんわかユーモアがたくさん。会場には日本人も多かったけれど、さすが世界の北野を観に外人も多いわけで、彼らもこうしたユーモラスシーンではちゃんと笑っている。というのも北野氏のユーモアは言葉が発するユーモアではなく、表情や雰囲気、その場のプロセスから生じるものなので、言葉の壁など越えられちゃうのだ。それぞれのキャラクターもよく立っていて、北野氏自身が演じる座頭市はどこかしら暖かさとそれでいて常人の想像を越えた底なしさを感じさせる。浅野忠信も評判どおりニヒルな演技。岸辺一徳のねちっこい悪役さ加減。そしてガダルカナルが演じる新吉のおかしさといったら・・・音楽とあわせた農民の動きなど、背景と音楽にも全く手を抜いておらず、最後の秋祭りのシーンにはタップダンスを持ち込んでミュージカルにも見せてしまう。時代ものなのにせりふや設定のまどろっこしさもなく、西欧の人も入りやすい映画であることは確かだが、それでいて北野氏自身の表現したい(であろう)日本的義理人情、諸行無常もいやみなく浮き彫りとなる。自分の見せたい世界が確立しているからこそ、小手先、見せ方を変えて他人に分かりやすいレベルまで降りることも(時代劇なのにミュージカル風とか)、潔しとしてるのだろう。いやあ、ほんまものの映画監督だ、と感心しきり。夜はテレビでやっていたドイツ映画「Experiment」を見た。これはアメリカの実話にやや基づいた映画なのだが、興味深く怖い映画だった。心理学者が心理状態の実験のため、12人程度の一般大衆を公募し、「刑務所看守」と「囚人」のグループに分けて2週間監視する。最初はお互いのグループがふざけあって、看守の言うことをまじめに聞かない囚人がいたり、命令することになれない看守がいたりするのだが、日が進むに従い、どんどんお互いがなりきっていく。まずはまじめに演じ始めたお互いのグループに対立感情が交える。そして、「人間を従属させるためには、Humuliation(屈辱を与えること)が一番効果的」と看守チームが気付き、それを実践に移し、囚人を裸にしたり、トイレ掃除を自分の衣服でさせたりする。そのうちに屈辱を受ける自分に絶えられず発狂するものが現れ、看守チームは実験監督の指示にも逆らい、対応をますます強化していく・・・・最終的にはそれぞれのグループの対決により殺人までも起きてしまうのだが、何よりも怖いのは、ちょっとしたきっかけで「なりきる」うちに、どんどんエスカレートしてしまうことだ。ということは、きっと人間の中にはHumiliationに弱い心や、人を屈辱したいという欲望が息を潜めているということになる・・・
2003/10/25
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DEBUSSY Prélude à l’après-midi d’un faune 牧神の午後への前奏曲MENDELSSOHN Violin ConcertoRAVEL Daphnis and ChloëSir Colin Davis conductorMaxim Vengerov violin本来ならばアンドレプレビンとアンネゾフィームッターが出演する予定だったのだが、夫婦揃ってFluに罹ったとかで、急遽代役(変更が伝えられたのはわずか2日前)。代役でColin DavisとVengerovが出てきてしまうのがすごい。ロンドンの音楽層の厚いことよ。当初プログラムはKorngoldのViolin協とRavelのダフニス&クロエだったので、牧神とメンデルは2日前に急遽決定したことになる。牧神は抑制気味のメロディーが際立つ美しい曲だが、ソロの管弦の音の不必要な揺れが少し気になってしまった。そしてVengerovのメンデルスゾーン。この演歌丸出しの曲が私はあまり好きではないが、それでも超絶技巧のVengerovが例の不敵な笑みを浮かべて曲を走らせると、変にじっとりした感が抜けて落ち着いて聴ける。3楽章では彼の技術が軽やかな音符に映えて、オケもそんな彼の気迫に押されて非常にいい演奏だった。演奏の後「Thanks for this wonderful opportunity」とコメントした彼は、完璧にピンチヒッターという以上の働きをしたよう。この代役キャストを聞いてキャンセルも殆ど出なかったと見え、客席はほぼ満員。後半はダフニスとクロエ。初めて聞いたが、バレエ音楽特有の中だるみはどうしてもあるものの、聞かせどころ満載の面白い曲だった。ラベルのワルツ・リズムの楽曲は華やかでかろやかで流麗で本当に良い。合唱をあたかも一つの楽器として使用してしまうあたり、ラベルの枠にとらわれないオーケストレーションの才能がフル回転。オケの方はフルートが非常に上手に歌えていた。管弦のソロを巧みに使ったこの曲だけに、皆よく練習していたのだろう。そんな彼らの練習が指揮者とソリストの突然キャンセルで無駄にならずに良かった。ピンチヒッターにこれだけ打たれては、プレビンとムターと言えども穏やかではないのかも。
2003/10/22
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自由時間の間は、温泉湯飲みもこりごりだったので、グレゴリ-とおしゃべりしながら散歩した。彼は現在経済戦略コンサルタントと大学での講師をしていて、米国時代は債券の神様Fabozziの教え子だとのこと(Wow!!)。現在はロシア債券市場の研究のため、サンクトペテルブルグに滞在中。債券専門家としては、ほぼゼロに近い金利なのに未だに買う人のいる日本国債が永遠の謎だとか。「ロシアは格上げもされ、プーチン以降投資家が注目、回帰しつつある市場ですね」と聞くと、「冷戦後のエリツイン時代、ロシアの政府統制が急速に外れ、大量の資産が国家の外に逃げた。さっきの金持ちもその頃資産を持ち出した輩だろう。プーチンの時代になり、政府機能は向上したが、反面以前のような政府のコントロール過多という懸念も現れつつあり、そうしたロシアに資産を回帰させるロシア人などいない。今のブームはロシアの内情に疎い一部の外国人投資家によるものだ。自国民が信じて買えないロシアの資産を買い続けたいと思うような外国人はいるだろうか」と。シンプルな真実ながら重い真実。ほぼゼロの金利で外国人からそっぽを向かれながらも、自国民の人気を集める(というより、消去法的選択肢だが)日本国債とブーム再来と他国では騒がれながら、一向に自国民は冷めているロシア国債。そんなこんなでゆっくりと散歩をしていたため、待ち合わせ場所に遅れれば、ガイドさんが超いらいら状態。「まずい」と思ったら上手がいて、あとにはスペイン人の集団が。夕暮れの迫る帰り道のドライブも秋の風景を満喫し、6時過ぎに街に到着。すっかり仲良くなったグレゴリ-は「年末までにサンクトペテルブルグに遊びにくれば、僕の授業で日本国債についての講義をしてよ。バイト代も出すよ」という魅力のオファー。それはさておき、示唆に富む彼の話をロンドンでまた聞ければいいな。今回は初日といい今日といい金融関係者の友人が二人もできてしまった。夕食取る間もなく、バスと地下鉄を乗り継ぎ空港へ。5000円分くらいコルナが余り、何かグラスを買おうかとも思ったが、これを言い分けとしてまたプラハに来ようと、使わず仕舞い。たった3日間だが充実した秋のプラハだった。
2003/10/21
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2泊3日の短い旅も本日が最終日。今日はカルロスヴァリという、ゲーテやモーツアルトが好んで訪れた温泉保養地へ。9時前出発の1日トリップで参加者は15人程度。英語・ロシア語・スペイン語を操るガイドさん。ロシア語から英語へとすばやく頭を切り替え解説し、参加者からのどんな質問にも流暢に答える言葉の腕前はあっぱれとしかいいようがないが、欧州にいくとこういう能力を持った人間は五万といる。英語でさえも四苦八苦する自分の情けないこと・・・ただ、こうした多言語ガイドは、説明と見ているものがマッチしなかったり(特に運転の最中でのガイドとなると「さっき通り過ぎましたのは・・・・」というガイドになってしまう場合が多し)、同じことを3回繰り返すためか、どうしても雑なガイドとなってしまうので、客の側に立つといまいち。また、英語もロシア語も話せる人にとっては、同じ説明を2度づつ聞かされるので、それにも閉口してしまうとのこと。比較的大きなプラハ郊外を抜けると、延々と平野が続く。刈り入れのすんだ麦畑、今は骨組みだけとなったホップ棚。ところどころ現れる深く黄色づいた森。煙突の村村。東欧の素朴な秋が続く。途中モーゼルというボヘミアングラスの博物館に立ち寄った。当然手の届かない品なので、お土産屋よりも博物館の方を集中的に見ていた。ガイドさんに聞いたところ、ボヘミアンとべネチアンのグラスは製法など殆ど大差ないが、べネチアンの方が多くの色合いを使うことが多いとのこと。あでやかなカットのカットグラスも好きだけれど、繊細な彫りが入ったグラスが一番好き。カルロスヴァリに近づくとモヤモヤと湯煙が見え始め、なんだか秋深いイロハ坂にトリップしてしまった気がする。匂いのせいもあろうが、温泉街のもたらす雰囲気は日本でも欧州でも共通しているようだ。山のせいか気温は4度と寒いが、ほのかな湯気でそれほど寒さを感じない。早速ガイドさんに連れられ、温泉見物。日本との違いの一つは「飲む温泉」であるという点。そこかしこに小さな特製カップを持ち、薬のようにお湯を飲んであるく人がいっぱい。そして私も飲んでみた。温泉水を。詳細に述べると、古い家屋の水道管にこびりついた石灰と鉄分をこそげ落として、漬け込んだ上水を飲んでいるかんじ。いかにも不味そうに聞こえるが、そのとおり強烈に不味い。それでも「モールアルト」の時代からの療法だと思えば、無理して飲まねば、とあちらの蛇口、こちらの蛇口、をひねるがどこもそのまずさは同じ。一番の目玉は20Mも時には噴出すという温泉噴出し口。この街には河が中心にながれ、そのまわりではワッフルなどのお土産やさんが軒をなす。非常に親しみ深い光景だ。そして皆で揃ってランチ。ガイドさんが、言葉別に分けようと必死に采配したのだけれどままならず、我々のテーブルはInternationalテーブルとなってしまった。スペインから来たお医者さん夫妻と大学生のお嬢さんの家族、医療器具を扱う少し成金ぽいロシア人とおそらくその愛人。ガラス博物館で話はじめてすっかり仲良くなったウクライナ出身、アメリカ育ち、今はぺテルブルグ勤務のグレゴリ-。そして私の7人。スペイン人とロシア人の英語は片言。グレゴリ-は英語とロシア語がぺらぺらという言語構成。欧州人の社交姿勢は私が欧州でいつも感心するものの一つ。お互い片言の英語ながら出会ったその場をより快適なものにしようと、たいていの参加者は積極的に関与しようとすることに感心する。普段パーティーの機会が多いからか、それとも歴史上の教訓か。今回の我々のグループも最初はこちらではスペイン語、あちらではロシア語でグループが別れていたものの、お酒が到着し、乾杯するに従って次第に打ち解けはじめ、中でも比較的英語のできるグレゴリ-と私が仲介役(連想ゲームの中田・加藤リーダーみたいなものだな)となり、盛り上がった。「スペインは保養地とするに限る。おれも何箇所かスペインに別荘がある」と金持ちロシア人がのたまえば、「オレは医療器具の会社は賄賂があからさまだから嫌いだ」とスペインの医者がつぶやく。「君達はMarriedカップルか?ファミリーは最高だ」とスペイン人が言えば、典型的なロシア人の氷の美を宿した愛人(とおぼしき人)が、挑戦的ににらむ。など、けっこうスリリングな会話だったが、ごさい無いグレゴリ-が大学生の娘さんを話題の中心にもってくるなどして調整。他のテーブルは皆とうの昔に食事を終えていたのに、うちのグループだけが盛り上がりすっかり自由時間も短くなってしまった。
2003/10/20
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前日のビールがぶ飲みがたたったのか、朝起きると9時過ぎ。旅先の朝にしてはおねぼうだ。翌日の遠出をブックすべく、中心街のインフォメーションセンターに行き、その後はNational Museumへ。これが結構おもしろいMuseumで、土器やら柱の欠片やらのかわりにそこにあったのは、「鉱物」と「剥製」。まず2階の鉱物フロア-には、まあ様々な鉱物がぎっしりいくつもの部屋に渡って展示されており、その数おそらく1万くらいはいくのではないだろうか。水晶や大理石、黒曜石に様々な貴石。ぺリドットやダイヤ、オパールに琥珀、サファイヤにルビーなどの原石とその加工した姿の箱は食い入るように熟視。美しい・・・・エンゲージリングを選ぶため、まだ婚約時のうちの母親を宝石店に連れたところ、普段は上品ぶった母が食い入るように箱に噛り付く様子を見て、父は少し自分の選択を後悔したらしい。血は争えない。普段は懐具合を熟知して欲望を抑えているものの、こうして目の前に並ぶのを見てしまうと本当に吸い込まれたくなる。と、そういう宝石は別としても、石は自然の芸術作品。様々な石の模様やカットを見ていると、人間の手による芸術なんて、こうした自然の力を前にしては小さく見えてしまう。そして3階はZoologyのフロア。ありとあらゆる動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類、昆虫類が剥製や標本となって所狭しと並ぶ。特に鳥の展示はすばらしく、南アフリカの群青色の鳥から大小さまざまのミミズクまで3部屋以上に渡り展示。でも人が多いからいいものの、ここには独りでしかも夜に来たくない。おもしろかったのは化石コーナー。化石といえば、植物かせいぜい昆虫と思っていたが、動物の骨の一部やら、おしつぶされた蛙(蛙せんべいみたい)、魚拓のようなものまでいろんなものが石に封じ込められている。化石になるのと剥製になるのとではどちらがいいだろう。いずれにせよ、ハノイでうやうやしく保存されているホーチミン氏のようなホルマリン漬だけはいやだ。さて、ひとしきり博物館を堪能したあとは、Walkingツアーに参加。ガイドさんは大学院生のような典型的なチェコ美人。ツアーメンバーはアメリカ人とカナダ人、たばこをひっきりなしに吸うグラスゴーの人など、20人弱。博物館近辺の新市街では、プラハの春でソ連軍への反抗として学生が焼身自殺を図った場所やトムクルーズがミッションインポシブル撮影時に愛用したホテル、共産時代マクドナルドもなかった時期の唯一のドーナッツファーストフード屋(今は単なるカフェに)などを見物しながら旧市街へ。プラハの街は戦争の被害を殆ど受けていないため、比較的昔の建物が残っており、ゴシック・ルネッサンス・バロック・モダンなどいろいろな時代の建物が点在している。プロテスタントがカトリックに反抗してカトリック国王の執事をほおリ投げた窓。そのプロテスタント27人の処刑後の首が十年間も吊るされていた場所。天文時計に名物カフェの「黄金の蛇」。1940年代の初めての映画館など、中世近世現代を織り交ぜたガイド。残念なのはどうも「ガイドせりふ」の域を越えず、歴史的事実や建造由来の裏にある「物語」があまり伝わってこなかった点かな。どこの国にもあるシナゴーグが点在するユダヤ人街。ユダヤ人街とはうまい言い方で結局は「隔離場所」だ。この地域に住むユダヤ人もある時期までは他地域への出入りの時間が厳格に規制され、抑制された生活を営んでいたとのこと。そして昨日も横切ったカレル橋を渡って、トラムに乗り、対岸のプラハ城へ。プラハ城の内部には、夏の避暑地としての宮殿や庭園、ゴシック式の重厚なヴィート教会、現在の官邸などがある。このプラハ城から見るプラハの街の全景はそれはそれは美しい。このプラハ城の内部に昔、錬金術師がまとまって研究にいそしんでいた路地(「黄金の小道」)があり、カフカの住居なんかもある。今はみやげものやが並んでいて、そこを自由行動していたときに、「チカチカ」という音に惹かれて入ると、アンティークの時計屋さんがあった。懐中時計やぼんぼん時計が時を刻んでおり、その中の大きなぼんぼん時計がとても気になってしまった。「こんな短い時間で大きな買い物をするのもなんだかな・・」と思って心を残しながらグループに戻ったが、このあとツアー自体がすぐに終了してしまったので、もう一度この黄金小道まで戻ってきてしまった。100ポンド相当のこの時計。しばらく見入っていたがやっぱりほしい。さっきからだまって本に目を落としていたとても綺麗な女の子に声をかけて見せてもらう。100年前の時計なので当然手動。一日4分くらいは遅れてしまうそう。振り子の錘はダンベル体操ができそうなくらい重い。ええい!でもやっぱりここは一期一会、買ってしまおう。「私もこの時計は一番のお気に入りなの。気に入ってくれてうれしいわ」と控え目に話す彼女(ああ美人だ・・・)に、几帳面にラッピングをしてもらい、浮かれ気分で夕暮れのプラハを中心街まで戻った。この夜はジャズクラブに行きたかったのだけれど、ジャズCD屋で聞いたオススメの場所がとても治安が悪そうな場所だったので、断念。近いうちに用心棒を連れて戻ってこよう。夜はツアーの間で目をつけておいたチェコ料理屋に。素朴なおいしさたまねぎスープと、ポークのソテー。それとアップルパイとエスプレッソにビールでしめて10ポンド程度。チェコは食事が本当に安い。さてさて、このぼんぼん時計。今の狭い家にはこんなアンティークが似合う場所はないけれど、いつかもう少し大きな家に住んだら、玄関の壁にこれをかけて、毎日錘を引っ張り時計を合わせてあげよう。
2003/10/19
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「プラハの秋」を見てみたかった。 依然元外交官が書いたと言われ話題となった小説「プラハの春」「ベルリンの秋」を読み、これらの都市の歴史なりを多少知るようになってから、訪れてみたかった(小説自体は、歴史的事実を除き、筆者の自己意識過剰が目立って好きになれなかったが)。昨年の秋はベルリンに、そして今年はプラハに。写真でみるプラハの町並みはオレンジの屋根と白い壁、青銅の教会の尖塔の街並でこれらの色合いには絶対黄葉が合うと思っていたから、この季節。朝が早かったので飛行機の中では爆睡していたのだが、ふっと目を覚まし眼下を見下ろすと、幅広い河が蛇行しながら流れる様子が見えた。時計を見ると、もうすぐチェコに到着の時間。ということはこれこそブルタバ河(モルダウはドイツ語読み)だろう。大昔、まだ1度目か2度目のヨーロッパ旅行のときにシベリア大陸を飛行機で横断していて、窓の下に広がる延々と蛇行する川に目を奪われたことがある。初めて見たチェコの印象が蛇行したブルタバ河。旅の始まりはいい感じだ。さてそしてプラハ。例によって80ポンドのEasyJetのチケットを手に入れ、朝6時半の飛行機で出発。プラハに到着したのは9時前。空港でKornaに換金し地下鉄駅終点までバスで移動。既に晩秋といった趣で思ったとおり、黄葉まっさかり。まずは地下鉄で中心街Munsikに出て、インフォメーションセンターを探し、宿の場所を確認(事前にネットで予約をしたが、行き方がいまいちわからなかったのだ)。センターから意外と離れた場所だったので、トラムに乗ってまずは宿へ。プラハは市内電車、トラム網がかなり発達していて、日本でいえば私鉄が走るような郊外までトラムが交通手段となっている。宿は町から遠いのが難点だがまあまあの居心地で、荷物を降ろしすぐに今度はバスにてブルタバ河ふもとまで行き、まずは朝昼兼用のご飯!キャベツとソーセージのスープにジャガイモのパンケーキ。そしてもちろんチェコビール。両方とも素朴なおいしさだが、やや味が濃い目。今回チェコに来る前に読んでいた本「ビールと古本の街プラハ 千野栄一著」には「黄金の虎」というビアパブが出てくる。ここのビールは文句なしにチェコ一番だ、との記述だがいまいち住所がはっきりしない。そこでこのレストランのハンサムなウエイターさんに尋ねると、「このレストランの目と鼻の先。料理は美味い。ビールも美味い。最高だ」と手放しの誉め方。これで場所は確認、夜が楽しみだ・・・さて食後の観光は、まずは名物カレル橋。聖人が橋の欄干の上に立ち並ぶ重厚な橋。川幅は広く、鳥の群が水面近くに近寄りそして再び舞い上がっている。正面にはプラハ城や黄色に染まった丘、白い壁にオレンジ屋根が伺え、まさにPicturesqueな光景だ。橋の上には絵やアクセサリーを売る露天が所狭しと店をならべ、老人ジャズバンド、ちょっと音痴なソプラノおばさんなどいろんなパフォーマンスも繰り広げられている。その中の露天で小さなグランドピアノを描いた白黒版画を買ってプラハ西側へ。城ではなく、丘にフニクラ(ケーブルカー)で登って街を一望と思ったが、このフニクラが臨時運休。しょうがないので徒歩でぶらぶらと芝生と黄葉の木立の広がる公園を登る。ここまでくると、観光客の姿はまったくなく、犬を散歩した親子や学生らしいカップルばかり。丘を登りきって正面にみるプラハは広大でまたしても美しい。ただ、「百塔の街」プラハ。なのに、そこだけ時代錯誤(新しすぎるという意味で)のテレビ塔が中央に立っていて、ものすごく浮いている。京都タワーみたい。丘から降りて、延々と歩き、アールヌーボーの旗手、ミュンシュの美術館へ。「西洋の竹久夢二」系ミュンシュの絵は特にファンではないけれど、あの「蔓を巻きつけ花を持つ神話的乙女」の彼の絵は他にどんなものがあるんだろう、と思っていってみた。でも総括すればそんな雰囲気の絵ばかり。まあでも、ミュンシュの生涯のビデオが放送されていて、それを見ながら30分ほどゆっくりとお眠り。これで「黄金の虎」へ乗り込むエナジーは復活。この伝説のビアパブ「黄金の虎」はプラハ1、つまり世界1おいしいビールを飲ませるということ。そして共産党体制下では、リベラル派の文士の集まるデカダン酒場だったらしい。リベラル派の劇作家で民主化後初めての大統領となったハヴェル大統領もここの常連。いつも込み合い、常連客しか席に着けない・・・そんな場所に独りで乗り込むのはとても気が引けたのだが、それでも世界1おいしいビールを飲んでみたい。勇気を出して、なるべく肩をそびやかし、ぐいっと重い扉を押すとタバコの匂いとアコーディオンのよろめく音色が私を取り巻いた。内部は広いとはいえないつくりで至るところおっちゃんがいっぱいで席などもちろんない。皆ギロリと一瞥した後は、じろじろ見るというよりは、その場にいてはいけないものを徹底的に無視するといった態度でやはりひるむ。入り口のすぐ左にビールをジョッキにつぐカウンターがあったので、そこで一杯だけ飲んで退散しようと、指を一本立ててジョッキつぎのおじさんやウエイターのおじさんに示すが、無視。無視されると意地になるのがいけない癖で、戦時中の兵隊服とも、郵便屋さんの服ともいえそうな服をきてアコーディオンを弾くおっさんたちを見て、勇気をつけては、また指を立て主張。しばらくすると、やっと首をうなずいて待てという仕草をしてくれるようになったが、それでもビールは来ないし、ほおっておかれる。これが「世界一チョリソーが美味い店」とかであれば、あきらめるのだが、「ビールが美味い」ときてはこっちだってそうそうあきらめられない。そうして20分以上はぼーっと入り口に立ち尽くしていただろうか。これこそまさに「所在無い」ってやつだ、と思いながら。徹底的に無視していたウエイターのおっさんではなく、別のウエイターが「ここがあいているからどうぞ」とやっと示してくれた。ところがその席にいくと「Reserve」の札を隣の客が見せ拒否。なに、本によると「Reserve」なんて概念はもともとなく、単に気に入らない客がきたときの魔よけ札のようなものらしい。がっかりしてまた立ち尽くしていると、また別の席を示してくれたので、やっとそこに落ち着くことができた。横のおっさんたちに「Thank You」と言ったがこれもまた無視で、机の下にいた犬(黒のラブラドール)を私のほうに押し付けてくる。ここまでくると、こういう敵対意識丸出しの環境にもなれてしまい、「ここまで苦労したのだ、徹底的に飲もう」と思い、早速ビールをオーダー。こうして苦労の末手に入れたジョッキビール。「こんな小娘でもいい飲みっぷりだ」と思ってもらえるよう、一気に飲み干す。これが今までの苦労を忘れてしまうほど美味い。ラガー特有の苦味があって、何よりも特別なのは甘味があること。それでいて爽快感は失われていない。次の一杯をオーダーし、調子に乗って「本日の特別豚ソテー」をオーダー。そうしてふてぶてしく居座っていると、目の前に私と同じようにウェイターから無視されつづけ、「I should not be here」とつぶやく人が座った。食べている料理を説明してあげたのがきっかけで話始めると、NY出身で今はロンドンに居住。ここ数ヶ月はプラハやブタペストなどの東欧数都市を渡り歩いて仕事をしている金融マンだった。ロンドン在住(しかもすぐ近く)かつ誕生日も1日違いということで話がすすみ、ロンドンの悪口やら今までの旅の話などに花が咲いた。今はCommercial Bankerだけれども、以前は音楽のマネジメントをしていて、本業はそちらに戻したいそう。そうして話しているうちに、ジョッキはどんどん空になるやいなや、無言で新しいものと取り替えられていく。もういいかげん酔っ払ったなあ、この一杯で終わりにしよう、と飲み干すと、またすぐ有無を言わさず満杯のビールと取り替えられてしまったので、抗議するけれどまたもや無視。横のテーブルの学生によると、コースターで蓋をしない限り、永遠に取り替えられてしまうそう。最後の一杯を無理して飲み、ロンドンでの再会を約して、解散。足取りが少しふらふらしていたのでタクシーを拾って帰宅した。本来ならば、そこまで拒否されて無理やりねじいるべきではないのかもしれない。一見さんに厳しいパブだからこそ、世紀末的退廃と、反政府的奔放さが同居する不思議な空間を維持できるのだろうから。それでもねばってよかった。あれだけ美味いビールが飲めたのだから。
2003/10/18
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London Philharmonic Kurt Masur Garrick、 OhlssonBrahmsピアコン2番、 Symphony 4番大好きなブラームスピアコン2番。このGarrick氏はショパンコンクール1位(内田光子が2位だったとき)の体の大きなピアニスト。体が大きいだけあって、この難曲をミスタッチも少なくやすやすと弾きこなしたが、「弾きこなしているな」という印象だけが残ってしまった。テンポが全般的に前のめりで、特に単音のみのフレーズのときの音は、表面的な印象を与える。オケは最初のホルンの出だしが少しこけたが、3楽章のチェロなんかは良かった。あと、バイオリンが全般的に非常にブラームスっぽい音を出していてGood。クルトマズアの指揮は本当に分かりやすく、傍で見ていても何を彼が表現したいのか明確に伝わってくる。ブラームスの4番。比較的印象に残るメロディーの多い彼の交響曲の中でも、この曲はやや頭にすんなりと入ってこない曲である気がする。3楽章が非常にわかりやすいフレーズであるが、その後の4楽章は「なぜ3楽章と4楽章を入れ替えないのだろう」と思うくらい最終楽章としては盛り上がりに欠ける気がする。でもマズア氏の分かりやすい指揮を見ていると、そうした構成にもブラームスの隠された意図が読み込まれているように思われ、もっとこの作品を読み解いてみようと思うのだ。
2003/10/08
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イギリスのインド人コミュニティーにアフリカ起源が多いということは、彼の友人TJから聞いた話。1900年代以降アフリカを統治していったイギリスは、現地の統治管理のため、多くのインド人を本国からアフリカに移住させたということ。しかしアフリカでの生活は困窮を極めウガンダ出身TJのファミリーも現地ではかなりの苦労をしたとのこと。そんなTJに誘われ、彼と3人でインド人フォークダンス大会へ。まずは最近リファブリッシュしているTJのフラットを見て、彼の車でエッジウェアーのインド料理屋へ。普段ブリックレーンなどのB級インド料理を愛好している我々に、「あれはバングラデッシュ料理であってAuthenticインド料理ではない。いつか本物のガジャラディ(地域名)料理を食べにいこう」といってくれていたので、その機会がやっと出てきた。料理は確かにおいしかったが、やはりバングラ料理との違いは私にはまだわからない。そして、フォークダンス会場へ。公民館のような場所にインド人がいっぱい。TJ自身はこのようなパーティーに参加することは不本意らしく、我々が見たいというから、いやいや連れてきたという感じ。このためTJのお母さんやお姉さんに「よくぞTJを連れてきてくれた!」と感謝されてしまった。インド人はとても家族の絆が強いようで、30歳を越えたTJは母親の近くに住み、夕食はいつも母親のところで食べているそう。お姉さんたちも既に嫁いではいるものの、やはり近くに住み、何かといえばすぐ集まるらしい。さて、そのフォークダンス。棒を2本振り回して2列になって次々にパートナーがかわって踊る。比較的簡単な所作なので、すぐに覚えられたが、皆が木の棒を結構な力で振り回すからちょっと怖い。1時間近くもくるくる踊っていたら、さすがに疲れてしまい、マサラティーを飲んで落ち着いてから帰宅。ここロンドンにはインドコミュニティーや香港コミュニティーがしっかり根付いている。「My Big Fat Wedding」で揶揄されたギリシャコミュニティーのように、時に彼らはどぎついほどに、自国伝統・カルチャーを他国でもなお維持している。仕事や学校などの公共の場では英語を難なく操り、同化しながら。。。なんともたくましい。
2003/10/04
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LSO Colin Davis , Hilary Hahn Sibelius 3rd Symphonyと Elger Violin Concerto天才女流バイオリニストの誉れ高いヒラリー・ハーン。シベリウスのこの交響曲は初めて聞くが、いつものいかにも北欧風という曲想とは若干異なる。時にリズムがおもしろかったり、旋律が美しかったりするが、全体的にはやや冗長。そしてハーンのエルガーのコンチェルト。印象としてはやや五嶋みどりに似ているようにも思うが、彼女の音の方がもう少し力強い。自分の演奏がないときには、オケをくまなく見渡しきょろきょろしている感じでやや落ち着きに欠いた印象を与える。でも、自分の演奏の始まるごく一瞬前の緊張感はびりびりと伝わってくる。エルガーのチェロコンはそれなりに好きだけれど、このバイオリンコンチェルトは少々安っぽい気がして余り好きにはなでない。
2003/10/01
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