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■2003/02/19 (水) ゲルギエフのプロコフィエフと火の鳥 RFHSergey Prokofiev Symphony No.3 in C minorSergey Prokofiev Piano Concerto No.5 Igor Stravinsky The Firebird ballet (1910)Valery Gergiev conductor Alexander Toradze piano London Philharmonic Orchestra 昨年ゲルギエフを初めて見に行って、その濃厚さに即座にノックダウンされたが、今日も一層くらくらだ・・プロコフィエフの死後50年ということで、特別プログラムが組まれているようだが、これもその一環。特にプロコは、ゲルギエフも最も気に入っている作曲家ということで、期待も高まる。交響曲3番は、親しみにくい曲だったため、もっぱらゲルギエフのタクトを使い、忙しいながらも、柔らかな指の動きに魅せられるばかり。次のピアコンは80年代からゲルギエフと5曲のプロコフィエフピアコンに取り組んできたというAlexander Toradzeの演奏。力士のような風貌で、過激な個所では、しこを踏むように全身で取り組む演奏。一方、途中の高音部での微細なソロは、鍵盤に触っているのだか触っていないのだかわからないようながらも、存在感のあるトレモロ。この好対照の2箇所を聴くと、彼のピアノの持っている2面性が存分に発揮されている気がする。交響曲よりも分かりやすい曲だったが、そう解釈して見せてくれたのも入念に弾き込まれたピアノの存在が大きかっただろう。そして、後半は火の鳥。聴き所の多いこの曲は演奏されることも多いが、本日の演奏がこれまでNo.1!1時間近くの間合間もないこの大曲を、緊張感がまったく途切れることもなく、ソロの個性を活かして演奏したロンドンフィルも偉大だ。それにも増して、バレエの曲であることを改めて思わせる、それこそ全身で演技するゲルギエフの指揮が素晴らしかった。この曲ではタクトを持たずに一層なだらかな動きで手を運ぶゲルギエフ。魔術師の棒の先から素晴らしい音楽を引き出すラトルと違って、オケの中に入り、身体を使って音楽を奏でることで、オケを一緒に歌うゲルギエフ。まさに今の2大マエストロ!終盤の盛り上がりの手前のピアニッシモには鳥肌が立った。今年のこれまでの一番の演奏会だ!■2003/02/24 (月) 週末のピアノ屋めぐり楽しみにしていたアルゲリッチのコンサートが代役になってしまい、すっかり気が抜けてしまったイベントレスな週末。でもそれにはそれなりの良さもあって、まずは土曜日の朝、実家からヤマと本が届いたこと。年末に一杯買ってもって帰れなかった分を送ってくれたのだけれど、読みたい本が一杯あって嬉しいこと嬉しいこと・・・特に早速読み始めた水村美苗の新作「本格小説」はたった10ページで期待高まる久々のヒット作。一気に読み終えたい気持ちと、少しづつ大切に読み進めようっという気持ちが交錯してしまいそう。近くのマーケットに毎週のことながらお買い物に行き、エッジウェアー通りのピアノ屋をのぞく。最近ピアノ屋めぐりに凝っていて、この前はMayfairにあるブリュ-ナーのピアノをひやかし、今日はスタンウェイやベーゼンドルファー、あとはイタリアの小さな手作りメーカーのピアノ(低音部がとても重厚で魅力)を弾いてみた。このメーカーはファツィオーリ社といって、創業20年足らず。しかし創業者の情熱はすさまじいもので、今では知るひとぞ知るの楽器だ。以前「パリ左岸のピアノ工房」という面白いエッセイで紹介されていたメーカー。そんなメーカーにこんな近くで出会えるなんて。まずは、一杯練習して、その器に少しでも見合うようになるのが先だけれど、でも実家にある大切なYamahaに次ぐお気に入りのピアノといつか出会えればいいな。今もってる中古のKembleは嫌いじゃないけど、愛着がまだ湧いていない。日曜日も久々に以前暮らしていたHammersmithの川沿いのパブにいったりして、のんびりした1日。クロッカスが芽吹いているのを昨日見つけた。陽光にも春が含まれている気がする。日も確実に伸びている。暗く寂しいロンドンの冬が少しづつ薄れていくのを確実に感じた2日間だった。■2003/02/27 (木) RFH ショスタコに目覚めたMaurice Ravel Ma mere l’oye (Mother Goose) - suiteJohannes Brahms Violin ConcertoDmitry Shostakovich Symphony No.5 in D minorCharles Dutoit conductor Kyung Wha Chung violin 久しぶりのシャルル デュトワ。東京に住んでいた頃は、N響にたまにいったのでお目にかかる機会が多かったのだけれど。ラベルのマーメールロワは相変わらず可愛らしい曲で、フィルハ-モニアのクラリネットが珍しく上手に奏でていた。ブラームスのバイオリンコンチェルトは、ブラームスのピアコンと同じで、「ソロバイオリン付きの交響曲」といった曲。この女流バイオリニストは線が細く、パンチが欠けていたので、いまいち・・・そして、ショスタコ5番。生で聞いたのは、多分初めてかもしれない。というかこんなに印象深く聞いたのが初めてであって、昔も聞いてたのかな。こんな有名な曲だもの。1楽章の最初は映画かなんかで取り上げられていたのか、「ああこの曲か」と馴染みあるメロディー。オケ自体は力不足だった(特に3楽章のアンダンテは退屈際回りない。おそらくこの楽章をいかに奏でるかで有名な4楽章の印象は段違いとなるのだろう)。でも、初めて真剣に聞いてみるショスタコの革命(このタイトルは日本名のみ)は、非常に男性的かつ大時代的で、しばらく嵌ってしまいそうだ。■2003/02/28 (金) アフリカ四方山話本日は稲門の勉強会。今日のお題はアフリカ四方山話。現在SOASにて勉強中の二人が講師となり、国連、JICA職員として訪れたアフリカという土地について語ってくださった。山崎豊子の「沈まぬ太陽」で主人公が見たアフリカと自分たちの見方を比べるという非常に面白い切り口(勉強会メンバーにJALの重鎮が居たのが少し気まずかったが・・)だった。アフリカという土地はただそこにいるだけで、吸収するものが自然と多いのだろうが、やはり勤務でいったとしても現地と本当の意味で交われないのは仕方のないこと。あまりにもCultural Gapが大きすぎて想像力の翼が羽ばたかないのだ。彼らの話は「アフリカに駐在した日本人の話」としては面白かったけれども。「開発学」を追究している彼らにとっての悩みは「開発することが果たして彼らの定義による「幸福」につながるのだろうか」という点。先進国そして資本主義で通用する技術や能力をそのまま持ち込もうとして、果たしてそれは善行と言えるのか。例えば、タンザニアでの調査によると、「幸福を感じるために必要なもの」は「雇用」そして「ドメスティックバイオレンスがないこと」が次点に続くそうだ。この基準から行けば、日本の幸福度は我々が自負しているほど高くないかもしれない。個人によって「幸福」の定義が異なるように、国による「最大多数の幸福感」も異なる。最近の援助プロジェクトは、アイディア入札方式で決まるそうだ。各国各団体がそれぞれ、その国に必要なプロジェクトのアイディアを出し合う。そして、どのアイディアが必要かが決められる(だから、日本の団体はアイディア不足で獲得件数が減っているそうだ)。この過程に現地の人々がより多く関われるようにすれば、国による「最大多数の幸福」の反映が向上するかもしれない。
2003/02/19
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■2003/02/02 (日) 映画「戦場のピアニストThe Pianist」を見て久しぶりに見ごたえのある映画だった。自らもホロコーストの被害者であったロマンポランスキー渾身の一作。かつ実話に基づく物語。と聞くと、全編感動巨編!というものを想像してしまうのだが、これは映画というよりはドキュメンタリーといった方が正しくその本質を表しているような体の映画だった。2時間半近くもあろうか、長い映画で、かつ常に廃墟が舞台となっているため、色彩感は灰色。ユダヤ人のピアニストが運命の偶然からアウシュビッツ行きを免れ、ドイツ兵の攻撃から逃れ、昔の恋人の家族にかばわれ、ぼろぼろになってただ一つの食べ物を探すために徘徊し、生き抜くという映画。英語の題名も「The Pianist」だが、ピアニスト自体に意味があるわけではなく「あるピアニストの生涯」という感じで、たまたま生き抜いたのがピアニストでした、という感じ。ただ、数年ぶりに隠れ家となった場所でピアノがおいてあるのを見つけて「音を決してたててはいけない」と言い渡され、ピアノの蓋を開け、宙で指を躍らせるシーンや、戦争間際にナチの将校と出会い、「何者だ」「ピアニストです」「では弾いてみよ」と、ショパンのバラードを震えながらそれこそ満身創痍で弾き、ナチの気持ちを捉えるシーンは「ピアニスト」ならではの場面だったけれど。虐殺のシーンも虐待のシーンもたんたんと描かれるため、目を覆いたくなるシーンの連続ではなく、ただ目を離してはいけないと思わせるシーンが多い。あと、全般がグレーに埋まる画面の中で、戦火を逃れて、焼き尽くされた旧ゲットーに雪が降り積もっているシーンは、非常に美しかったな。。。シンドラーのリスト等のホロコースト映画よりも、淡々とした筆致である分、自分なりにその歴史を解釈できる余地を残してくれる映画だと思った。■2003/02/05 (水) Red Damon 野田秀樹演劇をまともに見るのはこれが始めて。特にイギリスに来て以来ここが演劇大国であることを知ってはいても、ついつい言語上の問題にしり込みして、なかなか機会を手にしなかった。今回のかの野田秀樹がイギリスで初めて公演するということもあり、足を運んでみた。点数としては、甘くして3点。もう40歳を過ぎるとは思えず、かつあの小さい体のどこにこんなパワーがと思わせる野田の言葉の意味が付随しない演技(この芝居は野田のみが異邦人のため英語を話せないという設定。野田のせりふは訳のわからない言葉で構成されている)には感じ入るものがある。準主役の「あの女」の姉御ぶりが悦に行った演技やシェークスピアのような風貌のお兄さんの滑稽さも楽しめた。タンス一つが小道具のシンプルな舞台にも好感が持て、照明にぶらさがった無数のビンで作ったシャンデリアも美しかった。でも何よりもやはりストーリーが消化不良だった。アウトサイダーをなかなか受け入れないばかりか、「人食い」というレッテルを張り、排除しようとするインサイダー心理。「人食い」は実はインサイダーの中にいたという結末の逆転。随所で「自由」「夢」の重要性が美辞麗句的にせりふとしてちりばめられるのはちょっと辟易だし、アウトサイダーとインサイダーが一歩一歩心を通じ合う過程も書き込みが足りない(少しへレンケラーの「Water」のシーンを思い出させるものはあったけど)。全体的にパンチが圧倒的にかけていると思ってしまった。まあ、英語の芝居もそれなりに楽しめるということを確認した芝居だったということかな。■2003/02/11 (火) RFH シューマン協奏曲12日朝から、ヒースローがテロに狙われているという情報により、1500人もの警察官や軍隊が配置されるというモノモノしいニュース。イラクの上空査察認可などちょっと空気がほぐれるニュースがあったかと思えば、またこの揺り戻し。こうした何も生み出さず何かを破壊する振り子は何時まで揺れつづけるのだろうか??さて、11日はRFHへ会社の友人と。Johannes Brahms Variations on a theme by Haydn (St. Anthony)Robert Schumann Piano Concerto in A minorFelix Mendelssohn Symphony No.4 in A Op.90 (Italian)Christoph von Dohnányi conductor Hélène Grimaud pianoロンドン1(とまでは言わないが)下手なフィルハ-モニア楽団の演奏だったので、またもや粗探しばかりしてしまう。ブラームスの変奏曲ももっと管弦それぞれの実力が高ければ素晴らしいだろうに。。。で、今回のおめあてであったシューマン協奏曲。猫系の美人ピアニストが、感情露わに、ムードたっぷりに入ったときは、「これはロマンチックなシューマンが堪能できるぞ」と期待したのだが、途中で調子がちょっと狂い始めて、先走り演奏が目に付く。そうなると彼女のオーバーリアクションが次第に目障りになり、3楽章の終わりまでその調子だった。ムードに酔うのはいいけれども、酔わせなくっちゃ。自分ばっかり酔っちゃだめよ、ってところかな。イタリア交響曲もまあ、無難といえば無難、味がないといえば味がない曲で、いまいち。。。■2003/02/12 (水) ボーリングかギャンブルか ピカデリーの夜稲門会でのボーリング大会 ピカデリーのトロカデロにて。今回は発起人でもあり「久々だけど張り切るぞ!!」と思っていたにもかかわらず、惨憺たる結果・・・・17人中ダントツビリ。チーム対抗戦でも足を引っ張ったため、ビリ。と超ブルーな結果に終わった。途中で景気付けとしてビールも一杯飲んだのに、むなしくガーターのマークが連続する。大学時代に一時期毎日のように通ったこともあるのに、両端スプリットを完璧に倒したこともあるのに、100点超えが当たり前だった時代もあるのに・・・むなしい。過ぎたことは悔やんでも仕方がない、人には得手不得手があるのさ、とクールに構えてみたいものの、昔からの気質か週末にボーリング場に行ってしまいそうな自分がいるのが怖い。でも、そのあと「ねぎらい」と称しておじ様方にワインバーに連れていっていただいたのだが、そこでお札を使っての「ライヤーポーカー」が始まってしまった・・これが、運と記憶力と度胸が程よくミックスした単純ないいギャンブルなんだ。久々のギャンブルに血湧肉踊ってしまい、閉店まで。結果は5回やったうち2回勝利! スポーツよりもギャンブルで責めたほうがよいかも・・・■2003/02/15 (土) 反戦デモとウェディングドレスの週末週末は8月に結婚する友人のウェディングドレス選びに付き合ってリバティへ。初めての経験で私の方が興奮していたみたいだった。こちらのドレスはオフホワイトばかりで、どれも肩を出したシンプルなデザインが多い。衣装棚に掛かっているのをみるとどれも同じに見えるものだが、実際に彼女が着てみると、どれも印象が変わる。イギリスでは、ドレス選びに男性は付き合うことができないらしい(縁起が悪いとかの理由)。だからその場所にいるのは皆、お母さんや女友達。様々なドレスを着て花嫁候補生達が鏡を真剣に覗き合う姿は、とても女の子らしくて、やっぱり自分も・・と夢見てしまう。その後はMayfairでランチ。今日は全世界的な反戦デモの日。ロンドンでも中心部はバスや車が通行禁止となって、朝から警官があちこちに立って準備。オーストラリアに始まって、アジア、欧州、米国まで続いたこのデモは最大規模のものとなったらしい。マスコミでは、戦争回避は殆どありえないといった「現状の事実」ばかり述べられているが、こうしたデモはそのような現状に対する「感情」の表現だ。今更ながら、「事実」は刻一刻と変わるもので、世界の大きな事柄に対して万人はなすすべを持たないというのは嘘なんだ。■2003/02/17 (月) バービカンでLSO 幻想交響曲2月17日からロンドン市内の混雑税導入開始。やっぱり市内の車の数は減っている。これでまた、地下鉄が混んでしまう~。セントラルラインの開通はいつ??BERLIOZ Harold en ItalieBERLIOZ Symphonie fantastiqueSir Colin Davis conductor LSOTabea Zimmermann viola大好きな幻想交響曲。交響曲史上最も奇天烈怪奇、深遠膨大なこの名作を私は大好きで、この曲が演奏されるとどこへでも出かけたくなってしまう。コンサートホールで過去5回ほどは聞いたけれど、未だ「これぞ!」の幻想交響曲には出会えていなくて、それがまた足を運んでしまうモチベーションにもなっているのだ。この曲を聞く醍醐味は、楽器みんなが好き勝手なテーマを奏でているため、いつもいろんな発見があることだ。「ああこのファゴットのテーマいいなあ」とか、「チェロがこんな運びになってる」とか。今日の演奏は、非常にテンポがゆったりとってあって、そうした細部がより分かりやすい演奏。ただ全体的に後ろに引きすぎた感じがして、前へ前へのめっていく情熱の渦のようなものを感じられなかったことと、管弦楽がいまいちだったため、まあ及第点というところかな。イタリアのハロルドは初めて聞いたけれど、ビオラの独奏が付いているという珍しい曲。この曲もバイロンの詩を下敷きにした物語性のある交響曲だということだけど、幻想ほどは聞かせどころも少なかった。■2003/02/19 (水) ゲルギエフのプロコフィエフと火の鳥 RFHSergey Prokofiev Symphony No.3 in C minorSergey Prokofiev Piano Concerto No.5 Igor Stravinsky The Firebird ballet (1910)Valery Gergiev conductor Alexander Toradze piano London Philharmonic Orchestra 昨年ゲルギエフを初めて見に行って、その濃厚さに即座にノックダウンされたが、今日も一層くらくらだ・・プロコフィエフの死後50年ということで、特別プログラムが組まれているようだが、これもその一環。特にプロコは、ゲルギエフも最も気に入っている作曲家ということで、期待も高まる。交響曲3番は、親しみにくい曲だったため、もっぱらゲルギエフのタクトを使い、忙しいながらも、柔らかな指の動きに魅せられるばかり。次のピアコンは80年代からゲルギエフと5曲のプロコフィエフピアコンに取り組んできたというAlexander Toradzeの演奏。力士のような風貌で、過激な個所では、しこを踏むように全身で取り組む演奏。一方、途中の高音部での微細なソロは、鍵盤に触っているのだか触っていないのだかわからないようながらも、存在感のあるトレモロ。この好対照の2箇所を聴くと、彼のピアノの持っている2面性が存分に発揮されている気がする。交響曲よりも分かりやすい曲だったが、そう解釈して見せてくれたのも入念に弾き込まれたピアノの存在が大きかっただろう。そして、後半は火の鳥。聴き所の多いこの曲は演奏されることも多いが、本日の演奏がこれまでNo.1!1時間近くの間合間もないこの大曲を、緊張感がまったく途切れることもなく、ソロの個性を活かして演奏したロンドンフ…
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