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いやはや忙しい4月。パリで走ったかと思うと、カプリで歌って、そしてその翌々日には日本へのフライトの中。今回は3週間弱のビジネス。従ってわーい!!ビジネスクラス!!ビジネスクラスになぞ慣れないものの恥ずかしさで、サービスは全て使いまくるぞ!とまずは空港でフェイシャルマッサージ(バージンアトランティック特有のサービス)。そして機内では当然シャンペンからスタート。機内でも肩もみマッサージをオーダー。ああいやだ。私がスッチーならば一番いやなタイプの客だな。でもバージンのいいところはやはり機内のプログラムの充実度。映画を60本近くの中からすきなタイミングでビデオのように見られるというのは素晴らしい!12時間の飛行時間中に3本も見てしまった。「モンスター」と「恋愛適齢期」そして「Big Fish」中でも一番よかったのはビッグフィッシュでティムバートンらしい映画。この人の映画を見るといつも、「映画は顔で作るものじゃないな」と思う(彼の姿はいつもシザ-ハンズを思わせる)。この映画は愛すべきほら吹きダディの話しなのだけれど、この法螺にはくすりと笑ったり、はらはらしたりして久々にわくわくとお話を待ち望む子供の気持ちに帰ったような気がした。快適な飛行のあとは、一路実家へ。3ヶ月振りだけどこんなにすぐにまた皆が元気なのに会えてよかった。さあ明日から久々の東京OL生活だ。
2004/04/14
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HINDEMITH Violin Sonata in E flat majorハBRAHMS Violin Sonata No 1 in G majorハBACH Sonata for Violin and Keyboard in A major, BWV 1015ハSAINT-SANS Violin Sonata No 1Midori violinRobert McDonald piano五島みどりの名声は世界中だが、ここロンドンでも御他聞にもれず年1ー2回のコンサートは常に満席。本日は長年の伴奏者を伴いソナタリサイタル。ヒンデミットのソナタは比較的分かりやすい音楽ではあるものの、彼女の持ち味がうまくでず。そしてバッハのソナタもやはりどこか暑苦しいというかやりすぎのような気がしていまいち。しかしブラームスのソナタの一楽章は素晴らしかった。この音楽自体非常に広大かつロマンチックなまさしくブラームス的音楽なのだが、彼女のアクティブな演奏はそんなブラームスの音楽に奥行きというか温度というかそんなものを与えるもので、じーんとしてしまう演奏だった。しかし彼女の浪速的というか、こぶしが利いたといおうか、懸命さが非常にひきたったのは、サンサーンス。このフランス人作曲家としては少し異色のようにも思えるサンサーンスが作る音楽は、チェロものにしろ、オルガン協奏曲にしろ、これでもかという程くどいというか演歌調。だからこそ何度も聴くと厭きるものの、意外と最初に聴くとはまってしまいがちな音楽。バイオリンの技術のことはよくわからないが、彼女の演奏の様子(幸いな事に前から4列目のかぶりつき席)を見る限りかなりの難曲でもあるよう。そんな曲を彼女は物凄いエネルギーを次から次へとからだの奥底から生み出して演奏しきってしまった。彼女の演奏を見るといつもまぶしいようなうらやましさを覚える。どこからあの情熱は湧くのかと。アンコールはSea Shellという歌付きの曲のアレンジとリストのラカンパネラのアレンジ。
2004/04/13
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水曜日から日本に帰国するので、ロンドンに帰る本日の午前中は買い物に費やそうと思っていたが、イースターでどこも閉店。従って国立博物館へ。空港に向かう前の一時間半程の見学だったが、ここがなかなか面白い。まずはモザイク画が豊富であること。殆どがポンペイから発掘されたものばかりだが、非常に細かく絵画としての完成度も高い。イタリアでは「モザイクの街」といわれるラヴエンナもいったが、ち密さと写実性からいけばここの博物館蔵のモザイクは出色。ポンペイ遺跡でも思ったが、古代ローマ人というのは非常にプラクティカルな人だったのか、こうしたモザイクまでにも魚や鳥や人々の群像などが実写的に製作されたものが多い。特に目玉となるのはアレクサンダー王の戦いの風景。一部は欠落しているものの、戦いの風景が兵隊や馬、その表情に至まで淡々と描かれている。そしてもう一つの博物館の目玉?はHな展示。これもほとんどが遺跡からの出土品なのだが、様々なポジションを示した絵画や身体の一部を誇張した食器類、その他にもかなりえぐい展示が多く、もちろん子供おことわりなのか、そこの展示室だけ入り口で監視員が立っている。私の記憶の中では公な博物館の中で、こうした展示を目にしたのは初めて。でも日常を描くのに長けたローマ人のこと、そりゃこうしたことも描くわ。午後はまたもミラノ経由でロンドンへ帰宅。
2004/04/12
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今回のナポリ旅行は比較的曇り空が多かったのだけれど、今日だけはラッキーにも晴れた。さあ、カプリ島へ。メッジェリーナ港から高速船で一時間半あまりでカプリ島へ。すぐに青の洞窟ツアーに申し込もうと長い列に並んだ。やっとチケットをゲットして20人くらいが乗る船にて青の洞窟の前に到着すると、そこには同じような船が7隻くらい浮かんで、小舟に乗り換えて洞窟に入るのを待っている。その様はいかにも九州の沖合いで蛇頭につれられた密航者が入国の機会を狙っているかのよう。洞窟に入れるのは4人がせいぜいの小舟だけで、それも中に入れるのは5隻なのでどう考えても洞窟に入るには2時間ほど待たなくてはいけなさそう。ちょうど崖の近くなので波も高く、それに絶えず揺られ、日光に照らされながらの2時間。船に弱い人には拷問だろう。私自身、中学時代の修学旅行で三陸海岸の海猫ボートに乗って記憶を失うくらい船酔いして以来、船は弱いという意識があったので、いつ気持ち悪くなるか、とびくびく。。。そんな私をすくってくれたのはたまたま持ってきたIPOD。Mちゃんと片方ずつイア-ホンを耳につけ、ゆーみんソングを熱唱しているうちに2時間なんてあっという間にたち、周囲が次々に船酔いに倒れる中、最後まで上機嫌だった。そして青の洞窟。帰れソレントを歌う船頭に導かれ洞窟の中に入り、入り口の方を振り向くと光りに照らされ水面がえも言われぬ青を映している。あの青は実際には見なくてはわからない。2年前にザンジバルの海でみたクリスタルブルーな青も美しかったが、炭素を含んで乳白色がかったこのブルーも美しい。いやいや、船酔いで霞んだ頭で見ずによかったよかった。カプリ島でイカとトマトのスパゲッティを食べて、ソレント行きの船に。海沿いを走る電車に乗ってそこからナポリに出ようという主旨だった。ところがソレント駅にいくと、「イースターだから運休」という信じられない事態。あちこち駆けずり回った結果、ナポリ空港までいくバスが出るということで、街をかけずりまわりようやくそのバスをキャッチ。一大保養地であるソレントは結局走り過ぎただけだった。空港からもう一度ナポリの中心地まで出たあとは夕食。お目当てのレストランもこれまたお休みだったので、初日と同じレストランへ。なすとトマトとパルメジャーノグラタンを食べ、またもやシーフードスパゲッティを。これで2ヶ月分くらいのシーフードスパを食べ尽くした気分だった。ああ、でも小舟に揺られ、カーブを激しくターンする暖房過剰のバスに揺られ、それでも多いにスパゲッティを楽しむことのできる健康に大感謝の一日だった。
2004/04/11
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ナポリの交通は安い。週末だとたったの3ユーロで市内の交通が乗り放題プラス30分くらい離れたポンペイまでいける。これはロンドンの地下鉄最短区間のシングル料金以下だ。中央駅から周遊鉄道に乗って30分余りでポンペイ遺跡前に到着。ものすごい数の観光客がいるのはイースターというよりは南イタリア一番の観光のメッカであるからだろう。10年以上前(とほほ)の大学卒業旅行のときこの遺跡は駆け足で通り過ぎたけれど、とても印象に残っている場所だった。2000年以上前の時代の生活風景が1600年以上もの空白の後あざやかに姿を表したというロマン。入り口でオーディオガイドを借り、いざ中へ。以前はピンポイントで3つくらいの場所を通り過ぎただけだけど、今日は一日中時間があるということで、一つ一つゆっくりと説明に耳を傾けながらていねいに見て回った。比較的入り口の近くには神殿や市場、政府機関など街の中心となる施設があり、その中に入ると民家などの生活空間が続く。エッチな天井画で有名な遊廓やパン屋の釜、公衆浴場や暖かいスープを直売りしていたような軽食屋。少し手を加えれば今もなお街として通用しそうな生々しさだ。また非常に面白くみれたのは、ローマ時代の富裕の家。門を入るとまず噴水があり、その奥には中庭を囲んでモザイクやフラスコ画で装飾された部屋が並ぶ。塩野七生の本を読むと現代にも通じるローマ人達の知識レベルの高さにびっくりするが、2000年も前の彼等の高い生活水準が浮き彫りとなって見える遺跡で、ここの町並みを歩いているのを時を忘れてしまう。朝の10時過ぎに到着して4時半近くまで、昼食も食べずに歩き回ってほぼ街の全体像を飽かずに眺めてしまった。夜はサンタルチア通りのリストランテで、シーフード前菜の盛り合わせ、海老シーフードスパゲッティ、ヒラメのグリル、ケーキとフルコースを食べた。
2004/04/10
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数少ない貴重なイギリスの国民祝日。その一つの目玉がこのイースターだ。木曜日くらいに突然同僚に「What is your favorite holiday ?」と突然聞かれ「はあっ?」と思った。NY出身のVは「ファミリーで無理矢理集合しなきゃいけないThanks Giving は嫌いだけど、友人とのパーティーもできるクリスマス」、アイルランド出身のDは「春旅行に最適な季節にあるイースター」などとそれぞれ好みがあるらしい。仕方ないので「日本にいる時はゴールデンウイークかな」と答えると「何それ」と言われた。「ん?天皇誕生日や子供の日が立て続けにあって、長い連休になるの」と答えると、「日本では今もなお国民揃って天皇の誕生日を祝うのか???」と少し誤解を招きそうになり、「いやいや単なる祝日の一種」と取り消し取り消し。そんなわけで今年は4連休となるイースター。町中卵チョコレートやひよことうさぎ人形で3月始めから大盛り上がっていたイギリスを後にしてナポリへ。旅の友はまたしてもMちゃん。本日はアリタリア空港でミラノ乗り換えだったので六時間の後ナポリに到着。空港バスで中央駅に向かうと裕福な北イタリアのミラノや首都ローマと異なりかなり荒れた模様の街。やはりイタリアの経済南北格差というのは明白だなあ。とりあえず荷物を降ろそうとホテルに向かおうとしたが、イースターの特価ツアーパッケージだったせいか、中央駅からさらに電車にのり、そこからバスで10分というやたらと不便な場所にあり、そこまで至るのに一苦労だった。やっと荷物を降ろして町中に戻ってきたのはすでに3時を回っていて、早速お腹のすいた我々は駅前でライスコロッケを購入してぱくつく。これが素朴で親しみのあるおいしさ。こうしてエネルギー補給してナポリの下町地区を歩くと、イースターの飾りやらナポリ独特のとんがらし仮面人形の飾りやマリア/キリストグッズのお店が軒を並べている。洗濯物が頭上に干され、なんと言う事ない古びた下町風景だけれど、ここが一番ナポリの中で歩いていて楽しかったところだった。お決まりのピザマルゲリータを途中でまた食べて、サンタルチア港までそぞろ歩き。ナポリの街はとても広くて、山がちな地形なので、地下鉄やバスの乗り継ぎの便がいまいち不便だし、かといって歩くと非常に時間がかかる。先程ピザを食べたばかりだが、そろそろ夕飯の時間にもなってきたので、サンタルチア港の西側にあるメッジェリーナ港に市電とバスを乗り継いで出掛けた。夕飯前に夜景を見にフ二クラフニクラとケーブルカーで丘にのぼってみたが、観光用というよりも全くの市民の生活の足的フニクラだったので、特に展望台もなかった。それでも高級住宅街<香港でもどこでも金持ちはちょっと街から離れた不便な所に住みたがるもの>の隙間から見るナポリの夜景は広大で、これを見たから死ねるというほどのものでは到底ないが、美しかった。山から降りてイタリアグルメガイドブック(イタリア語で読めないのだが雰囲気は伝わるので愛用中)で誉めてあったレストランに入り、ボンゴレとナポリ風フライの盛り合わせの夕飯。ボンゴレはビアンコにしたけれどもややトマトが入ってあるのがナポリ風。フライもモッツアレラチーズやライスやズッキーニが入っておりとても味わい深い。ナポリの料理はやや多様性には欠けるけれどとってもシンプルでイタリアらしい素材をうまく生かした料理だな。もう一つナポリで特筆すべきことは人の親切さ。皆英語の出来はあまりよくないのだが、困って地図を覗いていると、誰か近くの人が「どうした?」と親切に教えてくれる。しかも言葉が通じないのでわざわざ足で出向いて指し示したりしてくれるのだ。イタリアはたいがいどこでもとても気持ちよく旅行できる国民性の気がするけれど、そうしたイタリアの人の良さ気質を一番感じたイタリアの街ナポリだった。
2004/04/09
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5時間8分29秒‘4年4月4日に望んだ人生の初マラソンの結果。5時間切りたかったな、というのが正直ある。けれどもたった3ヶ月間の練習で、人生最も体重が多い状況にある中で(とほほ、いまだ減らず)、そして30KM地点に到達するまでは出来るか出来ないか半信半疑だった状況の中で(翌日の仕事に支障をきたさない程度にがんばろうと思っていたから)、よくやったなと、思う。「走っている間何を考えていたの?」と聞かれた。今回の挑戦の前、きっと5時間もストイックに走っていると、今までの人生、これからの人生が思いもかけずシンプルな形で胸に去来するのではないか、などと思っていた。だが、実際に走っていると、単に1KM毎の表示と5KM毎の水と果物補給所を心待ちにするだけで、たまに「この人はさっきも隣同士で走ったな」とか周りに注意を馳せるくらいで、ただただ前に向かうことだけしか考えていなかったように思う。朝は6時半に起床。窓を開けると雨で、「こんな雨の中ぐしょぬれで走るのか」といきなり意気消沈。すでに10KM近くでリタイアを決め込んでいた相棒はこの時点で棄権を決意。ところが朝食におりていくと、足が手羽先のような鍛えた人が二人ポンチョを着て出て行くのが見えた。やはりできるだけ走ってみるか・・・8時に凱旋門近くに泊まっているマラソン仲間のホテルのロビーで待ち合わせをして、めいめい会場である門に集うと、ものすごい数の人々で既にみなばらばらに。雲は灰色だけれども雨はあがったよう。なんだかとても緊張しておなかが痛くなってきたりして、不安が募る。そうこうしているうちにスタート!!しばらくは皆が脱ぎ捨てたビニールポンチョやらTシャツを踏みながら、転ばないように走りだした。道幅の広いシャンゼリーゼをすごい数の人々が一斉に駆け抜けるのは爽快だ。コンコルドを左に入って、ルーブルの横を駆け抜ける。人が多く、うまくポジションを取ろうとするうちに自然とかなり速いペースで走ってしまっていて、ポンピドーやNation広場を抜けて10KM に到達したときには、途中でトイレなどに寄った時間を除くと54分くらい。足も軽くてリズムもよくって快調快調。ヴィンセンヌの森に入る頃(12KM)から、今後の体力温存を考えて30分以上走って3分―5分歩くという計画(マラソンサイトに薦めてあった完走法)を実行し始めた。それでもこの森を抜けて住宅街にある20KM地点には2時間ほどで到着。練習で18KMくらい走ったのが人生最長距離だから、もう20KMの地点ではすでに未知の領域、それなのに快調と調子に乗っていたのもつかの間、折り返し(ハーフ)地点を過ぎると急に足が重くなり始めた。25KMの頃には止まって足を伸ばしても歩いても、ちっとも重さが取れず、「とりあえず30KMまで行ければ自分を褒めよう、それから先はそのときに考えよう」と悲観的なモードに。せっかく美しいセーヌの川沿いを走っても、いろんな人に「アレー(Go!)」と肩を叩いて激励してもらっても、1KM続けて走るのがやっとの状況になってきた。そして30KM地点。マラソンチームの応援団の人たちの姿を見つけて元気よく近寄っていい格好を見せたはいいが、そのあとさらに足が上がらなくなってしまい、筋肉痛がお尻から腰のあたりまで上ってきた感じ。それでももう4分の3まで来た思うと、ここでリタイアするのも惜しい。そしてまだ制限時間まで1時間半以上もあることを考えると、歩きとおしてもゴールに入れる。そう計算した時点で、急に前に向かって走る(歩く)気力が出てきた。とにかく腕を競歩の人みたいに激しく振って(腕も筋肉痛にならないように伸ばしたり縮めたりしながら)、前方まっしぐらに歩いた。途中で黒マントを着た紳士が静かに応援してくれるのを見たり、4KMごとくらいにいる音楽隊が洒落た音楽を奏でてくれたり、チアリーダーが踊ったりしてくれるのを見ると、意味もなく鼻がツンとしたりしながら。30KMを過ぎたあたりから入ったブローニュの森は池もある美しい公園だった。朝方の雨がうそみたいなくらいに差し込む日差しは暑いくらいで、春爛漫のピクニック日和。でもそんなことは今だから言えるのであって、歩いているときには、池一周(2KMほど)を終えて向こう側にいる人々に紛れこんじゃいたいなあ、などと不謹慎なことを考えてばかり。そして35KM。ここからはあっという間だった。500Mくらいよたよた走ってはまた歩いているうちに、40KMに、そしてゴールに到着。感涙にむせぶ、というよりは鼻や目の奥がツンとなるような感動だった。人間の体って42KM走るとこんなふうに太ももの筋肉が分解しそうに痛くなるんだとか、水を含んだスポンジで筋肉をぬぐうと冷えて一瞬楽になるんだとか、フランス語で応援はこうしてするんだとか、パリ市内にも一戸建ての住宅街ってあるんだとか、そんな風にくだらないことばかり気づきながら走った。意外と気軽に取り組める性質なのかもしれない。今年はあと一回ハーフマラソンを。これであれば、2時間程度で行く自信はついた。そして、来年はまたどこかでマラソンを。5時間を切って、もう少し歩く距離を少なくしてみよう。ゴールに到達できることはわかったのだから。
2004/04/04
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いよいよパリマラソンの本番。先週1週間は「カーボローディング」と称してチップスをランチに食べまくったりしていたので、水曜日に40分ほど仕上げの練習をしたくらい。そして前日の土曜日は、お昼にユーロスターでパリに到着。ところが着くなり予約していたホテルが手違いで予約できていなくて、そこのホテルは満室。しかも「こんな時期なのでよそに部屋が取れるか保障できない」などと言われ、愕然としたものの、運よく歩いてすぐのところのホテルに狭い部屋が空いていたのでまず安心。サン・ラザール駅の北西のあたりで、市場やパンやが並んだ庶民的な雰囲気のよい地域。まずは駅まで歩く途中でパンとカフェでお昼として、その後アンバリッドの近くにある相棒が大好きなミシェル・ショーダンというチョコレート屋へ。それからモンパルナスよりも南の方の元パリ万国博覧会会場へ、明日のマラソンの受け付けをしにいった。ものすごい人に疲れながら、無事登録を済ませ、ギャラ・ラファへお買い物。そして夜は昨年も訪れたビストロへ出かけた。ここのビストロは38ユーロで5コースというすばらしくお値打ちで、前菜・スープ・魚・肉・(チーズ)・デザートが日替わりでそれぞれ2チョイス。その日食べたものは・ アスパラガスのビシソワーズ(相棒は魚のスープ)・ フォアグラのパテ 赤キャベツのマリネ添え・ おそらく金目鯛のソテー ソラマメとアスパラ添え(相棒はヒラメソテーのグラッセ添え)・ とろけそうな牛肉の薄切り煮込み マッシュポテト添え(相棒は鳩のソテー ポテト添え)・ カマンベールチーズ・ バナナのコンフィとアーモンドアイスクリーム(相棒はチョコムース)すごい量だが、一品一品の量がかなり抑え気味なので、意外と食べられる。昨年来たときに食べた料理も全く今日とは違ったけれど、とてもおいしかったし、非常に大満足。さて、明日までに消化できるのか・・・
2004/04/03
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