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2005年12月28日
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カテゴリ: 四方山話
エイサー衣装の検証を行う為に、物のルーツを調べています。

「脚絆(きゃはん)」
仕事や遠出の旅に出掛ける時には、両脚の膝下から踝にかけて(特に向こう脛)保護を目的として巻きつける布を言います。
小袖着流しのスタイルでは、歩き易くする為に脚絆は必需品となった。
上下または一カ所に紐をつけて縛るタイプやコハゼで止めるタイプがあります。
麻・木綿・絹織物などの布を方形または扇形に縫ったものであり、特に婦人が多く用いていました。
男性は、植物性繊維を縦に編み込んだ「ハバキ」を多用していた。

上下部に結び紐を付けた脚絆は大津型脚絆
上部にのみ紐を付け背部にコハゼをつけたものを江戸型脚絆


室町時代より広く使われており、脚巾・脚絆・脚半の字で表し、キャハンと読まれていました。
それ以前は、「脛巾(ハバキ)」だけを使っていた。

江戸時代では、キャハンとハバキを同じ様に扱った地域もあり、現在でも布の脚絆をハバキと呼ぶ地域もあります。

着物着用の時代、裾から下を保護する役割を担っていた脚絆。
農家では水田の作業中、ヒルにふくらはぎを吸われない為に着用した。
畑仕事や山仕事では、害虫除けと毒蛇対策
シバ刈りでは、切り枝の先で脚を痛めない為に用いられた。
京の都へ行商に出る大原女や白川女は、脚のホコリ除けに巻いたと言う。
これらは地木綿製が主でしたが、農耕作業では黒や紺色の木綿製のものが多かったようです。

「早口言葉」
お前の脚絆(きゃはん)は小紋皮脚絆

ござれ川向いで小紋皮脚絆比べを致しましょう

お前の脚絆は河獺(かわうそ)の皮の革脚絆
私の脚絆も河獺の皮の革脚絆
川向うで河獺の皮くらべしょう

その脚絆(きゃはん)は親の脚絆か子脚絆か

親の脚絆子の子脚絆


江戸期の脚絆の製法にも、大別して二種類の製品があった。
関西モノの「京坂物」と関東モノの「江戸物」に分けられます。

「京坂物」は、滋賀県の大津近隣で多く生産されたので「大津脚絆」と呼ばれた。
使用地域では、主に京阪神地区。
木綿の紺色又は浅黄色の一幅布を、下の方にヒダを一つとって下方を細くした、長さ鯨尺七寸余(三十センチ)のもので、紐は木綿を五分幅くらいに織って両端を組紐にしたものを上下につけ、これで脚にはいた。
三度・飛脚などは、特注の厚手雲斎木綿の紺を使っていた。

「江戸物」は、関東一円で使用。
「江戸脚絆」と呼ばれていた。
製法は、大津脚絆と全く異なっていた。
ふくらはぎの形におさまる様に、両側に曲線が施されており、コハゼ掛け、紐は上だけの片紐をつけてあります。
材料は、表地に紺やめくら縞、裏は浅黄木綿。
前に当たる部分の上が山状(三角)をなし、「山付き」といわれる。
武士は、鼠地藍小紋のものを使い、身分の高いものは裏に絹や羽二重などを施す。
又、女性の脚絆スタイルは、八瀬や大原の女たちが古くから見せていたようです。



【アルフレックス】木枯らし紋次郎(モデル:中村 敦夫) 【アルフレックス】木枯らし紋次郎(モデル:中村 敦夫)
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最終更新日  2005年12月28日 09時46分13秒
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