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【2021年10月31日(日)】 昨日は土曜日ですが、事務所出頭。 今日、日曜日は在宅ですが、衆議院選挙に行った後、今年も我が町の自慢の紅葉の写真を撮りにいきました。今年はバスを風景の中に入れてみました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/31
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【2021年10月29日(金)】 27日は、午前中、臨時で事務所出頭し、午後は、月イチの最も大切な集まりでした。残念ながら、事務所に戻る必要があったので、会後の一献はお断りせざるを得ませんでした。そして、28日と今日は、在宅で27日の集まりの後日諸事でした。 「若冲と応挙」第56回。付録4 若冲と同時代の文化人たち その1です。伊藤若冲と同時代の文化人たち●影響を受けた画家大岡春卜(おおおか しゅんぼく)1680~1763 大坂の町狩野の絵師。絵手本を多く出版。大岡春朴の書物から着想を得たと思われる絵が 散見される。「増補近世逸人画史」が「扶桑名画伝」の「若冲」の項を引いて、 「(若冲の)初めの名は春教」しており、「春教」は「春朴」由来とする説がある。 また、天保3年(1832)刊の「続諸家人物誌」の「若冲」の項に、「初名春教、幼ヨリ画ヲ好 ミ、大岡春牧ニ学ブ。」とある。鶴亭(かくてい)1722~85 長崎の黄槃宗の画僧。海眼浄光。沈南蘋の画風を学んで花鳥画などを描き、南蘋風を畿内に 伝えた。●同時代の京都で活躍した画家与謝蕪村(よさ ぶそん)1716~83 池大雅とともに南画を大成した。俳句と絵を組み合わせた俳画も確立。若冲、大典らとと もに、京都郊外へ観梅に出かけたことがある。池大雅(いけの たいが)1723~76 中国南宗画などを学んで独自の南画を展開。若冲、大典と交流があった。曾我蕭白(そが しょうはく)1730~81 奇矯な行動と奔放な道釈画で知られる。伊勢地方を遊歴。「奇想の画家」の一人。円山応挙(まるやま おうきょ)1733~85 わかりやすい題材と写生を重視した画風で、当代の人気絵師となる。弟子らと石峰寺を訪問 したことがある。しかし、そのとき若冲は不在だったようである。皆川淇園(みながわ きえん)1734~1807 儒学者で書画も能くした。画家との交流が広く、絵画に関する詩文が多い。若冲画に詩文や 賛を記している。●交流のあった文人平賀蕉斎(ひらが しょうさい)1745~1805 広島の浅野家の陪臣。号は白山。著書『蕉斎筆記』に若冲の逸話を記した。石峰寺に晩年の 若冲を訪ねている。木村蒹葭堂(きむら けんかどう)1736~1802 大坂の酒造業者。文人・好事家として文化人と広く交流。大岡春卜、池大雅らに絵を学 んだ。大典と親交深く、若冲とも交流。若冲もその住まいを訪問している。 (天明8:1788年、10月21日・29日来訪 蒹葭堂日記より)松本奉時(まつもと ほうじ)?~? 大坂の表具師兼蛙愛好家。若冲と交流していた。与謝蕪村(よさ-ぶそん)の画風をまなび, 蝦蟇(がま)をこのんでかいた。奉時は若冲の象図を写すなど、単に面識があっただけでは なく、画風の上でも影響関係があった。皆川淇園 木村蒹葭堂●前回はこちら ●次回はこちらよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/29
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【2021年10月26日(火)】 午前中、会の研修で、豊国神社~豊国廟を歩きました。 ルートは 豊国神社→烏寺→耳塚→方広寺大仏殿跡→新日吉神社→豊国廟 約2時間かけて、各場所場所で解説を聴きながら歩きました。 京都の寺社には「××の七不思議」というのがありますが、方広寺にも「大仏七不思議」というのがあるそうです。1.淀君の幽霊2.泣石3.唐門の三羽鶴4.耳塚・鼻塚5.石川五右衛門の隠れ家6.赤牛の影7.烏寺「大仏七不思議」というものの、大仏と関係するものは少なく、ちょっと混乱します。そして、今は目にすることができないものも含まれています。豊国神社 鳥居豊国神社 唐門(国宝)豊国神社 絵馬烏寺の瓦にカラス耳塚新日吉神宮豊国廟への階段 豊国神社、新日吉神社、豊国廟では、ご朱印をいただきました。豊国神社新日吉神社豊国廟 終わってから、事務所まで徒歩で移動。途中、新京極の「井和井」に寄って、新しい朱印帳とお香立てを買い求めました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/26
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【2021年10月25日(月)】 24日は日曜でしたが、終日事務所出頭。 今日は、終日、会の諸事を在宅でするなか、月イチの高血圧・高尿酸の診察で近所のO医院に行きました。血圧の測定結果をグラフにプロットして持っていくので、血圧を計ることもありません。尿酸値は、この前の健康診断結果が良好であり、痛風の発作が起こってないことを伝えました。いつものアムロジピンとフェブリクをもらいました。 「若冲と応挙」第55回。付録3 応挙年譜のその7(56歳から没)です。西暦(和暦)年齢 ◆:応挙の動向、☆:芸術・文化人の動向、*:政治・社会の動向1789(寛政元)57歳 ◆3月8日、僧六如と伏見へ観梅に行く。「龍門鯉魚図」を描く。1790(寛政2)58歳 ◆禁裏造営に際し、一門を率いて障壁画の制作にあたる。1791(寛政3)59歳 ◆2月、東本願寺岐阜別院の障壁画「竹雀図」、「墨梅図」を描く(のちに本山に移され る)。1793(寛政5)61歳 ◆この頃から、老病を患い、眼病も悪化し、制作に支障をきたす。 10月、大乗寺に「竹図」を描く。1794(寛政6)62歳 ◆天明の大火の影響で中断していた金刀比羅宮表書院の障壁画を、 10月に再び制作し「瀑布・山水図」を描き、完成。「竹林七賢図」、「江口君図」を描く。 ☆江戸では東洲斎写楽が江戸三座興業の役者を描き、人気を得る。"1795(寛政7)63歳 ◆天明の大火の影響で中断していた大乗寺の障壁画を再び制作し、 4月に「松に孔雀図」を描き、孔雀の間を完成させる。 5月中旬から備前瑜迦山蓮台寺の「鶏・竹図」の制作を行い完成するが、 落款を入れられず、応挙の死後、子の応瑞が父応挙の印を捺す。 6月、「保津川図屏風」(株式会社千總)を描く。 7月17日、死去。四条大宮西入悟真寺(現在、太秦に移転)に葬られる。 法名は円誉無三一妙居士。墓碑は妙法院宮真仁法親王の筆になる。香住・大乗寺「松に屈若図」 出典: 樋口一貴著「もっと知りたい円山応挙」2013年 東京美術株式会社発行 別冊太陽「円山応挙」2013年 株式会社平凡社発行 山川武著「応挙・呉春・蘆雪」2010年 東京藝術大学出版会発行 これで応挙の年譜を終わります。●前回はこちら ●次回はこちらよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/25
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【2021年10月23日(土)】 今日は、在宅でPCに向かって会の諸事でした。 「若冲と応挙」第54回。付録3 応挙年譜のその6(51歳から55歳)です。西暦(和暦)年齢 ◆:応挙の動向、☆:芸術・文化人の動向、*:政治・社会の動向1783(天明3)51歳 ◆「浄土宗門人別帳」に「立売中之町浪人円山主水」と記載。四条高倉東入立売中之町に 住む。11月、三井高美の一周忌に「水仙図」を手向ける。 ☆「しら梅に明く夜ばかりとなりけり」の一句を残し、与謝蕪村没(68歳)。 *天明の大飢饉かはじまる。浅間山が噴火する。1784(天明4)52歳 ◆祇園会月鉾「花卉折枝図」に「源」姓を記す。 愛知明眼院(現東京国立博物館蔵)に「朝顔狗子図」、「老松図」、「老梅図」、 「芦帳図」などを描く。明眼院は眼科治療院として有名だったことから、これ以前に眼を 患ったと考えられている。1785(天明5)53歳 ◆5月、紀州草堂寺に「雪梅図」「松月図」などを描く。天明年間中頃、しばしば妙法院 から制作依頼を受けた。1786(天明6)54歳 ◆紀州無量寺に「波上群仙図」「山水図」を描く。弟子の長沢蘆雪は、多忙の応挙に代わり、 これを携えて現地へ赴き、無量寺の「虎図襖」「龍図襖」ほか南紀の数ヵ寺で障壁画を描 く。この頃、「雪松図屏風」(三井記念美術館)を描く。 ☆石田幽汀没(66歳)。 沈南蘋の写実画で江戸画壇に大きな影響を与えた宋紫石が歿す(72歳)。 *田沼意次、老中解任。"1787(天明7)55歳 ◆3月、南禅寺帰雲院に「海辺老松図」、「雪景山水図」などの障壁画を描く。 夏、讃岐の金刀比羅宮表書院に「遊鶴図」、「遊虎図」を描く。 12月、但馬の大乗寺に障壁画「山水図」を描く。 この頃妙法院宮真仁法親王との交流が盛ん。 ☆長沢芦雪(34歳)、南紀旅行の際に「龍虎図」を描く。 *米価高騰で大坂、江戸で打毀しが起こる。雪松図屏風(国宝)●前回はこちら ●次回はこちらよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/23
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【2021年10月22日(金)】 17日は日曜日でしたが事務所に出頭。18日~昨日22日も連日事務所出頭でした。うち19日(火)は事務所出頭の足で、月イチの津軽三味線レッスン、昨日は月イチの事務所集まり。連日事務所詣でです。 「若冲と応挙」第53回。付録3 応挙年譜のその5(41歳から50歳)です。西暦(和暦)年齢 ◆:応挙の動向、☆:芸術・文化人の動向、*:政治・社会の動向1773(安永2)41歳 ◆12月2日、円満院門主祐常死去(51歳)。「雲龍図屏風」(個人)、 「芙蓉飛雁・寒菊水禽図」、「山水図屏風」、「群仙図下絵屏風」を描く。1774(安永3)42歳 ◆人江玄圃「梅花楼友詩」初編に応挙作「楊貴妃」を読んだ 七言絶句が載る。玄圃著・応挙図「学翼」(上下)刊行。「孔雀図」を描く。 *前野良沢、杉田玄白ら「解体新新書」を刊行。1775(安永4)43歳 ◆『平安人物志』の画家部筆頭に掲載される。二番目以下は、伊藤若冲、池大雅、与謝蕪村。 京都・四条麩屋町西入町に住む。「郭子儀祝賀図」、「鯉魚水禽図」を描く。1776(安永5)44歳 ◆「雨竹風竹図屏風」(圓光寺)、「藤花図屏風」(根津美術館)、 「江州日野村落図屏風」、「蟹図」、「双鶏図衝立」を描く。 ☆池大雅没(54歳)。"1777(安永6)45歳 ◆仙果亭嘉栗(三井高業)撰、「狂歌奈羅飛乃岡」に挿図を描く。三男応受誕生。 9月27日妻の里也が没する。 ☆将軍のお膝元の江戸では文化の高まりとともに[江戸じまん評判記」などか出版された。1779(安永8)47歳 ◆「琴高仙人図」を描く。 ☆平賀源内獄死(52歳)1780(安永9)48歳 ◆本願寺山科別院(西本願寺)に「春景海浜図壁貼付・袋戸」を描く。 ☆「都名所図会」が京都寺町の版元から刊行。人気で製本が問に合わなかったという。1781(天明元)49歳 ◆光格天皇の即位大礼のため「牡丹孔雀図屏風」を描く。 この頃から源姓を名乗つたと思われる。 ☆曾我蕭白没(52歳)"1782(天明2)50歳 ◆7月、『平安人物志』の画家部の筆頭に掲載される。京都四条堺町東入町に住む。 「揚貴妃図」を描く。 ☆松村月渓、画名を呉春と改める。「藤花図屏風」(根津美術館)(続きます)●前回はこちら ●次回はこちらよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/22
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【2021年10月16日(土)】 14日は臨時で事務所、15日は在宅で会の諸事。 そして今日は2年ぶりの修学旅行ガイドでした。 関東の中学校。5人の生徒さんを案内。8:30 お宿石長松菊園→(バス)→金閣寺→(バス・JR)→天龍寺・竹の小経・渡月橋→(JR)→京都駅(お土産と京都駅ビル) 13:00 金閣寺は、鏡湖池前が一方通行になって始めて行きました。これからもっと混んできても。、以前よりは観覧しやすくなるでしょう。順序を変更して、JRも利用したので、京都駅で十分な時間がとれて、お土産時間以外に、京都駅ビルの一番上までいって、空中回廊を巡ることもでました。高所恐怖症気味の生徒さんがいて、ちょっとだけ困りましたが、無事京都駅の待合わせ場所に到着。 最終日で生徒さんは疲れ気味のようでしたが、天気もよくて、楽しんでもらえたかなと思います。 2年ぶりの修学旅行ガイドを祝して、駅前で一献して帰途に着きました。金閣寺天龍寺 曹源池庭園竹の小径渡月橋よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/16
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【2021年10月13日(水)】 午前中は、事務所出頭でした。 そして午後は、半年ぶりの同行ガイドでした。前回は、4月17日の清水寺での社員旅行のご案内でした(こちら)。振り返ってみると、3月21日に緊急事態宣言が解除されたものの、感染者数が増え、4月中旬には京都符の感染者数が100人レベルまで上がっていました。ですのでガイドをしたものの、清水寺の観光駐車場に停まっている観光バスは、我々が案内したお客様のバス1台という淋しい状況でした。おまけにその日は雨でした。 今日も清水寺の案内でしたが、緊急事態宣言も解除され、感染者数も減少するなか、多くの観光バスが停まっていて、半年前とは大きく状況が異なっていました。特に、小学校の修学旅行生を乗せたバスが多かったようです。 我々の案内したのは、大阪府下の私立小学校の3年生、4年生。小学生の中学年を案内するのは初めてだと思います。天気も悪くはなかったし、校外学習という形で、皆さんメモを取りながら一生懸命話しを聞いてくれてやりがいのあるガイドでした。ちょっと残念だったは、バスが10分ほど遅れて着いたけれども、出発時間は変わらず、駐車場往復も含めて、50分で清水寺を案内しなければならず、駆け足での案内になったこと。 前なら帰りfがけに仲間と一献というところですが、さすがに自重しました。代わりに、プチ贅沢して、エビスビールとシャンパンの家呑みで、久しぶりの同行ガイドを祝いました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/13
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【2021年10月12日(火)】 10月3日以来の書き込みです。以前は1日1記事でしたが、会の役目を引き受けてから、忙しくなって、それはとても無理になり、長時間外出したときは、ブログを投稿しないことにしています。ということは4日から8日間、長時間の外出が続いたということです。 4日:◎事務所 5日:▲事務所 6日:▲事務所 7日:◎会の集まり、▲事務所 8日:◎会の集まり、▲事務所 9日:三重へお墓参り(ゴルフラウンドをキャンセル) 10日:▲事務所 11日:エネファーム稼働開始、▲事務所 ◎は計画内ですが、▲は計画外。すなわち急遽出頭が多かったということです。詳しくは書けませんが、予期せぬことが色々あった8日間ということです。ようやく、ほっと一息という感じではありますが、久々の在宅ながら、会の諸事やら、庭の剪定やらで、あまりのんびりできません。 昨日11日に、エネファームのスイッチオンをガスサービス会社の方に来てやっていただきました。9月15日にエネファームと給湯機を設置してもらい、その後、電気メータの取替がありました。売電が計測可能なものへの取替です。関西電力への申請手続きも終わって、晴れてスイッチオンとなったわけです。本当は、6日にお願いしていたのですが、上記の状況で家を空けなければならなかったので、昨日に延期してもらっていました。 設置は9月に終わっていたので、スイッチオンは短時間で済み、サービス会社の方から、機能等について教えてもらいました。0.7KWまでは、エネファームがガスで発電して給電し、余った分は売電する。同じ電気量ならガスで発電するほうが、電気を買うより安くなりので、光熱費がセーブできる。仮に常に消費電力が0.7KW以下であれば、電気代は基本料金だけで済むということです。売電は1年間でせいぜい1万円程度なので、ガス代と電気代の差が主な費用ダウン要素。あと発電のときの余剰エネルギーで25リットルの60℃のお湯を沸かしており、それと水を混ぜたものが給湯機の供給されるので、それも費用ダウン要素。それから停電のときも、ガスさえ止まらなければ、0.7kwまでは電気が使えるというのもメリットです。そんな状態になるのはごく小さなチャンスですが、何となく安心です。 イニシャルコストは給湯機含め約160万円。エネファーム部分は約120万円。寿命10年として、年に12万円の光熱費ダウンが実現できれば、ペイするということになります。果たして、どうなるでしょうか? エネファームは1ヵ月に一度、骨休めのために、自動で運転を停止するのですが、その時期が台風の襲来と重なりそうな場合は、大阪ガス側で、停止時期をずらしてくれて、停電時に発電で電気が使えるように備えてくれるそうです。それには無線LANでつないで、スマホのアプリをインストールする必要があるので、これは後でやってみます。そうすると、リモートでお風呂を入れたり、床暖房を入れたりすることもできるとのこと。リモコン画面 消費電力が1.6kwのとき。エネファームの発電0.7KWと送電線から0.9kwで賄っている。パイロットランプがオレンジ色に光る。消費電力が0.4kWのとき。余った0.3kWは送電線を通じて売電されている。パイロットランプが青色に光る。 電気代やガス代がどうなるか、ちょっとした楽しみです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/12
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【2021年10月3日(日)】 昨日はフリー日。会の諸事で一日明け暮れましたが、あれこれあって、どうしても昨日に仕上げないといけないことを仕上げられずに、今日に持ち越し。 今日は修学旅行ガイドの予定でしたが、必要ガイド人数が減ったので、外してもらっていました。正解でした。何とか今日の午前中には、それを仕上げることができて、ギリギリセーフでした。 良いお天気の一日でした。 先日、9月7日に受けた健康診断の結果が郵送されてきました。2015年に後腹膜悪性腫瘍の粒子線治療を終え、N社を退職し、M社OBの健康保険に入りました。以降、2016年からは、その健康保険の近所への出張検診で毎年健康診断を受けています。 今年でこの出張健康診断を受けるのは6回目。3年前にPASが高いと言われて、診察を受けましたが、再検査でのPSAは低く異常なし。以降も問題ありません。1年前に便潜血が陽性になって、検査してもらったところ、大腸に2センチ程度のポリープがあり、入院して切除しました。悪性に近い良性でした。よくぞ便潜血で陽性反応が出てくれたものだと思いました。ラッキーでした。 さて今年はどうか。幸い何か特別に引っ掛かったところはありませんでした。1個しかない腎臓が粒子線治療でダメージを受け、腎機能が低下してクレアチニンが高いですが、今回も高止まりのままでした。 高尿酸はフェブリクの投薬を受けてから、上限値以下をキープしています。ただここ2年は、上限ギリギリが続いています。 あれこれ、悪いところはありますが、身体を酷使しているにしては良好な結果で、ほっと一息というところです。クレアチニン、尿素窒素、尿酸値よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2021/10/03
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【2021年10月1日(金)】 緊急事態宣言が解除されなければ中止になっていたのですが、幸い予定通り解除になり、会の研修がありました。 「新町通と寺之内通の門跡寺院を巡る」というテーマで、午前中に、烏丸今出川北の「大聖寺」から歩き始め、「三時智恩寺」「光照院」「宝鏡寺」「百々橋跡」と歩いて、おまけで裏千家今日庵の「兜門」も見ました。「三時智恩寺」では、普段は非公開のお堂やお庭も拝見させていただき、「光照院」ではやhり普段は非公開の書院や五葉松も拝見させていただきました。すべて特別公開のときに、拝観させていただいたところだし、光照院ではガイドもさせていただいたところです。大聖寺三時智恩寺光照院 常盤会館宝鏡寺裏千家 今日庵 兜門 午後から事務所出頭で諸事行いました。 よろしかったらぽちっといお願いします。にほんブログ村
2021/10/01
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