三角猫の巣窟

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2012.12.05
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カテゴリ: 戯曲
ブルータスがシーザーを殺した後に反逆者として殺される話で、シーザーの話というよりはブルータスの話。
シーザーがローマの内戦を終えて凱旋するところから物語が始まるものの、なぜブルータスがシーザーを暴君として殺害しようと思ったのか、その具体的な動機がよくわからないので、最初の山場のシーザー殺害場面もたいして面白くない。シーザー殺害後にブルータスが民衆に対して「おれはシーザーを愛さぬのではなくローマを愛したのである。みなは、シーザー一人生きて他のことごとくが奴隷として死ぬことを望むのか、シーザーを死なせて、万人を自由人として生かすことよりも?」と演説するものの、シーザーの独裁が民衆にどう影響したのか具体的なことがよくわからない。肝心のブルータスがシーザーを殺害する動機がよくわからないので、ブルータスが言うところのシーザーへの愛や正義への共感もできない。ブルータスの演説にいったんは納得した民衆がアントニーの演説を聴いてあっさりシーザー支持に寝返えるのなら、シーザーの独裁も元々そんなにひどいものでもなかったんじゃないのかと思えてしまう。
途中でシーザーの亡霊が出てくるものの、ただ出てきただけという感じでプロット上の存在意義があまりないのも面白みに欠ける。民衆の愚かさを描いている点はそこそこ面白いものの、肝心のシーザーとブルータスの存在感があまりなく、カタルシスがない。

★★★☆☆






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最終更新日  2012.12.05 23:48:34
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