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2025.07.27
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最近は国立青少年教育振興機構の国際調査で、社会に出たら理科は必要なくなると考えている高校生の割合が日本が45.9%、韓国が33.5%、アメリカが27.6%、中国が17.6%だったそうな。まだ社会に出ていない未成年に社会に出た後のことを聞いても間違った答えになるのは仕方がないにしても、必要ないものだという意識で勉強したところで興味を持てなくてつまらないだろう。日本だけ突出しているのは日本の高校生は社会とのかかわりが乏しくて視野が狭いのかもしれない。理科は必要だと思うので、これについて考えることにした。

●理科とは何か

理科とは物理、化学、生物、地学の自然科学の教科をまとめたものである。例えば物理では力の働き、光、音、電流などを学び、化学では化学変化や質量などを学び、生物では細胞や遺伝子などを学び、地学では地層や気象や天体などについて学ぶ。

●理科を理解していないと危ない

現代社会は科学文明で、ほとんどのものが工場で化学的プロセスで製造されていて、取扱説明書に使用上の注意が書いてあって、科学的リテラシーがないと事故につながる。
アフリカだと道路が整備されていないのでタンクローリーがしばしば横転して、こぼれたガソリンを盗もうとして住民がバケツを持って集まってきて、気化したガソリンがタバコの火とかに引火して何十人も死ぬ事故が何度も起きている。教育水準が低いのでガソリンが常温で気化して引火するするという知識がなくて、タンクローリーからガソリンが漏れているのは危険だという認識がなくて逃げるどころか窃盗チャンスとばかりに集まるので死者が多くなる。
2013年福知山花火大会露店爆発事故では3名が死亡して59名が重軽傷を負った大事故が起きたけれど、これも理科の知識が乏しいことが原因である。ベビーカステラの屋台の店主が発電機にガソリンを継ぎ足そうとしたところ、カップルが座る場所を確保するためにガソリンの携行缶を発電機のそばに移動させていて、ガソリンが発電機の排熱で高温になって気化して内圧が高まっていて、店主がエア調節をせずにキャップを開けたとたんガソリンが噴出して事故につながった。ガソリン携行缶の管理責任がある店主に直接の責任があるとはいえ、ガソリン携行缶を熱いところに移動させたカップルにも間接的な原因がある。
アパマンショップでは消臭スプレーの在庫を処分するために閉め切った室内でスプレーを使い切っていたら爆発が起きた。京都の焼き肉屋ではグリルの火力を増すために消毒用のアルコールを継ぎ足して炎上して客と従業員が重いやけどを負った。これらの事故は理科のリテラシーがあれば防げたパターンで、理系の仕事でないからといって理科の知識が必要なくなるわけではない。
零細企業の工場だとコンプレッサーをふざけて同僚の尻に向けて死亡させる事故もたまに起きている。どんなに便利な工具でも目的外の用途をすると事故につながるし、理科の常識がない馬鹿が人に工具を向けると殺人兵器となる。
中国の甘粛省の幼稚園ではコスト削減のために蒸しパンの着色に食用の着色料を使わずに絵具を入れて、233人の園児から異常な量の鉛が検出されたそうな。コスト削減が目的ならそもそも何の着色料も使わなきゃいいのに、わざわざ食用でない有害なもので代用するあたりがチャイナクオリティである。
スピリチュアル系の詐欺も理科を理解していない人がターゲットになる。カウンセリングだけなら合法だけれど、レイキヒーリングや波動とかの科学的根拠がない施術で健康効果があると称して医療行為としてやるのは違法だし、病院での治療が遅れて病気を悪化させかねない。
釣りにも理科が関係していて、月の引力で満潮や干潮のサイクルがあるし、雲の流れから天候の変化を読めないと高波にさらわれたり足場が水没したりして水難事故につながる。

●理科は生活に必須である

掃除は理科の知識が役に立つ典型である。例えばシャワーヘッドについた水垢はアルカリ性の汚れで、そのままこすっても落ちにくいけれど、酸性のクエン酸を溶かした水につけておいたら軽くこすっただけで水垢がポロポロとれて、シャワーヘッドが新品みたいにピカピカになった。理科の知識がない人は力任せに汚れを削ろうとするけれど、化学反応を利用する方が簡単に掃除ができる。これは洗濯も同じで、力任せにこすって汚れを落とそうとすると生地が傷むけれど、洗剤を使って繊維に絡みついた汚れを分解すると生地を傷めずに洗濯できる。
体調管理にも化学的知識が必要で、腎臓に結石を作らないためにカルシウムを多くとるとかの分子の結合について知っておかないと特定の栄養素を多くとりすぎたり不足したりして病気になる。柿を食べすぎると柿のタンニンと胃液が化学反応を起こして柿胃石ができることがあるけれど、コーラを飲むと柿胃石を溶かせるという知識も柿が好きな人は知っておくほうがよい。
虫歯や歯石のできやすさも理科の知識が関連していて、口の中が酸性だと虫歯になりやすい一方で歯石はできにくくて、口の中がアルカリ性だと虫歯になりにくい一方で歯石ができて歯周病になりやすくて、これは歯磨きだけでなくて唾液の量とかの個人の体質にもよるそうな。私の高校の同級生は虫歯になりにくい体質で歯磨きをさぼっていたので、そういう人は歯垢が残って歯石ができやすいのだろう。

●理科を理解していないと料理がまずくなる

料理は化学と同じで、レシピと同じ工程で作れば誰でも同じ味を再現可能である。調理の工程にも化学的な理由があって、例えば調味料を使う順番の「さしすせそ」は分子の大きい砂糖から先に入れないと食材に味が染みないので順番を守る必要がある。肉を調味料に漬け込むと内部まで味がしみこんだり、魚を塩に漬けると水分が出てきて身が締まったりするのも細胞の浸透圧が作用している。液体窒素とかを使った分子ガストロノミーも変なことをしているわけではなくて化学的に合理的なことをやっている。
レシピ通りに作ればおいしい料理が作れるはずなのに、まずい料理を作る人が少なからずいる。料理が下手で、手順に戸惑ったりもたもたしたりするだけならたいした問題ではない。しかしわざわざ美味しく作れるレシピをアレンジしてまずい料理を作る人は味覚がおかしいか、頭がおかしいかのどっちかである。例えば気分次第で分量を量らずに調味料をどばどば入れたりすると、適量をどのくらい超えているのかという分析や改善もしにくくなって失敗から得られるものも少ない。それゆえにまずい料理を作る人は気分次第で失敗のパターンを無数に増やしていくだけで、いつまでも料理がうまくならない。

●理科は応用の範囲が広い

理科の知識は他の分野に応用できることが多い。スポーツだと物理との関連が強くて、例えばボールにスピンをかけるとまっすぐ飛ばずに曲がるのはボールと空気で摩擦が起きるからで、野球、サッカー、テニス、ゴルフ、卓球とかのたいていの球技だとスピンが技術として必須になっている。格闘技だと相手の攻撃をガードしてもダメージをうけるので、力のベクトルをかわしたり受け流したりする技術が重要になってくる。
音楽だと音響システムを組むときにスピーカーのインピーダンス(電流の流れにくさ)で音の大きさが変わってくるし、イコライザーで周波数を調整する必要があるし、部屋の広さによって音の反響の仕方やスピーカーのちょうどいい位置も変わってくるので波の干渉の理解が必要になる。
美術だと光と色の関連が強いので、画家やイラストレーターは自分が意図したとおりの色を出すために照明やモニタの発色に気を付ける必要がある。筆先を自由に使うには力のベクトルや摩擦を把握する必要がある。自然の造形美もデザインに活かされる。
文学だと言葉は母音と子音が組み合わさっているという点で化学式に似ていて、理科の発想も応用できる。例えばガートルード・スタインの詩にある"Rose is a rose is a rose is a rose"というフレーズはポリマー的な言葉の使い方といえる。芸術系はいろいろなアイデアを組み合わせるために引き出しが多い方が有利なので、一見無関係そうな理科も武器になりうる。
マジシャンは磁力がある指輪をはめて磁石を埋め込んだマジック用の小道具を指の裏に隠したり、磁力の反発で物を浮かせたり移動させたりして、目に見えない力を使って観客を騙している。
マーケティングにも理科が関連していて、不動産の価値を正当に評価するには地層の知識や夏や冬の日光が当たる角度の把握が必要になる。商店街はたいてい道路をはさんで両側に店があるけれど、パッと見て日当たりがよいほうが店の印象が良く見えるものの、日中に日陰になる側の店のほうが紫外線で商品が傷まなくて八百屋や服屋や本屋とかの店先に商品を並べて集客するタイプの小売りに向いているので、冬に出店する人は夏の日差しを計算に入れないと失敗する。

●まとめ

そもそも世界の仕組みの原理原則を理解するのが高等教育で、実務的な知識を得ることや直接仕事に役立てることを目的にしていない。実務的な知識は新しい技術が発明されて代替されたときに役に立たなくなるけれど、高等教養で習う物事の原理原則は不変のものである。原子と原子がくっつくと性質が変わるよ、温度でも性質が変わるよ、という理科の原理原則を知っておけば、学校で教えられなかったことも理解しやすくなる。例えばポリエチレンやポリエステルやポリプロピレンの化学式を知らなくても、レジ袋を引っ張ったら割けにくくて薄く伸びてガサガサ音がするのはポリマーの分子が絡み合っているからだと理解できるし、プラスチック製品のポリなんちゃらはポリマーのことだと理解できる。
どんな学問であれ〇〇は必要ないと言っている人は高等教育を受ける意味がないので、中卒で専門学校にでも行って仕事に必要な知識と技術だけ覚えて働けばよい。教養がなくて世界の仕組みについて知らなくても仕事さえできれば生きていくことはできる。ただし「自分にとって必要ない」というだけならまだしも、「社会にとって必要ない」と言うようになると教養がないのを通り越して馬鹿である。学校でわざわざ教科として教えるのには相応の理由があるので、よく考えずに必要ないものとみなしてはいけない。





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最終更新日  2025.07.30 19:13:47
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