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19世紀末から20世紀の初めにかけてパリやウイーンなどヨーロッパの街角は多くのポスターで彩られていたそうだ。新型の自転車、自動車、寝台特急、輸送船から演劇、ショー、レストラン、展覧会、雑誌などのポスターが豊富な色彩の絵画やイラストと文字で印刷されていた。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・今 銀座松屋で「アール・ヌーヴォーのポスター芸術展 LIFE WITH POSTERS 1890-1920」が開かれています。著名な作品もいくつか展示されていますが130点ものポスターと特別展示のドレスや化粧品ケースなどを見ていると19世紀末の産業革命で急激に進化しているヨーロッパの交通手段やファッションや食生活など日常の変化が街角の喧噪とともに感じられるよう・・・・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・お土産として買ったポストカードから左は 雑誌“ラ・ルヴェ・ブランシュ”/ロートレック1895右は 第1回ウイーン分離派展/グスタフ・クリムト1898左は VOGUE(香水)/ユップ・ヴィールツ1927右は 第49回ウイーン分離派展/エゴン・シーレ1918・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・残暑厳しいからこそ涼しい展覧会は一服の清涼剤となりました(笑い)「アール・ヌーヴォーのポスター芸術展」は銀座松屋で9月6日(月)まで開催中です。
2010年08月29日
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日本列島 猛暑熱波が停滞してここ東京下町でも 38度ほどのギュニャギュニャ状態日中外を歩くのに 危険すら感じる。そんな中 築地近辺に出かけた際ここ1年ほど登っていない高層の聖路加タワーからの眺望はきっと涼感を誘ってくれるに違いないと急に登ってしまいました。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・東側 豊洲の高層ビル街から 浦安方面を望む。南側 晴海からお台場方面をすぐ手前の橋が「かちどき橋」。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・寝苦しい夜の一服の清涼剤になれば うれしいです。 ・ ・ ・ただお断りがあります。ここにあった「展望室」は 今年7月で閉鎖されていました。残念。今回の写真は 46階の廊下に面した窓から撮影したものです。
2010年08月24日
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昭和20年の空襲で全壊した浅草寺本堂は昭和33年に再建されました。それからほぼ半世紀痛んだ屋根瓦をはじめ外装を手直しする「平成の大営繕」が1年半ほど前から行われています。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・今週の半ば 久し振りにチャリ通勤途中の朝浅草寺を訪れてみれば工事のための柵や覆いが取り払われているではありませんか!白味がかったグレーの チタン瓦にすっかり替わり柱の朱色が目にまぶしい。本堂正面と西側は ほぼ終了した模様東側と裏面も あとしばらく今年11月には すべて完成するらしい。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・嬉しくなって 勤め帰りに 浅草寺に また寄ってしまいました。真夏の夕暮れ 浅草寺の今の姿を見てやって ください。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・残照の観音横「花やしき」のそばを通るとタワー高所から落下する 若い女性たちの悲鳴が響く人通りも閑散とした通りを中国人とおぼしき団体さんが 笑顔でのんびり歩いてる小学生の姉と弟と カメラを首にしたパパ白人の親子が 軽装で歩いてるスタイル抜群の若い姉妹と 恰幅のいい夫婦おそらく中東人の親子が 地図を片手に歩いてる。さて明日は どこを歩くかな?
2010年08月13日
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このところの酷暑で 日中の自転車通勤は自粛身の危険すら 感じるものですから。そんな中 ある日の早朝 自由な時間ができましてお天道さんが牙を剥く前の 6時頃から1時間ほど自転車にまたがり 日本橋浜町から隅田川沿いを ぶらぶらと南下永代橋を深川側に渡って すぐ南にある「越中島公園」に はじめて訪れてみました。石川島佃島のマンション街に朝日が差し込む。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・永代橋の東詰めを すぐに右(南)に折れると小さな堀 横十間川にかかる「巽橋」渡って また右への小道を行けば「越中島公園」。かつての隅田川の河口にあったちいさなちいさな島幕末の「砲術訓練所」があったところ歩いて登れば何となく 当時の面影が残っているような・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・川辺ではご近所の日課になっているのでしょう「太極拳」が ゆったり ゆったり 舞っていた。 ・ ・ ・『酷暑対策』の 最善策は早起きして 涼しいうちに軽い運動して 深呼吸して 楽しいこと考えて・・・それが 分かっちゃいるけどなかなか 続かないんだな~
2010年08月09日
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4~5年前になりますかこのブログで 現在の神田岩本町近くにあったという「お玉が池」と千葉周作の道場「玄武館」を探したことがありました。その際 少し調べた資料で興味があったことは ・ ・ ・少年である周作の 剣の腕の才能を信じた馬医者(獣医ですね)の父は 陸前(宮城県)新谷村から江戸を目指して 一家で旅立つ江戸に入る手前の 「松戸宿」で開業し周作を剣豪「浅利道場」で修行をさせる。ここで15歳の周作の腕は一気に開花認められて 江戸での活躍に繋がったそうです。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・過日所用で出かけた松戸駅近くの 旧水戸街道を歩いていたら偶然「浅利道場跡」の碑に 出くわしました。数年前までは 無かったはずですが 新たに設置されたんですね一気に現実味が増して 歴史好きとしては 嬉しい限り。そう ここで 若き少年が 汗を流していたのだと想像する きっかけがあるだけで 資料が映像に変わってくる。ちなみに この木造の碑は松戸宿本陣の大黒柱を 使用していると案内板にありました。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・うれしくなって 旧水戸街道沿いを数百メートル往復しましたらいまだに ひっそりと かつての賑わいを残すたたずまいが あるんですよ。個人宅として 現役で 頑張っていました。・ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・北辰一刀流 千葉周作の高名は それはそれとして彼の才能を信じて一家で 夢を目指した 馬医者の父「浦山寿貞」という人なんか いいな~浅利道場の近く「宝光院」に奉られているそうなんでつぎは 墓参してこなければ。なんて 5年振りに 地元に帰ってきて新参者を自覚していながら だからこそ新しい散歩道を いろいろと思案できる幸せと楽しみを 味わっている昨今です。
2010年08月02日
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