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消しゴムで消したいことがある。書いてしまったこと。う~ん、悪気はないのだけれど・・・。 一分たりとも、過ぎた時間を取りに行って交換することは出来ないのだし・・。 蜜のような時間があったり、乾いた砂漠のような時間であったり世界を包み込む水の時間だったり、描かれていった線、色は時間と共に自由自在に形を変えてある時私の前にカメレオンが現れて、さあ、これを使って私のカメレオンを消しなさいとカメレオンは私に言った・・。 緑色をしたカメレオンは長い舌をくるくると巻いてイタリア語かなんかを喋って私を翻弄させ、巻き舌は消しゴムでゴシゴシ色を消していった。 気が付くと、2匹のカエルがいた。 カエルたちは、ギャグをケスクセ? などと言って訳の分からないカエル語で飛び交わしていた。
2008年06月30日
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朝、テレビの情報番組を付けていたら、「どんな大人になりたいか?」と小中学生にアンケートを採ったら、「なりたい大人はいない」 と50パーセントがこうのように答えたと。 それで、テリー伊藤さんが、お勧めの大人で上げていたのが、このお三方です。1 坂口憲二ー 父親を尊敬していて、俳優業の他にサーファーである。2 みのもんたー いい加減に仕事をしている。仕事が遊び。 金持ちなのに貧乏人のふりをして発言する。仕事中眠っているのに、 出番になるとパット起きあがり「良い歌でしたね~」と言うそう。 (あくまでもテリーさんがお話ししていたことなので。 歌は眠っていても聴 けますが)3 高田純次ーいい加減で、もっとも鬱病に掛かりにくいとか・・・ 先日、次男の社会人2年目と少し話をしました。 IT系って、欝病になる人が多いって、聞いたんだけど、あなたの会社は大丈夫? 「うちの会社でもいるよ。同期でもなりかけのやつもいる。そう言う人は、真面目すぎる。上司に気を使いすぎるとか、昼飯も上司と一緒に食べるとか、いい加減なとこがないと、危ないね」 そうか~。けど、次男は大丈夫そう。何しろ、大学出て2年だというのに髭を生やし始めた。何も言われないのだろうか? と心配・・・。 仕事と関係ないよ、と。 ふ~ん。 ちなみに、早い夏休みを取り、オーストラリアに、スカイダイビング、バンジー・ジャンプに行って来たのです。 新社会人にも色々だと思いますが、下積みと言う考えは古いそう。 次男は父親を尊敬しているよう。今では何も言わないけれど、あの世の人だから。 高校生の頃、父親の悪口を言うと、決まってわたしが叱られ。 真面目でもあり、ややいい加減~、これが今を生きるコツでしょうか? 皆さんはどうでしょう? <絵 昨日の絵を変化させました>
2008年06月30日
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読まない本を整理しようと思って手に取ると、ああ、こんなのあったと思って読み出してしまい・・ これじゃ一向に片づかない。 本屋に散歩に行こう。 いや、ちょっとお腹が空いた。ケーキとコーヒーを。 外人が二人、わたしの顔を見て微笑む。 あれ? この人たちブルーマンかしら? お腹が満たされたら、周りに人がいっぱいいてブルーマンが始まりそう。 見る気などまるでなかったのに、わたしは何かに導かれた。 男の子の後を付いて階段を登った。 当日券はありますか? はいあります。 15列目のド真ん中が空いていた。偶然。 若者たちでいっぱい。 太鼓の音がなんだかうるさい。皆が笑う。 10分ほどは笑えなかった。けれども、ポスター登場からおかしく笑った。。。だんだん、のりのりに~。 おお、凄い。ふ~ん。ネット、排水管、見えない繋がり。 DNAのヒモの繋がり。人と人との繋がり。笑いの連帯。 宇宙の始まりから、ブラウン管、地下排水管・・・ 見えないTUBEが水の流れのように熱い血潮となって繋がり出す。それはブルーで、宇宙的繋がり・・。 何時の間にかリズムに乗り連帯していた~。 最後の最後、わたしを導いたものが天上にあった。 蛇腹のTUBE。 それは、正に今朝、脳裏に焼き付いた記憶から導かれたものだった。 偶然は坂道を転がるボールのようにその場所にたどり着かせるのだと思った・・。
2008年06月29日
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2年前の今日は、朝からスコールのような雨だった。 今朝の雨はしとしと雨。 雨は記憶を呼び覚ます。 医療設備の一番良い病棟へ移すことになっていた。 不思議なことだった。移す準備をしていたら、あんなに激しく降っていたのに、ぱたりと止んでしまいあの人は皆が見守る中、点滴を付けたまま道路を300メートルほど、カタゴト移動したのだった。 日本では考えられないことだった。 移動する時のあの人の顔は満足そうな笑みを浮かべていた。 意識不明に陥っていたけれども、自分が置かれている一部始終が見渡せていたのだと思った。 救急病棟のICUは設備が整っていた。 無事に運ばれると、再び雨は降りだした。 彼の為に空は泣き、運ぶ間だ、空は雨を止めたのだと思った。 わたしの心はひとすじの希望を見いだしていた。 きっとここで回復する。 2年前の中国でのことだった。
2008年06月29日
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イミテーションゴールド。 恋なんてそんなもの。 なんだかぼうっとしている。 眠くなって、眠るとなんか居心地がいい。 幸せって眠ることのような気がする。 うつらうつらが幸せ。 世の中がどうしたって、お笑いがどうしたって、洞爺湖サミットがどうしたって、今はうつらうつら。 全ては霧に消えてゆく。 全ては幻だった。 仮想の中の男に恋をしていたのだもの。 今は白い霧に包まれてこの世界と別れしようとしている。 失望をなんどか味わった。 この世に張り巡らされた見えない布のミクロから大切なハートはこぼれ落ちていった。 小さな赤いハートは彷徨う。 ハートを失った身体はのっぺらぼうのかかしになって畑でカラスを追い払う運命を辿るのかしら。 ハートを失った身体は自分のハートを探す旅に出るのかしら? うつらうつらはしばらく続く。 女はふっと手のひらを見た。 手のひらの中指と薬指の間に、なにやらふっくらと大きなハートのふくらみがあった。 女はうつらうつらそれを見つめていた・・。 <イラスト ネットからいただきました>
2008年06月28日
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ルキノ・ビスコンティの『ベニスに死す』を観たのは高校生の頃でした。 名優ダーク・ボガード演じる老作家が美少年役ビヨン・アンデルセンの美に取り憑かれる、観るも怪しく美しい哀れな老人の恋物語だったと記憶しています。男でありながら、化粧し髪を染める姿は痛々しくもあり、浜辺で少年を目で追いながら死に行くとき、汗で毛染めが黒く流れるシーンは一番印象に残っていて・・・ それにしても、あの化粧が崩れて死ぬ老作家の姿は、正に人間の究極の死であるように思えます。 恋愛の美しい幻想は、正に化粧そのものです。幻想を美しく留めながらも、その最中に息を引き取った老作家、彼は幸せな最期を迎えたのではないかと・・。 あの美少年は今はどのような顔に変化したかがネットに載っていました。ああこんな風になってしまったのか・・・ と。 けれども映像や写真は美を閉じこめます。 あの映画は一度しか観ていないのですが、美少年も老作家を意識したそぶりをするところが美くしき罪でしょうか? ちなみに、皇太子さまが、好きな映画に『ベニスに死す』を上げていたことを記憶しています。 ポコヤポコヤ映画倉庫のブログに現在のビョン・アンデルセンの姿が。写真はそこからお借りしました。 http://latifa.blog10.fc2.com/blog-entry-162.html
2008年06月28日
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人間が少しは分かってきた気がするけれど、良く分からないことがある。 自分が分かっている自分と他人がみる自分が違う。 わたしは器用な人間ではなく、不器用で、正直で、不正が嫌いな人間なのだ。 世の中の矛盾と、ある時闘った。 それは自分の為ではなく、皆のことを考えてのことだった。 今は自分との闘いの時期だと思い・・・ けれども、一向に千鳥足・・。 フランスに行ったとき、画家のSさんに言われたことが頭に残っている。 「男が女を本当に愛しているのだったら、向こうから何か言ってくるのよ・・」 一昨日、飲み会で、70代の小説を書いている女性の方に、「あなたって、美人だったのね~」と言われ、美人だなんて、そんなこと言われたことがないのだけれど、あの日はラフな感じで、自然だったのかな・・。 大抵、褒めてくれるのは女性で、 男はわたしを生意気なヘンな女と見ているよう。 首筋にある呪いのシミがわたしをそうさせるのかも知れないのだけれど・・。
2008年06月28日
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今日は静かに過ごしたい日でした。 6月27日の夜、夫が意識不明だと連絡を受けて、わたしは一睡もしないで翌朝渡航し・・・ あれから、もう2年が経ったのかと・・。 不思議なことですが、その正に今日という日、偶然のことだけれども、東京の不動産を購入し今日が物件の引き渡し日でした。 田舎の家を売って、東京にマンションを買ったら? と夫に言われていました。まだ売ってはいませんが・・。 ひと月ほど前、余りにも熱心な、わたしの次男と同じ年の営業マンが毎日電話をよこすので仕方なく、見るだけ、と思って観た近郊の物件を気に入ってしまい・・・。 一人暮らし用の小さな住まい。 田舎の家に帰ることをどれだけ悩んだか知れないけれど、少しの可能性に懸けてみたい。そんな気持ちで・・。 落ち着く拠点が欲しいと思い・・。 朝、蒲田まで行き、全ては終了。 場所は今の住まいからそれほど遠くないところ。 友人から建物がかなり古いので、やめた方が良いとアドバイスを受け、正直、わたし自身建築設計事務所に勤めていたこともあり、築5年以内のものと決めていたのに、耐震基準以前の物件なのです。震度6には絶えられない可能性大。 けれども、わたしはそこを選択。 地震が起きたら起きたとき・・。 何故か、そこが気に入ったのだから不思議。 入り口に、ピンク色のつる薔薇が咲いていたのです。 今はクチナシの花が咲いていて・・。 田舎の家は庭が広くて、幾らでも植物は植えられるのに、あの田舎には決別しなければと言う思い・・。 それにしても、時間は確かに悲しみを癒してくれたと思うのです。 今週は人と会う場所に出ることが多く、今日は早めに切り上げて・・と思って一人帰り始めたのに、断れなくなり、気持ちはしんみりなのに、いやに饒舌・・。 三十代の男性は、良く分からない所が多いのだけれど、Gさんと珍しく話が盛り上がり、世代のギャップを乗り越えた感があったかしら? けど、男って、基本的に若い女性が好きなのよね。 なんだかんだ言ったって・・。
2008年06月27日
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ある時女は夜の星にいた。光りのない星。 手探りで歩く以外になかった。 ある時女は水の星にいた。 女は魚になっていた。金色の鱗がついていたから、ヒラメから求婚された。 ある時女は岩だらけの星にいた。 女は切ない気持ちになって、涙を流した。 孤独でみなと話したかった。 すると、涙は岩の隙間に流れ落ち、なにやら伸びてきた。 やわらなかなキノコの傘だった。 透明に透けて光を吸収し生きているようだ。 女は大きくなったキノコの根元をちぎり、 それを持ち、岩だらけの星から脱出した。宇宙をダイビングした。 それはまるで、宇宙の闇にピンク色のコスモスがふあふあ揺れているようだった。 女は何処へ行ったのだろう。
2008年06月26日
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昨日は、金融機関への雑事がいっぱいあったのですが、ブログをアップする頃、友人からお芝居へのお誘いがあり、大急ぎで、青山の金融機関だけ用事を済ませ、2時からのお芝居『ハロルドとモード』を上演5分前ぎりぎりに到着で観劇しました。 ぎりぎりに行ったのが良かったのか、友人はチケットを買うのを待っていてくれ、最前列がキャンセルになったので、空いています~。と言うことで向かって、右側前列で・・。 わたしが遅れて来たことを感謝してくれました。 目の前で大女優浅丘ルリ子さんを目にするこが出来き、特にこちら側での演技も多く、おお!と・・。 『ハロルドとモード』は20才くらいに、フランス人のフランス語のお芝居を字幕付だったか、同時通訳だったか? で観劇したことがあります。 79才女性と19才の少年の恋のお話だったのですが、大方忘れていて、二人芝居の印象だったのですが、母親(杜けやきさん)役や、神父さんや、精神科医が出てきたとは記憶しておらず・・。 世間一般の、口うるさい先読みして、子供のやる気を損ねる母親に気が付いて貰おうとする少年(西島隆治さん)が何度も狂言自殺を図りこれがユーモラスに、深刻にならずに演出してありました・・・ ある時、お葬式で、モード叔母さんと出会い・・オシャレで、珍しい価値観で、溢れる愛の持ち主で、ぶっ飛んでいて、ハロルドは彼女に恋をします。79才のおばあさんに~。 決して、このようなことが無いとは言えない・・・けれどもこれはファンタジーなのですね・・。 そして、生きること、死ぬこと・・・そこに深いテーマ性があるのだと。 往年の美人大女優、浅丘ルリ子さんを間近で拝見出来て幸せでした~。 アメリカならば、エリザベス・テーラー格じゃないかしら? 最近は、林真理子さんが、浅丘ルリ子さんに付いての本『RURIKO』を出版されているのを本屋で見かけました。 お年を召しても、素敵な少女のようなおばあさん~これ、今のわたしの目標ですが、10代の頃は40まで生きれば良いと思っていました。しかし、既にその年は過ぎてしまい・・。 女は心の中に少女が何時までも生きているのですよね~。 ちなみに、ルリ子さんと西島さんのラブシーンにはちょっぴり驚き~・・・・・けれども、素敵でした~。 ちなみに、わたしはそこまで若いと恋愛対象外かな?・・。 追伸 杜けやきさんも、大変お芝居が上手くて素敵でした・・。
2008年06月26日
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わたしは可愛い女だった。 子供のころから、女ともだちに可愛いと言われた。 だから、可愛いは好きじゃなかった。 わたしにとってのいい女は、フェイ・ダナウェイ。 『俺たちに明日はない』 『恋人たちの場所』の イカした女。 だからと言う訳ではないけれど、今のわたしは可愛げのない女。 男の前では全然可愛くない。 可愛いと言ってくれるのは、大抵20代の女の子。 女優で言ったら、マリリン・モンローに似ているかしら?って思ったことがある。若き頃のこと。 ちょっと、グラマーで、可愛い声。可愛い笑顔。 『Let make love』のマリリン・モンローは素敵だった。 勿論、マリリン・モンローのようなセクシーな装いはしたことないけれど。 今になると、60になっても、70になっても、80になっても可愛い女であり続けたい! わたしの目標は宇野千代だから、 可愛くて、お洒落で、楽しくて、創作家であり続ける・・・欠点は、そそっかしいところ。 宇野千代さんは、考える前に行動が先の人。 わたしは考えてから行動するほう。 日本では考えてから行動するでは恋人は出来ないかしら。 宇野千代さんの考える前の行動力が少しでも欲しい所なのだけれど・・。 <写真 映画 俺たちに明日はない フェイ・ダナウェイ ウォーレン・ビューティー>
2008年06月25日
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この所、朝日の新聞小説『徒然王子』を読んでいます。 連載が始まる前に、「プロの力を見せつけたい」とコメントが載っていたので、期待していました。 スタートは面白く・・暫くして、イラストが朝から不気味な上に内容も、どうも読む気がしなくなり、時たま覗く程度でしたが、2週間くらい前から、また読み出しました。 続きものを読むことが大人になってから無かったのですが、小学校の頃、少女漫画を読んでいて、次週が楽しみだったことを想い出します。中学ではもう漫画を卒業してしまい、それでも印象深く残っているのが、悲劇的なものと恐怖もの。 可愛がっていた愛犬が主人公の少女を助けるために、車に跳ねられて死んだ物語には号泣し・・。 楳図かずおの『ヘビ女』。継母の本当の姿はヘビで、ヘビに変わる姿を見てしまい、自分が食べられるのではないか と恐怖におののく・・・と言う。 少女漫画には恋愛とか友情とかも含まれているのですが、死と恐怖が映像で、記憶に閉じ込められています。 所で、今朝の朝日新聞に、小説家、保坂和志さんのコラム「戦うべき敵は内にある」が載っており・・一昨日、批評家の石川忠司さんと保坂和志さんの対談を拝聴し、保坂さんは、酔っぱらいのオヤジ的話ぶりだったので、(いつもああらしいのですが)文章は違うのだなぁ~。当たり前ですが・・。 羽生善治さんの名人復活についてのコラムです。 彼の本は実は読んでいません。一度本屋で手に取って捲ったときに日常的ホームドラマだったので、今イチ買うところまで行かず・・。 彼の小説はストーリーは無いらしく・・ 5年間筆を折っているらしいです。 風景を大切にしているらしく・・。 風景と言えば、ヘミングウェイの『武器よさらば』のプロローグの風景描写は素晴らしく、風景描写が延々と続きます。まだかまだかと・・。 ゆったりと、風景を堪能している最中に閃光の瞬きが戦闘のシーンをサブミナルのように・・・流石、ノーベル賞作家だなぁ~、翻訳家の腕も良いのでしょうが・・。 負傷兵と看護婦の物語です。進捗状況はスロー。 わたしも500ページに挑戦しようか? と構想は思い描くのですが・・・。 それにしても、書くと言う行為、読むという行為、文脈、文字面から、明確だったり、抽象的だったり、曖昧だったり、適当だったり破壊的だったり、創造、想像、幻想、現実の書き手のゆらぎが伝わってきます。 <絵 回帰 野田正明 >
2008年06月25日
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時にはクラゲになって、ゆらゆらしたい。 しんみり、透明になってオデットを。 柔らかな足で水を跳ね、チュチュはふんわり。 脳がないってことは、どんなかしら? 怒ったり、泣いたり、わめいたり、叫んだり・・恋したりってないの? 人間だったら、大変なこと。 クラゲも悪くない。 何も考えないで、ただ海の中の風景になって存在するだけ・・。 食べられちゃっても痛くないのかしら? ねぇ。 けれど、敵が来たら逃げるのでしょう? 透明だから逃げるのは得意かも。 全てのことは、クラゲになってみないと分からない。 脳がなくたって、なんかね、嬉しいとか悲しいとか感情があるかもしれないって思わない?
2008年06月24日
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時間の帯が後ずさりするよう。 時間は確かに早く進んでいるのに、肉体は後ずさりしているよう。 所で、6月22日朝日新聞朝刊の『自然のふしぎ』というコラム写真、キンセンフエダイの驚くべき写真がわたしの心を捉えたので切り抜きました。 フィリピン・エルニドの海、 ・・・その行動は一糸乱れることなく律されていて、あたかも見えない手でコントロールされているようにさえ見える。・・ と書いてあって・・。 このキンセイフエダイ、それほど小魚という訳ではないよう。 最大で35センチ。それがこの、サッカーボールの如く・・。 小魚が天敵の魚を威嚇するために大きな魚の形になるのは観たことがあるけれど・・。それもマスゲームのようですが・・・。 これは、中心に何かよほどのものがないと、形作れないような気がします。 美しい球体を作る訓練を重ね、この形を作ったのか、 魚の意識の中のDNAに組み込まれた防衛本能か、遊びかしら~、踊りかしら~、なんとも不思議です~。 それか、真ん中に、カリスマのお魚がいて、ファンが群がっているのかしら? それを知らずに、ハタから観たらこんな形に~。 そんなことを牛乳でも飲んで考えよう~。 う~ん、不思議・・・。 <写真 6/22、朝日新聞から。 もう少し綺麗に撮りたかったのですが ネットで検索すると、キンセンフエダイの写真色々ありました>
2008年06月24日
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AさんはBさんの考えを聞く。 AさんはBさんの考えが分からない。 Bさんは、分からないことこそが分かることなんだ、と言う。 Cさんは、なんのことやら分からない? Bさんは、風景そのままが宇宙だと言う。 Aさんは、○街が俺の風景なのね~と言う。 Cさんは、二人の世界に心臓が点!になる・・。 Aさん、Bさん、何が言いたいの? Cさんには今イチ分からない・・。 Aさん、永劫回帰・・・永劫回帰・・・永劫回帰・・・。 自然が巡って同じ自然になる・・。 Cさん、??? あの・・永劫回帰って、男女の交わりの事じゃないですか? 皆どっと笑う。 人間で言えば、男女の交わりによって、子供が生まれて成長し、成長してその人間は交わり子供を産む。 昆虫であれば、交尾。植物であれば交配・・。そして生命は循環する。 それが、ニーチェの『ツァラトォストラ』の中での永劫回帰だと思うのですが・・。 その歓喜すばらしさを言っていると思うのですが・・。 <新宿住友ビル 50階からの風景 晴れた日には富士山が見えるという>
2008年06月23日
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今朝は、珍しく風邪を引いてしまいました。 昨日、横浜美術館『4人が創るわたしの美術館』展まで出掛け、行きはスムーズに行けたのに、帰りは、反対側の電車に乗ってしまい、眠り込み見知らぬ街へ。 本当にわたしって、トロイ。 乗り合わせた隣のおばさんに詳しく聞いて、 間違わないように・・。 随分帰りが遅くなってしまい・・。 面白い企画展でした。行って良かったです。 わたしは、元々アートのほうが好きで・・。 けれど、夕べの絵は何、アレ? と思われたかも? 年に数回いたずら描きをするくらいなので・・・。 岡本太郎の「絵は好かれようと思っちゃいけない」を想い出し・・。 この頃、いずれは絵を描く生活をしたいな~と思うときがあります。 茂木さんのトークは、会場に入れなかったので、モニターで声だけ聞きましたが大変面白く、絵画の持つ力、顔で自分と他人を認識する相対的な心の問題を考えさせられました。 思春期の頃の一番のわたしを捉えた絵は『ムンクの叫び』 だったことを想い出しました。美しいモノに心惹かれる少女でしたがおぞましいものに目が行ってしまう、人間の内面の恐ろしさ醜さ、得体の知れない、よくわからないものに惹きつけられることが良くありました。 絵画は、一瞬にして心を捉える何かがあるのだと思います。 松井冬子さん、フランシス・ベーコン、見応えのある作品が多く・・。 一つ立ち止まった絵がありました。 高間惣七の『月』という作品。 わたしは何故かその絵が気になり、添え書きを読むと、その絵に付いての物語が書かれていたのです。 ー彼がその山に逃げ込んだのは人と関わりたくない為だった。その山に人を襲う獣はおらず、毒をもった植物もないことを彼は知っていた・・・(略) 長いので冒頭部分だけ・・。 簡単に言うと、世間がいやになり山に逃げ込んで月の穴の中まで行った男の・・けれども月には何もなく、結局、あれほどいやだった世間に戻る為に走り続ける・・・という・・・。 今のわたしの心情と重なる所があるからか、一番わたしを捉えたような気がします・・。 <絵 月 高間惣七 作 写真は、買った冊子からデジカメで撮ったので 色彩の良さが出ていませんが>
2008年06月23日
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顔は不思議。あなたの顔が無かったら、わたしはあなたを確認出来ないかしら? 確かに顔で、あなたを認識。 けれども、ブログ仲間の顔は知らないから勝手な想像。 スティーブン・キングのドラマ『キングダム』で首を失った患者の死体が自分の頭部をふらふら霊安室に探しに行くシーン、 なんだかユーモラスだった。 地下鉄で、普通の2・5倍面積の顔を持つ男の人を発見。 雄のオラウータンのような顔だった。 すやすやと眠り、わたしはその方を穴が開くほど凝視した。 観れば観るほど面白い。きっと、皆にからかわれたに違いない。 けれど、手はふっくらとして可愛らしい。 針で刺したら、パチンと弾けてしまいそう。 美人も見かけます。 美人はわたしは美人です、と看板を付けて歩いているよう。 背筋をピンと伸ばし、顎を引いて、口角を上げて、少し気取って歩いている。たまに、わたしも美人を演じることがあるけれど。 わたし美人じゃないけど、「わたしは美しい」と呪文を掛けると、女は多少きれいになるような気になるのですよね。 男も女も多少自分に呪文を。 「俺は男前だ~」 「わたしは美人~」 「あなたって素敵!」 「綺麗だね!」 そんな一言が、顔を変えるのかも? ちょっといい男に~。 ちょっといい女に~。 <絵 ちょっと恐い目かな? 即興画>
2008年06月22日
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わたしは、しばしば正直過ぎて失敗することがあります。 好感を持っている人だったら、本当の正直な気持ちを伝えます。 正直な気持ちは時に相手を傷つけることがあります。 人から助言されることもありますが、その人がどのような気持ちでわたしに助言してくれたかも良く考えます。 相談された時は大抵、相談して良かった! と言って貰えますが、 過去の経験から、お節介はなるべくしないように心掛けています。 けれども、たまに知らせて上げたいと思うことがあります。 よけいな事だっただろうか? 色々悩みます。以前に比べれば、わたしは随分悩まなくなりました。 以前は苦悩が深すぎたのですが、今ではそこからは大分浮上して来ました。 だから、本質的なものを観るように心掛けます。 何がそう言わせたのか? あなたはわたしに。わたしはあなたに・・。 そのことを大切にしたい気持ち。 人は鏡で自分を見ているように錯覚しますが、 左右あべこべで丸ごと自分を観るためには幽体離脱をしないと自分を観ることが出来ないのだから・・。
2008年06月21日
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知らない世界に行っていた。 そこはTシャツの国だった。 色とりどりのTシャツがあっちこっちにあるのに、人間の姿が見えない。 なのに、Tシャツは動く。歩いているようにも見え、ジャンプしているようにも見える。 それはちゃんと膨らんで人間らしきものが着ているのに人間の皮膚は見えない。 透明人間が住む世界に違いない。 わたしは、その国を自転車に乗り旅していた。 日差しが眩しかった。 その内夕暮れて、夜になると微風だけが頬を撫で、どこからか、口笛が聞こえてきた。 誰が口笛を吹いているのだろう。 もう既に、Tシャツの透明人間は何処にも見当たらない。 わたしは自転車で一本の見知らぬ樹木の並木を進んで行った。 どれくらい走ったか・・・ 目の前に真っ青な海が見えてきた。 自転車を倒し、わたしは波打ち際まで走った。 寄せ返す波に、白いTシャツがいっぱい浮かんでいた。 わたしは、異様に思った。 けれども、暫く見ていると、それは透明人間が海に浮かんで楽しんでいるのだろうと思った。 わたしも、飛沫を跳ねながら波に乗っかっていった。 ふかふかと身体は浮き、浮き輪のような気分になり・・。 気が付くと、わたしの皮膚もいつの間にか消えていた。 < 絵 南風 加山雄三 作 ネットで見つけました>
2008年06月21日
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真夜中はうつらうつらと身体が揺れる。 あの人のこと、ちょっぴり思って。 真夜中はテレビの音だけが語り、静まった未来世界のよう。 女のまぶたはすっかり重くブラインドが下ろされるような具合に光を遮断。 もうこのまま横たわると、朝のオレンジ光が瞬時にやってくる。 けど待って、もう少し可愛げなあの人の事を思ってわたしは、重いまぶたを開けていましょう。 夜の時間は散らばった葉音とあの人の青い影が欅の並木を一緒にタップ・・。 小さな小鳥が囀ると、一面、色とりどりの花畑の舞踏。 ああ、こんな一面花園で・・・・
2008年06月21日
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意を決して、本や衣類の整理をしようと思っていたら、大阪から友人が所用で来るというので「お茶しない?」 とメールが入り、それでまた整理が頓挫・・。 どちらにしても、2時間ほどのことでしたが、その後、ついでに一人サントリー美術館で『KAZARI日本美の情熱』というのを鑑賞。 縄文土器(大きい)や、平安絵巻、年代物の歌舞伎の衣装、九谷焼などの骨董、祭りの錦糸装束、らんま飾りか破風のような、金色の猿とかシカなどの動物の彫り物、などなど・・見応えがありました。 歌舞伎の衣装の図柄と色彩の斬新さは見事なもので、自由な精神の発想が衣装デザインから感じられ、美の追究、(碁盤を大胆にデザインした羽織袴など)その情熱は、美に対する揺るぎない信念が衣装そのものから波動してくるようでした。 それにしても豪華絢爛。現代のファッションショーもド派手なものもありますが、古典芸術美の凄さたるや・・本物を間近で観ると驚くばかりです。 それから、本屋に立ち寄り、本を5冊購入。その内ヘミングウェー2冊。 一向に本の整理が出来ていないのに・・・。 気合いが足りない・・・エイ~と、したいところですが・・・。 それにしても、本屋にはあらゆる出版物が網羅されており・・、 今日、目に付いたのは、姜尚中さんの『悩む力』、夏目漱石を取り上げて書いているようでした。少しだけ内容を観たのですが・・。 それと、小泉純一郎元首相の本『音楽遍歴』。 オペラ好きな小泉さん、遂に本だしましたか? という感じでした~。 それにしても儲かる系の本、金持ちになる、運が良くなる、キレイになる、成功する、頭が良くなる、そんな本が圧倒的・・・。 何しろ、人間の欲望に合致した本こそが売れるのですから仕方ありません。 わたしもたまに買うこともあります。 けれど、なんだか自分自身がどうも、金儲け的人間ではないなぁとつくずく感じてしまいます。 生きてゆくためには、そんなこと言っていられないのだよ、と言われてしまいそうですが・・。
2008年06月20日
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入らない物を処分して、整理しようと思っていたのに、突如銀座に足が向いてしまいました。 久しぶり松屋デパートへ。以前は地下ウインドウのディスプレイが素晴らしく斬新でセンスが良かったのですが、(以前も書いたことがあるのです)今回も、半分はまだ途中なのか、ディスプレイがされていませんでした。 行く楽しみが半減されました。新しいスポットやコミュニティーが出来る度に、ディスプレイデザイナーも移動するのだろうな? 昔、なってみたいな~と憧れていたことがありました。 傘のイベント特設がありました。日傘もお洒落で高いです。 サングラスで良いのがあったので、迷いました・・。 いつも観るお店はいつくか決まっています。 あるジャケットに一目惚れしました・・。 コムデギャルソンの・・。 女というものは、綺麗なものを見ていると幸せです~。 また買いものは、心地よいドーパミンが出るような気がします。 ストレス解消は”買いもの”! と友人たちもまず一番に上げています。 ある女優さんが、一つお洋服を買ったら、一つ捨てる、とおっしゃっていたことがあります。 何時の間にか洋服も増えてしまい・・・。 さあて、今日は、整理しなくっちゃ。 そう思いつついつも後回しにしているのですが、今日こそは・・、意を決して・・。
2008年06月20日
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人は人間の姿を纏っているのにそれは仮の姿かも知れないと思うことはない? 風は見えない息を吹きかけ、姿なきものの気配を動かす。 ああ、あなたは疾風のよう。 繁った木の葉を散らせ声なき声を轟かせ、木漏れ日の影から立ち現れて微笑みを投げかけるのですか? 柔らかなあなたの手から脈打つ赤い清流は巷の枯れかけた植物を潤し溢れる愛、歓喜、感謝・・・ 透明な清流がくねり、岩と岩の間だから細い小さな流れとなりましょう。 渓谷は豊かな水を湛えた動脈となって、流れ流れ、流れる・・・。 あなたの熱い水と、氷のような水。 あなたの愛ある感情と、冷えた感情。 紫色の影となったり、わたしを惑わす青い鳥。 闇に吠える獣に怯え、あなたの音を待つ日夜。 わたしもひんやり流れる一滴の水となって緑覆う秘境の流れとなりましょう。 岩と岩の音と気配を奏でる楽器となって・・。 <写真 ネットからの無料写真をいただきました>
2008年06月19日
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睡眠薬を飲んだように眠り込んでしまい・・。意識は深く海の底に沈んでいた。 ふっと今は何時だろうと目が覚めると、夜中の0時半。 疲れていたのだと思った。 睡魔に襲われて意識を失ってゆくとき、不思議な幸福感に包まれる。 何やらの音で意識が戻ると TVで、ヘミングウェイの初恋のドキュメンタリーをやっていて・・。 ヘミングウェイ19才。戦時下の病院で、患者の彼とそこで働く看護婦である7才年上のアグネスとの恋。 ヘミングウェイが残した全ての手紙のやりとりで、当時を物語る、美しい愛の物語。 その後、彼女は彼を愛しながらも結婚してしまい、彼は深い傷を負ったのだと・・。 けれども、二人の初恋が後の「武器よさらば」になったのだと・・。 少し大人になったヘミングウェイに変身して・・。 突然、ヘミングウェイ読んでみたくなり・・。 若き日のヘミングウェイはかなりの美男子・・。 4度も結婚したそう・・。 『老人と海』は途中まで読んでその後どうだったか・・ 男たちの憧れヘミングウェイ。若き日は美男子、その後白髭のカッコイイに変貌したノーベル賞作家。 『武器よさらば』を読みなさい~速達郵便として届いた真夜中のお知らせだった。
2008年06月18日
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密度ある東京の視界にいると、カッコイイ人をたまに見かけます。 昨日B’Zの稲葉さんにそっくりな人が・・・。 ついつい見入って、似ているな~と思い・・。 あんなにカッコイイ人は、人の視線を虫眼鏡のように浴びているのだろうな~。 都会では、そうは人目を惹くことはありません。 女性で、大層スタイルが良くて、セクシーな方は目を惹きますが、男性で目を見張るほど素敵と思う人は結構少ないですね。 私がそう思うだけかも知れないけれど・・。 よく髪にジェルをつけて、アニメのようなヘアースタイルをしている男性を見かけます。それから、眉毛を揃えたり・・。 いつも鏡を覗いている男の人はモテタイという願望が強いのか、ナルシストなのか、変身願望があるのか? 昨日の稲葉さん似の方は、自然なセンスで良かったなぁ。 けれども、ああいった方を彼氏にしたいとは思いませんが・・。 向こうも私に対してそう思うでしょう・・・。 彼女になった人は、しょっちゅう浮気しないか心配の種が尽きないような気がします。 モテル男性がカッコイイとは限らないのですが、 男というモノハ年輪を重ねると、あれこれモテルコツを習得するものですから・・。
2008年06月18日
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1960年代自動車や、イカレたバイク、ポップなTシャツのイラストのあるカフェは若者たちのスピリッツがあって、 オレンジジュースを飲みながら、なんだかあなたを思っていた。 ふとっちょの車に乗ったり、トンボメガネのサングラスで白い雲に乗っかって、運ばれてゆく影たち・・。 ツァラトストラが出会うモロモロはふんふん面白い。 ドラマテックで劇的なお話。 カラーインクなイラストと対角線の世界は深い藻が包み込むりょく色の大地。 そんな苔むした岩山に、ああ以前、登った記憶が現れて手の平に柔らかなぬくもりの木肌が鳥の囀りと共に一瞬過ぎって・・。
2008年06月17日
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あの鳥はね、もう200日もあの鏡を見ているのよ。 あの中のヤマセミに恋してしまったのね。 何て馬鹿な鳥。 あそこに見える鳥が自分だと気が付いていないのよ。 いつかは気が付くんじゃない? ええ、鏡の中の君が答えてくれたらね。 2羽のカラスは、松の枝でひそひそ、カ~カ~囁き合って、パタパタと飛び立ってゆきました。 <写真 日本写真コンテスト 北村建三さん作品 朝日新聞から>
2008年06月16日
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昨日のことですが、映画の帰りにああ、あの”おにぎりカフェ”に寄っていこうと思い立ち青山の『おにぎりカフェ・ONY』に久々に寄ってみました。 所が・・・・何と・・・お店は閉店していました。 がっかり・・・。 私はそのお店を小説にしたことがあるのですが・・・。 あそこはオフィス街だから、流行っていたと思うのですが、 外に居たインド人の女性から「3ヶ月ほど前に閉まりましたよ」 と教えられ、仕方なく隣のインド料理屋さんで食べて帰りました。 多分場所を変えたのでしょう。 チェーン店があるそうなので。 皆、お店の前でがっかりして帰るのだそう。 都会は新陳代謝が激しく、東京タワーと皇居、国会議事堂だけは変わらずデンとしているようです。 今まで歩いたことのない道を歩きました。 すると、子どもの頃、児童館などにあった、玉が螺旋や坂道をころころ転がって、階段を登って上がったり滑り落ちたり、くるくる回ったり、玉の動きを科学したオブジェが道路横にありました。 暫し、夜の静寂(しじま)に一人見とれていました・・。
2008年06月16日
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今日は美術館に行ってみようと思って支度をしていたら、田舎の友人から1年ぶりくらいに電話があり、長い相談を受けました。 長男さんについての悩みです。 彼女の、その息子さんとの悩みを何年もに渡り相談にのってきました。わたしと同じく二人の息子を持っています。 わたしより5才年上の女性です。何十年と製薬会社で正社員で働いています。 悩みと言うのは、誰でも多少は共通する悩みでもあり彼女の場合は子離れ出来ていない母親の・・・夫ではなく、長男と母親が一心同体になっているような悩みなのです。 31才の息子が6年勤め、最近辞めた会社を、何故自分が止めて上げることが出来なかったのか頭から離れなくて苦しんでいるのです。 息子さんが判断したのだから、見守っていて上げればよいのでは? と言ってもダメです。 彼女の頭の中は90%は息子の事で占められています。 詳しい事はこれ以上個人的なことなので言えませんが、息子を持つ母親には多少こういう事はあります。 長く話し合って、楽になったようでした。わたしも今日は気持ちがかなり沈んだ朝だったのですが、相談に乗っていたらいつもの冷静な自分に戻っていました。それで、あれは観たくないな、と思っていた映画『美しすぎる母』を文化村へ観に行ってみることにしました。 演技派美人女優ジュリアン・ムーア、エディ・レッドメイン主演の何か危ないお話。ジュリアン・ムーアは観たいけれど、内容が観たくないな~と思っていたのですが、今日の相談を聞いたら観たくなってしまい・・。映画のような内容とは異なりますが・・。 けれども、息子の意志の部分が母親の意志が大きく影響しているような気がしたのです。母親にとって、第一子というのは、男子でも女子でも、親の影響が大きいと感じます。 う~ん。映画は本当にあった事件を元にしているらしく・・・何と言ったらよいか・・・ 母親というのは、自分が子離れし、子供を自立させるように促すよう努めなければいけませんね~。 最近は親と子が密着し過ぎている親子が多いような~。 生活が豊かで密着していると、健全性が失われそう・・。貧乏なら良いのですが・・。 うちは長いこと、わたしは5年以上一人暮らしで・・。 だから、気にしなくて良いので楽です。たま~に心配するという感じで。 だから夫以外の男性を素敵と思ったりします。 極めて健全? でしょうか・・。 所で、悩み、苦しみを和らげる方法は、 1、友人に話を聞いて貰う。 2、神社にお参りする。 3、読書する。 4、何か新しいことを始める。 5、心療内科へ行って相談する。 手順としては、こんな感じですね。 それにしても、親と子、家族とは何と複雑なのでしょう。 わたしは、何をしくじったと言えば、夫ですが・・。 家族の問題は、早めの手当が大切と、後の祭りですが感じます。人間とは奥深いようで、案外解ってくると、シンプルのようでもあり・・。 一番思うのは、人間ほど悩む生き物はいないだろうな~と・・・。 何故、悩むのでしようか? 生きるために必要なのかしら? ちなみに、わたしは、神社にお参りで何時も乗り切っています~。 それから、彼女には、本を読むように勧めました。 フロイトの精神分析、ユングとか・・。ショーペン・ハウァーとか・・。 自分の無意識の部分を知るというのが一番難しいですね~。 <写真 ジュリアン・ムーア>
2008年06月15日
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6月の憂鬱は、梅雨時と相まって、少しもわたしの心に太陽を作りません。 薔薇のへたくそな絵は、暫く前にオリジナルなTシャツでも作ってみようかな? と思って描いてみたもの。 昨日も気持ちが沈み、夜一人夜映画を観にいきました。 人前に出ると、つい明るい印象を心掛けるけれど 6月のわたしの心は水たまり。 けど、時々明るくしないとね・・。 土曜の六本木ヒルズはカップルだらけ。 ああ、3年前、東京に来たときもそうだったわ。 幻想に身を置いていたけれど、なんだか空しさが残るのです。 気楽に観るコラブコメディさえもわたしを寂しさへと誘うだけ。 この世の現実と幻想とを行き来して来たけれど・・ 全てがぼやけて霧のように薄くなっていくよう・・。 この世界が今の私に見せているものは何? やっぱり、幻想の中の幻想なのかしら・・。 ガラスの向こうの宇宙に問いかける。
2008年06月15日
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ちょっと思うんだけど・・・。 う~ん・・・。 え~・・・・・。 その・・・・・・。 いえ、やめておきます。 なんていゆうか・・・。 わたし、ちょっとちがうと思うな~・・・。 何のこと? ええ、その、あれのことです。 アイコンタクトのこと。 自分が化粧した顔を鏡で見てドーパミンが出るって、う~ん・・・。 少しはそう言う場合もあるかもしれないけれど・・・ 場合によるんじゃない? 綺麗にお化粧して、好きな男とアイコンタクトした時にドーパミンが出るんじゃないのかな~・・・。 ちなみに、きょう久しぶりに覗いたお店の若い女のにコンタクトにしたらどうですか? そしたらワンピースが似合うからと進められ・・ コンタクトに変えたら誰かとコンタクト出来るかどうだか分からないのですが、夢の中で宇宙人とならコンタクト出来きるかも? そしてコンタクトカメラでツーショット撮ったりして、 コンタクトは試してみる価値あり? コンタクトでアイコンタクト、 ああ、おそば屋の旦那さん、笑顔でアイコンタクトしてくれて、ちょっとだけドーパミンが出たかしら?
2008年06月14日
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夕べ、昔の俳優座公演ブレヒトの『セツアンの善人』千田是也演出の録画を頼まれて、ああ、そういえば、まだこのテレビで録画をしたことが無かったと気が付き、シックハックしました。 何しろ、わたしは説明書というのを読むのがおっくうなのです。 だから大抵いつも勘でやります。勿論どうしようもないと読むのですが。 0時40分からの録画・・。あれこれいじっている内に、ああ、Gコードだったと気が付き、大抵の人は知っていると思うのですが、わたしはGコードで予約したのは初めてでした。 朝は、地震のニュースに驚き、気持ちが収まってから はて、ちゃんと録画できているかしら? と見ると、入れたDVDには録画されていませんと・・あれ? またシックハックして、おかしい。確かに録画したはずなのに・・。 よくよく見たら、HDDに録画されていました。 テレビの内蔵録画の方です。取りあえず良かった・・。 それで、そのお芝居を観ると、栗原小巻さんが主演なのですが凄く演技が上手くて驚きました。 男女の二役です。それに華があるのですね。 わたしが昔印象に残っていたのは映画『サンダカン八番娼館』の”からゆきさん”を取材するジャーナリストが印象に残っています。 けれども舞台女優という感じです。 演劇も活力があった時代のものです。 今は、お芝居を観に行く人って本当に微量じゃないのかな?と思います。芝居をやっている人が観に行く時代で・・。 その辺の所は詳しくはないのですが、娯楽が多様化しているせいもあるし、 現代人の忙しさに長い芝居を鑑賞するゆとりのようなもの、または、ゆとりを求めるなら、ネット世界があるし、 アイドル性はテレビや映画にあるものだし、演劇は今の時代何だか難しいものだなぁと感じます。 オペラのような知的優越意識にも成り得ない気がするし、 今までの何かを打ち破るものがないとなのだなぁ、なんて・・。 映画などよりも、良い芝居やミュージカルを観たときは波動が一週間は持続したりすると思うのですが・・。どうなんでしょう。 <写真 新宿三角>
2008年06月14日
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失いたくないもの。 内に向かうもの。外に向かうもの。 失いたくないもの。 縦の線と横の線。斜めのスラッシュ。 失いたくないもの。 あなたの視覚とわたしの視覚。 クチナシの白い花がわたしに語りかけ。 時間は夜行列車のように消えてゆくよう。 けれどもオレンジ色の鼻のピエロが踊り出し 一つ一つの大切を手放すことはないと・・。 縦糸と横糸で潮風が吹き抜けるように斜めステッチも時には入れて織り上げましょう。 何処までも途切れることのない帯となるように・・。 何も一つだけを選ぶ必要なんてないのだから・・。
2008年06月13日
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あるポストマンの話。 フランスに住むポストマンが33年、毎日、毎日郵便配達をして、それに生きがいを感じて仕事としていたのに、 ある日、郵便物を届ける途中、自転車で躓いて転けてしまったのだという。 そこには石があって、その石が自分を転ばせたのだと知ると、その石を持ち帰り、 そからからというもの、石を集め出し、沢山集めた石で巨大なお城を造ったのだという話・・。 そんな話をした方がいて・・・ ポストマンへの転機のお知らせがそんな形で・・。 お知らせはある日突然に啓示され、 何らかの形に事象として表れる。 今までしていたことは軽い物体を届けること。 色々な街、風景の中のイメージ。 全くあべこべの人生。 重い石を集めるという行為。 内から外への拡散から収縮へ。 躓いた石は、太古の時代お城の石だったのかしら? その石には精霊が宿り、ポストマンに語りかけたのかしら? 城を造れと・・。 人は、ポストマンじゃなくても、そんなことはある。 配るから、集めるへ。 時にはおへそが逆のことをしてみたくなる。 石を持って、初めての人生の重みを感じるなんてことも。
2008年06月13日
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今日は、何の日? 今日は”恋人の日”だそう。 朝から本降りで清々しませんね。 恋人のいる人、いない人、こんな日は相合傘で・~。 いない人は、映画でイメージ恋愛を。 水野晴夫さん(76)が亡くなられたそうです。 ビデオなどの無い頃は、テレビでのロードショーを観て水野晴夫さんの明るい「映画って本当にいいですね!」 に親しんでいました。 淀川長治さんの、「さよなら、さよなら、さよなら」 に続く、平凡なワンフレーズでしたが、好感が持てました。 現実の単調な日々を過ごす人は、ドラマティックな映画を~。 日々変化に富んだ生活をしている人は、SFを~。 悲しみに沈んでいる人は心がほんのり温かくなるコメディを~。 幸せすぎてポカポカの人は、ちょっぴりスリラーを~。 相棒のいないシングル人は『相棒』を。 『相棒』が大ヒットしているそう。水谷豊と寺脇康文さん主演の。 恋人が中々出来ない女の人は、オードリー・ヘップバーンの『ティファニーで朝食を』。 男性シングルは、ジャック・ニコルスンとヘレン・ハントの 『恋愛小説家』を。 さあ、じゃあわたしは、『雨に濡れても』でも観てみましょうか?いえいえ、それは映画音楽で映画は『明日に向かって撃て』でした。 懐かしの渋いシャールズ・ブロンソンの『雨の訪問者』これ観てみたいな~、高校生の頃観たのだけれど、粋なフランスのサスペンスでした。 白いレインハット。白いレインコート。白い長靴~。 マルレーヌ・ジョベールのそばかす顔がチャーミングでした。 そんな雨の装いしたら、雨の中で踊り出してしまいそう~。
2008年06月12日
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水は落ちます。滝のように・・。 心もぼたぼたと落ちてゆき・・ 何だかずっしり重くなる。 けれども、水は形を崩し幾ようにも変容してゆく。 ドロドロの濁りがさらさらの水になり、透明な流れとなって、天と地を行き来する。 私の心も濾過され透明になり、 長く蛇行した水脈から咲いた、一輪の白い薔薇となり・・。 <写真 六本木ヒルズ映画館内>
2008年06月11日
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自分の事となると上手く書けないものです。 私は子供に勉強しなさい、と言ったことはないと記憶しています。 けれども、そんな段取りをした、手順を整えた、と言うのかそんな感じですね。 実際、熱心だったのは長男が小学校に上がる前でピアノの練習を毎日させたり、楽しく勉強する方法を考えたり・・。 自分が勉強で親を喜ばせたことが無かったので、最低限やって上げようと言う気持ちでした。 けれども、赤ちゃんの頃、面白がって英才教育をしたせいか(自分流に)絵本を幼稚園で読んで貰ったモノをまる覚えしてくるので、これは知能が発達し過ぎたと思い、勉強は控えるようにしていました。 特にピアノだけだったと思います。私が熱心だったのは。 だから音楽の成績も当然良かったですね。 小2からスポーツ少年団に入れたりして、音楽もスポーツもなんて欲張りになった気持ちもありました。 実は後から息子から言われたのです。「スポーツ少年団のソフトボールにはお母さんに無理矢理入れらされた」と。 けれども、近所のお母さん方と比べると全然教育熱心ではなかったと思います。代わりに作文を書いたこともなければ、子供の絵に手を加えたこともありません。夏休みの宿題とか皆親が手伝っているようでしたが、私は一切しませんでした。 気持ちですね。子供についつい期待が大きくなるその気持ちを如何に抑えるか・・。 次男には、全く褒めることしかしませんでした。 勉強も見て上げたことはないと思います。 小1の頃から自分で宿題を4時間も掛けてやる子でした。 あれには驚きでした。(要領が悪かったのですがあの真面目さには脱帽) 私の教育方針は長男には芸術教育を、次男には褒める教育を、これを実践してみたのですが・・。 今思うと、周りのお母さん方は皆子供の事に熱心でした。 比べると、私はそうでも無かったです。 私の場合は、どうなるかしら? と楽しんでいただけのような気もします・・。 想い出すのは、美術館に連れて行くと、いやがって私が見終わるまで、外でサッカーをして遊んでいました。 絵は二人とも大して上手くはなりませんでした。 多少センスは良かったのですが・・。
2008年06月11日
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今朝、テレビで秋葉原の事件のワイドショーを観ていました。番組で、加害者の青年の親はかなりの教育熱心な親だったと報道していました。 中学まで、成績がトップクラス。高校へ上がってがた落ち。 我が家の長男もそこまでは同じだったなぁと。 けれども、わたしが長男に教育熱心だったのは、小学生迄です。 小6の時は、「先生の代わりが出来るほどでした」 と社会の100点のテストの裏に先生のコメントが添えられて母親である私を大層満足させてくれました。 数学・理科・社会が得意でした。 小6・中3と「勉強しなくても彼はデキます」 と何時も先生に褒められるので長男には期待し、内心自慢の息子でした。 けれども、夫はそう言う息子を心配していました。 中学の時、クラスでは何時も2番でした。1番にはなりたくないと宿題はやらずにいても成績が良かったのです。 走るもの早くなり、200メートル2位タイでした。その学年は10クラスあるマンモス校でした。 高校進学の時、名門進学校への進学を私は望んでいました。 合格圏内に入っていたのです。 息子が中学に入るときに、夫は、「息子にかまうのはやめなさい」 と私に言い渡しました。マザコンになるからと。 部活はバスケで人気があり過ぎて補欠でした。当時スラムダンクが絶大な人気でした。息子は中3の時、県で1番の高校に行きたいと言っていました。口には出しませんでしたが、私の期待を感じていたのだと思います。高校進学をひかえた年、日頃、全く息子のことに関心の無さそうだった夫が思いも寄らぬ事を息子に告げました。「勉強だけが人生じゃないよ」と・・・。 私は唖然! でした。その直後から彼の勉強への意欲は急降下。 私は夫に腹を立てました。夫の真意が分からなかったのです。 一応テストは良かったのですが、自らが高校のランクを落として近くの進学校へ進みました。それからは声楽を習ったり、演劇部で芝居をやったり・・。 英語の先生に「僕の授業は何時も彼は寝ていますよ」 さらりと言われたことがあり、苦笑しました。 未だに、私を喜ばせたかと思うと、落胆させ、その振幅の幅の大きいことと言ったらありません。 けれども、夫の発した一言は、彼には大変大きく良かったのだろうと、後には思いました。何しろ中学の時、二つ下の次男を大層いじめていたのです。私が次男をかばうとさらにいじめるという具合で・・。 見ていると面白がっていじめているのです。 ストレスの捌け口だったのだと思います。 高校に入ると一切いじめなくなりました。 兄にいじめられたせいか次男は現実的でしっかりしています。 人間というものを大変理解しているというか・・。 子育ては、時代背景もありますが、親も子供との関わりから学んで親になってゆき、人間的に成長するのだなぁと。 そこで大切なのは、子供は親の操り人形ではないと言うことですね。 心を尊重して上げ、少しだけ期待する・・・それくらいがいいんじゃないでしょうか? 私はあるときから、子供に期待するのではなく自分に”期待する”に切り替えました。 これが案外難しい・・・。 <絵 これは昔、下書きだけ描いて放置してある100号。 家の換気扇に入り込んだ雀を介抱している長男。 写真を見て当時描いたものですが、・・子供の距離感が変です。 完成させたかったのですが・・>
2008年06月11日
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半年ぶりの友人と品川で会う。 パワフルに書いているという。 シナリオ時代の友人。 講演の帰りだと言う。 ひとまわりも上だから経験がいっぱい。 新聞記者を引退してから第二の人生。 親の介護在り、娘の出戻りあり、でも溌剌。 「ジャーナリストは長生き出来ないというのがジンクスなんだよ」 良く言っていた。 けれども、この方は長生きしそう。 人生を楽しむ方法を知っているよう。 会うとご馳走でしてくれるのが嬉しい。 わたしって、つい自分が奢ることが多いのだけれど。 良い人生を~。 わたしももう少しパワーが欲しいな・・。 暫く前に、凄いパワーがあるって、女のMさんから言われたけれど、全然です。 エンジンカラカラ油が足りないのか、 腹筋が足りないのか、 あの人に弄ばれているからか どちらにしても、 自分を立て直ししなきゃ。 そう思うこの頃です。
2008年06月10日
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秋葉原で起きた衝撃的な事件は、あれほどの負の衝動を起こさせたものは何だったのだろうと考えていまいます。 会社に行ったら、自分のツナギがなかった、だから自分はもう必要とされていない・・と。 リストラで今か今かと危機迫る、社内の冷たい空気があったのでしょう。 もし、誰かが彼に、一言、温かな優しい言葉を掛けていれば・・。 彼は反抗には向かわなかったに違いありません。 どんなに負け続けていても、人生は勝ち負けでは無いと言うことにいずれは気が付き、小さな喜びを見つける事が出来たと思うのに・・。 一番無念なのは、一瞬のうちに命を絶たれた人たちです。 何の事やら、訳も分からずに亡くなったのでしょう。 正直、このニュースを目にすることでも負のダメージが広がる気がします。 1997年の神戸連続殺傷事件。 世間を衝撃的震撼させた事件の被告と彼は同じ年です。サカキバラセイト、あの事件は、少年による残忍な犯行でした。 彼も当時中学生で、強い衝撃を受けたに違いありません。 あの翌年、高校演劇は、ナイフとか拳銃とか暴力による死をテーマにしたものだらけでした。 負の意識は、知らないうちに身体に潜伏し、何かのスイッチで発火するのかもしれません・・・。 わたしは昨日少し良いことをしました。 カフェで本を読んでいる時、席はいっぱいで、近くの席に東南アジア系のカップルが来て、一つ座るところがなかったのです。 それで、自分のテーブルの椅子をその方の所に持って行って上げました。 小さな親切。ちいさな思いやり・・・。 これで自己満足。その方も心が潤う。 他人を傷つけて自分の存在意義を見つける人が多くなったのかしら? バブルが崩壊してから、行け行けドンドンの脳天気からギスギスした人間関係を一時わたしも職場で見てきました。 経済的なこともあるでしょうが、大らかさが世の中に無くなりつつある現状・・。 それは、自分自身にも言えることです。 大らかに人と向き合う。大らかに人と語り合う。 大らかに人を愛する。 こんな事を書いていたら、わたしも大らかさが少し足りなくなっていることに気が付きました・・。 大らかに~くよくよせずに、夢を実現~。素敵な未来に近づく為に・・。 <けやき坂にあるガラスのオブジェ>
2008年06月10日
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この世は丸い粒子で出来ているのではなくヒモで出来ているらしいわ。 ミミズのようなものかしら? 6月は、雨粒の音を聴きつけて、カタツムリが天から降ってくる。 紫陽花の澄んだ青や紫の虹色へんげはカタツムリが1年に一度、6月の晩 雨に溶け出した愛が紫陽花の葉脈にとろとろと赤く流れ出して色を変容させているの。 ああ、だってあなたのその瞳、月夜に浮かぶ青く小さな粒子となって、足跡を残してゆくから・・。 それはゴム輪のように伸びたり縮んだりそれは縄跳びのように、くるくる廻って、 あなたとタップダンスで自由自在。 砂時計が落ちて満月になる頃に あなたは青い魚になって、そらを泳いでいるでしょう。 勿論カタツムリはあなたの背中・・。 そんな素敵な空の床を泳ぎましょう。 今宵宇宙のずっとずっと遠くまで・・。 <写真 夕べ六本木ヒルズ映画館の前で撮ったもの>
2008年06月09日
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物思う午後。 類似点はツァラトストラの中に在り。 なるほど、なるほど。 前に読んだときは、何だか苦しかった。 心のあり方で、理解も異なるのね。 女はそう頷き、ハムレットを思う。 生きるべきよ。死ぬべきではなく。 死はいずれ間違いなく訪れるのだし。 断崖の縁に立つ時、人生最良の方法が見えるに違いなく 行き場を失ったとき、空に舞うか、地にもぐるか? 人は決断するのでしょう。 楽しみの絶頂で他者に命の糸をぷつりと切断されることもあり、 どんな偶然があなたやわたしを思わぬ方向に。 もしアラジンがいるのなら、空飛ぶ絨毯に乗りたいわ。地球の至る処、風に乗って飛んでゆく。 雲に突き出たマッターホルンや、広大な赤い大地を駆ける縞馬を眺められたら素敵なこと。 きっと、きっと、これからキラメク出来事が星降るように訪れると信じましょう。 雲の厚い垂れ幕が舞台が開くのを今か今かと待っているのだから・・。
2008年06月08日
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お口直しに映画鑑賞。 『最高の人生の見つけ方』 私の大好きな俳優ジャック・ニコルソン。 そしてモーガン・フリーマン。二人の男の余命半年を宣告されてからの、人生最後の友情と勇気と行動と愛~。 何より、喜び~の物語。 素晴らしい映画だった~。 昨日のツマラナイ映画のお口直しで観た映画、やっぱり、ジャック・ニコルソンは最高~。モーガン・フリーマンも素敵だった。 アメリカ映画も棄てたものじゃないなぁ。 色んな生き方をした人もいつかは訪れる死。 その死を宣告された時、どう自分と向き合うか。 人生で出来なかったこと、やりたかったこと、ついこの間まで、他人だった男たちが共に友情を確認しながら実現してゆく夢・・・。 なんだか勇気が湧いてきます。 久々の感動・・21時10分から六本木ヒルズにて。 私もこれからの人生をやりたいことを、リストアップしよう。 そう言えば、次男は、今月オーストラリアに行くのだと。 外国嫌いだった次男が何しに行くのかと聞いてみれば、スカイダイビングに行くのだという。 わたしも負けてはいられない。ちょっとチマチマし過ぎている。 死ぬときは人に大いに迷惑を掛けるのが人間。 ならば、今の内にやりたいことを存分にやっておこう!そんな気持ちになってしまいました。
2008年06月08日
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6月はちょっと冴えない月。 DVDを借りたら、3日も過ぎて気が付いたり、 もう借りないと思って、映画を観に行ったら大ハズレだったり・・。 ポスターがジュリア・ロバーツなのに、 主演はトム・ハンクスで、アメリカ イズ NO1の映画で・・・頭がズキズキ痛くなった。 最も嫌いな戦闘シーンがあり・・。 後で観ると、他に面白そうなのがあったのに、 何となく選んでしまったのだ。 勘がハズレル6月。 6月は大抵良いことはないと相場が決まっている。 この湿度のセイかしら? バイオリズムのせいだと思うけど、 昨年も、その前も、その前の年も、6月は私を憂鬱にさせた。 だから今年は、あえて人となるべく会わないことにしょうと決めた。 自分がそう思いこんでいるから、今イチなのかしら? それか、6月は大抵の人が梅雨時の不快指数で冴えない感覚? 私の勘は急降下。 雨は嫌いじゃないけれど、インスピレーションが弱くなる6月。 春から夏へのエネルギーの膨張が湿った空気にのって羽根を重くする。 私の意識はダウンする。 重油が張り付いたカモメのように大空を気持ちよく飛べない。 こんな時は、やっぱり読書が一番かしら? けど、友人から会おうと電話あり、 なんだか元気そう。 私も元気には元気だけれど、怒ることもあったり、探し物もあったり、焦る気持ちもあったり、 ただふわりとふあふあすることもあったり・・。待ち遠しいのは9月だったり・・・。
2008年06月07日
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今日、テレビを付けたらNHKでエコライブというのをやっていました。 時々観ただけでしたが、環境問題を取り上げ気象化学者などが意見を述べたりしていました。 CO2などの環境を考えたときに、バランスというのが大切なのだと思います。 実は、環境破壊で被害に遭っている人々は、最もエコな生活、必要なものだけを自然の中から取って自然を大切に生活していた人たちだと私は学んだことがあります。 もう随分前から、温暖化による環境破壊は化学の力によってしか救うことは出来ないと言われていたようです。少なくとも私は10前にそれを知りました。 出演されていた方が、『心・技・体』という良いことを言っていました。 心ー個人のエコ意識。技ー科学技術の力。 体ー社会システムの構築。 ただし、難しいのは、自分の国だけで解決出来ない国益というものが絡んでいる所だと思います。 国益は、他国からエネルギーや資源を奪い、経済に於いて大量商品を量産し最もエコと対局なゴミを大量に生み出しています。 持続可能な開発をうたった京都議定書は意味のあることだとは思いましたが、CO2排出量を国で売り買いすることが出来るという決め事には当時驚きました。 今日のテレビでは確信部分には触れてはいない気がしましたが、 けれども、まずは心の意識の部分なのでしょう。 そして、CO2を吸い取る凄い発明が出来れば、ノーベル賞ものなのだろうな~。 <写真 ネットから菩提樹のお花>
2008年06月07日
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一人を楽しんで・・ 時々自分を孤独に追いやって、独りぼっちにしてみる。 誰とも喋らずに、読書に埋没。 隣では、9人の女たちがまるで同窓会のような賑やかさ。 その騒音は不思議なことに気にならない。 時たま、単語がポン! と宙に浮くのだけれど、 私の皮膚には入ってこない。 私の皮膚に入るのは、文字から出る音の振動と波長。 空気の動き。 光の傾き。 女たちのよそ行きの声。 それを横で楽しむ。 一人を楽しむ。読書に親しみ孤独を友とし。 道端の、お花屋のほんのり語りかける花に微笑み、空に手を広げた欅に目を細め一人ぶらぶら独りぼっちを遊ぶ。 一人でタイめしを食べ一人で、コーヒーを飲む。 一人で読書し、一人の宇宙。 けど、この世にたった一人じゃ、あまりにも寂しい。 騒音や、車の音や、賑わいの中の一人は都会の孤独・・。 孤独の中に一輪の赤い薔薇。 その薔薇にジョロで水を撒き、花が笑うのを、共に笑って楽しむ。 そんな夜更け、今夜も黒雲が空を覆い、黄色い月は幕開けを今か今かと待っている。 月が出たら、私の中から豊かな音譜が鐘を鳴らすと思うのだけれど・・。
2008年06月06日
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暫く前のことです。 ベランダのポインセチアの鉢が倒れていたことがありました。 風でも強く吹いたのかしら? その時、そう思いました。 何しろ、枝葉が大きくふさふさになり、豊かに実っているのです。 私は直ぐに起こし、水を与えました。 その日は大変天気の良い日で、幾分水分が足りなかったのです。 私は、水を与えほっとしていました。 暫くして、ポインセチアの様子を見に行きました。 すると、また倒れていました。 あれから20分ほどしか経っていませんでした。 風などまるで吹いた形跡はなく・・ その時、このポインセチアには意志があるのだと思いました。 どう考えても、水を与えてからは、倒れるような不安定な状態ではなかったのです。 ベランダには壁があって、突風が吹き込む形状ではなかったのです。 ポインセチアは豊かに実った樹のようです。 昨年、最後の赤い葉を一枚落としてから、「その後は、葉をカットしなければだめだよ」とお花屋さんに言われたのに、鋏を入れることが出来なかったのです。 春先まで部屋に置き、温かくなってベランダに出しました。 今では、梅雨の滴を浴びて生き生きとしています。 最近、すっかり成長が止まってしまったオリーブも、本日ベランダに出してやることにしました。 ひょろりとして、頼りなげなので、支えを買って来てつけました。 これから、すこし成長してくれるかしら・・。 夏の光をいっぱい取り込むことが必要なのね、オリーブは・・。 ポインセチアは、我が儘でかまって貰いたい植物です。 離ればなれになっていた植物は、ベランダに少し離して置きました。 そうしないと、オリーブがエネルギーを吸い取られてしまいそう。 暫くはオリーブの成長を見守りましょう。
2008年06月05日
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夕べはテレビを付けたまま寝てしまい、ずっと朝まで、そのテレビ番組が耳に入り込んでいました。 環境問題を取り上げた番組だったので、消さずにいました。化学番組のようで、再放送だったのだと思います。 眠っているのに、耳では聞いている状態で・・。 日本海のウニが捕れる地域で、身が少なく不味いウニが大量に増え、その原因は何故かというもの・・。 この100年に海水温度が1.6度上昇し、近年の1度の上昇により、以前生息していた海藻(あらめのようなもの)が消滅してしまい、その海藻から出る何らかの物質が無くなってしまった為にウニの生育に大きな影響を与えているのだとか・・。 また、日本人で南極大陸に冒険に行った方が、其処に住むエスキモーの生活に憧れ、サラリーマンをやめて、エスキモーになる生活に身を投じて現地の女性と結婚し、自分で食べるものを狩猟して(アザラシとか)生活しているのですが、温暖化により、地表の氷が薄くなり、犬橇で狩猟に行くことが危険になり、エスキモーの生活自体が危ぶまれていることなど・・。 昨年2月から、アルゴアさんの登場によって、急に環境問題が大きく取り上げられるようになりました。 けれども、既に深刻な事態です。 何しろ、日本は世界第2位の経済消費大国なのです。 経済大国であることは、環境問題を悪化させているのですが、 其処の所はまだまだ対岸の火事と捉えられているような気がしないでもありません。 <写真 お花屋さんののブーゲンビリア>
2008年06月05日
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昨日、ちょっと本屋さんを覗いたとき、文芸誌に自殺の記事が載っていて、近年の年間の自殺が3万件ある内訳が載っていました。 その中の、ちょっとうら覚えですが、小6の男の子の自殺が珍しいものだったので、目を惹きました。 正確ではなく申し訳ないのですが 少年は、性格も良く大変やさしく明るく、友達からも慕われ成績も優秀で、自殺の動機が「死後の世界を見てみたい」という好奇心に駆られてのものだった、と言う内容でした。 その遺書を新聞社に送り、新聞社の方は悪戯だと思ったのですが念のため確かめたら事実で、ナントカ岳という崖下から発見されたと母親から告げられたと・・。 死後の世界は色々な書物によって、又は宗教によって語れていますが、彼は、再び生き返るかも知れないと思っていたのかも・・。 神社やお寺は死んだ人たちの霊を弔う為のものでしょうか? 8年ほど前に野田秀樹の「オイル」という芝居の戯曲を読んだ時「死んだ骨はオイルになる」というセリフがあって、私は違和感を覚えたことがありました。言わんとしていることは理解出来たのです。 人間はオイルという資源を奪い合う為に戦争が起きるのだと。 けれども、人間は死んでもオイルにはならないと思ったのです。 人間は火葬されても、土葬されても骨が残り、死んだからと言って全てが消えてしまう訳ではないと思ったのです。 先日の骨を砕いてトイレに流した事件には仰天しましたが、 やはり骨は発見されました。 骨はいつかは風化しただのカルシウムになってしまうのかも知れません。 それには、どれくらいの年月が必要なのでしょう。 エジプトのミイラに代表されるように、何世紀に渡り生き続ける骨は死後の世界が存在すると証明しているような気がしてなりません。 3年前には青山霊園、雑司ヶ谷霊園、それから藤枝霊園、ことし、フランスのパンテオン神殿を観たこともあります。 フランスに尽くした人が祀られているそうですが・・。 化学によっての骨の見方と、宗教による骨の見方、その中間に真実があるのかもしれないと思いつつ、次男が高校生の頃言ったセリフを思い出しました。 「プラスティックは、土の中で分解されないと思っている人が多いみたいだけど、1000年くらいで分解されるんだよ」 この言葉は私に大きな衝撃を与えました。 皆さんはどう思われるでしょう。 <私のお宝。インドネシアのチェーンステッチのカーペット。 窓からの日差しで色褪せてしまったのですが、買った時、 南洋の海のように美しいブルーの色合いでした。 麻糸で出来ています。>
2008年06月04日
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カフェで読書していた。 コーヒー片手に静かな静かな空間。 時々、ガチャンと大きな音。厨房で何の音? まるで貸し切り空間。 向こうの方に、見たことのある漫画家の方。私は窓側の席で静かに、静かに時間は流れ・・。 あの方は資料を読んだり、鉛筆を滑らせる音。 私は珍しく速読していた。 こんな雨の日はお客も少なく、 雨降る音はジャズと連動し、 活字はト音記号、目は斜め読みする。 けど、今イチエネルギーが湧かない。 目標を決めなきゃと思いつつ、目標が定まらない。 アイディアは湧く。けれど、情熱が湧かない。 どうしてかしら? あの人はどうしているかしら? ふっと思う。 白玉ぜんざいを食べてエネルギー補給。 けど、満たされない心。 雨は好きだし、雨の歩道は私を未知の扉へと向かわせるはずなのに、水たまりと友達になれない今日の私。 そうだわ。昨日、過去に逆流してしまったから進めなくなったのだわ、きっと。 あの写真・・私の過去は萎れた花のように色を失い、ただ乾いた砂漠のよう。 白いドアを開く必要などなかった。 あの人はもうこの世には居ないのだから・・。 <田舎の家のお気に入りの壁紙の洗面所>
2008年06月03日
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