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やっと部屋が片付いた感じになった。いよいよ大晦日である。私自身、論文の仕事が継続中であることを考えると、これで終わりという気がしないのだが、弟ファミリーも我が家に遊びに来て、年末であることをいよいよ感じる。今年は私にとってのブログ元年。立ち上げたのは震災10年目の節目の日、それからここまで日記らしきもの書き続けてきたのは、きっと小学生の時以来だろう。ブログの中でいろいろな方ともやりとりができるようになった。ブログをしていると知らずにやりとりしていて、何だかおかしいなと思っていたら知り合いだったという何とも意外なこともあった。今年を簡単に振り返るならば...仕事は昨年のような殺人的なハードさはなかったものの、どんよりした感じ。しかし、そうであったからこそぐっと距離が近づいた同僚もいたりして、何が幸いするかはわからない。家庭では、娘が幼稚園に行くようになって、ずいぶんと生活サイクルが変わった。息子がかなりしゃべれるようになってきた。妻は子供たちのめんどうをよく見てくれた。時にはブチ切れるコワ~いママであっても、それはそれでいいかなと思う。子供たちは素直に育っていると思う。きっと私の見ていないときに相当な努力をしているのだと思う。とにかく感謝している。オケは、マーラーの大曲に始まり、小学校での演奏会、メジャーな曲を集めてホールが満員になったポピュラーコンサート、OBオケでの久々のハードな演奏と感動、そして毎年恒例の大学オケへの出演、全体としてはすでに体験済みの曲をさらに深めるような感じになった。これだけ毎週オケの練習に行っても、ブツブツ言いながらも許してくれた妻、そして「パパ、ばいおりんして、かんぱーいしてかえってくるんでしょ、またあしたね~」とぐずることもなく送り出してくれた子供たちにやはり感謝だ。そうそう、それから阪神タイガースが優勝したこともうれしかったぞ~!来年も健康に気をつけて、充実した年にしたいと思う。さて、実家で年越しそばをいただくとするか...。このページをご覧いただいているみなさま、よいお年をお迎えください。
Dec 31, 2005
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一日遅れの更新。理由は大宴会で飲み過ぎたこと。前日、またもや子供たちと一緒に寝たために、5時半起床。みんなが寝ている間に仕事。この前ほどは残念ながらはかどらず。しかし、大学オケ時代の仲間と共に大宴会が予定されている。気分はよく、また期待も高まってくる。午後から次回のOBオケ演奏会に向けた話し合いがあるということで、出かける。なんとその場所は先日行ったラーメンゾーンのすぐ近く。ということで、同僚から教えてもらった店で今度こそ食べるぞ!と張り切って行くことに。お目当ての見せに行ってみたら、なんとすでに10組近くが並んでいるではないか。しかもカップルばっかり。あんたら、他にすることないんかい!と思うものの、並ぶだけの時間がなかったためにあっさり退散、別のオススメの店へと向かう。こちらはどうにか入れそうだということで、早速入ってみた。店はとても清潔感があり、隣で食べている人のラーメンをちらっと見るとこれがおいしそう!いざ食してみると、うまい!!醤油とんこつベースだが、麺がスイスイとお腹に入っていく。スープもすばらしい。というわけで満足したまま、打ち合わせ会場へ。打ち合わせはけっこう長時間になった。どのような体制で動いていくか、曲目をどうしようか、いろいろと話し合う。私は選曲のためにスコアを持ってくるように言われていたのだが8冊も持って行くとさすがに重い。それでも持って行った中から選ばれたので、報われた気がする。有意義な話し合いができたと思う。みんなで集まって、現役学生のときにはチャレンジできなかった曲をやろうという趣旨には大賛成だ。次の演奏会も楽しみである。その後はタクシーに分乗して大宴会会場へと急ぐ。私のいた大学オケはあまり規模が大きくないのと、エキストラとしてOBが呼ばれる確率が高いという伝統があるために、年の差がかなりあってもみんな仲良しだ。この宴会も最大で20歳以上年の差があったのだが、それでもちゃんと話は通じる。私も現役の学生と普通に話をしているし、顔と名前は全員分かる(35人ぐらいいたが)。こういう伝統はずっと守っていきたいものだ。この宴会の中心メンバーがOBオケにいるので、現役学生(特にこの3月に卒業する学生)をスカウトする姿もちらほらあった。次に2次会へ移動するが、途中で帰る人はほとんどおらず、そのままの人数で流れていった感じ。そちらでも楽しく話し込む。現役の学生が「僕のバイト先で一緒に働いている子がよんきゅさんの1年ゼミをとっていたって言っていましたよ」と言っていた。これには正直驚いた。名前を言われてすぐに「ああ、あの子だな」と思い出せたが、まさかそんなところでつながっているとは!ますますちゃんとしなければ、どこで何を言われるかわかったものではない。と、そんなこんなで話し込んだが、そろそろ時間だなと思って、後ろ髪を引かれつつも先に失礼して店を出たら、駅で「最終が出ますよ!」という。別の電車に乗れば帰れるのだが、これに乗るのが一番楽だったので、階段を駆け下りて乗った。しばらく揺られるうちに、「うっ!気分がわるいぞ...」後は1時間以上電車に揺られて、眠気と腹痛と吐き気との戦い!これはかなりつらかった。途中、宴会のメンバーにメールのやりとりをしながら気を紛らわせ、へろへろになりながら帰宅。気持ち悪いことこの上ない。しばらくぼーっとして、吐き気がおさまってから就寝。幸いにも今日は二日酔いになってはいないので、気分はそこそこである。しかし、21時間も起き続けているとやっぱりしんどさは残っている。あ、部屋を片付けなければ...。
Dec 30, 2005
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第3楽章「天上的な」などと評されることもあるこの楽章だが、本当にその気分でいられるのは1stVn。2ndVnの譜面と並べてみると、黒い部分の多さがまるで違う。冒頭の旋律が変奏されていくと1stは相当忙しくなる。ベーレンライター版(というと訳が分からなくなりそうだがこれは楽譜出版社の名前で、ベートーヴェンを取り上げようとするオケで弾く人なら最近よく聞くだろう)だと、この楽章のテンポ設定はかなり速く感じるはずだ。これを心地よいテンポと取るか、従来の方がいいと思うかで賛否が分かれてくる。2nd的に言えば、速いほうが疲れにくいとは思うが...。というのも、2ndは伴奏がほとんどでしかもピチカートだらけなのだ。譜面を一見しただけではほとんどあの旋律は浮かんでこないし、低い音のピチカートが多いので、だんだん右腕が疲れてくるのだ。2ndがオケの中で存在をはっきりさせられるのは、この楽章で言うとほぼ2箇所だけ。冒頭の旋律が終わった後に出てくる4分の3拍子(ニ長調)の場所と、最後の方で変奏が盛り上がり、トランペットのファンファーレが2回出てきたすぐ後(変ニ長調)だ。前者は、冒頭の旋律がおさまってきったところからいきなり拍子が変わって出てくるので、かなり緊張してしまう。最初にタイミングがつかめないでいると、指揮者に必ずにらまれる場所である。ベートーヴェンはこの曲では特に2ndに対して意地悪だと思ってしまう(被害妄想か?)。もちろん、うまくいけば気持ちのいい場所であることも間違いない。冒頭の変ロ長調が雲の上にある天国だとすれば、このニ長調はそのさらに上に広がるどこまでも青い空のようだ。後者は、非常に単純な音型で、旋律とはほとんど言えず、むしろ断片だろう。しかも指定はppなのだが、ほとんどの指揮者はここをもっと弾いて欲しいと言う。それでも勇気がないような音だったりすると、「じゃ、mfにしましょう。mfですよ、いいですね。」などと言われてしまうのだ。確かに、これをやっているのは2ndだけで、あとは低弦が旋律、背景を木管楽器がやっているので、下手をすると埋もれてきこえないのだ。と書いてしまうと、「2ndってやっぱり面白くないんじゃないの?」などと言われそうだが、そんなことはない。いい曲は伴奏もやっぱりいいのだ。面白い音が書いてあるし、伴奏もいい流れで音が動いていくのだ。そして、たまに旋律が出てくるだけに、それを大事に弾こうと思えるところもよい。アクセルをいっぱいに踏んでいなくても、安心していられるエンジンでなければいけないのは、ゆっくりした楽章でも変わらないと思う。あと、さらにマニアックな難しい場所は、後半の方にあるクラリネットが冒頭の旋律を穏やかに吹き始める場所(変ホ長調→変ホ短調→変ハ長調→変ロ長調という流れ)。ここでは、ピチカートの伴奏は2連符と3連符の間を弦楽器のいろいろなパート間で行ったり来たりする。切り替わる場所を担当する楽器は「げっ!」と思う場所だ。おまけに拍の頭が休符だったりするのでなおさらやりにくい。まあ、慣れてくるとうまくいったら快感になるのだが。その後3連符で最初の調(変ロ長調)に戻すのも、2ndVnがやっている。この部分は視界がぱーっと開ける感じで実にうまくできている。ちなみに、変ハ長調(譜面上はb3つだが、実質はb7つ!)の場所で旋律を担当しているのはホルンなのだが、当時の楽器の性能だときっと演奏するのはつらかったのではないだろうかと思う。今でも難しそうに思えるが...。最後はやっぱりこれもあっけなく終わる。そして...第4楽章嵐が吹くような冒頭。いきなり音がぶつかる和音でスタート。そして、最初の旋律はいきなりチェロとコントラバスに出てくる。コントラバスがここまで表に出てくるケースは珍しい方なので、弾いているのを見ているとやはりやりにくそうだ。ふだん人前でしゃべらない人がいきなりスピーチをさせられているような気まずさが、特に初めの頃の合奏でよく見られる(もちろん、そういう人ばかりではないが)。その後、各楽章の回想シーンが短くあると、2ndVnは延々と休み。ここは冬眠状態にならないようにしなければならないところだ。むしろ、他の楽器の演奏を楽しむつもりでいないといけないだろう。独唱が出る前に、コントラバスとチェロから歓喜の歌がリレーされてくる場所は弾いていても快感のある場所だ。ヴィオラがいい音で入ってくるともう鳥肌が立つのだが、そんなことは言っていられない。旋律は1stがやるのだが、2ndは1拍目からではなくその前(アウフタクト)から伴奏を始めなければならない。ここもびびっていると指揮者ににらまれるポイントだ。おまけにここの伴奏はかなりこっているために非常に難しい。それだけにできると気持ちいいのだが、一度は1stを経験しておきたい場所である。あのさわやかな音楽の気持ちよさにはさすがに負けてしまう。その後はしばらく伴奏が続く。この伴奏をしながら、歌付きはいいなと思うのがこのあたりを演奏しているときだ。そして、最初のクライマックスがやってきた後のトルコ風マーチ、ここが曲者である。この部分自体は好きだし、ベートーヴェンの映画(不滅の恋)の中でベートーヴェンが森の中を走るシーンがまさにぴったりな感じの場所。ところが、伴奏の始まりはすべて1拍目にないので、弾いているうちにだんだん混乱してくる。むしろ曲をきっちり体に入れて弾かないとうまく行かない場所である。それを抜けると最も有名な場所。合唱による歓喜の歌が全開の場所である。このあたりから合唱もエンジンが全開になる。人間の声を集めることのすごさを感じる場所だ。ここから先は合唱や独唱においしいところを持って行かれようが、伴奏がいかに難しかろうが、私は許せてしまう。「運命」のようにがっちりした曲もいいが、第九のようなハチャメチャぶりも素晴らしい。とはいえ、コントラバスにあの音型はちょっとひどいが...(4分の6拍子の場所、CDを聴いても難しいことがわかる)。最後の方で3回ゆっくりになる場所があるが、私は1回目が大好きである。合唱があたたかく(熱を帯びてではない)包んでくれるように歌われるこの場所は弾くたびに幸せな気分になる(とはいえ、本当に一瞬だが)。最後の1ページ(Vnが沈黙の中から出てきてスピードを増して盛り上がるところから)は呼吸していることを忘れるほどテンションが上がってしまう。最後の一音を弾くときは短い音だがホール中に響けと思って出している。やっぱりこの曲は何度弾いてもいい曲。日頃はあまりない合唱とのコラボレーションがたまらない。楽器の音も素晴らしいが、やはり歌は声から始まったものだと実感するのがこの曲。合唱を聴きに来ている人にとっては「第3楽章まではいらんから(確かに45分ぐらいあるし)早く第4楽章をやって」などという声も聞かれるが、やはりこの曲は全部やってはじめて完結する曲だと思う。「これも違う!あれも違う!やっぱり違う!」と言ってから「そう、それ!」ということなのだ。と、かなり違った面から第九に光を当ててみました。ライブで見るか、DVDで見るかするとちょっと違った見方になるかもしれませんね。
Dec 30, 2005
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今さら自分がいろいろと言うまでもない名作。年末になると、日本の各地で演奏会が開かれるだけでなく、CMのBGMで飽きるほど流れてくる。さすがにうちの子供たちも「第九」のメロディは覚えた。が、変奏の部分でも「これも第九?」と聞いてくるあたりはなかなかやるなと思う。将来、楽しめる聴き手に(弾き手に?)なれるかなと、少しだけ期待がふくらんでくる。私が幼少期に経験した音楽の時間における「クラシック音楽アレルギー」にはならないだろう。この曲を節目に、この時期に取り上げるのはちょうどいいなと2,3日前から思っていたのだが、普通に書いたのでは面白くない。というわけで、オケでは日頃地味な作業をしている2ndVnを弾く立場から見ると第九はどう見えるのかを書いてみたいと思う。第九はかれこれ14回本番で弾いている。1stも2ndも複数回経験しているが、どちらも弾いていて楽しい。2ndを先に経験したので、余計に1stが楽しかったように思う。それは、2ndの音の大切さがわかって弾くからだと思えてならない。第九で2ndVnはやはり派手に表に出てくる場所は少ない。しかし、実はさりげなくメロディに顔を出していたりする。あとはとにかく性能のいい、しかも長持ちするエンジンであり続けることが大事だ。ベートーヴェンの交響曲での2ndVnの扱いはずっと一貫している。とにかく細かいリズムを高い温度(湿度はいらないか...)を保ちながら刻み続けることだ。7番の第1楽章や第4楽章などは、熱くなりすぎるとオーバーヒートしかねない。この「刻み」の出来によって、演奏の推進力がまるで変わってくる。聴く人にとっては、メロディに耳が行きがちだが、刻みを抜いて演奏すると恐ろしく間が抜けてしまう。格好いいボディなのにエンジンが弱くて走らせても面白くない車のようになってしまうのだ。では、第九はどうなのだろうか。第1楽章冒頭、指揮棒が上がる前は緊張感のかたまり。6連符の刻みしかないので、2nd、特にトップは責任重大、指揮者はたいていそこを見て指揮棒を振り始めるからだ。その後調が分からない宙ぶらりんの状態からニ短調に変わる音もやっているので、ここも間違えるわけにはいかない。ffでやっと安心する(さすがに一息はつけないのだが)。それからしばらくはシンコペーションのオンパレード。楽譜を見るだけで細かくて目が痛くなりそうな場所だ。途中、しばらくしてからハ短調の部分で旋律登場。たまにしか旋律が来ないので、アマチュアの場合後ろで弾く人はかなりドキドキするらしい。展開部分も6連符のオンパレード、いったい何小節続けていくのだろう。その上を涼しい顔で1stの旋律が駆け抜けていく感じ。たまにはこっちも涼しい顔のふりをする。クライマックスでは、冒頭の旋律(というかほぼ断片で、ニ長調、音はレばっかり)が登場するが、ここが派手な割に実は意外とオケの音は分厚くない。むしろ空虚な感じさえする。そこからさらにテンションが上がると和音はさらに歪みを増して、不協和音になり、ここでやっと厚みが出る。そこを越えるとニ長調のさわやかな世界。しかし、それも長くは続かない。最後は半音階で不気味に音を重ねていき、高揚すると冒頭の断片が登場、最後はぶった切る感じで終わる。第2楽章もそうだが、どうしても弾き終わる姿はチャンバラシーンの最後に敵をぶった切るようになってしまう。「これは違う!」などと終楽章を暗示するような気持ちなのだろうか。第2楽章これも冒頭は緊張感で破裂しそうな感じ。ティンパニが主要リズムを決めるといきなりppで2ndの旋律となってしまう。その前がffだけに、力のいれ具合を調節するのがきわめて難しい。緊張しすぎると右腕がビビラートになってしまう(ホゲ~という感じでかなり間抜け)ので、気持ちのコントロールも難しい。しかし、たいていここを張り切っても次のパートが2小節後に出てくるので、指揮者は「そこから抑えて!」というのだ。頭では分かっていても心を抑えるのは難しいぞ...。ffになるとそこからは援軍がいっぱいやってくるので、安心して弾ける。しかし、ずーっと同じ音(和音は変わっても結局含まれてしまうので)とリズムを弾き続けるのはこれまたしんどい。「何小節弾いたかわからんぞ」などとどこかからかきこえてくることが少なからずある。その後にも他の弦楽器と1小節あるいは2小節ズレの追いかけっこをやったり、これまた大変である。「何小節休んだかわからんぞ」とまたきこえてくる。休む小節数が奇数だったりするとかなり混乱する人が多発する。中間部はニ長調の明るい世界なのだが、最初は旋律の重なり合いで進行していくのと、リズムを打つ楽器がないということで、これまた少しスカスカな感じがする。よく言えば、「さわやか」なのかもしれないが。ちなみに途中から2ndVnは全音符のレをずーっと弾き続けている。こういうところは他のパートの旋律をいかに楽しむかがポイントだろう。必死にレを弾いたところで面白くないのだから。その後また冒頭から繰り返し。どこをどう繰り返すのかは指揮者によって違うので、これまた混乱する。指揮者が指示をしているときに「え?いま何ておっしゃいました?もういっぺん言ってもらえます?」という人が必ず一人はいるものだ。そして最後は拍子が変わって(2分の2拍子がいきなりはさまっている)。8回斬って最後に1回斬っておしまい。気分は暴れん坊将軍?(字数がオーバーしかねないので後半はまた後ほど)
Dec 29, 2005
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昨晩もまた子供たちがなかなか寝ずに妻がご機嫌ななめ。私が起きていると遊びたがるかもしれないと思って、早めの就寝。しかし、やるべき作業が減ったわけでもないので、早起きをして早速作業をする。卒論のコメントはすべて送り終えた。誤字脱字、文章になっていない日本語、強引な論理展開などなどに苦しみながら、どうにか読み終えた。最後の最後、学生たちを社会に出すまでに文章を書くことには言い訳がきかないという厳しさが伴うことを知ってもらおうと思っている。「最後は厳しいぞ」といつも言ってはいたのだが、まさかと思っていたようで、いざやってみると「ゲッ!」という反応だった。日頃の発表でしたコメントをきっちり自分のものにして書けば後は楽だとあれほど言ったのに...。まあ、しょうがないだろう。気分的に疲れたので目先を変えようと昨日に引き続き年賀状書きに向かう。これも少なくとも今日中には出してしまわないといけない。慌てまくっている。BGMはお約束の「第九」一度は通しで聴いておきたいところだった。と、誰も起きてこないぞ...。それはいいとして、第九も終わり、次にマーラーの交響曲第4番を久しぶりに聴いてみる。やはりいい曲だ。第3楽章あたりで全員起きてきた。妻が「この曲は何?」と珍しくマーラーに反応した。あまり好きではないと言っていたが、4番の軽い雰囲気は別なのかもしれない。一段落年賀状を書き終え、次は論文の作業へ。しかし、年末は家事が増える。子供たちのめんどうを見ないわけにはいかないので、子供たちがけんかして泣くたびに仕事が中断。今日あたりはそれでも我慢だろう。
Dec 29, 2005
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わからなくなってくる。冬休みで大学に行っていないからだという理由はもちろんのこと、忙しくしているのでそんなことを考えていないこともあるし、あと、テレビ番組が特番ばかりになっているので、曜日が分かりづらくなっていることも原因だろう。しかし、年末年始の特番はつまらん!!DVDに録画する気にもならない。ニュースの時間すら短縮になっているのだ。どこの曲もほとんど同じ対応なので、ますますテレビを見なくなった。まあ、それはそれでいいのだが。今日は寝覚めからしてよくなかった。見た夢が悪かった。まずは、ある同僚の先生が「とにかく何でもいいから実績を出さないと困るんですよね。つきましてはよんきゅ先生、オーストラリアに留学する気はありませんかね?紹介する大学には先生の専門の講座はないんですけど、ダメっすか?ダメっすか?」オーストラリアの話ははさすがにないが、そこを別の言葉に置き換えた状態で、何度か頭の痛いことを頼まれたことがあった。潜在意識の奥に眠っていたはずなのに、夢はおそろしい。もう一つの夢は、卒論のコメントを出した学生が文句を言ってくる夢だった。昨日読んでいた卒論の中に、自説だけで押し切って客観的な根拠がほとんど示されていない困った論文があった。全編通して「私が言っているんだから正しい」みたいな言葉がズラリ。読んでいるうちに気分が悪くなってきたので、さすがに言葉は選んだが、その部分を書き直すように要求するメールを出した。ところが、返ってきた答えは、「これはやっぱり正しいので書き換えるつもりはありません」というものだった。しかも最後に、「どんな質問が来ても速答しますがね(笑)」ときた。「(笑)」って何なんだ!?早ければいいと言うものではないし、30分そこそこなんかで答えは出ないぞ!仕事でそんなことやってたら、頭のキレる鋭い人が近くにいたら、足下をすくわれてしまいかねないので心配である。次にどうやって諭すか、頭の痛いところである。午前中は残りの論文のコメントを出す。誤字脱字の多さに辟易しながら、作業を進める。昼食には、電車ですぐに行ける繁華街へ出かけ、ランチと買い物。私の買い物は、本だ。今月にチェックすべき新刊が続々とあったので、それをチェックする。とりあえず必要であると思われるものを購入。10冊あったので、とにかく重い。息子のベビーカーに半分乗せて、とりあえず自宅に帰るまでをしのぐ。妻が百貨店に行きたいというので、子供とおもちゃ売り場で遊びながら待っていた。最後に、地下の菓子屋へ。ここでゼミ生がバイトしている(春からはそこの正社員なのでほとんど研修状態)と聞いていたので、少し顔でも見に行こうと思って行ってみた。忙しそうにしていたが、とにかくしっかりやっていた。お菓子の整理をしていたのが見えたので、しばらく待っていたが、あまりに長くいると怪しいだけなので、とりあえず商品を持って「すいません」と別の人に声をかけたら、声で分かったのか、気づいてくれた。とにかく忙しそうだったので長話は厳禁。二言、三言ぐらいのやりとりだったが、喜んでくれたようだ。もとから性格がよくて好感の持てる人だが、就活を経てしっかりとするようになり、さらに卒論も手間をかけていいものを書き、おそらくゼミの2年間で最も成長した一人だと思う。この菓子屋はいろいろな場面でけっこう使うので、卒業後もまた様子を見に行くことができるだろう。さらなる成長ぶりを見守っていきたいものだ。と、気分よく帰宅したら妻は図書館に行きたいというので、子供と遊ぶが、さすがに疲れてうたた寝。しばらくして「パパ、遊ぼうよ!」とたたき起こされる。妻の帰宅までお付き合い。そしてまた卒論を読む。さらに就寝前には年賀状!とにかくやることが多いが、午後にちょっと妻のガス抜き時間を作ることを意識しているので、今回の休みは仕事がしやすいのも確かだ。このペースを守っていくことにしよう。
Dec 28, 2005
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今日も昨日と同じ作業。ちょっと論文のための文献をチェックし、年賀状を印刷し、卒論を読むというサイクルの繰り返し。年賀状が山場を迎えたので、ちょっとそちらのウェイトが高かったか。おかげでほぼ印刷は終了。妻の分を先に渡して、私は夜中に裏面のひとことを書くことになるだろう。これがけっこう時間がかかるのだが...。昼食後に実家まで印刷した年賀状370枚を納めてくる。子供たちはおじいちゃんの家に行くのが楽しいらしく、はしゃいでいた。さんざん騒いで散らかして帰って、どないやねん!これは...。父は「どっちみち大掃除するからいいよ」と言ってはくれたものの、ちょっとゴメンナサイという感じだ。きっと仕事から帰宅した母はビックリしたことだろう。それにしても両方の家で合計600枚も印刷するとなると、インク切れの早いこと...。想定していない色がなくなってまた大あわてで今日も買いに走る。1週間で家電量販店4回目...(買っとけよと言われそうなものだが)。ちょうどいいお出かけになっていることも確かなので、いいように解釈しておこう。帰宅後は、またまた文献チェックと卒論コメントの作業。なかなか進まないこの状況にだるさを感じながら、ぼちぼちやっている。明日はカフェにでも行って気分を変えてみようか...。
Dec 27, 2005
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一日遅れの更新。息子が午前0時をまたぐ夜更かしをし、寝かしつけていた妻がブチ切れ、その後処理に追われたため。結局、息子と私とでどっちが起き続けられるか競争になってしまった。おかげで「カルトQ」を見ることができたが(何のこっちゃ)...。昨日は年賀状作りと論文執筆(これはほんのわずか)と卒論コメント書きに追われた。年賀状は両親の分も毎年一手に引き受けているので、これまた大変である。一気に負荷がかかってしまうせいか、紙詰まりをよくするので、PCのそばを離れるのが難しい。そこで、結局卒論を読む作業と平行してやっていた。今年は卒論を書かずに単位が揃ったのでとゼミを辞める不届き者がたくさんいたので、例年よりも提出された本数が少ないのだが、完成させた人の卒論には力作が多く、読むのに時間がかかるのが大変だ。フォーマットや構成に関してはずっと細かく指導をしてきたのだが、それでも甘い部分があるし、誤字脱字もけっこうあった。本当の完成を目指してもらおうということで、学生にはメールでコメントを送っている。さて、再提出時にはどうなっていることやら。そんな合間を縫って、家族で久しぶりの商業施設(車で40分ほどかかる)に出かける。昼食をとり、必要な買い物をする。今回の私の目的はカジュアルの靴を買うこと。サイズはある(といっても標準よりは大きいので少ない)のだが、足形がなかなか合わない。甲が高いようで、普通のスポーツシューズなどではつらいのだ。結局、やっと1足だけ足にフィットするものを見つけて購入。あとはお気に入りのキムチ(近くだとここにしか店がないので、来たら必ず買う)を購入して帰宅。子供たちは、昼食に入った店の接客を観察していたのか、家に帰ってからお店屋さんごっこを始めた。「4名でお待ちの○○様、どうぞ~」と娘が言うと、「ありがとう」と息子が返し、席に座ると「ご注文は何になさいますか?お子様は小皿とかスプーンは必要ですか?」と娘が言う。息子が「お願いしま~す」と言うと、「定食以外に単品もできますよ」と娘がまた言う。かなり高度なお店屋さんごっこである。私が子供の頃にはファミレスという業界はなかったと言っていいぐらいだったので、外食もあまりしていなかった。こんな遊び方はできなかったように思う。外食に行くたびに、帰るとお店屋さんごっこがどんどん進化していることがわかる。ただ、「1万円から」とか「~でよろしかったですか?」というところまでは真似しなくていいぞと思ってしまう。あと、まだ連れて行っていないが、居酒屋なんかに行こうものならきっと言うんだろうな、「お飲み物を先にお伺いしますね」とか「生中4つ!」とか。まだ連れて行かんぞ...。
Dec 26, 2005
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今日は、子供たちにたたき起こされた。「パパ!サンタさんが来たよ!」ということで、うれしさを伝えたかったらしく、寝かせておいてあげなさいという妻の言うことを無視してやってきた。かわいいものである。娘は望み通りの「たまごっち」、息子は車やボールをすべらせるおもちゃをもらって大喜びだ。ちなみに、昨日我が家では私の両親を招いてクリスマス会をやっていて、子供たちはそれぞれプレゼントをもらっている。まさに楽しい週末である。午後からは息子の食事用のイスを近所の家具屋に買いに出かけた。これまではダイニングセットのイスに子供用の簡易イスを乗せていたのだが、足が宙ぶらりんになることもあって、食べにくそうだった。ということで、妻の発案により買いに行った。お目当ての品はまだ残っていて、早速買って帰る。もちろん、組み立てはやはり私の役目。さほど苦労することなく完成。娘はその間もずっと「たまごっち」に夢中だった。今回大ヒットしている「たまごっち」はイベントも盛りだくさんで、最初に手がかかるのは本物の子育てと同じということで、いろいろなことが起きるたびに妻が説明書を片手に対処に追われていた。「○○っち(娘)」や「△△っち(息子)」もいるのに、「たまごっち」まで増えるなんてかなわないなあ、しかも最初に手がかかるとことまでそっくりだし、などと妻はぶつくさ言っていたが、買ってしまった以上、娘には楽しんでもらわなければ。仕方のないことかな...。娘は大満足で、片時も離さず見ている。息子も車やボールが滑り落ちるのを見て大喜び。プレゼントはとにかく成功だったということで、よかったよかった。
Dec 25, 2005
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今日はクリスマス・イブということで、タイムリーな曲を選んでみた。我が家の子供たちはこの曲が大好き、もちろん、妻も私も大好き。というわけで、最近では車に乗ると必ずリクエストされる。行進曲を聴くと、「あっ、くるみ割り人形だ!」といつも子供たちが叫ぶ。誰が作ったのときくと「チャイコフスキー!」と迷わず答える。音楽教室に通う娘は教わったらしいが、幼稚園に上がる前の息子もちゃんと言えるのが不思議である。この音楽は、組曲としてよく知られているのだが、実はこれらはほとんどが第2幕に出てくる「ディベルティメント」の部分にある曲である。多くの人があまり聴く機会のない組曲以外の曲にも魅力ある曲が満載、ぜひ一度全曲版を聴くことをおすすめしたい(曲の長さも全曲で1時間半程度と手頃)。もちろん、DVDでバレエの全曲版を見るともっと楽しめると思う。結婚して初めての年に、妻と2人でこのバレエを観に行った。今でもその幻想的な雰囲気と音楽のすばらしさを思い出す。さて、このバレエのあらすじと音楽に進むことにしよう。このバレエはドイツの作家ホフマンの原作に、プティパが構想、イワノフが振り付けをしたものに、チャイコフスキーが音楽をつけ、1892年に初演された。最初は小さな序曲で幕を開ける。この序曲は高音の弦楽器やフルートが活躍し、トロンボーン、チェロ、コントラバスなどの低音楽器が省かれていることもあり、とてもかわいい感じがする。序曲が終わると、第1幕、「クリスマスツリーの飾り」と題される曲へと続く。シルバーハウス家の子供たちである、クララ(ロシアではマーシャとされる)とフリッツがパーティーにやってきた友人たちと一緒にツリーの輝かしい飾りにくぎ付けになっているところを表している。夜の透き通るような雰囲気がよく出ている。次に子供たちがプレゼントを持って行進する。これが全曲中最も有名な「行進曲」である。行進曲といっても軽いもので、あくまでかわいい雰囲気を崩さない。途中出てくるフルートの急速な旋律や、行進ラッパのバックで鳴っているわき上がるような弦楽器のリレーが素晴らしい飾りとなっている。「子供たちのギャロップと両親の入場」では、子供たちが軽やかに歩く様子が描かれ、タンバリンなどの打楽器を加えながら盛り上がると、今度は「ドロッセルマイヤーおじさんの到着」。ドロッセルマイヤーおじさんはクララに小さなくるみ割り人形とフリッツに兵士の人形をプレゼントした。クララはこの人形をすぐに気に入ったのだが、フリッツがそれをこわしてしまう。2人はケンカになってしまう。その雰囲気は短調の音楽で表されている。しかし、両親が取りなして客人たちを家の中へ招き入れる。導入からの流れるような音楽から次第に盛り上がっていく様子はさすがチャイコフスキー。さまざまな調性をさまざまな楽器によって自由自在に駆使している。それから、伝統的な踊りが踊られる。ここではいかにも「豪華な広間」を表すような音楽と軽やかな踊りの音楽が入れ替わりながら演奏される。「客人の見送り-夜、魔法の呪文が始まる」では、初めに客人が穏やかな雰囲気の中で見送られる様子が描かれる。とても落ち着いた音楽。子供たちはベッドへ。それが終わると突然転調、夜の世界が表現される。ハープや弦楽器のトリルが星の瞬きを、木管楽器が空の雰囲気を表す。しかし、クララはくるみ割り人形を取りに行く。ここから現実の世界を離れていく。不気味な雰囲気の音楽となるが、オウムの壁掛け時計が12時を告げる。ここでは打楽器によって「チーン、チーン」という音が12回鳴らされる。この時計の音を合図におもちゃが動き出す。この様子は白鳥の湖のような雰囲気の音楽で表現される。長いクレッシェンドと上行音型、そしてどんどんと低音の金管楽器が増やされていく楽器法の組み合わせが見事だ。「戦い」は、くるみ割り人形と兵士の人形がねずみの軍隊や王様との戦い。ここでは、おもちゃの太鼓の音やオーボエを使った笛による合図などが効果的に使われている。音楽の運びは「ロメオとジュリエット」の戦いのシーンに少し似ている感じがする。「松林の中で」(ここから第2幕)は、幻想的な音楽。人形とねずみの戦いが終わると、なんとくるみ割り人形はハンサムな王子様に変わった。弦楽器を中心とした温かみのある音楽から、さらに金管楽器や打楽器を加えた輝かしい音楽への変化は鳥肌が立つほどだ。「女の子が手のひらを組みながら目をうるうる」してしまう姿が思い浮かぶ。音楽でここまでできるのかと思うとすごいものだ。チャイコフスキーはやっぱりすごい。クララはくるみ割り人形の王子と共に家を出て松林へやってきた。「雪のワルツ」は、林の中で降る雪がちらちらと舞い散る様子を弦楽器やフルートなどで見事に表現している。途中で児童合唱が歌う旋律は、2人がひかれあっていくうれしさを表現しているようだ。ハープやトライアングルなどが効果的に使われている。音楽は激しさを増し、トロンボーンやシンバルなどが堅い音で引き締めていく。最後は太陽の光が差すような調(ホ長調で次の「お菓子の城」へうまくつないでいる)に変化して終わる。クララと王子はお菓子の国に到着する。「お菓子の城」を表す音楽はキラキラとした光に包まれているよう。低弦に支えられた弦楽器の旋律と、ハープのグリッサンド、トランペットの分散和音の組み合わせが絶妙。ここでも初めはしっとりと、だんだん輝きを増すように弦楽器のピチカートやフルートの上行音型が使われている。この盛り上げ方は「眠りの森の美女」でも使われている手法。弦楽器のフラジオレット(左手の指を押さえずに弦に触れるだけの奏法)とハープの組み合わせも幻想的な雰囲気を作っていて、心憎いばかりの演出。初めて聴いたときから大好きな曲。組曲しか知らなかった当時、「こんなに言い曲があるのか」と衝撃を受けた。「クララと王子」は、王子が命の恩人としてクララを紹介する(クララはスリッパを投げてねずみを倒した)。この曲は前の曲から続けて演奏される。ここではフルートのフラッタータンギング(ふるわせるような音が出る)が出てくるが、これもなかなか面白い音だ。その後音楽はスピードを増し、ワルツになる。このワルツではソロ・ヴァイオリンが出てくるが、なかなか難しそうだ。さらには戦いのシーンがリフレインされたり、2人がひかれあっている様子を示すような音楽があったり、まさに2人の出会いとその後をうまく回想しているようだ。続いて、ここから「ディベルティメント」。クララがお菓子の国の国民から踊りの歓迎を受けるシーンだ。最初は「スペインの踊り」。華々しくトランペットで始まり、弦楽器の旋律にカスタネットのリズムを乗せていくところがいかにもスペイン風。ちなみに、自分の結婚披露宴で乾杯の音楽でこれを流した。1分ほどで終わるので手頃だし、派手だし盛り上がるということで、私が押し切った。椿姫の「乾杯の歌」ではありがちでつまらないなあと思っていたところにこの曲の存在を思い出した。オケのメンバーからは「乾杯の曲は何だったの?いい感じだったから教えてほしい」と言われた。選曲にひとひねりしたくなる性格なので、ねらいは当たったという感じだった。次は「コーヒー(アラビアの踊り)」。低弦の音、木管楽器(オーボエとイングリッシュ・ホルンが主)、ヴァイオリンなどがアラビアっぽい雰囲気を作り出す。「お茶(中国の踊り)」では、ファゴットのリズムの上にフルートやピッコロが軽快な旋律を続けていく。けっこうあっさり終わる。「トレパーク(ロシアの踊り)」は、勢いのある舞曲。コントラバスだろうがとんでもなく急速で難しいパッセージを弾かせるのが、チャイコフスキーの恐ろしいところ。タンバリンが効果的に使われている。これも勢いに任せてどんどん速くなって最後まで弾ききってしまう。「葦笛の踊り」は、フルートの重奏が印象的。伴奏のイングリッシュ・ホルンなどが見事にいい味を出している。中間部の短調の部分ではトランペットの旋律とシンバルが弱い音で演奏するという珍しい組み合わせ。全曲を通して聴いていくと、いろいろなシーンのためにあれこれ工夫をしていることがわかる。「ゴーニュおばさんとプルチネルラ(道化と子供の踊り)」は、小太鼓のリズムに導かれて弦楽器の旋律が登場し、思わず踊りたくなるような音楽。途中で音楽は3拍子となり、オーボエを中心とした木管楽器や、弦楽器のピチカートによる旋律。これが手回しオルガンのような雰囲気でまた心が和む。最後は冒頭の旋律が登場し、これもどんどん加速して一気に終わる。そして、有名な「花のワルツ」。始まってすぐにあるハープの独奏がいつ聴いても素晴らしい。花のワルツの主旋律を弾き出すには最高のお膳立てだ。主旋律の最初がホルンの重奏で始まるところも「これしかない」という楽器法。他の楽器だとこうはいかない。「この旋律にはこの楽器」というおさまりが素晴らしいのだ。また、中間部にあるチェロとヴィオラによる短調の旋律が素晴らしい。知り合いには弾きながらここで泣いた人がいた。うまく説明はできないが、私にはその感覚がよくわかる。「パ・ド・ドゥ」は、王子と妖精がクララに愛の力を教えるシーン。最初の曲は「眠りの森の美女」の「パノラマ」に雰囲気が似ているが(ちなみに同じト長調)、こちらの方が長調でありながら短調の色が濃く、せつなさい感じがする。オーボエの短調の旋律に始まる一連の流れはチャイコフスキーの「泣き」の音楽。それが金管楽器を加えてだんだん壮大な音楽となっていく(シンバルとトランペットでド派手な場所)が、そこを抜けた後の和音の流れが心を揺さぶる。楽譜にすると単純なのに、なぜこんな音楽が書けるのか(コード進行が絶妙)、ただただ尊敬するしかない。次の曲は短調で展開されていく、とても短い音楽。それに続いて「こんぺい糖の踊り」。この曲で印象的なのは、チェレスタである。チェレスタは形は小さなピアノで、音はグロッケン(いわゆる鉄琴)のようなもの)チャイコフスキーは演奏旅行で立ち寄ったパリの楽器店で開発されたばかりのチェレスタを見つけ、その音にすっかり魅せられて作曲中のこのバレエに使うことを決めた。他に使われている曲で有名なものといえば、バルトークの「弦、打楽器とチェレスタのための音楽」やマーラーの交響曲第6番、あとはコープランドが使っていたりしているといったところか。次の曲はパ・ド・ドゥの最後を飾る曲。最初は落ち着いて始まるが、変奏が始まった瞬間にヴァイオリン奏者はビックリ!まだ演奏したことはないが、このスピードには参ってしまうだろう。とにかく明るい曲。確か、フィギュア・スケートでも使われていたと思う。まさにピッタリだ。最後は「全員のワルツとフィナーレ」。いろいろな楽器が登場して大団円となり、お菓子の城を示す旋律で最後は締めくくられる。クララがお菓子の国の人々から祝福されてこの物語は終わる。実はクララが自分の家にどうやって帰ったか、あるいは帰れたかどうかはわからないのだが、それを詮索するのは野暮というものだろう。チャイコフスキーのバレエ音楽は、それまで歌劇の中におまけで登場していたような位置づけであったものを、一つの独立した芸術まで高めたという点で歴史に残るものだ。また、子供の夢を題材として扱い、その素晴らしさを表しながらも、音楽としては大人でも飽きないものになっている。こうしてこの文章を書いている間もずっと聴いていたが、それぞれの曲において、旋律の素晴らしさはもちろんのこと、楽器の使い方などもそれ以外には考えられないほどはまっている。音楽でこれだけのことを表現できるというのは本当に素晴らしい。しかし、これも楽譜をなぞっただけではきっとできないのだろうな。全曲、一生のうちに一度でいいから通してやってみたい。すっかり子供の夢の世界にはまったそのままの気分で、子供たちのクリスマスプレゼントを枕元に置いてきた。朝がくればきっと喜ぶことだろう。
Dec 24, 2005
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今日は、久しぶりの完全オフ(つまり出かける予定がない)。とはいえ、仕事はいっぱいたまっている。来年上半期だけで4つの仕事(いわばプロジェクト)を抱えている。とりあえず、1月末までに2つについてはほぼ済ませておかなければならない。授業をしなくていいというだけで、仕事はたくさんあるのだ。その辺のところは学生にも、そして世間にも知られていないことで、大いに誤解されている。まあ、言ったところで「またまたぁ~」と言われるだけなのだが...。午前中に論文の執筆を少し進める。少しずつ考えを整理しながら、ある段階できっちりまとめて最後まで突っ走るのが自分スタイル。まだウォーミングアップのような感じだ。また、その合間にゼミ生の提出した卒論をチェックしなければならない。メールはとても便利だ。学校が休みでもすぐに連絡できる。年末までにコメントを送る約束なので、スッキリと年を越せるか、それともやり残したことがあるまま年を越すか、ゼミ生たちはドキドキだろう。午後は買い物に出る。洗面所の電球が切れただの、プリンタのインクが切れただの、細々としたものを買いに行く。ついでに、妻はコンサートのチケットを受け取るためにコンサートホールにも立ち寄る。さらには、息子のクリスマス・プレゼントをまだ買っていない(娘のは希望を聞いていたので早く手に入れていた)ので、子供に見つからないように妻だけ別行動にさせる。妻に車のカギを渡し、買ったものをトランクに入れてから合流という手順。ここでの「子供だまし」はとりあえず成功。その後、娘の希望により回転寿司屋へ。ところが、さすが祝日、ものすごい人で約20分待ち。しかし、便利なもので、順番を携帯電話で取ったり、確認できたりするシステムがあるのには驚いた。恐るべし回転寿司チェーン、最新技術をフル活用である。今後しっかり使わせていただこう。子供たちはご機嫌、われわれも満腹でご機嫌。穏やかな気持ちで帰宅。駐車場に車を入れて、先に妻と子供たちを部屋に戻らせてから、息子のプレゼントを持ち帰る。「パパ、何してるの?早く行こう」と娘が言うが、やむを得ず「ちょっとすることがあるからね」と「子供だまし」。娘はプレゼントの中身を確信している(まだサンタの存在は信じている)が、息子はまだ確信できる中身がないので、何がくるかということ自体が楽しみのようだ。そのお楽しみはついに明日やってくる。
Dec 23, 2005
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前日の夜からひどい寒さになっていたし、ちらちらと雪交じりの雨が降っていたこともあり、どうなるのかと思って朝起きてみたら一面真っ白!ただ、マンションの中庭は芝生なので、少々の雪でも積もったように見えるし、そういうときはたいてい道路の雪は解けている。まあ大丈夫だろうと外に出てみたら、車が頻繁に行き交う道路も真っ白で、なおかつアイスバーンになっていて、車の姿はまったくなかった。とりあえず大学に行かなければならないので、駅へと向かう。本当は冬休み中の仕事のために持ち帰りたいものがあって車で行きたかったのだが、もちろん不可能である。かなり重かったが、雪の可能性を考えて前日に半分ほど持ち帰ったのが大正解だった。駅に着くと、いつもは空いている時間のはずなのにホームに人があふれていた。おかしいなと思っているとアナウンス。やはり、日頃雪が降ることはあっても積もることがまずないところなので、雪への対策がほとんなされておらず、鉄道会社も対処できていなかったようだ。できることは徐行運転程度、電車は相当遅れていた。やっと電車が来た。早く行きたかったのだが席が確保できそうだったので、おそいながらも普通を利用した。ところが、いつもなら通過する途中の駅で乗ってきたオッサンにびっくり。いくら寒いとはいえ、満員電車にカップ酒を持ち込んで立ち飲みを始めてしまったのだ。車内には日本酒のにおいが充満し始めた。朝からこのにおいは勘弁してほしい。しかも困ったことに、押されて自分の前に立ったのだ。ポイント通過(可能性があるのは2ヶ所)で電車が揺れると、日本酒のシャワーを浴びる可能性まで出てきた。早く飲まんかい、オッサン!日本酒のにおいをさせて授業をするわけにはいかないのだ。幸いなことに、オッサンは最後の大揺れポイントのある駅の前の駅で降りてくれた。日本酒シャワーは浴びずにすんだ。電車を乗り換えるが、どの路線も雪でボロボロ、ダイヤはめちゃくちゃだった。こんな状態で授業はできるのか?と思っていたら、なんと大学に着く直前に晴れてきた。しかもこちらには雪が積もっていない。ちょっとした違いで積雪の具合もそこまで違うことに驚いた。ほとんど雪の降らない地域に雪が積もるといかに困るかを改めて実感。学生時代、私は雪が積もって当然という場所に住んでいたので、こんなものかと驚かなかったが、対策のまったくできていない人も多く、かなり混乱していた。タクシーやバスは当然まったく走っていないし...。午後、授業が始まると、意外に来ている人が多かったことに驚いた。とはいえ、いつもの7割程度だろうか。今回は前の方の席でスキーツアーのチラシを見て相談していたうるさい人たちがいたので、「そこの旅行チラシを見ている人、そうそうあなたたち、出ていきなさい!」と言う。さんざん注意しているのを見てきた常連さんたちは「ようやるわ...」という雰囲気で見ていた。おそらく、そろそろ試験前だし行くかというノリの一見さんなのだろう。「一見さんお断り」とでも教室の扉に貼ってやりたいと思ってしまう。自分の授業が終わった後は、かたづけをしたり、本を読んだりしながら、もう少し遅く授業が終わる同僚を待つ。その後は4人で今年最後の飲み。学部の中で今年一番の「困ったさん」について議論。「あんないい加減な行動で認められるんだったら、われわれの努力って全然見合わないよなあ。」とは全員の一致した意見。言いたい放題言ってすっきりして全員帰る。帰りも雪の影響でダイヤはボロボロだったが、別の電車を乗り継いでなんとか帰宅。道が凍結していて駅から自宅までいつもの2倍の時間がかかってしまった。お~寒!
Dec 22, 2005
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今日は動向が注目されていた会議。1つは全学で共通して行われる1年生対象の演習(これは最近いろいろな大学で始まっている)の授業方法の変更であり、もう一つは今年の前半に大いに苦しめられた新企画がさらに拡大されるかどうかの決定である。前者に関しては、多くの人が疑問を呈していた。実際に案件を審議する会議でもかなり異論が出たようだ。ところが、出された資料を見てびっくり!なんと、それだけ異論のあったたたき台の資料がそのままの形で出てきたのだ。もちろん、異論のあった部分もそのままだったらしく(委員によれば)、さらに議論されなかった話まで付け加えられていたらしい。多くの人が「何なんだ?これは!」という様子であることがよくわかった。これまで、その試みをよりよいものにしていくために自発的にノウハウを蓄積しようとする試みも行われていたのだが、資料ではそういったものをすべて意味のないものにしてしまう内容だった。いくらなんでもそれはひどいと思う。結局、これについては、おかしいという意見があまりに多かったために審議し直しということになったようだ(われわれが出ている会議は会議というよりほとんど報告の場になっているので)。問題になったやり方については、賛成もあるという意味合いの説明があったが、どうも賛成したとされる話の本当の意味は違うらしい。都合のいい場所だけを取り出して編集したのではないかとの話だ。もう一つの新企画の話は、異論を差し挟む余地もなかった。結局、大学が改革をしていかないと(つまり、受験生を減らさないための対策をしないと)生き残れないということで、トップから答えを出すようにといわれているようで、それに対する学部の回答の一つがこれだということだ。自分もこの新企画の立ち上げに関わったのだが、個人的にはこの企画を拡大していくことにはもう少し慎重であるべきだと思っている。いくつかの大学が同様の企画を試みているが、まだ成功しているところはないと言っていいだろう。しかも、まだ一通りの手順をこなしてもいない段階でそれを決めるというのはかなり危険だ。意思決定の場(私はそこのメンバーではない)でも、こんなに大事なことについて、まともに議論が行われず、反対意見も力尽きてそのまま新企画拡大が決定してしまった。うまく行かなかったら、誰が責任を取るのだろうか。結果がわかった頃には責任者がその職位にない可能性が高い。困るのは現場で動く先生たちだと思う。おそらく、私も含めて...。みんながあまり歓迎しない変革については、トップダウンでやった方が話が早いことは確かだ。しかし、大企業ならともかく、それほど大きくない組織の中で、しかもお互いの顔が見えて、みんなが自分の仕事にダイレクトに結びついているという状況下であまりにも拙速に過ぎるように思えてならない。せめて少しはちゃんと検討してから決定に踏み出すべきだし、議論した後で話を変えてしまうのはどう考えてもおかしい。しかも、意思決定に関わるメンバーの中には、自分に関係がないからあまりわかっていないし、反対しないということもあるだろう。逆に、説明すべき人が責任を果たしていないことも大きな原因だろう。何も議論せずにことが進んでいくというのは、どこかで聞いたような話、本当に組織の暴走は止められないものだろうか。(続きはまた後ほど)
Dec 21, 2005
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今日は、3年ゼミ生たちの希望により、工場見学へ。幹事は某飲料メーカーの工場を選んできた。私も行ったことのない場所なので楽しみにしていた。それにしても、工場にたどり着くまでには、ハズレ行動の連続だった。まず、いつか行ければ行きたいと思っていたラーメンエリアに立ち寄るまたとないチャンスだったので、行くことにしたのだが、ラーメン好きの同僚からもらった情報が前の携帯に入っていたので、見ることが出来ず、オススメの店に入り損ねた。この人のオススメにハズレはないので、どうせならオススメの店に行きたかったのだ。一応、保険がわりにガイドブックを持って行ったので、ちゃんとしたおいしい店には入れたのだが…。これまたリベンジしなければなるまい。その後は、最寄り駅に集合だったので、移動。私はいつも集合場所まで早めに行くのだが、あまりに早く着いてしまった。普通電車以外も止まるので、駅前に喫茶店ぐらいあるだろうと思って降りたら、ない!いきなりパチンコ屋かよ~、というわけで、辺りを歩き回って、国道沿いにマクドナルドを発見。しかしマクドナルドで本は読めない。午前中で終わりと思しき女子高生集団うるさすぎ。パラパラまで踊り出す始末で、完全に無法地帯化していた。とりあえず時間をつぶし、やっと合流。工場に到着した。この工場は見学者のための設備がかなり充実していて、専属の案内役もいた。飲料メーカーの工場なので、お楽しみは飲み放題だが、私の興味はどちらかというと工場内の人の動きと機械のメカニズムといったところか。製品の歴史や工場の概要を聞いた後で、いよいよ生産ラインを見学。とはいっても、飲料メーカーは製品の中身と製造工程が命。本当に大事なところはうまく隠してある。学生たちは生産ラインの動きを見て感心していたが、私はむしろ見えないところがどうなっているのかに興味があった。人の動きについては不良品などを取り除く場合を除いてほとんど見ることができなかった。本当に大事なところはビデオで概要だけを見たに過ぎない。まあ、当然といえば当然だろう。それなりに楽しんだ。終了後はバスの本数の少なさとダイヤの遅れにやきもきしながら時間をつぶし、途中駅まで帰った後、一部の学生たちと食事というか簡単な飲み会。人数が少ないこともあって、かなり密度の濃い話ができた。学生たちはカラオケへと消えていったが、私はおとなしく帰宅。
Dec 20, 2005
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今日は非常勤先での授業。1コマ目はレポートの提出ということで、やはり見慣れない顔がけっこういた。遅れてきてしゃべるという最悪な人にはちょっと厳しめに注意。しかし、けっこう素直に応じた。本務校の「戦う授業」とほとんど出席人数は変わらないはずなのに、なぜこうも違うのかと不思議に思った。ただし、教室の大きさは半分以下で、最後部の席でも十分言っていることが伝わるであろう距離。しかも、ほぼ7割方埋まっている状態であるところが違いを生み出しているのかもしれない。2コマ目は1月に繰り上げ試験をしてしまうので、今日が最終回。残った部分と、これまでの復習をざっとやった。こちらもさすがに最終回とあってか、かなり緊張感のある雰囲気だった。この調子が最初からあればきっとみんなもっと楽に試験を迎えられるはずなのだが...。なかなかそうもいかないらしい。授業終了後、いつもと違う交通機関を試しに使って気分を変える。途中、乗換駅で下りて、CDを購入。まだ聴いていないが、これからの楽しみとしよう。そして、その帰りにカフェへ行った。そこでちょっと受け取ったレポートを採点しようと思い立ち、やってみる。自宅で採点するといつも孤独で空しい感じがしてしまう(論文などを書くときにはその方が落ち着く)のだが、今回やってみると、気分が変わってなかなか良い。長居もできることだし、冬休みにはレポートを持って近所のカフェに通うのがいいかなと思った。
Dec 19, 2005
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前日午後9時に子供を寝かしつけるつもりで布団に入ったら、自分も朝まで寝てしまったので、今日はなんと午前4時に目が覚めてしまった。外は真っ暗だが、目はぱっちり。早起きは三文の得とはよく言ったもので、オケの団員総会のための資料印刷を午前9時からやるという約束だったが、自宅を出る午前8時半まで4時間半もある。そこで、明日が期限の仕事(原稿書きの残り2割ほど、授業の準備の残り4割ほど、試験問題作成)を3つ一気に片付けることにした。みんな寝ていて静かな状態なので、とにかく仕事がはかどる。予定通り、8時に仕事はすべて完成。あとはオケの仕事、そして練習へと続く。資料の印刷は、いつもやっている教材作りのノウハウが生きた。機材のある場所を提供してくれる施設を使ったのだが、そこにある機械はすべて大学で使用されているものとほぼ同じ。会社で仕事されている方々にとっては見慣れない機械をきっちり使いこなす。作業は予定よりもかなり早く終わらせることができた。総会は波乱なく終了。なぜか議長になってしまったので、かなりびくびくだったが、まあなんとかなった。その後はいつもどおりの練習。本番もかなり近づいてきたのに問題はけっこうある。そこそこの演奏にはきっとなるのだろうか、いい先生が来ているうちに一皮むけるようになりたいものだ。そろそろしっかりしないといけないだろう。練習が終わった後は、以前から予定していた忘年会。先日の日記にも書いたとおり、唐揚げのおいしいビヤホールを狙っていた。予約をしようとしたのだが、そうすると鍋のコースだけしかダメとのこと。唐揚げがどうしても食べたい自分としてはそれでは納得がいかず、混むのを覚悟で予約なしで行った。メンバーの奥さん(別のオケだが)が先乗りで行ってくれたおかげで、20人近い大所帯が入れることになった。感謝、感謝。さりげなくいろいろな席で1テーブル分食べ歩いて、とにかく唐揚げの恨みを晴らした。唐揚げはともかく、やはりアホなことばっかり言っていても、やっていても、それが心から楽しいと思える仲間がいることはすばらしいことだ。単なるオタク集団でもなければ、根性だけでやっている集団でもない、どこか余裕があって、それぞれの味を認めるという、いい関係になっている。そのまま徹夜でもしそうな勢いだったが、みんな仕事があるので後ろ髪を引かれながら帰って行った。もちろん私もその一人だった。
Dec 18, 2005
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今日はユースオケ時代の仲間が集まって、メンバーの一人が参加するコンサートに行くことになっていた。といっても、オケの楽器ではなく、声楽のコンサート。その人は某市の中学校で音楽の先生をしている。ヴァイオリンもかなりうまいのだが、大学では声楽を専攻していた。今日のコンサートは彼女が習っていた先生のお弟子さんが集まって開かれたものであるらしい。まずは待ち合わせの駅に集合。集まったのはメンバー4人+子供2人。年賀状でお子さんの顔を見たことはあるのだが、実際に合うのは初めて。どちらのお子さんも話してみるとかわいく素直に育っている印象。確実に時間の経過を感じさせられる(自分に子供がいるぐらいだし...)。駅からホールまでは歩いて10分ほどなので、ゆっくりお昼でも食べてから...と思ったら、駅の周りに店がまったくない!というわけで近所をさまよって、最後は本屋で店を教えてもらった。いくつか店がある場所に到着。子供たちのリクエストでお好み焼き屋に入り、昼食を済ませてから差し入れのお菓子をすぐそばの店で買い、いざホールへ。ところが今日はとても寒い。ホールは田園の真ん中にあるのだが、そこまでは周りに建物がないために吹きさらし状態。風も強く、歩いているのが嫌になるほど体感温度が低い状態だった。凍えそうな感覚になりながらやっとホールに到着。今度は温かすぎて眠くなってきた。コンサートが始まった。出演者の中で、本当の意味で声楽をきっちり習っているのは彼女だけのようで、やはりうまい。かなり難しい曲もきっちり歌いこなしていた。体は小さい方だと思うが、どこからあんな声が出るのだろうかと思った。声楽のコンサートは初めてだったが、こういうコンサートもとても魅力的。イタリア歌曲に始まり、シューベルトの歌曲集、モーツァルト「魔笛」ハイライト、いろいるな作曲家による「アヴェ・マリア」特集など、構成もうまくできていたように思う。彼女が歌った歌のなかで、どこかで聴いたような...という歌が。そう言えば、昼のドラマでちょっと前にブームになった「牡丹と薔薇」というのがあったが、そこでオープニングに流れていた曲だった。ヘンデルのオペラに出てくる曲らしいというのは知っていたが、ドラマで流れていた部分の前と後にさらにもう少し音楽がついていたのは知らなかったので、途中まではその曲であることがわからなかった。解説を読むと、なぜその曲がそのドラマの主題歌になっていたのかがよくわかった。「裏切った恋人への憤りと現実の悲哀」なるほどね...。他にも知らなかった曲に魅力的なものがいっぱいあった。中にはCDで手にはいるかどうかわからないらしいものもあるが、できるだけ探してみよう。終わった後に、少しだけ彼女とみんなで話をして、われわれは帰ることに。といっても、体が冷えてしょうがないので、喫茶店でコーヒーを飲み、さらに話し込む。子供たちは初対面なのにしっかりお互いにうちとけていた。今日はコンサートだったので、未就学児を連れて行くわけにはいかなかったが、次回アウトドアかお宅訪問の際には連れて行くことにしよう。最後はみんなで一緒に電車に乗り、途中の駅で解散となった。日頃あまりない一日のパターンを楽しむことができた。
Dec 17, 2005
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今日は、午前中に3年ゼミ、グループ研究の最終プレゼンテーションだった。それぞれのグループがこの3ヶ月間いろいろと協力しあい、工夫して最後には結構いいものが出来上がったと思う。ただ、内容の完成度はいいのだが、相手にわかってもらうという観点からは課題が残った。せっかくいいことを言っているのに、下を向いて声が十分届いていないのはもったいない。苦手なものは苦手なんだからと言う人もいるだろうが、私はちゃんとやるだけやってみてからそう言いなさいと言っている。もちろん、就職活動に必要なスキルなのだが、そんな近視眼的なことではなく、その後の仕事でずっと必要だからだとゼミ生には説明してある。この経験がその後生きることを望んでいる。夕方からは、繁華街へ出て、4年の卒論お疲れ様、3年のグループ研究お疲れ様、2年新ゼミ生の新歓コンパをまとめてやった。3学年合同となると、さすがにかなりの大所帯だったが、上級生がうまくまとめてくれた。楽しそうにしている姿を見ると、こちらまで嬉しくなる。ところが、少し危惧していたことが起こってしまった...。あるゼミ生が別に飲ませているわけでもないのに勝手に飲んで最後は酔いつぶれてしまったのだ。実は去年もその学生は同じようにやってしまっていたので、要チェックだった。同じ学年のゼミ生はよく知っていて、同じテーブルにいた人がなんとかうまく止めていたのだが、他の学年のテーブルに遠征して飲んだらしい。ちなみに私のゼミでは飲み会で「一気飲み厳禁」「やけ酒をするようなことがあった人は申告すること」というルールを設けており(これに抵触したらゼミは一発で除籍)、ゼミ生はみんな心得ている。今回のゼミ生は楽しく飲んでいたのだが、単に飲み過ぎたらしい(あと、どうやら徹夜明けだったことが後で判明)。1次会で帰ろうと思っていたのだが、結局、2次会のカラオケボックスで2時間寝かせて、最後は電車に乗せるわけにも行かずに(最終には乗れる時間だったが駅から歩いて帰れないだろうと判断した)、タクシーで送ることになってしまった。幸い、自宅の方向が私と同じだったので、近くに住むゼミ生もついでに乗せてその学生を送っていった。まあ、救急車のお世話になるような酔い方ではなかった(店にもタクシーにもひどい迷惑はかけずに済んだ)ので、そういった心配はなかったのだが、とにかく世話が焼けた。普段はみんなをまとめてくれて、とても頼りになるゼミ生なので、みんなの反応も「しょうがないですね(笑)」という感じだったのが救いか。宴会そのものは楽しく終了、2年生にはこの件をさとられないように4年生がうまくまとめて駅まで送っていってくれたようだ。翌朝、本人からメール。二日酔いになったようだが、風邪をひいたりはしなかったようだ。ひと安心。
Dec 16, 2005
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今日は無事に授業が終わったぞと思ったら、ポストに入っていた会議通知を見て呆然。議題(というかほとんど通知のみ)がひどい。昨年もめた新企画がさらにパワーアップするらしい。しかも昨年は実施内容について会議で採決をとったのに、今回は採決なしでいきなり突入する可能性が出てきた。もちろん、最高意思決定機関の会議で通らなければ議題に上ることはないのだが、書いてあるということは通す予定ということか?このまま行くと4月から犠牲者になる可能性が高いので、怒りがおさまらないまま、散髪の時間まで時間があったので餃子の王将に夕食を食べにいった。そこで注文したのは、ご飯ものと餃子と唐揚の入ったセット。王将だと注文してから5分以内に出てくるのが通常なのだが、いっこうに出てくる気配がない。やっと出てきたのが天津飯。まあここまでは許すかと思う。ところが、残りの餃子と唐揚が出てこない。唐揚げを揚げるはずの人がぼーっとしている。「え?なんで作らないの?」と思っていたら、別の人が「●番、唐揚げ出てないぞ(これを社内用語で伝達していたがその意味は全部知っているのだ...)」と言ったら、あわてて唐揚げを揚げ始めた。おかげで揚げたてが食べられるのだが、この時点で天津飯は半分以上食べていた。さらに、今度は餃子が出てこない。餃子の鉄板から餃子はどんどん消えていくのだが、それがどんどん持ち帰り用に化けている。さらに後から来たはずの2階の人たちのためにエレベーターに乗せている。鉄板の中は空っぽなのに、次を焼く気配も全くなし。一度ならず二度までも...怒りは頂点に。餃子を食べずに出ようかとまで思ったが、やはりそれはもったいないので、忘れていた張本人を思いきりにらみつけて食べた(大人げないな...)。全部吐き出して食べ直したいほど頭に来たが、時間もないので仕方なく散髪へ。いつものマスターと楽しく話し、帰宅。「王将のセットを注文したら、餃子と唐揚を忘れられて、後から来た隣の人が先に帰りました。チクショ~!!」って感じでしょうか。社員教育がなってないし、オペレーションもグチャグチャ。でも人通りの多いところなのでつぶれることはないんだろうな。こうなったら、行きつけのビヤホールで最高の唐揚を食べてリベンジしてやろう。って言っている自分は、かなり大人げないと思う。
Dec 15, 2005
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今日はいろいろと忙しく仕事。こまごまとした作業が多かった。それについては特にコメントなし。テレビのある場所ではずっと構造計算書偽造事件の証人喚問が流れていた(いつ行ってもそうだったので、おそらく)。しかし、証人が答える時間よりも質問時間の方が長いって、質問する議員は何を考えているんだか...。学会の質疑応答でもそういうパターンがあるもので、要因は職業なんだか、世代なんだか、いったい何なのかを考えさせられた。夜は同僚と忘年会。いつもは4~5人で飲みに行くことが多いが、今回はスペシャル拡大バージョンということで10人集まった。もつ鍋を囲みながら仕事のいろいろな裏話。暴走する人、任された仕事の趣旨が全然わかっていない人、相手の気持ちを全く無視する人、責任逃れをする人、いろいろな人がいるものだなあと思う(こうやって書いているが、実際は「怒」!)。そんな中、最後の方で、学部若手教員版「流行語大賞」を選ぶことに。業界における環境の激しい変化を反映して、今年もいろいろな流行語(っていうか、全部隠語)が登場、多数決で番付まで付けていた。いろいろ言っても状況が動かずイライラしているこんな時には、それを笑いに変えて酒で流す、やっぱり必要なことだなあと実感。新年会の企画を早くもたてて解散。新年会までの約3週間の間に、まだ波乱はあるんでしょうか...。おいしく鍋を食べ過ぎてお腹いっぱいで眠れず、う~苦しいぞ。
Dec 14, 2005
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最近、特にやりきれない事件が数多くある。今日ニュース番組等で見かけたものだけでもかなりひどい。構造計算書偽造事件、学習塾殺人事件、ひき逃げ事件の時効などなど。いずれの事件にも共通しているのは、何を信頼していいのかがわからなくなってしまうということだ。何か問題が起こってしまった場合に、それがあまりにも大きな影響を及ぼしすぎるがために誰も処理できないということと、いずれも想定外の問題と言えなくもないが予防対策が甘かったということが問題を大きくしてしまったと思う。構造計算書偽造事件の場合は、当事者すべてに問題が当然あるのだが、一番の問題はチェック機関がきっちりとチェックしなかったことにあると思う。建築基準法が厳しくなってからかえって一度チェックの目をくぐってしまうとあとはフリーになってしまうという状況だったようだ。こういった実態を見逃してきた国土交通省など役所の責任も重い。誰が責任を取ることになるのかは明らかではないのだが、明日の証人喚問でも「訴追される可能性があることについては証言を拒否できる」と全員が逃げ切ってしまう可能性があるところは問題だ。学習塾事件の場合は、犯人の前科が問われなかったことが大きな問題となっている。最近の事件においては再犯が多い。性善説に基づいてのことなのか、更生させることが再犯を防ぐための対策であるとされるが、それも限界に来ているように思えてしまう。更生させるための機関にすべて頼ってしまうのは無理がある。ひき逃げ事件の場合には、時効が早く成立しすぎるという問題がある。日本では基本的に刑事罰が軽いとは、よく言われるところだが、時効までの期間も短いように思う。被害にあった側にとってはやりきれないだろう。これらの問題を見ていると、残念ながら今の日本で従来のような性善説に基づくやり方は限界に来ているように思えてしまう。だからといってやたらと厳罰に処することだけが望ましいとか、性悪説ですべてのものを見るべきだとは思わないのだが、相応の措置は必要だと思う。最悪の場合を想定して物事を考えておく必要はあるだろう(コストとの折り合いが問題になるが、それなりにコストをかけないと無理だと思う)。しかし、それと同時にやはり信頼が重要であるということをみんながきっちりと認識できるようにすることが重要だと思う。信頼感を失うようなことをすると損になるという状況をつくりあげなければならないだろう。もちろん、時間も手間もかかるとは思うが、そうしなければならないものも世の中にはあるし、それこそ大事だと思う。
Dec 13, 2005
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昨日、京都府宇治市で発生した学習塾で小学生の児童が刺殺された事件は、子供を持つ親として非常にショックだった。学校も学習塾も、もはや安全な場所ではない可能性があるということだ。しかも、事件が起きたのは行き帰りではなく塾の中であり、先生が生徒をということとなると、いったい何を信用するべきかということがわからなくなってくる。倫理的なことを守るよう講師に徹底するという話になっているが、そんなことは当たり前のことだ。しかし、それが当たり前とは必ずしも言えなくなってきている昨今の社会は非常に怖いものがある。今後こういったことに対してどのように対処していくべきか、長期的な観点も含めて、可能な限り多くの人が人ごとではなく当事者意識を持って考えなければならない問題であると思う。少しでも早い原因究明が必要だろう。まだショックと怒りでうまい言葉が見つからない。
Dec 11, 2005
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ここ2週間、土曜の夜は地元にいなかったので、オケはお休みしていたが、ようやく行くことができた。3週間ぶりのオケはどんな感じだろうと、少々緊張気味で行ったのだが、事務局の打ち合わせが長引き、練習開始時刻に間に合わず、途中から入ることに。いつも一番前で弾いているからわからなかったのだが、後ろで聴いていると、あまり音がきっちりきこえてこないことがわかった。人数は多いのだが、音の中身が詰まった感じになっていない。一人一人がしっかり音を出していないということだ。これはいつもこの日記に書いているアマチュアオケの難しさなのだが、一筋縄ではいかない問題のようだ。練習の前半はファリャの「三角帽子」。調子づくとついついガンガン弾いてしまって音が荒れてしまう悪い癖が私にはあるので、とにかく一歩引いて冷静に弾くことを心がけた。先々週あたりから、力を抜いてもしっかり音が出るような弾き方のコツをつかみかけてきたという感覚があるので、そのやり方を確認しながら練習していく。そうすると、楽譜もしっかりと見えてくることに気づいた。後半はドビュッシーの「小組曲」だったが、こちらはもっと繊細な表現が求められるので、今の自分にとってはちょうどいい組み合わせ。この調子でつかみかけたことを忘れないようにしていきたいものだ。終了後は、いつもより少し多い人数で、行きつけの餃子屋に行く。少し間があいていたのだが、すぐにおいしい味を思い出し、堪能。みんなご機嫌のまま帰宅。久しぶりにレギュラーな土曜日という感じだった。
Dec 10, 2005
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私は基本的にドイツやオーストリアから派生していった音楽が好きで、フランス音楽はあまり好みに合わないなと思ってきた。ドビュッシーやラベルの作品でさえも、それほど深く聴き込んではこなかったように思う。「ボレロ」や「月の光」などの超メジャーな曲を除いて、唯一例外的に聴く頻度が高かったのがこの曲。この曲との出会いは、やはり高校時代に聴いたFM放送。フルートによる始まりが印象深かったが、実はこの曲もかなり長い間、カセットテープのコレクションの奥に隠れていた。それが取り出されたのは、大学を卒業して市民オケに入ってしばらくしてからだった。「演奏するからには、ちゃんとスコアを読みながら勉強しなくちゃ...」とスコアとCDを買って聴いてみたら、いつもの感想「いい曲じゃないか...」。やっぱり食わず嫌いだったのかな。この曲は、フランスの詩人マラルメによる「牧神の午後」という詩に挿絵を付けるかのようなつもりで書かれたものであるようだ。「牧神が昼寝から目覚めると水の精ががいて追いかけてみたが逃げられてまた夢へと落ちていく」というのが詩のストーリーのようだが、こうやって単純化して書くと情緒も味わいもなくなってしまうことに反省...。このストーリーはどう考えても絵や音楽で感じた方がわかりやすそうに思えてしまうのは詩心のなさか。冒頭はフルートソロで始まる。これが牧神の吹く葦笛を想像させる。この旋律は曲中に何度も顔を出し、重要な役割を担っている。このソロによる旋律は半音階で漂うような進行をして、それに続く和音はとても意外。ハープの使い方も絶妙。その後に出てくるホルンの音もなかなか予想できない音になっている。ドビュッシーの音楽は、伝統的な和音の進行とはまったく違うものがある。いわゆるクラシックでの基本的な和音進行は、ポップスでも演歌でも使われているもので、どういう和音が続きにあるのかは普通ある程度想像がつくはずなのだが、それをことごとく裏切っていく。しかも、その裏切りが心地よい世界を作り出すところが心憎い。最初はまどろみの世界だが、すぐ後にフルートの旋律が出てくるときには低弦が男性のハミングのような音を奏でてみたり、風が時には緩く、時には素早く吹くいたりするような感じで続いていく。フルートの旋律が支配する世界が一段落すると(この部分はドビュッシーの「海」を思わせる)、今度はクラリネットに始まるつむじ風のような音楽。チェロによる細かいリズムの添え具合が面白い。続いてオーボエやヴァイオリンが新しい旋律を出して、それが展開され音量も増していくが(牧神が逃げる水の精を追いかけているところか)、それが急速におさまると(牧神があきらめた?)今度は透き通った世界へ。これが眠りに落ちていくところであるように感じる。この場面転換ではその美しさにいつも鳥肌が立ってしまう。演奏したときももちろん鳥肌もの。繊細なppを背景でいかに表現するか、とても難しいところだし、どういう音を出すかを考えるのが好きだった。さらに今度は夢の中の世界、いろいろな調の要素を含みながら落ち着く場所なく漂う。ドビュッシーはこの曲によって作風が転換とされるそうだが、漂うような音楽の流れは確かに当時において斬新だったのではないだろうか。これぞ「ドビュッシーの世界の始まり」なのだろう。これを演奏していて、それまでまったくなかった感覚があったのは、今にして思えばそういう理由であるように思う。この夢の世界をヴァイオリンの旋律が表現している間、背景では木管楽器がややこしい3連符を演奏しているのだが、これがまたいい味を出している(「ふわ、ふわ、ふわ」という感じ)。と、そこを抜けると、いきなりヴァイオリン・ソロがある。たった5小節しかないのに、この寸前の緊張感はおそろしいものがある。一度だけ演奏したときにはコンマスだったので、このソロを弾かなければならず、直前にホルンの音がきこえてきたときには心臓が飛び出しそうな気分になったことを記憶している。楽譜にするととても単純で、ビビる必要はまったくないはずなのだが、それまで積み上げられてきた美しい世界を壊してはならない。しかも、最初の旋律が戻ってくるための転換点に当たる場所、責任は重大なのだ。その後、フルートで最初の旋律が戻ってくる(調は違う)が、そこにまた少し軽やかな新しい合いの手が絡んでくる。このあたりの和音の移り変わりは面白い。そしてアンティーク・シンバルの「チーン」という音に導かれて冒頭の旋律が元の調で戻ってくる。ここにもまたヴァイオリン・ソリ(今度は2本で)演奏する旋律が登場、後でチェロのソロも参加し、移ろいゆく世界が展開される。最後は涼しい感じで終わる。どこを聴いても、独自の色彩感が貫かれている。ドビュッシーの魅力が10分間にぎゅっと凝縮された名曲だと私は思う。
Dec 9, 2005
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いつもは戦っているはずの木曜日、しかし今日は心穏やか。キレまくっている授業がなんと奇跡的にずっと静かだったからなのだ。通勤の車内では順調に本が読め(難解で読みづらい本なのだがなぜか冴えていた)、電車も遅れることなく順調に行き、歩いているときも歩きたばこのうっとうしい学生がいることもなく、天気もいいし、言うことなし。授業の準備も終わっているので、今まで放置していた小仕事も片付いた。同僚と行った昼食のうどんも味の具合がよろしゅうございました。そして、いよいよ戦闘モードとなる。この時間の前だけは心拍数が上がるのが少しわかる。今までなら気分が悪くなりそうなほどだったが、最近マシになってきた。授業を始めると案外静か。今までの私語常習犯を徹底的に取り締まったことが効いたようだ。話もまあまあ聴くようにはなってきている。調子に乗って後ろ向きに腰掛け話している学生には壇上から下りていき遠慮なく質問を浴びせ、「わかりません」という答えには「聴いてませんの間違いだろ!」とバッサリ。まわりでクスッという音と笑いをこらえる顔がちらほら。遅刻して後ろで立って何やら話しかけているらしい学生には「出るか座るかどっちか早く決めなさい!」と思い切りにらみつけながらちょっと大きめの声で叱りとばす。教室が静まりかえる。彼は出て行くことを選択した。授業を受けていた相手も出て行った。まあ、外に行くならいいか...。本当はそこまでしなくてもと思うし、できればしたくないと思う。でも、そうしないと話を聴こうと思う人の権利はちゃんと守れない。受ける意志のある人に対するサービスこそ大事。そうしないと場がシラケるし、もっと進めば腐ってしまう。大人げないと言う人はいるだろうが...。この程度の雰囲気ならば、授業の進行に支障はない。すいすいと進んで終了。次の時間の4年ゼミは、いよいよ提出間際にもかかわらずやばい感じの人による発表。気持ちを切らせないように励ましながら進めていく。コメントも優しい口調で、ちょっとだけ釘を刺しておく。とはいっても、とにかくいいところを探して、そこをふくらませていこう、きっとできるだろうなどと言いつつ、なかなか気を遣うところだ。卒業論文は学生生活学習編の集大成、完成の達成感を味わえるように力を貸すのもこれまた教師の役目。ゼミ終了後、卒業生から電話。仕事で上司との折り合いが悪く、苦労しているとの相談。状況がわからないので少し詳しく話を聞き、微力ながらアドバイス。どうしようもないという感じではなく、自分では思うところがあるが、背中を押してほしい感じだったので、そういう話をする。何だか今日は人を励ましている回数が多いような気がする。その後は同僚とラーメンツアー。今日の店の味は深い。3種類の味をみんなでとって味見。どの味も完成度が高いことに一同びっくり。目立たない場所にあるのになんと素晴らしい味!また訪れてみたいものだ。満足感の高いまま帰宅。ヤケ気味の木曜日とはひと味違った木曜日だった。
Dec 8, 2005
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先日の大学オケ演奏会の前夜祭で出てきたのがこの話。いつも調性の色彩感にこだわる自分ではあるのだが、実は他のメンバーもそういうことを考えていることを知って少し驚いた(とはいえ、確かに言いそうな人の集まりではあったのだが)。一人がいきなり「マイ・フェイバリット・調は何?」と言い出した。そう聞かれれば私は敢えて一つ選べば変ニ長調(b5つ)。とだけいうと、単なるオタクのアホ話になりかねないので、例を挙げれば、ドヴォルザーク「新世界」第2楽章(「家路」で有名なやつ)、チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番第2楽章、同じくグリーグのピアノ協奏曲第2楽章、マーラー交響曲第2番第4楽章、マーラー交響曲第9番第4楽章、ラフマニノフ「パガニーニの主題による変奏曲」の一番有名な場所(CMなどでよく使われる)などがある(CDで実際に聴いてみないと伝わらないのが情けないところではあるが)。実はこの調を多用する作曲家はおそらく限られているように思う。あまり使われないのだが、遠くにある感じで、さらにせつなさが加わる、何とも言えない感じで、いつも琴線に触れる感じがする。メンバーからすると私のセレクトはかなりひねくれているという。ちなみに人気があったのはニ長調(#2つ)とホ長調(#4つ)だった。私はどちらも好きだ。ニ長調はいっぱい例があって、わかりやすい例で言うと、バッハの「G線上のアリア」と呼ばれる管弦楽組曲のアリア、ベートーヴェンの第9にある「歓喜の歌」の部分がそうだ。この調は楽器(特に弦)がよく鳴ることもあって、クラシックの作曲家には喜ばれる。ホ長調の有名どころは、何と言ってもヴィヴァルディ「四季」の「春」。あとはブルックナーの交響曲第7番などなど。抜けるような明るさがきっとウケるのだろう。その後話は、「この調は何色?」になった。こうなると、ほとんどマニアの世界でしかないのだが、意外とこれが意見がそこそこまとまるのが不思議なところだ。クラシックの世界は90%以上調性に支配されているとある指揮者が話していたが、多くの人の好きな曲のこだわりの根底には「調性」の要素があるような気がする。もちろん、旋律の魅力もあるが、試しに原曲と違う調で弾いてみると、その旋律でさえ「???」となってしまう。例えば、見解は分かれるところだが、私にとって、オーケストラのブラスバンド編曲は聴いていてつらいものがある。特に#系の曲をb系に直すと原曲の響きがまるで変わってしまう。もちろん、管楽器が基本的にbに合うようになっているので、演奏上は仕方がないことも理解できるのだが...。というわけで、かなりディープな話になってしまったが、実は好きな曲の共通点を探してみると、こういう要素があるかもしれないという話である。逆に、そういう視点で次に聴く曲を探してみると面白い発見があることも事実だ。といっても、やっぱりマニアの域を出ない話だと言われればそれまでなのだけど...。
Dec 7, 2005
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恩師の死に触れてというわけではないが、久しぶりに「悲愴」のCDを出して聴いてみた。オケ歴がかなり長くなってきた私にとってまだ弾く機会のないままになっている曲がこれである。今所属しているオケでは私が入団する直前に演奏してしまって、まだ一回りしておらず、演奏する機会に恵まれない(ちなみに、私より先に入団していた妻は弾いたことがある。うらやましい...)。エキストラで弾く機会もなかった。出演できそうなときには別の人が先に入ったり、頼まれたときに限って用事が重なっていたりで、どんなに弾きたいと思っても出会えなかった曲なのだ。演奏してみたいという思いばかりがどんどんふくらんでいく。この曲はチャイコフスキーにとって最後の交響曲、しかも死の直前に初演されたものである。彼の死因には謎が多いというのは有名な話だが、「悲愴」というタイトルにも謎が多いようだ。「悲愴」のもとになる単語の意味は、日本語での悲愴とは違って、むしろ「情熱的」というニュアンスが込められていると言われる(英語だと「悲しみ」という意味が最初に出てくる。言葉は本当に難しい...)。彼の謎の急死のイメージと曲のイメージが相まって広まったと言えるのかもしれないが、とにかく真相はよくわからない。この曲の調性はロ短調、私はこれがチャイコフスキーの「勝負調」だと思っている。チャイコフスキーにはこの調性を直接使うもののみならず、随所に見え隠れする作品がけっこうある。この調を前面に出しているもので最も有名なのは、「白鳥の湖」「ロメオとジュリエット」などがそうだ。「悲愴」が劇的に聴こえる一つの要素であることは間違いないだろう。しかし、第1楽章はいきなりロ短調で始まるわけではなく、別の調(ホ短調)から入ってきて、しばらくしてから完全な形で姿を現す。最初に動きのある場所は、最初ヴァイオリンなのかと思ったら、ヴィオラの高い音だったことに後で気づいた。しばらくして、ニ長調の平和な感じのする音楽。盛り上がって煌びやかな雰囲気を作った後でそれがおさまる。最後はp(ピアノ)6つ!ファゴットでそんな音は出ないぞという訳で、バスクラリネットで代用されることが多いようだ。すると、突然最弱音を切り裂くように激しい音楽が展開される。最初にヴィオラで演奏された旋律の断片がどんどん展開されていく。金管楽器がほえまくり、木管楽器と弦楽器が風の音のように激しく動き回る世界は圧巻である。そして、それがおさまると、平和な音楽が今度はロ長調で出てくる。これもチャイコフスキーお得意のパターンである。いろいろあったけれど、すべてが浄化されていくような音楽の流れ。低減のピチカートにトランペットの弱音が重なる部分はぞくっとする。最後は平和な雰囲気のまま終わる。第2楽章は5拍子でありながら、ワルツ的な舞曲。5拍子でずっと流れていく曲は数少ないが(あと思いつくのは「惑星」の「火星」ぐらいか?)、この曲は5拍子で書かれたものの中で最もうまくできているものであるように思う。基本的にはニ長調で進むが、今度は逆に中間部でロ短調の要素が出てくる。このあたりは本当にうまくできているなと思ってしまう。基本的に最初から最後まで平和な雰囲気の音楽。第3楽章は、他の楽章と不釣り合いなほどバカ騒ぎっぽい音楽。それだけに次の楽章との落差が非常に大きくなっている。最初に出てきた主要な旋律が楽器を変えて何度か出てくるという、つくりとしてはあまり複雑ではない。中間部で木管楽器が演奏するところでは少しおどけた感じになるし、最後の方で金管楽器が演奏するところでは豪快な感じがする。このあたりがオーケストラの音楽の面白いところだ。最後のティンパニによる「ダダダダン!」という締めは、やはり「運命」を表しているのだろうか。第4楽章は、本当に泣ける。冒頭の旋律は、1stと2ndという2つのヴァイオリンパートが2つの旋律の間を行ったり来たりするという変わった書き方になっている。理由はよくわからないが、ステレオ効果なのだろうか。そう言えば、交響曲第5番の第1楽章にも実は同じような書き方の場所がある(ここでは木管や金管も一緒に演奏しているのでほとんど効果は期待できないような気がする)のだが、それよりはステレオ効果は高そうだ(もちろん、向かい合わせに配置しなければいけないだろうが)。本当に「泣く」ような始まり方だ。後でこの旋律が出てくるときには低音からあふれ出てくるような音型に導かれて出てくるのでますます「泣き」の感じが激しくなってくる。しかし、本当に泣けてくるのは、そういった短調でいかにも泣いている感じの場所ではなく、自分にとっては中間に出てくる長調の部分だ。ホルンのリズムに導かれて弦楽器がゆったりとした旋律を演奏する。昔を回想するかのような明るさにかえって悲しみを感じてしまう。これが何度か繰り返されて最高潮に達すると一気にその世界が崩れていく。思い出に気持ちが高まって最後に泣き崩れてしまうような感じに思えてしまう。その後は「泣き」の世界が続く。この世界は単に「情熱的」というものではなく、やはり「悲愴」の部分を明らかに含んでいるように思う。最後はすべてが消えてなくなるようにコントラバスのピチカートで終わる。この曲は震災直後に狂ったように聴き続けたことをよく覚えている(あといつも聴いていたのがマーラーの交響曲第9番)。なぜだかわからないのだが、これらの曲を聴いていると落ち着いたものだ。よく考えてみると、落ち込んだときには徹底的に落ち込みそうな音楽を聴いてしまうのが自分の癖であるように思う。もちろん、そういうときにしか聴かないというわけではないのだが。とにかく自分にとっての名曲であることに間違いはない。いつか、この曲のライブの響きを、そしてその中にとけ込む体験をしたいと思っている。
Dec 6, 2005
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今日は非常勤の日。授業の時に借りて使っているパソコンの調子が悪く修理に出しているとかで別のパソコンを借りたのだが、これがまた古いもので、USBメモリをうまく受け付けてくれなかった。さらに、何とかプログラムが立ち上がってもすぐにフリーズしたり、暴走してしまうので、結局パワーポイントを使うことを諦めた。トラブル処理に時間を食われて予定の場所まで行けず、調子も出なかった。おまけに体調も良くない。食欲がないというのが最悪。昼からの授業も調子が悪い。こうまで寒いと欠席者も多く、なかなか気合いも入らない。もちろん、そういうのを表に出すことはしないが。何とかしてこれも形をつくって終了。その後は、新幹線に乗ってお通夜へ。私が大学時代にヴァイオリンを習っていた先生が亡くなったのだ。今の私の弾き方の基礎を作ってくださったのは先生である。高校から楽器を始めたので、経験者として入部していながら初心者の腕でしかなかった自分の弾き方の欠点を根気強く直してくださった。さらに、大学オケの世界しか知らなかった自分を、団長を務める合奏団に誘ってくださり、室内楽でのアンサンブルを学ぶ機会もつくっていただいた。また、ユースオケのオーディションの前には、特別に時間を割いて細かく指導していただいた。そこでやるべきことはやったのだという気持ちになってオーディションに臨めたことが良い結果につながったのだと思う。そのおかげで学生オケの人脈が広がった。とにかく、ヴァイオリンを弾く今の自分があるのは先生のおかげなのだ。亡くなるには早すぎる...。最近は大学のある場所にも頻繁に行くことがなくなったので、先生にお会いする機会も減っていた。しかし、先日のOBオケの演奏会が終わった後で、お会いすることができた。ほんの一瞬だったが、短く「ご苦労さん、よくまとまっていたよ」と声をかけられたのが最後になってしまった。そのときには元気な姿だったのに...。たぶん当時よりは成長しているはずの今の姿を見せることができたことだけが、自分にとってせめてもの救いだと思う。通夜には大学オケのメンバーも何人か駆けつけていた。短く言葉を交わし、通夜終了後すぐに解散となった。2学年下の後輩と途中まで一緒に電車で帰った。彼も最近先生にお会いしたそうで、信じられないと言っていた。まだ私も信じられない。この現実を受け入れるのにはもう少し時間がかかるように思う。
Dec 5, 2005
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この日はゼミ旅行2日目。最初は、推薦入試の面接官に当たる予定だったが、結局当たらなかった。おそらく志願者が多かったときのことを想定して多めに割り当てを決めているようだが、そこまで増えていなかったのだろう。この点については少し困ったことがあった。試験監督や面接官のシフトを決めてくれる担当者がなかなかシフトを決めてくれなかったのだ。基本的に入試のある日には予定を入れないように言われているのでそのつもりだったが、学生が決めた日程、こちらが明確に返事できない以上、それに従うしかない。もし面接官に当たっていたら、朝早くにゼミ生と別れて一人で大学まで戻るつもりをしていた。試験開始時間は試験の種類によって違うので、どの時間に当たるかがわからないと電車に乗る時間も決められない。私は出願締切の翌日から担当者にどうなっているのか決まったら教えてほしいとお願いしていたのだがまったく決めてくれない。旅行申し込みの最終締切日になって、学生がしびれを切らして担当の職員に直談判に行った。「よんきゅ先生のシフトはまだ決まらないんですか!?」すると、その場で「よんきゅ先生はシフトから外しましょう。志願者との関係で外しても大丈夫ですよ」という返事があった。私がきいて4,5日まったく答えてくれないのに、学生が行くと4,5分で結論が出てしまったのだ。担当者は学生思いの行動を貫く職員(これが困ったことになることもしばしばあるのだが)、さすがだという他はない。それはともかく、朝からこの日は天気が悪く、しかも寒かった。今年一番の寒さになることは予報で知っていたが、それ以上の寒さだった。ゆっくりめにチェックアウトし、鳥羽へと行く。最初は船に乗ってイルカ島へ。イルカのショーを見て、さらにアシカショーも見ようという話もあったが、あまりの寒さにみんな凍えていてあっけなく島を離れることに。船に乗っているときは、船を追いかけてくるカモメに餌をやることができるので、学生が喜んでやっているのに付き合っていたが、さすがに海上、風もきつく体感温度も低い。これで一気にやられたのか、お腹が痛くなってきた。船を下りた後は水族館へ。私自身は3度目だが、学生の中には初めての人も多く、楽しそうだった。とはいえ、水族館はいつ行っても飽きないのが不思議だ。毎回いろいろな発見がある。水族館を楽しんだ後はおみやげ購入タイム。娘には鳥羽水族館限定のキティのボールペン、息子にはペンギンの写真をあしらった缶に入ったクッキー、妻には最近の留守がち状態にすまないという気持ちで真珠のペンダントを購入。喜んでもらえるといいのだが...。それから電車で帰宅。水族館にいるときは楽しみつつも体調は最悪、かなりふらつきながら歩いていたように思う。お腹が痛くてとにかく力が入らない状態だった。電車に乗ったとたんに睡眠。本当は後ろの人が大声で面白い話をしていたので聞きたかった(ていうか、聞き耳を立てなくても勝手に聞こえる)のだが、疲れによる眠気に負けて熟睡。途中で2回目がさめたが、話の流れがまったく変わっていなかったのがおかしかった。そんなに引っ張るネタか?これは...。さらに帰るときにトラブルで電車が断続的に止まる状態が続き、気分の悪さは最高潮に。吐き気を抱えたままようやく帰宅。寒さにすっかりやられてしまった一日だった。
Dec 4, 2005
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今日は推薦入試の面接官という仕事があった。実はこの日と翌日、ゼミ旅行が企画されていたのだが、入試を無理に休むというのはよくない(稼ぎ時に店を休むような状態になってしまう)ことなので、終わってから合流するように学生には言ってあった。このゼミ旅行は9月に台風で泣く泣く中止にした旅行のリベンジで、学生がどうしても行きたいという話で進められた。しかし、この時期に全員が揃うのは難しいようで、結局6割ほどの人数になってしまった。これも仕方がない。台風襲来が今でも恨めしく思える。面接官の仕事は2人1組。相手の先生が質問を担当し、私はとにかく書記に徹することにした。面接はやはり緊張感からか、かなりしどろもどろする人が多かった。中には宙を見ながら覚えてきた言葉を探したまま止まった人も。白目をむいたまま止まられるとドキッとしてしまう。そうこうしながら面接は無事終了。判定は所轄の委員会の先生で行うということなので、片付けてゼミ生の待つ宿を目指す。場所は賢島。電車では、途中で1分接続の乗り換えがあるのでゆっくり寝ることもできず、ひたすら本を読んだり、来たメールに返事を書いたりで時間を過ごした。日も暮れてようやく目的に到着。夕食の予定時間には間に合った。みんなで大人しく食事をして、部屋に戻ってからゲーム&酒盛り。トランプやunoは旅行の定番。負けたら「しっぺ」を食らうのだが、にらまれたかのように負けて学生からしっぺされる。学生たちは楽しそう。さすがに手加減はしていたようだが...。その後落ち着いた後は、パブリックスペースに常備されている麻雀(つまりタダ)をする。今時の学生、やはり麻雀のできる人はそう多くないが、人数が揃ったので、2時間ほど楽しむ。もちろん、金銭の賭けはなし。ビリがトップにジュースをおごるという約束。私が勝ったので、ジュースのおごりはないことになった。そんなこんなで深夜まで付き合った後に就寝。(翌日については改めて更新予定)
Dec 3, 2005
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今日は3年ゼミ。いつもはグループワークをさせているのだが、来週の最終プレゼンテーションの前にしてほしいことがあると3年ゼミ生から提案を受けていた。それは、4年ゼミ生から就職活動体験談を聞く会を開きたいということだった。この企画はなかなかいいと判断、4年生に少し前から依頼していたのだが、結局5人が応じてくれた。業種は小売と銀行、うまくバラツキが出なかったのは仕方のないところだが、これだけ積極的に応じてくれる人がいたのは素晴らしいことだ。最初に体験談をそれぞれが話した後に、質問タイム。これがかなり盛り上がって質問だけで50分近くを使った。具体的な面接の話や、マナー、やっているときの気持ち、情報の整理の仕方など、こちらもなかなか改めて勉強になる話をしてくれた。すごかったのは、活動時のスケジュールを書いた手帳を持ってきて全員に見せてくれた人がいたことだ。びっしりと書き込まれたスケジュールを見てみんな目が点になっていた。とはいえ、一番多くの会社にエントリーした人なので当然といえば当然か。4年ゼミ生にとっても、最初は人前で話すことに緊張していたようだが、質問に答える姿は堂々としていた。共通して言っていたのは「そのままの自分で勝負することが大切」ということだった。ビビったら負け、知ったかぶりは見破られる、結局自分を等身大に表現するしかないのだと。試行錯誤を繰り返して行き着いた言葉だけにリアリティがある。3年ゼミ生にとってはきっといい経験だったに違いない。大学主催でホールに集められるのではなく、それこそ2,3メートル前にいる人の話を聞くわけだから、本当の生の声を聞けたことになる。もう活動に対する意識付けは十分すぎるほどできただろう。終了後に質問に行った人もいた。後は、その言葉を真摯に受け止めて彼らが頑張っていくしかない。昼食を共にしながら、4年ゼミ生は本当に成長したなと感慨深くなった。しかし、もっとも彼らにとって卒論締切前の正念場ではあるのだが...。きっと乗り切るだろうと期待している。
Dec 2, 2005
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今日も大教室で戦いを挑んできた。と、その前に留学生のゼミ生が何やら他の先生とトラブルになったとかで、その先生が来訪。かなり迷惑をかけたようでこれは謝るしかないのだが、何でまたそんなことをしてくれたのかとあきれてしまう。私の話を出してきて他の先生に戦いを挑まれては困るのだ。最近週末に近くなるとやっかいなことが起こる。話を元へ戻そう。今日は、うるさくなりかけたらその元になっている学生のところまで行って注意した。聞いている人にとっては集中がとぎれて迷惑な話だが、ずっとうるさいよりはマシだろうということで、前半で徹底的にやったら、後は静かになった。直接近くで言われると多少は効果があるようだ。いつもほどキレかけになることもなく終了。次のゼミの時間は卒論発表。しかし、ここまできっちりとアイデアがまとまらずに苦しんでいる人たちの発表だったのでこれはなかなかやりにくかった。ちなみに、就職活動が長引いたことも原因としては挙げられるかもしれない。とはいえ、この時点で少しモチベーションが低いのは問題だ。片方がうまくいくともう片方がダメということで、疲れ方としてはあまり変わらない感じだった。夜は同僚と食事会。最近のいろいろな問題について話し合う(というかグチる)。いろいろな場所で地殻変動が起こっている学部内でトンデモ提案を審議せずに通そうというハプニングが起こった会議の話には一同呆然...。そんなこんなで飲まなくても十分酔ったほどの勢いで話し、帰宅。
Dec 1, 2005
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