ねこまんまねこの日記

ねこまんまねこの日記

PR

×

Profile

ねこまんまねこ

ねこまんまねこ

Favorite Blog

アリゴテ・ドレ New! yonemuさん

【onsen】山梨県南巨… New! ささだあきらさん

Bar UKからのお知ら… New! うらんかんろさん

Reading Historical … New! Marketplaceさん

【千葉豪雨】小湊鉄… New! shuz1127さん

Keyword Search

▼キーワード検索

2022.03.29
XML
カテゴリ: 海外旅行


↑漁夫の砦 @ブダペスト @ハンガリー。

ウィーン中央駅からハンガリーの首都ブダペストまでは夜行列車で移動した。

夜行列車の利点は、「ホテルを1泊使わないで済む」・「朝そのまま観光に出れて時間が有効」という点。35日間の旅行というと普通は34泊35日と考えるが、夜行を4回使えば30泊35日とか、宿代が浮くのである。今の自分では考えられない、若いって凄い!

昔は、、東ヨーロッパ諸国や発展途上国では、駅や空港に着くと色んな人間が寄ってきたものだ。エジプトの空港なんてわんさか寄って来たもんだ。

ブダペストの駅に2/13の朝到着し、荷物を担いで、さあホテルでも探して荷物預けっかな?と思って、駅の外に出ると早速「闇両替」をする男が声を掛けてきた。「闇両替」とは通常の為替レートより割高で両替し、外貨を手に入れようとする個人のこと。
ハンガリーの通貨、フォリントを通常レートだと1ドル=80フォリントのところを、90フォリント出すから銀行や正規のカンビオではなく自分と両替してくれと言ってくるような人の事である。

偽札を渡されるわけではないから、我々としては、別に利用しても問題はない。正確に言うとその国の法律には触れるかもしれないが、10ドルで800フォリントのところが、900フォリント手に入るならば、それだけ滞在費が多く手に入るから、旅行者にはお得だ。
彼らはそれでどういう儲けがあるかと言うと、ハンガリーから外国に出ていく商人や旅人に1ドルを100フォリントなどで売れば差額が差益になるわけだ。それだけ東ヨーロッパの通貨は弱いので、現地の人が外貨を欲しい時、通常レートでは交換できないから、闇両替の商人から買う人も出てくるのである。


食い下がって交渉し、1ドル95フォリントで2人で40ドルぐらい交換した。

駅を出て数歩行くと今度は、何人か地元の人が寄って来て英語で、ホステルどうか?みたいな事を言って来た。ホステルとは今でいえば「ゲストハウス」を指す。ドミトリーか個室タイプで、シャワーやトイレや給湯器は共同の、簡易宿泊所を自分で所有している人が駅で客引きしているわけ。
それで、Gジャンを来た40歳ぐらいの男性と交渉、地下鉄の駅も近いし便利と力説していた。お湯のシャワーが有るか確認したら「イクザクトリー!」とか言ってる。1泊1人10ドルと言っていたが、ドルで払うから、2泊するから1人1泊7ドル、つまり14ドル/2泊にまで交渉して、彼の車でそのホステル迄連れて行って貰う。車はボロいソ連製のトラバントだった。扉を閉めたら把手が取れたから、シートに投げておいた。
2泊で約2.000円か。宿の目標額は1日1.000円だったからまあ合格ライン。安く泊まるには多少のリスクを取ってかないと貧乏旅行は出来ない。
嫌なら部屋を見てから辞ーめた!と言えば良いだけだから。
先払いで建物のカギを渡されて、最後の日にカギは部屋に置いて行ってくれ、みたいなアバウトな感じだった。。



観光の記憶はほぼ無いのだが、漁夫の砦やブダ城にある国立美術館は地下鉄で行った。

私の後ろのドナウ川を挟んだ向こう岸にあるのが世界一美しいと言われるハンガリーの国会議事堂である。

また有名なくさり橋や夜景の名所「ゲレルト(ゲッレールト)の丘」へ白タクで行ったような記憶が。。ここはブダペストの夜景を一望できるスポット。丘の頂上からは、ドナウ川を挟んで右岸のブダ地区、左岸のペスト地区の街並みを一望でき、ヨーロッパでも指折りの夜景の名所といわれる。シェーンブルン宮殿に続き。ここでも「遂にここまで来たか」という感慨(まだ全然始まったばかりなのに)に浸った記憶がある。

夜、歩いていると、ドナウ川のほとりの公園に面した非常に重厚なレストランがあった。闇両替で40ドル=約6000円ぐらいを大量のフォリントに交換して気が大きくなっていたので、余らせても困るし、そのレストランに入ってみた。ピアノとバイオリンと何かの楽器の生バンドがいる広いホールフロアーがあり、小汚いGパン姿のアジアの若者にはとても似つかわしくない店だったが、堂々と入って行き、メニューから良く分からないけど「コルドンブルー」とビールを注文して、どっちも「うまいうまい」と何杯もビールをおかわりした。楽団にわざわざ50フォリントのチップを渡しに行ってから、会計したら凄く安くて驚いた。多分1人1.000円ぐらいだったと思う。それほど当時のハンガリーの物価は安かった。

地下鉄は思ったより発達していた。


そういう激動の中、それを体感できる旅であった。

ハンガリーはこの4か月前に第三共和国という共和制を樹立したばっかりの国だったが、国全体がエネルギーに満ちている感はなかった。ハンガリー人はマジャール系でつまりアジア系の民族と言われ、髪や瞳は黒い人が多い。それで静かな人が多い印象だった。

我々は1990年2月15日、ブダペストからルーマニアの首都ブカレストに向けて夜行列車に乗り込んだのである。つづく





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2022.04.07 14:01:43 コメントを書く
[海外旅行] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: