全2件 (2件中 1-2件目)
1
私たちは、自分なりの優先順位を持っている必要があると思います。私の優先順位は、1、神さまとの関係2、家族との関係3、教会の仕事4、外部の牧師の働き5、消防団やPTA等のボランティア活動6、趣味や休暇このように優先順位が決まっていますと、いくつかの働きがバッティングした場合に困ることが少なくなります。朝一番には、神さまとの時間を最優先しますが、教会の集会と家族のケアが重なったとします。昔の牧師先生は、1にも2にも教会を優先した人も多かったと思います。これは尊い働きだと思いますが、私の場合は、特に命に関わることであったりしたら、教会の集会を投げてでも家族のケアを最優先します。何のためらいもありません。次に、日曜日に教会外の仕事、牧師としての外部の働きを頼まれた時には、教会の礼拝を優先します。しかしもちろん、例外があります。私は時々、日曜日に教会を離れ、外部で奉仕をすることもあります。もちろんこれは例外であって、通常は違います。みなさんには優先順位がありますか?これはとても大切なことです。ある時には、こんなこともあります。毎日のように3つ4つの用件がバッティングします。そんな時、欲張りな私は、全てのことを行おうとしますが、それをやっても実りが多くはないと感じます。3つ4つの用件がバッティングしますとどうなるかと言いますと、全ての会合に10分くらいづつ参加します。いわゆる顔出しです。しかし、どの会合も、主催者としては真剣ですし、犠牲を払っています。その会合に、ちょっと顔を出して、さっと帰ってしまったら、気分がいいはずがありません。そんなことがしばらく続き、繰り返され、これ以上続いたら、多くやっているだけでただ忙しく、何も実りがなく、嫌な思いをさせてしまうということに気づきました。今年私は、そんなことで、自分の働きを整理し、大切なことに時間を集中するようにしたいと思って、今整理をはじめています。みなさんはどんな毎日を過ごしていますか? 物理的に忙しくても忙しくなくても、大切なのは、優先順位に従っていることです。まず、一番重要なことから行って行くのです。そうしたら、勢いがつき、テンションが上がり、気持ちにゆとりが出て、すべてが好循環します。是非、紙を出して、あなたの優先順位を祈りつつ決めてみてください。これがあたの人生を革命的に祝福します。あなたの上に神の祝福がナイアガラの滝のように注がれますようにお祈り致します。
2008年03月11日
コメント(18)
最近の私のヒットは、ツキを呼ぶ魔法の言葉です。しかしこれは、祝福を招く聖書の言葉でもあります。これは、五日市剛さんの講演の記録が、書店で売られていないのに、口コミで60万部以上も流れているそうです。最近では、引き寄せの法則、なんていうのもありますが、同じくらいの運命と環境に生きていながらも、一方の人は、果てしなく不幸に生きていますが、もう一方の人は、最高の人生を歩んでいます。確かに、人生の幸・不幸を決める何かがあるのではないでしょうか?五日市さんは、かつて徹底的にツキに見放されていた人です。そんな彼がツキを呼び込むようになったのは、人生に疲れ、現実逃避のためにイスラエルに行きましたが、そこでも彼はツキから徹底的に見放されて、大寒波が来る中、止まる宿もない時に、一人のユダヤ人のおばさんに声をかけてもらって、助けてもらいました。そこで、ツキを呼ぶ魔法の言葉を教えてもらったそうです。その言葉とは、「ありがとう」と「感謝します」の二つだそうです。日本に帰国後、五日市さんは、ことあるごとにこの「ありがとう」と「感謝します」という言葉を使いました。そうしていますと、人間関係が改善され、勉学に励み工学博士になり、一流企業に就職し、後にヘッドハンティングされて転職し、その転職先で世界的な発明をします。また、理想の女性と出会い結婚をしました。五日市さんの人生を変えたのは、「ありがとう」と「感謝します」のたった二つの言葉です。これなら私たちでも出来るのではないでしょうか?嫌なことがあったら「(有難う)ありがとう」と言って下さい。そして、良いことがあったら「感謝します」と言って下さい。ポイントは、嫌なことがあった時にいう「ありがとう」かも知れません。それは、嫌なことを呟かず、嘆かず、腹を立てず、恨まないことです。これは特に、人を裁かず、赦し、愛するということに繋がります。先週私が参加した、マレーシアの伝道者であるレイモンド・ムーイ師が語ったメッセージの中に、人を赦し、自分を赦す、というものがありました。なぜならば、人を裁き、憎み、怒り、赦さないことが、神の祝福の手を止めてしまうからです。そして、自分を傷つけてしまうのです。ともすると、人を赦すことは敗北であり、あり得ないことと考える人もいるでしょう。しかし、それをし続けても、自分を不幸にし、病気を誘発させ、自分を牢屋に閉じ込めてしまいます。どうぞ、赦し難きを赦し、愛し難きを愛して行きましょう。これがあなたを祝福するのです。そして、自分を傷つけた相手を裁いていたことを神に悔い改めて行きましょう。そして、その上で「ありがとう」と言ってみて下さい。その相手に対してもそうですし、神さまに対してです。そこに理由はわかならない場合もあるかも知れません。しかし、後で必ずわかります。私は、多くの人から傷を受けた人間の一人だと思います。しかし、クリスチャンになった後には、それに対して「ありがとう」が言えるようになりました。当時は、ほとんど理解できていませんでしたが、今はっきり言えるのは、そのように傷つける人がいたからこそ、人の心の痛みや心のひだが少し判るようになれたと思います。また、その痛みの中で、神に祈り、神に近づき、また、祝福の出会いが与えられたり、ピンチがチャンスに、マイナスがプラスに、大逆転が連発しました。今わかるのは、なぜ私が多くの祝福を得てきたかと言いますと、それは、ただ神の一方的な憐れみのほかはありませんが、しいて言えば、「ありがとう」と「感謝します」という言葉を使って来たからだと思います。「ありがとう」と「感謝します」という言葉の前には、悲しみと貧しさは逃げ去り、喜びと祝福が追いかけて来るのです。是非あなたも、ツキを呼ぶ魔法の言葉、いや、祝福を招く聖書の言葉。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。全てのことを感謝しなさい。という言葉にも通じますが、どうぞ、嫌なことも嬉しいことも、いつも神のみ前に「ありがとう」「感謝します」という言葉を発して参りましょう。あなたの運命と環境は劇的に変わり、ツキ、祝福を招くに違いありません。祝福を祈ります。
2008年03月01日
コメント(6)
全2件 (2件中 1-2件目)
1


