「禿 禺儒」 の 徒然
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先日、某テレビ局の、戦後七十年を振り返る番組で、女優の吉永小百合様が、「私の生き方としては、何十年、或るいは何年と云う長期に思いを致して生きるのでなく、一日一日を、そして一瞬一瞬を確かに生きようと歩んでいる」と云うような発言を為されていました。私は、その言葉に対し、吉永小百合様と云う大女優の立場と、テレビ画面の公さ中でおもねることも無く自身の考えを述べる凛とした態度に、ハッと心に沁み入るものが有りました。世間一般の人は、自身の責任の及ばぬ当たり障りの無い曖昧模糊名発言でお茶を濁すところでしょうが、、このお人はしっかりとご自分の言葉で発言されて居られる。自分の思いを自分の言葉で述べられる、このようなお人はその生きざまにぶれる所は無いでしょう。一見それは、場を白けさせる事に成るかもしれない。世渡りとしては不器用かも知れない。今日某か一くくりに統制されようとする此の国に、風になびいて頭垂れ、スマートと云われる生き方が世間なれした生き方かも知れない。でもその先に在るのは物云わせぬ言論思想統制かも知れない。未だ其処には至っていないでしょう此処に、場を白けさせる、結構。自らの言葉で自らの意思を発言する。時代遅れか風に逆らうか、「冬嶺秀孤松」に在りたい。
2015.12.31
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