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20260521THU 小満 二十四節気の一つ、小満。「万物しだいに長じて満つる意」(山本健吉編「季寄せ 上」)だそうだが、なんの意か分からない。 暑さは一段落だが朝から雨が降っていてこれから酷くなるかも知れないらしい。 走梅雨(はしりづゆ)かも知れない。梅雨の前触れで東京以北に多いという。 東北本線、昔は奥羽本線利用の方が多かったが、福島までは同じコースであった。奥羽本線の列車の窓から見える田植の終えた田んぼは見事で美しかった。いま、東北に行く機会もない。 その前の時代だと長距離は夜行列車しかなかった。だから、田んぼを眺められたのもそんなに長い年数を要したわけではない。すぐにディーゼルの長距離列車が昼間に走るようになった。間もなく、東北本線に沿ってたり離れたりして、新幹線の脚柱が田中に立つようになった。何のためにあんなものを建てるのだろうと思ったものだ。 そうして現在まで、自慢ではないが東北新幹線には乗ったことがない。 命の許す限り、山形新幹線に一度でいいから乗りたいのだ。。。。。。。
2026.05.21
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20260520WED MDは専用のリチウム・イオン電池で作動する。 積んであるMDディスクは諦めていたのだが、ソニーのMDステーション(操作用台座)に充電窓があり、そこに電池を入れてみたらパイロットランプが点いた。 もう20年近くいじっていないので不安もあったが、試してみるとMDを聞くことが出来た。 アンナ・トモワ・シントウのソプラノがあったりするが、大部分は落語だ。 圓生の「弥次郎」、柳橋の「夢金・時蕎麦」、志ん生の「五人回し」、枝太郎の「平林」、金馬の「王子の狐」、小さんの「提燈屋・粗忽の釘」、金馬の「二十四孝」、正蔵の「化物使い」などなど。 かつてはNHKに「新春寄席」などの番組があって正月2日続いたり3日サービスしたりしてくれた。それも残っている。 処分するしかないと思っていたが、しばらくは楽しめそうだ。MDプレーヤーも量販店などに行けばまだあるのかも知れない。 三亀松や牧伸二なども懐かしい。。。。。。。。
2026.05.20
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20260519TUE 今日も暑くなりそうだ。朝からカンカンの日照り。 昨日の東京の最高気温は29.3度。 新聞では午後3時の天気・気温と注記してあるが、その天気は「快晴」。大阪と東京のみ「快晴」。その前17日は大阪のみ「快晴」。さらにその前16日は東京と大阪は「快晴」。その他の都市は那覇のみ「曇」で他は一律のごとく「晴」。15日は東京のみ「快晴」。 東京と大阪のみに快晴があって、他の都市には晴はあるが快晴がない。 なぜなのだろう。 大きな疑問点である。 昨日の朝から体調が良くない。 今朝はいいだろうと思って血圧を図ると不整脈がある。血圧計には「不規則脈波」などと表示されるが、血圧計で測らなくてもなんとなく分かるものだ。若いころからの不整脈で時々現れる。その時の医師は心配いらないと云っていた。それをず~っと信用している。その時以来、精神安定剤をこういう時に服用する。精神安定剤には不整脈や高血圧に効き目があるとも思えないが、それで不整脈のほとんどが落ち着く。。。。。。。
2026.05.19
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20260518MON 総理大臣の名前を覚えた。 書こうと思ったら出てこない。 これは総理が悪いのか、私の痴呆が進んだのか。 高石だったかな?下は(名は)何だっただろう。百合子は都知事のお名前だったね。 その総理大臣が、石油の総量は輸入先の多角化や備蓄放出で確保できると云われた。 プラスチック用品、中でもナフサを原料にする医薬品や生活必需品の値上げは、それならば起こらない筈ではないか。 今は何でも値上げだ。値上げする側にしてみれば、チャンス到来か。 総理はじめ閣僚の名前を記憶しない慣習は以前からのものだ。 だから、閣僚の名前は「高市内閣の顔ぶれ」などと新聞に載ったのを切り抜いておくはずだった。 2025年10月21日発足の第一次の高市内閣の顔ぶれが保存してあった。そうだ、改造内閣は全閣僚再任ということで、あえて切り抜きをしなかったのだ。 総理もこの時点で64歳。すでに若くはないが指導者の世界にあっては老年では決してない。 惜しむらくは、閣僚にもっと若い美人の代表とも云うべき魅力的な御婦人方を多く入閣させるべきだった。今や「軍は男性職場」ではないそうだ。「閣僚も男性職場」でなくてよい。 総理は笑顔を効果的に使っている。しかし、他の婦人閣僚もどうしたら魅力的な笑顔になれるか、しっかりした実力のある指南役を置くべき時だ。
2026.05.18
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20260517SUN 新月 読んだが再度読み返したい本が何冊もある。 藍川由美「これでいいのか、にっぽんのうた」、「『演歌』のすすめ」文春新書 岩城宏之「フィルハーモニーの風景」、「楽譜の風景」岩波新書 安田寛「『唱歌』という奇跡 十二の物語」文春新書 古く寝かせてあるかなり以前の本もある。 串田孫一・二宮敬編「渡辺一夫 敗戦日記」博文館新社 伊藤整「太平洋戦争日記(一)・(二)・(三)」新潮社判 その他、挙げればきりがない。 蛍光ペンを用意してマークしようとしたが、綺麗なままの本とすでに蛍光ペンであちこちマークしてある本がある。だいたいは書き込みが嫌いであり、本の端を折ったりするのも好まない方だが、「楽譜の風景」などは遠慮なく折り込んである。 何の目印にしたのだろうと、そのページを見直すことになるからこれは厄介だ。 ここだな、と思うところがある。「世界中見わたして、一つの国からこれだけ優秀な作曲家が出ているところは、他にない。」(p.107)筆者には日本がそんな国に見えたらしい。 やっぱり蛍光ペンがいいなと思う。
2026.05.17
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20260516SAT 夏山に足駄を拝む首途哉 芭蕉(おくの細道) (なつやまにあしだをおがむかどでかな) 新聞に「毎日ことば」というコラムがあり、そこに出ていた芭蕉の句である。今日は芭蕉が「おくの細道」の旅に出た日で、それにちなんで「旅の日」だともいう。 芭蕉が「おくの細道」の旅に出発したのは『弥生も末の七日』、元禄二年三月二十七日である。 元禄2年(1689年)の陰暦3月27日を陽暦に直すと今日になるらしい。 今の暦で今日16日は陰暦3月30日だが、その辺は難しくて分からない。有明の月が見られる頃であるのは今も違いがない。もっとも、明日17日は朔(新月)だ。 句の前文があり、「修験光明寺といふあり。そこに招かれて、行者堂を拝す。」というもの。 新潮日本古典集成「松尾文集」を見ており、そこから句の訳をそっくり盗んでおく。 「旅中に夏を迎えて、私はいま夏山で、役行者の健脚にあやかるべくその足駄を拝み、いよいよ奥州路に踏み出すに当っての覚悟を新たにすることだ。」。。。。。。
2026.05.16
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20260515FRI 大学も葵祭のきのふけふ 田中裕明(1959-2004) 京都葵祭の日。 午前中は京都御所を出発した行列は下賀茂神社へ向かう。 行列は勅使列と斎王代列などからなるが、腰輿(ようよ)に載った斎王代の列が人気である。 早朝からの衣装合わせや鬘合わせなど大変なひと時のようだ。輿に載る斎王も大変だが、平安時代の装束で長い道を歩く女儒(にょじゅ)なども重労働だ。 それより、輿を担いだり荷物を持ったり女儒に大きな傘をさしかけて歩いたり、馬や牛車の手綱を取ったりする男子アルバイトの白丁も大変な作業であるに違いない。 昼食休憩の後、行列は下賀茂神社を出ると上賀茂神社に向かう。午後をかけての上り道である。ただし、鴨川沿いで並木道、その古都の中をゆっくり進む行列は見事。ただし、御所から下賀茂神社までの都会の中の行列進行ほど観客もいない。 アルバイトは京都大学の学生だと思う。京都にいくつかある祭りごとに、それにかかわるアルバイトの学生の大学が決まっているようで、先輩が後輩の世話をしたり、それらを取りまとめたりするベテランが更にいたりという話だ。 掲げた句は、ここいらも含めて大学生の祭りの参加なども頭に入れたものとして捉えるのではないか。 アルバイト代が十分だといいが、そのあたりはどうなのだろう。 作者の田中氏は京都大学出身という。或はアルバイトとして葵祭を実際に体験されていたのかも知れない。有名な企業に採用になり活躍が期待されていた俳人で、早世していることを惜しみたい。。。。。。。。。
2026.05.15
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20260514THU 明日の天気はどうだろう。 一般に知られていないだろうが、勅使は今でも差遣される。 祭りはその勅使の代役が務めると聞く。だから勅使代と云い、かつての公卿などの血筋の家から成年男子が選ばれるようだ。 明日は京都の葵祭だ。勅使が下賀茂神社と上賀茂神社に参拝になるその行列の名残である。 昔ならば勅使の列であるのだから建礼門から出立したのかも知れないが、今は御所の中で準備はするものの、勅使の代役以下の諸々は建礼門前の広場に列立てするようだ。 そうしたことの下準備が大変であろうと思われる。 風薫る季節の古都の一大風物詩である葵祭。拝見しなくなってから30年の上も経つだろうか。 祭りと云えばこの葵祭のことであった。「祭」だけで夏の季語になっているのも葵祭であるからだ。 今の葵祭を見てみたいが、京都までは新幹線があるといっても遠い道のりになってしまった。ずいぶん変わったところがあるだろうと想像するのみだ。
2026.05.14
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20260513WED 段ボール箱を一つ明けたら撮り溜めたVHSテープやカセットテープやDVDなどが出てきた。 これはもっと沢山あることは分かっていた。 VHSテープには背中に曲名などのほか番号が書いてある。この番号はノートに関係付けられていて、そのノートの番号を見ると詳細が分かる仕掛けになっている。ノートは6冊ほどある。 VHSテープの背中の表示はカラヤン・カルメンとかカール・リヒター「マタイ受難曲」とか「春」「クロイツェル」などとなっているが、ノートにはもう少し詳しく書いてある。中にはファックスで取り出せるようになっていたのか、その切り抜きが貼ってあるものが多い。 VHSテープはカビが生える。固く巻かれた側面にカビが生えたのがある。1度早送り巻き戻しをすると余り気にならないが、それより、どうしてこんなに長い時間の曲がこのテープに収まっているのだろうかと心配になる。 夜中にあったようだが(今もあるのかは知らない。)、4時間前後の歌劇なども録画している。倍速・4倍速などで録音できたのだろうか。 とにかく、見てみたいのだがデッキとテレビを繋ぐ方法も知らない。やってみれば分かるかも知れないが、街の電気屋さんが無くなってしまって以後、ブラウン管のテレビが今のように薄型になって以来、自分ではいじっていないのだ。 困ったなあ~。 カセット・テープでは中央線電車の高尾東京間の快速電車内のモーターの音などを録音している。これはすぐ聞いてみたが、いたってつまらないものであることは予測した通りだった。
2026.05.13
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20260512TUE どちらが良いのかは分からないが、長いこと日曜始まりの手帳に慣れていた。 いま月曜始まりの手帳を使っている。年末に買いそびれてこれしか無かったのだ。 やはり慣れていることはそれに従った方がいいらしい。 初めから2番目の日だから月曜だろうと思った。 しかし、今日は火曜日なのだ。 スーパーの文具売り場に4月初まりで日曜日始まりの手帳があった。 2~3月に売り出した4月始まり手帳の売れ残りだろう。あれこれ選ばなければ、過去に使ったメーカーの製品がある。 まだ4月だ。4月はじまりだから、この1月を書き写せばよいだけだ。 1~3月は去年の手帳に書いてある。 誤りを避ける意味でも、日曜から1週間が始まるものに買い替えよう。 素直になること。これが大切なように思う。 知ってはいたが、手帳には1月始まりと4月始まりがあり、 日曜始まりと月曜始まりがある。
2026.05.12
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20260511MON 近くのコンサートホールでこの秋にフォーレの「レクイエム」があるという知らせが広報紙に就いてきた。聴きに行きたいなと思ったが、とても無理だろうと悟った。あまり長くはないが約40分、じっと椅子に掛けたままでいられるかが第一の問題。そして、そこまで行く体力があるかも大いに気になる。 かつて、アマチュア合唱団に属している頃、この「レクイエム」は歌ったことがある。モーツアルトの「レクイエム」も歌った。バッハの「ミサ曲ニ短調」もヘンデルの「メサイア」も抜粋したものだが歌った記憶がある。「レクイエム」は2曲とも全音楽譜出版社の楽譜があり、フォーレクなどはかなり細かく鉛筆書きが入れてある。 バッハやヘンデルは外国版。ベーレンライターやぺーテルスやノヴェルロでかなり重い。その重いテキストを持って舞台で歌ったのである。女性も平気であったし、誰も重いとは言わなかった。合唱が好きでみんな歌いたい一心、かつ辛抱強いのだった。 昨日の日曜日、BS日テレで「小さな村の物語」を見た。毎週の楽しみだが、イタリアの小村を背景に日常を映してくれる気持ち休まる番組だ。 ヨーロッパの町々に大きく背の高い教会がある。その中を見たいなと常々思っていたのだが、昨日はそれがやっと叶った。短い間だが本場の教会の中を見られることは幸せである。 パリのノートルダム聖堂は以前に拝見した。敬虔な信者が祈りを捧げているのにステンドグラスなどを撮りまくった。 フォーレの「レクイエム」の初演は1881年1月、パリのマドレーヌ聖堂だと全音の緒言に皆川達夫氏が記している。
2026.05.11
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20260510SUN 下弦 満月も半月も三日月も久しく見ていない。 読むべきものとして、わきに置いている書物は「彼岸過迄」、「春の雪」、「風車小屋だより」など文庫本の外に、「『唱歌』という奇跡 十二の物語」、「バカの壁」など新書本がある。 それとは別に、別のところに読んでしまった本などの文庫本の1群もあり、その中に尾形仂「芭蕉の世界」が目についた。講談社学術文庫の1冊だ。 見ると中の表紙の余白に一面に書き込みがしてあり、なかは蛍光ペンであろう、今や色さえ褪せてしまったが遠慮なく文字の上からマークしてある。 本には書き込みやページの端を折るなどのことはしない方だったが、こんな時代もあったなと思う。 血圧測定の記録紙が挟んである。90/09/08の日付の外、時刻と分まで入っている。どこかの病院にでも行っていたのかと、手帳で探すと、「ああ、あの時のものだ」と知れた。 手帳は空白が多く、土曜日なのに何の記載もない。17日にサントリー・ホール17:00などとあるのみだ。かなり忙しそうな時期ではあった。 今使っている手帳は見開き1か月の四角い枠のもので要点しか書けないが、見開き1週間で最後にメモまである。この頃からすでに手帳の書き方・用い方は下手であった。というか、日にちや時間やの管理も苦手だったのだ。 書いてある事がらを見ると、あんなこともこんなこともあったのだなと思い出す。 だから、手帳もメモもぎりぎりまで捨てないで置いておくのがよい。
2026.05.10
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20260509SAT 京都にいる頃だからだいぶ前になるが、京都の大丸で紳士用の替え上着を誂えたことがある。 冬用に考えてのことだから重宝して使用していた。 それが、裏地がほつれたりしてきたので、スーパーの修理部門に依頼した。見積もりは5000円ほどなのですぐさま依頼した。 繕いが出来たらもう一冬二冬は着られるはずだ。 このあたりだけなのか全国的なのかは分からないが、洋服や和服の繕い専門の店がかつてはあった。もう無くなって久しい。無くなることが分かっていれば、亡母が縫い始めていた和服も仕上げてもらいたかった。思えば、あっという間に個人専門店が無くなって行った。 クリーニング屋も冬物に限らず、選択したものを翌年のシーズンまで預かる所と預からない所があるのを知った。ダウンのコートとこれも古い京都大丸で買ったモヘアのコートを預かってもらおうと虫のいい魂胆でクリーニングに出したら、その店は預からないので取りに来てくれとのこと。依頼した店が逆だったのである。 しかし、これも楽しんで、仕方ないから狭い我が家のどこかで夏を越してもらうことになる。 これも京都大丸で購入したものだが、バーバリーのコートも洗濯に出してこれは意地でも預かってもらおうと秘策を考えたところだ。洗濯しなくてもまだまだ着られるものを……。 しかし、こんな失敗もなかなかいいもんだ。
2026.05.09
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20260508FRI 予報は27℃。スーパーに背広の裏地のほつれを繕って直してもらうべく行ってきたがさすがに暑かった。 昼食後、かなり眠気があるのは糖尿が悪化しているせいかもしれない。 午前あれほどあった日差しは全く無く、厚い雲が空を覆っている。温度も下がってきたようで、一荒れあるかもしれない。 そんな昼下がりである。。。。。。。。
2026.05.08
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20260507THU 俳句が好きである。読むのもいいが、句を作るのもいい。 ただそれだけではこの道に心血を注いだ先人に申し訳がない。 そんな訳で、本は買わないと決めていたのだが、この前に蕪村句集を買って、今また一茶を買った。いずれも文庫本の小さいものだが、中味はどうしてどうして、大変な労作であることが分かる。 今度買った丸山一彦校注「新訂一茶俳句集」は岩波文庫本で、2000の一茶俳句を掲げ、脚注があり、解説があり、索引がある。 索引は上五だけの見出しだが、上五が同じ句の場合は中七まで掲げる。 気になっていた「かつしかや川むかふから御慶いふ」を索引で拾って見てみた。「かつしかや」の句がいくつもある中で最初に掲げる句「かつしかや早乙女がちの渉し舟」の脚注に葛飾の説明があり、「隅田川以東の地の汎称。江戸近郊の水郷地帯。」としてある。川は隅田川であり、江戸の頃は相当広い範囲を差す言葉として用いられているようだ。 川は荒川かなと思っていたので、江戸から明治にかけての地理感覚と現在とでは随分の開きがあるのに驚いた。 落語の六代目圓生が渋谷に住んでいて、そんな田舎にいては不自由だろうと同情がられた話をしていたことを思い出す。 一茶句集2000のうち200程読み飛ばしたところである。
2026.05.07
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20260506WED 振替休日 国民学校の時代、教科書でどんな「鯉のぼり」が歌われていたかというと、昨日あげた思い出に残る唱歌抜粋によると次のものだ。作詞者は不詳、作曲者は井上武士(1894-1974)。 鯉のぼり一 お日さまのぼる、 もえたつみどり、 まごひがおよぐ、 ひごひがおよぐ。二 のぼりを立てて、 みんながいはふ、 よい子になあれ、 おほきくなあれ。三 のぼりを立てて、 をとこの子ども、 おほきくなって、 にっぽんだんじ。(「国民学校芸能科音楽初等科一」より) 国民学校音楽初等科一は現在の小学校3年生の教科書に当たる。 ハ長調、4分の2拍子で、音名で並べてみると次のとおりになる。(アンダーラインは下第1線と下第1間。「・」は休止符(こんなのあるのかなあ)) ソソドドシラソ・ミミララソファミ・ドレドミララソ・ソラソドレレソ・ 。。。。。。
2026.05.06
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20260505TUE 立夏 こどもの日 端午 二十四節気の立夏。今日から暦の上では夏になる。毎年のことになったが、山本健吉編「季寄せ 上」の立夏の項に次の句があり、それ以来、夏の女性を見る時に目のやり場に困るのだ。 おそるべき君等の乳房夏来る 三鬼 西東三鬼(1900-1962)は医師で俳人。岡山の人。 でも、いい句だ。大好きな句だ。 「こどもの日」で国民の祝日である。 柏餅、ちまき、糖尿の気がある人には厄介な季節だ。 昨日、お社にお参りに行ったが日の丸も鯉のぼりも揚がっていなかった。今日なのだろう。 唱歌で有名な「鯉のぼり」。新訂尋常小学唱歌の「鯉のぼり」が今も教科書に載っていてよく歌われ、かつ歌うようだ。国民学校の教科書の時に外されたが、戦後再び小学生の教科書に載り、その時2番は外されたと「日本の唱歌〈中〉」で言っているが、現在の教科書にはその2番も含めて3番まである。。 金田一春彦・安西愛子編「日本の唱歌〈中〉」で作曲は大家の弘田龍太郎(1892-1952)と知る。中村幸弘編著「日本の唱歌 Ⅱ」で作詞は河井翠茗とある。この本は文法的な解説がしてあり、極めて分かりやすいのでちょうほうである。 きのう、和菓子屋の柏餅を買い、スーパーに寄って菖蒲湯のための菖蒲も買ったが、風呂に入れるのを忘れた。今夜が普通らしいが、この時期ならいつでも構わないのだと思う。 鯉のぼり一、甍の波と雲の波、 重なる波の中空を、 橘かをる朝風に、 高く泳ぐや、鯉のぼり。二、開(ひら)ける広き其の口に、 舟をも呑まんさま見せて、 ゆたかに振るふ尾鰭には、 物に動ぜぬ姿あり。三、百瀬の瀧を登りなば、 忽ち龍になりぬべき、 わが身に似よや男子(おのこご)と、 空に躍るや、鯉のぼり。(「新訂尋常小学唱歌(第五学年用)」昭和7年 文部省)
2026.05.05
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20260504MON みどりの日 国民の祝日「みどりの日」は古い「季寄せ」には季語として載っていない。その代わりに「緑の週間」と「緑の羽根」が春の季語で取り上げてある。 この「緑の羽根」はあまり縁がなかったが、「赤い羽根」は小学校の時に学校から募金活動で街頭に出された。寒くなるころだ。午前か午後か、2時間ずつ3人ほどが組んで街に出て、鍵のかかった募金箱に歩行者から寄付を貰うのだったが、「お願いします!」と連呼し続けたものだ。 4月の末の方の明方、ラジオから馴染みの唱歌「若葉」が流れてきた。東京放送児童合唱団の歌でとても良かった。 若葉 文部省唱歌一 あざやかなみどりよ、 あかるいみどりよ、 鳥居をつつみ、 わら屋をかくし、 かをる、かをる、 若葉がかをる。二 さわやかなみどりよ、 ゆたかなみどりよ、 田はたをうづめ、 野山をおほひ、 そよぐ、そよぐ、 若葉がそよぐ。 国民学校音楽初等科二は今の小学校4年生の教科書にあたる。作詞松永みやお、作曲平岡均之としてある。とてもいい唱歌なのでぜひ楽譜を載せたいのだが、写真を載せるしか方法はないのかな。 日本コロンビア制作の「新訂尋常小学唱歌のすべて」の付録「思い出に残る国民学校唱歌抜粋」から。。。。。。。
2026.05.04
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20260503SUN 憲法記念日 以前は「憲法記念日」の新聞には憲法に関する図書類の広告が1面下を占拠していたのだが、このごろはそのようなこともなく、よくて2面の下に出るくらいであろうか。 家には六法も「岩波判例基本六法」平成16年2004があるのみだ。これも「国民の祝日に関する法律」が掲載されていないので見ることは先ず無い。 憲法の前文すら思い出せない。 昭和天皇による公布の日は昭和21年11月3日であるが、施行期日の昭和22年5月3日をもって「憲法記念日」としている。戦後民主的な新憲法が実施された日(山本健吉「季寄せ 上」)である。 連休の最中(さなか)や憲法記念の日 だめかな 連休の憲法記念日最中なる だめかな 連休や憲法記念日最中にて だめかな 連休の真ん中に持ってきたことによって、祝日としての「憲法記念日」の新憲法としての訴求力というようなものが、期せずして薄められているように感じるのだ。 。。。。。。。。
2026.05.03
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20260502SAT 満月 八十八夜 朝日が射している。今夜は満月が見られるといいなと思う。このところ、満月の頃に天気が悪かった。 そうして、八十八夜。立春から数えて88日目。種蒔・田植、茶摘、養蚕と忙しい時期だ。 田植も稲刈りも落穂ひろいもイナゴ取りタニシ拾いも経験したし、養蚕はその場を見て知っている。茶摘の経験がない。だいぶ経ってから新幹線で茶畑を見たきりである。 茶摘一、夏も近づく八十八夜、 野にも山にも若葉が茂る。 あれに見えるは茶摘ぢやないか。 あかねだすきに菅の笠。二、日和つづきの今日此の頃を、 心のどかに摘みつつ歌ふ。 摘めよ、摘め摘め、摘まねばならぬ、 積まにや日本(にほん)の茶にならぬ。(「新訂尋常小学唱歌」(第三学年用)昭和7年 文部省)。。。。。
2026.05.02
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20260501FRI 五月だ。 毎年不思議に思うのだが、山本健吉編「季寄せ 上」の五月を見ると、突如としてカトリックの話になる。「カトリックでは五月をマリアの月と言う。聖母月・聖五月。」季語「五月」の説明はこれだけである。 例句が2句あげてあるがキリスト教の匂いは全くない。 えにしだの黄にむせびたる五月かな 万太郎 藍々(あをあを)と五月の穂高雲をいづ 蛇笏 新訂尋常小学唱歌の教科書6冊のうちに「五月」と題するものが一つだけある。 知らないし、歌ったこともない。多くの人は知らないだろうと思う。 曲はト長調、4分の2拍子、弱起で、いい曲ともみえない。 歌詞はと云えば、昔の4年生には理解できたのだろうが、余り面白くはない。 五月一、風わたる 五月(ごぐわつ)の山を見上ぐれば、 山をおほへる椎(しひ)の木の、 若葉・青葉の陽(ひ)に映えて、 さわさわゆらぐいさぎよさ。 さながら生きてあるやうに。二、風かをる 五月の浜に来て見れば、 浜に咲いたるはまなすの、 砂にはひつつ陽に照りて、 ゆらゆらゆらぐ美しさ。 さながらものをいふやうに。(「新訂尋常小学唱歌」(第四学年用)」昭和7年 文部省)。。。。。。
2026.05.01
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20260430THU 4月もきょうを残すのみになった。 連休のさなかにある。 近所では薔薇も終わっている。 牡丹はまだ見ない。この辺りには無いのかも知れない。 牡丹散(ちり)て打かさなりぬ二三片(ぺん) 蕪村 有名な牡丹の句が「蕪村句集」にあった。 芭蕉はどうかなと思い、索引で牡丹を探すと上の句に「牡丹」を持つものは次の1句があった。 牡丹蘂(しべ)ふかく分出(わけいづ)る蜂の名残哉 芭蕉(甲子吟行) 山本健吉編「季寄せ」で見ると、3句が載せてある。 白牡丹といふといへども紅(こう)ほのか 虚子 花深く煤の沈める牡丹かな たかし 牡丹散り白磁を割りしごと静か 青邨。。。。。
2026.04.30
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20260429WED 昭和の日 昭和の日は馴染めなくて、私のような年寄りには今日は長いこと「天皇誕生日」であったのだ。 コクヨのリング式A7のメモに書いてあるところを探した。やはり気になって去年か一昨年かメモしておいたのだが、これでやっとすっきりした。 つまり、昭和が終わってから、この日は「みどりの日」であったのだが、2007年祝日法改正で「国民の休日」だったところへ「みどりの日」が移り、そのあとの4月29日が「昭和の日」となった。 昭和天皇崩御の1989年(昭和64年・平成元年)から2006年までは4月29日は「みどりの日」であった。 ゴールデンウィークの最初に「天皇誕生日」があることが当たり前だった世の中を長く生きてきたのだ。 戦後、昭和天皇は全国を行幸した。疎開中の私は小学生か中学生の時だった。学校行事として駅前のメインストリートの歩道に長いこと座らされていた。お列がお通りの時は頭を伏せて、要するに正座して深くお辞儀をして、決して頭を持ち上げてはいけないと先生に言われていた。みんなしてそうしたのだが、せっかくのオープンカーでの陛下のお尊顔を拝することなどできなかった。 そういう良き時代を知っている、体験している世代になるのだ。
2026.04.29
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20260428TUE 岩手の山火事は少し降った雨で小康を得ているようだ。今夜からまた多くの雨が降るという。鎮火してくれると良いのだが、未だ判然としないようだ。 あちこちで山火事があり、その都度多数の消防団員や自衛隊員が汗水流している。 原因は究明されているのだろうか。どうして山火事が起こったのか、その話はあまり聞かない。 落雷とか自然発火とか避けられない原因はあると思うが、悪い奴がいるのではないか。 都会でも放火などがあるようだが、これに似た悪者の悪だくみがないのかどうか、そこのところは調べてあるのか。 あいつは怪しいというのがいれば徹底的に追求しなければいけない。悪者でなくても、焚火の失火などがあればそれはそれで明らかにすべきだ。 山火事のニュースに接してこんなふうに考える人間がいるとすれば、そいつが悪者なのかなあ~。
2026.04.28
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20260427MON つつじが美しい季節だ。そして、つつじは色々な花があって数が大変に多いようだ。見させていただくつつじもいろいろと賑やかだ。 今頃咲き切るのが「つつじ」。これから咲くのが「さつき」と漫然と思っていたが、大体それでいいようだ。ネットでみるとこんなことが書いてある。「つつじ」と「さつき」はどう違うのかに対する答えのようなもの。 葉や花が比較的大きくて早く咲き終わるのがツツジ、ツツジが咲き終わる頃に咲く、遅咲きで小枝の多いものをサツキと覚えておくとよいでしょう。 などとある。とにかく種類が多いらしい。漢字でもいろいろな書き方があって、かな書きが無難かなと思う。
2026.04.27
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20260425SAT 不二ひとつうづみのこして若葉哉 蕪村 明和6年(1769)蕪村54歳の年の作で、320句ほどの作品を残した年と「蕪村句集」の解説の略年譜で知れる。玉城司訳注「蕪村句集」は、句の解説に「自らを日本の詩人と自覚した気宇壮大な句」と記している。 蕪村の句には絵画的要素が含まれる。「己と自然を一体化させてゆく芭蕉とは対照的に、画と俳諧の二つの道に生き、」と文庫本のカバーの裏にも書いてある。 シリトリのようだが次の句が浮かぶ。 若葉して御(おん)めの雫ぬぐはゞや 芭蕉(笈の小文) この句には前書きがある。「唐招提寺鑑真和上来朝の時、船中七十余度の難をしのぎたまひ、御目のうち塩風吹入て、終に御目盲(めしひ)させ給ふ尊像を拝して」。「芭蕉全発句 上」から拾う。この書には「「若葉して」は「若葉を以って」の意で、「若葉のころになって」の意ではない」と解説しているが、言わずもがなで学校のどこかでそれは聞き知っているだろう。 この句も気宇壮大だ。鑑真和上を通じて大陸にまで広く読む者の心を泳がせる。 絵画的か、歴史的時間的かの差はあるにしてもだ。と、愚者はどこまでも愚かだ。
2026.04.25
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20260424FRI 上弦 横に降る雨なき京の柳かな 蕪村 蕪村の句集を見ていたら初めの方に載っていた。明和5年(1768)53歳の時の作。すでに京都に定住していたかもしれない。 京都にいるとよく聞く話に、京都の雨は縦に降る。しとやかに降る。軒先をかりて雨宿りすれば雨に当らずに済んだという。古老など、昔は御所を散歩していて俄雨に遭っても築地塀の屋根の下に佇んでミカワミズを眺めていればよかったのに、今はそれが出来ないとの嘆きだ。近づくと警報音がけたたましく鳴る。それを無視して築地塀の屋根下に入ると警察が飛んできてそこに入ってはいけないと云われると愚痴る。 御溝(ミカワ)は明治の改修の際に琵琶湖の水を引いて豊富に流れており、まさに源泉掛け流し、縁石に腰掛けて川魚を眺めたり、夏は足を入れて涼んだりできたのに、とも云うのだ。 今の御溝の水は地下水か水道の水かを循環させて使っているようで、見るからに汚い。さらさらと流れる音もしないし、魚が泳ぐどころか底には水藻が蔓延っている。(もっとも、最近のことは知らない。) 蹴上から京都御所まで専用の御所水道を地下に作り、御所の池などもそれを使ってなお余りあったのだ。 京都に行って御所の辺りを散歩してみたい。
2026.04.24
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20260423THU 玉城司訳注「蕪村句集」は蕪村の俳句から1000句を選んで1句ごとに「訳」、「季語」、「語(の解釈など)」、「解説」などを付したものだ。最後に全体の解説があり、それは読まずに、句だけを全部読み終えた。 蕪村ほどの著名な俳諧師だから、聞き知っている句もいくつかある。 いずれ書き出してみたいのだが、なるほどと思う句を新たに見つけることも結構あった。 その一つ。 きのふ暮けふ又くれてゆく春や 蕪村 安永9年(1780)65歳の作。解説の中の年表によると天明3年(1783)12月25日未明に68歳で他界している。 岩手の山火事。どうして自衛隊が初期のうちに出動しないか。 ある程度にならないと派遣を要請できないらしい。どこかおかしいぞ。 ホルムズ海峡にも行かないし山火事にも行かない。 なるほど、それなら武器はどんどん輸出してしまえ。自衛隊にはいらないだろう。 われながらどこかおかしな意見だな だめかな。。。。。。
2026.04.23
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20260422WED 今日の日の出は5時ちょうど。日の入りは午後6時20分。 日の出ている時間は13時間20分。日の出ていない時間は10時間40分。 計算に間違いがなければ、昼と夜の時間差は2時間20分。 朝、明かるくなるのが早くなった。 昨日の朝も感じたが今朝も寒い。放射冷却のせいだろうか。窓を開けて換気しながらガスファンヒーターのスイッチを入れた。 近所に本屋が無くなった。 ネットで「蕪村句集」を買った。届いたのは申し込みとちょっと違って角川ソフィア文庫の「蕪村句集」(玉城司訳注)だった。 スマホが機能しなくなっているので連絡も来ない。 でも、これで良いと思いながらパラパラ見ていると、解説付きで1000句載っている。585ページの文庫本で1500円(税別)。 年代順に収めてあり、読んでいくと例の有名な「春の海終日のたりのたりかな」は28番目にある。早い時期の作と分かる。宝暦13年(1763)以前、蕪村48歳以前の作としてある。 ぼつぼつと読んでいこうと考えているが、やめてしまう恐れもある。何しろ、読むべきものが沢山あるのだ。
2026.04.22
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20260421TUE 昨日は三陸沖でマグニチュード7.7、最大震度5強の強い地震があり、津波警報・注意報も発令され、実際に岩手の久慈港では80cmの津波があった。 余震(あるいは本震)があるかもしれない。 被害は今のところさほどでもないので、ほっとしている。 東京でも揺れたようだが、気付かなかった。 ラジオ深夜便か「マイあさ」のなかか、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「春」を聞かせてくれた。第1楽章だけだがとても良かった。演奏者も誰それと云っていたがそれは忘れた。 音楽之友社の「音楽中辞典」で見ると、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調op24の通称。1800-01年作曲。明るくのびやかな楽想から、この名でよばれる。 とある。もっと使わなければもったいない音楽辞典だ。。。。。。。。
2026.04.21
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20260420MON 穀雨 穀雨。二十四節気の一つ。「雨百穀を生ずる意」と「季寄せ 上」にある。そうしてその「季寄せ」は穀雨の季語のところに次の句をただ一句だけ乗せている。 伊勢の海の魚介豊かにして穀雨 かな女 長谷川かな女(1887-1969)は東京日本橋の生まれ。 心筋梗塞の手術をした病院に行ってきた。 月に1回の診察であったが、次は2か月後の6月で良いとのことだ。 薬の副作用と思われる症状について訴えたが、快方に向かっているということだろうか。 血液検査、心電図検査、レントゲン検査のために予約時間の1時間前に行くのだが、検査の結果を見ながらの説明で、聴診器をあてたり、脈を診たりはしないのが今風なのだろう。背中に掌を当ててもう一方の手の指でとんとんと叩くなどは経験しなくなった。仰向けに寝かせて肋骨の下に手を入れて肝臓の具合を診るなどのこともない。 いろいろ不安なところはあるので、近くの主治医に行って相談するのが良いのだと勝手に思う。
2026.04.20
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20260419SUN 旧上巳。旧暦3月3日=雛祭り 桜は散りつくした。八重の遅咲きはこの辺りにはないが、新宿御苑は見ごろだとのことだ。 京都にいる頃、仁和寺の桜を何度か見た。低く咲く八重桜で、満開の遅咲き桜は雲のようであった。その上に五重塔が見えた。門から突き当たるお堂は御所の紫宸殿を移したものという。紫宸殿より小ぶりに見えたが、紫宸殿の面影は確かにあった。 ご近所でいま一番目に入るのは白い小手毬だ。雪柳かなと思っていたが、時期が違うし花の大きさも異なるようだ。しかし素人の目には本当のところは何も分からない。 お社に行く道路に霧島躑躅か山躑躅かが美しく咲いている。華鬘草(けまんそう)もどこかの庭に咲いていたが、花一つ一つはスカートを翻して足から落下する姿に見え、あまり感心できないなと思った。マリリン・モンローでさえ手で押さえたのである。 ラジオ深夜便の今日の花は矢車菊(やぐるまぎく)。ステラMOOK「誕生日の花と短歌365日」で見ると想像していたものとちょっと違う。矢車草(やぐるまそう)は7月12日の花にしてあり、その写真を見て、やはり思い描いているのと違う。自分の頭の中では、鯉のぼりの矢車のようなイメージなのだ。 花などは覚えられないし、第一、ガラでもない。とても無理だから諦めるのだが、このMOOKは花の写真が載っていて解説などもあり素人には便利だ。。。。。。
2026.04.19
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20260418SAT 旧暦3月2日。俊寛忌。 俊寛僧都が流刑地の鬼界が島で無念の死を遂げた日だ。 この様子は平家物語に詳しいが、ラジオで聞いた「古典講読」は平家物語に1年以上かかったのではないか。全集の中の平家物語も上・中・下3冊買ってある。買ってはあるが読んではいない。俊寛僧都に叱られそうだ。 NHKラジオの「古典講読」では源氏物語もあって、これはさすがに全文ではなかったと思うが、何年かにわたっての放送だったと記憶している。 今もこの講座は続いているようで、かつては「方丈記」・「徒然草」などもあって、これも「新日本古典文学大系」からその39「方丈記、徒然草」を購入して備えた。岩波書店1993年第3刷発行、定価3400円(本体3301円)というものだ。ただし、本は全く読んでいない。この辺りの心境は那辺にあったのか。 俊寛は鹿ケ谷の陰謀が裏切り者の密告に遭って鬼界が島に流され、都を夢に見ながらこの地で没したのだが、生没は1143?~79?と「日本史用語集」(山川出版社)にあるように没年さえ不明であるので、今日の没であったのかどうかは定かではないのかと思う。ただし、広辞苑には俊寛の生没年は1142-1178と明記している。鹿ケ谷の陰謀は1177年だから、流刑地の島での暮らしはそんなに長いものではなかったようだ。 俊寛の忌日の風ぞ狂ほしき 瓜人(山本健吉編「季寄せ 上」)。。。。。。
2026.04.18
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20260417FRI 新月 広辞苑で「新月」を見ると、「陰暦で、月の第一日。朔」とあり、その他の説明もある。 見ている広辞苑は第二版補訂版(総革装)でだいぶ古い。革装といってもかなり傷んできている。 先ごろ新聞の広告に第7版だったか、新しい「広辞苑」が出たとのことだ。 買い時かなと思うが、実は、以前に何という間違いがあったのかは知らないが「広辞苑」の同じ判で普通装丁のものがもう一つある。これは知らなかった。「角川漢和中辞典」も同じものが二つある。これも知らなかった。 原因は何だろう。今更考えるのも面倒だ。 古い人間には古い辞書が似合うのであろう。 新しい判で「新月」の説明が変ろうはずもない。 革装が長持ちするかというと、そんなことは先ず無い。 総革装の広辞苑もかなり傷んできている。英語の辞書にしても革装をいくつか使ったが、いずれも普通に損じていった。 研究社「新リトル英和辞典」、三省堂「デイリーコンサイス英和・和英辞典」は革装であるが、使わないからそのままでいるに過ぎない。 白水社「NUOVO DIZIONARIO」ITALIANO-GIAPPONESEも総革装だが1~2度使ったかどうかだ。 勉学意欲だけは旺盛だったということだけだ。そうして勉強をしたためしはない。。。。。。。。。
2026.04.17
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20260416THU 俊寛が没したとされる旧暦3月2日はこの土曜日18日に当たる。俊寛忌である。 平家物語に出てくるが、その平家物語は昔々NHKラジオの古典講読という番組で全文を朗読・解説された。朗読・解説共に平家物語の著名な学者水原一氏によるものであり、典拠は新潮日本古典集成にある平家物語の上、中、下3巻で、これ自体が水原一氏校註になるものであった。 神保町を通勤の経路にしていたので、書店で早速3冊を購入した。その時代は書店にこういう古典全集などがあるのが普通だった。 しかし、ラジオを聞いただけで全集の平家物語は読んでいない。いま手元に3冊ともあるのが空しいくらいである。これから読もうという気力は勿論ない。 だから、平家物語も、その後、吉川英治「新平家物語」を同僚から借りて読んだかどうか、全体は極めてアヤフヤな感じでしか残っていない。 上巻の第18句「三人鬼界が島に流さるる事」を見ると、頭注のところに九州南端から鬼界が島まで略図も載っている。それによると奄美大島の東にある島で、こんなに遠くまで流されたのかと哀れさが押し寄せる。2人は許されて都に帰り、俊寛只一人島に残るのだ。俊寛は島で亡くなる。その日が俊寛忌である。
2026.04.16
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20260415WED 神社にお参りしてきた。 15日なので社殿は扉を開き、鎧兜が奉納してあった。もうすぐ端午の節句だ。 いつもの東京都神社庁発行の短冊の今月の「生命の言葉」は卯月四月は次のようなものであった。 『教うるは学の半ばなり』「礼記」戴聖 ちなみに、弥生三月は次のようだった。 『困れ。困らなきゃ何もできない。』本田宗一郎 境内の一隅にマーガレットが咲き乱れていた。花が少し小さいようなのでマーガレットではない別の品種かも知れない。桜も水仙も終わっていた。 東京地方はこれから大雨になる予報が出ている。 つつじ(躑躅)が咲いていた。淡い紅色のハナミズキが咲き始めていた。 しかし、草花も樹木の花もどれも確証はない。要するに何も知らないのである。
2026.04.15
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20260414TUE ラジオ深夜便の終わり近くに、つまり、そろそろ朝の5時になろうという頃に、深夜便から毎日「今日の誕生日の花と花言葉」が流れてくる。 うつらうつらしながら、いい加減に聞いているのだがアナウンサーの解説だか説明だか感想だかがなかなかいいことを言うことがある。このアナウンサーをアンカーと云うのだが、アンカーを研究社の新リトル英和で調べると「anchorman」というらしい。「(チームの)最終競技者、アンカー;(テレビ・ラジオの)ニュースキャスター;頼みになる人」とある。 それで今朝はマーガレットであった。「もくしゅんぎく」とも云うらしい。漢字表記だと木春菊だ。なにやら西洋の令嬢や高貴な婦人の名前みたいだと思いながら「誕生日の花と短歌365日」を見ると、花の写真もあった。花言葉の「真実の愛」はともかく「花占い」はその場面を映画で良く見たものだ。花びらを一つずつ取っていって最後に残ったものが「それ」だという。アンカーが花びらは大概奇数だといったようだ。だとすると、当たってもらいたいものから始めるとまずはあたりになる公算が大なのだろうか。 真面目に聞いていれば説明もあったのかも知れない。。。。。。。。
2026.04.14
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20260413MON 外科クリニックに行ってきた。余り待たされずに傷口の診察や看護婦によるがーぜのパッド当てなどが済んだ。 1週間に1度の通院だが、家でももちろんシャワーによる洗浄や滅菌ガーゼなどの取り換え手当てはしなければいけない。 滅菌ガーゼやパッドや固定用絆創膏などは薬局で購入する。使用期限などがあって家庭の在庫品も常に新しくしなければいけないことが分かった。考えれば当然だが、いつまでもいつまでも使用できるとは限らないのだ。 いろいろ購入して気づいたのだが、あるものは made in Japan ではないことが分かった。こんなところでもなぜか made in China があるのだ。 どこで作ろうが品質が良ければそれでよいはずで、もちろん問題はないが、医薬品や医療用品などは国内で生産されなければいけないのではないか。 万一、どこかが封鎖されると忽ち流通に支障をきたし、必要な医療品が買えなくなる恐れがある。 イランによる海峡封鎖でまだ懲りないのか、日本。
2026.04.13
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20260411FRI 鴎外選集の第21巻が選集最終巻で「日記」である。 いくつかの日記を集めたものである。新書版とはいえ、347ページ+解説からなる大部なもので、漢文などの素養がない私などにはとても読める内容ではない。 そのいくつかを集めた日記の最後は「委蛇録」で正倉院の御開封がまず出てくる。 驚いたことに、大正8年(1919年)11月2日のところに、「勅封紙御筆華押」として大正天皇の花押が載っているのであった。 勅使は花押のある封紙を持参し、前年の封紙を切り開いて蔵である正倉院の封を開くのであろう。切った前年の封紙は大事に持ち帰り、天皇に返還するのだろうと思うが、その間の封紙の花押などはテレビはもとより新聞などでも一切報じられることはなかった。 天皇の花押は初めて拝見するのだから、びっくりしたと同時に恐れ多いことであった。 何とか鴎外選集を読みたいと思ったがとても無理と思う心が先行している。 折あるごとに少しずつでも開いてみようと決心したが、どうなるか極めて心細い限りだ。。。。。。。。
2026.04.11
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20260410FRI 下弦 新編国歌大観第一巻勅撰集編の歌集目次を見る。 古今集から新葉和歌集まで二十二冊+類本二冊の計二十四冊が並んでいる。 これら和歌集の原本あるいは写本のうち、十一冊が宮内庁書陵部の蔵本である。国立大学所蔵が二冊だから、十三冊が国有の書物ということになろうか。 宮内庁の書陵部庁舎は皇居東御苑にあって、この地区は閉苑日以外は公開されている。 書陵部庁舎は書庫なども改修されたと聞くが、それはまだ見ていないから知らない。 昔の諸陵寮と図書寮が戦後に合わさったものというが、図書寮の頭(図書寮の長官)を森鴎外が務めたことがあると聞いた。それほど格のある官庁なのである。もっとも鴎外の頃は皇居の外に庁舎があったという話だ。 公開地区にあると言っても書陵部の庁舎には入れないだろうから、外から外観を眺めるだけかもしれない。 鴎外が長を務めたのはいつごろか。鴎外選集21巻は「日記」であるが、これの解説を見たら最後に「大正六年(1917年)十二月、帝室博物館総長兼図書頭(づしょのかみ)に任ぜられ、その任によって例年十一月初旬、宝物風入れのため奈良博物館に出張し、正倉院の曝涼を監督するようになった(以下略)」とある。 図書寮の長官を図書頭(づしょのかみ)と昔はよんだようだ。そして正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)は今は書陵部の管理下の正倉院事務所の宝庫に収められて昔からの勅封であり、開封閉封には勅使が派遣されることは今でも続いている宮内庁の大事な行事であるらしい。 鴎外と子規との関りは不明だが、子規の次の句を思い出す。 風入れや五位の司の奈良下り 子規 正倉院の開封は時期こそ違うが、京都に住んでいるとテレビや新聞で勅使差遣のことなどが報じられるのであった。
2026.04.10
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20260409THU 春は晴天が3日もつことはないと云う。 どうもその通りの天気のようだ。 昨日は新聞の天気の欄で東京と大阪が快晴で、今日も晴れて良い天気だが今夜にも降り出しそうなニュースの予報である。 明日はまた雨の1日になりそうだ。東京の桜も終わりだろう。 百済観音 春惜むおんすがたこそとこしなへ 秋桜子 芭蕉の「行く春を近江の人と惜しみける(猿蓑)」を頭に置いて「季寄せ 上」をめくっているとこの句があった。「百済観音」と前書きがあり、句の意味が分かった。もしこの前書きがないとすると、この句の理解は相当難儀である。 ただ、桜が逝ったとしても春であることには変わりがない。まだまだ春を楽しむのはこれからだ。 さらにまた、楽しめそうもないなとの予感はある。
2026.04.09
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20260408WED 花祭(仏生会) クリスマスは知っていても花祭は気にも留めない。 お釈迦様の降誕あそばされた日である。 山本健吉編「季寄せ 上」で『仏生会』の項を見ると、全国の寺々で山内に花御堂を作り、美しい花々でその屋根を葺き、浴仏盆(よくぶつぼん)の中に誕生仏の像を安置して、参詣人に甘茶を柄杓で濯がせるなどとあるが、お寺でこういう場面を経験したことは一度もない。 あまり寺に寄る機会がなかったのが主な原因だろうけれど、京都のあるホテルで花御堂の中の誕生仏に甘茶を掛けたことは貴重な体験として残っている。有名な寺院の主催だったと思うが、何故そのお寺様でやらなかったのだろうか。 寺院と庶民との間は隔たりが多い。寺院が経営難などと云うが寺院自体に責任がある。 あの本堂をアマチュア合唱団や吹奏楽などに開放すればよいのだが、なぜそれをしないのだろう。 京都はその点で進んでいる。本堂の解放まではいかなくとも、境内で「音舞台」と云ったと思うが年に一度クラシック鑑賞会を行っている。たぶん無料ではなかったか。 錦織健とかキリ・テ・カナワなど一流どころをこれで最初に聞いた覚えがある。 ある年は錦織が東寺の五重塔の欄干から出て来たり、またある時はカナワは比叡山延暦寺根本中堂の前が会場でソプラノを披露したり、だった。金閣寺はどなただったか今思い出せない。 音楽好きを取り込むのも御寺の務めの筈だが、なぜかこれをしない。 墓地には若くして戦死した者のお墓があり、勲何等などとの石碑も立っていたりする。それをお詣りするべく通ろうとして住職に咎められたりする。厄介者だと思われたのだ。お寺の存在自体が厄介なものだということに気づかないのだろうか。
2026.04.08
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20260407TUE 間違っているかも知れない。うろ覚えなのだが、初めの5文字のところが出てこない。 ・・・・・祇園をよぎる夕月夜今宵逢う人皆美しき 与謝野晶子 中学か高校の時の教科書に載っていたと記憶する。 イメージは湧かないが美しい景色だなと思ったものだ。 後に京都でそんな場面の中を通ったことを思い出す。まだ京都に赴任するより前のことだ。花の時期の日暮れ時に、京都に出張して祇園を東から西に通り抜けたことだある。祇園の公園らしいところに花篝(はなかがり)もあちこちにあって、大勢の人が出ていた。すれ違う人が美しいかどうかは気にも留めなかったが、咲き誇る花の中の篝火は艶やかに見えた。四条通から烏丸通に出て京都駅まで歩いたことを覚えている。歩くのは平気であった。 上り東京行の夜行に乗ろうとしたのだが、夜行列車に乗れたのかどうかは記憶にない。山陰の方に行ったり、その方面から来る夜行はあったと思うが、急に普通席を買えるものでもなかっただろう。どうなったかは思い出せないままだ。 たらちねの花見の留守や時計見る 子規 花篝(はなかがり)衰えつゝも人出かな 虚子 これも後のことだが、石清水八幡宮の夜の祭りで鉄籠に入れた篝火の薪が燃え尽きようとすると新しい薪をそこにくべる役の者がいて燃えやすいように上手に入れていく、その様子を何度か見た。 それらも含めて、凄い祭が伝承されているんだなと思ったものだ。 祇園の花篝は今も健在なのであろう。京都に長いこと住んでいたが、夜桜は御所の乾門を入って少しの左手の枝垂れ桜で十分であり、祇園はよぎったことがない。
2026.04.07
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20260406MON 瘡蓋(かさぶた)が剝がれた痕の傷は殆ど良くなった。 もう来なくてもいいと云われることを期待して、予約してある近くの外科に行ってきた。 外科だけでなく内科も診ている。専門は消化器系のようだ。 ひどく混んでいた。診察待ちの患者が30人はいたのではないか。 診察室が二つに医師は二人。 内視鏡検査も行っているようなので、医師の忙しさは察するに余りがあった。 1週間後にまた来るようにとのことで、少し落胆気味。 。。。。。。
2026.04.06
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20260405SUN 清明 清明。 二十四節気の一つ。「万物ここに至って皆潔斎(けっさい)にして清明なり」と言われる。と云われても余り理解はできない。「琉球では清明節と言って、墓参を行なう。」このかっこの部分は愛用している山本健吉編「季寄せ 上」によるが、琉球など今どき用いないのではないだろうか。1972年(昭和47年)5月、沖縄は本土に復帰している。もっとも、「季寄せ 上」は昭和48年10月5日に第1刷が出来ている。 西洋ではイースター即ち復活祭。 春分後第一の満月のつぎの日曜日、とその「季寄せ 上」は云う。 他の句と並んで次の句が載せてあり、「仰向」に(あの)と仮名がふってあるが、広辞苑では出てこない。 仰向(あの)き歩みつ髪結ふ乙女復活祭 草田男 また、分からない句が出て来たことになる。 中村草田男(1901-1983)は「降る雪や明治は遠くなりにけり」などを残した有名な俳人である。。。。。。。
2026.04.05
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20260404SAT 昨日は昼前から晴れた。 チャンスを逃さずに桜を見に行った。 近くの神社にも枝垂れ桜の若木が植えてあり、それなりに美しかった。 コンビニは幹線道路に面している。店の前には何台か停まれる駐車スペースがあるが、裏からそこに出るまでには細い路地を通らなければならない。 桜はそこにある。しかも1本だけだ。だが大きく枝を拡げて天空を覆っている。いまだ散る始めたばかりで、花の雲が咲き誇っているさまを十分に満喫できた。 桜色に染まって日本の桜を見たのだ。 群をなして咲き誇る桜もいいが、1本の桜を眺めるのも良いものだ。 京都禁裏の左近の桜は1本だけが咲く。1本しかないのだ。 すると京都つながりで、やなぎ桜をこき混ぜて、の和歌が知りたくなった。 みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春のにしきなりける 国歌大観の索引で引くと古今集の歌とある。国歌大観は勅撰集しか持っていないが、古今集の第一巻「春歌上」にあった。(歌の「宮こ」は国歌大観のとおり。) 花ざかりに京を見やりてよめる と前書きがあるが作者の記載がないのは「よみ人しらず」なのだろうか。 だけれど、国歌大観の索引は「やなぎさくらをこきまぜて」で引けるということが分かった。
2026.04.04
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20260403FRI 昨日の午後から晴れてきた。 でも、満月は見えなかったから夜空に雲が出ていたのだろう。 空を仰いだ時、まだ月の出までには時間があったのかも知れない。 もっとも、月の出も日の入りも屋根屋根に遮られて見えないのだ。月は出てから暫らく昇ってくれないと姿は見えない。ラジオからも西の空に沈みゆく満月をみたなどは、話題になかった。 今朝は晴の良い天気だ。桜を見るラストチャンスだろう。といっても、コンビニの細い脇道の桜を楽しむのがせいぜいのところだ。 NHKラジオは「深夜便」が終わると「マイあさ」になる。 音楽で「おお、牧場はみどり」が流れた。ラジオが、かつて歌声喫茶の代表格の歌だったという。歌声喫茶は一・二度行ったが好きになれず、その後は寄らなかったから何も知らない。歌詞の合間のあの「ホイ」とか「ヘイ」とかいう掛け声のような部分が気に入らなかったことが大きい。 そして、この歌も実は好みではない。チェコスロバキア民謡らしいし、作詞の中田羽後は教会音楽の泰斗だが、自分の中では多くない好きではない方の童謡に区分されている。 チェコスロバキア民謡の歌詞はこれとは異なり、こんなにもすがすがしい感じのものではない。 ラジオで曲を選んでいるのは誰なのか、日本には素晴らしい名作唱歌「牧場の朝」があるのを知らないのだろうか。もっと勉強してもらいたい。。。。。。。。
2026.04.03
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20260402THU 満月 今日は満月だがあいにくの雨降り天気だ。午後から晴れるとのことだからそこに期待しようと思う。 下後半が「~しず心なく花の散るらん」という有名な平安時代の和歌があるが、上の方の半分がどうしても出てこない。上がないと「国歌大観」の「索引」で引けない。ある時、ふと浮かんだのだがメモしなかったからまた忘れて、出てこない。痴呆症も重症だなと思い悩む。 ふいに出てくる。「久方の光のどけき春の日に」というものだ。これで一首になるが、国歌大観で見ると、紀友則の歌で古今和歌集にあると知れた。 ところが、国歌大観索引に「ひさかたのひかりのどけき」が二つ出ている。もう一つを見てみると、新千載和歌集にある。 せっかくと思って見てみると、秋の月を歌ったもののようだ。「~雲の上の月」でおえる。今夜の満月も雲の上の月なのだろうかとふと考える。 桜の花のちるをよめる 紀友則 久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ(古今和歌集) 嘉元百首歌奉りける時 一条内大臣 いく秋も猶すみまされ久方のひかりのどけき雲の上の月(新千載和歌集) 索引で調べられるのは初句だけではないことを知った。。。。。。。
2026.04.02
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20260401WED 新年度に入る。東京は満開の桜の下、新しい年度を迎えた。 昨日は新聞によると東京のみ「にわか雨」。朝のうちは確かに曇っていたが一日中しとしと雨が降り続いた。 それでも東京に限り「にわか雨」。 気象庁によると、「にわか雨」は「降水が地域的に散発する一過性の雨」とある。 しとしと降り続いた雨でも「にわか雨」。 東京の天気の「快晴」と「にわか雨」には疑問を呈したい。 インドネシア大統領とフランス大統領が来日している。 今の地震に驚かれたのではないか。茨城県南部を震源とする割に大きな地震であった。 外国賓客の訪日は極めて重要であるのに、二国の大統領を重ねて受け入れることは慎重であらねばならない。警備も大変であろう。相手国の意向もあるのだろうが、もう少し丁寧な対応が望まれる。最大限の「おもてなし」をするべきではないか。 皇室も総出で歓迎にあたるだろうけれども、宮殿などもフル活用したらよいと思われる。 昭和の頃は晩餐会だの夜会だのが報じられたが、現今はほとんど聞かない。 大蔵省はこうした予算を相当に付けなければいけないのだが、どうなんだろう。。。。。。。
2026.04.01
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20260331TUE 三月尽校塔(かうたふ)松と空ざまに 波卿 石田波卿(1913-1969)の句が1句だけ、山本健吉編「季寄せ 上」の『三月尽(さんがつじん)』の季題に出ている。 校塔(かうたふ)松が分からない。 広辞苑で調べても無いし、国語大辞典(小学館)で調べても無い。 仕方なしに角川漢和中辞典の「校」のところを調べたが無い。 ネットで石田波卿のところを見るとこの句が載っている。 校塔(かうたふ)とは何ぞや。学校の国旗掲揚塔のことだろうか。掲揚塔と松の木という意味か、校塔松という松の品種があるのか、その辺も分からない。校塔には「かうたふ」とルビが打ってある。 蛇足ながら、このくらいの小さいルビになるとルーペを使わないと正確には読めなくなった。ルーペは長く使っている昔からのカメラのネガフィルムなどを見る目的のためのもので、SPIGEL ROUND-C と刻印のあるドイツ製のものだ。 なんでも日本製でないと気が済まない性質なのでMARUZENのフォーカスという皮袋に入ったものも愛用しているが、小さいドイツ製をついつい使うことになる。 そこで、校塔松の問題だが、校庭には今盛りの桜の木は珍しくもないが松はどうだろう。余り見られないのではないか。「空ざま」に問題が潜んでいないかどうか。 余り気にする必要もなさそうだと思う。 俳句の鑑賞はかくのごとく面倒くさいものだ。。。。。。。
2026.03.31
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