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こんにちは。夫です。
苦しいのは妻。しんどいのも妻。それをすべて理解することもできません。そしてもちろん、その苦しさやしんどさを肩代わりしてあげることもできません。
できることは、ただただ、いつもと変わらずに、そばにいつづけること。そうすると、妻がいろいろな表現で、自分の苦しさやつらさを分かちあってほしい、と働きかけてくれます。
それは、ときに、私に向けられるイライラだったり、攻撃性だったりします。そうなると、当然ですが、私の中にも、イライラする気持ちや妻に反論したい攻撃的な気持ちがむくむくと湧きあがってきます。
そして、そんなネガティブな気持ちにさせられて、巻き込まれることがつらくて、いやで、できることならば逃げ出したい、と感じます。
ですが、それを「これは、妻が、自分の苦しみやつらさを、少し、私にも分かちあってほしいと投げかけてくれたものなんだなあ」「そもそも、妻の苦しみやつらさはこんなものではないくらいにたいへんなのだろうなあ」「妻はその苦しみやつらさからは逃げ出すことはできないのだよね」と想像し、理解して、じっくりと、そんな、自分のこころの中に湧きあがってくるネガティブな気持ちを味わいます。
そして、一緒にいつづけます。
ただただ、それだけしか、できないのだろうと感じています。
心理士って、ほんとうに無力だなあと、あらためて実感しています。よく言われる「寄り添うこと」って、こういうことなんだろうと感じています。
私自身は、何とかしてあげたいと思っても、何もできません。
でも、それでも、何もできないつらい気持ちをしっかりと抱えて、じっくりと、変わらずに、そばに居続けます。
いろんな、相手の気持ちの表現を敏感に感じ取り続け、それを味わい続けます。
それが、心理士の基本である「相手の中にある、自分自身で何とかやっていくことができる力をひたすら信じ続ける」ということなのだろうと感じています。いわゆる、クライエント中心主義ってやつですね。
妻にしてもそうですが、苦しさやつらさには、その人なりの歴史があります。
苦しんで苦しんで、何年も何十年も、それをなんとかしようともがき続けてきた、試行錯誤と苦闘の歴史があります。
自分のことを一番よく知っているのは、他でもない自分自身。一番の自分自身の専門家なので、まずはそれを尊重することから。
心理士としては、その試行錯誤と苦闘の歴史をしっかりと聴かせてもらいながら、心理の専門家として「こんなふうにとらえてもいいかもしれないですね」「それってどういうことか、もっと詳しく教えてほしいです」などと働きかけ、気持ちや考えの整理のお手伝いをできればうれしいなと感じています。
あくまで、参考意見です。従えとかそういう気持ちはまったくありません。
役に立たないなとか、あわないなと感じたら、違う人に支援を求めていただくこともたいせつです。
その人の人生は、その人のものです。うまくいくようになったなあ、と感じることができるようになったら、ほかならぬその人が、自分の人生って自分のものだ!と感じて、主体的に試行錯誤し、悪戦苦闘し、それがうまくいったからです。
そんなときには、そこに心理士が介在したということなんて、忘れ去られていいんじゃないかなと感じています。
黒子に徹しながら、限られた時間、その人の貴重な人生を分かちあわせてもらって、その人が以前よりしあわせを感じてもらえるようになって、それを私にも分かちあわせてもらえたら、それ以上のしあわせはありません。
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