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嫁さんが、少し前からザワついていた。他でもないオネダリタイムの始まりだ!しかしだ、オネダリも何もお金のことは嫁さんに一任しているワケだから暴走したければし放題で、そんな時はなんとかお茶漬けで食いつないで給料日までもってくれたらオールライトと、その方向で話し合いは終わってるのだけど、それでも律儀に嫁のオネダリは始まる。今回の獲物はクツらしい、といってもヒールでもブーツでもサンダルでもなくってバッシュだす。しかもそれは僕にとっても思い出深い、高校生の時破れては買い替え、破れては買い替え、結局高校中こいつしか履いてなかった気がするクツ、そうコンバースのハイカットもちアイボリー。何か気になるそーだ、時代はコンバースなんですと、久しぶりに履きたいらしい。アラフォーなのに、テファニーでもフェラガモでもなくってコンバースってのが可愛いじゃないか!小市民じゃないか!父ちゃんその程度の贅沢ならいくらでも許しちゃう。だから僕はこう言ってやった。「お買いなさいお買いなさい!コンバースハイカットだけと言わず、冷やヤッコとかハトサブレなんかもヨカッタらお買いなさい!ついでに手羽先なんかもお買いなさい!」そしてハニカミながら飛び込んでくる嫁さんを受け止めようと僕は腕を大きく開いて待った。でも、夏の間は暑いので嫁さんは寄ってこないのだった。翌日、冷やヤッコとハトサブレと手羽先の姿はなかったが、生成りのコンバースだけはABCマートからキッチリ我が家にやって来ましたとさ、めでたしめでたし、夫婦円満。
2011.08.23
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盆休みに出勤するのって嫌いじゃない。大学出てから長らく務めてた信用金庫はカレンダー通りで盆休みなんてなかったので、帰省の関係ない大阪生まれの僕はもっぱら盆の出勤を受け持っていた。皆が休む時にわざわざ休まなくったってと渋滞のニュースを横目に、空いた電車に乗って職場に向うのは、アレはアレでいいもんだったのだ。一方今の職場もまたこれ半官半民的な財団法人なので、カレンダー通りの勤務でありまして、七月にいささか休み過ぎた僕は今回の休暇には手を上げず、コツコツ日銭を稼いでおりますお盆です。残念ながら車通勤なので空いた電車には縁はないけれど、道路もやたら空いておりました。さて信用金庫時代、盆に行ったところでほとんどの取引先は閉まってるし大してやる事がなかったもんやから、普段できない仕事や、溜まってる仕事をバシバシ片付けられてとても助かった。しかも電話も少なくダレ気味で仕事ができました。片や今の職場、盆限定じゃなくて日ごろからやることが少ない僕、したがって普段できない仕事も、溜まってる仕事もありゃしないので、やってもいいかも!な仕事や、あったあったみーつけた!な仕事と格闘しております、プロパーじゃないんだものー!しかしね、なんと言っても盆休みに出勤する一番の醍醐味それは、月末近くは九時十時あたりまえ、普段の日も定時なんかにゃ帰れない信用金庫職員が、この時ばかりはエエやろ!と上司も部下も女の子も、いつもより少ない顔ぶれが示し合わせて夢の五時前退店!明るいうちに店を出れることだった、ヒャッホー!で、今の職場は、えと、んと、いつものように五時退社、時計の針を見つめて五時退社、盆に限らず五時退社、平素から団体職員定時退社。ああ、せっかく盆なのに、こればっかりはありがたみが薄れるぜ!
2011.08.16
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職場で弁当を食べていた。早弁してたわけじゃないのでもちろん昼休みの話だ、高校生じゃないからね。その時にだ、バミューダーという単語が話題にあがった。バミューダ、謎の海域空域でおなじみのあのバミューダートライアングル。するととたんにおじさん世代は鋭く反応し、一気に話が盛り上がったんだけれども、一方三十代より若い娘らは話に入ることができず終始キョトンとしていた。だってバミューダから彼女らが思い浮かべる物って言えば、いいとこバミューダパンツくらいで、魔のトライアングなんて不気味な単語はまったく結びつかず、バミューダはどこまでも明るい太陽の似合うバミューダでしかないと言うのだ、ただただジェネレーションギャップを感じた。でもそう言われてみると、あの頃、暇さえあればモアイやピラミッドやUFOを取り上げては、翌日の学校で盛り上がったうさん臭いけど気を引く七不思議系の番組は最近ではすっかり鳴りを潜めている。肝心のバミューダ海域も、小型機が消息を絶ったなんてニュースを聞いたことありましたっけ。しかしせっかく七不思議の話がでたので、今日は最近身近にで起こった不思議な事柄を一つ紹介したいと思う。というのがね、ある日突然仕事に履いて行ってる靴の中で靴下がグリップしなくなったのね。靴下が、判るだろうか?今までそんなことなかったのに、わずかに余裕のある靴底のスペースで、歩くたび靴下がつるっと滑りだした。いや、たいした弊害はないんだけどね、それでもなんだか気持ち悪いでしょ。いったい何故に靴下は突如グリップしなくなったのか?靴下を新調したワケでもなく、嫁さんが靴の中まで誤って磨いてしまったワケでもないだろうに、ないはずだ。と、そうなってくると考えられるのはアレしかない思うのだ、小人の仕業!だいたい靴に関する不思議な事柄は世界万国共通で昔から小人がらみと相場が決まっている。しかもタイムリーだが、最近トイレットペーパーを三角降りにして回っている小人が話題になっていると言うじゃないか。偶然にもそのキモカワイイ小人のキャラクターがけっこう売れているとめざましテレビで紹介されていたのを先日見かけたし。だからきっとそうだ、きっと奴らの仕業に違いない、と結論。でもね、でもできれば僕としてはキモカワイイいよりは断然エロカワイイのが好みだし、ついでにイタガユがったりイタキモチ良くて陶刹的に身もだえ体をくねらせるてるエロカワイイ美女とかの方が好みだったりして・・・すいません、脱線したようで、こりゃまた失敬!
2011.08.15
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つけ麺が市民権を得だしたのはいつの頃からだろう?三十年ほど前にも、確か一度ブームが起こったよね。ほら、インスタントの「ハウスつけ麺」が発売された頃。でもあの時には口にする機会はなく、いつしかブームは去っていった。最近になって、またやたらつけ麺は騒がれている。ラーメンブームの亜流としてか、たいていのラーメン屋にもメニューが追加されてる、ちょっと驚くぐらいの浸透ぶりだ。しかも後発のくせに「麺の王道はラーメンにあらずつけ麺にあり!」などと騒ぐやからも現れるしまつ、シャンプーハットのテツジが筆頭だな。そんなつけ麺を、先日生まれて初めて口にした。ここのつけ麺はイケると、級友ポストマンが勧めてくれたので、最近行きつけになってる醤油とんこつを出す店で、普段はラーメン屋に行ってラーメン以外の品を頼むという選択肢がない僕だったけど、意を決して頼んでみた。結論、うーん、なんて言うか、ラーメンの麺にラーメンのスープを漬けて食べてるって感じ、そりゃそうだ。とにかく、うーんと、なんともしっくりこない。なんだか麺だけをモサモサ食べてる感じがするのね、ダシとの一体感がないとでも言おうか!やはり僕は、ラーメンがいかった。考えるに、ニュー麺のだしとソー麺のだし、かけそばのだしとざるそばのだしほど、ラーメンのスープとつけ麺のスープって濃淡に差が無いでしょ、そこがネックなんだと思うぞ。とにかくまぁ人それぞだと思うけど、僕はスープの中で麺が泳いでるラーメンの方がしっくりくるので、この先つけ麺を頼むことはもうないと思われます、さらばつけ麺。
2011.08.07
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もしもこの先たった一つの調味料で勝負せねばならないとしたら、人は何を選べばいいのかについては、ずいぶん前に書いた気がする。ちなみに僕は醤油だった。そこで今日は更に一歩踏み込んでみる。残りの人生をたった一つのメニューだけで生きてゆけ!と言われたら、いったい人は何を選べばよいのかという、この人生の難題を、単エト(単車にまつわるエトセトラ)は真正面から取り組んでみるぞ、泣いても知らんぞ。ということで、本編スタートします。ラーメンがあれば生きてゆけると言う奴は比較的あちこちに生息する。でもね、はたして三食ラーメンで人は生きてゆけるものなのか!何を隠そうかく言う僕もラーメン好きで通っている。過去には確かに「ラーメンなら毎日でも」と公言したことだってあった。しかし、しかしだ、その場合の毎日はあくまでも毎昼食というくらいの意味で、朝昼晩とラーメンが三食続いたならばいくら頑張ってみても十日目の朝には、こっそり裏通りの喫茶店のカウンターに腰掛けて、モーニングサービスを頼んでいる気がするのだ、サラダの付いた。つまりラーメンでは無理なのだ。そうやって考えてみると、カレーしかり牛丼しかり焼きそばしかりカツ丼しかり、このクラスのメニューを選んだ場合もまた同じように、七日目の朝あたりにトーストとゆで卵をコーヒーで流し込んでゲームセットとなる確率が非常に高いと言わねばならない。がっつり四天王でも、やはり役不足なのだな。てことはだ、当たり前だがハンバーガーやピザなんてのははなから問題外だ。もっとも同じパン族でもサンドイッチなら少しは頑張れる気もするけど、それでももって十日が限度だろうか。あとは奮発して焼き肉・・・こりゃ無理だな!二十代ならまだしも四十代の今となっては三日ともたない、胃腸と肛門が悲鳴をあげるに違いない。それじゃ寿司はどうだ!いろいろ乗ってて楽しめるので散らし寿司あたり、こいつなら下手すりゃイケる気はするぞ。でも一ヶ月も食べ続けたある日、不幸にもふとコテコテの串カツが頭をよぎったりしたらもうダメだな、衝動的にミナミは虹の街の立ち飲みへダッシュして、辛抱たまらず串カツとついでにドテ焼きあたりを注文しノンアルコールでグビグビやってしまう、きっとやってしまう、残念だ。じゃあアトは誰だ、誰が残っているんだ。日替わり定食?これはダメだろう、毎日内容が変わっては今回のレギュレーションに引っかかる。残るは酢豚定食?あほー!ロコモコ?無理!天ぷら蕎麦?苦しい!シンプルにのり弁なんて?ダメだ!案外担々麺とか?論外!無理なのか、人類にもやはり越えられぬ壁がやあったと言うのか!誰もが希望を捨てそうになったその時、僕の頭にふとあの時のオジイの言葉が浮かび上がった。あの時のオジイ、それは、かつて入院中に同室になったオジイ、八十を軽く越え、少しボケかけ、加えて年寄りのわがままで病院食に飽きちゃって、毎日毎日娘さんにアレを差し入させては来る日も来る日もアレばかりを食べていたオジイ。そして「こんなんばっかり食べてたら栄養偏るでオジイちゃん」と娘さんに言われるたび、決まってあの言葉を吐いていたオジイ。「うるさい、蓬莱の豚まんさえ食べてたら、人間は生きていけるんじゃ!」不思議な説得力のあるその言葉は、僕の記憶の引き出しにしっかり仕舞込まれていたのだ。そうだ、豚まんがあった、551の豚まんが!根拠など何処にもないけれど、何故かしらこれならイケそうな気がしてきたぞ、そうか、答えはこれだったのかぁ~!ナンバ蓬莱551の豚まん、大阪人の友。無理ですッ!
2011.08.04
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舞台の背景画がストンと落ちて、新しい季節が忽然と現れるように、気づけば僕の周辺は一面があら不思議夏に変わっていた。暑中お見舞い申し上げ候最近気を抜くと時間の経過が著しい。思うにこれは、年を取るほど一日が長く一年が短くなるとかいう例のほら、あの現象の一側面と思われまする、それはいわゆるオジイのしょんべんがやたらと長いのと因果関係があるとかないとか、ま、とにかくそんな感じに考察されるワケですな、なんのこっちゃ!それにしてもオジイのしょんべんは長い。後から横で用を足し始めた僕が、丁寧にお宝をしまい込んで、さて手でも洗おうとアサガオを離れるその頃になっても、まだ細く長いしぶきを、時折休憩を挟み、はたまた再放射し、コチラが手を洗い終わって三歩トイレから遠ざかったけれど、やっぱ気になって三歩後ろ向きに戻って覗いたら、やっとこそのあたりでステテコの間へイモケンピを大事に仕舞い込んで一息ついている、と、このペースなのね。いえいえ決して老人を言葉で虐待しているわけじゃありません、年齢に伴う時間経過の変化におけるステテコの影響力についての一考察を少し論じてみただけです。子供叱るな来た道ぞ 年寄り笑うな行く道ぞ重々存じておりますとも、しかし暑いね!
2011.08.03
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