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仕事も納め、忘年会も終え、愛車の洗車も終え、家の各部屋の蛍光灯も取り換え、えっとあとは、あとは・・・ありません、もう今年やることは残っておりません。年々家の中で担当するべき仕事が減ってきた気もする年の瀬大晦日、まぁそれもヨシとしましょうか。嫁さんはというとおせちを作り終えてお重にもつめ終わり、先ほどウチの実家にモチを取りに走ってくれた、蕎麦は確か昨日既に買いに行ってたよな、よしよし誉めてつかわす。娘たちもカサは高いしムダは多いながらもここ数日は進んでお手伝いをこなしてくれました、二重丸をあげよう。さて、あとは紅白を待つばかりです。しかし今年は長女が反旗を翻して、夜は一人一階のリビングに居座り占拠して「ガキの使い」を見た後に朝までお笑いを見続けると宣言をしやがったので、好きにおし!と言っておいた。はたして何時まで頑張れるものやら。しかたないので残った次女を今晩だけは子供部屋に追いやらず、抱き枕にして寝てやろう。さて皆様は大晦日の一日いかがお過ごしでしょう?なにやら大変な、簡単な言葉で表現しては申し訳ないくらいエライコッチャな、そんな一年が終わろうとしております。振り返れば反省や後悔や焦燥ばかりが目立つんだけれど、それでも出来れば前だけを向いて来年もアクセルを開けてゆきたいなあと、能天気にそう思う年の瀬です。ではでは、そろそろこのへんで、今年もサボり過ぎのブログにしつこくおつき合いいただき感謝しております、それじゃーまた明日のまた来年、たりらりらんのこにゃにゃちわ的に今年もお疲れ様の終幕。きっと来年はいい年です、ドン・ウォーリ・ビー・ハッピー!
2011.12.31
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こんなことわざをご存知だろうか?「麒麟(キリン)も老いては駑馬(ドバ)に劣る」解説しますと、麒麟とは脚の速い優れた馬すなわち駿馬の喩えでして、でもって駑馬とはそのまんまで脚の遅い駄馬を指します。つまりは、脚の速い馬も歳老いちゃったら駄馬にさえ抜かれちまうぞと、まぁ、なんというか歳には勝てないねと、そんな意味なんですけどもね。ちなみにこのことわざ、僕の亡くなった祖母が晩年良く口にしておりました。でもね、実を言うと彼女はチョットだけ違って憶えてましてね「キリンも老いてはダ馬に等しい」と、こう言っておりました。亡くなってしまったので確かめることは既にできないのですが、おそらく彼女はそれに登場する麒麟をまんま首の長い方のキリンさんと解釈っしていたように思われるのです。それはイコール明治の女性でありながら女学校まで出た自分を草原に凛と立つキリンに喩えていた節があると、そう思われるのですね、これあくまで孫的見解ですが。そしてさらに、本来は老いて駑馬にもぶっ千切られるべきキリンさんを、老いてなおダ馬と同等なラインへ留め置こうとしているんです、老いてもダ馬より劣ってたまるかと、つまり「~劣る」じゃなくって「~等しい!」と。なるほどそこらからは、老いたキリンさんが必死になってダ馬にすがりつき走っている姿がありありと見えるのだ。つまり明治生まれの女の意地とでもいう奴が垣間見える。僕はと言うと、久しぶりにそんなキリンを思い出して、早四十代で初老かななどと弱気になっている年の瀬の自分自身を戒めておりました。そうだよなばあちゃん、まだまだ駄馬ごときに負けてたまるかなのだよな!
2011.12.29
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まったくもって冬である。ホ乳類だからよかったけれど、うっかりハ虫類だったら凍死してる寒さだ、あぶないあぶない。学校が冬休みに突入したおかげで、通勤路の高校生チャリダーが減少した。てことは、中学生の娘も休みなので今日は弁当がなかったのに、そいつをコロっと忘れてた。仕出し弁当の注文に○も付けず、昼休みに突入しかける頃に気が付いた、しかもコンビには遥か遠くあの山の彼方。「げっ!やってしまった、このままだと終業を待たずに餓死してしまう。かくなるうえはコピー用紙に、おにぎりの絵でも描いて、せめて食べたふりでもしてみようか、それとも・・・」僕がマッキーを握りしめて考え込んでいると向かいの娘が「なにやってるんですか!」と、事情を察してデスクの引出しの中からキープのカップめんを一個めぐんでくれた。すごいね、女の子のデスクの引出しには「力持ちうどん」が入ってるんだね、「ニュータッチもやしラーメン」も入ってるんだね、すごいね。ま、とにかくそんなワケで、年の瀬に餓死をまぬがれた僕でした。
2011.12.26
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突然カツ丼が食べたくなる時ってあるでしょ!こないだの日曜日がそうだった。そんな時にはもちろんカツ丼を食べに行ってもいいし、いっそのこと出前で大至急カツ丼を注文してもいい。日本国民には言論の自由や宗教の自由と同様に、等しく与えられたカツ丼の自由があるのだから、人はそれをいつだって行使できるのだ!かくして僕はその日、思い切ってカツ丼を自分で作っちゃう自由を選択した。ちょうどその日は朝から次女と嫁さんが子供会のポートボールに借り出され、残ったのは長女中二生意気盛りと僕の二人だけだったので、早速昼ごはんにカツ丼大作戦を敢行した。しかし昼間から天ぷら油に火をかけるのはチョット大層だったので、そこは少しだけ手抜きをして、まずは長女を近所のショッピングセンターへ出来合いのトンカツ大を買いに走らせた。その間に僕は手際よく玉ねぎを刻み出汁をとり、愛用の丼用浅フライパンもどきでそいつらを炊き始め、そこへタイミングよく帰ってきた娘からトンカツを取り上げサクサクと切り、しばらく煮込んだら卵でとじて丼飯の上へ滑らせたと言う訳だ、でカツ丼二丁あがり。我ながら、店で食べるよりはるかにリーズナブルで美味しいカツ丼ができましたとさ。そしてまたある日は、突如カレー丼が食べたくなった。カレー丼、それはすなわち蕎麦屋で出てくる丼に入ったあの和風のカレーである、かくして・・・以下ほぼ同文、美味かった!また先日はB級グルメでやってた焼き豚丼がたべたくなり・・・ほぼ同文、これは検討の余地アリ。てなぐあいに、なぜかしら十二月の僕のトコロにはサンタさんならぬ丼の神様がやってきて微笑かけてくれでもしたのか、なにげに丼ばかりを作っては食べる丼ブームに突入してしまった、で、いい気になって丼にばかりうつつをぬかす日々を送っていたら早折り返し。大事に使おう2011年、今年も残りあとふふふ、年賀状書かなくっちゃ!
2011.12.18
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イワシ雲を見た記憶がないのに、気がつけば十二月に突入してるじゃないのエライコッチャ!十二月ってことはまたしても山下達郎強化月間じゃないの。こんなことでいいってか?紅葉狩りにも行かないままに、いや椎茸だって狩ってなけりゃスイカも割っていないこの体たらくで、ホントに年を越す気なのか僕。かくなるうえは毎年なんとか繰り出さずに今まで温存し続けていたあのオペレーションを、大晦日の夜中に二上山の頂に集合し、翌朝気を抜いて昇ってくる初日の出を実力で阻止するというあのオペレーションを、そうコードネーム「ミッドナイトイーグル」を実行するべくアイツとアイツとアイツとロデムとウィンダムを呼びださねばならないのねん!し、しかし、嗚呼しかし、石川啄木じゃないけれど、我に返ってじっと手を見ながら冷静に考えてみるに、夜な夜なすべり台でほたえていた二十代のあの頃ならば四人も集まれば初日の出の一つや二つ背後から羽交い締めにしたま堺港まで引きずって連れてゆき、あのテトラとフナ虫しかいない悲しい色の海にす巻きにしてエイヤっ!と沈めてもみせたけど、今の僕たちにはたしてこの伝説の作戦が遂行できるのか?いやできまい!だって、かくいう僕がまず羽交い締めはおろかひざかっくんのタイミングでさえハズしそうな有様だし、相方ポストマンなどはもうどう考えても腰痛を理由に自宅から一歩たりとも出てこないのが火を見るより明らかだし、頼りの後輩野郎ジョン&パンチことマサ吉&アリちゃんでさえも、いつまでもコチラは高校生のごとき扱いをしてしまうので誤魔化されがちだが、明らかにその腹周りが悲しきアラフォーを物語っているし、結果おそらく誰ひとり大晦日の一夜を山頂で踊り狂ったうえ明け方に体力を残す事などできようはずがない、キッパリ!じゃあ、まぁ、そゆことで、仕方ないからここはスッパリあきらめて、デキることだけ片づけて、残りは来年に持ち越しと、そんな感じでボチボチまいります、あぁどっこいしょ!
2011.12.06
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