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ほとんどの場合、発症するのは母親である。特に朝と夕方、夜に顕著に見られる。言っても無駄なことを、無駄だと知りながらも繰り返し叫んでしまう現象。 朝7時から8時に集中するのだが、子どものいる家庭の8割で母親のこんな声が響きわたる。「早く起きなさい!」「早く着替えなさい!」「早く食べなさい!」「早く行きなさい!」「……なんで昨日やっておかないの!!」 多くの場合、一度叫んだくらいでは何の変化も見られず、二度三度と繰り返し叫ぶことになるわけであるが、ほとんど効果はない。母親は徐々にヒートアップし、場合によっては手や足も出る。そういったすったもんだの末、ようやく子どもが学校へとでかけると、母親は安堵と共に重度の疲労感に襲われる。 しかし、夕方になり子どもが帰宅すると、またもや母親の叫び声が響き始める。「宿題は?」「テレビばっかり見ない!」「ゲームの時間は終わり!」「お風呂は?」「早く寝なさい!」 既に耳にタコのできている子どもたちは、何を言われてもほとんど動じない。母親たちは、それを十分知りながらも、やはり叫ばずにはいられない。「早くやりなさ~~い!」posted by 若草 みゆき
August 31, 2005
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ありとあらゆる物を、大きさや長さの順に並べずにはいられないプチ依存症。この症状が発症し始めるのは、主に、小学校入学の頃である。1年生のふでばこを見てみると、見事なまでに、鉛筆が長さ順に並べられている。親や友だちが鉛筆を借りたあと、テキトーにしまおうものなら、次にふでばこを開いた患者は途端にイライラし始める。ぶつぶつ言いながら、でもキッチリと「大きい順」または「小さい順」に並べ替えるのである。この依存症は、鉛筆だけにとどまらず、徐々に発症の範囲を広げていく。本棚の本、おもちゃ、玄関の靴…さらには、おやつのチョコレートまで、ティッシュの上に並べる始末だ。この症状、幼い頃は、ただの強いこだわりにすぎないのだが、成長しても、なお発症し続ける場合には、注意が必要だ。2パターンの症状に分かれていく可能性が懸念されている。ひとつは、整理整頓の上手な、キレイ好きの大人。もうひとつは、他人のルーズさが気に触る、神経質な大人。成長していく過程で、親が気をつけておきたいポイントである。posted by 一ノ瀬 奈津
August 29, 2005
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ひとたび車に乗ると、カーオーディオをかけまくり、歌いまくる症状のこと。車に乗るやいなや、オーディオやラジオのスイッチをON!邦楽、洋楽、演歌、果ては童謡まで、好きな曲をかけまくっては、歌い続ける。ラジオで流行の曲が流れようものなら、次のカラオケに行く日のために…と、真剣に歌って覚える。この症状は、特に対向車がいない時に発症し、まるで歌手にでもなったかのように、なりきって歌い続ける。さらに、この症状が悪化するのは、長距離ドライブの時である。山道をゆけば、エネルギー溢れる緑の風を浴びながら…海岸線をゆけば、潮の香りが爽やかな海風を浴びながら…。開放感からなのか、はたまた、知ってる人に会う確率も少ないからなのか、歌声は一層大きくなり、時には、振り付けまでして歌い出す始末である。本人は、歌うことでストレス発散、まるで歌い放題のカラオケにでも行ったような、かなりの充実感を感じるのである。この症状は主に女性に発症する確率が高い。ただ、災難なのは、同乗者が男性だった場合だ。対向車のドライバーから笑われてしまおうものなら、穴にでも入りたい気分である。対応策としては、他人のフリをする以外、方法はあるまい。posted by 一ノ瀬 奈津
August 25, 2005
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特に男性に多いのが特徴の依存症。「けっこうキテます系」の脱毛から「ほとんど目立ちません系」のチョイ・ヤバタイプまで、幅広い層で依存が分布している。「これで貴方もフサフサ」いかにも効果がありそうな新製品のコマーシャルが流れれば、たとえ使いかけのものが残っていようとも、新しい育毛剤を買わずにはいられないのが特徴である。テレビで育毛剤や増毛のコマーシャルを見ない日などあるだろうか。テレビで育毛剤や増毛のコマーシャルを見ない日などあるだろうか。それだけ世間では髪の毛の薄さで悩んでいる人が多いのである。 朝晩のトントンは欠かせない日課……育毛剤を手放せない人々にとって、まるで儀式のように繰り返される頭皮へのマッサージ。鏡を見ながらポンポンと頭をたたく姿は、実に涙ぐましい。そのけなげな姿に、思わず「頑張れ!」と応援をしたくもなる。「そんなに叩いて痛くはないのか」とたずねてみたいが、頭に関する話題は、まさに禁句。ご法度なのだ。何といっても、毎日叩かれる頭が気の毒だ。 育毛を研究している皆さま。願わくば、一日も早く、万人に効果のある育毛剤を作っていただき、トントン儀式の呪縛から、悩める人々を解き放ってほしいものである。 posted by 大京寺 かりん
August 24, 2005
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本来の目的は勉強するためでありながら、参考書や資料を購入した段階でなぜか勉強した気分になってしまうこと。参考書を使いこなすことよりも、買いそろえることにステイタスを感じる傾向あり。試験で一番になりたい、目指す学校や企業に合格したいという目標は、人一倍高い。そこにまっしぐらに向かっていく意気込みだって、誰にも負けない。 なのに、なぜか結果がついてこない。 試験当日になってはじめて焦りを覚え、問題用紙を見て、愕然とする。それもそのはず、誰よりも多く抱えている参考書は、何の役にもたっていなかったのだから。 学年が上がるとともに、また試験対策にと、ことあるごとに参考書を購入。当然、自室は参考書で溢れ、誰から見ても『優秀な子』に映る。 周囲からは、「○○さん、勉強熱心だよね~」と言われ、時には「試験対策にうってつけの参考書を教えて~」などとアドバイスまで求められたりもする。こうして「デキる子」に見られることに、妙な快感さえ味わえてしまう。 しかし悲しいかな、そこで満足してしまうところが、この依存症のやっかいな点。参考書を活用するどころか、机にすら向かっていなかったというオチがつくのだから。成果の上がらないことに、一体いくら投資したことか…。 試験後には反省しきりであっても、また次のテスト前には参考書をご購入。ひそかに参考書の難易度を上げたりする楽しみまで覚えてしまう始末だ。posted by市田 真紀
August 23, 2005
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健康のため、美容のため、いつでも水分を補給できるよう、常に500mlペットボトルを携帯している、または、携帯していないともの足りなく思う症状。 種類は、ミネラルウォーターか甘くないお茶系。またはスポーツドリンク。バッグにペットボトルをしのばせ、電車を待つ間に水分補給、ちょっと長く歩いたらまた補給、というように活用し、喉の渇きよりも体内の水分量を考えては飲み物を摂る。 自分を、より健康により美しくしたい、という前向きな女性に多い。血液さらさら、便秘解消、肌の潤い補給など、とにかく水分をたっぷり摂りましょうというTVや雑誌からの情報は、かなりの女性に浸透し常識化している。商品の選び方は、まったく統一性がなく、次のようにさまざまである。ミネラルウォーターの成分に詳しく、自分に合ったミネラルを摂れるものを選ぶ。新発売のお茶はすべてチェック、どんな効用の茶葉が入っているか能書きを語れるほど精通し、人にまで勧める。エアロビの前はこのスポーツドリンク、歩いたあとはこのドリンク、というように、目的別に選択する。もちろん、大したポリシーはなく、なんとなく選んだ、という理由もかなり多いが、中には単に、ペットボトルについてくるフィギュアが目当て、という場合もある。posted by シーナ
August 22, 2005
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「あの人、おいくつかしら」と気になり、頭から離れなくなる症状。初対面の女性同士が出会ったときに起こる。「あの人、きれいだな。いくつぐらいだろう」。これは素敵な女性に出会った男性が感じることで、この症状とは区別される。例えば、引っ越ししたり、職場が変わったりして、さまざまな女性に会う。初対面、その瞬間から症状は始まっている。そして一人になったとき、思わずつぶやく。「○○さんはおいくつかしら。私より上? 下?」。わかるはずもないのに、帰宅した夫にまで、聞いてみたりする。敬語を使い合う関係のうちは、まだずっと軽症。親しくなるにしたがって、どの程度崩した言い方をしてもいいかが気になり、さらに相手の年齢を知りたくなる。そして、心の中で葛藤が始まる。「これじゃ、なれなれしすぎるかしら。」「いや、仲よくなりたいなら、もうちょっと親しげに話したほうが話が弾むかも。」「でも、やっぱり相手のほうが年上で、失礼だと思われたらどうしよう……。」「……。」年齢自体に意味はなく、知ったところで、親しさには関係ないということは十分わかっているが、相手が自分より上か下がわからないと、微妙な言葉使いや距離感をつかめず、安心して話ができない。会話の中でわかってくるのが一番自然だが、それでもわからないときは、情報を駆使して解明しようとする。服のセンスは?化粧は?話し方は?子どもの年齢は? 目尻・首筋のしわは?趣味は?昔、好きだった番組は?芸能人は?欧米には、自分の親でさえファーストネームで呼ぶ文化がある。生活スタイルも欧米化して、言葉遣い、服装などすべてにおいて、フランクな日本人が増える中、このような症状に苦しむ女性がいなくなる日も近い。posted by 伊奈 美香研究員
August 21, 2005
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マックじゃなけりゃパソコンじゃないと思っている。マイクロソフトがウィンドウズの発売を発表した時、「マックの真似をした。許せん!」と大激怒。今でも折に触れそのことを思い出す始末。当然ウィンドウズパソコンは好きになれない。 会社で使う時はかなりがまんして使っており、ついマックと比べてしまって少しでも操作に行き詰ると「やっぱりマックの方が優秀だ」と思う。なんとかウィンドウズパソコンからマックに入れ替えられないかと日々考えをめぐらせている。そんなくらいだから、マックからウィンドウズに乗り変えた人間には「裏切り者~」とつい非難してしまう。 自分のマックに愛称をつけ、人に語る時は「うちの〇〇ちゃんが…」と言い、マックの調子が悪くなるとなだめすかしたり、怒ったり。まるでぺットに対するかのように、日々マックと接している。 マックのシェアが落ちた時には、悔しくて毎日枕を涙でぬらしていたほどだ。IMACが人気になった時はうれしくてまた涙を流してしまった。寝てもマック、覚めてもマック。会社にいても家のマックが気になって気になってしょうがない。 周囲からは呆れられ、冷たい視線を感じることもあるが、それもこれもマックを愛するがゆえの行動なのでほとんど気にならない。マックさえあれば周囲になんと思われようと毎日ハッピーに過ごしていけるのであった。posted by 田宮涼加研究員
August 19, 2005
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友人との待ち合わせや、仕事の期限などありとあらゆる約束の期限をぎりぎりで間に合わせる性分のこと。 学校へ行くにも、職場へ行くにも、ちゃんと時間的余裕をもって起きている。ごはんもちゃんと食べた。かばんの中身もばっちりだ。あとは着替えて髪をセットして家を出るだけ。なのに、なぜかいつも駅までの道を走っている。電車の出発時間にぎりぎりセーフ。電車から降りて学校や職場までダーッシュ。始業時刻ぎりぎりだ。 次回は必ず時間の余裕をもって家を出よう、と誓うのだが、いざその時となると「前の時は、ぎりぎりでもあの電車で間に合ったよなあ」と悪魔がささやき、また走ることになるのだ。 この手の依存症の人は、自己嫌悪に陥るから治そうなどと思わないことだ。私って必ず何でも間に合うのよーって開き直って堂々と生きていきましょう。posted by 村瀬有理研究員
August 18, 2005
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客観的年齢を認めたくないために、若者の流行に敏感なふりをする症状。 30代半ばから40代後半の女性によく見られる。体型を維持し、とてもオシャレで綺麗な女性に多い。若者向けのファッションや美容・コスメの対象年齢を、勝手に自分向きととらえる。 シャーリングカーゴをはき、わざとチープなピアスをつけ、重たいほどのメークをする。似合っていないわけでもないが、ハタからはやっぱりイタイ。 洋服を選ぶ時、そろそろ他の客とのギャップを感じ始めると、買い物の必須アイテムとして「娘」を連れて行き、「娘」の買い物に紛れて、自分の洋服を購入することもある。 地下鉄の窓が映す疲れた自分を見たとき、「若く見えますね」が素直に受け取れなくなったとき、年相応のオシャレをしようと変わっていく女性が多い。posted by シーナ研究員
August 17, 2005
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とにかくお風呂のお湯には色がついていないと安心して入浴できない状態。色のついていないお湯に入るのは、まるで薬品に体を浸すような気がして抵抗を感じてしまうらしい。 普段、食品の着色料には厳しいぐらい目を光らせて避けているのに、こと入浴剤になると黄色4号、青色3号などもまったく気にせずに、蛍光ペンのような色のお風呂に浸かり、「あーラベンダーの香りが気持ちいいわ~」なんてリラックス。 日本には、昔ながらの柚子湯や菖蒲湯といった天然の入浴剤ともいえる風習があるが、これでは色が付かないのでダメなのである。冬至の日には生柚子の果実を浮かべたりもするが、さらに『柚子の香りの入浴剤』を追加して、せっかくの生柚子の香りを台無しにしてしまったりする。 当然、脱衣所には日本各地の地名がついた温泉の素、炭酸ガスの入浴剤から木酢液まで、ありとあらゆる入浴剤が用意されている。ところが、夜中に入浴しようとして、うっかり入浴剤を切らしていることが分かったらさあ大変!なにか変わりになるものはないかと家中さがし回り、戸棚の隅にあった『水だし麦茶』のパックを放り込んでようやく安心して入浴することが出来るのである。 古くから温泉文化に親しんだ日本人には多い依存症といえるだろう。posted by 大島つむぎ研究員
August 16, 2005
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化粧も服装もバッチリ決めたはずなのに、なぜか鏡になるものがあれば、つい見てしまう。 メイクや髪型もバッチリ決めてお出かけしたものの、なぜか自分の姿を映せるものがあれば、つい見てしまう。横目でチラリ。右側から、次は左側から。気づけば映る自分の姿にウットリというよりも納得。しかし、決してナルシストというわけではなく、ただ、口紅がはみ出してないか、髪が乱れていないか、など細かいチェックで、現在の状況を確認してみたいだけ。ウインドゥに飾ってあるバッグや洋服を眺める、電車の窓から風景を眺める、停車中の車の窓をみている、ふと振り返った自然な振る舞い。それをよく観察してみると、どこかに姿が映るものに向かって、さりげなく微笑む練習をしてる。 鏡になるものがあれば、意識していないのに、つい見てしまい、微笑む姿にハッと気づきながらも、手で髪をとかしてしまったりするのである。posted by 篠木沙希研究員
August 15, 2005
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携帯電話のストラップ。1個つけるのは当たり前。2個、3個…気が付くと大量のストラップでジャラジャラしており、携帯電話よりもストラップの方が目立ってしまっているというのが特徴。「持っているのがフツウ」と言われることの方が多くなってきた携帯電話。携帯電話は“ケータイ”と呼ばれるようになり、その機能はもちろんのこと、ファッション性も重視され、さまざまな色や形のものが販売されている。そんなケータイに合わせて、現在、巷にはたくさんのストラップが出回っている。海外有名ブランドのものから、キャラクターもの、ご当地もの、手作り作品、はたまたコンビニで売られるペットボトル飲料のオマケとしてなど、お気に入りとして毎日持ちたくなるようなデザインのストラップがたくさんありすぎて、なかなか1つにしぼれないのも仕方がない。「それならいっそ全部つけちゃえ!どれもみんなかわいいし、捨てるのはもったいないし…。」そう思うようになった時、重度のストラップ依存症を疑うべきだろう。ストラップは特にコンビニ商品のオマケやノベルティ商品として付加される機会が多くなってきた。この“ストラップ依存症”は、オマケという言葉に弱い日本人だからこそ成り立つ依存症なのかもしれない。類似依存症:限定商品依存症posted by スズキリナ研究員
August 14, 2005
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人の話を聞きながら、相槌代わりに「って言うか」を連発する症状。テレビから聞こえる若者の会話の流れが、どうもスムーズではないと感じてしまうときがある。なぜなんだと頭をめぐらせながら聞いていると、ある瞬間ふと、その理由が判明する。「このごろ太っちゃって…。」「って言うかぁ、太りすぎじゃない?」やたらと「って言うかぁ」が飛び交っている。人の話を受けて会話を続けるのに、なぜ相手の言葉を否定するところから入らなければならないのかは、たぶん当人達にも不明。「ていうか」という言葉が持つ、否定の意味はほぼ無いと思われる。類似するものとして20年ほど前に流行した「逆にね依存症」が、切れ者を自認する若手管理職の症状として見られたのに対し、この「ていうか依存症」は10代を中心とした若い女性によく見られる症状。posted by 片桐みさこ研究員
August 13, 2005
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図解して考えれば、すべてがうまくいくと思いこみ、何でもかんでも図解しないと解決できないような気になってしまった人たち。きっかけは『図で考える×××』という類の本を読んだこと。要約すると「図を描くことによって情報を整理し、混沌とした考えがうまくまとまっていく」といった内容である。しかし、どういうわけか“図を描く”ということだけがインプットされてしまったようで、“何のために”が抜け落ちてしまっているのである。「今日の献立はどうしよう……?」「そうだ。図で考えれば、うまくいくんだったわ!」とばかりに作図ソフトを立ち上げる。丸やら四角やらを書き込んでいき、牛肉、ゴーヤ、トウモロコシとキーワードをちりばめていく。矢印でつないでみたり、影をつけて立体的にしてみたりと夢中になって作図をする。やがてプレゼン資料さながらの完璧な図が出来上がり大満足。しかし……。図を作ることに夢中になりすぎて、本来の目的であった今日の献立は何一つ決まっていなかったりするのが、困ったところだ。posted by 大島つむぎ研究員
August 12, 2005
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ネット上で、自分が知っていることで相手が困っていると答えずにいられない現象。 昔どこの街角にも必ず存在した、困っている人がいたら助けたくなるおせっかいおばさんのインターネット版とでも言おうか。掲示板やメーリングリスト、今はやりのブログを毎日チェックしまくり、自分が知っていることで困っている人がいたら、書き込みをせずにはいられない人たちがいる。 その書き込みのために、自分の子どもがおなかをすかせていたり、寂しい思いをしていてもおかまいなし。知っていることなのに、自分が答えないなんて罪深いことなのだと信じている。 そして、せっせいとレスがないかチェックする。自分が書いた答えで困りごとが解決したかどうか気になってしかたがないのだ。疑問のレスがついたらすかさず、追加の書き込みをする。 お礼のレスがつかないと、不愉快な気分にもなるけれど、そこでレスを催促するのは我慢する。それでは親切の押し売りだと自覚しているからだ。 そして、今日もせっせとレスを書く。posted by 重吉未来子研究員
August 11, 2005
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「期間限定」「個数限定」「地域限定」などと書かれた商品を目にすると、とにかく試さずにはいられなくなること。 レストランなどの季節のメニューはもちろん、お菓子の新商品、デパートの催事場などでの限定販売も含まれる。定番商品の方が安全だとわかっていても、その期間、その地域でしか手に入れることができないとなると、なぜか魅力的に映ってしまう。限定商品を手にしたときのわくわく感を味わうたびに、次のターゲットを見逃すまいと、目を光らせるようになる。 巷で話題にのぼり始めるころには、すでに「お試し済み」であることも重要なポイントになる。しかし自分から商品について語ることは邪道であり、さりげなくアピールしなくては「ただの知ったかぶりだ」と思われることを悟っている冷静な面もうかがえる。 旅先などで、たまたまその地域の限定商品にめぐり会ったときは感動もの。しかしそれを買うためにわざわざ出かけていくようになれば、かなり重症といえる。posted by 進藤早紀研究員
August 10, 2005
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1日1個梅干を食べることで体内浄化をはかり、体調管理は万全だと自分に言い聞かせて精神的安定を手に入れている状態。数ある健康食品の中でも、日本で古くからからその効用が認められてきた梅干。疲労回復や乗り物酔いにも効き、調理にも使えるという食品としての優秀さに加え、高温多湿の日本では「腐敗防止・解毒」の効果があることで特に珍重される。白いご飯の真ん中に梅干を入れた日の丸弁当は、大変理にかなっているのだ。この梅干パワーを強く信じ、健康と安心のために梅干を食することを日課としている人がいる。外出先や旅行先でもお弁当やおにぎりの具に梅干はつきものだから、禁断症状で周囲を困らせることもないし、当人の健康も維持されているのだから、周囲が困ることもない。しまい忘れた朝食の残りも夕食でありがたくいただき、食後のお茶受けに念のために1粒口にして、胃の中の安全を確保する。ただし、予期しないタイミングで「うなぎ」を供された時、この患者はパニックを起こしかねない。さっき食べた梅干と「食べ合わせ」であるうなぎが胃の中で起こす作用を思い浮かべ、脂汗が浮いてくるのである。posted by 山椒ぼうや研究員
August 9, 2005
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PCや電子辞書など電子メディアの発達に伴って生まれた依存症。些細なことでも自ら考えたり思い出したりすることを放棄し、すぐさま電子メディアに答えをゆだねること。 今や一人1台は持っているであろう、電子メディア。インターネットや電子辞書などを駆使すれば、世界中から様々な情報を取り寄せることができる。これさえあれば、鬼に金棒。自分の辞書に「知らない」「わからない」の文字は存在しないといっても過言ではない。だからついつい、気になることがあれば無意識に電子メディアを起動させ、キーボードを叩いている。最近すっかり自分の脳を酷使する必要がなくなってしまった。そんな人が爆発的に増えつつある模様だ。とはいえインターネットの情報が必ずしも正しいとは限らない。世界中、不特定多数の者が思い思いに発信できるオンラインの世界を信用しすぎることで、思わぬ落とし穴に遭遇する可能性も否めない。手軽さを優先させたがために、自分への信用や大切な人間関係までも失ってしまわないように……今、そんな警鐘を鳴らしているのがまさにこの電脳依存症なのである。posted by 市田真紀研究員
August 8, 2005
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周りを気にせず常にゴーイング・マイウエー。それを全部「血液型がB型だから…」で済ませてしまう依存症。 4つある血液型の中で一番かわいそうなのはB型である。B型の人間はマイペースだ、変わってる、気分屋だと言いたい放題にされている。血液型なんて人間が4種類にしか分類されないのに、すべての人に当てはまると考えるほうがおかしいのだ。 しかし、何となく当てはまることも実のところ多い。チームを組んでの作業で、どうにも足並みの揃わないことがある。そんなとき「あの人はB型らしい」といううわさを聞くと妙に納得してしまう。「私、B型なの」と誇らしげに言ってみたり、「マイペースね」と言われても誉められていると思って喜んでしまうのだから、やっぱりかなり変わっている。だからそのうち「あの人はB型だからね…」と秘かにのけ者にされてしまうのだ。 それでもやっぱりマイペース。だってB型だもんね。posted by 若草みゆき研究員
August 7, 2005
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整った顔立ちの二枚目イケメン俳優の笑顔にイチコロにされた主婦たちが、空想恋愛ごっこを楽しむことに幸せを感じ、もはや中毒になりつつある状態。特に若い二枚目俳優がもてはやされている。 日常の生活に疲れている女性が、再び自分を磨こうと思うキッカケは「恋心」。あの人のために綺麗になりたい、そんな恋心を抱く相手はメディアの向こう側にいるイケメンの俳優だったりする。 イケメンの彼と腕を組み、たくましい腕に抱かれ、やさしく耳元でささやいてくれる姿を想像しただけでニヤニヤ、ワクワク。そんな妄想の恋を楽しむことで、なんだか生きがいを見つけてしまったような気持ちになれるのだ。彼と恋に落ちてしまった自分を楽しんでいるのかもしれない。一種の現実逃避ともいえる。 自分の周りを見てもパッとしない男ばかり、長く連れ添ったダンナだって、イケメン達に比べれば見劣りしてしまうから困ったものだ。夢だってなんだて、あんなカッコイイ男性のそばにいたいと思うのが女心。 テレビに映ったイケメン俳優の笑顔が自分に向けられているのだと思い込んで、胸の鼓動はドキドキ。そんな一瞬が至福の時に思えるのは、女性の心理なのだろう。 恋を知った乙女のように、退屈だった毎日の生活がバラ色に見える人生へと一転する感覚を一度覚えたらやめられない。なぜなら、女性はシアワセ願望が強いのだから。イケメンに恋していたい。「イケメン症候揃」、それは女性が幸せでいられるための本能的な症状なのかもしれない。posted by 樋賀集子研究員
August 6, 2005
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乳離れをしたばかりの2~3歳の幼児から、小学校高学年まで、幅広く見られる現象。またの名を「肌触りフェチ」とも呼ぶ。寝るときは、綿毛布を欠かさない。眠りに落ちた後でさえ、無意識に綿毛布に頬をこすりつけていることがある。これが、綿毛布依存症である。彼らの名誉のために付け加えるが、あくまでも綿毛布依存症であり、アクリル毛布依存症などという症状は存在しない。乳離れをした、または、自分の下に赤ちゃんが生まれた頃に発症することが多い。つまり、必然とお兄ちゃん、お姉ちゃんにならざるを得ない状況に直面したときに発症するのである。「すりすり」することで、母親を思い出す。「すりすり」することで、安心感を得られる。綿毛布がおっぱいの代用品となっていることは、言うまでもない。このほかにも、タオル依存症や、ぬいぐるみ依存症も、同類の症状である。この症状は思いのほか長く続き、保育園や幼稚園に入園する年齢になっても、改善しないことが多い。昼寝のときは、決まった綿毛布じゃないと眠れない。修学旅行にまで持って行こうとする患者もいる。だが、気に入った綿毛布が一枚しかない場合、親は途方に暮れる。とくに梅雨時期は、洗濯してしまったが最後、乾かない。この症状の子どもを持った親は、寝不足になる確率も高いのだ。posted by かみいけなつ研究員
August 5, 2005
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潔癖症ならではの依存症。いつ何時でも耳にかゆみや違和感を覚えることを許せず、果ては自分を納得させるために耳掃除に精を出してしまうこと。掻き過ぎて耳を傷めがちなのが玉にきず。朝一番の「耳チェック」、これが課せられた日々のノルマ。小さなさじのついたあの棒で、まずは耳の縁にはびこる垢の有無を確認する。ほんの些細な異物であろうと、発見されようものならすぐさまその場で掻き出す、掻き出す。 こざっぱりしてもまだ納得の域に達しないのが、「耳さっぱり依存症」の特徴的症状だ。耳掻き棒はさらに奥へ…。毎日のことなので特別大きな耳垢が取れることはないが、かゆいところに手が届く快感は、言葉では表現し尽くせない。最後は棒の反対側についている凡天(凡天~綿状のフサフサ)で細かい垢を丁寧にふき取り、フィニッシュ。清潔になったであろう耳の中を直接見ることはできないが、気持ちの中はすでにピカピカにクリーンアップされている。これで爽やかな今日一日は保証されたようなもの。もはや「掻き具合」によってその日の機嫌まで左右されてしまうほど、耳掃除は重要な儀式と化しているのだ。 当然一日の終わりは、お風呂上りの利を生かして適度にふやけた垢を一掃。耳の中までさっぱりしたところで、ようやく一日の業務終了と相なる。これで今夜の安眠が約束されたも同然である。posted by 市田真紀研究員
August 4, 2005
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普通のご飯を白いままで食べる事が許せず、いわゆる「ごはんの友」がをプラスしないと食べられない症状。白いご飯がそのまま茶碗におさまっていて良いのは3分までとこの患者のどこかに基準が書き込まれているらしい。「いただきます」を言う前に、食卓には海苔、ふりかけなどがのっているのが当然で、ないと食べ始められない。よく混同される「白米偏愛家」と異なる点は、おかずもちゃんと食べていること。「ごちそうさま」の後は、椀も皿も茶碗同様きれいになっているのである。この依存症は、幼年期によく見られる。症状がひどくなると、外出時や旅行先においても、白いままのごはんに著しく反応し、時として、怒り、暴れ、泣くというような発作が見られることもある。posted by 山椒ぼうや研究員
August 3, 2005
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求人情報が必要な状況ではないにもかかわらず、目に付く求人誌を手にとってしまうこと。別に今求職中なわけではない。何もかも満足できる職、というわけではないにしても、さして大きな不満はなく、ルーティンワークとランチのお店にちょっと飽きたかな、というくらいが不満。それなのに、コンビニで目に留まる求人誌。駅の改札を抜けるとスタンドにささっているフリーペーパー。「この仕事おいしいかも」「近所でどんな仕事があるかしら」・・・実はしっかり発行日まで覚えている。手に取るときはちょっと人目が気になる。そうそう知人が通るわけではないし、たまたま一緒に居合わせた人が何を見ているかチェックしているわけはないのに、休職中と思われるのは何故か不本意で、さっとカバンにしまいこんでしまう。結局、転職する勇気はないし、現職と求人票を比較して何らかの安心感を得ているだけなのかもしれない。posted by 田口ゑりこ研究員
August 2, 2005
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必要以上にセール品を買いだめてしまうこと。そして常にストックが充分にないと、落ち着かないこと。日々折り込まれている広告。そこにはお得な情報がぎっしり載っている。これがなかなか便利なもので、チェックしているうちにだんだん底値が把握できる。そこで、主婦は最もお買い得な商品を買いに奔走する。ところが、買う商品の目星をつけておいたにもかかわらず、ついついリスト以外のものも買ってしまう。底値を知っているだけに、安いとどうしても見逃すことができないのだ。そして、自宅の冷蔵庫も、戸棚も、床下収納だって満杯になってしまうのだ。でも、ストックが充分にあることで安心できる。「○○を作りたいけど、△△がないわ~」とあきらめずに済むし、いつ誰が訪ねてきても、ご馳走が作れる。これが「食料ストック依存症」である。玉に瑕なことは、何をストックしているか、自分でわからなくなってしまうこと。1つあれば充分なものが2つあって、肝心なストックの切れているものを買い損ねたりしていても気づかないのだ。それでも、スーパーに行くと、「安かったら買わなきゃ損」という気持ちを抑えられない。ひょっとしたらお店の戦略にまんまとはまっているかもしれないのに…。posted by 田口ゑりこ研究員
August 1, 2005
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